1章32 『災害対策方法並びに遍く状況下での生存方法の研究模索及び実践する部活動』


 扉を開け部屋に一歩足を踏み入れると、その瞬間に空気が違うことに気が付く。



 ここは部室だ。



 サバイバル部。



 正式名称を『災害対策方法並びにあまねく状況下での生存方法の研究模索及び実践する部活動』という。



 弥堂はその部員であり、そして他の構成員はあと一人しかいない。



 チラリと部屋の中央へ眼を向けると、そこにはパイプ椅子に座り長机に両肘をついて手の甲に顎をのせている男が居る。



 廻夜朝次めぐりや あさつぐ



 弥堂と同じサバイバル部に所属するもう一人の構成員であり、そしてこの組織の長だ。



 何やら重苦しい気配を発する彼の顏は僅かに俯いており、そのせいで前髪は目元にかかり表情が読めない。


 しかし、よく考えたら彼は普段から色の濃い大きめのサングラスを学園内であるにも関わらず愛用し続けているので、普段と別に変らないので特に問題はなかった。



「すいません。遅くなりました」



 チラリと腕時計を見てそれだけを言う。


 特に遅くなってもいないのだが、上司が何やら不機嫌なようなのでとりあえず自分は申し訳ないと思っているという姿勢だけを見せておいたのだ。



「構わないよ。時間通りだ。座り給えよ弥堂君。早速始めようじゃないか」



 おや、と弥堂は内心で思う。



 いつも饒舌に冗長な口上を並べ立てる彼がこのように本題を急ぐことはとても珍しい。なんなら初めてのことかもしれない。



 これは只事ではないぞと、弥堂も切り替える。



「わかりました。遺書は宿直室近くの女子トイレの中の隠し倉庫に入れてあります」


「結構だよ。…………ん? 遺書……?」



 僅かに首を傾げる彼の対面に座る。



(どうやら下手を打ったようだな)



 そしてそれが彼の怒りを買ったようだ。


 恐らくこの後の廻夜部長からの質疑への返答次第では、自分は始末される。



 間違いなく今朝の朝練で提出をした報告書に記載をした『闇の組織』との一件のことであろう。



 部長は以前から奴らの動向を掴んでいた様子だ。


 なのに、たかが一構成員に過ぎない弥堂が勝手に奴らと遭遇し、勝手に調停をしてきた件が意に副わなかったのであろう。



 自分は対応をミスった。


 ならば殺されても文句は言えない。



 足を引っ張る無能な味方はどんどん殺すべきだ。一人たりとも生かしておくべきではない。


 これまでの経験上、弥堂はそのように考えている。



 今回はその殺される間抜けが自分になっただけ。


 ただそれだけのことだ。



(ここまでのようだな)



 特に何を訊かれても誤魔化すつもりはない。


 胸を張り、堂々と彼の前に座る。



 弥堂 優輝は死を受け入れた。




「まぁいい。悪いけれど、僕の方の話を先にさせてもらうよ?」


「構いません」


「今朝キミから受け取ったモノについてだ」


「でしょうね」


「へぇ……? どうやら自分でもよくわかっているようだね」


「隠し立てするつもりはありません。どんな処分でも受け入れます」


「そうかい。覚悟は出来ているようだ。僕も本当はこんなこと言いたくないんだけれど、キミが覚悟を決めているのならば、僕もそれに倣うとしよう」



 廻夜は弥堂が対面に座ってからも一度もこちらへ顔を向けず眼を合わさずにいた。


 その彼がここで初めて鋭い眼差しを向けた、ような気がした。


 前髪の隙間から覗く眼光がギラリと光った、ような気がした。



 気がしただけではっきりとしないのは、彼がトレードマークであるサングラスをかけていて、実際の眼球の動きが視認できないからだ。


 そんな雰囲気だけを感じた、ということである。



「いいかい? 弥堂君。僕はね……、これまで部員の行動に細かく口を出したことはなかったと、自分ではそう記憶している。キミは記憶力がいいよね? それには間違いがないかい?」


