1章13 『Cat on site』


 淀みのない歩調で帰路を踏む弥堂 優輝びとう ゆうきは、周囲に騒がしさの名残のようなものを感じ取りながら、特に気にせず足を動かす。



 正門を踏み越えて学園の敷地外に出た。



 すると、門を出てすぐ右へと進路を向けたところで見知った顏を目にする。



 思わず歩を止めて顔を顰めそうになるが、意識して歩調と表情を操作し一定のペースで進み続けた。



 歩道と車道を境界するガードレールに腰を預け、まるで弥堂が現れるのがわかっていたかのように正門の方へ身体と視線を向けていたその人物には、特に自分を発見した際の反応のようなものはない。


 当然のことのように弥堂を見ている。



 バッチリと目が合ってしまっていたのだが、別に顔を合わせる度に何か声をかけあうような関係でもないため、弥堂も特に反応をする必要もないだろうと判断し、そのまま通り過ぎようとする。



 だが、『彼女』はそうは思っていないようだった。



「よっ」



 弥堂が目の前に近づくタイミングで、片手を顏の横に上げて気安い感じで声をかけられる。



 それに対して弥堂も――



「おう」



 軽い返事を返して、足は一切止めることなくそのまま希咲 七海きさき ななみの目の前を通過した。




 実にお互い馴れた感じでクラスメイトの男子とコミュニケーションをとれた希咲は、自分の顏をまともに見ることもせずに淀みなく通り過ぎて離れていく背中にニコッと笑顔を向けて、顏の横に上げていた手をグパグパと動かすと――



「ちょっと待ちなさいよっ!」



 瞬時に眉を斜めにして怒りの声で彼を引き留めた。



 諦めのいい弥堂は、どうせ逃げきれないだろうなと足を止めて振り返る。



「なんだ?」


「なによ、そのイヤそうな顏っ!」


「そんなことはない。なんだ?」


「なに普通に無視して通り過ぎようとしてんのよ! バッチリ目が合ったでしょ!」


「無視などしていない。返事をしてやっただろう」


「なにが『おう』だ! エラそうにすんな!」


「…………なにか用か?」


「用がなきゃ声かけるわけないでしょ。あんたを待ってたの!」



『まぁ、そうだろうな』と思いつつ、さっきからその用とやらを聞いているのに中々答えようとしない女に弥堂はうんざりとした心持ちになる。



「なんでもっとイヤそうな顔するわけ? あんたチョーシツレイっ!」


「……それで? わざわざ俺を待ち伏せなどしてどういうつもりだ? 闇討ちするならもっと場所を選んだらどうだ」


「同じガッコの女子が待ってたって言ってんのに、なんでファーストチョイスが闇討ちなのよ。どんな発想してんの? バカじゃないの」


「そう言われてもな。これまでの経験上、放課後に俺を待っている人物の用件の8割は襲撃だ」


「……襲撃を受けることが当たり前の生活なんて改めなさいよ」



 つい先程も年端もいかない姿のメイドどもに襲撃のような何かを受けたばかりなので、弥堂としては当然の思考なのだが希咲からはゲンナリとした反応が返ってきた。



「襲撃でないのなら何をそんなに怒っている。そんな態度でコンタクトをとってきて友好的だった奴などいないぞ」


「あんたが無視するから怒ってんじゃん!」


「だから無視してねえって言ってんだろうが」


「あれは世間一般では無視ってゆーのっ! 覚えとけコミュ障!」


「お前がさっさと用件を言えばいいだろうが。めんどくせえんだよ」


「女子にめんどくさいって言うな! あんたがちゃんと立ち止まって『やぁ希咲さんこんな所で会うなんて奇遇だね。もしかしてボクに何か用なのかな?』とかって言えばよかったの!」


「やぁ希咲さんこんな所で会うなんて奇遇だね。もしかして僕に何か用なのかな?」


「バカにしてんのかーーーーっ!」



 言われたとおりにしたというのに、希咲に両手を振り上げながら怒鳴りつけられ弥堂はあまりの理不尽さに苛立ってきた。



「お前が言えって言ったんだろうが」


「そのまま繰り返すな! てゆーか顏がムカつくのよ! なんで変顔するわけ!」


「そんな顔はしていない」


「してたじゃん! なんで白目になるわけ⁉ バカにしてるからでしょ!」


「それは誤解だ。あまりに馬鹿馬鹿しくて口に出すことを憚れる言葉を言わなければならない時に、意識して知性を落とすようにしているんだ。理性やプライドが邪魔をするからな。白目はその副作用のようなものだ」


「思ってたよりも数倍バカにしてんじゃねーか、このやろーーっ!」



 怒り狂う希咲の様子に弥堂は危機感を覚える。


 このままでは昨日の二の舞だ。また無駄な時間を浪費する羽目に陥る。


 どうにか軌道修正を試みる。



「わかった。今後は黒目を常駐させるよう配慮しよう。それでいいな?」


「目ん玉よりも他人への配慮を心掛けなさいよ! あんたみたいなシツレーなヤツ見たことないんだけど!」


「そうか。それはいい経験ができ――いや、なんでもない。わかった。善処しよう」



 弥堂は反射的に減らず口を叩きそうになったが寸でで堪えた。


 このままこいつと口論をしていても仕方がないからだ。



 ジッと希咲を視る。



「あによ?」と威嚇をしてくる目の前の少女の様子と過去の経験を照らし合わせる。



 これはヒステリー女によく見られる傾向だ。



 憂さ晴らしをする為に文句をつけているはずなのに、気分が晴れるどころか喋れば喋るほどに感情が制御できなくなって怒り狂っていくパターンだ。


 そして最終的に泣くのだ。



 そんな面倒だけは避けなければと、弥堂は主導権を獲りにいく。


 先に喋らせてはならないのだ。


 相手を気遣う風を装って宥めにかかる。



「お前普段よりも怒りっぽくなってないか? 何かあったのか?」


「はぁっ⁉」



 しかし、コミュ障男は適格に地雷を踏んだ。



 怒りっぽい人間に、怒りっぽいと言ってはいけない。



「なによ! 誰が怒りっぽいって⁉ あんたが怒らせてるんでしょ!」



 だって怒るから。



「……そんな、つもりは、なかった。誤解、だ」


「なんなの! そのカタコトみたいな喋り方っ! やっぱバカにしてんでしょ⁉」


「そんな、つもりは、ない」



 弥堂は相手の怒りに釣られて湧き上がってくる自身の苛立ちを努めて抑える。



 怒りっぽい人間は相手も怒りっぽくさせるのだ。



 普段感情が希薄な弥堂 優輝が、何故かこの少女を相手にするとつい余計な口をきいてしまうのは、きっとそのせいだろうと自身の裡で理由付けた。



「……逆だ。普段理知的で思慮深いキミがそんなにもささくれ立っているのは、俺がここに現れるまでに何か嫌なことでもあったのではないかと、あれだ、心配になったんだ」


「……あんたがそうやってホメてる風な単語口にすると途端に誠意が感じられなくなるのって、なんなの? ねぇ? あたしを騙すか言い包めるかしようとしてんでしょ?」


「……誤解だ」



 なんて疑り深くて勘のいい女なんだとうんざりしながら弥堂は希咲の向けてくるジト目から視線を逸らす。



「イヤなことならあったわよ! あんたを待ってる間にガラの悪いヤツらに絡まれたの!」


「……そうか。それは災難だったな」


「ナンパされたうえにパンツみせろっていわれた!」


「……お前、毎日変態にパンツを要求されるような生活は改めたらどうだ?」


「あんたもその変態の一人だろうがーーーっ!」



 昨日の今日で何をやっているんだと呆れ、弥堂はつい本音を漏らしてしまった。


 それに対して『うがーっ!』と怒りを顕わにする希咲さんは、今日の件に関しては自分からそのように仕向けたという事実はサラっと隠蔽した。



「一応、心中は察するが、だがそれは俺とは関係ないだろう?」


「そう、だけど…………でもあんたが悪いっ!」


「なんでだよ」


「だってあんたが来るのが遅いんだもんっ!」


「あのな……」



 希咲を宥めるよう会話をしているつもりだったが、彼女の発言は段々と理不尽さを増していく。



「そもそも別に待ち合わせなどしていたわけではないだろう? 俺も俺で用事を済ませていたんだ。そんなことを言われる筋合いはないぞ」


「そう、だけど……でも、あんたが悪いことしてなきゃ先生に呼び出されたりしないじゃん! もっと早く帰れたじゃん!」


「無茶を言うな」



 弥堂の疲労感が増していくに連れて、周囲の者たちの関心は高まっていく。



 例によって二人の周辺では野次馬たちが見物をしていたのだが、その者たちからすると希咲の言い分は『はやく一緒に帰りたかったのに! もうっ! ばかばかばかっ!』という風にしか見えていない。



 その野次馬たちの存在には弥堂も気が付いていて、昨日希咲とした取り引きのことがあるので、あまり派手なことをして注目を集めたくないという理由もあり、彼女への反論を控えていた。



 当然、『昨日の希咲に関連することを誰にも漏らさない』という彼女の取り分について慮ったわけではない。


 今後、『希咲に自分の仕事を手伝わせ彼女を便利に使う』という自分の取り分の取り溢しを憂慮した結果だ。


 こんなところで自分と関係があると広まるのは一つも得がない。



 彼は安定のクズであった。



 しかし、もはや半ば以上イチャモンのようになっている希咲の言い分を聞き流すのはそろそろ限界だ。



 やはり女に対して必要以上に下手に出るのは調子づかせるだけだなと再確認する。



 未だにぶちぶちと言い続けている希咲の文句に自動回答で相槌を打ちながら、またやり過ぎるしかないのかと胸中で溜息を吐いた。




「――てゆーか、あんたマジでなんなの? 今日だけでも、どんだけあたしに迷惑かけたと思ってんのよ。大ごとになんないようにしてあげてんの、ちゃんとわかってるわけ?」


「キミは素晴らしいな」


「ふんっ! あんたなんかにホメられても嬉しくないのよっ。おべっかはいらないからジョーシキ身に付けてよねっ。いっぺん幼稚園とかからやり直したら? うちの妹が通ってる保育園に空きないか聞いたげようか?」


「あぁ」


「は? なにホンキにしてんの? キモいんだけど。てか、あんたなんか教育に悪すぎて園児たちに近付けられるわけないじゃんっ。バッカじゃないの! ……あんたもしかして、ちっちゃい子にまでヘンなことする気?」


「キミの言うとおりだ」


「はぁっ⁉ ……うそでしょ…………マジキモいんだけど……。やっぱヘンタイなんじゃん! 昨日もえっちなつもりであたしにヘンなことしたんでしょ⁉」


「そうだな」


「――っ⁉ ありえないありえないマジありえないっ! 絶対させないから! わかってん――って、ちょっと待って……、あんた、あの写真とか、昨日あたしにしたこと想像して……とか、なんかヘンなことしてないでしょうねっ⁉」


「キミは素晴らしいな」


「マジきもいっ‼‼」



 自動回答は弥堂 優輝の数少ない得意技だ。



 かつての師であるエルフィーネから課される無茶な修行からの現実逃避で身に付けた、女の話に自動で肯定の相槌を打つという奥義である。


 女の話など長いだけで特に内容などなく、またどうせ相手も自分の話など聞いてないだろうという不誠実な見切りをし、無意識下で同意を示してやり過ごす業だ。


 相手の声が聴こえていても、それを意味のある言葉だと認識しないように自身の脳に制限をかけることによって精神的な疲労を軽減するのだ。



 弥堂自身は極めて有効な技術だと自負しているが、実際のところは別に滞りなく会話を終えられるよう効率化出来ているわけではなく、大抵の場合相手に適当に返事をしていることに気付かれ、それで相手が怒ってしまい話しかけてこなくなるので、結果として彼の望み通り会話が終わってはいるから有効的に作用していると勘違いをしている。



 そしてこの場でも、滞りなく取り返しのつかないことになっていた。



「あんたガチでサイテーすぎっ! 大体、朝の写真のこともそうよ! えっちな写真使って脅すとか犯罪だからね! わかっててやってんの⁉」


「そうだな」


「そうだなじゃねーわよ! 相手があたしだったからよかったものの、フツーの女の子にやったら大事件よ!」


「キミは素晴らしいな」


「だからって、あたしにはやってもいいって意味じゃないから勘違いしないでよねっ!」


「あぁ」


「なんでヘンなことばっかすんの? HRでみんなのこと脅したりとかしないでよ。あんなことしたらみんなサガっちゃうでしょ? せっかくガッコ来たのにカワイソーじゃん!」


「キミの言うとおりだ」


「あんたもヤンキーどもみたいに他人を怖がらせてトクイになってるクチ? 勘違いだから! みんな恐れてるんじゃなくて嫌ってるだけだから! わかってる⁉」


「そうだな」


「あんたにはわかんないかもしんないけど、教室の空気サイアクだったんだから! あれ戻すのに結構頑張ったのよ⁉ 感謝しなさいよね!」


「キミは素晴らしいな」


「あと。さっきから適当に返事してるのもあたしちゃんと気付いてるからね」


「キミは素晴らしいな」


「ひっぱたくぞバカヤロー」




 通常、弥堂が適当に定型文での返答を繰り返していることに気が付いた相手は大抵怒鳴って捨て台詞を吐いて立ち去ることがほとんどだが、中にはこの少女のように例外もいる。



 人間は怒ると文句を言う。



 怒っているから文句を言うし、文句を言っているから怒っているとも謂える。



 ただごく一部。



 怒っているから文句を言ってもいいと、その特権を行使する為に、その権利を維持する為に、怒り続ける人種がいる。



 弥堂の脳内のチェックシートに印が入ったため、危機感からオートモードが解除された。



――メンヘラチェックシートだ。



 弥堂は脳内で『文句を言うために怒りを持続させようとする』の項目に入ったチェックを認識し、目の前でこちらにジト目を向けながら今もぶちぶちと文句を垂れる少女を視た。



 今まで数々のメンヘラと戦ってきた経験をもつ弥堂は警戒感を募らせる。



「ホントなに考えて生きてたらそんなヒジョーシキでシツレーなことしようとか思っちゃうわけ? あやまんなさいよね!」



 そら、きた――と、脳内のチェックシートの『男に謝らせることに拘る』の項目に“レ点”が入り、弥堂は僅かに眉を動かした。



(調子にのりやがって、このメンヘラが……)



 感じる危機感が増していくと同時に強烈な敵愾心も沸き上がっていく。



 今まで数々のメンヘラにひどい目にあわされてきた経験をもつ弥堂は、メンヘラに絡まれたらとりあえず大泣きするまで詰め倒した挙句に謝罪をさせないと気が済まなくなる性質を持っていた。



 脳天に巨大なブーメランをぶっ刺したメンヘラ男は、無慈悲に相手の人格を崩壊させるような悪口雑言を口にしそうになるが、寸でで踏みとどまり周囲に視線を走らせる。



(ここでは人目に付く……)



 メンヘラを仕留めるには出来れば密室で一対一の状況が望ましい。



 努めて自制を働かせながら、この場では軽い報復をするだけに留めることを決める。



 可能であれば関わり自体を持ちたくないのだが、一旦関わってしまった以上は相手の好きにさせたままで終わるわけにはいかない。



 奴らに一度甘い顏をすれば、『あ、これ許されるんだ』と味を占めて調子にのり、その後も同じように要求をしてくるからだ。



 ガードレールに腰掛けたままプンプンと怒るクラスメイトをジロリと見遣る。


 何故か年上ぶった口調で説教をしてくるのが気に食わない。


 このメスガキをどう躾けてやるかと考えていると、彼女が一際声を荒げた。



「ちょっと! 聞いてんの⁉ ひとが目の前で怒ってるのによくシカトできるわね! そういうとこもマジ非常識っ!」



 ガンガンと、足を振って自身が尻を乗せるガードレールを踵で蹴って威嚇の音を立ててくる。


 その拍子に露わになる腿裏の白い肌を視て、話を変えてこの場を有耶無耶にするためにとりあえず嫌がらせでもしてやるかと行動を開始する。



「おい、そんなに足を振り回すとまたパンツが見えるぞ」


「なっ――⁉」



 絶好調で文句を言い続けていた希咲は、慌てたようにスカートを抑えてバッと足を揃えて閉じる。



「な、なに見てんのよ⁉ へんたいっ!」


「見ていない。まだ、な。だから見えないよう注意しろと指摘したんだ」


「余計なお世話よ! ひとが真剣に怒ってるのになんですぐパンツの話すんの⁉ あんたマジでパンツ好きすぎっ!」


「そのような事実はない。俺はまたお前が泣いてはめんど――可哀想だと思ってな。気を利かせただけだ」


「泣くわけあるか! ふざけんな、変態痴漢風紀委員っ!」



 当局を著しく貶めるような発言を聞き流しつつ、弥堂は希咲の顔をジッと視る。


 僅かに赤らんだ顔色をよく観察していると、相手は「ゔっ⁉」と怯んだ。どうやら効いているようで目論みどおりに事を進められると手応えを感じた。



 昨日に引き続き、めんどくさいことを言って迷惑をかけてくるメンヘラ女を追い詰めていく。



 目の前の顏を僅かに赤らめる少女が両手で抑えるスカートの中から伸びるふとももに、弥堂が一分の隙も伺わせない鋭い眼差しを触れさせると視線の圧を感じたのか、希咲は内腿をすり合わせて居心地が悪そうにした。



「そういう目で見るなって言ったでしょ! キモいっ!」


「生憎こういう眼しか持っていないのでな。まさか気に食わないから抉り出せとでも言う気か?」


「うっさい! ヘリクツゆーな! どうせまたえっちなこと言って有耶無耶にしようとしてんだろっ!」


「……そんなことはない。俺はただ心配をしただけだ」


「嘘ばっかつくな! あんたがあたしの何を心配するっていうのよ!」


「なに、ここでもしお前が俺にパンツを見られてしまったら、昨日のお前の言葉に照らし合わせればパンツを穿き替えなければならなくなるのだろう? 今から校舎の便所に戻ってパンツを穿き替えるなど非効率極まりないからな。どうだ? 俺は優しいだろう?」


「やらしいっ! 勝手にあたしのパンツの心配すんなっ!」


「さらにもしも、替えのパンツがなかったらもっと大変なことになるしな。ちゃんと替えのパンツは持っているのか? どうなんだ?」


「なっ、ななななななな――っ⁉」



 もはやセクハラの範疇を超えているのでは、という程に直接的で猥褻な質問をされ、希咲は瞬間的にカッと全身に熱が入る。


 反射的に怒鳴り散らしそうになるが、希咲はハッと気が付いて言葉を呑んだ。



(ダメ。ダメよ、七海。このままじゃアイツの思うツボよ)



 スーハースーハーと息を整えて怒りを鎮める。



 同じクラスの男の子に『替えの下着は持っているのか』などと面と向かって尋ねられるという、衝撃的な初体験をして混乱しそうになったが、このままでは昨日と同じだ。



 これがヤツの手口なのだ。



(なにか――なにか話を変えて反撃しなきゃ……)



「おい、どうした。答えられんのか? 貴様まさか予備のパンツを持っていないのか? 『おぱんつレス』は校則違反になる可能性がある。運がよかったな。俺に感謝するといい」



 希咲が逡巡して黙っているのをいいことに、クズ男は好き勝手なことを言う。



(なにが『おぱんつレス』だっ! またキモイこと言って……って――あっ⁉)



 ヤツが何気なく口にしたセクハラに一筋の光明が見えた。



 昨日に引き続き、悪逆非道なセクハラ攻撃をしかけられる劣勢の中で、希咲は反撃の狼煙をあげる。



「もしも『おぱんつレス』の校則違反をしていたら、お前を速やかに風紀の拷問部屋に連行して俺の手で無理矢理にでもパンツを穿かせなければ――」


「――掟」


「――あ?」



 白目を剥きながら適当なことを連ねる弥堂の話に言葉を割り込ませた。



「あんたさっきから掟は?」


「なんの話だ?」


「女の子のパンツはリスペクトして『おぱんつ』って言わなきゃいけないんでしょ? あんたさっきからずっとパンツって言ってんじゃん。ちゃんと掟を守りなさいよねっ」


「…………」


「てか、あんた今日はずっと『パンツ』って言ってない? どうせ掟ってのも嘘なんでしょ? フツーに考えてそんなの決まりにする頭おかしい人いるわけないしっ」


「嘘ではない。掟は存在する」


「じゃあ、あんたは掟違反ねっ。わけわかんないイチャモンつけて校則違反ーっとかって脅す前に、自分がちゃんと掟守りなさいよ!」


「…………」



 ズビシッと指差してやると相手は沈黙し、「お? これは効いてるのでは?」と希咲は調子づく。



「あ~あっ! 弥堂くん、い~けないんだぁ~っ! あたしゆっちゃおうかなぁ~。あんたんとこの部長さんに。『弥堂くんが掟破ってパンツをリスペクトしてませんでしたぁ~』って!」


「…………」



 これは勝った! と、希咲は得意げに「ふふーん」と鼻を鳴らす――しかし、



「――フっ」



 弥堂は心底下らないとばかりに嘲笑った。



「むーーっ! なによその笑い方っ! てか、笑ったのよ、ね……? ちゃんと顔も笑いなさいよ、こわいんだけど……」


「うるさい黙れ」



 物事を表面的にしか見ることのできない哀れな女を見下す。



「俺は掟を破ってなどいない」


「はぁ? だって『おぱんつ』って言ってないじゃん」


「『御』はリスペクトをする際に付けるものだ」


「どういうこと……?」


「ふん……知りたいか?」


「…………いや、冷静に考えたら全然知りたくないんだけど、ここで退いたらあたしの負けになるのよね……? あんたホンっト、ムカつくんだけど……っ!」


「それは負け惜しみか?」


「ちげーし」



 ジト目を向けてくる希咲に対して、一度だけ「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らすと弥堂は周囲へ眼を向ける。



 その視線の動きにつられて希咲も辺りを見回し――



「ゔぇっ――⁉」



 とても嫌そうな顔で呻いた。



 よく見れば、周囲にはまた面白がった野次馬たちが集まってきて、学園内でもなにかと目立つ可愛いギャルと悪名高い風紀の狂犬の口論を鑑賞していた。


 結構な人数が集っており、その中には下校の通り道で何か騒ぎが起こっていたから、ただ何事かと足を止めただけの者も居る。



「ちょ、ちょっと弥堂っ。場所変え……ってゆーか、この話もうやめ――」



 我に帰ったらとんでもなく恥ずかしくなってきた希咲は弥堂に休戦を申し出るが、彼はその要請を無視して野次馬たちの方へ近づいていく。



 観客たちは頭がおかしいことで有名な男が突如接近してきたことに焦り逃げ出そうとするが、それなりの人だかりが形成させれている為、お互いの身体が邪魔になり咄嗟に身動きをとることは叶わなかった。



 弥堂はその群衆の中の一人の生徒の前で立ち止まる。


 女生徒だ。



「おい、貴様」


「ヒッ――な、なんですか……?」



 冷酷な瞳、無表情、愛想のない口調で突然話しかけられた女生徒は怯え、恐る恐る返事をする。



「貴様は校則違反をしていないか?」


「え……? こうそ、く……って、あの……?」



 不幸にも絡まれてしまった女生徒は状況を把握しきれていないようだ。


 弥堂は懐から風紀委員の腕章を取り出し、腕に取り付けながら再度問い直す。



「風紀委員の審問だ。貴様は模範的な生徒かと訊いている」


「あの……はい。私は校則違反なんてなにも……」


「そうか。で、あれば、これから俺のする質問にも答えられるな?」


「な、なんなんですか……? 私、風紀委員に怒られることなんて何も……」


「答えられるのか答えられないのか、どっちなんだ? 何かやましいことでもあるのか?」


「あ、ありませんっ。答えられます!」



 弥堂はつまらなさそうに鼻を鳴らし、何の感情も灯さない渇いた瞳を無実の生徒へ向ける。




「貴様。『おぱんつ』は穿いているか?」


「な――っ⁉」


「…………えっ……?」



 無関係な赤の他人へと放たれたコンプライアンスの欠片もない質問に希咲は驚愕し、問われた女生徒は固まった。



 一週間の終わりを迎える素敵なはずの放課後に突如現れた変質者の存在によって、その場に居合わせた生徒たちのどよめきが学園の正門前に拡がっていった。



「聞こえないのか?」



 低い声音で紡がれるその言葉は一切の感情の熱を感じさせず辺りの空気を突き刺すように震わせた。


 その声が自分に向けられたものだということはわかっているのに、名もなき女生徒は何も応えることが出来なかった。


 ただ、自身の目の前に立つ長身の男の、冷酷な瞳を嵌め込んだ顔を見上げながら固まる。



 弥堂 優輝びとう ゆうき



 直接の面識は今までなかったが、風紀の狂犬などと呼ばれ、この民度があまり高いとはいえない美景台学園の中でも特に関わってはいけない、不良よりも無法で常識の通用しない頭のイカれた生徒だというのは有名な情報だ。



 恐怖と緊張に身を縛られ、ハッ――ハッ――と浅く断続的に息が口から出ていく。



 関わってはいけない人間だと、近づいてはいけない人間だとは知っていた。



 だが、何か目立つようなものがあるわけでもなく、校則違反などとは無縁に大人しく学園生活を送っている自分のような存在に、まさか向こうからコンタクトをしてくるとは想像すらしていなかったのだ。



 完全に想定外の出来事に思考を停止させてしまっていると、重ねて問われる。



「どうした。答えられんのか? まさかおぱんつを穿いていないわけではないだろうな?」


「あの、私…………ち、ちがいます……っ!」



 極度の緊張と恐怖に震える中で、どうにかそれだけは否定しなければと必死に声を出した。



「違う? 何がどう違うんだ? 質問には正確に答えろ。俺はおぱんつを穿いているのかいないのかと訊いている」


「それは……っ! もちろん、その……穿いてます。穿いてないわけ、ないです……」


「そうか。では、現在そのスカートの中にはおぱんつが存在しているのだな? 間違いないか?」


「間違い、ない……ですけど。あの、一体なんなんですか……? なんでこんなことを聞くんですか……?」



 同じ学園に通っているとはいえ、今までまったく面識のなかったはずの男子生徒に正面から正々堂々と自身のスカートへジロリと視線を向けられ、さすがに不信感が勝り思わず口に出る。



 そう問われた弥堂は表情も良心も一切動かすことなく、目の前の怯える女生徒のスカートへ右手の人差し指を向けると――



「おぱんつ! ヨシッ!」



 ビシッと指差して意気よく声を張った。



「……は…………? え……?」



 いくらしっかりと着衣をしているからといって、突然に何の脈絡もなく自身の股間部分を指差して何かを確認された女生徒は戸惑うばかりだ。


 言葉にならない呻きを漏らし自失していると、やがて情報処理能力の許容量をオーバーしたのか、スカートを抑えながらヘナヘナと脱力しその場にへたり込んでしまう。



 そして同じく脳がフリーズしていた希咲は、罪もない通りすがりの女生徒が崩れ落ちると同時にハッと再起動する。



「コ、コラーーーーっ! あんた何してんのよっ!」



 慌てて介入し、ドンと弥堂を突き飛ばして二人の間に弥堂から彼女を守るように自身の身体を滑り込ませる。


 そしてすぐに被害者の容態を窺った。



「ちょっと、あなた……だいじょうぶっ……⁉」



 希咲に介抱されるも女生徒は茫然自失といった様相だ。



「……わたし…………わたし……っ! …………あの……私は一体何をされたんでしょうか……?」



 まるで言葉にすることを憚れるような被害にあったかのように、光を失った瞳で譫言のような言葉を漏らしたが、女生徒はすぐにハッとなり、そもそも自分が何の被害を受けたのかを把握していないことに気が付いた。



「ゴメンね……あたしにもさっぱりわかんないの…………。ゴメンね……、ゴメンね……っ!」



 心配をして声をかけた相手からまるで要領の得ない答えがかえってきたのだが、希咲には彼女の気持ちがイタイほどわかってしまい、思わず感情移入をして熱くなった目頭をおさえる。


 自分が謝るようなことは何一つないのだが、謝罪の言葉が止まらなかった。



 しかし、すぐに女生徒がそんな自分を口を開けてボーっと見ていることに気付き、「んんっ」と喉を鳴らして体裁を整えると弥堂へ食って掛かる。



「ちょっと! あんた一体何のつもりなのよ⁉ この子に何をしたわけ……っ⁉」



 またもわけのわからない状況に巻き込まれてしまったが、とりあえず勢いだけは失ってはいけないと怒声を張り上げた。


 もちろん弥堂はどこ吹く風だ。



「何、だと? 決まっているだろう。リスペクトだ」


「…………は?」



 期待はしていなかったが、やはりわけのわからない回答が返ってきて希咲は眉を顰める。



「俺は今、その女のおぱんつをリスペクトしたのだ。掟どおりにな」


「あんた、いったい何を言って……」



 頭のおかしい言動にクラクラと眩暈を感じながら、どうにかしなければと気持ちが急く。


 何をどうしてどうなればこの状況がどうにかなったことになるのかが全くわからないまま、ただ解決させなければという思いだけが空回り、実際は茫然と立ち尽くすだけだ。



 そんな希咲を置きざりに、セクハラテロリストはまた群衆の中から女を一人見繕い近づいていく。



「おい、貴様」


「テっ、テメー、弥堂……っ!」



 今度は随分とガラの悪い女子生徒のようだ。



「貴様。おぱんつは穿いているのか?」


「そんなもん穿いてるに決まってんだろーが! それよりもテメーにやられたせいでウチのカレシが部屋から出てこなく――」


「――おぱんつ! ヨシッ!」


「んな――っ⁉」



 怒りのままに弥堂へ何かを訴えようとしていた不良女子だが、その短い制服スカートへ向けて弥堂がビシッと『指差しリスペクト』をすると、謎の衝撃を受けてゴーンっと白目を剥いた。



 一体何をされたのか皆目見当がつかなかったが、何故か脳にとてつもなく負荷がかかり処理落ちしたのだ。


 彼女の明るく脱色した髪の色がさらに落ちたように周囲の者たちは錯覚した。



 集まった人々は騒めく。



 平和な日常だと思っていた放課後の下校時間に突如起こった出来事に、一体何が起こったのか――本当に文字通り何が起こったのか理解できず全員が動揺をした。



 そんな辺りの空気に構わずに弥堂は次々と女生徒たちに襲いかかる。



「――おぱんつ! ヨシッ!」



「――おぱんつ! ヨシッ!」



「――おぱんつ! ヨシッ!」



 まるでヒヨコの雄雌でも仕分けるかのように、いとも簡単に、極めて作業的に、年端もいかぬ少女たちのおぱんつがこんな往来で白昼堂々と次々とリスペクトされていく。



 突然巻き起こった災害のような悲劇に立ち尽くす者、逃げ惑う者、正門前は完全にパニックだ。



 弥堂はまさしくやりたい放題であった。



 何故そのような無体が罷り通るのかというと、それは止める者がいないからだ。



 現在のこの場には、なにも女生徒だけが集まったわけではない。


 ここには当然男子生徒も多くいる。



 なのに、その彼らの中の誰一人として弥堂を止めようとはしなかった。



 当然、何が起きているのか理解できずフリーズしてしまった者もいる。


 頭のおかしいことで有名な風紀委員を恐れて、何も行動できない者もいる。



 しかし、彼らの多くは謎の幸福感に包まれて動けなかったのだ。



「――おぱんつ! ヨシッ!」



 弥堂が女子のスカートを指差しそう声を張ると、その光景を見ていると何故だか一定の満足感を得るのだ。



「――おぱんつ! ヨシッ!」



 また一人の女子がそのおぱんつをリスペクトされゴーンっと白目を剥いた。



 酷いことなのかもしれない、そう思う。



 しかし、しかしだ。



 何も乳を揉まれたりしているわけでもなければ、スカートを捲られたりしているわけでもない。



 ただ、しっかりと着衣をした上で、一切触れることなどなく、ただ、リスペクトをしているだけだ。



 これは決して性的な行為などではなく、よってこの場も決して性暴力の現場などではない。



 だって、リスペクトしてるんだもん。


 じゃあ悪い事じゃないよね?



 この場に居る男子生徒達の多くの思考はそのような戯言で埋め尽くされ、自問をしながら目の前の惨劇を見守るばかりだ。



 他人を尊重しなさい、他人に敬意を払いなさいと教わって育った彼らは、自分に言い訳をしながら多幸感に身を任せる。



 彼らは女性へのリスペクトの重要性を感じながら、自分たちの暮らすこの国へ思いを巡らす。



 普段何気なく生活の中で目にする多くの女性たち。



 その彼女らのほぼ全員がパンツを着用しているのだ。



 当たり前のことである。



 普段自分たちが当たり前のように通う学園には、自分たち男子生徒とほぼ同数の女子生徒が通っており、そしてそのほぼ全員が当たり前の様にパンツを着用している。



 制服のスカートの、その見えない向こう側には女子の数だけ様々なパンツが当たり前のように存在しているのだ。



 彼らはその事実に感謝をし、そしてそのスカートの向こう側へ敬意を表した。



 さらに彼らの意識は昇り詰める。



 この当たり前のことが当たり前のままでいる日常に感謝をし、そして自分たちを産み、育ててくれた両親へ深く感謝をする。



 昨今なにかとダメだと言われがちな日本社会であるが、それでも一定の裕福さは保たれており、そしてその裕福さがほぼ全ての女性がパンツを着用することが出来る社会を作り出しているのだ。



 顏も知らない先達たちが、自分が今ここでこうしている間にも労働に勤しんでくれている大人たちが、数多のパンツを生み出し支え続けてくれている。



 感謝と尊敬は留まるところを知らない。



 男子生徒たちは自分もやがては立派な社会人となり、この『おぱんつ社会』を支え、そして未来へと繋いでいこうと固く拳を握りしめた。



 自分の頑張りが女の子のパンツを充実させる。



 男として頑張らない理由など一つたりとも存在しない。



 男子生徒たちは税を納めてパンツを守ることを心に誓い、そしてその中の幾人かは将来政治に携わる仕事を目指し『おぱんつ税』をこの国に制定しようという夢を描いた。



「――おぱんつ! ヨシッ!」



 女性がいればそこに必ずおぱんつが存在する。



 気付いてしまったその真理に彼らは興奮を禁じえなかった。



 そして同時に、おぱんつを着用してくれる女性という存在へ信仰を捧げる。



 下着とはそれ単体ではただの布切れに過ぎない。



 しかし、そのパンツは彼女らが着用することで『おぱんつ』へと昇華する。



 彼らは生まれて初めて、何かを心の底からリスペクトした。



 女性をリスペクトし、おぱんつをリスペクトする。



 そして自分も労働によって社会貢献することで、微力ながらも『おぱんつ社会』を支えることができるのだと、男性であることを誇った。



 悟りの境地から澄んだ笑顔を浮かべた男子生徒たちは、名も知れぬ女子のおぱんつがリスペクトされる様を若干前屈みになりながら見守る。




 この私立美景台学園は、一般生徒と謂えども割とその民度は最悪であった。




――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!――おぱんつ! ヨシッ! ゴーンっ!



 一定の拍子で淀みなく女子のパンツがリスペクトされていく。



 暴虐の限りを尽くす弥堂 優輝の通った後には、はしたなくも白目を剥いた女子高生が地面に量産され続ける。


 往来は阿鼻叫喚に陥り、既に事が済み自失する女、恐怖から腰が抜けてへたりこみながら泣き笑いのような表情を浮かべる女、粟を食って逃げ惑う女など、様々な女でごった返した。



 その有様はまさしく――



「――じ、地獄…………っ!」



 希咲 七海はクラスメイトの男子が巻き起こした事態を茫然と見ていた。


 辺りには女たちの本気の悲鳴が背景音のように響き渡る。



 希咲は只管回らない頭に鞭を打って、この事態をどうにかしなければと考えるが思考は上手く纏まらない。



 本来であれば彼女にこの状況をどうにかしなければならないような責務はない。


 この場に居る他の女生徒たちのように、これが自らの天命なのだと悟った笑みを浮かべて地面に座り込む――のは論外だとしても、多くの女子たちのように速やかに逃げるべきなのだ。



 なのに、希咲がこの場に留まるのは――



(こ、これって……もしかして、あたしのせい、なのかしら……?)



 当然のことながら、この世の中にこんなにも頭が悪くて頭がおかしい出来事が起こりうる可能性があるなどとは、完全に想像の外で、露ほども考えていなかった。


 だから、ここに悪気も意図も一切ないことを誓える。



 しかし、頭がおかしいと予めわかっていた男を、自分が軽率に刺激してしまったが為に、このような事態に繋がってしまったのもまた事実だ。


 目先のくだらない口喧嘩の勝敗に拘ってしまったが為に、予期せぬ悲劇が巻き起こった、とも考えられなくもない。



 だからといって、ちょっと雰囲気が険悪だったとしても、日常会話をしていたと思ったら突然、周囲で目に映る女子のパンツを誰彼構わずに無差別リスペクトし始めるなどと、そんなことを予想できる人間などどこにもいない。



(うぅ……りふじんすぎる…………っ!)



 だが、認識が甘かったのは確かだ。




 弥堂 優輝。



 今月から同じクラスになった同い歳の男の子。


 無口で無表情で何を考えているのかわからない。


 だが、かといって大人しいわけでもなく、横柄で横暴で暴力的だと頗る評判が悪い。



 実際に昨日の放課後に短時間ではあるが一緒に過ごして、同じ事件のような何かに関わった上で、評判以上に頭がおかしいと理解していた。



 したつもりになっていた。



 しかし、それはまだまだ甘かったのだ。



 普通じゃ考えれないような事を仕出かす子で、普通はやんないだろうということも躊躇なくやらかす子だと認識したが、ヤツは自分の想像よりまだ上のステージに存在していた。



 確かに、彼は自分でも『目的のためなら手段を選ばない』というようなことを言っていたように思う。



 その『何でも』の認識が、希咲と彼とでは乖離があったのだ。



(こいつ……文字通り以上に、マジでなんでもやるんだ……っ!)



 希咲は内心で戦慄する。



 今ここで奴が何故このような手段を思いついたかは理解出来ない。



 しかし、奴が何を目的にして、このようなことをしているのかは理解出来る。



(あたしに……嫌がらせするためだ……!)



 希咲は目先の口喧嘩に勝利する為に、軽率に弥堂を挑発してしまった。


 そして奴は、目先の口喧嘩に勝利する為に、軽率に無関係な女子のパンツをリスペクトしてまわっているのだ。



 全ては希咲に謝らせるためか、もしくは『もう二度と関わりたくない』と退かせるために。



 昨日初めてまともに彼と会話をした程度の関係性で、彼についての広い知識もなければ深い理解も持ち合わせてはいない。



 だが、希咲は超常的な女の第六感で、そのように確信した。



 この男は、目的を遂げる為なら容易に自分を捨てられる。



 社会的な居場所を失うことを一切躊躇せずにチキンレースを仕掛けてくるイカれた野郎なのだ。



 まるでテロリストのような、極めてそれに近い性質を持っているように思える。



 希咲はここにきて、弥堂 優輝という男の本当の恐ろしさを垣間見たような気がした。



「おぱんつ! ヨシっ!」



 また新たな悲鳴があがる。



 希咲がこうして逡巡している間にも一人、また一人と、罪もない女子たちがそのパンツをリスペクトされている。



 下校のピーク時間はこれからだ。


 この後もっと多くの女子たちが校舎から出てくるだろう。



 このままでは、この学園に通う女子のほとんどが『弥堂にパンツをリスペクトされたことのある女子』という重い十字架を背負うことになってしまう。


 そんな最悪の悲劇にまで至るのはどうにか食い止めなければならない。



 そして、きっとこの場でそれが出来るのは自分だけなのだ。



 一応ここには男子生徒たちだって居る。



 しかし彼らの誰一人として状況に介入して弥堂を止めようとはしていない。



 何を考えているのかはわからないが、ほとんどの男子が一体どうしたことか不自然に前屈みの姿勢になり妙に爽やかな笑みを浮かべている。


 希咲は何故だかその表情に途轍もなく不愉快さを感じた。



(ホンット……男どもは……っ! 使えないんだから……っ!)



 図体ばかり立派なわりに何の役にも立たない男どもへジトリとした目を向けると、彼らは何故か身体の前で両手を組んでモジモジとした。



 その仕草が何故かすごく気持ち悪かったので、彼らに構っている時間はないと希咲は再び弥堂の方へ意識を戻す。




「……なぁ」

「なんだ?」


「さっきよ、希咲って彼氏待ってるとかって言ってたよな?」

「ん? あぁ、そういや言ってたな」


「…………彼氏って、アレか……?」

「…………そういや、そういうことになるな」

「えぇ……マジかよ……」


「でもよ、不思議とよ、なくはねぇなって納得しちまうよな」

「おぉ、それな」

「そうかぁ……? 普通にムカつくんだけど……」

「いや、あるあるだろ。ちょっと不良っぽい女子で一番カワイイ子は大抵一番ヤベー奴と付き合っちゃうって」


「そうそう。あるあるだよな」

「おぉ。あとよ、普通の女子の中で一番カワイイ子もさ、大抵ヤンキーに食われちまうよな」

「やめてくれよ! オレ中学ん時もろそれだったわ……!」

「キツイよな……あ! そういやよ、昨日繁華街であの二人見たわ」


「お? マジで?」

「あ! そういやオレも見たわ。あいつら一緒に居たぜ」

「んだよ……確定じゃねーか」

「カラオケ屋んとこでよ、さっきの……猿渡だっけ……? 佐城さんとこのパシリの。あいつら希咲に声かけて弥堂にボコられてたわ。それってそういうことだよな?」


「だろうな」

「それで今日も希咲に絡むとか、あいつら結構根性あるのな」

「声かけただけでボコられんのかよ、ヤバすぎだろ」

「……案外美人局だったりな」


「うわ、やりそう。弥堂ならありえそうだわ」

「あいつら見事にハメられたってことか。夢見ちゃってバカだねー」

「いや、でもよ。希咲だぜ……? 誘われたら断れるか?」

「……難しいな。非情に、難しいな……」


「オレはムリだぜ。ワンチャンに賭けちまう」

「……確かにな。付き合えるとは思わねえけど、希咲なら一回こっきりってことならイケっかもって思っちまう……」

「だよな。オレも希咲とヤりてーもん」

「くそ……っ! 汚ねぇぜ、弥堂の奴……」


「あいつらもうヤったんかな?」

「そりゃヤってんだろ」

「ムカつくな」

「他の女のパンツをリスペクトしてっから、希咲めっちゃキレてるしな。あれ嫉妬だろ」


「てか、早く希咲のパンツもリスペクトしてくんねーかな」

「それな」

「それ見るまで帰れねえよな。早くしろよ」

「あいつマジで空気読めねーよな。死ねばいいのに」



 事態の解決を図るため、野次馬から気を逸らしたが故に、希咲は自身に関する根も葉もない噂がまた一つ増えたことに気が付かなかった。


 何かと誤解を受けやすく、また恨みを買っている女子たちの悪意もあり、色々と不名誉な噂を流されがちな彼女だったが、ほぼ一つも事実はないものの、そう誤解されるのは自業自得な面もあるのが希咲 七海という少女だった。



 そんな風に好き勝手に考察をされているとは露知らず、希咲は場に介入するために必要な、あと一握りほどの勇気を絞り出そうとしていた。



 希咲とて女性の身である。


 ややもすれば希咲自身のパンツもリスペクトされてしまうかもしれない。そんな危険性がある。



 昨日もあの男に関わったばかりに、とてもひどい目にあい、とても恥ずかしい思いをしたばかりだ。


 ギュッと自身のスカートを握る。



 本音を言えば関わりたくないので、速やかに逃げ出したい。



 だが、我が身可愛さにそれをしてしまえば、何人の女の子が『おぱんつリスペクト』されてしまうかわかったものではない。



 自分がやるしかないのだ。



 ここで奴を倒せるのは自分しかいないのだ。



 そう自分を奮い立たせていると、また弥堂が一人の女の子に狙いを定めた。



 その女の子は希咲にとって知った顏だった。



 自然と足が動きだし彼女は走り出す。





――どうしてこんなことになったんだろうか。



 目の前に立つ恐ろしい男を茫然と見上げながら、そんなことばかりが頭に浮かんだ。



 この状況から逃れようだとか、打開をしようだとか、そういった方向には思考は一切向かない。


 今にして思えば、こうなる前にもっと早く逃げ出すチャンスはあったように思える。


 目の前で起こる惨劇も、響き止まぬ大勢の悲鳴も、まるでモニターに映し出された光景を見るように、どこか他人事として見ていた。


 その結末がきっとこれなのだろう。



「貴様はおぱんつを穿いているのか?」



 どうしてそんなことを聞くのだろう。



 突然道の真ん中でよく知らない男性にそんなことを聞かれて、何と答えることが最適なのか。そんなことは自分は知らない。


 だって仕方ないではないか。


 男の人からそんなことを聞かれるような乱れた生活は送ってきていないのだ。真面目に大人しく日々を過ごしてきた。


 なのに、昨日も今日も、こんなのはあんまりではないか。



 そんな悪態をつきたくなるが、心情とは裏腹に彼女に出来たのはただ力なく首を横に振ることだけだった。



 それを見た目の前の男が訝し気に眉を歪めたのが見えて、その顔がとても恐ろし気に見えてビクっと肩を揺らす。恐怖心はより加速する。



「それは穿いていない、という意味か? 貴様、まさか『おぱんつレス』の者か?」



――違う。



 実際のところ彼の言っていることはさっぱりわからなかったが、乙女としてそれは絶対に否定しなければならないと、そう強い気持ちが湧きあがる。


 しかし、それも裏腹。


 自分の口からは言葉は何も出てはこず、ただ情けない顏でふにゃっと愛想笑いを浮かべた。



 自分はいつもこうだ。ちゃんと拒否をしたり抵抗をしたりできないからこうなるのだ。


 自省の念は浮かぶものの行動には反映されず、じわっと染み出てきた涙が零れ落ちぬように、また彼を刺激したりせぬように愛想笑いのまま表情を固める。


 きっとひどく不細工な笑顔になっていることだろう。



 多分、抗わなければならないのだと思う。


 だが、下手に抵抗や反抗をして乱暴に扱われるよりは、機嫌を損ねぬよう従順になった方がせめて優しくしてもらえるかもしれない。



 この場には大勢の人間がいる。


 だが、誰もが誰も助けなかった。


 当然、自分のことを助けてくれる者も誰もいないだろう。



 身体の前面で緩く自身のスカートを握る。



 理由はよくわからないが、彼は女生徒がきちんと下着を身に付けているかどうかを確認しているらしい。


 そんなこと答えるまでもないと思うが、しっかりと答えなければいけないらしい。


 だけど、それをきちんと納得してもらえるように言葉で説明をするのは今のコンディションでは難しい。


 それならもう、いっそ見てもらった方が酷いことにならなそうだと自暴自棄にも似た心境になる。



 ゆっくりと両手で持ち上げていく。



 こんなことしたくはないし、するべきでもないが、どうせ誰も助けてくれなんか――



「――は、な、れ、ろーーーーっ‼‼」



 突如割り込んできたその声に、どこか朦朧としていた意識が晴れてハッとするとほぼ同時に、空から女子高生が降ってきた。





 弥堂がまた一人の生徒を毒牙にかけようとしていて、その生徒が知っている人物だったこともあり、希咲は意識せずに駆けだした。



 棒立ちで暴漢を傍観する男どもや、地にへたり込む女子、辺りを逃げ惑う女子でごった返す歩道を、誰も反応が出来ない速さで人の間を縫って走り抜ける。


 そして学園の敷地の内と外とを隔てる壁を蹴って宙に跳び上がった。



「は、な、れ、ろーーーーっ‼‼」



 宙空でとんぼを切るように姿勢を変え、か弱い女子高生に自分でスカートを捲り上げろと命令をしているように見える不届き者に頭上から自身の体重の全てをのせて蹴りを落とす。



 弥堂の判断は速かった。



 声が聴こえると同時に上空へチラっと視線を向けると、希咲の蹴りを受けようとはせずに素早く後ろへ飛び退いて距離を空けた。



 希咲の不意打ちは空振りする形になり、攻撃の勢いのまま地面に着地をする。


 膝を曲げてしゃがむようにして衝撃を殺し、隙があれば一気に追撃をしかけようと片手を地に着けて前傾姿勢になった。



 すると必然的に背後へお尻を突き出すようになり、助けた女生徒の目の前にスカートの中身を差し出してしまう恰好となる。




 救助された女生徒はまだ混乱の内にいた。



 助けなど来ないと絶望していたら、空からすごい勢いで女の子が降ってくるなどという衝撃体験で正気に返った。


 次いで、今自分はとんでもないことをしようとしていたのでは? と気が付く。


 いくらパニック状態だったからといって、自分からパンツを見せて許して貰おうだなんて、それは『なし』だろう。


 だが、そのことにショックを受ける間もない。


 パンツを見せようとしていたら、目の前に他の女の子のパンツが現れるという急展開の連続にとても付いていけない。



 茫然としたまま、着地の衝撃でふわりと舞い上がったスカートの中から、キュッとしまった形のいいお尻を包む黒のレースで縁取られた白いサテン生地に黒の水玉模様が入ったパンツを目に映した。



(あ、可愛い下着……)



 場違いな感想を浮かべながら、なんとなく隠してあげなきゃと思いつき、柔らかく浮かぶ彼女のスカートを抑えようと緩慢に手を伸ばすと、布地に指が触れるよりも早く彼女が振り返った。



「大丈夫っ⁉」


「えっ……? あの、私――」


「もう安心よ! あいつはあたしが倒したげるから!」


「た、お、す…………? って、あの――」


「さぁ、離れててっ。ここは戦場になるわ……っ!」


「せ、ん、じょ、う……?」


「はやくっ!」


「は、はい……っ!」



 いまいち話を聞いてもらえなかったが、どうやら自分は助けてもらったようだと理解し、言われたとおりに数歩下がる。



 その様子を確認して希咲は変質者から少女を隠すように自身の身体を線上に割り込ませた。



「好き勝手できるのもここまでよ……! このど変態……っ!」


「……どういうつもりだ貴様」


「どういうつもりだ、はこっちのセリフだっ! バカっ!」


「俺はただ風紀委員としての仕事をしているだけだ」


「女子に『パンツ穿いてるか?』って聞いて回るのが風紀委員の仕事なわけねーだろっ!」


「俺はそうは思わないな。お前らがおぱんつを穿いていなければ風紀は乱れるだろう? 違うか?」


「ノーパン女子なんていねーからっ! 昨日も似たようなこと言ったでしょ! 女子のパンツに関心を持つな!」


「必要がなければな。必要があれば例えスカートの中だろうがおぱんつの中だろうが徹底的に調査をする。そこに俺自身の興味関心など存在しない。ただの責任だ」


「必要な時なんてないから! 女子のスカートの中は、あんたの責任範囲じゃないの!」


「それを決めるのは俺でもお前でもない。俺の上司だ」


「うっさい、ヘリクツゆーな! わかってんだからね! あんたってば、あたしを困らせるためにこんなことしてんでしょ⁉ 頭おかしいんじゃないの!」


「ちょっと何を言っているのかわからないな」



 ビシッと下手人を指差して聴取をするも、卑劣な性犯罪者は誠意の欠片もなくすっ呆けた。



 しかし、それは想定内だ。



「つーか、問答無用よ……。ブッ飛ばして無理矢理にでもやめさせるわ」


「随分暴力的だな」


「フン……、口で言ってもわかんないんならやり過ぎるんでしょ? 今からあたしも、あんたに、やり過ぎてあげる」


「お前も意外と学習しない女だな」


「言ってろ――っ!」



 言うが早いか、希咲は素早く間合いに踏み込み、先程不良たちを相手にした時よりもはるかに速く右足を跳ね上げ、弥堂の側頭部めがけて振り落とした。




(素人め)



 心中でそう罵りながら弥堂は対応する。



 確かに目を見張る――実際には見張ろうにもほとんど見えない程の――スピードなのだが、そうであることを知っていれば驚きはしないし、備えてさえいれば対処も出来る。



 腕枕をするようにして、折りたたんだ左腕で側頭部と後頭部も守りながら、頭上より振り下ろされるしなやかな細い脚を視る。



 インパクトの瞬間に自分から当たりに行って打点をずらす。



 相手の攻撃がヒットした腕から伝わる、相手の骨や筋肉の動きを読み、それに合わせて膝を抜き衝撃を殺す。



 一瞬沈めた身体を戻す反動を利用して速度に換え、ガードした腕を相手の蹴り足の下で回転させその足を巻き込むようにして抑え込みにかかる。


 足首を摑まえると同時に再び、今度は先よりも深く身を沈めることによって相手の重心も崩し、バランスを破壊してやる。



 そして、次に起こるであろう事象へ対処するために、間髪入れず希咲へ目掛けて右手を突き出した。



「――っ⁉」



 希咲は驚愕に目を見開きながら己の失策を悟る。



 つい、いつもと同じような動きで蹴りを放ってしまった。



 不良たちにはそれで十分でも、この男には自分の攻撃が見えるし、対処も出来るということはわかっていたはずなのに。



『お前も意外と学習しない女だな』とはそういう意味かと気付く。



(うっさいわね――っ!)



 声には出さず毒づきながら、自分も相手の攻撃に対応することを優先させる。



 自分自身のスピードも自慢ではあるが、優れた動体視力で相手のスピードを見切ることにも自信はある。



 打ち出される弥堂の拳の行き先を見る。



 顔面狙いならどうにか避けられるが、鳩尾や腹部などの身体の中心を狙われたらマズイ。



 それを回避する手段はこの人目の多い所ではあまり採用したくはないが――



(――でも、例の必殺変態パンチを打たれたらマズイ……っ!)



 コンクリートの壁を破壊するような威力の攻撃だ。それをここでまともにもらうわけにもいかない。



 贅沢は言ってられないかと、決意をしながら見守る弥堂の拳が近づく。



 奴の拳は希咲の鳩尾よりも下へ、下腹部よりも下へ、股間よりも下へ向かっていく。



(ん?)



 弥堂の右手は、昨日の文化講堂での対決時と同じようにガードされた右足を上げたまま抑えられているために開いている希咲の股の間というか、下というか、その空間へと突き入れられた。



「……は?」



 奴の攻撃は空振りしたようなものなので、肩透かしをくらったように希咲は一瞬呆ける。



 しかし、弥堂の攻撃はまだ終わってはいない。



 弥堂は希咲の股の間に突っこんだ右手で、彼女のお尻側のスカートを素早く掴み、腕を引き戻すと同時にそれを引っ張る。


 そして身体の前面、股間側のスカートも同じ手で掴み、そこで手の位置を固定した。


 股の下でスカートの前と後ろを合わせて閉じて、不細工な半ズボンにしたような恰好だ。



 希咲は自身の股間の下の彼の手を見下ろし、ぱちぱちとまばたきをする。


 弥堂は希咲の足を摑まえている左手の指を伸ばして、左耳の穴に突っ込んだ。



「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ――っ⁉」



 当然鳴り響く大絶叫に、弥堂の右のお耳はないなった。



 『素人め』などと蔑んだものの、圧倒的なスピードのスペックを持つ希咲 七海という難敵に対抗する為に、自身の右耳は諦めたのだ。


 耳は右と左で二つある。


 それはつまり片方なくなっても構わないということだ。



「なっ……⁉ ななななななななな――っ⁉」



 混乱状態に陥った彼女がバランスを崩しそうになったので、掴んでいる右足の位置を調節してやり重心を整えてやる。



「なにしてんだーーーーっ、このやろーっ!」


「昨日もそうだが、自分から襲いかかってきておいてその言い草はなんだ。反省しろバカが」


「やだやだやだっ! ちかいっ! そこちかい……っ! どこに手ぇ突っこんでんだばかやろーーっ!」


「股だが?」


「だが? じゃねーんだよ、変態っ! 痴漢っ!」


「別に触ってないだろうが、言いがかりはよせ」


「そうだけどっ! 触ってなきゃいいってもんじゃないでしょ⁉ そこは絶対ダメなとこじゃんっ!」


「あ? なにが駄目なんだ?」


「だって……っ! 近いじゃん! そこは!」


「近い……? 何が何と近いって?」


「だからっ! そこに手あるとソコと近いでしょ⁉」


「そこが多くてわからんな。はっきり言え」


「はっきりって……だって…………、ソコは、あたしの、ア――って! 誰が言うかボケがぁーーーーっ‼‼」


「お前はホントにうるせえな……」


「うるさいってなによっ⁉ あんた絶対わざとやってんだろ⁉」


「おい、暴れると手が当たるぞ」



 怒り狂って猛抗議をしようとした希咲だったが、弥堂にそう指摘されるとピタっと大人しくなり、自身の手を弥堂の手に重ねてギュッと抑える。


 どこか怯えたようにプルプルと震え、涙混じりの瞳で弥堂を睨みつける。



「なんで、すぐえっちなことすんの……? あんた変態すぎっ、マジきもいっ……!」


「そうは言うがな。むしろ俺はお前のパンツが衆目に晒されないように隠してやってるんだが」


「はぁっ?」


「……昨日のことをもう忘れたのか? 全く同じ状況になってどうなった?」


「ゔっ……、それ、は……っ⁉ お気遣いどうもっ! でもこれはなくない⁉ ここはダメなとこでしょ⁉」


「そこまで面倒を見れるか。勘違いをするなよ。そもそも別にお前のためにやってるわけじゃない。またいつまでも恨み言をグチグチと言われるのが面倒だから防いでやっただけだ」


「ツンデレみたいなこと言うな! きもいっ!」


「ツンデレはお前だろうが」


「誰がツンデレか! てか、いい加減スカート放しなさいよっ! いつまで掴んでるわけ⁉」


「別に俺は構わんが……いいのか?」


「はぁ⁉」



 そう言って弥堂は周囲に視線を巡らせた。


 彼に険悪な声を返しながら希咲もその視線を追う。



「ぅげっ――⁉」



 先程まで阿鼻叫喚としていた周囲の者たちは落ち着きを取り戻し、自分と弥堂に注目していた。


 その視線の多さに怯む。



「今これを離したらどうなるかは言うまでもないが……どうする?」


「ま、まって……、放さないでっ! ――てか、それ動かすな! 当たっちゃうでしょ⁉」



 希咲に尋ねながら、掴んでいるスカートを引っ張ってクイクイする弥堂を希咲は焦りながら咎める。



「どうすると訊いているんだが」


「どうするって…………ねぇ、どうしよ……?」



 目尻を下げてその形を歪めても美しさの損なわれない瞼に涙を浮かべ、ギュッとこちらの手を握り縋るような瞳で見上げてくる。


 そんな顏と表情を見て、弥堂は酷く暴力的な衝動が湧き上がってきたような気がしたが、気がしただけなら気のせいだろうと視線を逸らした。



 だから、『スカートを自分で掴めばいいのではないのか』と解決案を彼女へ伝えるのをやめたことには特筆するような理由はない。




「足っ……足下ろすから……っ! それまで持ってて! てゆーか、こっちもいつまで掴んでんのよ!」


「うるさい。大して強く掴んでないだろうが。外そうと思えば外せるだろ」


「そんな勢いよく動いたら当たっちゃうかもしんないでしょ⁉ 不可抗力っぽくして触ろうとしてんだろ⁉ へんたいっ!」


「そんなわけがあるか。さっさとしろ」


「あっ、待って、待って……っ! ゆっくり! ゆっくりして……? 当てちゃダメっ……、ダメだかんねっ! 絶対触んないでよ! やだっ……、やだからね……? ソコ触ったら絶対許さないかんね……っ?」


「絶対が多いな……」



 呆れたような心情で、そこまで絶対を重ねられたら何をしてももう許されないのだろうと知り、そしてそれは同時に、どうせ何をしても駄目ならもう何をしてもいいということになるなと考える。


 だが、特段何かしたいことがあるわけでもないので、流れに任せるまま大人しく彼女のやりたいようにさせる。



「立った! もう立ったから……! もう放して! 放してって……オラッ! 放せっつってんだろこのボケっ!」



 安全を確保したからか、急にオラつきだして足をガシガシと蹴ってくる少女を弥堂はうんざりとした眼で見る。



 こいつ途端に強気になったなと思うも束の間、弥堂が彼女のスカートを離して股の間から手を引き抜くとヘナヘナと脱力し、地面にペタンとお尻をつける。



「うぅ……また恥ずかしいことされたぁ……もうお家帰りたい……」



 また昨日のように複数人に下着を見られるところだった。


「大丈夫だったよね……?」とソロっと周囲に視線を遣ると思っていた以上に多くの人間がいた。


 ともすれば、昨日と同じどころか――



(こんなに大勢のひとに――)



 その想像をすると腰元からブルリと震えが背骨を駆け上がり、戦意は萎んでいく。




 そんな彼女のヘタれた姿を見下ろして「やはりこいつ意外とバカなのでは?」と懐疑的な眼を向けていると、希咲へ近づく者があった。



「あの……大丈夫ですか……?」


「え……?」



 先程希咲に助けられた少女だった。



「だっ、だいじょぶだから! セーフ! セーフだったから……!」


「セーフ……? 大丈夫ならいいんですけど……」



 一応希咲を心配して声をかけた彼女は、何がセーフなのかはよくわからなかったが、とりあえず納得した。



「うぅ……ゴメンねぇ……」


「……いえ、いいんです……」



 女生徒は口ぶりとは裏腹に、威勢よく出てきたわりにあっという間にヘタれた希咲に若干失望していたが、彼女は気遣いの出来る子なので表情には出さぬよう努めた。




 希咲は弥堂の方へ首を回すと、女生徒に向けていたふにゃっと情けない顏を一転させて険しい表情を作る。



「あんたもうこの子にはチョッカイかけんじゃないわよ!」


「…………」



 弥堂はそれには応えず、黙ってジッと希咲の顏を視た。



 目元の赤らんだ皮膚と涙に濡れた生意気な瞳を見て、先程と同じように暴力的な気分になる。



「ちょっと! 聞いてんの⁉ あたし今休憩だから! 大人しくしてなさいよ⁉」


「…………」



 目の前の二人のやりとりを見ている女生徒は『それってヤキモチ?』と心中で首を傾げ、そして『この人たちケンカしてるフリして、イチャついてるだけなのでは?』と疑心を抱いた。




「……休憩だと? 戦場で随分と悠長なことだな」


「何が戦場よ! ここは学校よ!」


「好きに考えればいい。それで守り切れるのならな」


「――っ⁉ あんた……まさかっ」


「そこで見ているといい。お前の甘さのせいで、その女のおぱんつがリスペクトされるところをな」


「そんな――っ⁉ やめなさいっ!」



 希咲は焦る。


 しかし、当事者たる女生徒は二人に白けた目を向けていた。



 彼女視点からでは、弥堂は口ぶりの割に特に動こうともしないので、希咲の気を惹きたくて挑発するようなことを言っているだけのようにしか見えなかったからだ。


 そのため特に危機感を抱いていない。



 絶賛混乱中の希咲さんには、その様子は恐怖で呆けてしまっているように見えた。



「なにしてるの⁉ ボーっとしてちゃダメよ。早く逃げてっ!」


「え? いや、大丈夫じゃないかなって……」


「そんなわけないでしょ! 甘く考えちゃダメっ! こいつはね、女の子と見れば無差別にパンツをリスペクトしちゃうようなサイアクの変態なのよ!」


「そ、そうかな……? さっきから白目むいててやる気なさそうですけど……?」


「騙されちゃダメっ! あなたは知らないかもしんないけど、こいつはね、一日の大半は白目なの! そうやって油断させてすぐ女の子にえっちなことしてくるのよ!」


「おい、お前適当なことばかり言うな」


「うっさい! あんたは黙ってて!」



 切迫した様子の希咲が危険を訴えるがその想いは通じず、女生徒は何故か逆に生温い目になっていく。



 黙って聞いていると何を吹聴されるかわかったものではないので、弥堂は希咲の気を逸らして黙らせようと靴底で地面を擦る。



 そのジリッという音に希咲はハッとなった。



(ダメ――っ! これじゃ間に合わない……っ!)



 避難勧告をしたが、どうも危険に対する実感が薄いのか、彼女は逃げようとしない。


 それに苛立ちを感じもするが、一方で仕方ないとも思う。



 危険とは無縁の普通の生活を送っている人間が、ふいにそれと遭遇した時に即座に状況に適応できるわけがない。


 ましてや、この男の変態性への対応の難易度は激ムズだ。



 今も彼女は呆けてしまっている。



 自分でさえも油断をすれば翻弄されてしまいかねない。どうにかギリギリのところで対応出来ているような状態だ。



 希咲さんは、自分はギリギリ対応出来ていると自己評価をしているようだ。


 弥堂が靴底を鳴らしたことで女生徒へ近づこうとしていると、希咲はそう誤認し焦っている。



(ヘタれてる場合じゃない……っ! あたしが何とかしなきゃ……、そうしなきゃ――)



――この少女のパンツがリスペクトされてしまう。



 希咲は鎮火した戦意をもう一度燃え上がらせて、両足に熱量を注ぎ込む。


 そして、もう関わりたくないという気持ちと、お家に帰りたいという願いをも捻じ伏せて立ち上がり、弥堂の前に立ち塞がった。



「ここは、通さないわよ……っ!」


「……一体なにがお前をそうまでさせるんだ?」


「知るか! もうわけわかんなくなってるけど、とにかくあんたの好きにはさせないんだからっ!」


「俺が好きでやってることなど何一つないんだがな」


「うっさい! 嘘つくんじゃないわよ! この『おぱんつ大好きマン』!」


「そのような事実はない」



 飄々と受け流す弥堂を無視して希咲は女生徒へ振り返る。



「えっと……あなたC組の金子さんよね……? ここはあたしが食い止めるから今のうちに逃げて」


「えっ⁉ あの、なんで――」


「ゆっくり話してる暇はないの! ゴメンね? 今は黙って逃げて?」


「おい、みすみす見逃すとでも思うのか?」


「なによ! 別にこの子に拘んなくたっていいじゃない! どうせ女の子なら誰だっていいんでしょ⁉」


「誤解を招く言い方はやめてもらおうか」


「うっさい! あんたの相手はあたしよ!」



 ビシッと指差す希咲を呆れた眼で見る。



「さぁ! 逃げるのよ! 金子さん!」


「いえ、あの、だからどうして私のなま――」


「さぁ、はやくっ!」



 いまいち自分の話を聞いてもらえない金子さんは思わず弥堂の方へ不満そうな顔を向けた。



「あの、差し出がましいですが……確かにカワイイと思いますけど、あんまり揶揄うのは……あと、他の人に迷惑をかけるのも…………」


「誤解を招く言い方はやめてもらおうか。ちょっと何を言っているのかわからないが、キミもキリのいいところで逃げるといい。その方が面倒が少ないぞ」


「はぁ……」


「ちょっと! なに人のこと無視してゴニョゴニョしてんのよ! あたしが相手したげるって言ってんでしょ!」


「お前も懲りないな」


「懲りないのはあんたじゃない! 今日先生に怒られたばっかなのに、こんなにたくさんの人にまた迷惑かけて! ケンカしてたのはあたしでしょ! 他人を巻き込むな!」


「なんのことだ」


「惚けんな! わかってんだからね! 別に誰でもいいんならあたしでいいでしょ⁉ あたしのパンツをリスペクトすればいいじゃん!」


「……何言ってんだお前……?」



 本人の申告のとおり、彼女は大分わけわかんなくなっているようで、とんでもない発言が飛び出した。


 周囲が俄かにざわつく。



「あ、あのっ……!」


「まだ居たの⁉ 早く逃げなさいって言ってるでしょ⁉」


「いえ、その、希咲さん……? 何言ってるかわかってます? 大丈夫ですか……?」


「優しいのね、金子さん……。あたしのことは大丈夫だから心配しないで! 早くっ!」


「そうじゃなくって――」


「――うるさいっ! 早く逃げろっつってんだろーーーーっ!」



 いい加減焦れた希咲にガーっと怒鳴られて驚いた金子さんは、「ひゃぁっ!」と悲鳴をあげて勢いで逃げ出した。


 希咲はその後ろ姿を満足げに見送ると、変態へと向き直り対峙する。



「残念だったわね! あんたの好きになんかさせないんだからっ!」


「……残念ってことは別になにもないんだがな……」


「なによ、そのやる気ない態度っ! ナメてんの⁉」


「いや……それで? どうすればいいんだ? お前のパンツをリスペクトすればいいのか?」


「フンっ! やってみなさいよ! でもね……っ! そう簡単にあたしのパンツをリスペクト出来ると思わないことね!」



 そう言って希咲は半身になり後ろ髪を払おうとして空振る。


 おさげをイジイジしつつも油断なく弥堂を見据え戦意を漲らせていく。


 虹を内包したような瞳が攻撃の意思で煌めいた。



「それはどういう意味だ?」


「大人しくリスペクトされてやると思ったら大間違いってことよ! 力づくでこいっ!」



 不退転の覚悟を匂わせる希咲にしかし、弥堂は嘆息した。



「随分と張り切っているところ悪いが、その必要はない」


「は?」


「お前のパンツをリスペクトするつもりは俺にはない」


「……あんたまだ他の子を狙おうっていうの……っ⁉」


「いや。他の女のおぱんつもしない。必要があればまたすることもあるかもしれんがな」


「あんた、一体なにを言って……?」



 弥堂の言っている意味が解らず眉を顰める。



「言葉通りだ。今日はもう終いだ。これ以上の不特定多数の女子のおぱんつへのリスペクトは不要だろう。もちろんお前のパンツもリスペクトしない」


「…………ねぇ?」


「なんだ?」


「ずっと気になってたけど聞きたくないからスルーしてたんだけどさ」


「なんだ」


「……なんであたしのパンツだけパンツって言うの……?」


「……? パンツはパンツだろうが」


「そうじゃなくって! 他の子は『おぱんつ』なのに、なんであたしだけ『パンツ』なのって言ってんの!」


「あぁ、そんなことか」



 希咲の言い分に合点がいき、弥堂は「そんなこともわからないのか」とばかりに見下した眼を向ける。



「最初に言っていただろう? 『御』は敬意を表す時に付けるものだと」


「はぁ? それがなんだってのよ?」


「つまり、敬意を表さない時は『御』は付けないということだ」


「そんなの当たり前じゃん。なに同じこと言ってんの? バカじゃないの」


「ふん、馬鹿はお前だ」


「なにをーーっ⁉」



 学習しない希咲さんはまんまと弥堂の謎理屈を聞いて熱くなる。



「いいか、希咲 七海――俺はお前のパンツをリスペクトしない」


「はぁ――っ⁉」



 迫真の雰囲気で白昼堂々往来でパンツについて議論する二人の会話に周囲の人々は眉を顰めた。



「お前のパンツは『パンツ』。だが他の女のパンツは『おぱんつ』だ。掟があるからな」


「なにわけわかんないことを――」


「他の女のパンツはリスペクトするが、お前のパンツだけはリスペクトしない」


「だからなんだってのよ……っ!」



 決してこのような変態のクズ男からの、自身の下着に対しての敬意など欲しくはない。それは誓って言える。


 だが、希咲は何故か物凄くイライラしてきた。



 その苛立ちはしっかりと表情にあらわれていて、弥堂はそれを見て満足気に鼻を鳴らすと、希咲によく見えるようにゆっくりと腕を動かして周囲の女子の一人に指を向けた。



「その女のパンツは『おぱんつ』」



 言ってすぐに指をその隣の女子へ向け――



「お前のパンツも『おぱんつ』」



 右方向へ流すように腕を動かしながら――



「お前も、お前も、お前も、『おぱんつ』だ」



 次々と女子を『おぱんつ』呼ばわりした。


 指を差され宣告された女子たちは、意味が解らなかったがとにかくキモかったので都度悲鳴をあげる。



「ちょ、ちょっと! あんた何して――」


「――だが……っ!」



 制止の声をかけてきた希咲の言葉を遮るように、今度は彼女へ指の先端を向ける。



「――だが。お前だけは『パンツ』だ!」



 普段平淡な話し方しかしない彼にしては珍しくドーンと大きな声で宣言した。



「なっ、なによそれっ!」


「言葉どおりだと言っているだろう。あいつも、あいつも、あの女も。世界中の女のパンツには敬意を表して『おぱんつ』と呼ぶが、お前のパンツだけは未来永劫リスペクトしない」


「なんかムカつくんだけど!」


「うるさい黙れ。この雑草パンツが」


「なんだとーーーっ!」



 自身のパンツを酷く罵倒され、七海ちゃんはぶちギレた。



「雑草じゃないもん! 確かに高いのとかは買えないけど、ちゃんとカワイイの選んでんだから……っ!」


「バカめ。値段やデザインの問題ではない。お前が穿くとどんなパンツも凡百の駄目パンツとなるのだ」


「あたしが悪いっていうの⁉」


「そうだ。お前が悪い。だからお前のパンツも悪い」


「あんたにあたしのパンツの何がわかるってのよ!」


「ふん、昨日起きた諸々のことを夜中に様々な角度から考えた結果、お前のパンツはリスペクトする必要がないと、そう総合的に判断した」


「なにが総合だっ! 一回見たことあるからって知った風なこと言うな! 大体なんで夜中にあたしのパンツのこと考えてるわけ⁉ マジキモイんだけど!」


「お前のせいだろうが。夜中にお前のパンツのこと考えさせるんじゃねーよ。昨日一日お前のパンツにどれだけ振り回されたと思ってんだクソが」


「頼んでねーんだよ、クソ変態が! なんであたしのパンツだけバカにするわけ⁉」


「馬鹿にしてんのはお前だろうが。お前のパンツは俺を馬鹿にしてる。だから気に食わん」


「はぁ? あたしのパンツがあんたなんか意識してるわけないでしょ? キモすぎ!」


「お前のパンツは俺をナメている」


「あんたがあたしのパンツナメてんでしょ⁉」



 希咲は勢いよくブワっと腕を振り上げてビシッと弥堂を指さす。



「あたしのパンツもリスペクトしなさいよ!」



 そう高らかに宣言した。



 が――



「七海……ちゃん……?」



 聞き覚えがある声で名前を呼ばれビキッと固まった。



 ギギギと声がした方へ緩慢に首を回す。



 弥堂もそれに合わせて闖入者を確認しようと希咲の視線を追った。



「七海ちゃんったら……こんな所でダイタンですねぇ……」



 そこに居た人物を見て、希咲は顔を青褪めさせた。

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