1章24 『微睡む破壊の種』

 シャラリと指に絡めたチェーンが啼く。



 手からぶら下がる鎖の先端に吊るされたのは逆十字に磔られた罪過の結晶。



 赤黒くこごり固まったティアドロップをゆっくりと左右に揺らす。



 身体の前へ手を伸ばしよく見えるように掲げる。




 水無瀬 愛苗みなせ まなの目の前で――




 コテンと首を傾げ、眼前で揺らされるペンダントトップを地面にペタンとお尻をつけたまま不思議そうに見てから、水無瀬は自身の前に立つ弥堂 優輝びとう ゆうきの顏を見上げた。



「なぁに? 弥堂くん」


「俺のことは見なくていい。黙ってこれを見てろ」


「これ? 見るの?」



 突然の奇行に一切の説明がなされなくとも、よいこの愛苗ちゃんは言われたとおりに目の前で左右に揺らされる異端の象徴である背信の逆十字をジッと見た。



 お行儀よく揃えた膝の上に手を置いて見ているうちに段々とペンダントの動きに釣られて目線がそれを追いかけるようになる。



「みぎー……ひだりー……みぎー……ひだりー……」


「よしいいぞ。呼吸も合わせろ」


「すぅー、ぱぁー、すぅー、ぱぁー……」


「オイッ! オイッ……! オマエぇっ!」



 水無瀬の顏の前でペンダントをプランプランさせながら指示を与えていると魔法少女のお助けマスコットであるネコ妖精のメロが声を荒げてくる。



「……なんだ?」


「なんだじゃねえッスよ! オマエまた脈絡もなくワケわかんねえこと始めやがって! これはなんのつもりッスか⁉」


「勝つ為の作戦だ。他に何がある?」


「さ、さくせん……?」



 ぶっきらぼうに答える弥堂の言葉にメロは困惑の色を強める。



「よし。いいか水無瀬。俺がこの指をパチンと鳴らしたらお前は俺の指示に従うことになる。疑問は一切感じない」


「したがう…………かんじない…………」


「そうだ。お前はただ指示に従い魔法を放つだけの装置となる」


「まほう……そうち……、すーぱー……?」


「そうだ。キミはスーパーだ」


「すぅー、ぱぁー、すぅー、ぱぁー……」


「なんスか、これ? まさか催眠術のつもりッスか? こんなチャチなもんに掛かるヤツいるわけ――」


「――3……2……1……」



 鼻で哂うように嘲るメロの言葉を無視して弥堂はカウントを開始する。カウントをした方がそれっぽいと思ったからだ。


 カウント0で指をパチンと鳴らすと、水無瀬の身体から力が抜けカクンと首が僅かに落ちる。スッと瞳からは光が消え視線の置き所が定まらなくなった。



「…………マナ……?」



 あまりに不審な水無瀬の様子にメロは急激に不安感が膨れ上がる。



「よし、復唱しろ。私は殺戮兵器です。希咲 七海ではありません」


「……わたしはさつりくななみちゃんではありません」


「ナニコレェーーーッス⁉」



 どこからどう見ても挙動がおかしい自身のパートナーの姿に、お助けマスコットはびっくり仰天した。



 そんなメロを他所に、弥堂は水無瀬へ不審気な眼を向ける。


 今回も完全に想定していた通りの反応をしているわけではないので、水無瀬から思ったような手応えが感じられなかったことに僅かながら不満を感じたからだ。



「……まぁ、いい。武器を構えろ。殺せ」


「オマエ……っ! マナに一体なにを――」


「かまえる……、ころします……」


「――キャアァァーーッ⁉」



 強い焦りを感じたメロは弥堂を止めようと喰ってかかろうとしたが、水無瀬の魔法ステッキから出現した光球のあまりに破壊的な魔力量に驚き、人間の女のように金切り声をあげる。



