1章23 『断頭台の下に咲く花』

 警察署を出る。



 公園から美景警察署へと連行され時間はもう夕方。


 5.6時間ほど拘束をされたことになる。



 とはいえ、特になにか罪に問われたということもなく、軽く詰問をされてから説教をされ、その後は狭い部屋に数時間閉じ込められただけである。


 ひとつ問題があったとしたら、弥堂が軟禁された部屋の冷房を最低温度で稼働させられたことだ。



 現在は4月。



 こんな春先からクールビズに唾を吐くような設定温度の冷風を数時間に渡って浴びせ続けられたことになる。



 だが、これまで生きてきた中で多種多様な監禁・軟禁の数々を乗り越えてきた弥堂にとってはこの程度のことは何の痛痒にもならない。


 数日に渡って自由を奪われおしめを取り換えられる日々に比べれば出来事と呼べるものにすらならない。


 むしろ損害があったとしたら余りに無駄な時間が過ぎたということだけだ。



 時折りズッと鼻を啜りつつ自宅方面へと足を進めている。



 官憲から不当な拘束を受けたことにより大幅に変更することを余儀なくされた予定を見直す。



 まずは午前中のゴミ拾い。


 これの目的は学園の地域への貢献をアピールすることと、個人的な業績を稼ぐことの二つだ。


 前者はゴミ拾いが不充分だったどころか、衆人環視のもとでヤクザと一緒に警察に連行されるという事態に陥り、逆効果のアピールとなったと言わざるを得ない。


 後者に関しても、前者を失敗したことから予定していた評価を得ることは難しいだろう。これでは『にっこりシール』は貰えたとしても、いいところ1枚程度だ。現行の『よいこのスタンプカード』を埋めるのにはあと1枚足りないことになる。



 チッと舌打ちをして進路をショッピングモールの方へと変える。



 この後は新美景駅にあるキャバクラに行かねばならない。


 大事な取引の予定がある。



 内通者の話では19時には店に同伴出勤で入る手はずとなっているようだ。個室のVIP席を予約しているそうで、20時を過ぎるとやられちゃうかもしれないから出来ればその前に来てくれと要請をされている。


 弥堂としてはその現場に踏み込む方が都合がいいのだが、そこは妥協するしかないだろう。


 ダメ元で撮影をさせてくれないかと頼んでみたのだが、酷く怒られてしまった。あまり彼女の機嫌を損ねるともう協力してくれなくなるかもしれないので、ここはこちらが譲らざるをえない。


 今後の信頼関係の為にも約束の時間を守る必要がある。


 少なくともその姿勢は見せるべきだと弥堂は判断をした。



 もしかしたら、時間を守ろうとはしたがうっかり時間を間違えてしまったり、已むに已まれぬ事情があり遅れてしまうこともあるかもしれない。


 そういった仕方のない結果になることは可能性として常に存在するが、少なくとも約束を守ろうとしたという姿勢を演出することは大事だ。


 それならばきっと彼女ならば許してくれるだろうし、逆に言えば、許されるためにはそういった姿勢を見せておけばいいということになるし、最悪の場合は自分もやれることはやったのだから許すべきだと逆ギレをすることも出来る。



 お手本のようなクズ勘定をしつつ弥堂は自身の服装を見下ろす。



 本来であればゴミ拾いは昼過ぎには終わり、クリーニング屋で制服などを回収して一度自宅へ戻り、着替えをした後にキャバクラへ向かうつもりであった。



 しかし、現在の服装は学園指定のジャージだ。


 バッチリと『美景台学園高等学校』とプリントされている。


 いくらなんでもこの恰好でキャバクラに入店するわけにはいかない。


 そんなことがバレれば、停学は揉み消せたとしても『にっこりシール』を7枚は剥奪されてしまう。


 私服に着替えをするのはマストだ。



 時刻はもう18時を回っている。



 当初の予定通りにクリーニング屋に寄ってから家に帰り、着替えて駅前に向かったのでは間に合わなくなるかもしれない。


 よって予定を変更し、このままMIKAGEモールのクリーニング屋へ向かい、そのショッピングモールで適当な洋服を購入し着替え、それから駅前へ向かうことにした。


 荷物はコインロッカーにでも突っ込んでおけばいいだろう。



 失くしても困る物は『カイカン熟女クラブ 初回指名料無料優待券』と『熟れ熟れEカップ 朝比奈さん 29歳の写真』の二つくらいだ。


 シケモクは全て警察に押収されてしまったが、この二つだけはどうにか取り戻すことに成功した。


 留置された最初の3時間程度は防寒着を着用した警察官からの取り調べをただ無視していただけの時間だったが、残りの数時間はこの二つを返せとゴネ続けるのに浪費した時間だ。



 未成年者として戸籍に登録されている高校生の弥堂に風俗店の優待券を渡すことは、警察としては職務倫理上通常は絶対に出来ないことだ。


 しかし、根気強く粘り『もう帰れ』と言われても頑なに居座って文句を言い続けることで、最終的には『内緒だぞ』とこれらを返してくれた。


 何故か憐憫の眼差しを向けられながら1本の栄養ドリンクとともに渡されたことは酷く屈辱的であるような気がしたが、成果は得られたので気のせいだと思うことにした。



 公権力に対する憎しみの火種を魂に灯しているとふいに違和感が生じる。



 足を止め眉を顰めて周囲を視る。



 現在歩いている場所はお馴染みの学園から駅まで伸びている国道だ。


 目的地であるMIKAGEモールもこの国道に面しており、現在地はそのショッピングモールの屋外駐車場の正面入り口に近い大きな交差点だ。



 普段から人通りも車通りも多い地帯であり、日曜日である今日のこの時間帯は車の出入りが増え特にそれらが顕著になるはずだ。



 なのに――



 目を細めて交差点を睨む。



 MIKAGEモールの正面入り口に面する国道を避けるように全ての車が交差点を曲がっていく。


 モールの前を通る逆の車線からこちらへ走ってくる車も1台もない。



 これは明らかに不自然だ。



 通りの先を視ても別に工事をしているわけでも封鎖をしているわけでもない。ショッピングモールも営業をしている様子だし、ここから見える駐車場の中は車も停まっているし人も歩いている。