「……間違いありません」



 そうでもなかったような気がしたが、上司がそう言っているので弥堂はとりあえず肯定しておいた。



「それがなんでかって言うとね、僕は常々部員のみんなには伸び伸びと過ごして伸び伸びと成長して欲しいと、そう考えているからさ――」



『みんな』という言葉に弥堂は内心で反応をする。



 弥堂はこの『みんな』という言葉が嫌いだった。



 みんなやっているから、みんな言っているからと、そのみんなを出し抜くことを以て成功とされる社会の中で、そんな世迷言を信じて他人に強要してくる矛盾に気が付かないクズどもに酷く苛立つからだ。


 みんながやっていることをやっても成果にならないし、みんなが言っていることに従うということは多数の馬鹿の言うことに従うということになる。みんな馬鹿だからだ。



 そもそも、その『みんながやらなければいけないこと』と『みんながやってはいけないこと』を決めているのは、みんなと違う環境で生まれ育ち、みんなと違う能力を、みんなと違う発想で行使して成功した者達だ。


 そんな連中が何故『馬鹿みんなと同じこと』をルール化して強要してくるのかというと、それから外れることをされると自分が困るからであり、自分が出し抜かれたくないからだ。



 つまり、他人を上回るためには『みんなが困ること』や『みんなが嫌がること』をしてやればいい。弥堂はそのように考えている。


 実際に過去にそれを実行することによって、成功者や権力者と渡り合い、時には上回ることも出来た。



 デメリットがあるとすれば、それを実行した後の社会生活を対価にしなければならないことだが、それは特に問題だとは思っていなかった。


 個人であればそれで終わってしまうことも少なくないが、組織であれば話は別だ。



 自分なんてどうなっても構わないと考える捨て駒を大量に抱えることが出来れば、多くの敵対組織の幹部に爆弾を送り付けることが可能となる。


 屑鉄以下の価値しかない人間などいくらでも代わりがきく。



 法やルールの上で勝者の立場にいる者たちに勝つには、その法やルールを破ってしまうことが最も効果的である。


 奴ら自身が法やルールに手を入れられる立ち位置に固執しているのがそれを証明している。


 自分が追い落とされる可能性を少しでも減らすために奴らは、自身が勝ちやすいルールを作る。


 だったら最初からルールなど無視してしまえばいい。



 多大な労力をかけて奴らと争える土俵にようやく立ち、そこからさらに長い時間をかけて権力争いをするよりも、爆弾一つ銃弾一発ですぐに解決できる。


 多少外れても当たるまで自主的な鉄砲玉を送り続ければいい。



 これは実際に、以前に弥堂の師のような存在であったエルフィーネが所属していた怪しげな宗教団体がよく用いていた手段であり、その効果は確かなものだった。



 弱者救済を隠れ蓑に、スラムの浮浪児や奴隷として売られていた女を引き取り餌を与えて洗脳をする。


 そして腹の中やケツ穴の中に爆弾を仕込んで、街に出てきた標的に物乞いを装って近づかせ仕留めたり、見かけのいい女は磨いて飾って股の中に爆弾を仕込んで権力者のベッドに届けてやればいい。



 その恐ろしさや有効性を弥堂は身を以て知っていた。



 何故、今このようなことを考えているかというと、廻夜が『部員のみんな』と口にした。


 しかし、そもそも自分以外の部員を見たことがないと弥堂は思い、しかし今の状況でそれを考えるのは不敬だなと思ったので、誤魔化す為に無理矢理違うことを考えたらこんなことを思いついたのだ。



「――だけどね、だからといってどんなことでも見過ごすというわけにもいかない。そんな時僕はどうしたらいいか。それがわかるかい、弥堂君?」


「新入部員が必要です」


「そう。そのとおり。新入部員を――なんだって?」



 調子が出てきたのか、機嫌よく話し出そうとしていた廻夜の口が止まる。



「弥堂君? どこから新入部員の話が出てきたんだい?」


「……すみません。間違えました。ちょっと違うことを考えてたら、そういえば捨て駒がもっとあれば便利だなと思いついたもので……」


「……うん。わかる。キミの言いたいことはわかるよ。でも僕の気持ちもわかって欲しい。とりあえず凄く神妙な顔で大人しく僕の話を聞いてるように見えたけど、キミ全然違うこと考えてたんだね? これっぽっちも聞いてなかったんだね? でも、いいよ。それはまず置いておこう。それよりも捨て駒が欲しいと思って、まず新入部員が思いつくのはいけないよ。新入部員はそういうものじゃあない。今日はそれだけでも覚えて帰って欲しい。そうしたらこの件は水に流すよ。僕の話を聞いてなかったのはショックだけれども、でも我が部に新入部員が必要だってのは確かにそうだ。僕もちょうど同じことを考えていてね。何を隠そう、近いうちに部員獲得のための会議をキミとしようって、そう考えていたところだったんだ。キミが僕の話を聞いていなかったことにはとても傷ついたけれど、キミが僕と同じことを考えていたことはとても嬉しく思うよ?」


