1章27 『深き宵深く酔い浅き眠り朝は来ない』
5階の扉を開くとそこにも薄暗い通路があった。
ただし、今しがた通ってきた場所の様にバックヤードのような薄暗さではなく、高級感のあるホテルの廊下のような様相だ。
床にはカーペットが敷き詰められ余程不作法な歩き方をしなければ足音も鳴らない。
廊下の左右にはいくつものドアがあり、それぞれが個室になっている。
そのドアの横には仄暗い暖色ライトが飾られておりぼやっと部屋番号が書かれたプレートを浮かび上がらせている。
4階よりもさらに静かな場所だ。
それぞれの部屋にはしっかりと防音が施されているようで、4階よりもさらに静かだ。
しかし、それでも静謐さなどはここにはなく、どこか重くてジメついた空気が蔓延している気がした。
それを感じさせるのは各部屋からほんの僅かに漏れ聴こえてくる人の声のせいだ。
防音処理をしてはいるが、しかし安全上完全に防音にするわけにはいかないので、注意をしていなければ聴こえない程度の音が漏れている。
虫の鳴き声のような遠さで廊下に散りばめられているのは、男女の談笑する声と、くぐもったような女の嬌声だ。
立ち止まる弥堂を追い越して前に進み出たバニーさんが、わざとらしい仕草で頭の上のうさ耳に手を当てて耳を澄ますフリをする。
「うーん……、今日もみんな元気に『あんあん』と励んでますなー」
「趣味が悪いぞ」
「うんうん」と満足げに頷くバニーさんに侮蔑の眼を向けると、彼女はスススッと近寄ってきて声を潜める。
「ねねね? ここの全部の部屋でさ、色んな女の子――それも知ってる子たちがさ、エッチしてるんだよ……? コーフンしない?」
「別に」
「強がんなよこいつぅー。普段リンっと澄ました子とかー、ツンっと連れない子やー、キャピっと爛漫な子もー、みぃーんなアンアン啼いてるんだよ? コーフンするっしょ?」
「何故だ? 彼女達は仕事をしてるだけだろう?」
「えぇー……ノリわるーい」
「そう言われてもな。例えば、公園で子供たちにアイスクリームを売ろうと、世界中の人間が使うような便利な機械を売ろうと、ここでこうしていようと、手にした1円の重量も価値も変わらないだろう?」
「えぇ……、でもそんなこと言ったら強盗して手に入れたお金も同じ、とかって言えちゃわない?」
「それは犯罪だろう。俺が言ったのは合法な商売の話だ」
「……でもさ、ワタシよくわかんないんだけど、ホントはキャバでこういうのってマズイんじゃないの?」
「さぁな。俺も専門ではないが、仮に立ち入られても一応合法だと言い逃れが出来るようにはなっているらしいぞ」
「えぇっ⁉ そうなの⁉」
反射的に驚きから大声を出してしまい、バニーさんはパっと自身の口をおさえてキョロキョロと周囲を見回す。
弥堂はその仕草に呆れ混じりの視線を向けながら補足する。
「そもそもだが、そういった検査だか監査だかが入る時は事前にリークがあるらしい。その為に定期的に金を払っているようだしな。よっぽどの事件性があって緊急を要するような通報がない限りは本当の意味での抜き打ちなどない」
「えぇ……、なにそれー……、あんまり知りたくなかったぁ」
「知らない方がいい。言っただろ線引きをしろと。こういった事に詳しくなりすぎて、さっき俺が言ったようなことに共感できるようになったら、もう簡単には抜けられないくらいに足が浸かり過ぎていると思え」
「気をつけます……」
気落ちしたように肩を落とすバニーさんはふと弥堂に目を向けると、パチパチと不思議そうに目を瞬かせ首を傾げる。
「そういえば、なんでジャージなの?」
「今更か」
「しかもガッコジャージだし。居たなぁ。ワタシがJKの時にも。私服ジャージの子。クスクス……ださーい」
「校外活動をしていてな、着替える時間がなかったんだ」
「……こうして見ると信じるしかないけど、ホントに高校生なんだね……」
「どういう意味だ」
「なぁーんかさー。年下に見えないし思えないし。年上って言われた方がナットクいくし、最低でもタメかなぁーって……」
「それはキミの受け取り方次第だ」
答えにならない答えを返す弥堂を疑惑の目で見るバニーさんだったが、それとは関係のない箇所に気が付きピッと指を差す。
「あ、ねねね。思いっきしガッコ名書いてるけど、コレはマズくない?」
「うん? あぁ、そうだな。確かによくないな」
言われて思い出したと弥堂はジャージの上着を脱ぐ。
その様子をジッとバニーさんに見守られながら脱いだジャージを裏返し、そしてそれをそのまま着込んだ。
「これでよし。さぁ、いくぞ」
「ダダダダ、ダセェーーッ⁉」
「おい、うるさいぞ」
「いやいや……いくらなんでもそんなテキトーな……」
凛々しい顏つきでジッとジャージのジッパーを無理矢理閉じた男にバニーさんが呆れていると、一際大きな女の嬌声が聴こえた。
するとバニーさんは顏にいやらしい笑みを浮かべた。
「おやおやぁ~? 今の声って華蓮さんじゃなぁ~い? 意外とカワイイ声出すのね」
「……違うな。今のは彼女の声じゃない」
「へぇ~……、わかるんだ? 『違う』って。ふぅ~ん?」
咎めつつも面白がる、そんな嗜虐的な色に光る視線が彼女の瞳から向けられる。
そうしながら彼女はまた身を寄せてきた。
「ねぇ? なんで違うってわかるの?」
「単に記憶している彼女の声とは違うと思ったからだが」
「ふぅーん。その記憶ってさぁ、『いつ』『どこで』『どんな時に』聴いた記憶? もしかしてベッドの中で……とかだったり……?」
「邪推はよせ」
再び首に腕を絡められながら弥堂は鬱陶しそうに女をあしらう。
「いーじゃん。なんで隠すの? ユウキくんは別に黒服じゃないんだから風紀にはなんないでしょ? 華蓮さんに聞いてもはぐらかされるし」
「別に隠してはいない。そのような事実はない。それだけだ」
「えー、絶対ウソだよー」
「しつこいぞ」
「ふぅ~ん? じゃあ証明できるよね?」
「する必要がないな」
にべもない弥堂を無視して、彼女は艶っぽく舌先で唇を薄く舐めた。
「ね。華蓮さんが入ってる部屋。隣は今空き室なんだ」
「それがどうした」
「一緒にそこ、いこ……?」
「行く必要がないな」
「華蓮さんがどっかのおじさんにヤられちゃってる隣でさ? ワタシとシてみない?」
「みる必要がないな」
「本当に華蓮さんとそうゆう関係じゃないんならさ。デキるよね? ワタシと」
「必要があるならな」
「じゃあ証明してみせてよ。ホントのコトだって、ワタシに身体でわからせてみせてよ……」
「……お前わざと無視してるだろ」
「もぉーっ! そこは売り言葉に買い言葉でノってきてよー! つまんなーいっ!」
頑なにえっちなお姉さんムーブを続ける女に胡乱な瞳を向けると、彼女はコロッと表情を変えて今度はダダを捏ね始めた。
「いい加減にしろよ。さっさと俺を案内するか部屋番を教えろ」
「やだやだつまんなーいっ!」
「うるさい黙れ」
「じゃあさ、黙らせればいいじゃん! ほらほらっ、バニーさんのぷるぷるの唇だよー? んーーー」
「…………」
目を閉じて唇を突き出してくる女に弥堂が深く溜め息を吐くと、その吐息が彼女の前髪を揺らす。
ここまで大分我慢を重ねた。
重要な仕事前ということもあるし、何より契約を交わしている店の従業員ということもある。
だから我慢をした。
しかし、それもここまでだ。
そういえばつい先日に『煩い女の黙らせ方』を記憶から引き出したばかりだったなと思い出しながらバニーさんの後頭部をガシッと掴む。
「え――?」
そして間近にあった彼女の唇に自分の唇を当てる。
「――あむ……っ⁉ ちゅ……、んぅっ……そんな、ほんと……にっ……んんーっ⁉」
上から覆うように唇を重ね、彼女がなにやら言葉を喋ろうとした隙に強引にその咥内へと侵入していく。
「――んーーっ、んちゅ……、ぷぁ……、いきなり……んっ、したまで……ぇっ、んちゅ……っ」
口を塞いで呼吸を阻害しながら蠢く舌を執拗に絡めとり、何も喋らせぬよう何も考えさせぬよう脳髄を痺れさせる。
応じるようにあちらから舌を絡めようと伸ばしてきたら自身の舌を引っ込め、こちらの咥内へと這入りこんでくるそれを強く吸い込みながら抑えつけ下唇の裏側を舐めあげる。
疲弊して舌を退きあげさせればそれを追ってまた相手の咥内へと突っこみ、掻き出すようにして引き摺り出す。
水音が弾ける音と荒い鼻息を無感情に聴きながら、そんな暴力的な接吻を暫く作業的に続けていく。
すると、弥堂の袖口をギュッと掴んでいた彼女の手からクタっと力が抜ける。
それを確認して唇を離し、焦点の惚けた彼女の瞳を冷酷に見下ろした。
尻を鷲掴みにし腰砕けになるのを許さず立たせ続ける。髪が乱れることを慮らずに後頭部を掴み目を逸らすことを許さず、そして必要なことを訊く。
「華蓮さんの部屋は何番だ。言え」
「ふぁぃ……、S1、れしゅ…………」
「そうか」
唾液と、それに溶けた口紅で汚れる彼女の口元をジャージの袖口でグイっと雑に拭い、その手で彼女の胸元を覆う布を強引にずり下げて乳房を露出させた。
そして今度は彼女の背中に手を回す。
背中を撫でおろしていくと指先がバニースーツと彼女の肌との隙間にぶつかる。
その隙間に親指を捻じ込んだ。
「あんっ……強引……っ、部屋までガマンできない……? ここでしちゃう……?」
期待と情欲に濡れる瞳には何も応えず、無言で突っこんだ指を引っ掛けながらバニースーツを掴んで力づくで彼女の身体ごと片手で持ち上げる。
「んっ――⁉ やだ……くいこんじゃ……って、いたっ! いたたたたたっ……⁉ ちょっと! 食い込みすぎてマジ痛いんだけどっ⁉」
素に戻ってガチめの抗議をする女を無視し、片手で彼女を持ったまま手近な部屋のドアへ近づいていく。
「えっと……? えっ? なになに? ちょっとその部屋はお客さんが……まさか――っ⁉」
「発情して困ってんだろ? 偶然にも同じように発情した男が中に居るみたいでな」
「うそぉっ⁉ うそうそやだやだやだ……っ! むりっ! むりだからっ!」
「お客様に失礼のないように使ってもらえ」
躊躇いなくドアノブを回して扉を開けると、中の利用者が何か反応を見せる前に性欲旺盛なバニーさんを投げ入れた。
「――ぅきゃあぁぁぁーーーっ!」
彼女の叫び声が終わる前に扉を閉める。
耳に馴染みのない男女の慌てたような声も背景にしながら、さっき使った方とは逆の袖で自身の口周りも雑に拭い、ベッと高価なカーペットの上に唾を吐き捨てて歩きだす。
目的地となる部屋はS1番の部屋。
廊下の右側の列の一番奥だ。
先程バニーさんが言っていた通りならその隣のS3番の部屋は空いているらしい。恐らく少しくらいなら大きな声を出されても大丈夫なようにマネージャーが配慮して空けておいてくれたのだろう。