 だが、その人間たちの中で買い物が終わった風でこれから帰るのだろうと見える買い物袋を持った者たちも国道側へは出てこない。


 車道の車の通りだけでなく、脇の歩道に歩いている人影も一切ない。



 この国道は美景市内の真ん中を東西に横断する大きな通りで、どの時間帯であろうと、ショッピングモールの賑わいに関係なく交通が途絶えることは通常ない。



 つまり、ありえない現象が目の前で起こっているということになる。



 ありえないことが起こっているのならば、必ずその原因となるものがある。



 その原因として心当たるものを思い浮かべながら弥堂は横断歩道を渡り、他の人々の流れから外れてショッピングモール沿いの国道へ侵入する。


 ピリっと首筋に刺すような乾いた感覚を覚えた。



 正面入り口の方へ近づいていく。



 車の走る音、人々の話し声、それらの人為的な環境音がいつもよりも遠くに聴こえるのは流石に気のせいだろう。



 国道へ向けて口を開けるMIKAGEモールの入り口。


 そこにある横断歩道の端に置かれた空き瓶を視ながら、胸の前で揺れる逆十字のペンダントを指先でひと撫でする。



 コッコッコッ――と淀みのない一定の歩調で通り抜け、ショッピングモールの敷地内へと足を踏み入れた。



 バチッと先程感じたものよりも大きく何かが弾けたような錯覚を覚える。



 一瞬だけ視界が歪み、次に開ける。



 駐車場の敷地に足を踏み入れただけのはずなのに、まるで暗いトンネルの中から外へ出た時のような開放感と眩さを感じる。



 何かを通り抜けたような感覚の後にそこで眼に飛び込んできたのは――




「ひやあぁぁーーーーーっ⁉ はなしてぇーーーっ!」




――大きな蔦のようなもので逆さ吊りにされプラーンプラーンと揺らされる同級生の姿だった。



 不思議のトンネルを抜けた先には魔法少女がいました。



「…………」



 酷く億劫な気分を努めて押し殺し、逆さまになったことで捲れたフリフリミニスカートから顕わになった白とピンクの縞々おぱんつを弥堂は嫌そうに視る。



 巨大な植物。



 恐らくは花だろう。捥げかけた首のようにぶら下がるラッパ型の花。


 その白い花から緑色の茎が地面へと繋がっており、茎の周りには棘のような葉が纏わりついている。



(動物ではないがこれは――)



 恐らく植物のゴミクズーであろうと見当をつける。



 数枚の花弁で形成された花の部分がまるで頭部のように見える。花の中心の奥からは気味の悪い奇声が漏れ出ている。


 その花の上に乗って昨日も遭遇した悪の幹部がバカ笑いをしていた。



 経緯はわからないが、状況的に今日も水無瀬は大ピンチのようだ。



 はぁ、と音には出さずに溜め息を吐く。



(とんだ休日だな……)



 ゴミを拾えば警察とヤクザに邪魔をされ、キャバクラに行こうとすれば魔法少女と闇の組織に邪魔をされる。



 果たして今日の自分は運がいいのだろうか、それとも悪いのだろうか。



 それを確かめてみる為に弥堂は駐車場に落ちている車止め用の石を拾い上げ、ショッピングモールへの入店を妨げる障害物たち目掛けてそれを振りかぶった。



 ライナー性の軌道で勢いよく飛んだ石は、水無瀬の足を捕える触手のような蔦に直撃すると拘束が緩み解放される。



「わわわっ……⁉」



 慌てて飛行魔法を発動させると、ふよよっと何とか宙に留まることに成功し、水無瀬はふぅーと胸を撫でおろす。



 しかし、せっかく拘束を逃れたのに敵の目の前でそんな悠長なことをしていればどうなるか――



「――へ?」



 シュルシュル……と今度はお腹に蔦が巻き付いてくる。



「ふわっ⁉」



 それに気が付いた瞬間にはブオッと勢いよく引き上げられる。



 新たな敵性存在として弥堂を認識した花のゴミクズーは投擲武器として魔法少女を使用した。



「ぅきゃあぁーーっ⁉」

「ぅにゃあぁーーっ⁉」



 弥堂は自身に迫る物体をよく視て適切な対処をする。



 目を見開いて涙を溢しながら迫る水無瀬に先んじて飛んできた黒い物体を、軽く左の掌を触れさせるだけで軌道を逸らしてやり過ごしながら半身になる。


 続いて飛んできた水無瀬が、その自身の身体の側面に到達したタイミングで彼女の腰元の服を右手で掴み、そのエネルギーを受け流すために右足を軸にその場で数回ほど回転する。


 そうやって捉えた投擲物の勢いを殺し、再び化け物に身体を向けながら右手に持ったお荷物を地面に放り捨てた。



「ぷきゃ――っ⁉」



 粗雑に扱われべちゃっと地面に転んだ愛苗ちゃんは、ぐるぐるとおめめを回した後にハッとすると、自分を助けてくれた存在に目を向ける。



「――え、あ……っ⁉ 弥堂くんっ⁉」


「…………」



 名前を呼ばれた弥堂は何か返事をしようとは思ったのだが、「死ね」と「クズが」以外の言葉を思いつかなかったので、クラスメイトの女の子に気を遣い口を噤んだ。



「えへへ。こんにちは弥堂くん。こんなとこで会うなんて奇遇だねっ」


「……お前、意外と余裕あるんだな……」



 これは厭味ではなく本当に少しだけ感心したのだが、例え厭味だったとしても何でもポジティブに捉える水無瀬さんに通じないので同じことだった。



「――しょ~・おぉ~・ねぇ~・ん~……っ!」



 すると背後から地獄の底から這いずり出てきた死霊の嘆きのような声がした。



 少しだけ首を動かし横目でそちらを見遣ると、煤けたように薄汚れた汚い猫が居た。



「なんだ。お前も居たのか」


「居たのかじゃねぇーッス! 思い切りジブンのことペイってしたッスよね⁉ なんでジブンのことは助けてくんなかったんスか⁉」



 どうやら水無瀬より先に飛んできた黒い物体は、魔法少女のお助けキャラであるネコ妖精のメロのようだった。当然弥堂は確信犯である。



「すまんな。物の弾みだ。ワンチャンこれで死んでくれたらラッキーくらいの軽い気持ちだった。許せ」


「そう言われて許そうかって気になるヤツいるわけねーだろッス! せめて少しは悪いと思ってるフリをしてくれッス! 嘘でいいから!」


「もういいだろ。しつこいぞ」



 まだネコ擬きがなにかをニャーニャーと喚いていたが、弥堂は生産性のない生き物が嫌いなので無視をした。


 そうしてネコ妖精から目を逸らすとその飼い主と目が合う。


 ぱちぱちとまばたきをした水無瀬が疑問を口にした。



「弥堂くん、なんでここにいるの?」


「――あっ⁉ そういえばそうッス! なに当たり前みたいに結界突破してきてんだこのヤローッス!」



 コテンと首を傾げる水無瀬の言葉に、遅れて事実に気付いたメロも問い詰めてくる。



「何故もなにも――」

「――はうあッス⁉ ちょっと待つッス!」



 彼女らの疑問に答えようとしたが、人間の礼儀など知らないネコ畜生が自分から訊いてきたにも関わらずこちらの返答を遮り、ヨジヨジと水無瀬の足を昇っていくとどういうつもりか彼女のスカートの中に顔を突っこんだ。



「…………」



 スカートの中に上半身を潜らせて何やらモゾモゾと動く小動物に、様々な意味の軽蔑の眼差しを向けて待つ。



「ぷはぁーッス! これでよしッス!」


「……貴様、何のつもりだ?」


「それはこっちの台詞っス! オマエが乱暴に服を掴むからマナのパンツが派手にケツに食い込んじゃってただろッス!」


「おぱんつだと……?」


「そうッス! あ、マナ! ちゃんとジブンが直してやったからもう大丈夫ッスよ!」


「えへへ、ありがとう。メロちゃん」


「……戦闘中だぞ」



 二本の後ろ足で立ち誇らしげに胸を張るネコと、羞恥心などカケラも見せずに普通に感謝の言葉を述べる魔法少女に対して、弥堂は非常に理解し難い気持ちになる。



「戦闘中だからッスよ! うちのマナは天然ちゃんッスからね。こうやってジブンが直してやらないと、食い込んだパンツが気になって自分でスカートを捲ってパンツをずり下げてから穿き直したりしちゃうッスから!」