「……恐縮です」



 30秒もかからない内に『僕の話を聞いていなかった』と3回も言われ、ちょっとしつこいなと感じたので弥堂はとりあえず恐縮しておいた。これで終わって欲しいと願ったからだ。



「本当はこの件について小一時間ほど話し合いたいところだけれど、今日は大事な本題がある。話を戻させてもらうよ」


「恐縮です」


「あ、出たっ。出たね、いつものそれ。弥堂君キミさ――」


「――部長」


「おっと、ゴメンゴメン。早速脱線するところだったよ。いつも悪いね弥堂君」


「恐縮です」


「…………キミにはいつも助けられているよ。この部や僕に、キミは大きな貢献をしてくれている。それは事実だと僕は誉め称えよう。そんなキミには伸び伸びとキミの思うように行動して欲しいと、僕はそう考えている。それも事実だ。だけどね、弥堂君。それでも咎めなければいけないこともある。何でも許すわけにはいかない。見過ごせないことだってあるのさ。それはわかってくれるかい?」


「はい。当然のことです」


「うん。ありがとう。ということでね、今日は、僕はキミに苦言を呈しようと思っている。僕は部長として、責任ある者として、キミを正しく導く義務がある。だから今日はキミにとっては面白くない話をするよ。だけどね、弥堂君。それを話すのは僕にとっても面白いことじゃあないのさ。何故ならそういうことを言うと人に嫌われてしまうからね。僕はなるべく人に嫌われたくないとそう考えている。こんな僕でもね。見てごらん。この見ただけで、何も喋ってなくても人に嫌われそうなシルエットを。太りすぎて自力で立てなくなったオランウータンみたいだろ? こんなのが許されるのは動物園の中だけだよ。まぁ、それはいいとして。なんでこんな情けない自虐を口にしたかというとね? 僕はキミに嫌われたくないと考えている。話を始める前にそれだけはわかっていて欲しかったのさ」