「ちょっ、待て……っ⁉ それはシャレに――」



 開いた掌を向けて制止を呼び掛けてきたボラフの声は無視され、水無瀬は無言で魔法を放った。



 先程よりもさらに大きさを増した光球は真っ直ぐに飛ぶ。



 しかし本体からは僅かに狙いを外し、ギロチン=リリィが慌てて触手を引っ込めると未だに燃え盛っていた背後の駐車場へと逸れていった。



 アスファルトを派手に抉りながら直進した魔法は炎も車もまとめて消し去り、魔法が消え去った後には破壊跡だけが残された。



「こ、これはちょっと笑えねえぜ……」



 完全に巫山戯る余裕を失ったボラフの真っ黒球体の横顔に冷たい汗が流れる。


 その様子を視て目を細めた弥堂はすぐに水無瀬に意識を戻した。



「余計な思考を取り除けばとりあえず真っ直ぐは飛ぶんだな」


「まっすぐ……」


「もう一回だ、水無瀬。魔法を出せ」


「まほう……、だします……」



 再びゴミクズーへ向けるステッキに先に大きなピンク色の光球が生まれる。



「もっと深く集中しろ。コツは教えてやる」


「もっと……、ふかく……」


「余計なものを全て意識から消せ。この『世界』に存在するのはお前と敵だけだ」


「せかい……、わたしと……てき……」



 視線の定まらなかった水無瀬の光のない瞳がギロチン=リリィを写す。



「敵は的だ。相手だと意識するな」


「てきは、てき……、あいてじゃない……」


「そうだな。あの花びらを見ろ。一枚だけでいい」


「はなびら……、いちまい……」


「あれが的だ。それを飛ばして狙って当てるんじゃない。その球をただ的がある場所に移動させるだけだ」


「ねらわない……、うごくだけ……」


「魔法はお前と的とを繋ぐ為だけのただの道具だ」


「わたしと……つなぐ……」


「息をするように簡単ことだ」


「いきを……する……」


「『世界』がお前にそれを許可している」


「せかい……ゆるす……」


「ただ、息を吸って吐く。お前にとっての魔法とはただそれだけのものだ」


「すぅー、ぱぁー」


「そうだ。お前はスーパーだ。何故なら『世界』がお前にその『加護ライセンス』を能えている」


「わたしは……、すーぱー……」



 魔法の光球がさらに大きさを増す。そしてそれ以上に内包される魔力が増し凝縮されその存在の強度が跳ね上がる。


 ボラフとギロチン=リリィの緊張が空間を通して伝わってきた。



「殺れ」


「やる」



 溜めもなくあっさりと射出された破壊の種は一直線にギロチン=リリィの頭部である花へと向かった。



 見て感じ取れるほどの滅びの気配。だが、速度はそれほどでもない。



 数本の触手を振り上げギロチン=リリィは迎撃した。



「キィィィィィーッ!」



 しかし触手は光球に触れた箇所からまるで蒸発するように焼き切れる。


 僅かな障害ともせずに進んだ光球はギロチン=リリィの花弁の一枚を消し飛ばし、そのまま真っ直ぐ突き抜け背後のショッピングモールの建物を抉り取りながら彼方へと消えていった。



「…………っ」



 消し飛ばされた花弁の隣に乗っていたボラフは一連の破壊の跡を茫然と見つめていた。


 揶揄し挑発をしようなどという発想は起きない。


 これは充分に自身を滅ぼすに足る魔法だと認識をさせられた。




「ふむ……、まぁいいだろう」



 攻撃の効果を認め、弥堂は一定の満足感を得た。



「次だ」


「つぎ……」



 命じられるままに次弾を生成する。



「マナ……? なんで……?」



 信じられないといった目で、メロは自身のパートナーを茫然と見上げる。


 訊きたいことや確認したいことは幾つもあるはずなのに続く言葉を紡げない。



 奇しくもその続きは敵であるボラフが継いだ。



「テメェッ! ニンゲン……ッ! コゾウッ! 一体何をしやがったぁっ⁉」



 余裕の一切を消し飛ばされた様子の悪の幹部を弥堂は無感情に視る。



「別に。ただのチャチな催眠だ。掛かる方がどうかしている、な」



 返ってきたその平坦な声にボラフの焦燥は加速する。



「催眠……? まさか――っ⁉ トランス状態に入ってんのか⁉」



 弥堂はもう的には構わず再び水無瀬に命じる。



「水無瀬。威力は過剰だ。少し削ってもいいから数を増やせ」


「かじょう……、かず、ふやす……」



 ステッキの先に浮かんでいた光球のサイズが半分ほどになり、代わりにその周りに数個の同じ光球が一つずつ生成されていく。



「――バカヤロウッ! そんな使い方すんな! 吸わせ過ぎちまうぞ! やめさせろっ!」


「マナッ……! ダメだっ! それ以上はダメッス……!」



 水無瀬の前で尚も増殖し陣を構えていく魔法弾の軍勢を見て顔色を変えたボラフが制止を呼びかけ、何故かメロも同じように焦燥していた。



 弥堂はそれを目を細め横目で見遣るがそれも一瞬――



「――やれ」



 躊躇なく引き金を引いた。




 破壊の弾幕が結界内の世界を蹂躙する。



 的へ向けて飛ぶものもあれば、関係のない場所へただ真っ直ぐ飛んでいく光球もある。


 水無瀬の背後で彼女の肩に手を置いて立つ弥堂はその様子をジッと観察してから、彼女の旋毛を見下ろした。



(魔法を創り出した段階でどういった挙動をするかという命令が完了しているわけではなく、一つ一つ全てを操作しているのか……、なるほどな)



 的であるギロチン=リリィへ向かうもの、狙い先を決められずにただ飛んでいくだけのもの、その比率は半々といったところだろうか。


 こうしている間にも水無瀬の構える魔法のステッキの先に複数個の光球が生み出されては放たれていく。


 初弾を撃たせた時は予め十数個の魔法を用意させてから撃たせたが、連続で放つ場合は一度に生成できる魔法の数が5~6個ほどのようで、そしてその中で制御が行き届いているのは半数程度のようだ。



「キィィィッ!」



 ギロチン=リリィが懸命に身を護りながら苦悶の叫びをあげる。



 自身に向かってくるものを触手で叩き落そうとはしているが、それは魔法の光球に接触する端から焼き切られていく。失った触手はまた新たに生やすことで補っているが次々と生成され放たれる水無瀬の魔法の前ではジリ貧のように視える。


 今も新たに増やしたばかりの触手が千切られ白濁混じりの緑色の体液を撒き散らした。



「クソッタレがぁ……っ!」



 ギロチン=リリィが対応しきれないものに関しては悪の幹部であるボラフが対処する。


 触手を擦り抜けたもの、触手を破壊し貫通してきたもの、或いはたまたま当たるように飛んできた流れ弾を鎌のような形に変形させた腕で切り裂いている。



 酷く焦ってはいるようだが、ギロチン=リリィとは違って、水無瀬の魔法に触れたからと言ってボラフにはダメージを負った様子はない。


 それはつまり、ユニークでレアな名前持ちのゴミクズーであるギロチン=リリィよりも、悪の幹部を名乗るボラフの方が存在の格が上ということになる。



(魔法とはそこまで都合のいいものでもないんだな)



 戦場の様子を観察しながらそのように評価をする。



 確実に敵を滅ぼせるだけの威力を持ち、必ず敵に命中する。


 そのような効果を願って魔法を創り出せるわけではないらしい。



 威力に関しては申し分なさそうだが、命中させることに関しては術者の力量に依存するようだ。



(それなら――)