「そ、そんなことしないよぅ」



 アセアセと自己弁護する水無瀬だが、確かにこいつならやっても不思議はないと弥堂は納得してしまった。



「そんで? YOUは何しに結界へ?」


「…………」



 何やら腹の立つ口調で訊き直してくるネコにはすぐには答えず、弥堂はチラリと敵を確認する。



 昨日同様、何故かヤツらはこちらの隙をついて攻撃をしかけてくることもなく大人しく待っている。


 その際に花の上にいる悪の幹部ボラフと目が合ったが、ヤツはバッと目を逸らすとサササッと花びらの裏に身を隠した。



 とりあえず注意はしつつ気にはしないでネコに答えることにした。



「……俺はクリーニング屋に用があってここに来ただけだ。そうしたらお前らがここで迷惑行為を働いていた。それだけだ」


「だからどうやって結界の中に入ってきたのかって訊いてんスよ」


「知るか。普通にモールの敷地に入っただけだ。その結界とやらは本当に役に立っているのか?」


「ったりめぇッス! ちゃんと空間が隔離されてるはずだし、そもそも人払いの魔法も効いてて結界との境目までも近付けないはずッス! 空気読めよテメー」


「…………」


「あんぎゃーッス⁉」



 生意気な口をきく畜生の顔面を鷲掴みにしながら考える。



 確かに車も人も、ここの入り口を避けるようにして道を逸れて進んでいた。


 モールの外側から中を見た時には何も異常がなかった。こんな数mの大きさの不気味な花を見落とすはずがない。


 それが足を踏み入れた途端にこの有様で、外から見ていた時に敷地内に居た人も車もこの結果とやらの内部には見る限り存在しない。


 こいつらの魔法のことは弥堂にはわからないが、理屈で考えるのならば、つまりは空間の隔離とやらも正常に作動していたということになる。



(俺だけが例外ということになるのか……?)



 もしくは、何らかの条件を満たした者――或いは条件に満たない者だけが隔離と人払いの効果を無効化する。


 そういうことになるのだろうか。



(だが――)



 ジロリと手の中の小動物の頭部を見遣る。



(こいつらは無能だ)



 それも度し難いほどの。



 それも加味すると、彼女らの言うことをまんま受け入れるわけにもいかない。



(とはいえ、こうしてここに来てしまった以上はどうでもいいか。今は)



 手の力を緩めて、改めて巨大な花のゴミクズーを視る。



「こいつは厄介なのか?」


「ヤベーッス! こいつデケーッスから!」

「そうなの! すっごくおっきいの!」



 敵の戦力評価を訊くとぽんこつコンビが口々にそう訴えてくる。


 なんとも力の抜けそうな言い分だが――



「――まぁ、確かにな……」



 あながち的外れな感想でもない。


 単純に大きいということはそのまま優位になりやすい。



 どう殺すかと考えながらゴミクズーに視線を向けていると――



「――なっ、なななななに見てやがんだこの野郎っ!」



 花びらの隙間からデキの悪いラクガキのような顔を出してボラフが威嚇してきた。



「こちらとしても別に見たいツラでもないんだがな」


「だっ、だったらとっとと失せろよ! なんで入ってくんだよ! オレだってテメーのツラなんざ見たくねえんだよっ!」


「だったらその不細工な目玉を抉り出したらどうだ? 自己解決できる程度の問題の解消をいちいち他人に要求してくるな。何故他人の効率を下げる? 今すぐに死ね。存在するだけで他人にコストを強いる役立たずのクズが」


「なんてヒデェこと言うんだ、この野郎! それを言うんならオマエが自分の目ん玉とれよ!」


「断る。代わりにもう二度と見ることのないようここでお前を殺す」


「ち、ちくしょうっ! 猟奇的なことばっか言いやがって! 会話になんねぇ……、おいっ、メロゥ!」


「あん?」



 やはり人間は世界で一番コミュニケーションをとるのが難しい生物であると判断したボラフはネコ妖精に呼びかけた。



「オマエなんでまたこいつを連れてきてんだよ!」


「そういうわけじゃねぇんスけどね。呼んでねーのに勝手に来たんスよ、コイツ」


「ちゃんと結界張ってんのかよ⁉」


「やってるッスよ。なんかコイツ入ってきちゃうんスよ」


「――待て」



 聞き捨てならないことを聞いて弥堂は口を挟む。



「なんスか? 安心するッスよ。ちゃんと少年も混ぜてもらえるようにジブンが言ってやるッスから」


「違う。そもそもヤツらとは元の世界で遭遇したのか?」


「あン? そッスよ。えーと、便宜上『現実世界』って言うッスけど、そこであのアホがあのデッケェの出しやがって、そんで慌ててマナが結界に閉じ込めたんス」


「……ここで待ち合わせでもしてたのか? たまたまお前らがここに来た時にヤツが現れてその現実世界とやらでバケモノを出したのか?」


「だからそうだって言ってるじゃねぇッスか。今日はマナがここで買い物を――」


「――あわわっ! ダ、ダメだよメロちゃんっ! それは弥堂くんには内緒なの!」


「あ、そうだったッスね。ヤベーヤベー。てことで少年。これは少年には内緒だから、そこんとこ頼むッスよ?」


「…………」



 本来はツッコむべきなのだろうが、それよりも重要なことがあったので弥堂はスルーした。



「……騒ぎにはならなかったのか?」


「んとね。大変だったの! お買い物してた人たちがみんな『ギャー!』ってなっちゃって」


「それは問題なんじゃないのか?」


「そこはまぁ、大丈夫っス! 結界には認識阻害の効果もあるスからね。時間が経てば記憶も薄れていくッス」


「……随分と便利だな、結界とやらは」


「うむッス! なにせ結界っスからね!」


「うん! 結界だから大丈夫なの」


「……そうか」



 返事とは裏腹に弥堂は全く彼女らの言葉を信用していなかった。あまりに不自然すぎるからだ。


 出来れば徹底的に追及をして、この件についてじっくりと考えたいところではあるが、昨日同様に敵が目の前にいる以上やはり悠長にはしていられない。



「まぁ、そんなわけッスからボラフもあんまヤイノヤイノ言うなッス。どうせコイツ友達いねえだろうし、学校でも『オマエは来んな』とか『オマエは呼んでねぇ』とかしょっちゅう言われてるんスよ。カワイソウだから混ぜてやろうぜッス」


「む? そう言われるとヨエーな。しょうがねぇ。カワイソウだからニンゲン、少しだけならオマエもここに居ていいぜっ」



 人外どもに憐れみをかけられ弥堂の口の端が引き攣る。



「そ、そんなことないよっ!」



 ネコ妖精の頭蓋骨を握り潰したい衝動を解き放つ寸前で弁護の声がかかる。水無瀬さんだ。



「まだクラス替えしたばっかだからあんまり仲良くなれてないだけだもん! もうちょっとしたらみんなも弥堂くんとお友達になれるよ!」


「ということは現在は誰も仲良しじゃないんスね?」


「えっ⁉」



 信頼するパートナーからの核心をついたツッコミに愛苗ちゃんのツインテールがみょーんと跳ね上がった。



「え、えっと……ちがうのっ! 私が仲良しだもんっ!」


「仲良しじゃねーよ」


「でもマナは1年生の時からッスよね? 2年になってからはコイツ1人も友達出来てねえんスよね?」


「そんなことないもん! 野崎さんとか…………あ、でも野崎さんも1年生の時から同じクラスだし……えっと……、えっと……!」


「ほら。やっぱコイツぼっちじゃねッスか。思ってたよりもヒサンっぽくてジブン事実陳列罪で良心が痛んできたッス」


「あぅ……、あぅ……っ」



 友達が欲しいなどとはここ数年考えたことはないが、四足歩行ごときに同情されるのは弥堂としても酷く屈辱的だった。



「だ、大丈夫だからね! 弥堂くんっ!」


「あ?」


「私がちゃんとみんなに言ってあげるからね! 弥堂くんと仲良くしてあげてって!」


「絶対にやめろ」


「まずはね、七海ちゃんにお願いしてあげるね? 七海ちゃんはとってもやさしいから大丈夫だからね!」


「マジでやめろ」


「まずは一緒にお弁当食べようね? あとはぁ、えっと、お買い物も一緒に行こ? それからぁ……、あ、そうだ! 弥堂くんもお泊り会おいでっ! みんなで一緒に寝ようね!」