(黒瀬さんにはいつも気を遣わせるな)
S1番の部屋のドアノブに手を伸ばしながらそんなことを考え、その手を止める。
どうせならその配慮を最大限活用させてもらおうかと、右足を持ち上げ靴底を勢いよく前に突き出して扉を蹴り開けた――
――バタンと、大きな音を立てて扉が開かれ、パタパタと慌ただしくも軽い足音を鳴らしながら屋内へ駆けこむ。
「ただいまーーっ!」
自宅へと帰ってきた
間もなくしてパタパタとスリッパの踵が床を叩く音とともに奥の部屋から女性が現れる。
「おかえりなさい、愛苗。遅かったわねー」
「うん、こんな時間になっちゃってゴメンなさいお母さん」
そう言ってペコリと頭を下げる娘に「あらあら」と困ったように笑いながら玄関まで迎えに来たのは水無瀬の母親だ。
娘の愛苗とよく似た栗色の髪を緩くまとめている、おっとりとした雰囲気の女性だ。
「ちゃんと買えたかしら?」
「うんっ! ほら!」
「あらあら、よかったわねぇ」
時刻は20時前後、休日とはいえ高校生としては大分遅い時間に帰宅した娘を特に咎めることもなく、戦利品を見せびらかすように手荷物を前に掲げる姿に「あらあらうふふ」と嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「すぐにご飯たべる? それとも先にお風呂かしら?」
「えっとね……、おなかすいた!」
「うふふ、それじゃあ手を洗ってお父さんを呼んできてくれるかしら?」
「えっ? もしかしてご飯待っててくれたの?」
「そうなの。愛苗と一緒にたべたいって聞かなくって……」
「わわわ……っ! 大変だぁ。ごめんなさーいっ」
「ほら、荷物持っててあげる。お父さんはお店の方にいるからお願いね?」
「うんっ。ありがとう」
買い物袋を母親へ手渡し玄関框に腰掛けてスニーカーを脱ぐ。
それから脱いだ靴を綺麗に揃え直して「うんうん」と満足げに頷くと、ネコさんスリッパに足を通してパタパタと奥へ駆けていく。
「あらあら。慌てなくていいのよー?」
慌ただしく走っていく娘の背を見送っていると「んなーぉ」と鳴き声がかかる。
「あら。メロちゃんもおかえりなさい」
にこやかに足元に声を返した。
一緒に帰宅していた黒猫は玄関の床にゴロリと寝転がると自分を見下ろす水無瀬母へと四本足を突き出した。
勝手知ったるとばかりに母親は雑巾を取り出しメロの足裏を拭き始める。
「メロちゃんは本当にお利口さんねぇ」
「ぅなぁー」
「うふふ。お父さんに内緒で残しておいたお刺身あげるわね?」
口元に手を寄せ飼い猫へと内緒話をする。
そうしてうにゃうにゃと喜びの声をあげる猫を抱き上げキッチンへと戻っていった。
水無瀬家は自営業で『amore fiore』という花屋を営んでいる。
娘の愛苗の高校進学に合わせて学校に徒歩で通える距離の新興住宅地にて開業した形で、元々はこの美景市の出身ではない。
自宅と店舗は一体となっており、1階は店舗スペースとダイニングキッチンやリビングに風呂などがあり、2階が寝室となっている。
居住スペースと店舗には特に大袈裟な区切りなどはなく、扉ひとつで隔てているだけだ。
愛苗はその扉を開け放つ。
「お父さんゴメンなさーい!」
「おや、おかえり愛苗」
店舗スペースに入るとすぐ目に付く場所で作業をしていた父親が顔をあげる。
柔らかい笑みを浮かべる眼鏡をかけた優しげな男性だ。
「あっ……! ただいまっ。遅くなっちゃってごめんね?」
「いいんだよ。ちょうどやりたい作業があったからさ」
「そうなんだ。私お手伝いするね!」
「大丈夫。今終わったところだよ。それよりご飯なんじゃないのかな?」
「わわわ……っ! そうだった。待っててくれてありがとう。えへへー、一緒に行こう?」
ニコッと笑みを浮かべて父親の手を引き歩き出す。
高校生となった今でも大分距離の近い親子のようで、そのまま手を繋いで母親の待つダイニングへと向かう。
「あらあら仲良しねー」
「うんっ! お母さんも手つなごー」
「うふふ、いいわね。でもね、その前に愛苗には、はいこれ」
「あっ」
「先にお部屋に荷物置いてきなさい? 大事なものでしょ?」
「そうだったぁ! あっ――でも、ちょっと待ってね……」
母親へ預けていた荷物を受け取りすぐにその場にしゃがみこんで紙袋をゴソゴソとあさる。
そして取り出した物を父親と母親にそれぞれ差し出した。
「はい、これっ。あのね、お父さんとお母さんにもプレゼント買ってきたの!」
「おや」
「まぁ」
二人は驚いたように目を丸くしてそれを受け取る。
「お、お小遣いは大丈夫なのかい? 追加であげようか……?」
「もう、お父さんったら……。まずは愛苗にありがとう、でしょ?」
「えへへ。セールになってた物なんだけど、お父さんにはネクタイでお母さんにはハンカチにしたの」
「ありがとう愛苗。嬉しいよ」
「大切に使うわね。ありがとう愛苗」
慈しむ目で娘へと感謝を伝える。
父親は普段カジュアルスタイルでエプロンを着けて仕事をしているので、冠婚葬祭の時くらいしかネクタイなどは使わないのだが、そんなことはおくびにも出さずに心から喜び娘の頭を撫でる。
通常、高校生くらいの年頃の娘はそんなことをされれば髪型の崩れを気にしたり、父親とはいえ性別の違いから嫌がるケースも多い。
しかし、水無瀬家ではこれが日常の風景であり、愛苗も少し擽ったそうにするだけで嫌悪など欠片もなく、両親が喜んでくれたことを心から嬉しく思っていた。
「じゃあ、私お片付けしてくるねっ」
満面の笑みを浮かべてパタパタと階段を上がって自室へと向かっていく。
穏やかな笑顔でそれを見送っていた夫婦だったが、ふと呟くように父親が言葉を漏らした。
「……あの愛苗が恋だなんて……」
「うふふ。さみしい?」
隣に立つ母親は少しイタズラげに夫の顔を覗く。
「うぅーん、もちろんそんな気持ちもあるんだけど、嬉しい気持ちの方が大きいかなぁ……。ちゃんと普通の女の子みたいになってくれて」
染み入るようなその言葉を受けて、ふと母親の表情に陰が差す。
「……本当はこんな時間まで出歩いてること、叱らなきゃいけないんだけど……。最近学校の帰りも遅くなってるし」
「……そうだね。でも、それよりも。元気に外で遊べるようになってることに嬉しくなっちゃうなんて……。ダメだなぁ、ボクたち」
「うふふ、そうね。あの子なら悪いことしたりとかは大丈夫だと思うけど……、危ないこともあるかもしれないし」
「もしもあまり続くようならボクから言うよ。父親だからね……嫌われたり、しないよね……?」
「大丈夫よ。あの子が誰かを嫌ったりなんてあるわけないわ」
「そうだよね。でも、本当に元気に育ってくれてよかった……」
「えぇ……」
どちらからともなく、気持ちを擦り合わせるようにキュッと手を握り合う。
すると足元からも同調するように「んなぁー」と細い鳴き声があがり、スリスリと母親の足に身体を擦り寄せられた。
「あら、悲しそうに鳴いて。おなかすいて我慢できなくなっちゃったの? ごめんなさいねメロちゃん」
空気を切り替えるように「うふふ」と笑いながら母親はメロを抱き上げてキッチンへと連れて行く。
「……そうだよな。辛いことも苦しいことも、もう乗り越えたんだ。こらからはたくさんの幸せだけがあるはずだ。いつまでも引きずってちゃいけない……」
一人その場に残った父親は不安や陰鬱さを吐き出す為にか、重く一つ溜息を吐いた。
その姿を、母親に抱かれて連れて行かれる黒猫が耳をヘナっと伏せながら見ていた。
はぁ――
自身の心情を示唆する為だけにそうしていることを隠そうともしない――そんな露骨な女の溜め息が大して広くもない個室内に響く。
(しつこいな。いつまでやってんだ)
つい浮かんでしまったそんな感想はおくびにも出さず、弥堂も弥堂でその溜息を露骨に無視してスマホを操作する。
今しがた新たにできた『お友達』の連絡先などの個人情報を共有すべく関係各所に送信してバラまいた。
自分自身はディスプレイに表示された番号を登録はせずに、ジッと視て記録する。
すると、また重い溜め息が聴こえる。
当然弥堂は無視をした。
スマホを仕舞い、床に散乱した物を拾っていく。
これらは今回の会談の為にと弥堂が用意してきたプレゼン資料だ。
床に放られているので、これらは投げ捨てられ取引は破談になったかのようにも見えるがそんなことはない。
これらの資料はとても役に立ったし取引も無事に成立をした。
なので、これらの資料は一旦は用済みということになるのだが、何かの機会に再び必要になることもあるかもしれないし、一応はこれらを決して外部には流出はさせないという約束にもなったため、こうしてわざわざ回収をしているのだ。
自身の横顔に照射されるジトっとした視線を無視しながら弥堂は黙々と裸で絡み合う男女が写った写真を拾い集める。
適当に周囲に目線を振り、拾い溢しがないかを形だけ確認して立ち上がった。
それからようやく口を開く。
「さて、やるべきことは済んだ。おかげで助かったぞ。ご苦労だったな。協力感謝する。また何かあれば頼むこともあるだろう。では、俺はこれで――」
「――待ちなさい」
流れでいけばこのまま帰れるかもしれないと弥堂はとりあえずチャレンジしてみたが、当然呼び止められる。
こういった場合、『自分は当然のことをしている。何もおかしなことなどない』という態度を貫くことが肝要だ。
そのことを意識しながら弥堂は女の方へようやく顏を向けた。
そこに居るのはソファーに座った半分ドレス姿の女。
スタイリストによって綺麗に盛られて巻かれた明るい色の髪。
暗い場所でもはっきりと映えるメイク。
素体の方も頭の天辺から足の先まで惜しみなく時間と金をかけて手入れを行き届かせていることがわかる。
そんな女が、高級感のある革張りのソファーに腰を下ろし優雅に足を組みながら、こちらへ厳しい眼差しを向けていた。
「なにか用か?」
素っ気のない弥堂の返事に、女の瞼がピクと震える。
その動きで瞼に豪奢に貼り付けて増殖させた睫毛が一層際立ち目に付いたので、なんとなくそこに視点を合わせて彼女の目を見ているフリをする。
「なにか――ですって……? まさかなにもないだなんて思ってないわよね?」
「もちろんだ」
弥堂は即答で意を得たりと厳かに頷く。
もちろん、彼女が何を言いたいのかは弥堂にはまるでわかっていない。
しかし、この手の自分の意図を男に言わせていちいち正解・不正解を言い渡してくるような女は、もしも最初にわからないと伝えた場合、『どうして私の気持ちをわかってくれないの』などとイチャモンをつけてくるのだ。