「――水無瀬。的を一つずつ認識して一つずつ軌道を描こうとするな。全体を見ろ。一つの絵として認識してその中の何処と何処と何処に魔法を動かすのかを決めろ」


「ぜんぶ……、みる……、ひとつの、え……、まほうでえがく……」



 彼女の中で魔法の行使にどのような改善を行ったのかは弥堂にはわからないが、彼女の制御下に置かれ的へ飛ぶ魔法の割合が増えた。しかし、やはり全てがそうなるわけではない。



 術者の力量が高ければリアルタイムで細かく操作できる彼女の魔法は頗る強力なのだろう。


 しかし、今は催眠に掛けて余計なことに思考のリソースを使わせずに魔法の行使だけをさせているからここまで出来ていると考えるべきだろう。


 普段の水無瀬 愛苗を考えればどう見てもマルチタスクが得意なタイプではない。



(これなら力技でゴリ押した方が効率がいいか)



 弥堂はそう考え、他にも色々と試してみることにする。



「回転を上げろ。もっと速く創り出して速く撃て。全ての工程を効率化しろ。攻撃することに躊躇いなど感じないほどに習慣化しろ」


「はやく……、こうりつ……、しゅうかん……」



 魔法が生成されてから射出されるまでの速度がほんの僅かに上がる。



 弥堂は水無瀬の肩に左手を置いたまま、右手で彼女の背中に触れる。


 心臓の位置の真裏に掌を当て彼女の耳元へ唇を寄せた。



「オイッ! これ以上はもうやめろっ! メロゥッ! なにしてる……っ! そいつを止めろっ!」



 自身の身を護りながら弥堂と水無瀬の様子を見て、ボラフが声を荒げる。



 だが、呼びかけられたメロは地面に伏せ身を縮めるだけで何も動こうとはしなかった。



 そうしている間に弥堂が水無瀬に何かを囁く。



 すると、魔法の弾幕の回転速度が目に見えて加速する。



「キィィィーッ⁉」



 絶え間なく戦場へ供給される破滅の因子が次々にギロチン=リリィの身体を――存在を削り取っていき、遂には触手の再生する速度を凌駕した。



「ギ、ギロチン=リリィ……ッ! くそっ! あのガキふざけやが――うっ、うおぉぉぉぉーっ⁉」



 魔法の迎撃に回す触手が不足したために花や花茎に光球が殺到し、乗っていた花弁がボロボロにされボラフはゴミクズーの上から落下した。



 もはや碌に抵抗の出来ない彼らへも次弾は無慈悲に迫りくる。



「キィィィーッ!」



 ギロチン=リリィが叫びをあげると二本の蔦の触手から生える葉が巨大化する。


 その肥大した葉を盾を構えるように自身とボラフの前に突き立てた。



「ギ、ギロチン=リリィ……、オマエ……っ⁉」


「キィィィィっ!」



 続いて触手を一本伸ばすと焼け残った車を掴んで持ち上げる。


 さらにもう一本の触手で地面を強く打ち付けコンクリを砕く。



 砕けたコンクリの破片のいくつかが宙に浮かぶ。



「くるぞ。破片の一つ一つに注目するなよ。全体を視界に収めたまま自分に向かってくる物だけを撃ち落とせ」



 気負った様子もなく無感情に告げられた弥堂の言葉通り、ギロチン=リリィは触手を大きく振り回し、弥堂と水無瀬目掛けてコンクリの弾丸を弾き飛ばした。



「ぜんたい……、くるもの……、うつ……」



 魔法少女とゴミクズーとの間で撃ちあいが勃発する。



 しかし優勢なのは水無瀬だ。


 コンクリートの破片は次々と撃ち砕かれていく。


 ギロチン=リリィは苦し気な声をあげもう一度地面を撃ちさらにコンクリを飛ばしてくる。



「次は自動車がくるぞ。あれが本命だ。視界に入れておいていつでも意識していろ。余裕があるならそっちの迎撃用の魔法を用意しておけ」


「げいげき……、いしき……、ようい……」



 ゴミクズーの本体とコンクリの破片に撃ち込むものとは別に水無瀬の前に魔法の光球が生み出されてストックされていく。



「キィィィィィーっ!」



 やがてギロチン=リリィは一際大きく咆哮すると、弥堂の言った通りに触手で掴んでいた自動車を投げつけてきた。



「確実に墜とせ。だがまだ隠し玉がある可能性があるから本体からも意識を外すなよ」


「おとす……」



 用意していた魔法を全て自動車の迎撃に回す。



 一直線に飛んでくる自動車はこちらへ半分も到達することなく蜂の巣になり、空中で大爆発した。



「手を緩めるな。ガードの上から本体を撃って抑えつけろ」


「ゆるめない……」



 爆風に前髪を揺らされても瞬きもせず弥堂は敵をよく視て指示を出す。


 水無瀬もまた表情を動かさぬまま、その指示を魔法で叶える。



「キィィィ……っ!」


「ク、クソ……、このままじゃあ……っ!」



 巨大な葉で魔法を防ぐがその盾は易々と削られていく。穴を空け貫通した光球が本体の花茎を傷つける。


 完全に一方的な滅多打ちになり、状勢はこのまま決しようとしていた。




「まだるっこしいな」




 しかし、弥堂 優輝は手を緩めない。



「おい。もっとたくさん魔法を出せないのか? あのデカイのをチマチマ削っていっても終わらんぞ」


「もっと……、たくさん……、まりょく……」



 水無瀬の放つ魔法の数が増え弾幕の圧力が強まる。



「も、もうやめてくれッス……っ! こんな魔法の使い方したらマナが……っ!」



 ここにきてようやくメロが二人を止めようと悲痛な叫びをあげた。



「めんどくせえな。この魔法はいちいち杖の先に出さないと使えないのか? ヤツらの体内に直接出して殺すとか出来ないのか? やれよ」


「やつら……、ちょくせつ…………、むり……」


「少年ッ! やめろって言って――」


「――無理じゃねえんだよ。無理は背信者の言葉だ。神をナメるな。オラ、出せっ」



 適当に詰る言葉を吐くと弥堂はペシッと水無瀬の後ろ頭を引っ叩いた。



