1章37 『reverse empathy』

 正確に記録された記憶を参照する。



 新しい出来事を体験すると、それは脳の中の海馬と呼ばれる部位に一時的に保存され、時間が経つと大脳皮質に方に溜められていくそうだ。


 肉体の方でそうなっているということはそれはつまり、魂の設計図にも情報が蓄積されているということになる。



 思い出すという作業はその蓄積されたものの中から捜し出し、それをただ読み上げるだけの作業となる。



 弥堂 優輝びとう ゆうきは決してその作業を間違わない。





 まず、2年生になってこのクラスがスタートした時点では全員が水無瀬のことを、『水無瀬さん』と呼んでいた。


 次に、希咲が4月17日に彼女たちに依頼をする直前では、野崎さんは『水無瀬さん』、舞鶴は『愛苗ちゃん』、早乙女は『愛苗っち』、日下部さんは『水無瀬さん』と呼んでいた。


 それが依頼後から昨日までは、全員が下の名前で呼ぶようになり、早乙女が呼ぶ渾名は『まなぴー』に変わった。



 ここまでは問題がない。


 日常で触れ合うことで関係が蓄積され友好的になっただけのことだ。



 問題は昨日――土日の休みを挟んだ後の4月20日からだ。



 朝の段階では舞鶴と日下部さんは金曜と同様に名前で呼んでいた。野崎さんは朝の段階では水無瀬との会話がなかった。変化があったのは早乙女だ。

 彼女の呼ぶ水無瀬の渾名が『愛苗っち』に戻っていた。


 その時点では、いい加減そうな性格の彼女ならそういうこともあるだろうと特に弥堂も気にしていなかった。



 そして本日。勘違いや気のせいでは済まない程の変化が起きた。



 朝のHR前の一幕。


 早乙女はまた『愛苗っち』、日下部さんは『水無瀬さん』と希咲から頼まれごとをする前の呼び名に戻っていた。


 さらに不可解なのは野崎さんと舞鶴はそのままだった点だ。



 そのことを弥堂が訝しんでいる間に、その朝のHR前の時間から現在の3時限目の休み時間の間までに、さらに理解の及ばない状況になる。



 現在は、野崎さんは『水無瀬さん』、舞鶴は『愛苗ちゃん』、早乙女は『愛苗っち』、日下部さんは『水無瀬さん』と呼んでいる。


 つまり、希咲が彼女たちに水無瀬の件で頼みごとをする前の状態に戻っている。



 それが何故なのかはわからない。


 だからそれを――そうなってもおかしくはない、それらしい理由を考えてみる。




 弥堂に思いつくのは二つだ。



 一つは、誰かが何かをした、だ。



 教室の後方へ眼を遣り、結音 樹里ゆいねじゅり寝室 香奈ねむろかなを視る。



 一番手っ取り早い理由付けとしては、彼女達が何かをしたというものだ。



 例えば、懇意にしている不良生徒たちを使って、野崎さんたち4人、もしくはクラスメイト全員に水無瀬と仲良くするなと、そう脅しをかけた――というのはどうだろうか。



 何の面白みもないチープな発想ではあるが、安易で見慣れ聞き慣れしているということは、それだけ現実で起こっている件数が多い現象だとも謂える。



 教室後方で談笑をする彼女ら二人にそんな素振りは見られないが、弥堂はほぼこれで間違いがないだろうなと算段をつけていた。



 犯人自らわかりやすく自分が犯人だとわかるようなヒントをばら撒いてくれるわけがない。


 それに犯人かどうかは捕らえて拷問をしてみればわかる。もしも違ったら不祥事だが、その時は秘密裏に処分してしまえば問題ではなくなる。



 ただ、このケースで考えた場合に説明を付けるのが難しいのが、野崎さんたち4人の態度だ。



 友好の度合いが違えども彼女らは水無瀬とも普通に話すし、何より不可解なのはやはり呼び名だ。これが変わったり戻ったりする理屈がわからない。


 もしも脅されているのならその時点から水無瀬とは距離を置くだろうし、もしも無理矢理理屈を付けるのならば、脅しに抵抗しながら水無瀬に接しそれでも罪悪感を感じながら徐々に疎遠になろうとしているだが――



(――少々苦しいか)