「それはジブンも大変興味深いッスね。要するに3Pってことッスよね? 少年はどっちに先にインサートするんスか? 出す時はどっちに出すんスか? ロリ巨乳とスレンダーギャルのどっちから自分の女にしちゃうんスか?」


「…………」


「アンギャーーッス⁉」

「ぅきゃーーーーっ⁉」



 口で言っても聞かないので彼女らの顔面をそれぞれ鷲掴みにして握力を以て黙らせた。



 悲鳴をあげて悶絶する彼女らを見てふと気付いたことがあり、水無瀬に問いかける。



「痛みがあるのか?」


「――ぃきゃあぁーー…………へ? あ、そういえば痛くないんだった! えへへ……」


「……馬鹿にしているのか?」



 表情を変えずに問いながらさりげなく彼女の顔面を握る力を最大にしてみる。



「ち、ちがうのっ! 変身してると痛くないんだけどね、びっくりするとなんか痛いような気持ちになっちゃうの!」


「気分で生きてんじゃねーよ」



 しかし彼女の言葉通り、リンゴ程度なら簡単に握り潰せるくらいの力をこめているのだが全く痛みを感じていないようだった。


 熱いものに一瞬だけ触れてしまった際に、実際には熱さを感じていないが反射的に熱いと思い込んでしまうようなものなのだろうか。



(そうなら、痛みを遮断している意味はあるのか?)



 ジッと彼女の顔を視る。



 ダメージを負わないというのは非常に有用な魔法だとは思うが、それは一体どういう理屈なのだろうと考える。


 単純に皮膚や内臓や骨など、全体的に身体が頑丈になっているだけのことなのだろうか。



(例えば――)



 人差し指で水無瀬の右目の下瞼を撫でる。



 この指をこのまま瞼の奥に挿し入れてから指先を曲げ、眼球を引っ掛けながら引き抜いてみたら彼女の目玉は抉り出せるのだろうか。


 もしもそういった攻撃からすら身を守れるようになっているのならば、そもそも指を挿れること自体が出来ないのか、それとも眼球を引っ張り出すことが不可能になるのか、どういった形で無効化されるのだろうか。



 試しに突っこんでみようと指を動かそうとすると――



「――おいコラァッ! いつまでオレら放置してんだ!」



 焦れた様子のボラフから声がかかり、弥堂は水無瀬の顏から手を離した。



「悪の幹部にだって予定はあるんだよ! とっととヤリあおうぜっ! そんでニンゲン! オマエは邪魔だからもう帰れ」


「ふざけるな。俺はクリーニング屋に行くんだ。その通り道を塞いで邪魔をしているのはお前らの方だろう。目障りだから失せろ」


「クソッ! 魔法少女とモンスターが対決してるんだぞ⁉ クリーニングとかどうでもいいだろ⁉ 少しは空気読めよ!」


「知ったことか。俺のクリーニングの邪魔をするのならば、魔法少女だろうがバケモノだろうが皆殺しにしてやる」


「私も⁉」



 隣でぽへーっと弥堂とボラフの会話を聞いていた愛苗ちゃんは突然殺害を宣告されてびっくり仰天し、白いリボンで括られたピンクのツインテールがぴょーんっとなる。



「ちくしょう、イカレてやがる! おい、フィオーレっ!」


「は、はいっ!」


「ちょっと結界に穴開けてコイツに出てってもらえよ! ちゃんと待っててやるから!」


「なんだ、そんなことが出来るのか?」



 非常に効率のいいアイデアを聞いたと弥堂は水無瀬の顔を見るが、彼女はコテンと首を傾けた。



「……おい」


「えっと……メロちゃん? できるのかな?」


「えっ? いやわかんねーッスけど……、ボラフ? そんなこと出来るんスか?」


「えっ? いや、知んねーけど……出来ねえの? だってそいつ結界張った後に入って来てんじゃん」


「あっ、そうか! じゃあ、弥堂くん? 悪いんだけど結界に穴を空けてもらってもいい?」


「……お前らナメてんのか」



 事前にネタ合わせでもしていたかのように視線でリレーをして、最後には一斉に弥堂の方へ顔を向けてくるポンコツ劇団員どもに弥堂は激しく苛立つ。



「もういい。一部開放することが難しいのなら一回結界を解け。それで俺は手を引いてやる」


「えっ⁉ そんなのダメだよっ!」

「そうッスよ! モールがパニックになっちまうッス!」

「オマエな、ここにはお年寄りだっているんだぜ? 少しは他人の迷惑を考えろよな」


「……そうか。なら力づくで排除させてもらう」


「ヒッ、ヒィッ⁉ くるなぁっ!」



 ズイと弥堂が前に出ようとするとボラフは大袈裟に怯えた。


 それを見たメロはキョトンとして疑問を口にする。



「なんスか? オマエ、マジでニンゲンなんかにビビってんスか?」


「バッ、バカやろう! 昨日の今日だぞ⁉ オマエもそいつに狙われてみろよ。この眼つきで瞬きもせずに無言で淡々と殺しにくるんだぞ⁉ ツエーとかヨエーとかじゃねぇんだよ! こんなんフツーにコエーわ! ロボット掃除機の方がまだ話が通じるだろ!」