 すると――



「オマエッ! マナに乱暴な……、こ……、と…………」



 自身のパートナーを雑に扱う男へ抗議の言葉をあげようとしたが、不意に周囲の明るさが増していることに気付き、その言葉は尻すぼみに消えていった。



 メロは茫然と空を見上げる。



「マ、マジかよ……」



 同様にボラフも頭上を見上げて放心していた。




 空には無数の小さな太陽。




 今まで目の前に一度生成してから撃ち出されていた魔法の光球が、ボラフとゴミクズーの頭上を埋め尽くす程の数で、上空に直接展開されていた。



「なんだ。出来るのか。やはり無理は嘘つきの言葉じゃねえか」



 上空の魔法の群れを無感情に視ながらもう一度ペシッと水無瀬の頭を叩くと、その数がさらに大幅に増した。



「…………」



 弥堂はそれをジッと見る。


 若干引いたのだ。



「……まぁ、いいか。多い分には問題ないだろう。後は簡単だ。わかるな?」


「かんたん……、わかる……」


「殺せ」


「ころす……」



 対応の準備も心の準備もさせる間もなく命を下し、そして実行された。



 死の雨が大地に降り注ぐ。



「冗談キツイぜぇ……っ⁉」



 粟を食ったボラフは身を投げ出す。



「キィィィーっ⁉」



 逃げることの出来ないギロチン=リリィは大絶叫をあげて葉の盾を頭上へと向けた。


 しかし滅びを齎す豪雨を防ぐ傘には為り得ず、葉に花に茎に風穴が空いていきその存在が削り取られていく。



 弥堂はその様子を目を細めて視る。



(念のため完全に消滅させたいが……、如何せんデカすぎるな)



 自身の前に立ち杖を掲げる水無瀬に眼を遣る。



 かなりの魔法を放ったので魔力を消耗しているはずだが、彼女の存在の強度と大きさは先程よりも増しているように視える気がする。



「……お前、魔法はあの球しか出せないのか? あれやれよ」


「あれ……」


「あるだろ。あれだ、プリメロの。ビームみたいな必殺技だ。あれで一気に消し飛ばせ」


「ひっさつわざ……」



 弥堂も出来ると思って言ったわけではなくダメ元で言ってみただけだったのだが、やはり水無瀬の反応は思わしくない。


 先程のように頭を引っ叩いてみたらもしかしたら弾みで出るかもと手を振り上げようとすると――



「ぷりめろ……」



 ドクンと――



 その呟きとともに水無瀬の心臓が大きく一つはねたその音が弥堂にも聴こえたように錯覚した。



 反射的に弥堂は大きく背後に飛び退く。



 すると紙一重の差で、水無瀬の背後にピンク色の魔力光がハイロゥとなって顕現した。



「ぐっ……っ!」



 その威容に遠くへ押し退けられるような圧力を感じる。



「マナァ……ッ!」



 地面にしがみつくように身を伏せるメロの声は水無瀬には届かない。



 周囲からなにかを吸い取るように魔法ステッキの先に魔力が収束していく。


 今までに放った【光の種セミナーレ】のどれよりも強く大きな光の球体が形成される。


 バチバチと放電するように弾ける光が地面に罅を入れる。



「ハ……、ハハッ…………、ふざけんなよ……」



 引き笑いの表情でボラフの口から力なく言葉が漏れる。



 水無瀬はその力を的へと向けた。



「ふろーらる・ばすたー……」



 魔法が開放される。



 直射状の巨大な光線がギロチン=リリィへと放たれた。



「キィィィーーーッ!」



 叫びをあげ力を振り絞って出せるだけの触手を生やし、葉の盾を何枚も重ねてギロチン=リリィは水無瀬の魔法を受け止めた。



 しかしその盾は何の抵抗にもなっていないかのように無理矢理押し込まれる。



「すぱーく・えんど……」



 その言葉とともに魔法の光が輝きを増し一気に弾けた。



 光の奔流がギロチン=リリィの巨体を飲み込んでいく。




 瓦礫が転がり粉塵が辺りに舞う。



 ボラフは地面にうつ伏せに倒れていた。



「うぅ……っ、くそっ……、一体なにが……」



 霧のように視界を隠す塵が少しずつ晴れていくと目線の先に映ったのはショッピングモールの建物。


 広大な敷地の半分以上を占めていた建造物は円柱状に大きく抉り取られ倒壊していた。



「ハハッ……ヤバすぎだろ……、結界内じゃなかったら何人死んでたんだよ……」



 目を見開き、魔法少女の魔法が齎した破壊の惨状に戦慄する。



「そういえばアイツは……、オイッ! ギロチン=リリ…………ィ……ッ⁉」



 思い出したように自身の配下の無事を確かめようと首を回すと、視界に飛び込んできたものに言葉を失った。


 正確には向けた視線の先に何も映らなかったことに絶句した。



 数mほどの高さにまで巨大化したゴミクズーであるギロチン=リリィの花も茎も蔦も何もかもがなくなっていた。


 割れた地面から突き出た根元が僅かに残り、魔法の光線に焼き切られた傷口のような断面からは白濁し泡が沸き立ち黒ずんだ緑色の体液が漏れ出ていた。



「バ、バカな……っ、あのサイズをたったの一撃で……っ?」



 ガタンと腰を抜かしたように地面に尻をつき、ボラフは恐る恐るといった風に視線を動かす。



 その先にいるのは魔法少女。



 フリフリヒラヒラと装飾された白とピンクを基調とした半袖ブラウスにミニスカート。


 白い大きなリボンに括られたピンク色のツインテールが破壊の残風にゆらめく。


 常であれば輝くような生命力を感じさせる瞳は今は光がない。



 闇の組織に所属する悪の幹部であるボラフにとっては宿敵という立ち位置となる魔法少女ステラ・フィオーレが、先程までと同じように魔法のステッキをこちらへ向けたまま立っていた。



