1章31 『風紀委員会』


「それでは今週の予定は以上になります。何か質問のある方はいますか?」



 教室中へ向けた木ノ下先生の問いに返ってくる声はない。



「……大丈夫そうですね。変更があればまた報告しますので、みなさん一応この通りでお願いしますね」



 今度は了承の声が不揃いに返ってくる。


 弥堂のお膝の上でも水無瀬さんが元気いっぱいに「はぁ~い!」とお返事をした。



 現在は下校前のHRの時間だ。



 この時にはもう誰も弥堂の膝に水無瀬がのっていても何も思わなくなっていた。ただ、疲れていた。



 木ノ下先生もチラリと一度視線をやっただけでもう何も言わなかった。



「それでは帰る前に、大事な注意事項です」



 てっきりもう終わりだと思っていた生徒たちの何人かは「えぇ~っ」と不満の意を漏らす。


 まるで小学生の教室のようだが、今日に限っては彼らは本当にもう帰りたかったのだ。



 木ノ下もその気持ちは痛いほどわかっているし、なんなら自分が誰よりも強く帰りたいと願っていたので、「すぐに終わりますから」と苦笑いだけを浮かべ生徒達を咎めはしなかった。



「先週に野崎さんから連絡があったので、みなさんも知っての通りですが、今週は放課後の寄り道は基本的には禁止になります」



 先週の金曜日の朝のHRでそれを連絡したのは弥堂だったのだが、木ノ下先生の中では記憶が置き換わっていた。



「意図としては、近頃の街の治安状況を鑑みて生徒の安全のために、ということです」


「えー、心配しすぎだぜ、先生。オレらそんなにヤワじゃねえっての」

「そうだぜ? 先週も繁華街でデカいツラしてやがった“カゲコー”のヤツをタイマンでイワしてやったぜ? ヨユーだよ」


「……そういう言葉が出てくるからこその『放課後はまっすぐお家に帰りましょうキャンペーン』なんですよ?」



 暴力性を背景に自らの頼りがいをアピールしてきた須藤くんと鮫島くんに木ノ下先生はジト目を向けた。



「というか傷害事件じゃないですか……、ま、また他校からクレームが……、あの、相手にケガは?」


「あん? 大丈夫だろ」

「先生は大袈裟なんだよ。大体よ、タイマンだぜ? 事件なんかじゃねえよ」


「い、いえ、一対一のケンカなら罪にならないなんて法律はありませんからね?」


「は? なんでだよ⁉ タイマンなのに?」

「でもよ、遥香ちゃん。相手はドーグまで出したんだぜ? こっちはステゴロで勝ったんだから犯罪じゃねーよ」


「……この件は個別に訊きましょう。二人ともこのあと私と一緒に職員室まで来てください……」


「うそだろ⁉」

「マジかよ⁉」



 そんなバカなと頭を抱える自身が担当するクラスの生徒の倫理観に木ノ下先生の胃がキリキリと痛んだ。


 しかし、こんなことで挫けてはいられない。本丸は次だ。



「えー……、御覧のとおり我が校の生徒さんの素行も問題になっているのですが、みなさんに気を付けて欲しいのは外部の人間です」



 須藤くんと鮫島くんに失笑していたクラスメイトたちだが、深刻そうな木ノ下の声のトーンに声を潜め耳を傾けた。



「これは大っぴらな話にはまだなっていないのですが……先週の週末、ちょっとした事件……というか問題が起きました」



 その言葉にピクリと眉を動かし反応をしたのは弥堂だ。


 水無瀬の口へ酢こんぶを押し込む作業を中断し、教師の方を視る。



 もしかしたら訊きたい話が訊けるかもしれないと期待を寄せる。



 木ノ下は『事件』と言った。


 表沙汰にはなっていないのに、事件と。



 弥堂が思い浮かべたのは昨日のショッピングモールの一件だ。


 魔法少女と怪物との戦闘が昨日の夕方に行われた。



 水無瀬の話だと、結界を展開し周囲から隔離する前にゴミクズーが一般人たちの前で現れ騒ぎになったという話だった。



 弥堂はこれまでこの街で1年とちょっと生活をしてきて、化け物が出たなどという話は聞いたことがなかったし、各メディアの報道などでも見たことがなかった。



 水無瀬たちが言うには、魔法で別世界を創り出し、そこに敵と自分を隔離する結界を使って、周囲に被害を出さないように、また魔法少女活動の秘密が漏れないようにやってきたという。



 しかし、その隠蔽工作は昨日は失敗した。


 路地裏にいた大きなネズミ程度ならまだ誤魔化しがきいたかもしれない。だが、ギロチン=リリィという特別な名を冠するあの巨大な花は、そこに存在すれば誰の目をも誤魔化すことは出来ない。



 だというのに、昨夜帰宅してからあらゆる媒体をチェックしても、都心部に近いそれなりに人口の多い街に未知の怪物が現れたなどというニュースは一つもなかった。


 それどころか、最近ではマスコミの報道よりも早い個人撮影の写真や動画も、SNSに一つたりとも存在しなかった。



 夕方のショッピングモールに居た大勢の人間の中の誰一人として、警察に通報すらしないなんてことは考えづらい。



 誰かしらが情報統制をしているのか、それとも弥堂には与り知らぬ何らかの力が働いているのか、木ノ下の話からそれを想像することくらいは出来そうだ。



 思わず酢こんぶを摘まむ指に力が入ると、パラパラと甘じょっぱい粉が落ちる。



「わわわ……っ⁉」


「おい、うるさいぞ。先生が大事な話をする。時と場合を弁えて静かにしていろ」



 慌てて受け皿を作ろうとおててを動かした愛苗ちゃんに理不尽な注意を与え、弥堂は精悍な顔つきを教壇へと向けた。


 そんな弥堂をチラリと見て、先生は話を続ける。



「……実は先週、学園付近に変質者が出没したという報告があがりました」



 ざわざわと、特に女生徒達が落ち着きを失くす。



(なんだ。変質者か……)



 弥堂は早速興味を失い水無瀬の口に酢こんぶを突っこんだ。


 そして指についた粉を落とすため、親指と人差し指を擦り合わせようとすると水無瀬さんにハシッとその手を掴まれる。



「おてて拭いてあげるね?」



 ニコニコと笑いながら彼女はポッケからウェットティッシュを取り出し、せっせと健気に弥堂の指をキレイにする。



「…………」



 弥堂は何かを言おうとしたが特に何も思いつかず、どうせ後は終わりを待つだけの時間だと、植物のことでも考えていることにした。



 そんな彼を木ノ下先生は再びチラリと見て、続ける。



「……時間は金曜日の放課後。場所は学園の正門前です」



 考えていたよりもずっと近い日時、近い場所での犯行に教室内に不安の声が拡がった。



「実際の犯行内容についてなんですが、その……」



 木ノ下先生は難しい顔をして言い澱む。


 まさか口に出すことすら憚れるような卑劣な犯罪が行われたのかと、自分たちには関係ないと投げやりな態度だった鮫島くんと須藤くんも姿勢を正し表情を真剣なものに改める。



「その、先生そういうことにあまり詳しくなくて、どう説明していいものか難しいんですけど……」



「先生。変に気を遣わなくていいぜ」

「あぁ。オレたちもガキじゃないんだ。真面目に聞くぜ」

「そうね。私たちだって無関係じゃいられないし……」

「はっきり言っちゃってよ。遥香ちゃんっ!」



 社会の抱える問題に真剣に向き合おうとする生徒たちに木ノ下先生はジィーンと胸を打たれる。チラリと一人の生徒に目を向けるとその人物だけは生気のない目で何もない宙空を見つめていた。


 木ノ下先生は努めて反応をしないように心掛けた。



「……犯人は男性。おそらく一人。単独犯だと考えられています。被害者は当然女生徒になるんですが、無差別に複数人を対象に犯行に及んだと聞いています」



 再び騒めきが拡がる。



「で、でもよ、先生。オレらフツーに帰ったけど全然そんなの気付かなかったぜ?」

「今日だってよ、騒ぎがあったなんて誰も言ってなかったぜ?」


「……イヤだな。変態とか。どんなヤツなんだろ……?」

「マホマホ、きっとアレだよっ。春先に出てくる、コートをバッて開いたら『ボロロォ~ン、コンニチワァ~ッ!』ってヤツ! 風物詩だよっ。ね? 遥香ちゃんっ!」


「いえ、それが……」



 そんな風物詩は存在して欲しくないなと考えながら、木ノ下先生は事件の詳細を生徒たちに説明していく。



「どうもまだ情報が錯綜していてですね、はっきりしていないことも多いのですが……」


「……? おかしくねえか?」

「被害者はいっぱいいるんだろ?」


「えぇ、ですが、被害を受けた女子たちは口を開きたがらないというか、自分でも何をされたのかわからないとか、混乱しているんだと思うんですけど、そんな証言が多いんです」


「変な話ね。それなのに自分が性被害を受けたという認識はあるというの? 楓、風紀委員会の方で詳しいこと……楓? ちょっと、貴女寝てる……? そんなわけないでしょう。こっち向きなさいよ」



 何か明確な回答を避けているかのような野崎さんを詰問する舞鶴の方を見て、気持ちはわかると苦笑いをする。


 それからもう一度弥堂の方にもチラっと視線を送り、続きを語る。



「かろうじて集められた証言をまとめるとですね、共通した点が浮かび上がってきました。キーワードとなったのは『リスペクト』という言葉でした……」



『ん?』と生徒さんたちは首を傾げる。


 珍しい言葉でもないが、何か最近の出来事の中で記憶に引っかかるものがあったからだ。



「……正直、先生には何のことか全然わからなかったんですが、被害者たちは一様に脱がされたりとか触られたりといった被害はなく、その、なんですか……? スカートの上から下着を『指差しリスペクト』されたと……」



 ババババっと教室中の生徒が一人のクラスメイトの方へ反射的に顔を向ける。


 十数の視線の交点にいるのは、もちろん弥堂 優輝だ。



 ここ数日の間のどこかで、彼と希咲 七海との口論のようなものの中で出てきたワードだ。『おパンツ』を『リスペクト』するとかしないとかなどと彼らが揉めていて、同じ教室内に居た彼らや彼女らの耳に入ってきたのだ。


 ちょっと他ではまず聞かないような内容の会話だったので、記憶に印象的に残っていたのである。



「……弥堂君。何か覚えはありませんか……?」



 弥堂の反応を窺うように、慎重な様子で木ノ下は聴取をする。



「言っている意味がわかりませんね。もっと具体的な質問をしてもらえませんか」



 弥堂には何ら思うようなことはないようだ。少なくともそのようには見える。



「『リスペクト』という言葉以外にも、何人かの子がアナタの名前を出していました。アナタが事件現場で目撃されています」



 教室が騒めく。


 元々違法性については定評のある男だったが、ついに性犯罪にまで手を染めたかとクラスメイトたちは大きく動揺した。



「まだ何が言いたいのかわかりませんね。まさか俺を犯人だと、そう疑っているのですか?」


「……先生はそうは思っていません。ですが、集めた証言を一緒に検証していた他の先生方の中にはアナタを疑っている方もいらっしゃいます」


「そうですか。では、直接誤解を解きましょう。その教師と俺の名前を出した生徒の名前を言え。全員だ」


「そ、それは言えませんっ! 絶対にダメです!」


「何故です」


「絶対に身の安全を保障するという約束で、お話を聞いたんです!」


「まるで俺がそいつらの安全を脅かすと言っているように聞こえますね」


「と、とにかくっ! お話できないものはできません!」


「そうですか。では、俺もお話出来ることは何もありませんね」



 そういえば、HRが開始してから木ノ下先生も不自然に何度も弥堂をチラ見していた。もしかしたら最初から容疑者だと考えていたのかもしれない。


 しかし、毅然とした様子で教師に悪態をつく弥堂の態度に、何名かの生徒は冤罪なのではと考えた。



「むむむ、余裕の態度ですねっ。解説のマホマホさん、どう思いますか?」

「誰が解説よ。気になるのは弥堂くんが決して『やってない』とは言ってないこと、かな……?」



 日下部さんの鋭い指摘にまた教室はざわつく。


 他人の言葉を聞くたびに、いちいち右を向いたり左を向いたり顔を動かす間抜けどもを弥堂は軽蔑した。


 なので再び左を向かせる為に発言をする。



「大体、事件当時に俺が正門付近に居たと言いますが、登下校をする際には誰もが通る場所でしょう。それだけで俺を犯人だと認定するのは早計では?」


「で、ですが、被害者が――」


「そいつらは本当に被害者なのですか? 今のご時世、女が性被害を受けたといえば碌に検証もせずにそれを真実だと思い込む間抜けが多い。先生、ちょうど今のアンタのように」