「たしかに……。ロボット掃除機は我々ネコさんの天敵ッスが、少年よりは融通がきくというか交渉に応じてくれそうッスね……」



 弱音を吐く悪の幹部の言葉にネコ妖精は一定の共感を示した。


 弥堂はそれを宣戦布告と捉えた。



「殺すと決めたら殺す。交渉の余地などない」


「クッ、クソがっ! やってやる!」



 ボラフの戦意に応えるように巨大な花のゴミクズーが花の奥から「キキキキキッ」と不快な声を鳴らし、数本の蔦をうねらせる。



 その威容を睨みつけながら、弥堂は隣に立っていた水無瀬の襟首を掴んで彼女を持ち上げると自身の前へ立たせる。



「へ?」


「よし、やれ」



 手短に水無瀬へ命令をしたが、彼女に上手く意図は伝わっていないようで、こちらの顔を見上げておめめをぱちぱちしてきた。



「殺せ」


「あ、私か。えっと……殺さないよ? 浄化だよ」


「建前はなんでもいい。速やかに滅ぼせ」


「建前じゃないんだけどなぁ……」


「いいからさっさと殺せ。罪もない一般市民のこの俺が化け物に狙われているぞ? さっさと俺を守れ。やる気あるのか?」


「あっ……! うんっ! とにかく私がんばるねっ!」



 随分と不遜な態度の一般市民だったが、よいこの愛苗ちゃんはそんなことは気にしない。


 自身の顏の下で両のお手てを構えると握力15㎏のフルパワーでギュッと握りしめ、フンフンっと鼻息荒く戦意を顕わにした。



「コ、コイツ……あれだけイキリ散らかしておいて女の子を盾にするのか……っ⁉」



 悪の幹部がなにやら戦慄している隙に、弥堂とゴミクズーの間に魔法少女ステラ・フィオーレは颯爽と立つ。



「いきますっ!」



 開戦の声をあげると同時、えいっと魔力をこめると彼女の履くショートブーツに小さな翼が生える。



「【飛翔リアリー】!」



 ふわりと足が地面から離れ身体が宙に浮かび上がる。



「むむむ……」とバランスを保つことに集中しゆっくりと高度を上げていると、シュルリと触手のような蔦が目の前まで伸びてくる。



「はぇ……?」



 ぱちぱちと瞬きをしてその蔦の先端を見つめていると、そこからニュッと葉が生えてきて、まるで掌で蝿にそうするように水無瀬をペチッと叩き落した。



「ぅきゃ――っ⁉」



 べチャッと地面に張り付くと飛行の魔法が解除され、ブーツに生えた翼が霧散した。



「ィキキキキキッ!」



 植物型のゴミクズーは耳障りな哂い声を上げ、そのまま水無瀬へ追撃を仕掛ける。



「――あいたっ⁉ いた――くないけど、やめてぇーっ!」



 ペチペチと葉っぱに叩かれる水無瀬の間抜けな姿に弥堂は眉間を揉み解してから一つ溜め息を吐き、無造作に近寄っていくと彼女の足首を掴みペチペチの爆心地から引っこ抜いた。



「――あわわわ……っ! あ、あれっ?」


「お前は何をやっているんだ」


「あ――弥堂くんっ! えへへ……ありがとう」


「…………」



 照れたように笑顔を浮かべる彼女をジッと視る。



 結構な質量に殴られ続けていたはずだが、やはりダメージと謂えるほどのものは何もないようだ。


 見定めるような眼で逆さ吊りにした水無瀬を見下ろしていると、彼女の股にネコ妖精がヘバりついた。



「テメーこのスケベやろうっ! 隙あらばパンツを見ようとするんじゃねえッスよ!」


「…………」



 戦場において真剣味の欠片もないようなことばかりを言う役立たずのお助けキャラを無視して油断なく大型のゴミクズーへ眼を向ける。



「ハッ――逃がすかよ! やれっ! ギロチン=リリィッ!」


「キィィィーーーーーっ!」



 ボラフの命令に従い咆哮をあげた花のゴミクズーは蔦を振り上げる。



(ギロチン=リリィ……?)



 昨日、ネズミの化け物のことは『ゴミクズー』と呼んでいたボラフが発した呼び名のようなものに眉を顰めるが、考えを巡らせる間もなく上空から蔦が鞭のように振り下ろされる。



「――っ!」



 その軌道をよく視て水無瀬の足を雑に掴んだまま最小限の動きで躱す。



 しかし、敵の攻撃はその一撃で終わることはなく複数の蔦が次々とこちらへ伸びてくる。



「わっ、わっ、わ……っ⁉ す、すごい……! 弥堂くんすごいっ!」



 能天気な水無瀬の声を聞き流しつつ、最低限のステップを踏み足の捻りで身体の向きを連続で変えながら、突き出されてくる全ての攻撃を躱していく。



「……昨日も思ったが、テメェなんなんだ? 見る限り魔法を使ってるわけでもなければ、別に魔力があるわけでもねえ。どうして対応できる?」


「どうしてなどと言われるほどのものでもない。相手の攻撃が来ない場所に攻撃が来る前に移動しておくだけのことだろ」



 不審な目を向けてくるボラフに何でもないことのように答える。



「そうかよっ! なら、これならどうだ⁉ ギロチン=リリィ!」



 ボラフが叫ぶと同時、花茎から伸びる蔦の数が増える。



(花の形から見るに元は百合の花だったようだが、これではもはや原型などあったものではないな)



 うねりながらこちらへ狙いをつけるそれらを無感情に視ながら備える。


 そうは間を置かずに数多の蔦が一斉に向かってきた。



 視界に入るだけの全ての蔦の軌道を俯瞰しながら先程と同じように捌いていく。



「――っ!」



 しかし、今回は数が多すぎる。



 幾本かの蔦は回避できたがすぐに逃げ道を塞がれてしまった。



 巨大な葉の掌が逃げ場のない弥堂に影を落とす。そしてそれは間髪入れずに振り下ろされた。




 迫りくるその葉をよく視ながら弥堂は適切な対処をする為に右腕を動かす。


 そして――



「――あいたぁーーっ⁉」



 敵の攻撃を手に持ったものでしっかりとガードした。



 シンと、一瞬場が静まる。



 誰もが唖然とする中で、やや躊躇いがちに動いた数本の蔦が追撃をしかけてくる。



「いたいっ、いたいっ、いたぁーいっ! やめてぇーっ!」



 ペチ、ペチ、ペチと襲い来る連撃を弥堂は適格に全て受け止めていく。


 右手に持った水無瀬で。



「テっ、テテテテテメェーッ! 何してやがんスかこのヤローッ⁉」



 ガバっと右腕に取りついてきたメロが猛烈な抗議をしてくる。



「ガードしてるだけだが?」


「だけだが? じゃねーんッスよ! このバカやろー!」


「あぅぅぅ……痛くないけど痛いよぅ……」


「ダメージを負わないんだろ? 何の問題がある」



 涙目でプルプルと怯える愛苗ちゃんの姿を見ても何一つとして憚ることなく堂々とした態度を崩さない男に人外たちは戦慄した。



 オロオロとした表情を浮かべたように花を向けてくるギロチン=リリィに攻撃停止命令を出すと、ボラフも弥堂を責め立てる。



「オイコラァッ! このクソニンゲンっ! イカレてんのかこの野郎っ! 威勢よく啖呵切ったくせに女の子の陰に隠れたと思ったら終いには物理的に盾にするだとぉ! テメェにはプライドとかねえのかよ⁉」


「意味がわからんな。勝つ為に最善の手を選ぶ。その手段は問わない。出来る限り効率のいいものが望ましい。それはつまり全力を尽くすということだ。強いて言うのなら、それが俺のプライドだ」