「テメェ……ッ! 何やってるかわかってるのか……っ⁉」



 絶望でも命乞いでもないその怨嗟の言葉は、この惨状を生み出した魔法を放った水無瀬に向けたものではない。


 その背後に立ち、無感情に渇いた瞳でこちらを見下ろしている弥堂 優輝に向けたものだった。



「なかなかに生き汚いな。手間をかけさせるな。死んじまえよ」


「ふざけろよガキが……っ」



 歯を軋らせながら弥堂を睨むも束の間、すぐに水無瀬へとボラフは視線を戻した。


 細められた三日月型の瞼の中、瞳が紅く光る。



(マズイな……、これ以上続けたら進んじまう……!)



 目玉を素早く動かし周囲を探る。



 どうにかこの場から離脱することを考えるが――



「――逃がすわけがないだろう? 水無瀬」


「にがさない……」



 再び水無瀬のステッキに光が集束し始める。


 しかし、それを弥堂が止めた。



「違う。相手を見て判断しろ」


「ちがう……」


「さっきの花と違ってこいつは小型だ。そして素早い。昨日見ただろ? 避けるのが上手いぞ」


「よける……」


「この場合選択すべき攻撃手段は光球の方だ。そして数が必要になる」


「せみなーれ……」



 水無瀬の前に光球が生み出されていく。



(クソッ……! そうだろうな……!)



 ボラフは胸中で舌を打ち、いつでも動き出せるよう体勢を整える。



「一度に全部撃つなよ。時間差で撃ち出しながら、相手と自分との間に常に一発は残して次を創れ。そうしてストックした弾は防御にも使えるし、チャンスが訪れたら一斉に撃ち出してトドメに使うことも出来る」


「じかんさ……、のこす……、ぼうぎょ……」



 指示を復唱しながら水無瀬は魔法を射出する。



「ちくしょうめっ!」



 それらから逃れるためにボラフは走り出す。


 走り抜けた跡に遅れて魔法が着弾し地面を砕き軌跡を描いていく。



(さっき教えた撃ち方では動く的に当てるのは難しいか……それを教えてもいいんだが……)