 何より彼女たちにそんな素振りは見られない。


 脅しに怯える様子も、罪悪感に葛藤する様子も全くない。



 この線で確定するには材料が足りないが、それでもこんなところだろうなと思えてしまうのは、何かが起こった時には必ず誰かの悪意が影響していると弥堂が考えているからだ。


 それはある意味『そうであって欲しい』とすら思っているとも謂える。


 そんなバイアスが掛かっていることを自覚しているので、このケースで考えるのは一旦ここまでにする。



 ヒトの意思と関係なくそうなってしまうようなことがあった場合は、『世界』がそうしているからだ。


 その場合は最早解決しようとしても無駄なので、考える必要自体なくなる。



 なので、他の可能性を考える。




 もう一つの可能性はシンプルで、水無瀬が彼女らに嫌われた、というものだ。



 だが、それはないだろうとも考えている。



 先のケースを否定する理由と同じで、野崎さんたちにそんな素振りが見られないからだ。



 他人から嫌われるというのは、要するに多くの人間が弥堂にするような対応や、弥堂に向けるような目を向けられることだと理解している。


 野崎さんたちはそんな態度を水無瀬にとっていない。


 それを上手く隠すことも出来るだろうが、人から嫌われることに一家言を持つプロフェッショナルの弥堂の見立てでは、これは違うと確信が持てる。



 第一、弥堂が把握している範囲ではあるが、水無瀬が彼女たちに嫌われるような、そんな出来事は何もなかった。


 弥堂のいない場所で何かがあって、ということならばお手上げだが、それならば彼女たち4人はともかく、すぐ態度に出る水無瀬の様子でわかるだろう。そんな兆候はない。



 では、水無瀬 愛苗という人物が自覚なく悪気もなく、他人から嫌われてしまう性質の人間かどうかを考える。



 それに関しては、なくはないなと弥堂は考えた。


 水無瀬自身には何も悪意や故意はないが、彼女のようなトロくさい人間を嫌う者は一定数いるだろう。弥堂がそうであるように。



 ならば、野崎さんたちに、そんな弥堂と同じような性質があるかどうかだが、それはないように思える。


 弥堂は彼女たちの為人を正確に理解していないが、もしもそうであるのならば、その辺りに目端の利く希咲が彼女たちを水無瀬のお守り役に選ぶはずがない。



 それに、野崎さんたちからは水無瀬に対する、『嫌う』『憎む』『疎む』といった悪感情の類は感じられない。


 嫌うというよりは――



 そこで一度言語化に詰まり、しかしすぐに閃くものがあった。



(そうか。これは――)



 弥堂はこの現象に見覚えがあった。



 しかし、それは現実の世界で見聞きしたものではなく、サバイバル部の部長である廻夜朝次めぐりや あさつぐから履修するようにと渡されたゲームの中で見たことがあったものだ。



 そのゲームは恋愛シミュレーションというジャンルのもので、ビジュアルノベルという形式のものだった。


 弥堂にはあまり馴染みの薄い、漫画ほどではないが絵の付いた小説のようなもので、主人公視点で綴られる物語を読み進めていくゲームだ。



 弥堂がプレイさせられたものは、登場人物たちの中に『好感度』といったパラメーターが設定された女性キャラクターが何人か存在しているタイプのものだ。


 その一部の女どもにちょっかいをかけて、会話やイベントを熟しているうちにその好感度が上昇し、それが一定数まで達するとその女を抱けるようになりその後エンディングを迎えるようになる。


 つまり、ゲームの目的としては女を抱くことにある。



 部の必修項目ということで仕方なく弥堂は命令に従い、抱ける女は根こそぎ抱いたのだが、その工程の中で現在のこの状況に極めて近いものを目撃していた。



 ケースは大まかに二つ。



 一つは、女の機嫌取りに失敗した時だ。



 ゲームを進める過程で好感度の上昇に伴い段階的に女の反応がこちらに媚びたものに変わっていくのだが、例えばその段階をレベルで表した時に、レベル1から2に上昇した後に選択を誤り好感度が下がるとレベル1に戻ることもあった。


 その際に『ユウキくん』と変わったばかりの主人公への呼び方が、『ビトウくん』とレベルが上がる前のものに戻ったのだ。



 そして二つ目は、ゲームを一度クリアした後の周回プレイ時のことだ。


 原則として一度のプレイで抱ける女は一人だけという非効率極まりないゲーム性のルールだったので、廻夜から全ての女を抱くよう命じられていた弥堂は抱ける女の数だけそのゲームを周回することになった。


 そして、ゲームを最初からやり直した際にその現象は起きた。



 好感度を適切に上昇させて無事に女を抱いてクリアし、その女はもう用済みなので次は別の女にちょっかいをかけるかとゲームを最初からプレイすると、当然のことだが前回抱いた女の好感度はリセットされ関係性も知り合う前の他人から再スタートとなる。


 それはつまり全てが無かったこととなる。



 それを時間が戻ってやり直しているのか、それとも別の世界線の出来事として処理するのかは、どっちでもいいのだろう。


 だが、数分前までは語尾にいちいち『♡』を付けて豚のような鳴き声をあげていた女が、そのことを全て忘れてしまったかのように振舞う姿には薄ら寒いものがあった。



 弥堂はその時のことを思い出し、今でも憤りが沸き上がり拳を握る。



 最終的に『ユウキきゅんのために何でもしてあげる』と言って、マイホームに車を買ってくれ、弥堂の為に会社まで設立してくれたシオリお姉さんが何も買ってくれなくなったのだ。


 さらに、せっかく何でも買ってくれる資産家の娘を手に入れたのにそれを無かったことにして、派手な見た目をしている割に二言目には『病む』だの『ダルい』だのと愚痴を溢すギャル女の為にバイトに明け暮れる日々を送らなければならなかったのは非常に業腹だった。



 そんな女の相手など弥堂はしたくなかったのだが、上司であるところの廻夜からの命令は『全ての女を抱け』だ。


 そして部下であるところの弥堂としては、全てと言われれば本当に全てを熟さなければならない。



 それはつまり、一度専用ルートに入ってしまえば、週ごとに一定額を貢がなければすぐに知らないおじさんにパンツや身体を売ったりした挙句にAVデビューしてバッドエンドに向かうあのバカ女の面倒を見なければならないことを意味する。