なので弥堂はこういった場合はとりあえず『わかる』と答えるようにしている。
当然、後でそのことがバレて余計に怒られることになるケースが多いのだが、運よく正解を引くことが出来れば事無きを得られることもある。
どうせ怒られるならと、そのワンチャンを引き当てる僅かな可能性を少しでも未来へと繋ごうとしても損はないと、弥堂はそのように考えていた。
「言ってみなさい」
「断る」
「はぁ?」
即答で言及することを断る弥堂へ向ける不機嫌そうな女の視線がより険しいものに変わる。
「なんで?」
「要はアンタがなにに怒っているのかという話だろ?」
「そうよ。それを言ってみなさい」
「その必要はない」
「私が言えと言っているの。正誤次第で許してあげるかどうかを決めるわ」
「意味がないな。俺はそれをわかっている。アンタも当然わかっている。自分のことだからな。お互いにわかっているとわかっていることをわざわざ話し合う必要などない。時間の無駄だ。とっとと俺を許せ」
「…………」
今まで無視してたくせに急に言葉数多く捲し立ててきた男を女は無言でジッと見た。
弥堂もその視線を受けながら眼を逸らさずに彼女の姿を目に映し続ける。
あともう一回突っ込まれたらこれ以上は返す言葉の持ち合わせがないのだが、だからこそ正々堂々とハッタリと強気な態度でゴリ押すべきだと、そう判断をしたからだ。
数秒見つめ合い、やがて女の方が諦めたように肩を落として溜め息を吐く。
「……もういいわ」
「そうか。俺も言い過ぎた。悪かったな。では――」
「――待ちなさい」
1秒でも早くこの場を辞そうとした弥堂だったが、先程と同じように呼び止められ女からジト目を向けられた。
「行っていいなんて言ってないわ」
「なにか用か」
「……それじゃあ繰り返しになっちゃうでしょう?」
言いながら女は胸の下で腕を組み、ソファーの背もたれに気怠げに体重を預ける。
「相変わらずなんだから。いいわ。ちょっと時間をあげます。キミがここに入って来た時のことをよく思い出してみなさい」
「…………」
呆れたような言葉と共に女が肩を竦めると、胸の下で組んだ腕に持ち上げられ乳房が形を変える。
その様子を視界に映しながら、どうも彼女には逃がしてくれるつもりは毛頭ないようだと弥堂も諦めた。
「……返事は?」
「わかったよ。華蓮さん」
彼女には世話になっていることだし、思い出せと言われればそれくらいのことはしてやってもいいかと、彼女の指定通り先程この部屋のドアを蹴破って突入した時の記憶を記録の中から取り出して見る――
――扉を蹴り開けると部屋の中には人間が二人。
男と女だ。
小太りの中年の男がドレス姿の若い女を革張りのソファーの上に組み敷いている。
この男こそが今日俺が取引をする為にここに会いに来た相手であり、そして女の方はそれを手引きした内通者であり、この店のNo.1キャストでもある華蓮さんだ。
男の方とは初対面だが、華蓮さんとは元々1年以上前からの知り合いだ。
彼女には一時期、特に美景台学園に編入する前までは生活のほとんどの面倒を見てもらっており、とても世話になっていた。
その為、本来であればこういった俺個人の仕事に巻き込むことには心苦しいものがある。
しかし、なのにも関わらずこのように彼女に協力してもらうこととなったのは、今回俺がターゲットとして設定した人物が偶然にもこの店の客であり、さらに偶然にも華蓮さんを指名するために通っている客だという事実が発覚したからだ。
目的を遂げるためには、心苦しいという俺の感情など優先順位は高くない。
そして彼女に迷惑はかけないという約束でこうして場をセッティングしてくれるようにしつこく頼んだら、渋々ながらも彼女は受諾してくれた。
今では彼女の元を離れ自立して生活をしているというのにまた一つ世話になってしまってとても心苦しい。
そんな華蓮さんにさりげなく感謝の意を視線で伝えようと眼を向けると、首の後ろで結んで留めるタイプのドレスはその結び目を解かれており彼女の上半身が露わになっていて、それによって露出したものに男がむしゃぶりついていた。
どうやら来るのが少し遅かったようだ。心苦しい。
突然部屋に押し入ってきた俺に驚いた男は彼女の胸の上で首を回しこちらに顔を向ける。
乳房の上に頬をのせたその顔が、目的としていた人物のものと一致したことに俺は満足し近寄っていく。
男は突発的なトラブルに見舞われると思考停止するタイプなのか、無言で歩み寄る俺を彼女の胸の上で茫然と見ているだけだった。
余計な口をきかないことは俺にとっては好ましい。もちろん、都合がいいという意味で。
立ち止まりソファーテーブルを間に挟んで男を見下ろす。
気弱な男なのか、俺の眼を見てあからさまに怯えたような態度をとった。
テーブルに足を乗せてその上に置かれた物を靴で払い床へ落とす。
酒の入ったボトルやグラスが音を鳴らし、その内のいくつかは割れ、零れ出た酒がカーペットを紅く染めていく。
その様子を目にした華蓮さんは男に覆い被さられながらピクっと瞼だけを撥ねさせた。
それには見なかったフリをして俺は懐から封筒を取り出し、乱暴に破って中身をテーブルの上の空いたスペースにバラまいた。
大量の写真だ。
それらの写真を見た男の目が驚愕に見開かれる。
もっとよく見えるようにと、俺はテーブルを足裏で蹴るように押し込んで男の乗るソファーにピッタリとくっつくまで寄せてやる。
そしてテーブルの上に乗ってしゃがみこみ、上から禿頭を見下ろす。
「理解が早いようで助かる。お前の妻だ。相手はお前の部下だ。この不始末、どうしてくれる?」
事実を突き付け責任を問いつつ、用意してきた使い捨てカメラを取り出す。
そして、上半身裸の若い女の胸に顔をのせながら、自身の妻と部下との不貞行為が写った写真にショックを受けたように愕然とする男の姿を撮影する。
血の気が引いた絶望顔のカメラ目線の中年男がフラッシュで強く照らされた。
「もしも、お前が裏切者の妻と別れるために裁判を起こすというのなら、これらは証拠品として使えるし、必要であればもっと集めてくることも出来る。俺はお前の役に立てる男だ」
「えっ……? あっ……? えっ……?」
「さらにもしも、お前が俺を必要としないというのなら。今しがた撮影したこれはお前が裁判をするにせよ、しないにせよ、今後のお前の人生を大変不利なものにさせることだろう」
「なっ……⁉ なにが――」
「――なにが目的か。それは複雑なものではない。単にお前と仲良くなりに来ただけだ。俺のお願いを『なんでも』聞いてくれるくらいに仲良く、な」
そこまでを聞いてようやく俺の意図が伝わったのだろう。
男は俺の顏とテーブルの写真との間で忙しなく視線を何度も往復させながら、どちらも信じ難いものを見るような目で見ている。
さて、素直に応じてくれればいいのだが。
「――し、しらない……っ!」
「あ?」
「き、君の言っていることは私にはわからないし、その写真の人物のことも私は知らない……っ!」
まぁ、そう言うしかないだろうな。
男は自分でも無理があるとわかっているのだろう。そんな嘘を吐いた後ろめたさからか、俺とは目を合わせないように下を向いている。
さて、どう追い込むか。
そんなことを考えながら、眼前に剥き出しの女の胸を置いて震える男を視ていると、ふと華蓮さんと目が合う。
ひどく軽蔑した目で俺を見ている彼女から眼を逸らす。
後ろめたさからではない。
この男に首を縦に振らせてここから帰らせるまで、彼女と俺がグルであることを男に感づかせる訳にはいかないからだ。
そうなれば彼女にも店にも迷惑をかける。
この店に来る前の出来事を思い出す。
闇の組織の中間管理職であるアスのことを。
超常の存在であるあの男は、俺が攻撃を仕掛けるまで俺の存在になど気付いていなかった。
鈍感だとか不注意だとか、そういう話ではない。
あの男にとってただの人間である俺など気に留める価値もない矮小な存在なのだ。
外を歩く時に足元に蟻が何匹いるかなどを常に気にして生活する人間など存在しない。
それと同じ話だ。
この場では俺もそのように振舞うようにする。
知らない人間。
それどころか僅かな興味・関心を向ける価値すらなくて、そこに居ることすら気に留まらない。彼女をそのように扱うことにする。
極力彼女を意識から外すよう俺は男の方に注目する。
男は俺を視界に入れないよう顔を逸らして俯いている。
ソファーに仰向けに寝る華蓮さんに覆い被さっているのでその目の前には生乳だ。
そしてその男を見下ろす形になる俺の視線の延長線上の行き止まりとなる場所も生乳だ。
華蓮さんの目がゴミを見るような目になった気がしたが、今の俺に彼女は目に入っていないので気のせいだ。
俺は見知らぬ中年男性とともにキャバ嬢の生乳を数秒程凝視する格好となっているが、これは立ち位置上仕方のないことである。
下賤な女の矮小な胸など認識すらしていないので決してセクハラなどにはならない。
後で文句を言われるだろうから、その時はそう言い張ろうと考えたが、だが待てよ――と思い留まる。
一人の人物が脳裡に浮かぶ。
その人物とは
矮小な胸の第一人者といえば希咲 七海であるというのが記憶に新しい。
胸パッドだのおヌーブラだのとわけのわからない異物を補正下着の中に隠し、胸囲を捏造しているという事実が先日発覚した。
偽造した谷間で針小棒大に胸を張り、肝心な部分が服で隠れているのをいいことに夜郎自大に堂々と振舞う。
あいつがそんな卑劣な女であることは間違いがないが、形振り構わぬその姿勢とメンタリティ、そして徹底的で執拗なその手管と技術には一定の評価をしている。
とはいえ、まさに矮小と称するのに相応しい。
その点、華蓮さんの胸はどうだろうか。
禿げた中年男性に圧し掛かられながらソファーに横たわる華蓮さんの胸を眼球に力を入れて注視する。
仰向けに寝ているため胸肉が左右それぞれ外側に流れているので、記憶にある立位時のものに比べれば当然目減りはしている。
しかしそれにも関わらず、その膨らみはわざわざ触って確かめる必要もなく見れば馬鹿でもわかるほどの存在感がある。
果たしてこれは矮小と言えるのだろうか。
それは無理があると考えを改めるべきだろう。
今は任務中のためそのように振舞うしかない。
だが常々廻夜部長から言われている。
『男児たるものおっぱいは上位存在として崇めるべきだと』
宗教上の理由で改宗することは難しいと彼には都度断りを入れてはいるのだが、それでも上司が信仰する対象だ。最低限の敬意は払う必要がある。
この場はこのまま矮小な部位として扱わせてもらうが、後で華蓮さんのおっぱいにはフォローを入れるべきだろう。
おっぱいリスペクトだ。
……そんな話だったか?