「クソッ……! 頭おかしいぜ、この野郎っ! オイ、ギロチン=リリィ! コイツだけを狙え! カワイソウだからフィオーレには当てるなよ!」


「キッ、キィィーーッ!」



 無茶ぶりをされたギロチン=リリィが戸惑いつつも一本の蔦を突き出すと弥堂はその射線上に水無瀬を置く。すると、ビクっと蔦を震わせ攻撃を中断した。


 改めてソローっと遠慮がちに伸ばしてくる蔦を弥堂は難なく躱しながら距離を空けていく。



「わぁー。弥堂くんすごいっ! なんでそんなに上手なの? 体育が得意だから?」


「そんなわけ…………いや、そうだ。体育が得意だからだ」


「そうなんだ。私も体育の授業頑張ったら避けれるようになるかな?」


「…………そうだな」



 戦闘中に脱力をするような質問をされ反射的に彼女の言うことを否定しようとした弥堂だったが、まともに相手をしていると気が散るため適当に肯定してやった。


 やがて一定の距離まで下がると弥堂は動きを止め、手に持った水無瀬を地に立たせてやる。



「助けてくれてありがとう」


「礼はいいからさっさと攻撃をしろ」


「うん!」



 元気いっぱいにお返事をした愛苗ちゃんは再び「むむむ……」と念じるとふよふよと浮かび上がり、不安定な動作で前に進もうとする。


 弥堂はその彼女の襟首を掴んで引っ張った。



「待て」


「きゅぴ――っ⁉」



 突然首が締まり驚いた水無瀬は目を白黒させ飛行の魔法を解いてしまう。



「お前、何するつもりだ」


「え? 攻撃……? しよっかなぁって……」


「何故いちいち苦手な飛行をして近づこうとする?」


「えっとね、私の魔法なかなか当たらないじゃない? だから近くに行った方が当たりやすいかなって……」


「…………」


「チッチッチッ、わかってねえッスね。少年は」


「……なにがだ?」



 呆れから言葉を失くしていると腕にへばりついているネコ妖精にマウントをとられる。



「これがマナの基本戦術なんスよ」


「戦術……だと……?」


「うむッス! 攻撃は当たらない。攻撃を避けられない。飛ぶのも苦手。特に戦いながらは無理ッス。だから最初に敵が届かないところまで飛んでから当たるまで魔法を撃つんス! 必勝法っス!」


「昨日も今日も、飛ぼうとしている間に捕まって攻撃されてなかったか?」


「うむッス! そこは自慢の装甲で耐えるんス! クソデカ魔力で防御魔法カッチカチッス! 魔力にモノいわせてオニ防御ゴリ押しッス!」


「……装甲を貫いてくる敵に出会ったらどうするんだ?」


「そん時はアレッスよ、気合で魔力増やすんスよ……なぁ、マナ?」


「うん! その時は一生懸命がんばってもっといっぱい出せるようにするね!」


「いや、攻撃を当てたり避けたりする工夫をしろよ。なんでお前らそんなに馬鹿なんだ」



 具体的な展望など何一つ見えてこない、彼女達の唱える『戦術:がんばる』に弥堂は激しく苛立った。



 勝つ為にはそれに値するだけの理由が必要だ。


 単純な力関係や行動の論理ロジックだけでなく、相性というものもある。


 例え実力で上回っていたとしても敵との相性によってはそれをひっくり返されるという事例は間々ある。



 それらを踏まえた上で勝率を安定させる為には知識や情報が重要となる。


 そういったものを全く取り入れている様子のないポンコツコンビを弥堂は侮蔑の視線で見下した。



「相手の武器をよく見ろ。これ見よがしに出しているだろう」


「武器……?」



 復唱しながら水無瀬はギロチン=リリィの方へまんまるお目めを向ける。



 アスファルトを突き破って地下から伸びた花茎が身体で、その頂点からぶら下がる花が頭部のように見える。主軸となる花茎から枝分かれした茎には葉がついており、最初に遭遇した時よりも数を増やしたそれらが蔦のように蠢いている。



 その姿をよく観察した水無瀬は「うんうん」と頷いてから弥堂の方へ顔を戻す。



「うねうねしてる!」


「……そうだな。いいか? あれは触手だ」


「しょくしゅ……」


「そんなことも知らんのか? あれはお前のような魔法少女の天敵だ。あの触手がある限りお前は絶対にヤツには勝てん」


「えぇっ⁉ そ、そうなの⁉」


「そうだ。特に接近戦は以ての外だ。全身の穴という穴を貫かれて拷問にかけられるぞ。数々の文献にそう記されている」


「そ、そうだったんだ……知らなかった……」



 弥堂は上司である廻夜から渡され読破を命じられた1冊20P前後の薄い冊子となっている数多の文献を思い出しながら水無瀬に説明してやった。



「オイ、オマエそれエロど――」

「――で、でもっ! ギロチン=リリィさんはお花だし、触手じゃなくって蔦なんじゃないかな?」


「お前にはあれがまともな植物に見えるのか?」


「え? えーと、そう言われてみると……最初はユリのお花なのかなって思ったけど……ユリに蔦はなかったと思うし、葉っぱもああいう付き方はしないし……なんか変だね」


「そうだろう。こういった場合、ああしてウネウネしていればそれは大体触手だ。そして触手には魔法少女は勝てない。もう少しでお前は全身の水分を撒き散らしつつ無様に舌を突き出しながら白目を剥いて失神するところだったんだ。少しは危機感を持て」


「う、うん……、ゴメンね……」


「お前もその歳で卵を産みたくはないだろう?」


「卵……?」


「触手に刺されると卵を植え付けられるんだ」


「えっ⁉ お花なのに⁉」


「あぁ。触手とはそういうものなんだ」


「そ、そうだったんだ……」



 もう少しで自分が母親になる可能性があったという事実に触れ水無瀬は茫然とする。



「いや、だからそれエロほ――」

「――でもでもっ! だからって放ってはおけないし……私どうしたら……っ!」


「そうだな。だから勝つ為には工夫が必要になる」


「くふう……?」


「あぁ。こっちに来い」



 水無瀬を引き寄せて両肩に手を置き、立ち位置を固定させる。


 ネコ妖精が何かを言おうとしていたようだが、どうせクソの役にも立たない戯言だろうと決めつけ黙殺した。



「ここから撃て」


「うんっ。じゃあ飛ぶね」


「飛ぶな」



 グッと彼女の肩を抑えつける。



「ただでさえ飛ぶのが下手くそなんだから余計なリソースを使うな」


「え……、でも高いとこまで飛ばないと――」


「――キィィィィーーーッ!」



 言い終わる前にギロチン=リリィが咆哮を上げ触手を放つ。



「わっ……⁉ わっ……⁉ わわわ……っ⁉」



 迫りくる触手に慌てふためく水無瀬の肩に置いた手で彼女を引き寄せ半歩ほど下がらせる。



「たっ、たまご――っ⁉」



 ギュッと瞑った彼女の目の前10cmほど手前でピタっと触手は止まる。


 あと僅かの距離を縮めようと触手はグニングニンと藻掻くように蠢き、やがて諦めたのか元の場所へシュルシュルと戻っていく。



「たまご……?」


「産まなくていい」



 コテンと首を傾げながらこちらを見上げてくる水無瀬に一応そう言ってやった。



「どうせ敵の攻撃が届かないのなら別に飛ぶ必要はないだろ」


「えっと……それって……?」


「ここが奴の射程限界だ」



 言いながら弥堂は地面から生えているギロチン=リリィの根元に眼を向ける。


 先程攻撃を躱していた時に目算で感覚と経験から敵の射程範囲に見当を付けていた。移動手段がないのならば、現在地は安全地帯ということになる。



「おぉっ! 少年スゲーな! なんか達人っぽいッス!」


「達人ではない。プロフェッショナルではあるがな」


「それ何が違うんスか?」


「どうでもいい。そんなことより水無瀬。ここから魔法は届くか?」


「うん……、多分だいじょうぶっ!」



 彼女達からはあまり得られない望んだ答えが返って来て弥堂は満足げに頷いた。



「よし。では撃て。殺せ」


「え……? でもでもっ……!」



 しかしすぐに眉を顰めることになる。


 どうも水無瀬には弥堂が提案した戦闘プランになにやら異論がある様子だ。




「……なんだ?」


「あのね? ここから魔法しちゃうのって、私だけが攻撃できるってことだよね?」


「そうだ」


「えっとね……、それはズルいと思いますっ!」


「あ?」



『はいっ』と手を挙げて元気いっぱいに告げてきた彼女の発言に弥堂は盛大に眉根を寄せた。



「それにね? ゴミクズーさんは攻撃されるだけってかわいそうだと思うの!」


「……? 言っている意味がわからんな。要は有利に戦闘を進められるということだろう? それの何が悪い? というか、いつも敵の攻撃が届かない上空から滅多打ちにしているんだろう? 何が違うんだ?」


「えっと……、えっと……それはね――」

「――チッチッチッ……甘いッスね、少年は」


「なんだと?」



 いっしょうけんめい言葉を探しながら説明をしようとする水無瀬に変わって、ネコ妖精のメロが口を挟んでくる。



「いいッスか? 飛行チャレンジをする場合。こっちは飛びたい。向こうは邪魔したい」


「なにを当たり前のことを」


「つまりっ! そこに戦いが生まれるんス! ところがどっこい! ここから撃つ場合はどうッスか! 一方的な虐殺じゃないッスか! そんなので勝ってもヒキョーッス! ズリィーッス!」


「うんうん……! そうなの! そういう感じのことが言いたかったの!」


「…………」


「カァーーっ! どうやら完膚なきまでに論破しちまったようッスね! ツレェーっ! ネコ妖精聡明でツレェーっ!」



 ポンコツのくせに一流の武人のような意識高いことを言い出した二人に弥堂は激しく苛ついた。


 反射的に手が出そうになったがグッと拳を握りしめ、怒りを溜め息で吐き出してから辛抱強く説得を試みる。



「……いいか? お前らの目的を思い出せ」


「へ?」

「目的……ッスか?」


「そうだ。お前らの目的は街を守ることだろう」


「うんっ。そうだよ!」

「なにアタリメェのこと言ってドヤってんスか? オマエ実は意外とバカだろ」


「…………」


「あっ⁉ コラッ! やめるッス! なにするんスか⁉」



 生意気なクソネコを反射的に殺しそうになったがギリギリ踏みとどまり、代わりにヤツの耳をベロンと裏返してやることで弥堂は溜飲を下げる。



「目的は街の治安を維持することであって、戦闘能力でヤツらを上回ることがお前らの目的ではないだろう? 違うのか?」


「えっと……、ちが、わない、です……っ」

「よくわかんねーけど、それは多分そうッスね」


「ゴミクズーどもはそれを邪魔する障害の一つであり、戦闘はそいつらを排除する為のただの一手段に過ぎない。戦い方や勝ち方などどうでもいいだろうが」


「えぇーと……、そう、なのかな……?」

「うぅ……、耳がぁ……耳がキメェッス……っ!」



 飼い猫を抱っこしながら耳を元に戻してやる飼い主と、耳が気になって掻きたいのか、後ろ足を中途半端に持ち上げて「ていっていっ」と空転させるネコ妖精に冷たい眼差しを向ける。



「それともなんだ? 戦い方や勝ち方に拘っていたから敗けましたと、街を守れなかった時にお前らはそう言い訳をするのか? 倒壊した建物の下敷きになった死体にそう言って頭を下げるのか?」


「そ、そんなことないよっ! いっしょうけんめい頑張るよ!」

「そうッスよ! ジブンらだって頑張ってるんス! そんな言い方すんなしッス!」


「だから。現場に出てから気分だけで頑張るな。勝率を1%でも上げる方法を見つけ出すことに労力を注げ。俺の言っていることは間違ってるか?」


「まちがって……ないと思うけど……でも……」

「だってなんかヒキョーっスもん! 正義の魔法少女的にどうかと思うッス!」


「それは見解の違いだな。何となくやりたくないからとやれることもやらずに失敗をして、『自分は頑張った。だから責めるな』などと後から言い訳をする輩の方が遥かに卑怯者だと俺は考えている」


「うぅ……」

「そうかもしんねーッスけど、言い方が冷たいッス!」


「第一――」



 ジロリとギロチン=リリィの花の上のボラフに眼を遣る。



「――こんなに開けた場所で移動も出来ず射程に限りもあるヤツを引っ張り出してきたのが間違いだろ。卑怯もなにもこれはあの花の上で踏ん反り返っている無能の落ち度だ」


「だっ、だだだダレが無能だっ⁉ オレだって頑張ってるんだ!」



 フンと鼻を鳴らして視線をポンコツコンビに戻す。



「敵の弱点を攻めることは定石で、効率よく勝利に繋げるようにすることは常識だ。それらを実行することが努力だ。グダグダと耳障りのいい能書きを垂れるのは敵を殺してからにしろこのグズどもが」


「あぅ……ごめんないさいぃ……」

「そうかもしんねーッスけどもっと優しく言えっス! オマエみたいなヤツはどうせキャバクラとか行ってもドヤ顏で嬢に説教してんだろッス! 呼ばれてねーのに勝手に来てエラそうにすんなしッス! ドリンク入れさせろッス!」


「そのような事実はない」



 論理的に反論が出来なくなると、自身の悪感情から生まれる妄想をまるで事実であるかのように決めつけて喚くことしかしなくなる。


 そんな下劣な振舞いをすることから『やはり所詮はケダモノだから知能が低いのだな』とまるで事実かのように決めつけて弥堂はネコ妖精を見下した。



「いい加減に口答えをするな。お前らポンコツは黙って言うことを聞いていろ」


「な、なんだとこのヤローッ! なんて言い草ッスか!」


「うるさい黙れ。オラ、水無瀬。さっさと構えろ。よーい」


「えっ……? えっ……? は、はい……っ!」



 パンパンと手を叩いて水無瀬を急かすと、彼女は戸惑いながらも流されて魔法のステッキをギロチン=リリィへ向ける。


 ネチネチと理屈を捏ねて二人を詰ったわりに、弥堂は最終的には勢いでゴリゴリと押しきった。



「えっと、その……、ごめんなさいっ。いきますっ! 【光の種セミナーレ】ッ!」



 杖の先からポヨンっとまろび出た光球がピューっと飛んで行ってギロチン=リリィの数m脇を通り抜け、奥に停まっていた車にボゴンと直撃する。



 一同でグシャリと拉げた車のボンネットを一度ジッと見る。



 弥堂はパシンと水無瀬の後ろ頭を引っ叩いた。



「お前の目はどうなってんだ。ぶっ壊れてんのか」


「あいたぁー⁉ あぅぅ……、両目とも1.5です……」


「なんであんなにデカイ的を外すんだ。真面目に狙え」


「がんばります……」



 痛みのない後頭部を擦りながら魔法のステッキに第二弾を生み出す魔力を注いでいく。今度は狙いを外さぬよう「むむむ……っ」とでっかいお花をよく見る。



「えいっ! セミナーレッ!」



 今度は狙い違わずに光の魔球はゴミクズーへ向かっていく。とてもゆっくりと。



 ギロチン=リリィはふよふよと近づいてくる光球をジッと見ると、ある程度まで引き寄せたところで葉っぱの掌でペチンと叩き落した。



「あっ⁉」


「アイツ防ぎやがったッス!」



 ポンコツコンビが騒ぐのを他所に弥堂は目を細める。



「……あの魔法は敵に触れさえすれば殺せるわけではないのか?」


「えっ?」



 地面に出来た小クレーターを視ながら問いかけた。



「えっとね、なんていうか……」


「お前はいい。こっちは気にせずに撃ち続けてろ。頑張れ」


「あ、うんっ! がんばるねっ!」



「えいっ、えいっ」と魔法を連打し始める彼女を横目に再度メロに問う。



「で? どういうことなんだ?」


「どうって言われても……。当たればそれで殺せるなんて、そんなわけねぇじゃないッスか」


「そうなのか? 昨日は楽に殺しているように視えたが」


「ありゃぁゴミクズーの中でも特にゴミッスから。あのネズミ程度はマナの魔法なら確かに当たれば殺れるッスね」


「……あの花は違う、と?」


「その通りッス!」



 メロは腕組みをするように前足を絡ませ、後ろ足二本で立ち踏ん反り返る。弥堂は四足歩行動物の癖に生意気だと癇に障ったが効率を優先して視線で話の先を促した。



「要は力関係があるんス。攻撃側の魔法と防御側の魔法。より魔法的に上回っている方が優先されるんス」


「ほう……」

(魔法的に、か……)


「どっちが上かってのを決めるには色々条件があるんスけど。まともに説明したらマジ複雑ッスから、まぁ大体は魔力の大きさで決まるって考えときゃいいと思うッスよ」


「そうか」

(或いは存在の格、か)



 たまに飛んでくる水無瀬の魔法をペシペシと苦も無く叩き落しているギロチン=リリィへ視線を向け、目には見えないその魂の形を――その存在の強度を測ろうとする。



「……つまりはヤツの方がネズミよりも格上ということか」


「そういうことッスね。なんせ『名前付き』ッスから。でも安心するッス。あのゴミ草よりもマナの方が全然格上ッスから」


「だろうな」


「……オマエ本当にわかってるんスか? 魔力もねえクセに知ったかしてないッスか?」


「確かにお前らの謂う魔法のことはよくわからんが、力関係については理屈としては理解は出来る」


「そッスか? なーんかオマエ怪しいんスよね。昨日も言ったけどやたらと事情の飲み込みがいいし」


「そう言われてもな。魔法もゴミクズーのことも知らなかったが、実際に目の前に存在しているんだから否定しても意味がないだろう」


「まぁ、こっちは楽でいいッスけど、それもどうかと思うッスよ?」



 クンクンと鼻を鳴らして怪訝そうに臭いを嗅いでくるネコ妖精に適当に肩を竦めてみせる。



「そんなことより『名前付き』、とか言ったな?」


「アン? おぉ、言ったッス。『ネームド』ってやつッス!」


「“ギロチン=リリィ”というのが名前か。で、それはなんだ?」


「そのまんまッスよ。名前持ちのゴミクズーのことっス」


「昨日のネズミは違うのか?」


「そッス。あれはただのゴミクズ雑魚のゴミクズーッス。んで、このゴミ草花のゴミクズーは“ギロチン=リリィ”って名前を持ったレアな個体ッス。名前持ちだから強いんッス!」


「なんで名前があると強いんだ?」


「え? そんなのネームドだからに決まってんじゃねえッスか。名前があるからユニークでレアなんスよ」


「……強いから名前を持って生まれるのか? それとも強いと云われるだけの功績をあげて名前が付けられるのか?」


「アン? あんま難しいこと言われても……。ジブンはネコさんッスから」


「……名無しに後から名前を付けたらそれだけで強くなるのか?」


「さぁ? よくわかんねーッス」


「……そうか」



 いい加減な返答をするネコ妖精を本当はもっと細かく追及したいところではあった。


 しかし、普段から部活動の上司である廻夜によって訊いてもいないのにゲームやアニメの設定などについて教えられていた弥堂だったので、『ネームドはレアでユニークだから強い』という概念がスッと入ってきてしまい、不本意ではあるが受け入れることにした。



 そして暫く放置していたポンコツ砲台の方へ視線を動かす。


 随分と真剣な表情で次々と魔法を放ってはいるが未だに一発も当たってはいない。


 ほとんどの光球は的を外し近辺を破壊している中で、たまにギロチン=リリィへ向かっていくものもふよふよと速度が遅く、あっさりと叩き落されている。



「おい。もっと威力と速度を上げられないのか? 昨日のネズミにトドメを刺した時のヤツを出せ」


「え? う~ん……できるかなぁ~?」



 首を一度傾げてから水無瀬は目を瞑り「むむむ」っと集中をしてみる。


 するとステッキの先端に巨大な光球が出現し、それを見たメロがズザザザっと後退り、向こう側でギロチン=リリィもビクっと大袈裟に身を跳ねさせた。



「できたっ! 弥堂くん出たよっ!」


「……昨日よりもデカイな。まぁいい。これをもっと速く打ち出せないのか?」


「えっとね……、多分できるんだけど、威力とか速度を上げようとすると余計にヘンなとこに飛んでっちゃうの」


「そうだとしても、よくあんなにデカイ的を外せるな」


「どうしよう……?」


「そうだな。俺に考えがある」



 弥堂は言いながら水無瀬の背後に周り彼女の首と片足のふとももをガッと掴んだ。



「へ……?」



 そのまま水無瀬を持ち上げて彼女の身体を横に倒す。



「えっ……? えっ……?」


「さっきから見ている限り、弾が逸れる時は横方向に外れている。つまり、お前を横にして撃てばズレるのは縦方向になる。こうすればあの大きさならどっかには当たるだろ」


「あ……っ! そっか! 弥堂くん頭いいねっ!」


「いやいやいやっ! どうかと思うッスよ⁉ おいテメェ! せめてお姫様だっこしろよ! 絵面がダサすぎんだろッス!」



 ネコ妖精から何かクレームが上がっていたが、その飼い主は感心した様子だったので同意したと弥堂は見做した。



「よし撃て。頑張って殺せ」


「うん!」


「いいか? 手を抜くなよ。最大パワーで殺せ」


「いきますっ! 【光の種セミナーレ】ッ!」


「う、うおぉぉっ⁉ やめろっ! そんなもんこっちに向けるな!」



 怯えて触手をうねらせる花の上で焦るボラフの言葉も虚しく、無慈悲な大きさにまで膨れ上がった魔法が「えいっ」と放たれた。



 ギュオッと轟音をあげながら進む魔法の光球は必殺魔球のような無軌道な軌跡を描き、ギロチン=リリィの身体を大きく迂回して背後に飛んで行った。


 駐車されていた車にぶち当たっても衰えるどころか車を呑み込みつつ周りの車も複数台巻き込んで吹き飛ばし、やがて破損したタンクの中のガソリンが引火したのか大爆発を起こした。



「は、はわわ……っ!」


「はわわじゃねえんだよ。チッ、使えねえな」


「ふぎゃっ⁉」



 弥堂は手にした兵器が思ったような結果を出せなかったことに失望し、興味をなくしたので適当にそのへんに放り捨てた。



「あいたた……」と涙目で起き上がる水無瀬を視て、次に他の面々に眼を遣ると、轟轟と燃え上がる駐車場を見て人外どもは茫然としていた。



 もう一度水無瀬に視線を戻すと、彼女は今しがた自分を物理的に捨てた男に対して「えへへ」と笑いかけてきた。



 弥堂はハァと溜め息を悟らせぬように吐き自身の首の後ろに手を回す。



 最早こいつらには任せておいても時間の無駄だと、自身の手で決着をつけることを決めて首に掛けたネックレスチェーンを外す。



 プチッという留め具の外れる音の後にシャラッと音を鳴らしながらながら擦れるチェーンを右手で掴み自身の身体の前に掲げる。



 逆十字に吊るされた赤黒いティアドロップがゆらめいた。

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