 もしも同じ文章をSNSに投稿したら炎上間違いナシな暴言を堂々と言い放った生徒に木ノ下先生は動揺した。



「そ、そんなことは……っ、あの子たちが嘘を吐いていると……っ⁉」


「さぁ? 誰かもわからない人物が言っていることが真実かどうかは俺にはわかりませんね。ただ、そういう商売なんじゃないかと、可能性の話をしただけです。もしも名前だけでも教えてくれれば明日には真実をはっきりさせますよ」


「そ、それは出来ないと――」


「それに。何ですか? 『おパンツ』を『リスペクト』? まったく意味がわかりませんが、そもそもリスペクトしているのならいいのではないんですか? 何故リスペクトが性犯罪に?」


「そ、それは先生にも――」


「いいか、木ノ下教師。お前では話にならない。とっとと巣に帰ってお前の後ろにいる上司にこう伝えろ。『バカめ』とな」


「な、なんですって……っ⁉」



『やった』、『やらない』の平行線にしかならない問答に嫌気がさしたのか、弥堂が上っ面の敬語すら投げ捨てて吐いた暴言に、木ノ下先生はびっくり仰天した。



「碌に証拠もとれていないのに、責任を問われたくないからと安易な解決に逃げるな。お前らは素人だ」


「し、素人ではありませんっ! 先生たちはきちんと教員免許を――」


「それは勉強を教えるための資格だろう。犯罪者の相手をするのには役不足だ。俺はプロフェッショナルだ。お前らより俺の方が上手くやれる」



 性犯罪の容疑をかけられている男が突然犯罪の専門家を名乗り始め、教室中が動揺する。酷い侮辱を受けている木ノ下先生だが、自分に自信のない彼女は不安から押され気味だ。



「もしも。これはあくまでもしも、の話だが。仮に俺を犯人だと逮捕をして、その後も被害が止まらなかったらどうする?」


「そ、それは…・・っ」


「お前らの負うべき責任に『冤罪』が追加されるぞ? その程度の勘定もできないのか? だからお前らは素人だと言ったんだ。いいか? もう一度言うぞ? お前の上司にバカめと伝えろ」


「……す、すみません…………」



 教師になってまだ二年目の年若く、元来から気の弱い木ノ下先生はつい謝ってしまった。クズ男は内心で『しめた』と唇を舐める。



「おい、今謝ったな? 認めたな、冤罪だと。この落とし前はどう付けるんだ?」


「えっ……? いえ、その、そういうわけでは……」


「では何故今謝罪した? お前は悪いと思ってもいないのに口先で謝罪を口にするのか? それと同じことをしろと生徒にも教えるのか? どうなんだ?」


「そ、そんなに強く言わなくても……」



 木ノ下先生の目にジワっと涙が浮かぶ。先生のメンタルはもう限界だ。


 ここぞとばかりに女の人を激詰めし始めた男の勢いに他の生徒たちもドン引きし、とっさに止めに入れる者もいない。


 このまま地獄のようなハラスメントが目の前で繰り広げられるかと思われたが――



「――冗談です」


「えっ……?」


「冗談だと言ったんです」


「じょう……だん……?」



 圧を弱めて肩を竦めてみせる生徒に呆然とした目を向ける。


 理解が追いつかず、彼の言葉よりも彼が動かした肩に顔をぶつけて驚いた様子の水無瀬の方が気にかかった。



「なに、そもそもこれはアナタの考えではないのでしょう。どうせ三田村教頭あたりの指金ではないんですか? あの女の考えそうなことだ」


「あ、あの……、教頭先生のことをあの女だなんて……」


「それは今はどうでもいい。そんなことよりも、そうですね。この件、俺に任せてはみませんか?」


「えっ?」


「他人の仕事にケチを付けるだけでは芸がない。それでは無責任でしょう。だから俺が犯人を捕らえてみせます。その成果を以て俺がプロであると証明してみせます」


「いや、でも……っ」


「しかし、そんなに大勢の人員を割く必要はないでしょう。俺一人で十分です。この程度のケチなヤマに人的コストを不必要にかけるのは効率が悪い。あなた方は俺が持ち帰る報告をただ待っていればいい。家畜小屋で餌を待つ豚のようにな」


「はっ……? あっ……? えっ……⁉」



 調査を開始する前から事件をケチ呼ばわりした専門家の勢いに木ノ下先生はのまれる。



「では、この件はこれで終わりだ。他の連絡はないのか? 俺は用事が詰まっているんだ。あるのなら早くしろ」


「え……? あ、でも……っ」


「あるのか、ないのか。どっちだ?」


「あ、ありますっ」


「よし、言え」


「は、はいっ!」



 羊を柵へ追い込むようにパンパンと手を叩いて急かされ、気の弱い木ノ下は押し切られた。


 何かがおかしいと首を傾げながら次の連絡をする。



「え、えっと……、実は学園付近だけでなく、美景川沿いの地帯で他にも変質者が出現すると報告を受けています。こちらは警察や自治体の方から注意喚起されています。被害者は女性で何件も被害届けが出ています。着用している衣服の一部が奪われるようです。先ほどの件と同一犯かはわかりません。みなさん下校時は特に注意をして、なるべく一人にならないように暗くなる前に帰るように心がけましょう……」



 先ほどのものとは違って割とガチめの犯罪に関する注意が、このなんとも言えない空気の中でポロッと出され、誰の頭にもスッとは入ってこなかった。


「はぁ~い……」と、気の抜けた返事がまばらに返ってくる。



「よし、ではこれで終わりだな。さっさと帰って捜査権が移ったことを報告してこい」


「い、いえ、弥堂君それは――」


「――起立っ!」


「えっ⁉」



 問答無用に放たれた野崎さんの号令に生徒たちは反射的にガタタッと音を立てて立ち上がる。



「気をつけっ、礼っ!」


「さようならぁー!」


「えっ? えっ……?」



 木ノ下先生は混乱しキョロキョロと教室を見回すと水無瀬をお姫様抱っこして姿勢よく立つ弥堂に目が留まる。



「………………さよう、なら…………」



 先生は心が折れてトボトボと教室を出ていく。


 おかげで須藤くんと鮫島くんの呼び出しは有耶無耶になった。ワンチャンそれを期待して彼らは弥堂の横暴に口を出さなかったのだ。



 そして、捜査権が犯人自身の手に渡ったことで、永遠に犯人が見つからないまま事件が迷宮入りすることが確定してしまっただけのHRが終わった。



 今週最初の放課後が始まる。



 まだ初日。


 まだ初日なのだ。



 制御不能な厄介者を抱えてしまった2年B組の生徒たちは、かつてない疲労感と、こんな日々が続くのだという絶望感に苛まれた。



 何故こんな横暴な男が野放しになっているのだと、社会の理不尽さへの疑問を感じ、次に怒りを燃やし、そして救いを求める。



 この状況を打破できる存在、あの男に対抗できる存在を求めて、やがて誰もが同一人物を脳裡に浮かべる。


 一人の少女だ。



 全員がその少女に心から願う。



『早く帰ってきて……っ!』――と。



 教室の窓から覗く放課後の空に、きゃるんっとアゴぴーすをキメた希咲さんのドヤ顏が幻影として浮かび上がった。






 スンスンと鼻を鳴らしながら木ノ下先生が教室から出ていってから何秒かして、入れ替わる形で一つの人影が入室してくる。



 小さな人影だ。



 赤い髪色のアホ毛をヒョコヒョコさせながら進んできて「とぅっ!」と軽やかにジャンプすると、その姿が露わになる。


 教卓の上に飛び乗ったその人物は、着用するメイド服がひらりと舞うのにも構わずに小手を翳して教室内をキョロキョロと見回し、弥堂の所で視線を固定した。



「あ、いたいたっ。おーいっ! “ふーきいん”っ!」



 教室に現れたのは学園で飼育しているちびメイドの“まきえ”だった。



 彼女は弥堂が何か反応するよりも早く、再び「とぅっ!」と掛け声をあげ教卓から飛び立つ。


 空中でギュルルルルッと前転を繰り返しながら華麗に弥堂の机の上に着地をキメた。



「ひぁぁぁぁっ⁉」



 弥堂の膝の上に座っていた水無瀬がそれに驚き、弥堂に押し付けられて両手に余っていた何本かの酢いかを空中にばら撒く。


 “まきえ”はそれにバクバクバクッと素早く食いつく。くちゃくちゃと咀嚼して一気に飲み込むと、ベベベッと床に串を吐き出した。



「やい、“ふーきいん”! オレと勝負だっ!」


「…………」


「おい、きいてんのかよ? このクソやろ――」


「――まきえちゃん、まきえちゃん」


「あん……? お、なんだよ、“まな”じゃねえか。そんなとこで何してんだよ?」


「あのね? 床にゴミを捨てちゃダメなんだよ?」


「え? あっ……、やっちまったっ!」



 “まきえ”は言われて初めて自分の所業に気が付いたとばかりに驚く。弥堂はそれを好機と見た。



「そうだ。水無瀬の言うとおりだぞ。謝れ」


「ご、ごめんなさい……」


「ふん。いいか? ゴミとは社会の排泄物だ。人類にとって必要なものだけを取り込んで消費し、残った不要なものがゴミとなる。つまりウンコだ。それをその辺に放り捨てるのは、道端でクソを垂れ流す野良犬に等しい。そんなこともわからないのか? 薄汚いウンコタレの馬鹿犬め」