ショッピングモールでの戦いのせいでかなり消耗している。そのせいでどうも思考が鈍い。
だが、問題はない。
パフォーマンスが劣化していようとも、自分のコンディションが万全ではないということが自覚出来ていれば、それを前提に行動すればいいだけの話だ。
これ以上疲弊をする前にこの男と話をつけるべきだろう。
改めて男の様子を窺う。
この怯え様だとあまり最初から強く脅しつけるのはやめた方がいいな。パニックになってコミュニケーション不能になる可能性が高い。
医者をやっているくらいだ。頭は悪くないのだからしっかりとプレゼンをして利を説くべきだろう。
そんな風に考えていると男が不審な動きを見せる。
やたらと鼻息が荒く、何やらもどかしそうな風にもぞもぞと下半身を動かす。何かを隠すように上体を折り、そのせいで顏がより華蓮さんの胸部に近づく。
至近で鼻息が吹きかかったのか、華蓮さんの肌が撥ねるように震えた。
(このスケベジジイ。随分と余裕じゃねえか)
この様子なら多少無茶をしても大丈夫だろう。
しかしその前にやることがある。
先程華蓮さんの胸部についてああ考えはしたが、それでも最低限彼女の女性としての尊厳を守ってやる必要があると思ったからだ。
俺はテーブルの上から写真を2枚拾い、それを華蓮さんの左右の乳房の上に1枚ずつ置いて隠すべきものを隠してやる。
華蓮さんの口の端が派手に攣ったような気がしたが、これでいいだろう。
こうすれば彼女が普段着用しているドレスと大して露出度は変わらないし、汚い中年オヤジの鼻息を防ぐことも出来る。さらに都合の悪い事実から目を逸らす男に見せるべき物も見せることが可能となる。
様々な物事を同時に解決することが出来る非常に効率のいい一手だ。
俺は自らの仕事に手応えを感じながら事を進める。
「もう一度よく見てみろ。その写真の男と女。本当に知らないのか?」
「し、しらない……っ!」
「本当にちゃんと見たのか? もっと近くでよく見てみろ」
「――ぅぶっ⁉」
俺は男の後頭部を掴み顔面を写真にくっつく距離まで押し込む。
あくまで不可抗力だが、そうすることによって中年男性の脂ぎった顔面が華蓮さんの胸の谷間に突っ込まれるような形になった。
華蓮さんの身体がプルプルと震えている。きっと汚い中年親父に対する嫌悪感からだろう。
仕方ないので男の頭を引き上げることにする。
「か、かんべんしてくれ……っ」
「そうか。俺の勘違いだったようだ。お楽しみのところ悪かったな」
「……えっ?」
俺は話を打ち切る。
すぐにこの場を辞そうと行動を起こし、その前に華蓮さんの胸の上の写真を回収しようと手を伸ばしたら彼女にガッと手首を掴まれ物凄い目で睨まれた。
「わ、私に何か用があったんじゃないのかね……?」
フッと華蓮さんから目を逸らし、不審気に問う男の方へ顔を向ける。
「人違いだったようだ。そんなはずはないと思ったんだがな。だから念のため今度はこの写真に写っている奴らにこのカメラの中身を見てもらって、お前のことを知らないか訊いてみることにするよ」
「なっ――⁉」
先程この部屋の中で撮影に使った使い捨てカメラをヒラヒラと振って男に強調する。
「その結果次第ではまたお前に会いに来ることもあるかもしれんが、俺よりも先にお前に用があると詰め寄る者がいるかもしれんな」
「ま、待ってくれ……っ!」
「どうした?」
「……わかった。話を聞こう……、何が望みなんだ……?」
「その言葉が聞きたかった」
俺は意識して口の端だけを持ち上げて笑ってみせ、落ち着いて話が出来るようにと男に座るように勧める。
男はソファーの上で不自然に体育座りになった。
「要求は……なんだね……?」
「なに。難しいことじゃない。先程言ったとおりだ。仲良くしよう。簡単な話だろ?」
「……金か?」
「そんなことを言ったか? 気になっていたんだが何故そんなに怯えている。まるで俺が脅迫でもしているみたいじゃないか」
「くっ……、ぐぅ……っ!」
男は悔し気に俺を睨むが、しかし目が合うとすぐに目線を外す。侮蔑に値する気弱さだ。
華蓮さんも軽蔑をするように睨んでいる。
俺を。
「勘違いをするな。俺は『友達になろう』と、そう言っているんだ」
「と、ともだち、だと……?」
「そうだ。友達は助け合うものだ。例えば、お前は妻に隠れて不倫などされたら困るだろう? それも同じ病院で働く部下と。こんなことは決して許される話じゃない。そこでお前を不憫に思った俺はこうしてわざわざお前を助けるためにこの事実を持ってきてやったんだ。助かっただろう?」
「……それは、くっ……!」
「だから次はお前が俺を助けてくれればいい。金が欲しいかと聞いたな? それが俺の助けになるとお前が思うのならば、勝手に払えばいい。好きなだけ。もしもそれで俺の機嫌がよくなれば、またお前が喜ぶことをしてやろうという気になるかもしれないし、逆にお前が困ることはしないでおこうと考えるかもしれない。そうだろう?」
「…………わかった」
「聞き分けがよくて助かるよ。俺達気が合うな」
「だが……、犯罪は……っ! 犯罪に与することはできないっ。どうかそれだけは許して――」
「――おい。犯罪だと? お前には俺が犯罪者に見えるのか? もしかして俺をナメているのか?」
「ちっ、ちがうっ! そんなつもりじゃ……!」
「いいか? 俺を疑うな。友達を疑うなんて最低の行為だぞ。そんなことも知らんのか?」
「……わかった。わかったよ……」
男は憔悴した様子でガクッと首を垂れた。
構わずに俺は男に1台のスマホを投げ渡す。
「連絡用だ。それを使え。足がつかないようになっているらしい」
「う、うぅ……っ」
「俺への連絡先だけ入っている。連絡は極力電話のみだ。一応メールとedgeも入れてあるが使ったら履歴は消せ。文章を残すなよ」
男がスマホの電源を入れると待ち受けには彼の妻の不貞の証拠写真が表示され、声を引き攣らせた彼はスマホを取り落とす。
「大事に扱え。連絡がとれなくなったら、心配した俺がお前の妻に安否を確認しに行くかもしれんぞ」
「あ……、あぁ……、私はもう終わりだ……」
「そんなことを言うなよ。悲しくなるだろ? なに、心配するな。お前を困らせるものは俺が排除してやる。機嫌がよかったらな」
「私に、なにをさせるつもりなんだ……?」
「なにも。今は特に困っていることはない。必要になった時に何か頼むことがあるかもしれんから、その時はよろしく頼むぞ」
「……なんで、こんなことに……」
「言えた立場かよ。こんな場末で下賤な商売女相手にお前も不貞を働いているだろうが」
横顔に途轍もない怨嗟をこめられた視線が刺さる。
親の仇を見るような目で華蓮さんが睨んでいる。
どうも『商売女』がまずかったようだ。
演出のためとはいえ言い過ぎたか。後でおっぱい諸共フォローをしよう。
彼女の視線から逃れるために俺はテーブルを降りて、元の位置に戻す。そうしているとこの短時間でかなり老け込んだ様子の男から力ない言葉がかけられる。
「わかったよ……。話はそれだけかい?」
「あぁ。俺の話はな」
「……? まぁいい。それならもう出て行ってくれないかな? 少し気を落ち着かせて考えをまとめたい」
「あぁ。構わんぞ。俺はな。だがいいのか?」
「えっ?」
再び男の顏が不安に染まる。
「……さっきから引っ掛かる物言いだね? 話はもう終わりだって……」
「言葉どおりだ。俺の話はもう終わっている。だが、お前はまだ俺に話があるんじゃないのか?」
「ど、どういう意味だ……?」
「……そういえば、俺はこの後予定があってな」
「そ、それならなおさら――」
「――ポートパークホテル美景、702号室」
「――え?」
「その部屋に今日、予約が入っているそうだ。飯田 誠一の名前でな」
「なっ――⁉」
驚愕に目を見開き固まる男に淡々と予定を告げていく。
「恐らくそこにお前の妻もいるだろう。これからちょっとお邪魔をしてな、彼らとも仲良くなろうかと、そう考えているんだ」
「まっ、待てっ……! それは……っ!」
「友達は多い方がいいからな。違うか?」
「な、なにを……! 私はどうすればいい……っ⁉」
一転して取り縋るように引き留めてくる男に俺は一定の満足感を得た。
「それはお前が考えろ。言っただろ? 話があるのはお前の方なんじゃないかって」
言いながらドカッとテーブルの上に腰を下ろしゆっくりと足を組む。
「聞かせてくれるんだろう? 俺がここに長居してもいいと思えるような『楽しい話』を……」
組んだ足の先を男の足にギリギリ触れないようプラプラと揺らす。
「お偉いお医者さまなんだってな? 期待してるよ。素晴らしいプレゼンを――」
男の顏が絶望に染まった――
華蓮さんは汚物を見るような目で俺を見ていた。
――記録を切る。
結局あの後、男からとても魅力的で思わず時間を忘れてしまうほどに夢中になって聞いてしまうような素晴らしい提案をされ、その話が弥堂にとって充分に満足がいくような――具体的には主に金銭面で――ものだったため、無事に取引が成立した。
男としても安心をしたのかどこか気の抜けたような表情で、弥堂と華蓮さんを部屋に残し、一人でトボトボと帰って行った。
そして現在に至る。
(さて、この中で何が彼女を怒らせたか、だが……)
一連の出来事の一体どれが――と考えてみても、正直なところ該当しそうなものがいくつもあって絞り込むのが難しい。
もしかしたら絞る必要などなくそれら全てが原因なのかもしれないが、弥堂は意識してそのことから目を逸らす。
状況的に全く非を認めずに切り抜けることは難しいだろう。しかし、かといって非を認め過ぎるわけにもいかない。
既に有罪であることが決まっているのならば、ここからはどれだけ罪の数を減らせるか、そういう戦いになる。
迂闊に「全面的に俺が悪かった」などという台詞を吐こうものなら、とんでもない数の罪状を並べられることになる。
今日の一件としてここで起きたことを包括して罪状1とはならないのだ。
例えばここでの一連の流れの中で弥堂に悪いところが10あったとする。
仮に全面的に非を認めると、その悪いところが1つ1つ個別に罪に問われ合計10もの罪状を並べられ、そしてそれぞれ個別に罰を課されることとなる。
今回の悪いところは最低で3つ、多くても4つほどだと弥堂は見立てている。
要はこれをどれだけ減らせるかだ。
(1つ……、いや2つくれてやるか……)
華蓮さんには世話になっていたのでサービスで半分は非を認めてやることに決めた。
「そろそろ考えはまとまったかしら?」
「あぁ」
ちょうどタイミングよく声がかけられる。
「じゃあ言ってみなさい。私が何故怒っているか」
「いいだろう」
ソファーに優雅に腰をかけ余裕たっぷりに腕組みをする女に、弥堂もまた余裕たっぷりに返事をして懐に手を入れる。
「待ちなさい」
しかしすぐに待ったをかけられた。
ジト目で見遣る彼女に弥堂は眉を寄せ訝しがる。
「……お金じゃないわよ?」
「なんだと」
「キミはいつもそう。すぐお金か暴力で解決しようとする」
「分け前が欲しいんじゃないのか?」
「あのね……。私は去年までキミを養ってたのよ? 今更キミからお金を欲しがるわけないでしょ」
こうなることはわかっていたとばかりに呆れた目を向けられる。
「念のため聞くけど、自分の悪かったところ、いくつくらいあると思ってるの?」
「2つだ」
「は?」
「3つだ」
「…………はぁ……」
少なく見積もった数字を言った瞬間に華蓮さんの表情が険しくなったのですかさず水増しをした。
そもそも初弾を外したので実質的には最初に思い浮かんだ4点全てを言わされるハメになりそうだ。
「少なくないかしら?」
「……そんなことはない」
「とりあえず全部言ってみなさい」
「……もういいだろ」