 毎週毎週空き時間は全てバイトにあて、それで稼いだ金を渡し、おまけにデートにも連れていかないとすぐに浮気をする。そんなゴミ女に媚び諂うのは弥堂にとっても酷い屈辱だった。


 最も納得がいかなかったことは、好感度が上がるに連れて何故かあの女に払わなければならない金の額も増えることである。ふつうは逆ではないのかと思わずメーカーに抗議にお手紙を送った。



 最終的にはファッションデザイナーとして一山当てた彼女が何でも買ってくれるようにはなったので結果オーライではあるのだが、呼吸をして左クリックさえしていれば他には特に何もしなくても勝手に何でも買ってくれるシオリお姉さんに比べれば非常にコスパの悪い女だと言わざるを得ない。



 弥堂はこれまでの経験上メンヘラはクソだとよく知っていたし、廻夜部長はギャルはダメだと仰った。


 その二つが合わさったキャラクターを弥堂が嫌うようになるのは必然だった。



(おのれ……っ! サキめ……っ!)



 弥堂は心中で自身を57回のゲームオーバーに追い込んだ女に怨嗟の念を唱える。



 そしてハッとなると、頭を振る。



 メンヘラギャルへの憎しみを思い出すために記憶を呼び出していたわけではなかったと自身を戒める。


 そんなつもりはなかったのだが、よほど強烈に弥堂の大脳皮質に記憶されていたようだ。



 シナリオをエンディングまで読み進めれば必ずそうなるので仕方ないことでもあるが、それでも結局はメンヘラギャルのサキちゃんを散々抱いたクズ男はそのことをなかったこととし、思考を元に戻す。




 この二つ目のケースで重要なのは尻軽なギャルのことではなく、確かに蓄積された数値がなかったことになったシオリお姉さんの反応だ。



 特に早乙女や日下部さんにその傾向が見られた。



 一度話したはずの内容の会話をまるで初めて聞いたことのようにもう一度して、そしてそれをすると少し好感度が上がったのか、また親し気になったりもする。


 これが弥堂がプレイしたゲームと類似した現象のように思えたのだ。



 この好感度のリセットのような現象が現実に起こっていて、そしてそのペースが早まっている。


 そのように感じる。



 昨日の朝には少なくとも早乙女にはこのリセットが起こっていて、そしてそれはすぐに直った。


 それが今朝になると早乙女と日下部さんの二人にリセットがされていて、二人とも元には戻らないまま、さらに3時限目が終わった現在では恐らく野崎さんと舞鶴にもリセットがかかった。



 これがゲームと関連付けることで弥堂が整理することが出来た現状である。



 しかし、関連付けることは出来たとしても、説明を付けることは出来ない。



 ゲームであればデータを弄ることで簡単に再現することが出来ても、現実の世界でどうやってその現象を起こすのかということは全くを以て説明が付かない。


 それこそ、『世界』がそれを誰かに許しでもしない限りは。



 通常はなにも劇的な出来事などなくとも、頻繁に顔を合わせ言葉を交わしていれば、少なからず関係は深まり蓄積されていくものである。



 それは弥堂のような、他者との関わりを作ったり深めたりすることを嫌う人間であってもそうだ。


 いや、そうであるからこそ、他者とまともに関わらないようにしているとも謂える。



 回数を重ねれば関係は深まり、ほんの小さな数値でも蓄積されてしまうのだ。



 昨夜寝る前に見た『HAPPY BIRTHDAY』のスタンプがまず浮かび、次に夕陽に照らされ輝くピンクゴールドのシッポのような毛束が思い浮かぶ。



 弥堂は苦々しい気持ちになり、そのイメージを意識して断ち切ろうとして、止まる。



(いや――待て。そうか……希咲か……)



 水無瀬がこのような扱いを受けるに足るもう一つの可能性を見出した。




 弥堂は一つの仮説を立てる。



 水無瀬 愛苗が嫌われているのではなく、希咲 七海が嫌われているからだ、と。



 それが三つ目の可能性だ。



 希咲自身が危惧して対策したとおり、希咲のことを普段疎ましく思っている者が彼女が不在時に、希咲と親しい水無瀬に攻撃を仕掛ける。


 これがそのまま起こっているだけのことかもしれない。



 その為の対策として希咲は野崎さんたちに水無瀬のことを頼んだのだが、なんのことはない、その頼んだ相手も希咲を嫌っていただけのことだ。



 弥堂はこれが最も可能性が高いと踏んだ。



 何故なら――



(――あいつムカつくしな)



 煩くて鼻持ちならなくて生意気で、おまけにメンヘラでギャルだ。


 嫌われていても不思議ではない。



 自分がそうであるから他人もそうであるはずだ――というバイアスが思い切りかかっているがそのことに自覚はないので、これで間違いがないと弥堂は断定をした。



 結構な時間を思考に割いたのに何ら明確な答えが出なかったのでそろそろ面倒になってきており、とりあえず何でもいいから安易な答えを決めつけてしまおうという方向に流されつつある自覚も多少ある。