「ひぐっ……⁉ うぇ……っ、そ、そこまで言わなくたって、いいじゃんかぁ……っ、ぶぇぇぇっ……!」



 いきなり現れて出会い頭にイキってきたメス餓鬼は即座に泣きが入った。



「うぁぁぁぁっ、“まなぁ”っ! “ふーきいん”がぁ……、“ふーきいん”がぁぁぁ……っ!」


「あぁぁ……、な、泣かないでまきえちゃん……っ! こっちおいでー?」



 慌ててパっと両腕を開いた水無瀬の胸元に“まきえ”は飛びついた。


 必然的に弥堂のお膝にはJKと女児が一纏めに乗っかることとなった。



 今日という日はもう終わったと安心していた生徒たちは、余計に犯罪的な絵面が構成されたことに動揺し、これ以上関わりたくないと足早に教室から出ていく。



「ぅっく、ひぃっ……、アイツひどいんだ……。いぬって……っ! いぬってゆったぁ……っ! アイツの方がいぬっぽいのにぃ……っ! ぅぇぇぇぇっ……」


「うんうん。大丈夫だよ。まきえちゃんはワンちゃんじゃないもんねぇ。ちゃんとお片付けしたら弥堂くんも『いいこいいこ』してくれるよ?」


「うっ、うそだぁ……。だってアイツはクズだもんっ。どうせ『めっ』しかゆわないもんっ……!」


「そんなことないよぉ。だから、ね? 一緒にお片付けしよ?」


「う、うん……、わかったぁ……、おかたづけ、する……ぅっ」


「それには及ばねえぜっ!」



 水無瀬さんが一生懸命に女児をあやしていると、男らしい覇気のある声がかかる。


 現れたのは、弥堂がいなければこのクラスで一番のクズと呼ばれていたことは間違いないコンビの片割れである須藤くんだ。



 須藤くんは精悍な顔つきで近寄ってくると、徐に懐からハンカチを取り出してピッと振って広げる。


 そして床に膝まづくと散乱している酢いかの串を全て拾い、そのハンカチで包んだ。


 そして立ち上がりながらさりげない動作でスッと懐に仕舞った。



 彼は頼りがいのありそうな力強いサムズアップを残すとそのまま所定の位置へ戻っていく。


 一同はそれを無言のまま目で追った。



「――悪ぃな、話の途中だったのに離席してよ」


「お、おい……、そんなことどうでもいいけど……。須藤。お前。それ。どうするつもりだ……?」

「ん? なに言ってんだ? 片付けるに決まってんだろ?」


「そ、そうだよな……? 捨てるに決まってるよな……?」

「当たり前だろ? 俺が責任を持って適切に処理をしとくよ。オトナの男としてな」


「……捨てるって、言わねえのか……?」

「……鮫島。お前が何を危ぶんでいるのかオレにはわからねえ……、だがな?」

「…………」

「オレは巨乳好きだ。デカければデカいほどイイと、そう思っているし、その通りに行動してきたつもりだ。それはお前が一番よく知ってるだろ?」


「そ、そうだよ……な……? ワリィ、オレの考え過ぎだったみてぇだ……」

「なに、気にすんなよ。オレたちダチだろ? オレは気にしてねえよ」


「あぁ。サンキュ。オメェが自主的にゴミ拾うとか見たことなかったからよ、つい動揺しちまったぜ」

「ハハッ、オレん家よ、小せぇ妹がいるからさ。なんつーか、癖? みてぇなモンでよ……」



 朗らかに会話をしながら教室から出ていく須藤くんと鮫島くんを見送り、教室に残った生徒たちはそれぞれの仲間内の会話に戻っていく。



 ピタっと泣き止んでいた“まきえ”は水無瀬と顔を見合わせると、再び号泣しだす。



「うあぁぁぁぁっ、“まなぁ”……っ! ウンコタレって……、“ふーきいん”がウンコタレってゆったぁ……、ぶぇぇぇぇっ……!」


「よしよし。大丈夫だもんねぇ? まきえちゃんは漏らしてないもんねぇ」


「うんっ! オレちゃんと昼飯くったあとトイレでしたもんっ! うんこ漏らしてねえもんっ……!」


「そうなんだぁ。いっぱいでた?」


「うんっ、いっぱいでたっ!」


「えへへ、よかったねぇ? うんちいっぱいでてえらいねぇ?」


「へ、へへっ……! オレちゃんと野菜も食ってっからさ!」


「わぁ、すごいっ! まきえちゃん、いいこだね? いっぱい『よしよし』してあげるね?」


「わぷっ」



 水無瀬がギュッと抱き寄せると、“まきえ”はモニュンっとおっきなお胸に顔を沈める。


 そのまま頭を撫でられていると、泣きっ面はあっという間にうっとりとしたものに変わる。



「……ママぁ…………」


「えへへー。いいこ、いいこぉ」


「……いーにおい……、まな、まえよりいーにおい……、なんでぇ……?」


「え? そうかな? 前は体育あったから……?」


「わかんなぁい……、いーにおい……、まえより、おいしそ……じゅるり」


「私より酢いかの方がおいしいよ?」



 何やらおかしな雰囲気になってきた女児二人を机の上にのせて弥堂は自身のスクールバッグを持つ。速やかにこの場を離れるべきだと判断したからだ。



「では、俺は失礼する」


「えっ……? あっ、弥堂くん……っ!」


「ごゆっくり」


「……ごゆっくりぃ…………、って! 待てコラァーーっ!」



 思いのほか正気に返るのが早かった“まきえ”に呼び止められる。


 弥堂は舌を打った。



「……なんだ?」


「なんだじゃねえよ、このヤロー! わざわざテメーに会いに来たのに何も用件言えてねえじゃねえか……っ!」


「俺はお前に用はない」


「オレがあるっつってんだよバカやろうっ! “ふーきいん”! テメーはほんとダメな!」


「うるさい。用があるならさっさと言え」


「弥堂くんっ、もっと優しく言ってあげて? まきえちゃんのお話ちゃんと聞いてあげようよ」


「そうだそうだっ! もっと言え、“まな”っ!」



 子供二人がかりで対話を要求され、弥堂は仕方なく応じてやることにした。



「ところで今日は青い方はどうした?」


「あん? “うきこ”なら仕事だよ」


「嘘を吐くな。あいつが仕事をするわけがないだろ」


「そんなことねえよ⁉ “うきこ”だってたまには仕事することもあるんだよ! 知った風なこと言うんじゃねえよ!」


「そうか」


「そうだぜ。今日は部室棟の修理に行ったよ。なんでも空き部屋のガラスが割られてたとかでよ」


「それは酷いことをする奴もいるもんだな」

「大変だね」


「……テメーがやったんじゃねえよな? “ふーきいん”……」


「お前は破壊跡を見れば俺が壊した物かわかるんじゃなかったのか?」


「いや、まぁ、そうだけどよ……」


「お前の見立てではどうなんだ?」


「いや、わっかんねーけど、テメーの必殺パンチではなかったと思う……」


「なら、俺じゃないんだろう。自信を持て。お前の目は確かだ」


「おっ、そうか?」


「そうだ」


「へへっ、じゃあテメーは無罪だぜ。“ふーきいん”。よかったな」


「あぁ。ありがとう。これからも頼むぞ」


「おうっ! 任せとけよ!」


「あぁ。じゃあな」


「おうっ、またなっ!」

「ばいばい、弥堂くんっ」



 誤解が解けたようだったので弥堂は踵を返そうと――



「――いやいや、まてよっ! おかしいだろ!」


「チッ」


「なんでテメーはいつもそうなんだよ! オレが用があるってんのになんでテメーが違う話すんだよ! そういうのやめろよ! オレがだまされちゃうだろっ」


「だったら、何の用だ。俺は忙しいんだ」


「テメーこないだバックレただろっ!」



 ビシッと指をさされ弥堂は怪訝な顔をする。



「なんのことだ?」


「スッとぼけてんじゃあねえよ、このヤロウッ! こないだお嬢様が待ってたのに、テメー無視して帰っただろ⁉ オレたち怒られたんだからな!」


「それがどうかしたのか?」


「どうか⁉ どうかしたかっつったか? このクソやろうっ! ちゃんと約束は守れよ!」


「俺は約束などしていないが?」


「しただろ! お嬢様が生徒会室で待ってるって“うきこ”から聞いただろ!」


「聞いたな」


「ほらっ! 約束やぶったじゃん! バックレたじゃんっ!」



 ほれ見たことかとドヤ顔で指を向けてくる頭の悪い児童に弥堂は溜息を吐いた。



「なんだよその態度っ! テメーが悪いんだろ! わかってんのかよ!」


「わかってないのはお前だ」


「なんだとぉっ⁉」



 両手を振り上げてギャーギャー喚く子供に弥堂は道理というものを教えてやることにする。



「いいか? 確かに俺はお前の片割れから、『生徒会長閣下が呼んでいる』と聞いた」


「だろぉ!」


「そして、『生徒会室で待っている』とも聞いた」


「そうだ!」


「俺はそれに『そうか』と答えた」


「ほらぁっ!」


「つまり俺は約束などしていない」


「なんでだよ!」



 物分かりの悪い奴だと侮蔑の眼を遣る。



「俺は『わかった』だとか『行く』だとかは一言も言っていない」


「は……? えっ……?」


「了承をしてないから約束は成立していない」


「なんだよそれっ⁉」



 いい年をしてふざけた言い訳をする男にちびメイドは激怒した。



「テメーいい加減にしろよ! いっつもそうやってヘリクツばっか言いやがって! テメーはほんとダメな! お嬢様が来いっつってんだからちゃんと行けよ!」


「これが屁理屈なら大変なことになるぞ。相手に要求を伝えさえすれば一方的に約束が成立してしまう。それがどういうことかわからないのか?」


「あぁ? ややこしいこと言うなよ。そうやってまた誤魔化すんだろ」


「そうか。なら、どういうことか教えてやる」



 弥堂は水無瀬の方へ眼を向けた。



「おい、水無瀬。一億円くれよ。何故なら俺が欲しいからだ」


「えっ? でも、私一億円もってないよぅ……」



 唐突に頭の悪い金額を請求され、愛苗ちゃんは申し訳なさそうに、ふにゃっと眉を下げた。



「“ふーきいん”! テメー、“まな”からカツアゲしてんじゃねえよ!」


「何故だ?」


「何故もなにもねえよ! カツアゲはダメだろ!」


「俺はお前のお嬢様と同じことをしただけだぞ?」


「はぁ? お嬢様がカツアゲなんかするかよ!」


「そうか? お嬢様は俺に来いと言った。だから約束になった。そして、俺は水無瀬に一億円をくれと言った。だから約束になった。ほら、同じだろう?」


「同じじゃ……えっ? あれっ……? えっ……⁉」


「いいか。慎重に答えを選べよ。もしも俺と会長閣下との間に約束が成立してしまっていたのなら、お前のお嬢様は俺にカツアゲをしたことになる。そうだったとしたら前代未聞の不祥事だ。生徒会長が生徒からカツアゲなど聞いたことがない。彼女は地位を追われるだろうな」