 考えながら魔法弾に追われるボラフを視る。



 一直線に走っているように見えて、彼の後を追う外れた魔法の破壊跡の軌跡は湾曲している。


 水無瀬を中心点とした円の外周を描くように。



 弥堂はさりげなく水無瀬の方へ近づいていく。


 耳の裏でドッドッドッ――と心臓のアイドリング音が響いている。



 弥堂とボラフとを繋ぐ線上から水無瀬が外れた瞬間、ボラフの姿が消えた。



 弥堂は右へステップする。



「――これ避けんのかよっ! クソガキがっ!」



 つい今まで弥堂が立っていた場所をボラフの右腕が変形した鎌が切り裂いた。


 毒づきながらボラフはすぐに追撃に移る。



「接近戦に持ち込んじまえばもうフィオーレに魔法を撃たせられねえだろ!」


「それがどうした」



 ボラフの指摘どおり、弥堂からの指示がなくなった水無瀬はフリーズしたように棒立ちになっている。



「調子にのりすぎたな!」


「そうか?」


「逃がすつもりがねえってんなら仕方ねえっ! テメェの方をどうにかするまでだっ!」


「どうにか出来るのならな」



 迫りくる黒影から繰り出される猛追撃を、弥堂は爪先を回し細かく身体の向きを変え重心を操り後ろへ下がりながら躱していく。



「マジでなんなんだテメェッ! ただのニンゲンのくせに当たり前みてぇに避けやがって……っ!」


「もっと速い攻撃を知っているからな。この程度どうということもない」


「アァッ⁉ なんだそりゃ……っ⁉ オレみたいなのとやりあったことがあるってのかよ!」


「どうだろうな。少なくとも今俺が言ったのはそういう奴じゃない」


「じゃあなんだってんだよっ!」


「ギャルだ」


「アァッ⁉」


「俺をどうにかしたければJKを連れて来い」


「ナメやがってクソがあぁぁっ‼‼」



 激昂したボラフの紅くギラつく人外の瞳と、弥堂の蒼銀を内包した無貌の瞳。


 互いが視線に乗せる敵意がぶつかりあった。



 しかし、何度かの交錯を経るとすぐに趨勢が見えてくる。



 徐々にボラフの攻撃に対する弥堂の対応が遅れ始めた。



「ハッ――デカいクチきいたわりに余裕ねえじゃねえかっ!」


「…………」



 地力の差で押される。


 生物的なスペックで上回るボラフが目に見えて優勢になる。



 挑発をして冷静さを奪う駆け引きや身体を操る技術では埋めきれないほど、そのスペックに差があるようだった。



 やがてボラフの振り下ろしの鎌を避けたところで弥堂が大きく体勢を崩す。



「オラアァァッ!」


「…………っ⁉」



 ボラフの繰り出したミドルキックを弥堂は両腕で受け止める。



 ガードでは殺しきれないと見当をつけていたので、力に逆らわずに自分から飛んで威力を減衰させる。それでも受け止めた腕の骨が軋んだ。



 吹き飛ばされ空中で横回転することで力の向きを変えながら落下する。そのままの勢いで地面を転がりつつ距離を取って体勢を戻す。



 膝立ちになり顔を上げると視界に飛び込んできたのは、すぐ近くで鎌を振り上げるボラフの姿だった。



「もらったぁーーっ!」



 愉悦にゆらめく紅い瞳に見下ろされながらも、弥堂の心は揺らがない。



 弥堂は腕を横に伸ばす。



 手に触れた布を掴んで引き込み、自身の前へと突き出す。



「――っ⁉」



 ピタリと、ボラフの鎌が止まる。



 弥堂が盾にするように自身の前に突き出した水無瀬の頭の数cmほど上で。



「テ……、テメェ……ッ!」



 怒りを滲ませた叫びに応えず、弥堂はすぐに動き出す。



 ドンっと水無瀬の背中を突き飛ばしボラフに押し付けると彼女の身体を死角にしてサイドへ回り込む。



 ボラフの左の脇腹へ右の拳を触れさせる。



「こ、このガキ――っ⁉」


「死ね」



 左右の爪先を捻る。



零衝ぜっしょう



 大地から汲み上げ立ち昇る威を適格な身体操作で加速させ相手の裡へ徹す。



 人体のスペックで生み出せる最大エネルギーをほぼ減衰させることなく撃ち込まれ、ボラフは吹き飛ばされる。



「グゥ……ッ、ガッ……、こんなの効くか――」



 崩れた姿勢を無理矢理戻そうとするが――



「――ガアァァァーーッ⁉」



 突如弾かれたように絶叫しもんどり打って地を転がる。



「な、なにを……なにをしやがったぁっ⁉」



 鎌から元に戻した左手で右肩を抑えながら叫ぶ。


 左手の指の隙間から覗く肩の黒い外皮は焼け爛れたような傷を負い、その傷口から煙を噴き出している。



 弥堂は水無瀬の後頭部と右の手首をそれぞれ掴み、顏と魔法のステッキをボラフの方へ向けさせた。



「撃て」


「うつ……」


「クソがあぁっ!」



 慌てて立ち上がり駆け出すボラフに数発の魔法が迫る。


 最早余裕など欠片もなく、ボラフは反復横跳びをするように大きくステップを踏んで振り切った。


 再び弥堂に襲いかかる。



「ガアァァァァァッ!」



 弥堂は黙って水無瀬を突き飛ばし応戦する。



 自身の顏に迫る黒影の刃をよく視て、刃の側面に掌を当てて向きを逸らす。



 前のめりに体勢を崩したボラフの重心の乗った爪先を踏みつけると、ボラフは反射的に足を引き抜いた。


 相手が下がる動きに合わせて踏み込んで懐に入り、そのまま肩に触れ背後へ押し出すように零衝を打ち込む。



 弥堂の持つ対人戦の奥義の一つとはいえ、悪の怪人であるボラフにとっては強めに殴られた程度のものでしかない。


 どういうわけか弥堂の想定通りに体内にネルギーを徹して直接臓器を破壊するといった効果は得られない。


 今回も零衝によって起きた現象といえば、ボラフが背後にたたらを踏んで下がった程度の些細な成果だ。



 しかし、それで十分だった。



「――ギャアアァァァァアッ⁉」



 先程のように吹き飛ばされた先でボラフが悲鳴をあげる。


 今度は背中から煙を噴き出す。



「テッ、テメェ……ッ! なんだ……っ⁉ さっきから何が起きている……っ! オレになにをしたぁ……っ⁉」



 人外の身である自分がただの人間の攻撃でダメージを受けることも、この身に傷を負うこともあるはずがない。


 なのに先程から二回も続けて身体を損傷させられている。



 ありえるはずのない現象に混乱し激昂し、憎しみをこめた瞳でボラフは弥堂を睨んだ。



「なんだ。気付いていなかったのか? 『何をした?』とは文字通りの意味の質問だったのか」


「テメェ……っ! ゆるさ……、ふざ、ふざけやがってぇぇぇッ! 答えろよクソがぁっ!」


「わざわざ敵に教えてやる間抜けがどこにいる――と、言いたいところだが、別に隠すほどのものでもない。周りをよく見てみろ、間抜けが」


「アァ? 周りだ……と…………っ⁉」



 周囲に視線を走らせ絶句する。



 いつの間に――ではなく、大分前からそうだったのだろう。



 ボラフの周囲には幾つもの光球が浮かんでいた。



 当然水無瀬の魔法だ。



 弥堂の指示どおり、一度に複数個の魔法を創り出し、その全てを撃ち出すことはせずに一つずつ周囲に待機させたままストックしていたものだ。



「な、なんだこれ……⁉」


「傷を負うことに慣れていないだろ、お前。頭に血が昇りすぎたな」


「ま、まさか……、このために魔法弾を残させてたのか……っ⁉」


「俺を直接狙うことで虚をつけたとでも思っていたか? 馬鹿が。二度も逃がすわけがないだろう」


「ハ、ハメやがったのかテメェ……ッ!」


「それほどのことでもない。お前らゴキブリは放っておいても勝手に罠に飛び込んでくるだろう? 他人のせいにするな、クズめ」


「ニンゲンが……っ! たかがニンゲンのくせに……っ!」


「そのたかが人間に今からお前は殺される」



 弥堂は数個の球体に囲まれるボラフの方へ歩き出した。



 ちょうど近くに立っていた水無瀬がボーっと自分の顔を見ていることに気が付き、ついでとばかりに擦れ違いざまに彼女の頭をペシっと引っ叩く。



 するとボラフの周囲に浮かぶ光球の数が爆発的に増大した。



「うっ……、うぅ……っ!」



 周囲に浮かぶピンク色の光が放つ熱がチリチリと自身の外皮を灼くような錯覚を覚え呻く。


 その熱が灼くのはなにもゴミクズーや怪人ばかりではない。当たれば人間も傷つくし死ぬ。



 そして弥堂は躊躇いも感慨もなく淀みのない歩調で死に囲まれた檻の中へ足を踏み入れた。



「テメェ、イカレてんのか……っ⁉ これに当たればお前もタダじゃ済まねえぞっ!」


「それがどうした」


「死ぬぞっ⁉」


「俺の任務を遂げるためにはお前らを殺す必要がある。その途中で俺が死ねばもう任務を果たす必要はなくなる。死ねば何も出来ない、何も思わないし感じない。死んだら全てが関係ない。だからどちらにしても同じことだろう?」