(少し、試してみるか)



 それで問題が起きることもあるが、その時はなかったことにしてしまえばいい。


 セーブデータを消すように『魂の設計図』を。



「おい、水無瀬」


「えっ?」



 弥堂は4人組の会話が途切れたタイミングを狙って水無瀬に声をかける。


 都合よく他の4人もこちらに注目してくれた。



「なぁに? 弥堂くん」


「お前希咲と連絡はつくか?」


「え? うん。出来るよ」


「頼む」



 いそいそとスマホを取り出す水無瀬におざなりに返事を返しながら、弥堂は4名の女子の顔色をさりげなく窺う。


 特に後ろめたいといったような表情への変化はなく、むしろこちらへ興味を示したような様子だ。



「えっと、学校中だからメッセでもいい?」


「ん? あぁ、ちょっと訊きたいことがあっただけだからそれで構わない。留守中に頼まれていた件でな――」



 教室全体に聴こえるようにわざと声を張り、そして素早く眼球を振る。特に怪しげな反応をする者もいない。



「そうだったんだね。ななみちゃんのID教えてあげようか?」


「結構だ」


「でも、それって私が代わりに聞いちゃってもだいじょうぶ?」


「ん? あぁ、構わない。むしろお前に深く関係することだからな」



 野崎さんたちの反応も変わらない。思ったような成果は得られず弥堂は眉を寄せる。



「わ。そうだったんだね。私知らなかったよ」


「だろうな」


「それで、ななみちゃんになんて言えばいい?」


「あ?」



 そこで弥堂は止まる。



 予定ではここまでに怪しげな態度をとった者をひっ捕らえて風紀の拷問部屋へ連行しているはずだったからだ。


 しかし、特に何かそれらしい反応をした者は一人もおらず、そして希咲に送るメッセージの内容など何も考えてはいなかった。



「やっぱりいい」と水無瀬に断りを入れようとして口を閉じる。



 揺さぶりをかけてみたが何も成果はない。


 もう少し踏み込んでみるかと考え直したからだ。



(さて、あの女になんと送るべきか……)