「え、でも……、そんなの……っ」


「お前が決めろ。お前の返答次第で彼女の将来が決まる。慎重に答えろ。俺は、お嬢様と、約束を、したか?」


「あっ……、あっ……、して、ない……」


「そうか。お前もそう思うか。気が合うな」


「うぅ……っ……」



 何か言い知れぬ巨悪に屈したような気分になり、“まきえ”はシュンと落ち込み水無瀬に頭を撫でられる。



「お前の迂闊な言動ひとつで閣下の名誉を貶め、失墜させる原因ともなりかねない。しっかりと反省をしろ」


「うん……、ごめん……」


「俺も本当はこんなことを言いたくないんだが、これもお前のためを思ってのことだ。お前は成長出来る人材だと思っているからこそ厳しいことを言うんだ。わかるな?」


「うん……、ありがと……」


「では、俺はもう行く。今後もしっかり励めよ」


「うん……、じゃあな……、って、待てよ! またこれかよっ!」



 パターン化しすぎたせいか、段々と気付く速度が上がっているようで弥堂は面白くないなと感じた。



「まだ何かあるのか?」


「あるに決まってんだろ!」


「決まってる……? それは誰が決めたんだ? 少なくとも俺は決めていない。お前が決めたら勝手に俺の方もきま――」


「――あーーっ! うっせ! うっせぇ! そういうのもう聞きたくねぇっ! お嬢様が来いって言ってんだよ」


「そうか」


「生徒会室だ。今日はちゃんと行けよ」


「お前の気持ちはわかった」


「行くって言えよこのヤロウッ!」



 弥堂は何もないフイっと顔を逸らし何もない宙空を見上げた。



「……テメーがその気ならオレにも考えがあるぜ」


「ほう」


「お前がお嬢様のとこに行くまで付きまとってやる。なんならオレが引きずってでも連れていく」


「なんだと?」



 不都合を感じ眉を寄せる男へ、“まきえ”は強気な目を向ける。



「どうせお前はバックレるつもりだろうからな。逃がしゃしねえぜ!」


「……仕方ないな」



 フウと息を吐き、弥堂は自らのバッグに手を入れゴソゴソと探る。


 “まきえ”は目を細め警戒をし、ソプラノボイスで威嚇をする。



「テメー、武器でも出す気か? いいぜ? 何でも使えよ。やってやんよコラァっ!」


「武器などではない。お前に『いいもの』をやろう」


「あん? いいもの……?」



 弥堂が“まきえ”に手渡したのは一枚の紙だ。


 “まきえ”は怪訝な顔をしながら四つ折りにされた紙を開く。


 そこに書かれていたのは――



「――なんだこりゃ? 地図か?」



 学園の敷地を描いたと思われる手書きの地図だ。



「何か所かバツ印が書かれているだろう。それがなにかわかるか?」


「なにって……、バツだろ? 悪いもんじゃねえのか?」


「違うな。そのバツの中のどれかに『お宝』が隠してある」


「お宝っ⁉」


「あぁ。それは宝の地図だ」



 “まきえ”は地図を食い入るように見る。



「お宝って、お宝ってなんなんだよ⁉」


「いいものだ。なにせ、お宝だからな」


「そ、そっかぁ……、お宝だもんな!」



 彼女はもうすっかりとお宝に夢中なようだ。



「もしもお前がそのお宝を見つけ出せたのならば、それはお前のものだ」


「マジかよっ!」


「やるか? 宝さがしを……」


「やるっ! やるぜ! 決まってんだろ⁉」


「わぁ、まきえちゃんいいなぁ。楽しそう」


「おぉ。“まな”もやるか? 一緒に遊ぼうぜ!」


「うん、でも……、私今日は用事があるの……」


「そっか、そりゃしょうがねえよな! 任せとけ……って、あっ⁉」



 ノリノリだった女児がなにかに気付いてショボンと肩を落とす。



「オレも“ふーきいん”を連れてかなきゃいけないんだった。お嬢様のためにやらなきゃ……」


「そう気を落とすな。そのお宝を見つけることこそが、お嬢さまのタメになる」


「えっ?」



 意味が分からないと見上げてくるちびメイドに仕事の意味を教えてやる。



「そのお宝は何だと思う?」


「ん? いいものだろ? だってお宝だもん」


「そうだ。しかしそれはお宝はお宝でも、お嬢様のお宝写真だ」


「はぁ?」


「その地図に隠されているのはな、お嬢さまのおパンツを盗撮した写真だ」


「はぁっ⁉」

「えぇっ⁉」



 水無瀬と“まきえ”は仲良く揃ってびっくり仰天する。



「テッ、テメ、“ふーきいん”、このヤロウッ! ついにそういうことまでするようになりやがったか……⁉」


「早合点をするな。撮ったのは俺ではない」


「どういうことなんだよ⁉」


「以前に盗撮犯を検挙したことがあってな。その時に押収した写真に閣下が写ったものがあったんだ」


「な、なんだと……⁉ お嬢様になんてことを……っ!」



 弥堂の口から淡々と語られる性犯罪者の卑劣な行いに見た目女児のメイドは激しい憤りを覚えた。



「敬愛する閣下のあられもない写真が世に出回ってはいけないと思ってな、俺はそれを隠したんだ」


「なんでだよ⁉ 捨てろよ!」


「証拠品は簡単には捨てられないんだ。いつどこで必要になるかわからない。だが、ひとつ困ったことがあってな」


「……? なんだよ……?」


「隠し場所のカムフラージュのためにダミーをたくさん埋めてそれにもバツ印を付けたんだが、どれが本物かわからなくなってしまってな」


「バカじゃねえのっ⁉」


「さぁ、本物を見つけ出せ」


「お前が探せよっ!」



 頭のおかしい男の頭のおかしい要求にちびっこは激しく動揺した。



「俺はそれでもいいんだが、なかなか時間がなくてな。俺はこれから行かなければならない所があるんだろう? お前が決めたんだ」


「いやっ、それは……っ」


「それに、悠長にしていたら困ることにもなるかもしれんぞ? お前のお嬢さまがな」


「ど、どういうことだ……⁉」


「今度。G.Wに大規模な改修工事が入るだろう? 業者が掘り起こしてしまうかもしれんぞ? お嬢様は可哀そうにな。見ず知らずの男にあのような姿を見られてしまうなんて」


「テッ、テメェ……っ! マジでふざけんなよっ!」


「そら。お嬢様のために働け。馬車馬のように走り回って、奴隷のようにあちこち掘り返せ」


「ちっ、ちっくしょう……っ!」



 “まきえ”はダッと勢いよく走り出す。宝の地図を握りしめて。



「……………」



 弥堂はくだらないものを見るような眼でそれを見送り、水無瀬の方へ顔を向けるとニコっと笑顔が帰ってきた。



「じゃあな」


「あ、うん……っ。弥堂くん、今日はいっぱいお菓子ありがとねっ。今度お返し持ってくるね!」


「結構だ。俺は菓子も食わない」


「そっか、それじゃあ――」


「――行かなくてもいいのか? お前は忙しいだろ?」


「え? あ、そうだった。ごめんね、ありがとう」


「くれぐれも繁華街の方には行くなよ」


「え? なんで?」


「それはネコにでも聞け。じゃあな」


「あ、ばいばーい」



 一方的に話を終わらせ、水無瀬を置いて教室を出る。



 廊下に出て右に曲がり、各委員会に割り当てられた部屋が集中する棟へ向かう。先日騒動があった文化講堂の手前にある。


 ちなみに教室を出て左に曲がった先にある昇降口棟に生徒会室がある。



 今日は元々風紀委員会の定例会議が放課後に予定されていた。


 それに生徒会室に行くとはやはり一言も言っていない。



 風紀委員として働くのは生徒会長閣下の為の仕事ということになるので、それを疎かにするのは閣下の為にはならない。


 それにその仕事にブッキングするように呼び出しをしたのはあちらの落ち度だ。だから自分は悪くない。



 次に咎められた時にする言い訳を予め考えながら歩いていると、風紀委員会の活動場所に到着する。


 弥堂はその部屋の扉を開けた。



「ふははははーっ!」



 待ち受けていたかのように部屋の中央の長机の上で仁王立ちになっている人物が、弥堂が扉を開けたタイミングで高笑いを上げた。


 美景台学園の女生徒の制服を着用している。しかしそのサイズは平均よりもだいぶ小さい。



 弥堂は短く嘆息をした。



「ノコノコとよくきたなぁーっ! びとぅーっ!」



 赤髪のロリを追い払った先で辿り着いた風紀委員会室で待ち受けていたのは金髪のロリだった。







 入室してドアを閉める。



 温度の感じられない硬質な瞳に、机の上で踏ん反り返っている女児を写した。



 そして踵を揃えて腰を折る。



「お疲れ様です。遅くなって申し訳ありません、委員長閣下」



 弥堂は社会人として上司に尽くすべき礼を以て、10歳の女の子に頭を下げてご挨拶した。



「うむっ。許そうっ」



 金髪ロリは鷹揚に頷く。


 すると、彼女の脇に控えていた男がスッと近づく。



「委員長」


「む、なんだ? そーじゅーろー」


「『ノコノコと』はあまり良い意味の言葉ではありません。主に相手を馬鹿にする時に使われます」


「えっ⁉ そ、そうなのか……? ご、ごめんな? びとぅー……、ノエル知らなかったんだ……」


「いえ、構いません。それよりも、ちゃんとゴメンなさいが言えて偉いですね。さ、これを……」



 眉をふにゃっとさせる女児に弥堂は怒っていない旨を伝えつつ彼女に近寄る。


 そして淀みのない動作で、自身の立身出世に関わる人事考課に絶大な権限を持つ者のちっちゃなお手てに、さりげなく飴玉を1つ握らせた。



「お? くれるのか? いつもありがとうな、びとぅーっ!」


「いいんですよ。こちらこそ委員長殿にはいつもお世話になっています。そんなことより、ちゃんとありがとうが言えて偉いですね。さ、もう一つ……」


「やったぁー! そーじゅーろー、そーじゅーろー! びとぅーがキャンディくれた!」


「それはよかったですね。これも委員長がいいこだからですよ」


「たべてもいいかー?」


「残念ですが、間もなく会議が始まります。おやつはそれが終わってからです」


「えっ……? そっか、そうだよな……。ふたつ貰ったから、一個そーじゅーろーにあげて一緒にたべたかったのに……」



 シュンと肩を落とす児童の姿に、『そーじゅーろー』と呼ばれた男はキュンと胸を打たれる。



「……いいですよ。うっかり忘れてましたが、今日は委員長が10歳になってから半年ちょっと経った記念日でした。ハフバのボーナスです」


「えっ? ホントか⁉ やったぁー。そーじゅーろー、袋あけてたべさせてーっ!」


「は、はい……」



 男は手の震えを抑えながら覚束ない手つきで包みを開ける。


 中身の飴玉に直接素手で触れ、指で摘まんで取り出す。


 そしてそれを内視鏡を通すような慎重さで、女児の唇に近づけていった。



「ぁむっ」



 決して彼女の唇に触れぬよう素早く指を離し、首尾よく咥内へと送り込んだ。


 彼女はもごもごと機嫌よく頬を膨らませながら、ちっちゃなお指を器用に使ってもうひとつの包みをピリリっと開ける。



「はいっ。そーじゅーろーにはノエルがたべさせてやるな?」


「……ありがとうございます」



 男は緊張感を滲ませた表情で己の口を操作し、決して自分の体細胞が彼女に触れてしまうことのないように飴玉を頂戴した。


 どうにか成功させ、ホッとしながらコロコロと口の中で転がす。



 ノエルたんはニッコリした。


 男もニッコリだ。


 弥堂は当然ニッコリしなかったが、周囲の他の者もニッコリした。



 すると、バンッ! と机を強く叩かれ大きな音が鳴る。



 全員が咄嗟に音源の方を向くと、そこには一人の女生徒だ。


 机の上に両手を置いて腰を突き上げながら顔を俯けプルプルと震えている。



「いい加減にして下さいっ!」



 バッと顔を上げると同時に、彼女は几帳面に揃えられた前髪の下の眦が厳しく吊り上げた。



「私たちは委員会の活動をする為に集まっているんですよっ! 会議の開始時間だってとっくに過ぎています!」



 怒鳴りつけられ他の風紀委員たちは怯えたように顔を逸らし居心地悪そうにした。



「筧っ! アナタ書記でしょっ! しっかりしなさいよ! 大体アナタは委員長を甘やかしすぎなのよっ!」



 ビシっと指差されたのは、先程幼女を餌付けしていた男だ。



 筧 惣十郎かけいそうじゅうろう


 細身の坊ちゃん刈りをした優男であり、この風紀委員会で書記を務める二年生男子である。


 そして風紀委員長の忠実なるイエスマンだ。



「やれやれ……、あまり大きな声を出さないでくださいよ、五清さん。ノエたんがビックリしてしまうでしょう……?」



 筧に野暮ったい黒縁眼鏡の奥から冷ややかな目線を投げ返されたのは五清 潔いすみ いさぎだ。



 綺麗に切り揃えられた黒髪のおかっぱ頭と吊り目気味の瞼。その中にある理知的な色が過ぎる瞳の色からは、几帳面さと神経質さも伺える。


 彼女は筧の言葉に眉を歪め嫌悪感を露わにした。



「なにがノエたんよ……。気持ち悪い……」


「あー。いーけないんだ、いけないんだー! 委員長っ、五清さんが気持ち悪いとか言いましたぁー。ノエたんはノエたんなのにぃ。ひどいなぁー。ね? 委員長?」



 筧は小物っぽく音頭をとりながら、この場で一番役職が高い女児に擦り寄る。


 すると、年上のお兄さんに頼られた女児は「フンス」と力強く鼻息を吹いた。



「ワタシが風紀委員会委員長、豪田 ノエルであるっ!」



 バンっと力強く片手を翳して宣言すると、周囲からワッと拍手と歓声が湧く。


 しかし、委員たちは五清さんにギロリと睨みつけられるとすぐにオドオドと大人しくなった。



 五清さんはその勢いのまま今しがた名乗りをあげた委員長にも喰ってかかろうとし、寸でで口を閉じる。


 非常にやり辛そうな顔をして口をもごもごさせ、彼女の姿を見る。



 豪田 ノエル。



 私立美景台学園高等学校の女子制服を身に纏った、見た目は10歳、中身も10歳、生まれてたった10年の正真正銘のリアルロリJKだ。



 彼女はイギリス生まれで日本へは海外留学という扱いで滞在している。日本とイギリスの二か国を以て支援をするレベルの天才児童様であり、そしてイギリスにある彼女のご実家は現代において爵位を冠するお貴族様である。