「きょ、狂人め……っ!」


「違うな。俺は正常で優秀な犬だ。命令を熟すために必要であれば狂うこともする。殺せれば何でもいい」


「オマエが死ねえぇぇぇっ!」



 弾かれたように飛び掛かってくる直線的なボラフの動きを受け流す。



 向きを空かされ押し出された先には魔法少女の魔法だ。



 ジュウゥゥゥッと焼け焦げる音と絶叫が重なる。



 懲りずに今度は突き出してきた鎌を半身になってやり過ごしながら足を引っ掛けて背中を突き飛ばしてやると、また同様の現象が起きる。



「こんな……、こんなことが……っ!」


「無駄口を叩くな。さっさと死にに来い」


「オレの方が強い……っ! オレの方が速い……っ! 俺の方がタフだぁっ!」


「そうだな。だが、お前は下手くそだ」


「ふざけんなあぁぁぁっ!」



 声を荒げボラフは再び弥堂へ向かっていく。



 大声を出すことで自身を鼓舞する。



 その赤い瞳には怒りも憎しみも今はあまりない。



 弥堂はその怯えを渇いた瞳で視て、それに何も思わなかった。



 ここから先は繰り返すだけの作業だ。


 ミスをしないだけで敵は勝手に死ぬ。


 これまでに何度も繰り返した作業だ。






「ハァッ……、ハァッ……、ハァッ…………!」



 荒い息遣いを漏らすのは疲弊したボラフだ。



 あれから何度かの攻防を繰り返し、しかし結果は変わらず最早その身はズタボロになっていた。



 対峙する弥堂は自然体で立つ。



 その眼には油断の色は一切ない。



 このまま着実に追い詰めて確実に仕留める。



「水無瀬」


「せみなーれ……」



 水無瀬に声を掛けると周囲に新たに生成された魔法の光球が配置される。



 弥堂はジッと水無瀬を視た。



 そういえば少し前から、特に具体的な指示をしなくても勝手にこちらの意図を汲んで魔法を行使するようになっているのはどういうことなのだと気になったからだ。



 弥堂が水無瀬に施した催眠術はそんな融通が利くような類のものではない。


 というか、ワンチャン先日の正門前の出来事の時の状態を再現出来ればと適当に掛けてみただけだったので、元々弥堂に多種様々な催眠を操るような技術も技能もない。



 まさか催眠にかかっているフリをしているのではと眼を細める。



 水無瀬の様子は変わらず、光のない瞳でどこを見るともなしに棒立ちになっている。


 それはないだろうと頭を振る。



 彼女はポンコツだ。



 もしも意識があるのならこのように適格に弥堂の意を汲めるはずがない。正気であればあるほど意思の疎通が難しい。


 水無瀬 愛苗とはそのような少女だと弥堂は評価していた。



 とは謂え、適当に掛けたものだから何かの拍子でいつ解けてしまうかも知れない。


 早めに決着をつけるにこしたことはないと意識の全てを敵へと戻した。




 すると、凄絶な眼差しで弥堂を見ていたボラフが、ふいにその表情をニヤっと歪めた。



「随分とやってくれたじゃねえか」


「そうでもない。まだ何一つやってはいない。お前が死ぬまでは」


「ムカつくぜ……っ! ニンゲンごときが余裕コキやがって……!」


「余裕もない、慢心もない。実行する意志と身体があればそれだけでいい」


「それがスカしてるってんだよ! 下等なニンゲンごときが見下してんじゃねえよ!」


「だったら無駄口ばかりきいていないで、俺の顔色を変えてみればどうだ? もう息は整っているだろう?」


「クソがっ! ホントにムカつくヤツだな、テメェ……はっ!」



 言葉の終わりに合わせてボラフは動き出す。



 弥堂は後ろ足にやや比重をかけ重心を保ち既に備えていたが、ボラフが向かった先は弥堂でも水無瀬でもなかった。



 鎌を大きく振り横に浮遊していた光球を斬り裂く。


 真っ二つになった魔法は空に消えた。



「なんでオレがテメェに勝てねえのかはわかんねえ……っ。だが、それならこっちを先に処理しちまやいいだけのハナシだ。ちげぇか?」


「むしろ今頃気付いたのか? 遅いんだよ、無能が」


「ほざいてろよクソが……っ! 冷静になってみれば簡単なことだ」


「そうか」


「オマエからは攻撃を仕掛けられねえ。意味がねえからだ。オマエにはオレに有効なダメージを負わせる手段がない。だからフィオーレの魔法を利用してる」


「そうかもな」


「オレの攻撃に対応できるのも反撃をする気がねえからだ。捌くことだけに集中してるからどうにかなってる。そういう仕組みだろ?」


「どうだろうな」


「それがわかっちまえばどうってこたぁねえ。元々のスペックはオレの方が上なんだ。存在の格が違ぇんだよっ。オレが負けるわけがねぇ……っ!」


「そうだといいな」


「知恵を絞ったつもりかよ? バカが……っ! タダで済むと思うんじゃねえぞ!」


「……馬鹿はお前だ」



 勇んで次の光球の破壊へ動くボラフに弥堂は呆れ混じりの呟きを漏らす。



「水無瀬」