「ちなみに私は大体13個くらいあるんだけど、キミが言う3つ……? それが正解だったら残りは追及しないであげるわ」
「言ったな? 嘘は許さないぞ」
「言ったけど。そういう態度に誠意が感じられないのよね、ってのが今14個目になったわ」
「いくつでも増やせばいい。3つ当てれば俺の勝ちだ」
「当てるって言わない。そういうところよ? 勝ち負けでもないし」
苦しい戦況の中で勝ち筋を見出した弥堂は挑発的な態度をとるが、白けたような目を返されただけだった。
「いいだろう。1つは『来るのが遅かったこと』、2つ目はあれだ……『商売女呼ばわりしたこと』、あと3つ目は、なんだ……? じゃあ、『扱いが雑だったこと』でいいか? どうだ?」
「どうだじゃねーんだわ」
あまり反応のよくない彼女へとりあえず視線を強めてゴリ押ししてみたが、華蓮さんは思わず口調を崩してしまったことを恥じらったのか、取り繕うように咳ばらいをしただけで全く通らなかった。
「とりあえず合ってはいるけれど、言い方が気に食わないわね。許してあげるのやめようかしら」
「騙したのか? そういうことなら俺にも言い分はあるぞ」
「騙すもなにもキミが悪いことは確定してるのが前提なんだけれど。まぁいいわ。なに? 聞いてあげる」
「まず、確かに来るのが遅かったが別に遅れたわけじゃない。俺は20時までには行くと言ったし、実際にその範囲内で到着した。厳密には俺は悪くない」
「厳密には20時を3分過ぎてたわね」
「店には20時までに到着していた。エスコートがモタモタしてたせいで過ぎたんだ。俺のせいじゃない」
「へぇ? マキちゃんと遊んでたんだ……?」
「……別にマキさんだとは言っていない」
息巻いて攻勢に出た弥堂だったが鋭いカウンターを打ち込まれ秒で劣勢となり、彼女から向けられるジト目から目を逸らした。
「この件はキミの言い分を全部聞いた後にまた追及します。さ、続きを言いなさい」
「……2つ目と3つ目は同じだ。確かに商売女呼ばわりしたし扱いも雑だったかもしれない。だがあの時俺とアンタがグルだとバレるわけにはいかなかった。その為の演技であって本心じゃない。だから悪くない。むしろ今後のアンタとあの客との関係に配慮をした結果だ。なんなら礼を言ってもらいたものだな」
「そう。ありがとう。で? 言いたいことはそれで終わり?」
「……終わりだ」
無言のまま彼女に半眼で見つめられる。重苦しい時間が何秒間か続いた。
やがて華蓮さんが諦めたように表情を緩める。
「ほんとにもう……、相変わらずなんだから。私が慣れちゃったのかしら? 上手に取り繕って心にも思ってないのに口だけの言葉で謝るよりは誠実だって思っちゃうのは……。あと、謝りたくないからって一生懸命言い張ってるのもなんか可愛いって思っちゃうし……」
頬に手を当て困ったように溜め息を吐く。
華蓮さんは『Club Void Pleasure』の不動のナンバーワンキャストであり、店の経営に口を出せるほどの影響力を持って君臨する女王様であったが、弥堂を甘やかす悪癖があった。
そのため、弥堂のクズさに拍車がかかりこのような理不尽男になったのは彼女が原因なのではと、そんな噂が一部で実しやかに囁かれていた。
弥堂としては「ナメるな」と言い返したいところであったが、今それを言ってはいけないと判断できるくらいの分別はあったので口を噤む。
それに実際に彼女には本当に世話になったので他の者を相手にするほどには強く出られないのも事実ではあった。
なので撤退を試みる。
「納得をしてくれたようでよかった。では俺はもう帰る。また何か頼む時は連絡しよう。では――」
「――待ちなさい」
しかしそれも敢え無く失敗する。
「まだ許してあげるとは言っていないわ」
「……話が違うぞ。条件は満たしただろ」
「そうね。でもキミが挙げたものの中に私が一番重視してることが含まれてなかったから気に食わないわ」
「だったら先にそれを言っておけ」
「言ってもキミ絶対間違うじゃない」
「それは見解の相違だな」
「そうかしら? まぁいいわ。許して欲しかったら、『華蓮さん、キミが居ないと俺は生きていけない』、そう言いなさい」
「話にならないな」
「あら、生意気な態度ね。じゃあ代わりにキミのダメだったところを今から全部追及します――」
「おい、待て――」
顔色を変えて華蓮さんを止めようとしたが間に合わなかった。
「――1.遅い 2.グラスを割った 3.床を汚しました 4.テーブルの上にも乗ったわね 5.あのお客様と繋いでくれとは頼まれたけれど脅迫するなんて聞いてないし 6.そもそもなんで仕事のことでしか連絡してこないの? 7.ていうか店内は撮影禁止よ。お客様のも従業員のも個人情報を守る必要があるわ 8.それに私、裸なんだけど? 9.犯罪にお店を巻き込むんじゃないの 10.あとなんなの? 演技だかなんだか知らないけど私をあんな風に他人扱いするなんていい度胸ね 11.それ以外にも私をあんな雑に扱っていいと思っているの? 12.商売女は蔑称じゃないわ。ナメないで 13.全体的に色々ひどすぎるわね。いつものことだけれど 14.誠意がないわ 15.メッセ返さないのもそうよ。なんで返事してくれないの? 16.ていうか何でちゃんと私に会いに来ないの? 17.あんまり心配をかけないで 18.ねぇ。キミ、マキちゃんと…………って、ちょっと。ちゃんと聞きなさい。なんで白目になるのよ」
「……14個だって言ってなかったか?」
「あら、そうだったかしら。自分で思ってたよりも多かったわね」
「もう勘弁してくれ」
「じゃあ、言わなきゃいけないことがあるわね……?」
「あぁ。華蓮さん、俺はキミが居なければ生きてこられなかった」
「……気に食わないわね。けど、ふふっ……、いいわ……許してあげる」
口ぶりとは裏腹に彼女は笑い優雅に足を組み変える。
「こっちに来て座りなさい。少しは時間あるんでしょ?」
「……あぁ」
「じゃあ、私とお話しましょう?」
外様の強力店舗に押される裏路地の店舗の中でも数少ない、表通りに対抗できる地元店最後の砦とも謂われる人気嬢の完璧な笑顔の圧力に屈することにした。
諦めた様子で近づいてくる男に、胸の下で腕を組んだ女は愉しそうに笑う。
「――それはいいんだが……」
「ん? なぁに?」
「なんで服を着ないんだ?」
ビキっと、パーフェクトなキャバ嬢スマイルが引き攣った。
「今更かよ……っ!」
一転してギロリと険しい眼差しを向けられ、どうもここを出る前に失態ポイントは20を超えてしまいそうだなと、弥堂は溜息を吐いた。
「――舐められたんだけど?」
ソファーから立ち上がりズカズカと歩いて目の前で立ち止まると、不機嫌顏の華蓮さんは自身の胸を指差しそう言った。
「それがどうかしたのか?」
言葉どおり心底わからないといった顔をする弥堂に華蓮さんの目が一層怒りに染まる。
「よろしい。さっき保留した話の続きをしましょう……、こら、そんな嫌そうな顔しないの。キミが悪いのよ」
「もう謝っただろ……」
「そうね。一言も謝ってないけど、謝ったって体にしてあげてその上でキミがちゃんとわかってないから追及するの」
「お手柔らかにな」
うんざりとした顔をしつつも一応は聞く態勢をとる馬鹿な男に満足気に頷くと、彼女は人差し指を立てて講釈を始める。
「言ったわよね? 20時には来いって」
「だからそれは――」
「こうも言ったわ。20時にはもうヤられちゃうからそれよりも早く来いって」
「…………」
「なんで服を着ないのかって? キミが遅かったせいで裸にされたんだけど? 舐められましたけど?」
「……服は半分着てるだろ。裸じゃない。半裸だ」
「……反論はそれでいいの? 苦しくない?」
「うるさい」
言い返すためだけの反論しか思いつかなかったが、とりあえず手を出し続けることが重要だと思った弥堂はそれを実行した。しかし返ってきたのは呆れたような目と言葉だけだ。
「しかもギリギリ間に合わなかった理由がマキちゃんと遊んでたですって? 私におじさんの相手をさせて?」
「マキさんは関係ない」
「今日のこのフロアのエスコートはマキちゃんが担当よ。私がそんなこと把握してないとでも? 仮に別フロアの担当だったとしても、キミが来ると聞いてあの子が出しゃばってこないはずがないわ」
「……確かにマキさんがエスコートをしたが別になにもない。大した話もしていないしな」
「へぇ? さっきエスコートのせいで遅くなったって言ったわよね?」
「……ミスだ。エスコートとフロントを言い間違えた。正確にはフロントでマサルの無駄口に付き合わされたせいだ」
「ダウト。相手があの子の場合、本当にキミの都合が悪くなるくらいに拘束されたら殴り倒してでも先に進むでしょ? でもキミってマキちゃんには妙に甘いわよね? 私が気付いてないとでも思った?」
「そのような事実はない」
弥堂は毅然とした態度で言い切ったが、相手はこれっぽっちも信用していないといった態度だ。
しかし俄かに彼女の咎めるようなジト目が、何かを憂うような真剣味を佩びたようなものに変わる。
「……ねぇ? あの子がキミにちょっかいをかけてくるのはコワイもの見たさと、私を挑発して反応を楽しむためよ?」
「わかってる」
「私はこういう女だからいいけど、あの子は引き摺り込んじゃダメよ。ちゃんと帰れるとこがある子なんだから、私にさせてるようなことは絶対にさせちゃダメ」
「わかってるよ。大丈夫だ」
「じゃあ何にもしてないわね?」
「もちろんだ。キミの居る場所でそんなことするわけないだろう? それくらいの分別は俺にもある」
「……そう。それが訊きたかったわ」
また表情が変わり、今度は妖しげなものになる。
弥堂にはそれは獲物を見つけた肉食獣の顏に見えた。
まだ20代の半ば程の年齢のはずだが、10代の頃から自分の身一つでこの業界で生きてきたのは伊達ではないということかと感心をする。
弥堂の担任教師の木ノ下 遥香も同じくらいの年齢のはずだが、それと比べても圧倒的に迫力があるし、大人びているように感じた。
「今、他の女のこと考えたでしょ?」
「そんなことはない」
「嘘」
「……担任教師を思い浮かべた。キミと同じくらいの歳だったなと。比べるべくもなくキミの方がいい女だと思ったところだ」
「そう。それなら許してあげる」
寛容な態度で機嫌よく笑う。
質の悪いおべっかで気をよくした――ように振舞ってくれている。
「……ところでそろそろ服を着たらどうだ?」
「どうして話を逸らしたのかしら?」
「そんなことはない」
「だったら別にいいじゃない、服くらい」
「服を着ていないのは問題だろう」
弥堂は常識を説くことで少しでも優位に立とうと路線変更をする。
「なによ? 私のカラダのなにが問題なのよ。まさか見苦しいって言うつもり? 見られて恥ずかしくないカラダにしてるつもりだけど?」
「そうは言っていない。常識の話だ。男の前で『用』もないのに
「にゅうぼうって……、実際の会話の中でその単語聞いたの生まれて初めてかもしれないわ……。ていうかキミ、別に私の胸くらい見慣れてるでしょ?」
「まぁ、それはそうだが……」
「言ったわね?」
「あ?」
穏やかに話をしていたと思ったら突如ギロっと鋭い目を向けられた。
「気に食わないわ」
「なにがだ」
「目の前で私が裸だっていうのになんなの? その淡泊な反応」
「慣れてるからだって今自分で言っただろ」
「それが気に食わないって言ってるのよ。女として屈辱だわ。本当に気に食わない」
「それはもうイチャモンだろう」
「イチャモンですって……? 私絶対忘れないから。キミがここに入って来て私がオジサンに押し倒されてるのを見た時のリアクション……っ! なんなの? あの『まぁ、そりゃそうだよな』みたいな顏。目の前で私が他の男に胸を舐められてるのよっ? なんとも思わないの……っ⁉」