 彼女の実家と、この美景台学園の理事長とは家同士の親交が古くからあるらしく、やんごとなきご実家の、のっぴきならぬ事情から、ノエルの安全な成長と研究の為に学園でお預かりしているようだ。豪田は日本での仮の保護者の姓で、便宜上名乗っているだけで本名は別の高貴で崇高なお名前がある。



 さらに彼女の存在をややこしくしているのが、彼女は高校生ではなく大学生だということだ。



 正式には美景台学園の理事長が他に経営している美景台大学の生徒ということになっており、しかし彼女の情操教育のために少しでも歳の近い者たちと過ごさせようとのご配慮から、高等学校の方の校舎で過ごすようになっている。


 普段の言動からはとてもそうは見えないが、彼女はちょっと次元の違うレベルの天才のようで、大学に行っても彼女に何かを教えられる者は存在しないので、研究さえ出来れば何処でも構わないと高校校舎の方に専用の研究室が設置されているのだ。



 そんな俗世に関わる必要のない彼女が、何故風紀委員会の委員長などをやっているかというと、それには理由がある。


 3年ほどをこの学校で過ごすうちに、特に必要もないのに身を持ち崩すような悪さを軽率に行ったり、しょうもない理由で簡単に醜く争ったりする、そんな知能の低いお兄さんやお姉さんたちを哀れみ、ここは天才の自分がなんとかしてあげなきゃと、昨年より風紀委員長にノエルは立候補をしたのだ。


 自分たちの雇い主が大変懇意にされているお客様から大事にお預かりしているお天才のお貴族様がやりたいと仰っているので、何よりも自身のキャリアが大切な教師たちが忖度をし、その結果見事ご当選あそばされたのだった。


 そういった経緯で、五清が風紀委員会に入ったのと同時期にノエルが委員長として君臨した。



 五清は年下の上級生、幼い上司という漫画でしか見たことのないような存在との接し方に、風紀委員として1年間活動した今でもその関係性を持て余していた。


 子供だから悪いというわけではない。


 子供でもやることをやってくれるのなら何も問題はない。



 しかし、この世紀の大天才という触れ込みの女児は、見た目だけではなくその振る舞いの一切も、全てが子供のそれだ。委員長としてそれでは非常に困る。しかし見た目が子供なので強くは言いづらい。だが業務に支障は出ている。そんな現実に大きなストレスを感じていた。



 だが、ここまでは譲ってもいい。百歩では足りないが、ここまではギリギリ許容を出来る。



 五清 潔が何よりも許せないのは――



「さ、委員長。おっきな声を出したから喉のケアをしましょう。ハチミツのど飴です」

「委員長殿。水分も補給した方がいい。このオレンジジュースを」



――この幼き君主に擦り寄り堕落させ暗愚とし、甘い蜜を啜ろうとする奸臣どもだ。


 こいつらが最もこの風紀委員会にいてはいけない存在だと、彼女の正義感を強く刺激するのだ。



 別に天才児が期待外れでもそれを責めようとは思わない。


 しかし、こいつらのせいでお子様委員長が日に日にアホの子になっていっている気がする。間違いないと五清は考えていた。



「……筧。アナタ、委員長を甘やかしすぎよ……」


「そうでしょうか? 僕はそうは思いませんが」


「学園内でのお菓子の飲食は禁止でしょ? 風紀委員が率先して破ってどうするのよ……っ!」


「確かに校則ではそうなっているかもしれません。でも、委員長はまだ小さいんですよ? どうしてそんなヒドイことを言うんです?」


「だったら……っ! そもそも風紀委員長なんて責任のあるポストに就くべきじゃ――」


「――そーじゅーろー? ノエルちっちゃくないぞ? もう一人前のレディだからな?」


「えぇ、えぇ。そのとおりです。ノエたんは立派なレディですとも。だから風紀委員長の仕事だって立派に出来ますもんね?」


「おぉ! 任しとくのだ! ノエルは天才だからな!」


「さすがです! 委員長っ!」


「ぐっ……!」



 再び周囲から拍手が鳴ると五清は悔し気に唇を噛む。


 この1年間で筧のせいで他の委員まですっかりと絆されてしまい、風紀委員会全体がこのような空気感になってしまった。



 この男はこうやって只管にノエル委員長を甘やかし、全肯定し、さらに調子にのせてしまうのだ。そして雑事は自分がやっておきますと言い、実質的に委員会を主導している。


 ただ、その先の結果、彼自身が何を狙っているのかはまるでわからない。だが最大限の警戒は必要だ。



 そしてもう一人。


 最も排除しなければならない男がいる。



 五清はギンッと鋭い眼差しを弥堂へ向けた。



 この男が一番の害悪だ。



 風紀委員の名を振り翳して、学園内外で横暴に振舞い無茶苦茶な理屈を押し通して私腹を肥やす。


 こいつのせいで風紀委員会は圧政を布く国の独裁者の私兵のようなイメージになってしまった。


 こいつは間違いなく風紀委員会によって取り締まられる側の人間なのだ。



「……弥堂」


「なんだ」


「委員長は許すって言っていたけど、時間はちゃんと守って。アナタ一人を待つために全体が遅れているのよ。今後は気を付けて」


「わかった。伝えておこう」


「……? 伝えて、おく……?」


「あぁ。俺が遅れたのは生徒会長閣下の用事のためだ。今後二度と繰り返すなと、会長閣下に五清がそう文句を言っていたと責任をもって伝えておこう」


「ぐっ……、ぐぐぐ……っ!」



 弥堂はこの場にいる誰よりも社会的立場の高い者の名前を出して、己への責任の追及を逃れた。


 五清さんは目を血走らせるほどに悔しがる。



「……フン、ババアが」


「はぁっ⁉」



 筧がボソッと漏らした呟きを聞き咎め今度はそちらを睨みつけるが、筧は取り合わない。



「さぁ、みんな。会議を始めましょう。ね? 委員長?」


「うむ。今週もがんばって学園を守るのだ! よりよき学園生活のために!」


『よりよき学園生活のために!』



 ノエルの言葉を他の委員たちが復唱する。



 どこか狂信的にも感じられる光景に五清は身震いをした。



 筧の作り出した雰囲気にすっかりと他の委員も迎合してしまい、もはや風紀委員会の中にまともな常識を持った人間は自分しかいないのではと、激しい疲労を覚える。



 げんなりとしている五清を他所に委員たちはぞれぞれの席へと座っていく。



 頭を振って気を取り直し、五清も自席へと向かう。



 今日の会議で追及しなければならないことは何点かある。



 自分がしっかりしなければこの学園はクズどもに滅茶苦茶にされると使命感を燃やし、彼女は会議へと臨んでいく。





「それでは4月の4週目、風紀委員会定例会議を始めます」



 会議が始まる。


 進行役を務めるのは書記である筧 惣十郎かけいそうじゅうろうだ。



 上座に座る豪田 ノエル委員長の背後に設置されたホワイトボードの脇にマーカーを持って立ちながらニコニコとイニシアチブを握る。



「今日の会議では既に決定された今週の予定を再度共有することが主になります。つまり、ただの確認ですね。なので、先生方のお手を煩わせるのもなんでしたので、僕たち生徒だけで進めるように調整しておきました」



 ピクっと、五清 潔いすみ いさぎは片眉を跳ねさせる。



(早速やってくれるわね……)



 この筧という男は、たかが書記の分際でありながら委員長より教師たちとの連絡・調整役を口八丁で授かり、『何を報告して、何を報告しないか』を個人的価値観に基づき独自に選別している。


 そうして自分にとって都合のいいことばかりを教師に伝え、事あるごとに今日のような会議も含め、風紀委員会の活動を可能な限り大人の目の外に置くのだ。



 グッと、反射的に挙手しようとする右手を左手で抑える。



 まだだ。


 追及の手を入れるべきはこのタイミングではないと、自身を諫めた。



 そうしている間に流れていた筧の軽薄な時節の挨拶が終わり、いよいよ議題が始まる。



「まずは、と言いますか、早速本題から始めましょう。今週の我々のメインとなる活動です。もちろん皆さんわかっていますよね?」



 ニコやかに目を細めながら筧は構成員たちの顔を見まわす。



 意気よく頷き賛同を示す者、気まずげに目を俯ける者、その割合は大体半々だ。



 五清もそれを視認し、『これならまだ逆転は可能だ』と意気込む。



「では委員長。タイトルコールをお願いします」


「うむっ」



 側近の要請を力強く請け負い、ガチロリは勢いよく起立する。


 そして「よいしょ」と今しがたまで幼気なお尻をのせていた椅子の上に、まだ20cmをようやく超えたくらいのちっちゃなあんよを乗っける。


 そしてガバっと右手を翳して元気いっぱいに宣言をする。



「『放課後の道草なしキャンペーン! ~みんなまっすぐお家に帰ろうね!~』はっじっまっるっよぉ~~っ!」



 チラリと筧が目配せをすると、ワァーっと拍手と歓声が巻き起こる。



 委員長閣下は「フンス」と満足気に鼻息を漏らすとお行儀よく着席した。



 その委員長へペコリと一礼をして、筧が続ける。



「内容についてはもう大丈夫ですね? なにか質問のある方はいますか?」



 バッと勢いよく五清の右手が上がる。


 スッと筧の目が細められた。



 二人が睨み合ったのはほんの2秒ほどの時間だけだったが、その僅かな時間で会議室の空気が目に見えて悪くなる。



「はい、五清さん。どうぞ」


「ふんっ……」



 ニッコリと業とらしい笑顔を造り直して発言を許可する筧に、五清は威勢よく鼻を鳴らして起立する。



「私は反対です」



 その端的な意見に会議室はざわつく。



 出席している委員の男子生徒の半数ほどが敵対的な目つきを五清へ向ける。その他の者たちは気まずげな表情だ。



「……やれやれ、またその話ですか、五清さん? その件は先週の会議で棄却されたはずですが?」


「……改めて意義を申し立てるわ。こんなこと……許されるわけないじゃない……っ!」



 眼光鋭く五清が声を張り上げると、ノエル委員長は不安そうにキョロキョロした。



「そ、そーじゅーろー? い、いすみはまた怒ってるのか? ノエルだめなこと言っちゃったのか?」


「大丈夫ですよ、委員長。だって先週は皆が拍手して賛成してくれたじゃないですか。『いいこいいこ』もしてくれましたよね?」


「う、うん……。でも、いすみは先週も怒ってたし……」


「……彼女は少々『ワガママ』なんです。悲しいことですが、委員長。みんながみんな聞き分けがいいわけではないのです」


「そうなのか?」


「えぇ。天才である委員長がみんなが仲良くいいこになれるようにって考えてくれたことなのに、それでも自分がやりたくないからってワガママを言う人間はいるんですよ。悲しいことに」


「そうだったのか……。いすみ。だめだぞ? あんまりわがまま言っちゃ」


「誰がワガママよっ!」


「ぴぃっ⁉」



 バンっと思わず机を叩いてしまうとお子様委員長は膝を抱えてガタガタと怯えてしまった。


 五清へと敵対的な目を向けていた者たちからも、ことなかれ主義で日和見していた者たちからも咎めるような目を向けられる。



「ぐっ……!」



 五清は歯を噛み締める。つい熱くなってしまったが、このままではいつものパターンで負ける。



「そーじゅーろー、そーじゅーろー! いすみが怒鳴ったぁ……っ!」


「あぁ……、委員長。お可哀想に……。大丈夫ですよ。僕がついてます」


「で、でも……っ。いすみはいつもすぐに怒るんだ。きっとノエルのことキライなんだ……っ!」


「委員長、そういうわけではないんですよ」


「そ、そうなのか?」


「はい。彼女は頭が悪いんです」


「なんですってぇっ⁉」


「ぴぃっ⁉ また怒ったぁ!」


「あっ……」



 声を荒げないようにしようと決めた矢先に酷い侮辱を受け、また同じ過ちを犯してしまう。


 五清は身を震わせながら口を閉じ屈辱に耐える。



「……委員長。御覧のとおりです」


「えっ……?」


「委員長は天才ですからどんなことにも最適な答えを見出してしまいます」


「う、うん。ノエル天才だもんっ」


「えぇ。ですが、世の中の殆どの人間は頭が悪いのです」


「えっ? そうなのか? かわいそう……」


「はい。彼女らは可哀想なのです。頭の悪い者は自分の理解できないことを言われると、的確に言葉を返すことが出来ないですし、また理解が出来ないという事実を受け入れられないので、プライドを守るために怒ってしまうのです」