 いっそのこと『水無瀬がイジメられているんだがどうしたらいい?』とでっちあげてみるかと考えて、すぐに却下する。


 仮に表情を隠すのが上手い犯人だった場合、それで確保できなければ、ただ相手にこちらが気付いているという情報だけを与えることになる。



 犯人がどうとかという話ではなかったような気もするが、気がしただけなら気のせいだろうと適当に流す。



 事件が発生し現場に入ったら1分以内にはそこに居る者を殴るようにしているタイプの風紀委員である弥堂には、基本的に頭脳労働は向いていなかった。



 仕方ないので当たり障りのない質問だけ送ればいいかと投げやりに決める。



 女性にメッセージでする質問でよくある、ありきたりなものは何かなかったかと、女性とあまりメッセージを交換したことのない男は考える。



 自身の裡から生み出されないものは他人が与えてくれていることもある。



 知の象徴たる頼れる上司の廻夜部長がこういった件について何か言及していなかったかと記憶の中の記録を探す。



 何件か該当するものがあった。



「――弥堂くん……?」


「ん?」



 すると突然長考に入った自分を訝しんだのか、水無瀬に顔を覗かれる。他の4人も不思議そうにこちらを見ていた。



「あぁ、すまない。そうだな。『キミ、どこ住み?』とでも送ってくれ」


「え?」



 何件かある候補のうちどれを選ぶかを吟味している時間はないと、とりあえず適当に選んだら水無瀬は目を丸くし、早乙女と舞鶴は吹き出した。



「えっとね、ななみちゃんのお家は橋の向こうの住宅地だよ。住所が知りたいの? あ、もしかしてお手紙書くの?」


「んなわけねえだろ」



 水無瀬に否定の言葉を吐き掛けつつ、失敗したと悟る。



 このままでは希咲に何か送らずとも水無瀬が希咲の住所を言ってしまいそうだし、適当に合わせていたら本当にあの女に手紙を書くハメになってしまいそうだ。



「住所やIDは個人情報だぞ。友人とはいえ簡単に女性のそういった情報を、クラスメイトとはいえ男に教えるべきではない。気をつけろ」


「えっ? えっと……、その、ご、ごめんね……?」



 正論ではあるのだが、とっても理不尽な怒られ方をされる。しかし、愛苗ちゃんはとってもいい子なのでゴメンなさいをした。



「あの女の個人情報を受け取ることがどれだけ俺のデメリットになるかよく考えろ」


「女子のedge IDもらえてデメリットって考える男子もいるんだ……」


「多分今のセリフが一番七海を怒らせるわね」



 そして外野から日下部さんと舞鶴の正論ツッコミが入ったが、弥堂はとっても悪い子なので聴こえていないフリをした。



「ふふふ。愛苗っち。弥堂くんは恥ずかしくて本当に聞きたいことを言えないんだよ」


「ののかちゃん?」



 無駄な時間をかけ過ぎたのか、早乙女が乱入してくる。


 彼女の顔を見れば一発でわかるとおり、悪ふざけする気まんまんである。



「ののかが教えてあげるよ。弥堂くんが本当に七海ちゃんに聞きたいことを」


「わぁ、ありがとう、ののかちゃんっ」


「こう打つといいよ。『ねぇねぇ、今どんなパンツ穿いてるの?』って」


「うんっ、わかったよ!」


「ちょ、ちょっと二人ともっ!」



 見兼ねた日下部さんが止めに入った。



「ののか、アンタまた悪ノリして!」


「そんなことないよ! 弥堂くんは絶対に七海ちゃんのパンツに並々ならぬ関心を抱いているはずだよ!」


「そんなわけないでしょ! 水無瀬さんもやめといた方がいいよ!」


「え? でも、こないだ弥堂くん、すっごいななみちゃんのパンツのこと知りたがってたし……」


「マジなの⁉ ね、ねぇ、弥堂君……? 違うんならちゃんと止めた方がいいよ?」


「ん? あぁ、そうだな……」



 適当に相槌を打ちながら、先程浮かべた候補の中からどれを選ぶべきかもう一度考える。


 しかし――



(――そんなバカな……⁉ いや、しかし……)



 俄かに信じ難い事実に行き当たり瞠目する。


 突然クワっと目を見開いた、希咲 七海のパンツに並々ならぬ関心を抱いている疑いのある男に日下部さんはビクっと身を引いた。



 弥堂は決して違わない自身の記憶と決して間違わない廻夜部長の言葉を信じることにし、素早く決断を下して口を開く。



「――いや、構わない。そのように送ってくれ」


「えぇっ⁉」



 まさかの発言に日下部さんはびっくり仰天しドン引きする。



「え、えっと、弥堂君……? そのようにってどのように……?」


「早乙女が言ったとおりだ。希咲に『ねぇねぇ、今どんなパンツ穿いてるの?』と送れ」


「本気なのっ⁉」



 日下部さんだけでなくこのやり取りを見ていた教室内の生徒たちもどよめく。



(む――?)



 ざわつく周囲の様子に弥堂は訝しむ。



(どういうことだ……?)



 先程希咲の名前を出して揺さぶりを仕掛けた時は何の反応もなかったのに、『希咲のパンツ』と発言した途端にこの変わりようはどうしたことかと考える。



「ほらぁ! ののかの言ったとおりじゃん! マホマホ!」


「バ、バカなこと言ってないでやめときなさいよ。絶対七海に怒られ――」


「――送ったよぉ」


「うそぉっ⁉」



 こちらが揉めている間に、水無瀬さんは文章を作成し送信してしまったようだ。


 マズイことになると日下部さんは顔を青褪めさせる。



「び、弥堂君っ。考え込んでないで七海が読む前に削除した方が――」


「――あ、返事きたよっ」


「速すぎるっ⁉」



 思わず「終わった」と日下部さんは目を覆った。



 希咲 七海はプロフェッショナルなJKであり、そして同時に愛苗ちゃんガチ勢でもある女の子だ。


 愛苗ちゃんからのメッセには最速でお返事をすることを徹底していた。



「ぷぷっ。七海ちゃん、なんて?」


「えっとね……」



 面白くて仕方がないといった風に笑いを堪える早乙女に問われ、水無瀬は自身のスマホの画面に表示された文面を確認する。



「――あのね弥堂くんっ。ななみちゃん今パンツ穿いてないんだって!」


『うえぇぇぇぇ――っ⁉』



 元気いっぱいに告げられた水無瀬の言葉に教室中がどよめいた。



 弥堂は眼を走らせる。



 そこら中が怪しい態度の者で溢れている。


 中にはパニックを起こしたかのように目を剥く者や、異常な興奮状態に陥ったかのように目を血走らせる者もいる始末だ。



 怪しい者が多すぎてこれでは絞り込めない。



 そのことに弥堂が舌を打つのとほぼ同時に、水無瀬のスマホが再び振動した。



「……あっ。写真がきたっ」


(――写真……?)


「わぁー、かわいーっ!」



 水無瀬の独り言に怪訝な眼を向けると彼女は感嘆したように声のトーンを上げる。



「ねぇねぇ、弥堂くんも見てー。ななみちゃんスッゴイかわいーよ?」


「……?」



 彼女が向けてくるスマホの画面を視ると、画面いっぱいに写されていたのは半裸状態の希咲 七海の写真だった。



「……これがどうした?」


「かわいーよね?」


「というか、何でこいつ脱いでるんだ?」



 弥堂のその言葉に再び周囲がどよめき、ギョッとした野崎さんと日下部さんが慌てて近寄ってきて、周りの視線を遮るような位置に立ちブロックを形成した。



「……? これは水着だよ?」


「……だからなんだ?」


「えっとね、水着だからオッケーっていつもななみちゃん言ってた」


「……?」



 弥堂と水無瀬が嚙み合わない会話をしていると、一体どういうことだと野崎さんと日下部さんも画面を覗いてきて、二人ともに得心がいったと納得をする。



「あぁ、脱いでるってそういう……」


「あはは……、水着着てるからパンツ穿いてないってことだったんだね……」



 顔を見合わせて苦笑いをする。



「こいつなんで水着なんて着てるんだ?」


「えっとね、これ去年買ったけど着る機会なかったから今年一回は着るんだーって言ってたよ」


「そうではなく。まだ4月だぞ? バカなんじゃねえかこいつ」


「ほら、海のあるとこに旅行するって言ってたし」


「あぁ、そうか。南国のリゾート地にでも行ってるのか」



『いいご身分だな』と写真画像を睨みつける。



 写真に写っている背景を見るに恐らくどこかの室内でスマホのカメラで自撮りをしているのだろう。



 カメラを持っているだろう手を上に伸ばしてその腕が見切れている。


 見下ろすようなアングルでなるべく全身を納めようとしているように見える。


 片目を上目遣いでカメラに視線を向け、もう一つの目で起用にパチンっとウィンクをし、空いている方の手でキャピっとピースをキメている。



「ななみちゃんのお腹シュってしててカッコいいよね」


「うわー、ほそー、きれー、うらやましい……」


「くぅ、ロリ系のののかには眩しいモデル体型なんだよっ!」


「そういえば希咲さんってモデルのバイトもしてるんだっけ」


「チラシで写真を見たことがあるわ。あら? この谷間……、あぁ、ふぅ~ん、なるほどね……」



 女どもが口々に希咲を褒めそやしたことで弥堂は気分を害する。


 どこか彼女を貶せる点はないかと写真をよく視る。


 しかし彼女の造形がいいのは事実で、すぐに貶めることが出来そうなのは彼女の人格くらいしか思いつかない。



 お前に頼まれたせいで自分は余計な頭脳労働をさせられているというのにナメてんのかと、弥堂の眼からは能天気そうに見える写真に映し出された希咲 七海の悪戯げな笑顔を睨みつけた。







 どうにか希咲を馬鹿にしてやろうと粗探しをするために、写真画像の希咲の肉体を弥堂は凝視する。



「うおぅ……、弥堂くんガン見してるよ……。さすがは性欲のバケモノなんだよぅ……」


「ちょっと。変なレッテル貼るのやめなよ。怒られるわよ?」


「……私には変死体の原因を探る検視官の目に見えるわね……」


「弥堂君は真面目だから……」


「やっぱりななみちゃんかわいーよね? 弥堂くんも好き?」


「キミの言うとおりだ」



 オートモードで適当な相槌を打ち割と致命的な失言をしつつ、弥堂は一点の瑕疵も見逃さぬ心意気で希咲の水着姿に向き合う。


 水無瀬の手からスマホを奪い取り、クラスメイトの女子の水着姿を瞬き一つせずに睨みつける男子に女子はドン引きだ。



 周囲の男子たちも何人かは気になって仕方ないようで、どうにか覗けないかとチラチラ視線を送るが、野崎さんたちの女子ブロックに阻まれて失意に暮れる。


 まさか水無瀬以外の人間が見ているとは思わずに写真を送ってしまった希咲の水着姿が不特定多数の男の目に入ることは防がれたが、しかしその代わりに『希咲 七海はプライベートでは、おぱんつレス』という誤解が幾名かに生じた。今日も安定して彼女は不憫だった。



 弥堂は希咲の肢体を睨める。



 上から順に検品する。



 まず顔はどうでもいいとして、細い首筋に少し撫で肩気味の華奢な肩。だが貧弱さや不健康さは感じられない。


 しっかりと立体感を魅せる鎖骨のラインと、その下には偽造した胸の谷間。その谷間の中心近く右の胸に、先週彼女が制服の襟を開いて胸を見せつけてきた時には気が付かなかったが、ほんの小さなほくろがある。


 引き締まった二の腕から小胸筋を通って前鋸筋まで繋がる滑らかな曲線が脇の下の窪みを映えさせる。


 薄い腹の皮膚の下の腹直筋が、鳩尾から臍までとその両サイドにうっすらと筋を見せながらも、やわらかさは外見上も損なわれていなく、非常にバランスがいい。


 彼女の尻は大きくないが、それでもはっきりと腰のくびれを見て取れるほどにウエストが細い。


 そして、彼女が今南国リゾートにでもいるのなら、これが焼けてしまうのは勿体ないなと喪失感を思わせるような、健康的な印象を損なわない程度に血色のいい白い肌。


 カメラの性能が優れているのか、写真画像ごしでもその肌に潤いと滑らかさが感じられる。



 ここまで悪意満点の弥堂から見ても、胸くらいしかケチを付けられるところがなく、しかし一応彼女の偽造乳については秘密にすることになっているので手詰まりを感じた。



 そこから下の下半身は先週も視たが、特に攻撃できるポイントがなかったのでもう諦めようかと考えかけ、彼女の腰回りと股間に視点がいったところでふと視点が止まる。



(なんだ……?)



 なにか違和感を感じた。



 違和感というよりは――



「弥堂くん夢中だね。この写真欲しい? ななみちゃんにあげてもいいか聞いてあげようか?」


「結構だ。別に欲しいわけじゃなく……、そうか、そうだな。なんというか既視感があっただけだ」


「きしかん……?」



 ぽへーっと復唱するだけの水無瀬さんとは違い、周りの女子4人は「ん?」と眉を顰める。



「なんだったか……、ちょっと待て。思い出す」


「あ、うん」



 そう言って弥堂は記憶の中からその既視感の原因となる記録を探し出す。それには時間もかからず辿り着いた。



「あぁ、そうか……」


「思い出せた?」


「あぁ。どこか見覚えのあるデザインだと思ったら、先週あいつが同じような色合いのパンツを穿いていたのを見たなと思い出した」


「そうだったんだ。よかったねっ」



 弥堂くんが無事に思い出せたことを水無瀬さんは一緒に喜んだが、周囲の女子たちはギョッとした。


「先週?」「見た?」「パンツ?」と、ヒソヒソと会議を始める。



 弥堂が目に映して既視感を覚えたのは希咲の肉体ではなく、水着の方だった。



 ミントブルーの布地をメインに黄色で縁どられているその水着は、まさしく法廷院たち『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』との対決時に見た希咲のパンツに似ていたからだ。


 その後、弥堂が希咲にぶっ飛ばされてKOされることになった要因の一つでもある。



「そういえば、ななみちゃんこういうパンツよく穿いてたぁ。この色かわいーよね。弥堂くんも知ってたんだぁ」


「ん? あぁ、ちょっとな……」


 

『――そっ、そうよっ! いつもこういうのだけ着けてるってわけじゃないんだからっ…………で、でも……こういうの着けてると愛苗がいっぱいかわいいって言ってくれるし……――』



 水無瀬の反応に紐づいて先週の希咲の言葉が記録から想起される。



(そういうことか。あいつ、バカだな)



 きっと水無瀬に見てもらいたくてノリノリで自撮りを送ってきたのだろうと、写真の中の彼女のドヤ顔を侮蔑の眼で見下ろし、そして興味を失くした。

 