喋っている内に段々と熱が入って来たのか、段々と捲し立てる口調が強くなっていく。弥堂はなるべく言い返さないように努めているので苛々してくる。
「あれは演技だと言っただろ」
「演技? 嘘ね。キミはそういう子よ」
「そんなことはない。俺がアンタを使い捨てにしているなんて思われるのは心外だ」
「違うわ。例えば私がキミの恋人だったとしても、私が他の男と寝てもキミはなんとも思わない。そういう子だって言っているの」
「それは誤解だ。心苦しいと思ってるよ」
「……普通はそんな一言じゃ済まないのよ」
侮蔑の眼差しを受けながら弥堂は苦しいなと思う。
基本的に頭の回る女と言い合いをしても勝つのは難しい。
だから弥堂は強引な行動に出て有耶無耶にしたり、相手が混乱している間に言質をとったりすることを得意としている。
その手法を使えない相手とやり合うのは非常に苦しいなと感じていた。
半ば諦め、半ば作業的に、惰性で反論を続ける。
「そうは言うがな。俺が今日ここに居ようが居なかろうが、俺のスタンスやキミとの関係性がどうであろうが、結局のところそれは関係ないだろう?」
「どういう意味?」
「だから、俺が居なくても結局それがキミの仕事だし。いつもやっていることだろう?」
「はいアウト。私だからいいけど、それ他の子には絶対言っちゃダメよ。まだ割り切れきってない子とかは普通に傷つくからね?」
「こんな話、アンタとしかしないから大丈夫だ」
「……それはおべっかを使ってるつもり?」
「本心だ。俺とこんなに話をしてくれる人は他に居ない」
「……気に食わないわ。私みたいな年上のプライドの高い女のあしらいかたを知っているのが。私と出会う前に他の女に仕込まれてるのが本当に気に食わない」
「考え過ぎだよ。今度部屋に行く。それでいいだろ?」
「……もう『帰る』って言ってくれないのね」
「わかった。今度帰る。それで許してくれ」
「……嘘つき。もういいわ」
一気呵成に詰め倒してきたかと思えば、今度はこれ見よがしに目の前で落ち込んでみせる。彼女こそ男を弱らせる方法を熟知しているとは思えど、それを言っても得にはならない。口を閉じるしかないのだ。
『めんどくせえなこのメンヘラが』というのが紛れもない弥堂の本心なのだが、自分に都合の悪いことを言う女を頭ごなしにメンヘラ扱いして跳ね除けては、それこそルビアやエルフィーネに叱られてしまう。
なのでこのまま相手の気が済むまで愚痴を聞き流すしかないと弥堂は白目になる。
まさしく華蓮さんの言ったとおりの男であった。
しばらくオートモードで相手の言うことに肯定の意を示す時間だけが過ぎる。
やがて華蓮さんの語調が少し緩み、会話に間隙が出来る。
弥堂はオートモードを解除した。
「……そろそろいいだろ? 喋り過ぎて疲れたんじゃないか? 少し休憩にしよう。何が飲みたい? とってこよう」
「テメーそのままバックレるつもりだろ? ナメんじゃねえぞこの野郎……ッ!」
「華蓮さん、口調」
「あらいけない。ふふっ……、飲み物ならここにいっぱいあるから気を遣わなくてもいいのよ?」
突如ドスのきいた声で恫喝をしてきた彼女にそれを指摘すると、華蓮さんはコロッと表情を戻してパーフェクトスマイルを貼り付ける。
高校を中退してからずっとこの業界で生きている華蓮さんは元ヤンだった。
「でも、そうね……。飲み物はいいから代わりに何かをしてもらおうかしら」
(やっとか……)
弥堂は内心で安堵の息を吐く。
これは要は手打ちの合図だ。
ひとまず気は済んだからあとは簡単な要求を飲めば許したことにしてやる――そういった意味の宣言である。
しかし、注意しなければならないのは、こちらからそれを言い出してはならないということだ。効率がいいからと最初から『何でも言うことを聞くから許せ』などと言ってしまおうものなら、どんな法外な要求をされるかわかったものではない。よっぽどの全面降伏でない限りは決して口に出してはならない。
肝心なのは彼女の気が済んだかどうかなのであり、賠償金の額の多寡ではないのだ。
それがわかっていつつも、何度もミスを犯しながら生きてきたのが弥堂 優輝という男なのではあるが、この場ではどうにか耐えることに成功した。
「いいだろう。要求を言え」
「……なにそれ?」
唇に人差し指を当てながら答えを探すフリをして宙空に遣っていた目線をジロリと向けられる。
「言い方が可愛くないわね。気に食わないわ」
「……キミの喜ぶことがしたい」
「初めからそう言いなさい」
言いながら華蓮さんは組んでいた腕を解き大きく横に広げて不敵に笑う。
高いハイヒールには履き慣れているため磨き上げられたその肌は重力の余韻でしか揺れない。
弥堂の顎先あたりの高さから見上げながら見下ろすその瞳には自信が満ち溢れていた。
潤った果肉のような唇が動く。
「私に服を着せなさい――」
服を着るという社会人として当たり前のことすら一人で出来ないと言う成人女性に弥堂は胡乱な瞳を向ける。
「何言ってんだ、アンタ」
「なによ。キミのせいで脱がされたんだからキミが着せる。当たり前でしょ?」
「俺が居ない時は自分で直してるんだろ?」
「そうよ。いつもしてるし、さっきのお客様とだって何回かしてる。これからもするわ。でも、それをキミに見られるってことは全然意味が違うのよ。私がなにも傷ついてないとでも思った? 普通はキミみたいに大丈夫なわけではないのよ」
(俺はただ慣れているだけだ)
そのように浮かんだ反論は心中だけに留める。
「……わかったよ。アンタの言うとおりにしよう」
「ふふ。いい子ね」
傷ついているはずの女が満足げに笑うのを尻目に、とっとと済ませようと弥堂は彼女の腰から垂れさがっているドレスの布に手を伸ばす。本来は上半身を覆うための部分だ。
「ちょっと。なにしてるの?」
「……? これを首の裏で結べばいいんだろ?」
早速ダメ出しをされ、手に掴んだドレスの紐を怪訝な眼で視る。
「そうだけど。その前にちゃんと下着も着けてよ」
「そこまで俺がやるのか?」
「そうよ。当たり前じゃない」
「今日は俺の当たり前が世間の当たり前とはいくつか離れていることが知れてよかったよ」
「そう。どういたしまして」
憎まれ口すらあっさりと受け流され弥堂はせめてもと舌打ちをする。
「こら。舌打ちしないの」
「……そんなことよりおブラはどこだ?」
周囲を見渡すがそれらしき物が見当たらないため問う。
「そこにあるじゃ……、ちょっと待ちなさい。おブラ……? なによそれ」
「おブラはおブラだろ」
「なんなのその言い方はって聞いているのよ。なんで『お』を付けるの? 気持ち悪い」
「掟だ。部活の上司にな、そうするよう強く言いつけられている」
「部活って……、ねぇ……? キミだいじょうぶ?」
「なにがだ」
突如素に戻ったような態度で心配そうな目を向けられた。
「キミ、学校で友達とかどうしてるの?」
「別にどうもしていないが」
「……どうせ不良グループまっしぐらだろうなって諦めてたけど、まさかオタクグループに入っているの? ごめんなさい。私がもっと気にかけてあげるべきだったわ」
「そのような事実はない」
「どうしよう……、屈辱だわ。ウチの子のカーストが低いなんて……。ねぇ? 授業参観とか三者面談とかで保護者が必要な時は言いなさいよね? ちゃんと私が行くから」
「やめろ。担任がアンタと同じ歳くらいなんだ。遠慮してやってくれ」
三者面談に自分と歳の変わらないキャバ嬢が保護者として現れたら、あの気の弱い担任教師は卒倒してしまうだろうと、面倒ごとの気配を察知した弥堂はやんわりと断る。
「イジメ……られることはまずないだろうけど、寂しくなったらいつでもメッセしてね? 電話でもいいわ。接客中以外ならすぐに返すから……」
「余計なお世話だ」
「だって……、キミ絶対友達いないでしょ? せっかく高校行ったんだから友達とメッセしたりとか普通の青春ぽいことして欲しいなって……、私は出来なかったから……」
事情があって高校を中退した彼女には、自分の分も弥堂には普通の青春を経験して欲しいという想いがあった。
だから、今から1年と少し前、彼女のところに転がり込んでチンピラのようなシノギをしながら生活していた弥堂が、ある日ちょっとしたキッカケから高校に通ってみようかと興味を持った際に強く勧めてきて、おまけに費用の全てを負担してくれたのだ。
(くだらない代償行為だ)
弥堂としては本心ではそう考えていても、彼女に恩があるのは事実だし、自分でも『普通の高校生となる』必要があると考えての行動なので、態度には出さずに受け入れている。
実際のところ、工面してもらった金はもう返せるのだが、彼女の方が一向にそれを受け取ってくれないので、彼女の元を離れた今も借りを返せぬまま中途半端に関係が続いている。
そして『普通の高校生となる』、それ以外にもいくつかある彼女の代償行為に与してしまっている。
それを切り離せないのも、言葉にして彼女を詰れないのも――
(――俺も他人のことを言えた義理じゃないか)
沈痛な空気を挟んでいても仕方がないので口を開く。
「……心配するな。それくらいの相手はいる」
「……本当に?」
「あぁ。先日もクラスメイトからID交換をしようって言われて何度かやりとりをした」
「……でも、どうせカースト底辺のオタクなんでしょ?」
「そんなことはない。ギャルだ」
「……ギャル、ですって?」
「あぁ。しかも学園内でもトップクラスに容姿が優れているとか言われてる女だ。カーストは高い」
「……へぇ」
「……なんだ?」
華蓮さんを安心させようと事実を述べたら何故か違った意味で空気が重くなった。
「……そう。カワイイんだ。ギャル……、JK……、クッ……、Jッ! Kッ……!」
「なにかマズイのか?」
「いいえ! というか、普通に仲がいいってことよね……?」
「別に仲がいいというわけではないがな。まぁ、問題ない」
「本当に……? セフレとかじゃなく……?」
「そういうんじゃない」
「まさか……、なにかシノギに使おうとしてる……?」
「……そのような実績はない」
弥堂はさりげなく目を逸らしながら現状での事実を伝えた。
「というか、アンタが心配するから言ったんだろ。なにか問題あるのか?」
「……別に。ただ、JK……、JKね……」
「JKがダメなら今度はオタクの友人を作ることにするよ」
「ダメよ。オタクは絶対ダメ」
「何故だ?」
「だってなんかダサイじゃない。ウチの子がオタクとツルんでるなんて私イヤよ」
元ヤンの華蓮さんはオタクに偏見を持っていた。
しかし、今度は弥堂がそれを聞き咎める。
「おい、オタクになにか文句があるのか?」
「だってキモイじゃない。ハマれば金払いはいいけど、でもたかが知れてるし、なに喋ってるかわからないし」
「ふざけるなよ。貴様我が部の部長を侮辱するのか? 許さんぞ」
「えっ⁉ なに……⁉ 私よりもその部長の方がカースト上なの……⁉ 今日一番のショックなんだけど……」
ガーンとガチショックを受ける華蓮さんに追撃をしかけたくなるが、このままではまた口論になると弥堂は我慢をし、話題を戻すことにした。
「もういいだろ。それよりおブラだ。おい、早くおブラを出せ」
「……そのキモイ言い方本当に気に食わない。けど、いいわ。ほら、そこのソファーにあるでしょ?」
「ソファー?」
さっきも見た場所ではあるが、言われて改めて眼を向ける。
しかし、ソファーの座席にあるのは女性ものの小さなハンドバッグと見慣れない楕円形のシートのような物だけだった。
「ないぞ」
「あるでしょ。そこ。ヌーブラ」
「おヌーブラだと……?」