「な、なんで怒ると誇りが守られるんだ?」


「反射的なものなのです。犬に石をぶつけたらキャンと鳴いて怒って追いかけてきますよね? それと同じです」


「えっ? なんで石を投げるんだ? 犬がかわいそうだぞ?」


「……えぇ、かわいそうなんです。さすがは委員長。そこに気が付くとは天才ですね」


「えっ? えっ……? え、うん、天才だぞっ?」


「そうです。だから可哀想だと思って五清さんを許してあげてください。天才なので」


「う、うん……、うん? まぁ、ノエルが天才だから仕方ないなっ! いすみっ! 許してやるぞ?」


「…………どうも、あり……っ、がとう、ござい、ます……」



 五清さんは血を吐くような想いで感謝の言葉を吐き出した。



 ここでムキになってはいつものように、自分が子供をイジメているという空気になって、論点がうやむやのまま押し通されるのだ。


 今日はそれだけは阻止したい。



「では一応聞いてあげましょうか。五清さん、発言をどうぞ」



 一気に捲し立てたくなる衝動を抑え、深呼吸をしてから五清は口を開く。



「……全体的な趣旨は別にいいと思うんです。放課後の道草をやめるよう全校生徒に呼びかける……、それ自体は問題はありません……」


「じゃあ、いいじゃないですか」



 呆れたような調子で挑発をする筧へキッと鋭い眼差しを向ける。



「やり方が……、酷すぎるのよ……っ! 放課後の行動を完全に制限するよう風紀委員で規制をするとか、そんなこと出来るわけないじゃないっ!」


「またそれですか? 先日も同じ答えを返しましたが……、弥堂くん、お願いします」


「はっ」



 短く返事をし弥堂は起立をする。



「出来るか出来ないかなど考える必要がない。必要だからやるんだ。出来るまでやれば出来る」



 それだけを答え弥堂は着席をする。筧は満足そうに手を叩いた。



「素晴らしい。とても前向きな言葉です。ね? 委員長」


「うんっ、びとぅーはがんばりやさんだからな!」


「恐縮です」



 どっと周囲が朗らかに笑う。



「なんの答えにもなってないじゃない! どうやってやるのかって聞いてるのよっ!」



 五清さんに怒鳴られガヤの方々はシュンとなったが、弥堂と筧は余裕の態度だ。



「それはすでに連絡済みのはずですがねぇ。まさか目を通してない?」


「通したから反対しているのよ! 風紀委員も街を巡回して寄り道をしている生徒を発見したら検挙。こんなこと出来るわけないでしょ!」


「ですから出来るまでやるんです。弥堂君がそう説明したじゃないですか。そんなに難しいですか?」


「そんな精神論言っただけで説明になんてならないわよ!」


「安心してください。弥堂君はプロフェッショナルです。必ずや素晴らしい成果をあげてくれるでしょう」


「そんなことを心配してるんじゃない。どうしてソイツだけが外の見廻りなのかって聞いてるの! そんなのおかしいじゃない」


「では、アナタは他の皆さんにも外に出て危険な目に合えと? 戦闘が得意な者に任せるべきだと僕は思いますが」


「そもそも戦闘するんじゃないわよ! それに校外で風紀委員が取り締まりをするって所から変じゃない! 風紀委員ってそういうものじゃないからっ!」


「ふぅ、アナタもわからないヒトだ……」



 やれやれと肩を竦めて筧は続ける。



「いいですか、五清さん? 風紀委員がどういうものか、それは委員長が決めることです。世界一の天才に任せておけば間違いがないんです。ね? 委員長?」


「うむっ、任せとけ!」


「ありがとうございます。ということで、もういいですね?」


「いいわけないでしょ! 他にもあるわ! 捕まえた生徒を減点して一定まで点数が下がったら『下級生徒』になるって何よ⁉ 労役を終えれば元に戻れるなんて、そんな学校どこにもないわよ!」


「えぇ。他にはないオンリーワンな学校。それが我々の母校となるこの美景台学園ということですね。ね? 委員長?」


「よりよき学園生活のために!」


『よりよき学園生活のために!』



 ここぞとばかりにノエル委員長が宣言をすると、すかさず他の者たちが復唱する。



「うるさいっ!」


「ぴぃっ⁉」



 のらりくらりと話を混ぜっ返され、わかってはいるのについ声を荒げてしまう。



(また……、またこうなるのね……)



 五清さんは頭を抱えてしまう。


 しかし会議をこのまま終えるわけにはいかないので抗うしかないのだ。






「五清さん。あまり大きな声を出さないでください」



 五清 潔は生粋の風紀委員である。



 父は警察官、母は裁判官。


 正義と規律の家で生まれ育った彼女は純血の風紀委員と謂える。



 小学校・中学校と当然のように風紀委員として、学校内の平和と安全を守りみんなが快適に暮らせるようにと頑張ってきた。


 魂の設計図にそう書き込まれているかのように、風紀委員であることが身体と魂に馴染んでいる。



 野崎 楓が学級委員の中の学級委員であるように、五清 潔もまた風紀委員の中の風紀委員であるということになる。


 そんな風紀委員としてのエリート街道を歩んでいた彼女は、高校に入学後も当然のことのように風紀委員に立候補をし選出された。



 これからの3年間もしっかりと真面目に勤め上げようと、そうすることで輝かしく素晴らしい高校生活をみんなと送れるはずだと、彼女はそう考え意気込んでいた。


 各クラスから選出された風紀委員の寄り合いとなる風紀委員会の、自身初となるその会議に参加するまでは。



 そこに待ち受けていたのが、この世の巨悪とさえ思えてしまうほどのクズどもである。



 五清は筧を睨みつけた。



 最初はまだよかった。


 お子様風紀委員長には面食らったが、しかし彼女は別に悪人ではない。むしろとってもいい子だ。



 おかしくなり始めたのは、2・3ヶ月が過ぎた頃。


 突然それまで書記を務めていた上級生がよくわからない理由で失脚したのだ。その跡を継いだのが筧 惣十郎という、当時の五清と同じく一年生の男子である。


 そこからの崩壊は早かった。



 天才児のはずの委員長は日増しに年相応を下回る勢いでアホの子になっていき、元々役職に就いていた先輩たちは、『これからは若い力と風を積極的に取り入れてフレッシュな改革が必要だから』だのと、よくわからないフワフワした理由で委員長以外の役職者が次々とその座を退かされた。


 そして風紀委員会は筧に乗っ取られた。



 空いたポストには当時の一年生から選出されるということだったので、死ぬ気で頑張ってどうにか副委員長の座だけは自分が押さえることが出来た。



 そして崩壊と腐敗は、去年の秋ごろに一人の男が中途で風紀委員会に入ってきたことで決定的なものとなった。



 続いて、五清は弥堂を睨みつける。



 それまでは訳のわからない理屈を用いて風紀委員の影響力を多少増した程度だったが、この弥堂 優輝が風紀委員となったことで、強力な武力までをも所有してしまったのだ。



 そうなってからは早かった。


 不良生徒だけではなく一般生徒にまで暴力を背景に横暴に振舞い、従わない者には意味不明な懲罰を課す。


 今では風紀委員といえば、学園内でもトップクラスの素行の悪さに加え、街でも名の知れているような不良グループと並んで『イカレている集団』という評価になってしまっている。


 一般生徒から、まるで弾圧をしている軍隊へ向けるような目で見られてしまうなんてことは、五清のこれまでの人生で経験のなかったことで思わず吐きそうになった。



 極めつけは真偽の怪しい罪状を持って片っ端から色んな部活に殴り込みにいって、そのほとんどを廃部に追い込んでしまったことだ。


 確かに部活動を建前に不良の溜まり場になっていたのは確かだし、割り振られた予算の使い方に疑問があったのも確かだ。



 結果的には不正を正したと謂えなくもないが、だからって『でっちあげ』のような真似をするのは如何なものかと五清は心を痛めていた。



 さらに、今季増額した風紀委員会の予算の一部は、廃部に追い込んだ部活にいくはずだった予算の浮いた分が回ってきているのではという話を聞いた時には思わず吐いた。



 そんなわけで、エリート風紀委員の五清 潔にとって、この弥堂 優輝と筧 惣十郎という男たちは、不倶戴天の敵なのであった。



「……大きい声を出させてるのは、アナタたちでしょう……っ⁉」



 罪を憎んで人を憎まず。


 そう両親に教わって育ってきた彼女は生まれて初めて人間に対して抱いたかもしれない敵意をのせて、二人のクズ男へ視線を向ける。



「はて、そんなこと頼みましたっけ……? まぁ、いいです。では、話は終わりですね?」


「終わってないわよ!」


「……まだなにかあるんですか?」


「まだも何も、今までの話が何も解決してないじゃない」


「解決はしているのですよ。そもそも決定事項ですからね? どうして決議の場で異議を唱えずに、いつもいつも後になってから文句をつけるんですか? みんなも迷惑してますよ」


「どうして、ですって……っ⁉ どの口がっ!」



 バンっと強く机を叩く。


 どうやら感情が昂るとそうしてしまう癖があるようだ。ここ1年ほどで出来た癖だ。



「道草の規制に関する決議をとる会議の日……っ! 会議室へ向かう私の前で堂々と校則違反をしてはこれ見よがしに逃げていく連中が次から次へと現れたわ……! 会議が終わるまでの間ずっとね……!」


「それはそれは、取り締まりご苦労さまでした。ですが、時間は時間、決定は決定、ですので……」


「絶対にアナタたちの差し金でしょっ⁉ 昇降口の階段で堂々とスカートの中を盗撮しようとしてたヤツは弥堂に脅されたって言ってたわよっ!」


「それは酷い言い掛かりだ。ねえ? 弥堂君?」


「心が痛むな」


「ほら、かわいそうに。ね? 委員長?」


「びとぅー、落ち込むな? ノエルのお菓子いっこあげるから。な?」


「恐縮です」


「あぁ、ノエたんはなんて優しいんでしょうか!」


「うんっ、ノエルは天才だからな! 頭の悪いヤツらの面倒を見るギムがあるんだ!」


「さすがです、委員長っ! では、この流れで今週の『がんばり考課』に移りましょうかね。みなさん『よいこのスタンプカード』を出して――」


「――だから勝手に終わらせようとするんじゃないわよ!」



 バンバンっと机を叩いて五清さんは怒り狂う。いつもこうやって都合の悪い話を幼女のほっこりパワーで誤魔化されるのだ。



「何を言われようと一度決定したことは覆りません。もう生徒会や先生方の許可も下りています。それを今更『やっぱりやめまぁ~す』なんてことは無理ですよ。わかりますよね?」


「……そうね。わかったわ」


「……?」



 ここに来て突然聞き分けのよくなった五清に筧は眉を顰める。



「わかったわ。そこに関しては私も理解をして譲ります。ですが、その代わり私の要望も聞いてもらいます」


「……とりあえず聞きましょうか」


「私にも街に出る許可をください」


「なんですって?」



 筧の反応から、彼の予想外のところを突くことが出来たと手応えを感じる。



「弥堂だけが特別だなんておかしいわ。それに、彼一人じゃ範囲が広すぎて手が回らないのも事実でしょう?」


「……何が狙いです?」


「フン、面の皮が剥がれかけてるわよ。私の狙いはいつだって同じよ。罪もない一般生徒を守ることよ」


「それは学園内でやってください。今回は学園の外は弥堂君に任せればいい。分業するだけのことじゃないですか」


「そういうのいらないのよ。どうせそいつを街に放ってまた好き放題に何か悪ささせるんでしょ⁉ そうはさせないわ!」


「そんなバカな。僕たちは風紀委員ですよ? そんなことをするわけがない」


「だったら私が同行しても問題はないはずよ」


「やれやれ……、五清さん。アナタは本当に困った人だ……」



 筧の野暮ったい黒縁眼鏡の奥がギラリと光る。しかし五清さんも一歩も退かない。



 これまでは不良生徒や校則違反者から一般生徒を守るという使命感で風紀委員をやってきた彼女は、今や風紀委員から一般生徒を守る風紀委員の使命に燃えるようになっていた。



「そうは言いましても、実際アナタに現場で何ができるんです? ここは専門家の意見を伺いましょう。弥堂君、お願いします」


「はっ」



 キビキビとした動作で弥堂は立ち上がる。



「率直に申し上げて無理でしょう。理由はいくつかあります」


「聞きましょう」


「まず単純に彼女ではフィジカルが不足しています。野外活動には耐えられないでしょう」


「どうしてよ! 普通に街に出て声掛けするだけなのに、どれだけ身体能力が要求されるのよ!」


「そして次に――五清、お前に聞くが」


「なによっ!」


「街に出て不意に腹に銃弾を撃ち込まれた時の対策はしているか?」


「してるわけないでしょっ⁉」


「では、突然背中を刃物で刺された時の訓練は?」


「どこで受けるのよ、そんな訓練!」



 ほぼ即答で「No」と怒鳴り返してくる女に弥堂は呆れて嘆息する。



「話になりませんね。その程度では街では生き残れない」


「そんなわけないでしょう! ここは日本よっ!」



 肩を竦め、相手を見限った弥堂は発言をやめて着席をして口を閉ざした。



「聞いてのとおりです。五清さん。諦めなさい。実力不足です」


「普段から暮してる街を歩くだけのことに、なんの実力が必要だって言うのよっ!」


「これはアナタの安全のためを思っての判断です。素人の出る幕はありません。ここはプロに任せましょう」


「ふざけるのもいい加減にしてっ!」



 怒り心頭の様子の五清を不安げに見つめながら、ノエル委員長が口を開く。



「そ、そーじゅーろー? なんでいすみを仲間外れにするんだ……? 可哀そうだから仲間に入れてやろうよ? いすみはコワイけどとってもマジメだぞ……?」



 心の底から五清を慮っての発言だったが、五清さんの口の端はビキッと吊り上がった。



「委員長。これはですね、五清さんが危険な目にあわないようにと、弥堂君が心配しての判断なんです」


「なーんだ、そうだったのか! イジメかと思ってドキドキしちゃったぞ! びとぅーはやさしいもんな!」


「恐縮です」


「まぁ、そういうわけです、五清さん。他の方も特に反対はしていないことですし、どうか今回は聞き分けてください。どうしても納得がいかないのなら、弥堂君の言った必須訓練を受けてから、また別の機会にでも志願してください……、フフフ……、ククッ…………、フハハハハハハハっ!」


「……あ、あのっ。私も……反対です……っ」



 堪え切れずといった風に筧が高笑いをあげていると、そんな控えめな声があがる。発言をしたのはオドオドとした様子の女生徒だ。


 筧の高笑いが止まりその目が細められる。



(――きたっ!)



 それとは正反対に五清さんはほくそ笑んだ。



 さらに続いて――



「――あのっ! ボクもっ! ボクも反対です!」

「私もっ!」

「もう他の生徒に人殺しを見るような目を向けられるのはイヤなんだっ……!」

「私も……っ! プライベートな話題の時に自然と友達からハブられるのはもう耐えられないの……っ!」



 続々と反対の意を唱える言葉が上がる。



 この者たちはわずかに残った一般的な常識と倫理観を持った委員たちだ。


 気が強い性質の者たちではないので普段は筧や弥堂に消極的に迎合している。



 その彼らや彼女らを根気強く説得し、会議の場で自分に合わせて声を上げてもらえるように準備をしていたのだ。


 あくまでも合法的に平和的な手段で民主的に委員会の内部を正そうと、まじめな五清さんはまっすぐに頑張っていた。



 悪の幹部たちへ不退転の覚悟を向ける。



「……アナタたち、どういうつもりですか……?」



 微笑みを浮かべながら静かに問う筧の目は笑っていない。


 五清派の委員たちは途端に勢いを失う。



「恫喝はやめなさい。きちんとルールに則って論理的に正しさを決めるべきよ」


「恫喝? いつ僕がそんなことを? でっちあげはやめて下さい。論理的な正しさが聞いて呆れる。ねぇ? 弥堂君?」


「心が痛むな」


「どの口が……っ!」



 あくまで余裕の態度を崩さない彼らに歯噛みをするが、彼女にとってもここが勝負所だ。引き下がるわけにはいかない。



「生徒を過剰に弾圧するアナタたちのやり方に反対する者は私ひとりだけじゃないわ。これだけの人数が納得をしていないのに強行なんて許されるわけがないでしょう」


「……ひとりじゃない、ねぇ……」



 つまらなさそうな顔をしながら、筧は反対派の顔を順に見回す。反乱分子の顔を覚えるためだ。



「本当にアナタたちそれぞれ考えたことなんですか? 五清さんに言わされてませんか?」


「失礼なことを言わないで。これが本来の一般常識よ」


「ククク……、わかってませんねぇ……」


「……なにを」



 不気味に笑う筧に怪訝な顔を向ける。



「『無理矢理言わされた。本意ではない』、今ならそういうことにしてあげますと、僕はそう言っているんですよ?」



 筧のその言葉に俄かにざわつく。



 反対派の者たちは不安そうにお互いの顔色を伺った。



 誰かが裏切るのでは。


 そしてそれを疑う者ばかりではなく、誰かが先陣を切ってくれればその後追いが出来るのにと、不意にそう考えてしまった者もいる。


 所詮は意志弱き者たちだ。



「筧っ! アナタ……、卑怯者っ!」


「フフフ……、なんのことでしょうね。では、こうしましょう」


「……?」


「今この場で僅かな言葉で説明しただけで僕たちの真意をわかってもらうのは難しいでしょう。なので、きっちりみっちりとソレを伝えるために特別な研修を設けます」


「研修……、ですって?」



 場に不穏な空気が立ち込める。



「えぇ。研修です。インストラクターは弥堂君にお願いしましょう。風紀委員に相応しいタフさとは何なのか、それを身体で理解してもらいましょう。安心して下さい。置いて行かれる者が出ないよう、彼がマンツーマンで指導を行います。ねぇ? 弥堂君?」


「その通りだ。安心しろ。研修の合格率は100%だ。出来るか死ぬか、だからな。不合格者は出ない構造になっている。お前らのようなグズでも一端の死兵に仕上げてやる」



 これまで言葉少なに座っていた男に鋭い眼光を向けられ、その目つきが到底人に安心を齎すような類のものではなかったため、反対派の者たちは震え上がった。



 そして――



「――あ、あのっ、僕は大丈夫です! 十分わかってます!」

「私も……!」

「……すいません、五清さん……」

「いやっ……、いやぁ……っ! 妊娠はいやなのぉっ……!」



 彼らはあっさりと屈した。



 五清さんはゴーンっとショックを受ける。



 そしてガクッと首を垂れた。


 おかしい。正義は勝つってお父さんもお母さんも言ってたのにと、自己の根幹が大きく揺らぐ。


 今のご時世、こんな原始的な脅迫が罷り通るはずがないのにと、きっと自分に何かミスがあったのだと自己防衛本能から反省モードに入る。



 そうしている間に会議は決定が下され、今週も五清さんは敗北をした。








「それでは先週の『がんばり考課』をしましょう。最初は……、やはり稼ぎ頭からにしましょうか。弥堂君、どうぞ」


「はっ」



 意気よく返事をし弥堂は委員長閣下の前に進み出る。そして懐から出した『よい子のスタンプカード』をノエルに差し出した。



「先週の成果は報告書で上げた通りです」


「フフフ、それに加えて彼は土日の休みに学園付近のゴミ拾いまでしてくれました」


「そ、そうなのか⁉ びとぅーはエライな! ノエルはおやつ食ってたのに……」


「ほう。ちなみに何をお召し上がりに?」


「うんとな、ケーキっ!」


「委員長はケーキが大好きですもんね」


「うんっ、ノエルは将来ケーキ屋さんになるんだ! おいしいケーキを作ってこの町の商店街を盛り上げるんだ!」


「それは素晴らしい。さすがです委員長!」


「ノエルは天才だからな!」



 ワッハッハッと笑いあう。



 二か国をあげて支援をしている飛び級の天才で、イギリスからお預かりしている大事な留学生がクズな太鼓持ちのせいで、まさか町のケーキ屋さんになると言い出しているとはお偉い方々は露にも思わない。知ったらきっと顔色は青か赤のどちらか一色に染まるだろう。



「よぉーし、じゃあ、びとぅーにはいっぱいシール貼ってやるな?」


「恐縮です」



 ガチロリ委員長が上機嫌でペッタンペッタンしようとしたところで、五清さんがハッと我にかえる。



「だ、だめですっ! 委員長……っ!」



 そして弥堂のスタンプカードに『にっこりシール』が貼られるのを阻止しようとする。



 把握している限り、奴のスタンプカードはあと3つか4つのシールで全部埋まってしまう。


 そうなってしまったらまた頭のおかしな法案を通されてしまう。



 強い危機感を持って、それだけは絶対に止めなければと、五清さんは独自に掴んだ情報を公開する。



「その男は日曜日のボランティア活動中に公園でヤクザと喧嘩して一緒に警察に連れていかれてます! そんな男にシールをあげてはいけません!」



 ここまで基本的に彼女の相手は筧に任せていた弥堂だったが、己の取り分に手を出されるとあっては大人しくしているつもりはなく眼を細める。



「それはどこからの情報だ? お前の父親は確か警察官だったな? 情報源がそこならこれは大問題だぞ」


「ふんっ、とある先生に聞いたのよ。学園にはちゃんと連絡がきてるのよ」


「そうか。だが、それがどうかしたのか?」


「はぁ? 警察沙汰を起こしておいて随分な言い草ね!」



 オロオロと弥堂と五清の顔を見比べるノエル委員長を尻目に弥堂は冷静に反論をする。



「五清。何故、『補導された』だの『逮捕された』だのと言わない? 決まっている。そんな事実はないからだ」


「な、なにを……、警察に迷惑をかけたのは事実でしょ!」


「迷惑をかけられたのは俺の方だ。きちんと誤認であったと謝罪も受けている」


「くっ……!」



 図星だったのか、悔しそうに呻く彼女から興味を失い、弥堂は委員長に向き直る。



「委員長殿、実は日曜日の活動中に公園で無法を働くヤクザ者から幼い子供を救ったのです」


「ワオ、ヤクーザ! ジャパニーズ・マフィア⁉」


「イエス、ギャングスター。そして、その際に警察の方のミスで俺も一緒に連行されてしまったのです。しかし、警察に協力するのは市民の義務なので特に抵抗もせずに彼らの気の済むまで付き合ってやりました」


「そうだったのかー。タイヘンだったな、びとぅー!」


「恐縮です」


「よーし! それじゃあ、がんばりやさんのびとぅーには『にっこりシール』5枚あげるな?」


「恐縮です」


「あっ……、あぁ……っ!」



 手を伸ばしながら無力感に打ちひしがれる五清さんを尻目に、弥堂は懐から書類を取り出して筧に渡した。



「それではカードが一杯になりましたので、新たな法案を提案させていただきます」


「わかったぞ! 今日はなにを考えてきてくれたんだ?」


「はい。学園に地下牢を新設するよう具申します」


「ホワァツ⁉ ダンジョン⁉」


「イエス、プリズン」


「オーマイガッ……。な、なんでそんなコワイものをっ⁉」


「ご安心を。地下牢とは言っても、良い方の地下牢です」


「えっ?」



 それでゴリ押せるだろうと弥堂は考えていたが、さすがに天才児だけあって水無瀬さんよりは賢いようだ。彼女は困惑している。


 その高いIQをまともに使われる前に押し切らねばと弥堂はすかさず彼女の前の机に懐から出した物を置く。



「こ、これは……、プリンっ⁉」



 ノエル委員長はじゅるりと戦慄をする。



「えぇ。どうぞ」


「で、でも……、今日はいっぱいおやつ食べちゃったし……」



 チラチラとノエルは筧の顔色を伺う。



 彼は基本的にイエスマンだが、しかし彼女の健やかなる成長のためにおやつ管理には厳格なのだ。



「……確かに。今日は少し食べすぎたかもしれないですね」


「や、やっぱり……」



 シュンと落ち込む。



「びとぅー、せっかくだけどお気持ちだけいただきますなのだ」


「そうですか。では、これは捨てておきましょう」


「えっ⁉」



 プリンを捨てる。


 そんな発想をする人類が存在するのかと天才ロリはびっくり仰天をした。



「な、なんで捨てるんだ⁉ びとぅーが食べればいいだろ⁉」


「生憎俺は甘いものが苦手なのです」


「そうなのか? かわいそう……。じゃあ、そーじゅーろーは?」


「せっかくですが、僕は医者にプリンは止められていまして」


「そんな⁉」



 ガーンとショックを受けるノエルは他の委員たちに視線を送るが、彼女の死角から弥堂が殺し屋のような眼を向けてくるので、サッと気まずげに目を逸らす。



「あまり日持ちをするものでもないですし、残念です。これを作った農家さんたちもさぞ無念でしょう」


「え? プリンは農家さんが作ってるんじゃないぞ? お菓子屋さんだぞ?」


「ですが、原材料まで辿れば大体農家さんが作っています。委員長殿のお眼鏡に叶わず農家さんも草葉の陰で泣くことになるでしょう」


「えっ……? 農家さん死んじゃうのか……?」


「……? まぁ、そうですね」


「そ、そーじゅーろー……」



 涙を浮かべて自分を見上げてくる幼気なロリおめめに筧はキュンっとなるが、その様子を悟らせまいと努める。



「農民を救うのは貴族の義務だ。ノエル、おじいさまに怒られちゃう……」


「……仕方ないですね」


「それじゃ⁉」


「えぇ。ですが、それを食べたら歯磨きですよ? それを約束できるのなら」


「するっ。するぞー!」


「では、こちらを」



 気が変わる前にと、弥堂はスプーンを手渡してプリンの蓋を開けてやる。



「うめぇーっ! 白いプリンうめぇーっ!」


「では、先ほどの件はこちらで進めておきます」


「ん? なんだっけ? ま、いっか! まかせたぞ、びとぅー!」


「はっ」



 恭しく一礼をし、弥堂は彼女の前から外れる。



 一瞬、筧と目を合わせ、すぐに出口へ向けて歩き出す。



「弥堂っ」



 やたらと鼻息荒く自分の仕事ぶりを委員長にアピールする男の声を背景にドアノブを握ったまま首だけで振り返る。声の主は五清さんだ。



「……公園の管理事務所でアナタが忘れていった清掃道具を預かっているそうよ。それだけでも回収しといて」


「了解した」



 どうにか絞り出したといった風の、疲労の色が濃い五清さんの要請に短く返事をして部屋を出る。


 会議の終わりはまだ告げられていなかったが、自分の関心のあるものはもう終わったので勝手に帰ることにしたのだ。



「遅い。“ふーきいん”は女を待たせる悪いオトコ」



 廊下に出て歩き出そうとすればまたもロリが目の前に立ち塞がる。


 赤いロリ、金色のロリを経て、今度は青いロリだ。



「……俺は保育士ではないんだが」


「……? そういう遊びがしたいの? でも私は忙しい。私は“ふーきいん”を待ってた」



 揺れない、温度の低い瞳が弥堂を映す。



 赤い方のちびメイドである“まきえ”と瓜二つの顔だち。


 しかし、見紛うことはない程に顔つきは別ものだ。



 同じような造形をしていても表情のつくり方、あらわれ方でこうも違うものとなるのかと、弥堂は青い方のちびメイドである“うきこ”を視た。



 先程遭った“まきえ”と同じく美景台学園の清掃員さんの制服であるメイド服を身に纏い、白いエプロンを腰の後ろで可愛らしくリボン結びしている。


 彼女――“うきこ”と“まきえ”の服装の違いといえば、“うきこ”の方はエプロンの上から帯のようなものを腰に巻いていて、その両端を身体の前面に垂らしている。



 どう見てもメイドさんがするようなお仕事には邪魔になり、著しく作業効率を落としそうだ。言い換えればそもそもまともに仕事をする気がないのだろうとも言えるし、その信憑性は彼女の勤務態度が証明している。



「“ふーきいん”いやらしい。獣のような目で私を見てる」


「そのような事実はない。何の用だ」



 端的に用件を問う。


 今日は子供の相手はもうたくさんだ。



 水無瀬に“まきえ”にノエル委員長と、もう3人も子供を保育している。これ以上は面倒だと感じている。



「何の用だとはご挨拶……、と言いたいけれど、そのへんはどうせもう“まきえ”がやっただろうから省いてあげる。私は効率のいい女。感謝して」


「ありがとう」



 弥堂はまったく感謝の念など抱いていなかったがとりあえず礼を言った。


『効率のいい』という言葉が気に入ったのでサービスをしてやったのだ。



「“まきえ”が呼びにいったはずなのに、“ふーきいん”が来ないから見に行くようにお嬢様に言われた。ついでに“まきえ”も帰ってこないから探してこいと言われた」


「そうか」


「そうか、じゃない。すごくめんどくさい。“ふーきいん”はいつもいつも私に面倒をかける。本当にめんどくさい。私が居ないと何もできないなんて“ふーきいん”はダメダメすぎる。あぁ、めんどくさい、めんどくさい。本当に面倒くさい……」


「…………」



『面倒くさい』を何度も唱えながらウキウキそわそわと身体を揺するちびメイドを弥堂は警戒心を強めて視た。



「“ふーきいん”はこの間の週末もバックレた。本当にダメな男。でも許してあげる。どうせ『来いと言われたのはわかったが行くとは言ってない』とか考えてる。私は理解のある女」


「……連行しに来たのではないのか?」


「私も『来いと伝えろ』と言われただけで『連れて来い』とは言われてない。今日も『様子を見て来い』と言われただけだから“ふーきいん”を見に来た。あーやだやだ、こんな薄汚い野良犬なんか見たくないのにお嬢様の命令だから仕方がない……、じぃー……」


「…………」



『お前はそれでいいのか』という疑問を感じたが、自分に都合の悪いことになっては敵わないので、弥堂は口を噤んだ。



「それで? “ふーきいん”は今日は何をしていた? どんな言い訳を聞かせてくれるの? じぃー」


「俺は風紀委員会の会議に参加していた。元々の予定だ」


「そう。なら許してあげる。“まきえ”は? じぃー」


「赤ちびならどこかに遊びに行ったぞ」


「もう。“まきえ”はいつもそう。遊んでばかりで。私が尻ぬぐいをさせられて仕事が増える」



 弥堂の記憶ではその立場は逆のはずだったが、せっかく許してくれると言っている相手の機嫌を損ねたくなかったので指摘はしなかった。



「あと。私のことを『青ちび』なんて呼んだら許さない。その時はお尻をつねる」


「善処しよう」



 短く答えて弥堂は立ち去ろうとする。



「待って」



 当然のように呼び止められた。



「なんだ」


「もう、ダメ。“ふーきいん”は本当にダメ。私がこれだけめんどくさいって言ってるのに、なにもフォローしないで帰ろうとするなんて。本当に私が居ないと何も出来ないんだから」


「……そういう遊びがしたいのか?」


「遊び、ですって……?」



 どうも失言だったらしく“うきこ”の目の色が変わる。


 平らだった瞳に怒りの炎が灯り同行の奥が白く光る。



「“ふーきいん”は人でなし。私のことを遊びだなんて。あんなに一緒におままごとしたのに。“ふーきいん”がしたいって言うからかくれんぼだってしてあげたし、おにごっこの鬼だってさせてあげた。あと、“ふーきいん”がどうしてもって言うから他の男とあやとりだってしてきた。嫌だったけど“ふーきいん”のために頑張った。それなのに、私とのそんな思い出をぜんぶ遊びだったって言うの?」


「……逆に遊びじゃなかったらそれらは何なんだ?」


「ひどい男。面と向かってよくもそんなひどいことが言える。もう許さない」



 至極まっとうなことを聞いたつもりだったが“うきこ”には通じない。


 彼女の目はガンギマリだ。どうも“マジ”らしい。



 仕方ないと懐に手を入れ嘆息をし、殺気さえ纏う“うきこ”の前に一枚の紙を差し出した。



「……なに? またお金で済まそうと言うの? 勘違いをしないで。前回はあれで騙されたフリをしてあげただけ。“ふーきいん”はいつだって私の掌の上でコロコロ」


「いいから開いてみろ」


「今日はお金なんかじゃ許さない。でも、金額次第では応相談になる」



 言いながら“うきこ”は四つ折りにされた紙を開いて中身を見る。



「……なに、これ?」


「お宝の地図だ」


「お宝ですって……?」



 怪訝そうに彼女の目は細められる。



「まさかこれで宝探しでもしろと言うの? 馬鹿にしないで。私は子供じゃない。こんなことで許してあげるわけない」


「…………」



 弥堂は胡乱な眼を彼女のスカートに向ける。


 ふんわりロングスカートの中の腿がうねうねと蠢いている。口ぶりとは裏腹にソワソワと足を擦り合わせているのだろう。


 何より、地図を渡して以降、彼女の目は一度も紙面から離れていない。食い入るように宝の地図を睨んでいる。



「……これはあくまで参考までにだけど。この✖のところには何が隠されているの? 探さないけど」


「その✖印の内のどこかにお宝がある」


「……ナメないで。私はもっと具体的な話が訊きたい」


「現金だ」


「え?」


「俺はそこに現金を隠した。そしてそれは掘り当てた者のものだ」


「…………」



 “うきこ”はキョロキョロと目線を動かす。目に見えて落ち着きが無くなってきた。


 弥堂はその様子を見下す。



「行かないのか?」


「……馬鹿に、しないで……。私は“まきえ”とは違う。そんな口車に……、待って、“まきえ”……? ハッ――まさか……っ⁉」


「そうだ。赤ちびはすでに宝さがしに向かった」


「な、なんてこと……!」


「ちなみに早い者勝ちだ」


「くっ……! もしも“まきえ”が掘り当てたら現金を警察に届けるか、どこかの胡散臭い団体がやってる寄付に吸い込まれてしまう……! このままじゃ私が着服できない……っ!」



 焦燥感に駆られた様子の彼女はちっちゃなお手てでお宝の地図をギュッと握りしめて走り出した。


 そして窓枠ごとガラスをぶち抜いて外へと身を躍らせた。


 ここは二階だ。



 弥堂は2秒だけ壊れた窓枠を視て、そして踵を返す。



 次は部活の時間だ。



 現在地は学園敷地内東側にある委員会棟だ。


 次の目的地であるサバイバル部の部室は北西部にあるので、ほぼ真逆の方向だ。



 外周を周るように連なる校舎を渡っていくとかなりの遠回りになるが、空中渡り廊下を使って中心部にある教職員の詰め所にもなっている時計塔を経由していけば対角線上を進んでいける。



 しかし、今しがたの校舎の破壊を聴取されると面倒なので時計塔は避けて、遠回りをするルートを選択することにする。



 そうして、サバイバル部の部室を目指して弥堂は昇降口棟二階にある生徒会室の前を通り過ぎた。



 歩きながら、これで効率よく地下牢を作れるなと考えた。

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