 しかし、それも一瞬。すぐに次の指示を水無瀬へ与える。



「撃て」



 命令と同時、ボラフが鎌を振り下ろそうとしていた魔法の光球が動き出す。



「――なにっ⁉」



 目測を誤り思わず鎌を途中で止めると、それを擦り抜けた光球がボラフの顔面を撃った。



「ガァァッ――⁉」



 仰け反って打ち上げられる。


 バランスを取り戻そうと地に着ける足を意識すると不意に背中に何かが当たる。



 弥堂だ。



 この現象が起きることがわかっていた弥堂は、水無瀬に命令を出すと同時にもう動き出していた。



 【零衝】



 ボラフの背に当てた掌から威を打ち出す。



 その打撃を以て仕留めることは叶わないが、吹き飛ばした先には敵を滅ぼし得る魔法がある。



 空中に待機させていた魔法にぶつかり新たに傷を負ったボラフは地面に転がる。


 弥堂はそのボラフの顔面を爪先で蹴りつけた。



 この攻撃によって直接ダメージを与えられることはない。しかし、それによって沸き上がる怒りや恐怖で揺さぶり、精神的に追い込むことは可能だ。



「撃て」



 待機中だった魔法弾が撃ち出されるとボラフは素早く立ち上がりながら逃れようとする。



「次弾生成。もっと増やせ」



 次の指示を出しつつ弥堂も動く。



 動き続けることで狙いを付けさせないようにと意図するボラフの進行方向に割り込み、その行動を妨害する。



「グッ……! テメェ、邪魔すんなっ!」


「しないわけがないだろう」



 先程自分で言っていたことを忘れたのか、頭に血が昇ったボラフは反射的に右腕の鎌を大きく振る。


 弥堂は身を沈めてそれを掻い潜った。



 左足から踏み込み左の掌を相手の肩に当て、右を振り切った後の右肩に零衝を打ち込んでベクトルを増幅させ身体を回させる。


 目の前に来た背中に今度は右手で零衝を発動させ、ボラフを追ってきた光球の方へと突き飛ばした。



「グゥアァッ⁉」



 交戦する度に着実に傷を負わされる。


 その事実にボラフは焦る。



「コッ、コイツ……ッ! 殺してや――」


「――お前が死ね」



 今度は左の鎌を振りかぶったボラフに、弥堂は先んじて足払いを仕掛ける。



 両足を揃えて刈り取られたボラフは横向きになって宙に浮かされるが、そのまま無理矢理鎌を振るった。



 掬い上げるように下から迫る黒刃を視る。



 追撃を仕掛けられる姿勢を崩さぬままギリギリまで引き寄せて僅かに身を反らしやり過ごす。


 顏の数cm先を通り過ぎる刃を視ながら右拳でアッパーカットを放つ。



 拳を当てたのはその鎌の根本、本来であればボラフの肘のあった位置だ。



 先程と同様にベクトルを増幅させ空中で無理矢理身体を何回転もさせる。



 右を打ち終わると同時に弥堂は大きくバックステップを踏んだ。



「ありったけ撃ち込め」


「うつ……」



 宙で回るボラフ目掛けて、ここまでストックさせていた全ての魔法が殺到する。



 自身より下等な存在だと見下していた人間にいいようにあしらわれ半ばパニック状態にあったボラフはそれに対応出来なかった。



「グアァァァーッ⁉」



 空中で滅多打ちにされ地に叩き落されても尚追撃を受ける。



 トラックに跳ね飛ばされた人間のように何度も地面を跳ねながらボラフは吹き飛ばされた。



 弥堂はその間に素早く水無瀬に駆け寄り、彼女の頭を引っ叩く。



 すると、これまで同様に上空に無数の光球が顕れた。



「全弾発射」


「ぜんぶ……」



 真下からは空を埋め尽くすように見える無数のピンク色の光球はただ一点を目掛けて降り注いだ。



「チ、チクショオォォォーッ!」



 まだ地に這いつくばったままのボラフは諦めたように強く瞼を閉じた。



 破壊の雨が地を抉る。



 ボラフが居た地点の周囲の何もかもを巻き込んで壊し尽くす。



 瓦礫となった物たちの破片と粉塵が舞い上がり辺り一帯の視界を覆う。



 弥堂は油断なく視線を向けたまま破滅の霧が晴れるのを待った。



 やがて視界が晴れていくと、破壊の中心点に立つ人影が一つ。



 睨みつけるようにその人影を見ているとようやく視界が晴れる。



 そこに立っていたのはボラフ――



――ではなく、




「――やれやれ……、久しぶりに現場の視察に来てみれば。一体何をしているんです、ボラフさん」



 長身の男。


 黒のタキシードを着こんだ銀髪の若い男。


 胸元に飾ったコサージュから垂れるチェーンがチャリっと鳴った。



(人間……だと――)



 タイミングや立ち位置的に悪の怪人であるボラフの仲間なのだろう。


 しかし、その姿はどう見ても人間だった。



 敵の増援の正体に怪訝な想いを抱きながら、弥堂は水無瀬の後ろ頭を引っ叩いた。


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