つい最近覚えたばかりの単語を聞き、弥堂は眼に力をこめて再度それを視た。
「……あの剥がした湿布みたいな丸いやつか?」
「湿布って言うな。でも、そうよ。それよ。とってきなさい」
かつて生活費という餌をくれていた年上の女性に命じられ、フリスビーを投げられた犬のようにヌーブラを取りに行く。
「ていうか、なによおヌーブラって……。気に食わないわ」
「文句が多いぞ」
「なんで『お』なの?」
「女性の下着に敬意を表すために『お』を付けろと言われている」
「パンツは?」
「もちろん『おパンツ』だ」
「キメェ」
吐き捨てるような顏で毒づく彼女を尻目に座席に乗せられたそれを手に取る。未だ経験のしたことのないような不思議な感触に戸惑った。
「でも、それじゃおヌーブラっておかしくないかしら?」
「そうか?」
「だってブラジャーとかパンツとかって下着の種別?に『お』を付けてるわけでしょう? ヌーブラはヌードブラジャーなんだから『ヌーおブラ』じゃない?」
「しかし有識者の意見では『おヌーブラ』だと聞いたんだが」
「なによ有識者って……、オタクの部長でしょ?」
「いや、部長ではない」
「じゃあ誰が――って…………、おい、さっき言ってたギャルだろ? そいつに聞いたな?」
「……そのような事実はない」
「やっぱりセフレでしょ?」
「違う」
「……じゃあ向こうが色目使ってきてんのか」
疑惑の眼差しを向けられ、このまままた詰問が始まることを危惧した弥堂はしっかりと事実を伝えていく。
「そういうのじゃないぞ。あいつは」
「あ・い・つ……! 『あいつ』ねぇ……? ふぅ~ん……」
「勘ぐるな。本当にそういう相手ではないし、その予定もない。当然向こうもそんな気はない」
「なんもねぇ男に下着の話なんか振るわけねえだろ……、メスザルが……、ウチの子に色目使いやがって……。ねぇ、付き合う前に一回私に会わせなさいよ。審査してあげるわ」
「……機会があればな」
何故か疑心暗鬼に陥った保護者気取りの女に呆れた弥堂は適当な返事をした。華蓮さんの中ではそれが約束になったことに気付かず。
「あと。『ヌーおブラ』って言いなさい。『おヌーブラ』は気に食わないわ」
「どうでもいいだろ」
「ダメよ。掟よ。ヌーおブラの方がカワイイし」
「わかったよ。それより、こんなもんどう着けるんだ? バンドがないぞ」
「バンドって言うな……、それは貼るのよ。シールみたいに」
「貼る?」
首を傾げながら手に持ったヌーおブラをひっくり返してみる。その際に指を動かすと親指の腹に粘着性を感じる。
「なんだこれ……? ベトベトしてるぞ」
「だからそれを胸に貼ってから、ホック付いてるでしょ? それで留めるの」
「へぇ……」
指を離す時の剥がれる感覚、再び指を付けて押し込んだ時のムニっとした感触。生返事を返しながら無心で何度か繰り返す。
「……気に入ったの?」
「そんなわけがあるか」
「ねぇ……? もしかしてオタクになっちゃったの? 前は下着に夢中になる性癖なんかなかったじゃない」
「性癖じゃない。未知の物だったから少し気になっただけだ。胸パッドともまた感触が違うんだな」
「胸パッド……?」
「ん? 胸パッド? なんだそれは?」
「今言ったでしょ?」
「言ってない。気のせいだろ」
失言をゴリ押しで誤魔化したが、華蓮さんの疑惑はより深まることとなった。
自らの与り知らぬところで、見知らぬキャバ嬢のお姉さんに敵視される。
今回もなにも悪いことはしていないのに、希咲さんは可哀想なことになった。
「とりあえず貼ればいいんだな」
「ちょっと待ちなさい」
また何か面倒な追及をされる前にと、行動に移そうとした弥堂だったがまたも止められる。
「今度はなんだ?」
「その前に拭いてよ。舐められてからそのままで着たくないわ」
「…………」
反論の言葉が思いつかない程に呆れていたらそれを同意と取られたのか、華蓮さんはテーブルの上からブランデーのボトルを取ると口を開け、手に持ったハンカチに中身をかける。
床に敷かれたカーペットに高級そうな琥珀色の液体が零れ染みこんでいく。
途端に漂ってくる臭いに弥堂が顔を顰めている内に彼女は準備を終えてしまった。
「はい。これで拭いて」
「酒はなんなんだ」
「消毒よ。なぁに? その顔は。相変わらずお酒ダメなの?」
「別に」
「男なんだから呑めた方が得するわよ?」
「別に呑めないとは言っていない。臭いと存在が嫌いなだけだ」
「これ高いのよ? 1本18万もするんだから。お水価格だけれど」
「なおさらだな。自分の正気を失わせる物にわざわざ大金を払うなど理解に苦しむ」
「気難しいわね。まぁいいわ。さ、はやく」
酒に対する苛立ちで忘れていたが、自分が今とんでもなく意味不明なことを命じられていたのを思い出す。
だが、もう面倒になっていたので素直に従うことにした。
「……ん…………」
右の胸の下に左手を挿し入れて重さを支える。
右手に持った濡れたハンカチを押し当てて上下に動かした。
「……冷たいわね」
「酒なんかぶっかけるからだろ」
「なんか消毒になる気がしたのよ。すごい冷えそうで気に食わないわ」
「じゃあ、おしぼりにするよ」
テーブルにあった未使用に見える丸まったおしぼりを広げてハンカチと替える。
「……んぅっ……、ちょっと、強く擦らないで……っ! 肌が痛むでしょ」
「そんなに力は入れてない」
「きっと生地が悪いんだわ。どこの業者よ」
「地下のピンサロと同じ業者らしいぞ。大分経費が浮いたと前に黒瀬さんが喜んでたな」
「……たまに広げると中からそれっぽい毛が出てくるんだけど……」
「そういうことだろうな」
「すぐに業者を変えさせるわ! 安ければいいってもんじゃないのよ……っ! あぁ、気に食わない……っ!」
「あの人経費削減の鬼だからな……、ほら、もういいだろ」
終了を報せる合図に横からピシャっと軽く叩く。
すごく軽蔑をした目で見られた。
「本当にキミ、そういうところよ」
「別にいいだろ。これくらい。で? 次は?」
「だから貼るのよ。先に貼り付けてそれから真ん中でホック留めるの」
「こんなもんちゃんとくっつくのか? それならそれでかぶれたりしないのか?」
「大丈夫よ。だから、あと、痛くならないように……あ、こら――」
まだ説明の途中だったようだが、適当にビチャッ、ビチャッと貼り付けた。
そのままホックを留めようと中央へ引っ張る。
「待ちなさい。適当にやらないでよ」
「貼れと言ったのはアンタだろうが」
「ちゃんと貼ってって言ってるの。こんな変な貼り方してなかったでしょ? 形崩れちゃってるじゃない」
「俺にその『ちゃんと』がわかるわけがないだろう」
「えー? ていうかヌーブラ前に見せたことなかったっけ?」
「ない。初めてだ」
「そうだったかしら。まぁいいわ。一回剥がして。やり直し」
「……めんどくせえな」
「本音を言わない――って、痛いっ……! そんな乱暴に引っ張らないでっ」
「乱暴になどしていない」
「してたでしょ。摘まんで引っ張られたみたいに伸びてたじゃない」
「知るか。それはアンタのコンディションの問題だろ」
「いいから着ける時も外す時も優しく慎重にやりなさい……、あ、これ使って」
「なんだこれは」
手渡された丸いシールのようなものを不審気に睨む。
「保護パッドよ」
「何に使うんだ?」
「デリケートな部分にこれを当ててからブラ貼って」
「デリケート?」
「キミが今引っ張ったとこよ」
「あぁ……、なるほど」
華蓮さんは察しの悪い男へ胡乱な瞳を向けるが、弥堂はたかが乳の1個や2個のために色々とややこしいことをするのだなと感心していたので気にならなかった。
「じゃあ、とりあえず片方だけ斜めにして貼って」
「斜め?」
「そう。えーと……、外側から合わせる感じで……そう、それで下から持ち上げながら、貼っていって……、最終的にホックがおへその方に向いてればいいかな……」
「おい。この保護なんとかに納まらないぞ。ひっこめろ」
「ムチャ言わないで。そんな簡単に引っ込むわけないでしょ。大体キミが触ったからこうなったんじゃない。あと、ちゃんと納まるから。失礼ね」
「触ってないが。これを始める前からずっとそうだっただろ」
「……へぇ。生意気じゃない。いいわ。もっと遡って元はといえば誰が原因だったか話しあう?」
「いや、結構だ。それより続きを。教えてくれ。興味がある」
「それもそれでどうかと思うわよ? その場凌ぎで適当なこと言うのやめなさいって何度も言ってるでしょ?」
年上のお姉さんに叱られながらキャバクラの店内でキャバ嬢にヌーおブラを貼り付ける。
我がことながら、何がどうなったらこのような事になるのか、人生とは一体何なのだろうかと嘆きたくなる。つまりは、彼が本当に興味を向けなければならないのは、己の行動と人間関係の業なのかもしれない。
弥堂が人の生の無常を思っていると、腰に回されていた手でペチペチと尻を叩かれる。
「はい、白目剥いてないでもう片方も」
「……あぁ」
「……うん、いいじゃない。上手よ」
「そりゃどうも。役に立つ機会などないだろうがな……、貼ったぞ」
「左右のホックの間が手がひとつ入るくらい空いてればOKよ」
「入らねえぞ」
「キミの手大きいからね。うーん……、まぁこれでいいでしょう。留めて」
「これじゃ留められないんじゃないのか?」
「いいから」
「わかったよ」
指示に従いグイっと左右から引き寄せて中央で合わせると、思ってたより簡単にホックが噛み合う。
「これでいいのか?」
「まぁ、いいかな。細かいところは後で自分で直すわ」
「最初から自分でやればいいだろ」
「これも勉強よ。それより、どう? 綺麗に谷間出来てるでしょ?」
どこか楽し気な華蓮さんは胸の下で組んだ腕で持ち上げてみせながら、パチッとウィンクをしてポーズをキメる。
弥堂は無感情な眼で自らの作品とも謂えるその谷間を視た。
「……ここまで手間をかけるほどの意味があるのか?」
「もちろん」
「そうか。まぁいい。では次だな」
「ん? つぎ?」
「あぁ。この後に分厚いパッド突っこみながら補正おブラを着けるんだろ? どこにある?」
「……なにを言ってるの?」
「ん? 違うのか?」
「いや、そんな物々しいこと…………、あぁ、なるほど……、ふぅ~ん……」
意味のわからないこと言い出した弥堂に怪訝な目をしていた華蓮さんだったが、何かを察知して表情を変える。
しかしそれは不機嫌なものではなかった。
「補正ブラ……、パッド……、シリコンブラ…………。ふふっ……、カワイイものね……」
何やら納得をした様子の華蓮さんは、目の前の男を通した向こう側にいるであろうギャル系JKに遠隔でマウントをとり、溢れ出る自信と優越感に身を浸す。
「いいのよ……、ふふふ。大丈夫。それらは『私には』必要ないから。うふふふ……」
「……? そうか。じゃあ終わりだな」
「えぇ。あ、そうそう。ちょっと私のバッグとってちょうだい」
「わかった」
言われたとおりにソファーに置かれたハンドバッグを取りに行くため弥堂がこちらへ背を向けた瞬間、華蓮さんは悟らせぬよう自身の胸をポインポインと揺らし勝利の悦びに酔う。
所詮はガキか、とまだ見ぬギャルJKを見下し、圧倒的勝者の余裕から彼女へ塩を送ってやることにした。
「これでいいか?」
「えぇ、ありがとう」
「もう帰っていいか?」
「ダメよ。というかブラ着けただけでまだドレス直してないじゃない」
「……今やるよ」
「ちょっと待って。その前に……、はい、これ」
「……なんだこれは?」
「さっき使った保護パッドよ」
「こんなにいくつも渡されてもな……、アンタ2つしかないだろ? 犬や猫じゃあるまいし」
手渡されたのはまだパッケージに入ったままの、女の子のお胸のデリケートな部位を守護するためのヒミツ道具だった。