「部長。気を遣わずにはっきりと言ってください。貴方は俺の上司だ。貴方が俺の仕事をどう評価しても俺の忠誠が揺らぐことはありません」


「……うん。ありがとう弥堂君。上司とか忠誠とかはちょっとひっかかるけれども、でも今はその言葉に甘えさせてもらおうじゃないか。じゃあ遠慮なく言うけどさ。キミさ、朝のあのレポートは一体全体どういうことなんだい? そう、『普通の高校生として平穏な日常を送っていた僕がある日突然魔法少女と出会った件』についてのレポートだよ。キミさ、あれはマズイって。魔法少女と出会ってしまってどうしよう⁉ ドキドキワクワク! って話なのに、どうして魔法少女をイジメてヒキコモリにさせようだなんて発想になるんだい? 言いたいことがいっぱいあるけど、まず魔法少女と敵対しちゃダメだよ。いや、待って。わかる。キミの懸念はもっともだ。色んな可能性を考慮する必要がある。でもね、弥堂君。こればっかしは僕は譲らないよ? 魔法少女とは敵対しない。これはサバイバル部部長としての公式声明さ。確かにキミの言うことも正しいよ。核より強い自治厨なんてヤバすぎるってことだろ? え? 何も言ってない? それは悪かったね。キミなら多分こう考えるだろうなって理解が深まり過ぎてもはやキミと実際に会話をしなくてもキミと会話をした気分になっちゃってたよ。これは僕の過失だ。本当に申し訳ないね。はい謝った! てことで戻るけれどさ? 例え魔法少女と敵対したとしても手段がマズイって。学校で無視するとかSNSで叩くとかさぁ。それはダメだよ。だって可哀想じゃない。あんなに可愛くって、あんなに一生懸命な彼女たちをイジメちゃダメだよ。時代にはしっかり寄り添っていかなければ生き残ってはいけないし、それをやってこその僕たちサバイバル部さ。あとさ? 追記にあった『闇の組織だか秘密結社だか』ってアレはなにさ? なんで組織って言ったり秘密結社って言ったり表記がブレるのさ? 僕はね弥堂君、そういうのには厳しい男なんだよ。設定はちゃんと練ってちゃんと統一して書きなさいよ。いいね? 次は怪人だ。何だよ悪の怪人って。『悪の』とか『闇の』とかさチープすぎでしょ。それにさ、弥堂君。悪の幹部って言ってさ、下っ端が出てきてないのに何で最初にそれより上の上司が出てきちゃうんだよ? 幹部ってなに? って話でしょ? 大体メット被った全身タイツってダメでしょ。手抜きにもほどがあるよ。おまけに部下はそんな手抜き描写の怪人なのに、なんで上司は人間の姿をしたイケメンなのさ。種族的な統一感もないじゃない。あとね、イケメンの敵はダメだよ。あとこの書類では出産のことにも言及していたね? 弥堂君、これはダメだよ。本当にダメだ。イケメンの敵、出産。この二つは組み合わせてはいけない。とてもセンシティブだ。だけどね、敢えて僕ははっきり言うよ。僕は認めない。認めていない。当たり前でしょ? そんなの許さないよ。えっ? 何の話かって? 僕は何のことについても話をしていないよ? 何も示唆していない。いいね? ……んんっ、確かにね、彼女達だってヒトだ。いつかは大人になるし、そういうこともするだろうし、そういうことをしたら、そういうことにもなるだろうさ。なにもその一切を認めないだなんて非人道的なことを言うつもりはないよ? 僕は博愛精神に満ちた人道主義の男だからね。僕が言いたいのはさ、それを目的にしちゃいけないよってことなんだ。セックスも結婚も出産も人間であれば当然付いて回るものさ。それをするなって話なんじゃない。大いにやってもらって結構。だけどね、弥堂君。それらは他人に見せるものじゃあないんだ。人と人とが惹かれ合い、人生を共にしていく過程でそれらは副次的に生じるものなんだ。それらが目的になることはないし、するべきじゃあない。増してや、それらを描くことを目的になんかしてはいけない。そういう話だ。わかってくれるね?」



 同意を求められ、弥堂は一拍を置く。


 相変わらず廻夜の話は難解で、何についての同意を求められたのかがわからなかったからだ。


 特にこのような長い話の時はさらに理解が難しくなる。



 しかし、こういった場合は長い話の全てを読み解くことは困難なので、話の最後の方だけを拾ってそれっぽく答えれば、何となく会話が成立した気になることを弥堂は熟知していた。


 彼の話の終盤から要点を拾うことを試みる。


 多分出産についての話だ。


 公衆の面前で出産を見せるべきかどうかという話だったに違いない。



 早速実行する。



「ですが部長。お言葉ではあるのですが、部長から頂いた魔法少女に関する資料では、彼女たちは一般市民の前で大量の卵を出産していました。それに喜びを感じていたようにも描写されて――」


「――びっ、びびびび弥堂くんっ⁉ いけないっ! それ以上はいけないよ⁉」


「しかし――」


「――しっ! いいから。身を低くして。カーテンを閉めて部屋にカギを掛けるんだ。ヤツらに見つかる」


「はぁ……」



 椅子から身を投げて床にボヨンっと着地をし、ゴロンっと長机の下に身を隠す廻夜に生返事を返す。


 先程は自力で動けないオランウータンなどと言っていたが、なかなかに機敏な動きだった。手慣れていることが否応にも見て取れる。



 彼が何を危惧しているのかはわからないが、とりあえず言われた通りに戸締りをした。



 机の下から「こちらへ」と呼びかける彼に倣って、弥堂も潜り込む。


 狭い机の下で男二人、お互いの息遣いを感じる距離で声を潜め合う。



「いいかい、弥堂君。アレはヤバイ代物なんだ。多くの大人たちが検閲をしており、またその閲覧には厳しい制限がかけられている。具体的には18歳未満は禁止、だ」


「はぁ」


「気を付けるんだ。僕達がアレを所持していることがバレたら刺客を差し向けられる。当然ブツは押収される。公式には僕たちはアレを持っていないし、また同種・類似するような物品も見たこともなければ聴いたこともない。そういうことになっている。いいね?」


「わかりました。失礼しました」


「ふふふ、いいんだよ。でもね、弥堂君。僕は嬉しくもあるんだ。今までキミの方からそういう話を振ってくれたことなんか一回もなかったからね。色んな僕のお宝をキミに貸したけど感想なんて言ってくれたことなかったじゃない。僕の方から聞くのも何か変な空気になっちゃいそうだしさ」


「はぁ、それは構いませんが、先ほどまでの話は……」


「そんなのもういいよ! それよりさ、いい機会だからここは男同士、腹を割って話をしようよ。実際さ……、どうだった……?」


「どう、とは……?」


「だからさぁ! 僕が貸した薄い本だよ! 今回は魔法少女ものをいっぱい貸したじゃない!」


「あれは公式にはないことになっていると今……」


「もうっ! なんでそんなにイジワルするのっ⁉ もうっ、もうっ……! 今日はトクベツだよ? キミの忌憚のない意見を、本当の声を聞かせておくれよ」


「そうですか、では。触手について、なんですが……」


「お? ぶっ刺さった? キミ、触手がぶっ刺さった⁉」


「いえ。俺ではなく。魔法少女に触手がぶっ刺さると卵を産むというのが、どうにも納得がいかないというか。俄かには受け入れ難い話だな、と」


「ふむ、なるほど。キミはそう考えるんだね? それで?」


「えぇ。人間は卵を産みません。百歩譲って異種族間で妊娠が可能だったとしても、それでも産まれてくるのは赤ん坊なのでは?」


「そうか。キミの言うことはもっともだよ、弥堂君。でもね、それは危険な考えだ。魔法少女の持つ可能性を狭めてしまうよ」


「可能性、ですか……?」


「そうさ。魔法少女はね、とっても健気で一生懸命で……。そんな彼女達は自分のことを強く信じることが出来た時に奇跡を起こす。なんだって出来るのさ。だからキミも魔法少女を信じてあげて欲しい。彼女達は頑張れば卵だって産めるって」


「ですが、基本的に彼女たちは卵は産みたくないのでは?」


「それは確かにそうかもしれない。だけどね、弥堂君。最初そうだったからといって、ずっとそうであるとは限らないんだよ。キミもさっき言っていただろう? そこには確かな悦びがあった、と」


「それは……、確かに……、しかし、部長。先程は出産は公開するものではないと……」


「んんっ! 弥堂君。違う。違うよ? それは違うんだ」


「はぁ」


「さっきのは全年齢の話。今してるのは18禁の話だ。それはわかるね?」


「えぇ」


「清濁を併せ呑む。全年齢も見るし18禁だって見る。どっちかだけを選ぶ必要はないんだよ。ここで大事なのは『併せる』ということだ。『合わせる』ではない。その意味がわかるかい?」


「わかります」


「うん。その『わかります』はわかってない時の『わかります』だね。大丈夫。僕はキミのそういうところも『わかっている』つもりさ」


「恐縮です」


「……まぁ、つまりね? 何が言いたいかっていうと。清濁は併せる。同時に別々に進める。全年齢も18禁も同時に読み進めればいいってことさ。でも合わせちゃいけない。一緒のものだとしてはいけないってことだよ。それはわかって欲しい。とても大事なことなんだ。いいね?」


「わかりました」


「わかってくれて嬉しいよ。でもキミが疑問を持つことは悪いことじゃあない。これはキミの先輩としてのアドバイスだけどね、道理や常識で考えてもわからない時はね、えっちかえっちじゃないかで考えるんだ」


「えっち……?」


「そうさ。キミの記憶にないもの、どこにも記録のないもの、そんなものでも正解はキミのおちんちんが知っている。そういうこともあるのさ。それは魂の奥底に刻まれた、キミという存在の本質。そう、性癖さ」


「せいへき……」


「キミにも覚えがあるだろう? よくわからないのに、憶えがないのに、何故か目を奪われてしまったり、ドキっとしちゃったりすることが……。それを僕に聞かせておくれよ」


「そうですね……、自分でも自信がありませんが、首筋とか太ももとか、青く血管が浮かんでいるのを見ると……」


「おぉ……っ! いいねっ! そういうのだよ! ハッスルしちゃうのかい⁉」


「ハッスル……かどうかはわかりませんが、それが重要な血管だなと思うと、チャンスなのではないかと気が逸り、心拍数が上がってしまうことがあるかもしれません。自分でも未熟だとは思いますが……」


「……うん…………、うん、まぁ、いいっ! 今日はそれでもよしとしようっ! 他には何か訊きたいことはないかな? 不肖の身ではあるけれどね、僕はキミの先達として、部長として、僕の見知ったことを何でもキミに伝えていこうと、そう考えているんだ。僕にとってキミは大事な人だからね。神にだって誓えるけど、生憎僕は神様が嫌いなんだ。だから他のものに誓おう。神よりももっと超常的な存在……、そうだね『オタクに優しいギャル』に誓おう。それ以上の素晴らしい存在はないよ。というわけで誓う。例え僕は667回死んだとしてもキミに僕の見知ったことを伝えていくよ。でも1000回を超えたらわからないな。1001回目には心が折れちゃうかもしれない。その時はどうか僕を許して欲しい。ていうか先に謝っておくね。弥堂君、この度は誠に申し訳ございませんでした。はい、謝った! あ、あとね。何でも伝えるとは言ったけど、キミが自分で考えた方がいいなって時は僕は何も言わないこともあるからね。それは理解して欲しい。あくまでキミのためを思ってのことなんだ。ってことで、他にキミのシコリティの高かったポイントを教えておくれよ」


「シコリティが何かはわかりませんが、では……、触手の定義について。一応図書館で調べたのですが、触手とは無脊椎動物の突起状の器官で、生殖器ではないのではないかと。タコの腕を女の胎に突っ込んだって卵はやはり……」


「なるほど。いいね、弥堂君。真剣に触手に向きあって研究に取り組んでいるようだね。僕も誠実に答えよう。いいかい、弥堂君。触手の可能性を信じるんだ。触手はなんでも出来る」


「……百歩譲って、それが動物ならいいでしょう。しかし草花の蔦を触手と呼ぶのは……」


「弥堂君。魂で受け止めるんだ。長くてうねうねしてたら、えっちだろ? そうしたら、それはおちんちんなんだよ」


「タコの腕は、おちんちん……」


「そう。おちんちんだ。蔦もおちんちん。だって、えっちだもの」


「えっちな……、おちんちん……、バカな……」


「キミにもいずれわかる時が来るよ」


「しかし、部長……。植物です……。ヤツら自身、種から生まれたのに何故卵を産ませるんです……?」


「なるほど。ようやくわかったよ。どうやらキミは出産について並々ならぬ拘りがあるようだね。よし、多くの出産に触れてみよう。まずはオークの出産だ。オークは基本だからね。多くの出典がある。今度持って来よう。キュキュキュキュッ! Yo! Yo! 多くの出産 オークの発展 ポークで出棺 コークで発散。yolkで開戦 baulkで敗残 talkで喝采 ボークの原典、イェアッ」


「……? 俺は出産に拘りなど……」


「…………受け入れ難いのはわかる。僕も最初はそうだった。でもね、それが悦びに変わることだってある。まずは受け入れることだ。窓を開いて、その空気に身を浸してみて、それで『あっ、アリかも?』って思ったら扉を開けばいい。それが『世界』との付き合い方ってもんさ……。いいかい、弥堂君……――」



 こうして本日の部活動は、狭い机の下で男と男がお互いの性癖を擦り合わせる作業をするだけで終わった。


 やがて終了の時刻になると、正座をしていた為に足が痺れて動けないと訴える廻夜を学園の駐輪場までおぶってやり、軽快にペダルを漕いで帰って行く彼を見送った。



 そして弥堂は次の仕事のために街へ向かう。



 まずは公園に寄って荷物を回収する。


 その後は街に出て風紀委員の仕事だ。



 ちなみに、『普通の高校生として平穏な日常を送っていた僕がある日突然魔法少女と出会った件』に関する弥堂のレポートはやりなおしとなった。

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