『ちょっと』ってどういう意味?と話し合う女子たちを尻目に、弥堂は水無瀬にスマホを返してやる。



「もういいの?」


「あぁ、もう用済みだ」


「あ、じゃあ、ののかに見してー」



 水無瀬に渡そうとしたスマホを寸前で早乙女に搔っ攫われた。



「おぉ。確かにこの水着かわいーね」


「えへへ。かわいーよねぇ」



 自分が褒められたかのようにニッコリする水無瀬に早乙女もニッコリと笑う。



「七海ちゃんって服とか水着いっぱい持ってそうだよね」


「あのね、ななみちゃんのお母さんがね、お洋服のお仕事してて。それでいっぱいもらえるんだって言ってたよ?」


「そうなんだー。着ないで水着余らせるとかののかもやってみたいぜー。なんか女子力上がった気しない?」


「今年の夏用にまた新しいの欲しいって言ってたけど、女子力高いからなのかな? あのね、一緒に海に行くんだぁ」


「海かぁ、いいなぁ! ののかもいきたーい!」


「よかったら一緒に行く? ななみちゃんに聞いてあげるね」


「えっ? いいのー? やったぜ。まなぴー女子力高ぇな! すきーっ!」


「えっ?」


「…………」



 そこで水無瀬は突然困惑したように言葉を止めた。


 弥堂も早乙女を視る。



「お? どした、まなぴー?」


「え……? えっと、その……、呼び方が……」


「あれ? 愛苗っちの方がよかった?」


「ううん。いきなり変わったからびっくりしちゃっただけ。イヤじゃないよっ」


「ふふん。そんなの気分なんだぜー? まなぴーの好きな方で呼ぶよ? どっちがいい?」


「え、えっと……、まなぴーが、いいです……」


「おっけー!」



 少し伏し目がちに答える水無瀬に早乙女は軽く請け負う。



 その様子を視て、弥堂は眉を歪める。



 すでに二回ほど見たことがあるやりとりだ。



 おそらく、海に誘ったことで早乙女の水無瀬への好感度が上がり、あだ名が変わるというイベントが発生したのだろう。



 現実の中で、生きている人間の好感度が上がる瞬間が可視化され、それを目撃するなど、心の底から気味が悪いと、弥堂はそう感じた。



「はい、返すねまなぴー」


「うん、ありがとう……」


「おや?」



 早乙女からスマホを受け取った際に水無瀬の指が画面に触れ、それにより画像の全画面表示が解除される。


 代わって表示されたのは彼女と希咲のメッセージのやりとりの履歴だ。


 それを早乙女が覗き込む。



「……あれっ? ねぇねぇ、まなぴー?」


「なぁに? ののかちゃん」


「これ――」



 声とともに早乙女が指差したのは直近の履歴だ。



「この言い方じゃまなぴーが七海ちゃんのパンツ知りたがってる風に思われちゃうよ?」


「え?」


「ほら。ちゃんと弥堂くんが七海ちゃんのパンツの色聞いてたって言わないと……」


「あっ、そうか。忘れちゃった」


「バッ⁉ バカっ、ののか! アンタなに余計なこと――」


「――あとさ、ちゃんと弥堂くんにも水着写真見せてもいいか、ぷぷっ……、聞かないと……。勝手に男子に見せちゃうのもさ? ほら……、ぷふーっ、よくないと思うし?」


「そ、そうだよねっ。私うっかりしてた! 弥堂くんもごめんねっ?」


「……? まぁ、気にするな。そういうこともある」


「ちゃんと聞いてみるからちょっと待っててね」


「あぁ……、ダメだよ水無瀬さん……」



 急いでペタペタと文字を打ち込む水無瀬へ日下部さんが力無く手を伸ばそうとするが早乙女に阻まれる。



「まなぴーの思うようにさせてあげようよ、マホマホ」


「ののか、アンタ怒られるよ?」


「ののかは善意からこうしただけです!」


「それを信じてもらいたかったら、まずはその半笑いをやめろ」



 笑いを堪えながら敬礼をする早乙女に日下部さんは胡乱な瞳を向ける。


 その間に水無瀬はメッセージを送信してしまい、さらに希咲からの返信までも届いてしまう。



「あっ……、弥堂くん、あのね?」


「なんだ?」


「ななみちゃんが『死ね!』だって……。そんなこと言っちゃダメだよってお返事するね?」


「いや、いい。代わりに『お前が死ね』と返してくれ」


「そんなこと言っちゃダメなんだよ? 『かわいー』とか『すき』っていっぱい言ってあげて? なかよしになったら、ななみちゃんも『いいよー』ってパンツ見せてくれると思うの」


「さ、さすがにそれはないと思うよ。水無瀬さん……」



 二人のゆるい風の会話を聞いて、手遅れだったかと日下部さんは目を覆い、苦笑いの野崎さんが水無瀬を窘めた。



「思ったよりリアクション薄かったんだよ。ざんねん」


「ののか。アンタって子は……」


「まぁ、水着だものね。下着なら話は別だけれど」


「えぇ? でも小夜子。下着と露出変わらないから水着でも恥ずかしくない?」


「私もちょっと、抵抗あるなぁ……」


「えー? ののかも水着ならオッケー派だよぉ?」



 弥堂には理解しがたい女子トークが応酬されるようになり、彼は以降の発言を放棄することにしてそっと白目になる。



「とはいえさ、絶対希咲さんちょっとは怒ってると思うよ?」


「安心して楓。私が七海にきちんと『ののかの仕業』だって密告しておくわ」


「やめてよ小夜子ちゃん! ののかシバかれちゃう!」


「あ……、あれっ? そういえば――」


「どうしたの真帆ちゃん?」



 日下部さんが突然難しそうな表情になり、注目が集まる。



「んー、あれ? 記憶があやふやなんだけど、『七海に怒られる』でちょっと思い出して……」


「お? マホマホなんかやらかしたの?」


「私じゃなくってアンタよ」


「ののか?」


「アンタさ、昨日なんか七海に送るって言ってなかったっけ? なんか七海が怒るようなものだった気がして……」


「ほぇ?」


「そういえば、何かあったわね……」


「小夜子まで? 私は心当たりないなぁ……」



 弥堂は黒目を戻し彼女らを視る。水無瀬さんは「うんうん」唸りながら七海ちゃんへのお返事を考えていて気付いていない。



「――ああぁぁぁっ⁉ 思い出したぁっ!」



 そうしていると早乙女が大きな声を出す。



「そうだった、そうだった。せっかく動画作ったのに七海ちゃんに送ってなかったんだよ!」


「そうだ、動画だ。アンタあれだけ手間かけてたのに忘れてたのね……」


「動画……?」


「楓は半分寝てたから覚えてないのね。ののかの悪ふざけよ」


「こうしちゃいられないんだよ!」


「あっ、待てののかっ! 送ってないんならそのままやめときなさい!」



 こうしちゃいられないと自席へ走り出す早乙女を追って日下部さんも離れていく。その流れで野崎さんと舞鶴も自分の席へと帰っていった。



 その姿を弥堂は眼で追う。



(結局どういうことなんだ……?)



 色々と考えを巡らし、色々と実践をしてみたが、結局は何もわからず終いだった。


 胸のもやもやと後味の悪さと苛立ちが残っただけだった。



 水無瀬や彼女らに何が起こっているのか、それは全くわからない。



(だが――)



 一つだけわかったことが、というか再確認できたことがある。



(希咲め。やはりあいつのパンツは俺を馬鹿にしている……っ!)



 途中までは僅かながらも真相に近づいている手応えはあった。


 だが、彼女のパンツが状況に絡んだ途端に騒ぎが起き、捜査は難航するようになってしまった。



 やはり希咲 七海のパンツは自分の効率を著しく低下させる。



 敬愛する上司である廻夜部長は、ギャルを忌み嫌いつつもその一方でギャルのおぱんつをありがたがっている節があり、そして『オタクに優しいギャル』は神格化している。


 しかし弥堂にとってはギャルのパンツはどこまでも鬼門のようだ。



 先程画像で見た水着と似た色合いの、今も自宅のPCにはしっかりと画像が残っている、そして記憶の中にもしっかりと記録されて消えることのない希咲のパンツをイメージ上に浮かび上がらせる。


 青だか緑だかわからない曖昧な色に苛立ち、そしてそれを見られた時の彼女の泣き顔を睨みつけ弥堂はグッと歯を嚙み締めた。




 そして教室内で電話のコール音が鳴り響いた。

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