しかし弥堂にはその用途と意図がわからず眉を寄せる。
「私にじゃないわよ」
「どういう――まさかこの俺に付けろとでも……」
「そんなわけないでしょ。あの子にあげなさい。学校のギャル子ちゃんに」
「……どういうつもりだ?」
「ただの年上で経験もお胸も抱負なお姉さんからのお節介よ。キミ、補正下着だのヌーブラだのは知ってたけど保護パッドのことは知らないってことは、そのことだけ聞いてないんでしょ?」
「ん? まぁ、そうだな」
「それ、使った方がいいわよって教えてあげない。そうね。雑に扱ってると真っ黒になっちゃうわよとでも言っておきなさい。もっとも? もう既に真っ黒かもしれないけれど……、ふふふ……、あはは……」
「……了解した」
弥堂にはまるで意味がわからなかったが、何故かここは逆らってはいけないという防衛本能が働き、とりあえず受け取っておくことにした。
「じゃあ、ドレスを着せて仕上げてちょうだい。あぁ、気分がいいわ」
「……あぁ」
気味が悪いと思ったが口には出さず、垂れさがったドレスの紐に指を絡めて掴む。頭の後ろに腕を回して後ろ髪を持ち上げた華蓮さんの首の裏へその手を持っていく。
密着するような距離にまでなると、彼女は片手を弥堂の腰に回してくる。
緩く腰骨を撫でられた。
「ねぇ、学校楽しい?」
そのことに何か反応をするよりも、何かを思うよりも早くジッと見上げてきながら問いかけをされる。
「……あぁ」
「そう。勉強は大丈夫? ついていけてる?」
ドレスの紐を結び終わったタイミングで次の質問をされ、それに対する答えをどれにするかと思考をしているうちに、髪を持ち上げていた方の手を胸に置かれた。
紐を結び終えてまだ彼女の首の後ろに置いたままの両手に、重力に従った彼女の髪がパラパラと落ちてくる。
「……問題ない」
「そう。まぁ、ダメでも私じゃ教えてあげられないんだけどね、ふふっ……」
もしかしたらこの時が彼女の首にまわした手を引き返させるタイミングだったのかもしれないが、弥堂は両手を覆うように被された彼女の長い後ろ髪に囚われているような錯覚をし、何となく引き戻すことが出来なかった。
「ご飯はちゃんと食べれてる?」
「あぁ。金ならある」
「そうじゃなくって。ちゃんと自分で用意出来てるのって聞いてるの」
「大丈夫だ」
やわやわと胸を撫でられながら他愛のないことを訊かれる。
必要性の感じられない行為だが、逃げ遅れた自分が悪いと彼女の好きにさせる。
「洗濯はちゃんとしてる?」
「あぁ」
「嘘。してないからジャージなんて着てるんでしょ?」
「そういう理由で着てるわけじゃない」
「服ないの? 今度一緒に出掛けましょう。買ってあげるわ」
「持っていないわけじゃない。大丈夫だよ」
「本当かしら。キミそういうの全然頓着しないし……、あら? これ裏表反対じゃないの? 頓着しないどころの話じゃないわね。クソダセェな。あんまアタシに恥かかせんな」
「華蓮さん、口調」
「あらやだ。ふふ、恥ずかしい」
おざなりに体裁を繕いながら彼女は両手を弥堂のジャージの前を留めているチャックへと伸ばす。
首の下の隙間から手を挿し入れて内側に隠れたチャックを下ろしていく。
「ほら、腕抜いて。直してあげるから」
「やめろ。自分で出来る。ガキじゃないんだ」
「今日び小学生だってこんな着方しないわよ」
「裏表を間違えたわけじゃない。表は学校名がプリントされてるから隠すために裏返したんだ」
「学校ジャージかよこれ……。いたわ……、中学ん時とかに私服が学校ジャージのヤツ……。ウチの子がこんなクソダサ男子だなんて、許せないわ……」
「別にいつもこれを着てるわけじゃない。普段はちゃんと普通のジャージを着てる」
「結局ジャージなのね! もう許さないわ。キミが着る服は私が決めます。まぁ、ジャージは乾きやすいから洗濯は楽かもしれないけど、男一人の洗濯物の量なんてたかが知れてるでしょ?」
「洗濯などするだけ時間の無駄だ。衣類は全てクリーニングに出すことにした」
「は? そんなのお金がもったい……、って、なによこれ?」
ジャージのチャックを下ろして前を開くと中にはTシャツを着ていて、そのTシャツの上からベルトで小さなバッグのような物が身体に巻き付けられていた。
「……まさかチャカじゃないわよね?」
「違う。ただの小物入れだ。ジャージはポケットが少なくて不便なんだ」
「だったら着るんじゃないわよ。普通にジャケットでも羽織ればいいじゃない」
「それに着替える予定だったんだが時間がなかったんだ。急げと言われたからな」
「はいはい、私のせいね。ごめんなさい。あまりこんな物で上着を膨らませて歩かない方がいいわよ? 職質されるし。キミ、叩いたら埃しか出てこないんだから」
「…………」
ちょうど午前中に署に連行されて数時間拘束されていたので返す言葉がなかった。
「……はい、今度は腕通して……なんか汚いわね。よく見たら破れてるとこあるし、ていうかこれ、血……っ? キミもしかしてボコられたの?」
「転んだんだ」
「嘘言わないの……、でも中のシャツには付いてないわね。ちょっと顔をよく見せてみなさい」
「なんともないって言ってるだろ」
「いいから。んーー、でも顏にも傷はないわね……。てことは返り血?」
「転んだんだ」
「……まぁいいわ。さ、腕こっちに伸ばして……、ん?」
「ガキじゃないんだからいいって言ってるだろ……、どうした?」
そろそろ世話を焼かれるのが鬱陶しく感じてきて彼女を離そうとしたが、何故か華蓮さんがジャージの袖口をジッと見て黙ってしまったので、弥堂も訝し気な眼で無言になる。
「…………べつに。それより、やっぱり顏に傷があるみたいだからもう一回見せてみなさい」
「そんなものはない」
「あるから。口の端が切れてるみたい」
「なんだと? そんなはずはない」
「いいからっ」
語気を強めて顔を掴まれてしまい、弥堂は諦めて彼女の思うようにさせることにした。
自分が負傷しているかどうかなどもちろん弥堂は自分自身で把握しているので、完全に無駄な時間だと嘆息をする。
すると、ちょうど先程のハンカチを持った彼女の手が口元に近づいてきており、鼻息が彼女の肌に触れた。
「酒くせえな」
「…………」
せめてもの意趣返しにと悪態をつくが、彼女は無言でジィ……っと弥堂の唇を見ていて黙殺された。
やがて唇にハンカチをあてられる。
ごく薄い布を徹して彼女の指の感触が伝わる。
右から左へと布が引かれる。
撫でられているというようなものではなく擦られているといった感覚。
そうなるのはハンカチの布地の裏の彼女の指が強く唇を押し込んできているからだ。
数往復して彼女はハンカチを離す。
それから華蓮さんは拭き終わった後の布地をジッと睨んだ。
数秒ハンカチを凝視してそれから目線を上げて今度は弥堂の顏を数秒見る。
彼女がどういうつもりかは弥堂にはわからなかったが、長年の経験から『自分はこれから処刑されるのだ』と、この数秒の間にそれだけは理解した。
その間に彼女の視線は弥堂のジャージの袖口に向いている。
弥堂は反射的にその腕を身体の後ろへ回したくなったが、その前にガッと手首を掴まれ、『自分はもう助からない』のだということを悟った。
「ふぅ~ん……」
自身の目の前まで持ち上げた弥堂の袖口をよく見て、なにやら得心がいったように唸る。
続けて弥堂のすぐ傍、ほとんど抱き合うような距離にまで踏み込むと首筋で鼻を鳴らす。
それから一歩下がると弥堂の目を見てニコッとキャバ嬢スマイルを繰り出す。
「もう一回訊くわね?」
「…………」
「ケガしてない?」
「……さっき答えただろ」
「ケガしてない?」
「……してない」
「そう。じゃあこれは?」
言いながら弥堂の眼前にハンカチを出して彼にそれを見せる。
薄い青色のハンカチの生地には掠れたような紅色の跡がある。
「これはなにかしら?」
「それは……」
「ちなみに。私にはこれが血に見えるわ。だからキミがケガしてるんじゃないかって思ったの」
「…………」
彼女の表情は変わっていない。
貼り付けたような完璧な笑顔で口調も穏やかなままだ。
「でも。もしもキミがケガなんてしてないって言うんなら。そうしたら私にはこれが『別の違うもの』に見えてしまうわ」
「…………」
「でも勘違いしないで? キミを疑ってるわけじゃないの。私は寛容な女だからキミの言うことをそのまま信じるわ。信じたことにしてあげる」
「…………」
「だから、キミがケガをしてるって言うんなら。例えハンカチのコレや袖についたソレがどう見ても血に見えなくても、キミのジャージの他の血痕と全然色が違くても、キミからマキちゃんが付けてるのと同じ香水の匂いがしても。キミがそう言うんなら私にはコレが血に見えるの。見えてあげる」
「…………」
「じゃあ、最後にもう一回訊くわね?」
「…………」
「キミ、ケガしてない?」
「……してる」
「そう。じゃあコレはキミの血なのね?」
「……そうだ」
「ふふっ……、ふふふ…………」
彼女は全くといって怒ってなどいない。ただ、とても満足そうに笑った。
「…………なにをすればいい?」
「そうね。じゃあ、週に1回、私のところに洗濯物を持ってきなさい。一週間分ためて。私がやってあげる」
「いや、それは――」
「――知ってると思うけれど私の休みは水曜よ。次は3日後に逢えるわね? 楽しみだわ」
「待て、華蓮さん。俺は――」
「――ご飯も食べていきなさい。そろそろ私が作ったご飯、一度くらいは食べてくれてもいいんじゃない?」
「待ってくれ。予定があるんだ。その日は」
聞く耳もたずに上機嫌そうに決定事項を言い渡してくる彼女に何とかそれだけを伝える。
「キミにしてはつまらない言い訳ね。いつもはもっと驚くようなことを言うのに」
「言い訳じゃない。先約があるんだ。重要な仕事だ」
「へぇ……? 誰に会うのかしら? 守秘義務が……なんて許さないわ。私を納得させてみなさい。出来なければその予定はキャンセルよ」
「……朝比奈さんだ」
「……女でしょ?」
「確かにそうだが、だが安心しろ。朝比奈さんは人妻だ」
「は?」
スッと華蓮さんの表情が落ちる。
「待て。人妻と言っても人妻ヘルスの人妻だ。キミが考えているようなことじゃない」
「……驚いたわ。確かに私の考えているようなことをまた超えてきたわね。ていうかキミ、よくこの状況でそんなことが言えるわね。気に食わないわ」
ドンと弥堂の胸を突き飛ばし踵を返すとソファーの方へ歩いていく。
わかりやすく怒らせてしまったが、しかしこれならもう帰れるだろうと弥堂は密かにほくそ笑む。
「じゃあ、こっちに来なさい」
「……なんだと?」
ソファーに座り直しこちらを厳しい眼差しで見る彼女の言葉を訝しむ。
「なによ。なにをビックリしてるのよ」
「明日は学校なんだ。俺はもう帰るぞ」
「どうしてこの流れで帰れると思ったのよ。私がビックリだわ」
言葉どおりの態度で目を丸くする彼女が、自身の隣の座席スペースをポンポンと叩く。
「帰すわけないでしょ。前に教えたわよね? 他の女に気付かせない、女の痕跡の消し方。全然わかってないみたいだから補習よ」
「…………」
「ふふ……、長い夜になりそうね。せいぜい私の機嫌がよくなるよう、上手に相手をしなさい」
楽し気に笑う彼女の目はしかし、全く譲る気のないような色で。
どうやらこの夜はまだまだ終わりそうにないなと、一つ溜め息を吐いて自分を諦めさせソファーへ向かう。
どうせ帰ったところで碌な眠りなど訪れはしないのだから。
どうせ今日は明日に繋がることはなく、ただ今が連続していくだけだ。
ならば、どうせ何処に居ようとも変わりはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます