1章12 『Out of Gate』
私立美景台学園の正門前。
放課後になってからの時間がまだ幾許もないこの場所は、部活や委員会などの学園内での用事がない為すぐに家路に着く者たちが多く通行をしている。
やたらと疲れた顔で足早に通り過ぎる者、スマホを見ながらダラダラと歩く者、そして下校を共にする連れ合いと話しながら歩く者など、帰宅する生徒たちは何種類かに分類される。
独り歩きをしている者たちは、自分しか居ないので当然声を発するわけもなく無言だ。
割合的に別に一人の者が少数派というわけでもないのだが、耳から入ってくる情報の上ではこの場の空間は誰かと喋りながら歩く者たちの声で占められているように感じられ、余計に孤独を感じることもある。
そういった者達にとっては、声音明るく大きな声で聴こえてくる他人のその話はやたらと楽しそうに感じられ、その一方で酷く下らないもののようにも感じられた。
快活に笑う本人たちは盛り上がっていたとしても関係のない者にしてみれば、どこかの誰か達の線で繋がっていない瞬間的な会話内容を断片的に聴かされたとして、それを面白いと感じようはずもない。
大きく口を開け、大きな声で、何でもないようなことを笑いあう。
そんな彼ら彼女ら自身も、もしもまったく同じ内容をどこの誰とも知れない者たちが語り合っていたら、きっと下らないと思うか聞き流すかするのだろう。
なのに今のこの瞬間に笑いあうのは――この時が特別なもののように感じられるのは、何が起きたか、何を話したかが重要なのではなく、やはり誰と過ごしているかという点で特別に成りえるのだろう。
その『特別』は多くの場合において、他の誰かには無味無臭で無為で無意味なものであり、しかしそれは決して悪いことではなく、何の影響も齎さない素晴らしいものだ。
しかし中には、本人たちは特別楽しげであっても、耳に入るだけで眉を顰めるような、不快という影響を及ぼすような会話をしている者たちも世の中には多く存在する。
「――だからよー、指突っこんでカキまわしてやったんだよ! したらよ、大人しくなりやがんの!」
「ギャハハハハッ! マジかよ“サータリ”!」
「やっぱ“サータリ”くんはサスガだよなっ!」
「ちくしょう! 俺らも行けばよかったぜ!」
横並びに広がりながらヨタヨタと緩慢に歩いて正門から出てきて、特に意味もなく立ち止まりその場に“たむろ”し始める。
ガラの悪い話し声と下品な笑い声をあげながら通行する女生徒を物色しつつ駄弁る彼らに、周囲の者は眉を顰め自然と話し声も萎む。
「ところでよー、ヒデェ。“カゲコー”の女どもと合コンの話はどうなったんだよ?」
「おぉ! 俺も気になってたんだ。いつでも空けるぜ!」
「……わりぃな“サータリ”くん。あれ無理そうだわ」
「はぁっ⁉ どういうことだよ、ヒデ!」
「おい、落ち着けよコーイチぃ。でも、確かにどういうこった? 絶対ぇヤレるって言ってたじゃねーか」
「それがよー、聞いてくれよ“サータリ”くん。あいつらイイ感じのとこまでノってきといてよー。ヒルコくんが来ねーなら行かねーとか言い出しやがったんだ」
「はぁっ⁉ どういうことだよ、ヒデ!」
「なんでヒルコくんがカンケーあんだよ?」
「まぁ、落ち着けよ、コーイチ。でもよ、ヒデ。おかしくねーか? 元々ヒルコくんはこの件絡んでねーだろ?」
「あぁ。“サータリ”くん。どうもよー、あのクソアマども俺ら利用しようとしてやがったみてーでよ。俺らどころかヒルコくんまで使って、マサトくんと繋がろうとしてたみてーなんだよ!」
「あぁ? マサトくんだとぉ?」
「おぉ! あのズベ公どもハナっからマサトくん狙いだったんだよ! しかもあいつら全員オトコもちだったんだ!」
「クソッタレ! ナメやがって!」
「またマサトくんかよ……あの人モテすぎだろ……どうなってんだ……」
「“サータリィ”! これは俺ら“ダイコー”をナメてるってことだぜ!」
「あいつら陰で“サータリ”くんは爪が汚そうだとか、歯並び悪ぃから口が臭そうだとかでヤリたくねーって言ってたらしいぜ!」
「センパイに言ってマワしちまおうぜ、“サータリ”くん!」
「…………ま、まぁ、待てよ?」
「“サータリ”くんっ⁉」
「なんでだよっ⁉」
「イモひくのか“サータリィ”⁉」
「おいおい、落ち着けって。特にコーイチ、アツくなんなよ? CooooLにキメようぜ?」
「あぁ? どういうことか説明してみろよ。俺ぁナットクできねーぜ?」
「いいか? よく考えろよ。ど、どうせよ、あいつらなんかヤリ〇ンなんだよ。合コンなんかやんなくてよかったじゃねーか。オメーらもヤリ〇ンなんかとヤリたくねーだろ?」
「あっ! 確かに! そうだぜ、あいつらなんかヤリ〇ンにちげぇねー!」
「おぉ! オレもヤリ〇ンはヤダぜ!」
「……そうか、そういうことか!」
「それによ、オレぁ実は知ってたんだ。前によ、あのアマどもとボーリング行っただろ? あいつらルーズ履いてたけどよ、シューズ履き替える時に見ちまったんだよ」
「えっ⁉ パンツか⁉」
「マジかよ、“サータリ”くんいいなぁー!」
「オレもパンツみてーよ!」
「バッカ、ちげーって。俺が見たのはあいつらの靴下だよ。言ったろルーズ履いてたって。靴替える時によー足の裏が見えてよ、それがまた真っ黒でキタネーんだ! それ見た時にオレは思ったわけよ。クサソーだってな!」
「あぁ! それは確かにクサソーだぜ!」
「おぉ! 確かにあいつら足キタナそーだぜ!」
「ヤリ〇ンだしな!」
「おぉ、それよ。オレのケーケン上な? 靴下キタネー女は足がクセーんだ。そんでよ足がクセー女は〇〇〇もクセーんだよ。〇〇〇がクセーのはヤリ〇ン確定なんだよ!」
「おぉ! スゲー! さすが“サータリ”くんだぜ!」
「…………ま、まぁな。そういえばそういう女はヤリ〇ンだったな。ちょっとド忘れしてたぜ……」
「……あ、あぁ。“あるある”だよな……!」
「でもよぉ、“サータリ”くん。それならなんで合コンセッティングしろって言ったんだ?」
「えっ⁉」
「いや、だってよぉ、ヤリ〇ンだってわかってたんならそんな必要ねーじゃん? “サータリ”くん、普段からヤリ〇ンとは遊ばねーって言ってっし……」
「えっ……あっ……? そ、それは、だな…………い、いやよぉ……いつもオレばっか女の話してっしよ、たまにはオマエらにもいい思いさせてやりてーなって……そう思ってよ……」
「そ、そうだったのか⁉」
「……“サータリィ”…………オメェ……」
「……ヘッ、やっぱ“サータリ”には敵わねえな……!」
「ま、まぁな! ヤリ〇ンならカンタンにヤレっし、多少は多めにみてやろうと思ってたけどよ、でも限度があらぁな! オレぁよ、あんな女どもにオメーらの頭下げさせたくねーぜ」
「うおおおぉぉぉっ! カッケー! “サータリ”くんカッケェーよ!」
「……へっ。言うようになったじゃねーか」
「なんだかんだよ、オレらーシキるのはやっぱ“サータリ”だよな! オレぁオメーについてくぜ!」
「へっ……よせよ。まぁ、機会はまたいくらでもあんだろ。“カゲコー”なんて所詮テーヘンのガッコだからな。あんなとこにはブスのヤリ〇ンしかいねーよ。そ、それよりよ? なぁ、コーイチ。オメーの姉ちゃん確か“カゲジョ”出てたよな? 後輩を紹介して…………ん? なにやってんだ? ヒデ」
「おい、ヒデェ! ちゃんと“サータリ”の話聞いてろよ!」
「おぉ! 今みんなで盛り上がってただろ? スマホなんかイジってんじゃねーよ!」
「……ん? あ、あぁワリー、ワリー」
「一体どうしたってんだよ?」
「おぉ、ちょうど今“ゆっこ”からメッセきてよ! ちょうどいいから合コンはなしだって返してやってたんだよ!」
「“ゆっこ”?」
「あぁ、あのキンパのギャルだろ? 胸デケーよなあの子!」
「……へ、へぇ……? ちなみに、なんて……?」
「ん? おぉ! あのヤローによ! あんまナメたマネすんじゃねーぞってカマしてやろうと思ってよ! クソ! 騙されたぜ! あいつ“サータリ”くんのことちょっといいかもって言ってたのによ!」
「なんだとおおおぉぉぉぉっ⁉」
「おわっ⁉ な、なんだ? どーしたんだよ“サータリ”くん……」
「い、いや……なんでもねぇ……それよりなんて返したんだ?」
「おぉ! 『テメー、ヤリ〇ンだろ! テメーの〇〇〇はクセーって“サータリ”くんが言ってたぜ!』って送ってやったぜ!」
「ギャハハハっ! いいなそれ! サイコーだぜヒデェ!」
「ナメやがってヤリ〇ンがよぉ!」
「…………ヒデちゃん……? どうしてそんなヒドイことを……?」
「ん? おぉ、“サータリ”くん。ちょっと前によぉ、オレあいつとネカフェに行ってよぉ。他に部屋が空いてねーからってよぉ、カップルシート?とかってのに一緒に入ったんだよ。ほら、変なマットみてーなの敷いてある部屋あんじゃん? あれだよ。でよぉ、あそこ靴脱ぐだろ? そん時オレ見ちまったんだよ……! あいつの靴下! 爪先がちょっと黒かったぜ! 絶対ぇよ、あいつもヤリ〇ン確定だよ! あいつだけは“サータリ”くんの悪口言ってなかったから油断してたぜ!」
「…………………そうか…………そうかぁ…………ところで返事は……?」
「あぁ……? いや、返ってきてねーな。てか、もうブロックされたんじゃねーかな」
「おぉ! 女ってすぐブロックすっよな! オレもこないだイイ感じになった女がいてよ。調子にのっちまってよ、ちょっとパンツ撮って送ってくれって言ったらソッコーでブロックしやがってよ!」
「女ってマジでそのへん礼儀がなってねーよな! オレも前によ、クラスの女にちょっとオッパイ見してくれってメッセしたらブロックされたぜ!」
「ちくしょおおおぉぉぉぉぉっ‼‼」
「うわっ⁉」
「な、なんだ⁉」
「ど、どーしたんだよ、“サータリ”くん⁉」
「オメーらカラオケいくぞっ!」
「カラオケ……? 別にいーけどよ」
「行くか! テンションもアガってきたしな!」
「おぉ! 昨日も行ったけど全然かまわねーぜ!」
「ヤリ〇ンがナンボのモンじゃああぁっ!」
「ナンボのモンじゃああぁっ!」
「ナンボのモンじゃああぁっ!」
「ナンボのモンじゃああぁっ!」
「よっしゃぁ! いくぞおぉっ!」
「「「おぉっ!」」」
(サイッテー……)
特別な相手と特に意味もなくスタンプを送り合っていたら、それなりに豊かな国のそれなりに高水準な教育を受けた人間だとはとても考えられないような最低な会話が漏れ聴こえてきて、
当然、注意を傾けて彼らの会話を聴こうだなんてつもりはこれっぽっちもなかったのだが、ちょうど親友の愛苗ちゃんからのお返事スタンプが途切れてしまい手持無沙汰になっていたため、否が応にも意識を引かれてしまったのだ。
その会話内容があまりに下卑たもので、おまけに酷く女性を貶めるようなものであったため、苛立ちが募った希咲はつい彼らへ抗議と軽蔑の視線を向けてしまったのだ。
しかし、それがよくなかった。
「そういや、“サータリ”くんよぉ。ヤリ〇ンといえばよぉ……」
「ん? おぉ、ヒデ。ピンときたぜ。ちょうどオレも同じこと思いついたとこだ。昨日のことだろ? ヤリ〇ンといえば『あいつ』よぉ…………おっ?」
(――しまった……!)
ちょうどタイミング悪く、希咲が彼らに視線を向けた時に正門前にたむろしていた連中が歩き出してしまい、その進行方向に居る希咲とバッチリ目が合ってしまった。
『ひゅ~う』などと下手くそな口笛を吹いて、奴らは下卑た笑みを浮かべた。
歩道のガードレールに尻をのせた姿勢の希咲は素早く、かつ不自然にならないような仕草で、何も気づいていないといった風にスマホへ視線を戻し下を向く。
だが、おそらく無駄だろう。
複数人の男たちが道路に靴の踵を擦る音が近づいてくる。
「はぁ……っ」と隠しようもなく、苛立ち混じりの溜め息が漏れた。
「いよぉ、七海ぃ~」
ピクと瞼が反応する。
手の中で弄っていたスマホの画面に爪が当たりカツと音が鳴った。
勝手にファーストネームを呼び捨てにしてくる気安さが癪に障り、反射的に睨みつけそうになるがどうにか自制する。
こうして直接話しかけられている以上、もはや無駄な足掻きにすらなっていないのだが、ワンチャン諦めるか怒るかして立ち去ってくれないかと一縷の望みを指先に絡め、イケるとこまで無視してみることにする。
「オイっ! シカトこいてんじゃねーよ、希咲ぃっ! “サータリ”くんが話しかけてんだろうが!」
「おいおい、よせよヒデ。まぁ、いいじゃねーか。なぁ、おい七海よぉ~、ちょうど今オレらよ、オメーの話をしようとしてたんだよ」
「あ゙?」
思わずギョロっと目玉を向けた。
イケるところまで無視するという方針はもう台無しだが、もはやそれどころではない。
自分の記憶が正しければ、彼らは『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』について会話していたはずだ。
逸りそうになる右足の膝に手を当ててグッと押し留める。
そして超速で思考を回転させて、記憶に瑕疵がないかを確かめる。
先程のこいつらの最後の会話はこうだったはずだ。
「そういや、“サータリ”くんよぉ。『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえばよぉ……」
「ん? おぉ、ヒデ。ピンときたぜ。ちょうどオレも同じこと思いついたとこだ。昨日のことだろ? 『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえばあいつよぉ…………おっ?」
一部の不適切な汚い言葉が検閲が入った後に適切な表現に置き換えられているが、彼らの会話はこれで間違いなかったはずだ。
解せぬのはこれらのやりとりの後に『なぁ、おい七海よぉ~、ちょうど今オレらよ、オメーの話をしようとしてたんだよ』と言われたことだ。
意味がわからない。
今の話の流れからの連想で自分の名前が出てくるということは、まるで『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女性』といえば、まず希咲 七海の名前があげられる。そういうことになってしまう。
だが、そんなはずがない。そのような事実はない。
希咲は自分で自分が『比較的性に関して奔放ともいえるような側面をもち、相対的に貞操について無頓着とも見えるような部分もあるかもしれない女子高生』ではないということをよく知っている。
大変不本意ながらこのような誤解をうけ、事実とまったく異なる誹謗中傷をうけることは、希咲の学園生活の中でままある。
そのようなレッテルを受け入れるつもりはカケラもないが、しかし慣れてきているのもまた事実だ。
だから今更この程度のことでカっとなって声を荒げたりすることもない。ムキになっては相手の思うツボなのだ。
それに、重ねて言うがそのような事実はない。ないのだ。
ない、が。
だが、それはそれとして可及的速やかにこいつらの下顎の骨をパキャッと小気味よい音を鳴らして粉砕してやらねばならない。
何故だかそのような衝動に駆られて、そうしなければならないと使命感のようなものを強く感じて、希咲は腰掛け代わりにしていたガードレールから尻を離そうとする。
そうしようとして立ち上がる寸前でハッとなった。
(いやいやいやっ! なに考えてんの⁉)
今しがたの自身の身の内から湧き上がる衝動に任せた思考に戦慄する。
(確かにめちゃくちゃサイテーだけど! ありえないくらいサイアクだけど! だからってちょっとムカつくこと言われたから顎砕いてやるってヤバイでしょ⁉)
あまりに暴力的で短絡的な行動を軽率に起こそうとしていた自分に驚く。
(こんなの……あいつじゃあるまいし……っ!)
昨日深く関わって無意識下でかなり強い影響を受けていたのか、例の風紀委員のクソ野郎の顏が浮かび上がる。
(そうよ、絶対あいつのせいよ…………もうっ! なんなの……⁉)
衝動を宥めるように胸に手を当て、気を落ち着けてから座り直す。
そして何事もなかったかのようにスンと表情を落としてまたスマホを見下ろした。
結局無視された格好の“サータリ”たちだが特に怒り出すような様子はない。ただでさえ目力の強烈な希咲がガンギマリの瞳を向けていきなり立ち上がろうとしたものだから、虚を突かれた上に気圧されて半歩身を引くような体勢になっていた。
遅れて、自身がビビっていたことを自覚した彼らはそれを誤魔化すように若干引き攣った笑みを浮かべて口を開く。
「……へっ。な、なんだよ……聴こえてんじゃねーか……」
「スッ、スカしてんじゃねーよ、このヤリ――ヒッ……っ⁉」
「…………チッ」
またも最低な言葉を口出しそうになったヒデを反射的に睨みつけてしまい、希咲は自分が下手を打ったことを自覚し、そして舌を打って観念した。
「なによ? 話しかけないで欲しいんだけど」
この時点で彼らは希咲に対して若干ビビっていたが、それでも学園でトップクラスに可愛いと評判のギャルがおしゃべりしてくれたことでテンションが上がる。
気を取り直して再びにやにやと卑しい笑みを浮かべた。
性欲は時に恐怖を凌駕するのだ。
「へへ、オメーこんなとこでなにしてんだよ?」
「カンケーないでしょ」
「ツレネーこと言うなよ。オレらよー、これからカラオケ行くんだ。一緒に来いよ」
「イヤ」
「そう言うなよ。ちょっとだけだからよ。付き合えよ」
「絶対にイヤ」
にべもなく断られるのだが彼らはこの程度のことではヘコたれない。
希咲としては僅かな望みも抱かせないように分かりやすく冷たく対応するように心掛けているのだが、こと女をモノにしたいという欲望に関しては彼らはアスリート並みのメンタルを誇っていた。
「こんなとこでボーっとしてんだからよ、どうせヒマなんだろ? ちょっとくれーいいじゃねーか。試しに遊んでみようぜ?」
「ヒマじゃないわ。人待ってんの。どっか行ってよ」
「あぁ? なんだ? オトコでも待ってんのか?」
「カンケーないでしょ。ほっといて」
「オトコじゃねーなら女が来るのか。ちょうどいいじゃねーか、そいつらも一緒に連れて来いよ」
「…………カレシ待ってんの。勝手に期待されても合コンみたいなのには協力しないから」
普通は待ち合わせをしていると言えば引いてくれるものなので適当にあしらったら、思ってもみなかった方向に展開される。まかり間違っても他の女の子を巻き込むようなことにはしたくはないので方針を変えて嘘を吐く。
「あぁ? 彼氏だぁ? マサトくん来んのかぁ?」
「だから付き合ってねーっての。それに聖人は部活」
「んだぁ? じゃあ浮気かよ」
「なんでそうなんのよ。聖人とはカンケーないって言ってんじゃん」
「へへっ。まぁ、知ってっけどな。なんせ前に一緒に合コンしたもんなぁ~?」
「だからなによ。あれは仕方なくだから」
「一回やってんだからいいじゃねーか。また遊ぼうぜ」
「キモいんだけど……あんたもわかんないヤツね。あの時はあの子たちにどうしてもってお願いされたから仕方なく行っただけ。もう二度としないって言ったでしょ」
以前に女友達に頼まれてこの連中との合コンに嫌々参加したことがあったのだが、その時のことが希咲には苦い経験となっていた。
数合わせのつもりで行ったら、参加していた男連中のほとんどが希咲狙いだったのだ。
はじっこで終わるまでボーっとしてやり過ごそうと思っていたのに、引っ切り無しに次から次へと違う男に絡まれ、必然的に他の女子たちは男連中から放置気味になり、結果として彼女らからも恨まれるハメになったのだ。
その時の経験から、合コンなどの類にはもう二度と参加しないと心に決めていた。
「一回も二回も変わんねーだろ?」
「しつこい。言ったでしょ? カレシがいるって。聖人じゃなくて、別にちゃんとしたひとがいるの。あんたなんかと絡んでて変な誤解されたくないからあっち行ってよ」
「あぁ? おい、マジな話なのかよ。いつの間にオトコできたんだよ」
「カンケーないでしょ」
「なんだよ。絶対ぇオレの方がイイからよ? 一回試してみようぜ?」
「クソウザ。マジでありえねーから。キモすぎ。あんたと、とか絶対ねーわ」
「絶対とまで言うとは相変わらず強気じゃねーか。あんまチョーシのんなよ?」
「チョーシのってんのはどっちよ? 話しかけんな。つまんねーのよ、あんた」
しつこく誘いをかけてくる連中に希咲の苛立ちは募り、口の悪さが加速していく。
そしてメンタルが強かろうとも無駄にプライドの高い男たちも、生意気な女の態度に剣呑な空気を発し始める。
「……テメー。ヒルコくんやマサトくんの手前オレらが何も出来ねーとでもタカくくってやがんのか?」
「はぁ? 知ったこっちゃねーわよ。あんたらが勝手にあいつらにビビってるだけでしょ。ダサっ」
「そうかよ…………テメーがそういう態度とんならオレらにも考えがあるぜ……?」
「勝手にすれば? てか、いちいち報告してくんな。キョーミねーっつーのよ」
「……上等だよ」
「つかさ、あんた誰? あたし、あんたの名前も覚えてないんだけど? 知らないヤツとはあたしもう喋んないから。どっかいって」
「テメェ……ナメんのも大概にしとけよ……?」
「…………」
言葉通り希咲はもう会話には応じない。
目の前でスゴんでいるのにも関わらずまるで自分の周りには誰も存在していないかのようにスマホを操作し出した彼女の態度に不良たちはヒクっと頬を引き攣らせた。
反射的に怒鳴りそうになるが寸でで飲み込み、代わりに“サータリ”は仲間たちに目配せする。
そして彼らは再び下卑た笑みを浮かべて希咲を取り囲んだ。
彼らへ目も向けずに宣言通り無視している希咲だが、当然そんな彼らの動きには気が付いている。
(まぁ、そうなっちゃうわよね……)
ある意味予測通りではあるので、心中で溜め息を吐き、穏便に済ませることはもう諦めた。
スマホを操作してメッセンジャーアプリであるedgeを使い、特に意味もないスタンプを特別な相手と送り合う。
たったそれだけのことで、無為な時間すら特別なものになる。
そのはずなのに、大好きな親友の愛苗ちゃんとコミュニケーションをしたのに、
それどころか、むしろ彼女は激しくイライラしている。
それは――なにか用事にとりかかったのか――少し前から水無瀬からの返信スタンプが途切れたことだけが理由ではない。
というのも――
「――だからよぉ、言ってんだろぉ? とりあえずベロつっこんでカキ回してやりゃあいいんだよ!」
「ギャハハハハッ! マジかよ“サータリ”!」
「やっぱ“サータリ”くんはサスガだよなっ!」
「ちくしょう! 俺らも行けばよかったぜ!」
「こういうのはよ、気合いがダイジなんだよ。とりあえず強気に出ときゃいいんだよ」
「……そういや、強気といえばよ……このままでいいのかよ、“サータリ”くん?」
「あぁ? どうしたヒデ?」
「どうもこうもねーぜ! “モスケ”のヤローだよ!」
「なんだぁ? ヤローがなんだってんだ?」
「あのヤロー最近チョーシこきすぎだぜ! 聞くところによるとよぉ、あいつ“サータリ”くんに上等くれてたらしいぜ!」
「…………ほぉ」
「オレぁ許せねえよ! あのヤロー、“サータリ”くんがヤるってんならいつでもヤってやるってフキあがってるみてえなんだ!」
「あぁっ⁉ そりゃマブかよヒデェっ!」
「ナメやがってあのクソガキャァ!」
「……あいつも随分エラくなったもんじゃねーか」
「頼むよ“サータリ”くん! あのガキ、シメてくれよ!」
「おぉ! ヤっちまおうぜ“サータリ”! オメーがヤんならオレもヤるぜ!」
「そうだぜ! オメーらがヤるってんならオレもヤるぜ!」
「まぁまぁ、落ち着けよオメーら」
「“サータリ”くん⁉」
「テメー! ビビってんのかよ“サータリィ”!」
「テメーがシキれねえってんならオレがシキってやってもいいんだぜ⁉」
「だから落ち着けって。誰もイモひくなんて言ってねーだろ?」
「どういうことなんだよ、“サータリくん”⁉」
「いいか? “モスケ”のヤローはシメる。が、それは今すぐじゃあねえ」
「だからなんでなんだよ⁉」
「キレんなよコーイチィ。まぁ聞けって。あのな? ちょっとムカついたからってソッコーでボコりにいくとかそんなのは三下のすることだぜ? こういうのはよ、先にケンカ売った方がダセェんだ。ヨユーのねえヤつほどすぐにキレっだろ? わかるよな? “カク”が下がるっつーかよ」
「お、おぉ……なんか大物っぽいぜ!」
「カ、カッケーよ、“サータリ”くん!」
「ま、まぁ? オレはわかってたけどよ……」
「とはいえだ。直接ケンカ売られたらもちろんそん時はオレも黙ってねえ。“モスケ”のヤローがよ、どうしてもこのオレとヤるってんならぁいつでもタイマンはってやんよ!」
「そん時はオレもヤるぜ!」
「オレも連れてけよ!」
「“サトル”のヤローはオレに任してくれよな! “サータリ”くん!」
「……へっ。オメーら……。オレはいいダチを持ったぜ。ま、そういうわけだからよ、オメーらもバンっと構えておいて、その時が来たらオレに“イノチ”預けてくれや! 頼むぜ‼‼」
「――うるさーーーーーーいっ‼‼」
サータリの呼びかけに仲間たちが「応」と威勢よく応えようとしたが、その声をあげる前に横合いから非難の大声があがる。
仲間同士で友情を確かめ合っていた時に突然希咲に大声で怒鳴られた彼らは驚き、その目を一斉に彼女へと向けた。
「あんたたちなんなの⁉ わざわざ人の近くにたむろって、大声でサイテーな会話しないでよ! クッソうざいんだけど!」
もう何を話しかけられても無視するからとっとと何処かへ行けと、少し前に希咲が彼らに告げよもや一触即発かというような剣呑な雰囲気になった。
しかし不良たちは、希咲に対して実力行使に出るわけでもなく勿論どこかへ行くわけでもなく、ただガードレールに腰掛ける希咲の近くに座り込んで「あーでもないこーでもない」と何の意味もないどうでもいい駄弁りの時を仲間たちと共有していた。
しかし、それは特別に想い合う者同士だからこそ楽しめるものであり、何の関係もない他人からしてみたら、そんなものをすぐ間近で聞かされるのは苦痛以外のなにものでもない。
つまりは、嫌がらせだった。
「どっか行けって行ったでしょ⁉ あんたたちの話、聴いてるだけでイライラしてくるんだけど!」
「なんだぁ? オレらと話したくなったのかぁ? 何言われても無視するとも言ってたよなぁ?」
「クソウゼー」
希咲が反応を示してくれたことで彼らは嬉しそうにニヤニヤとした笑みを浮かべ煽りにかかるが、想定していたよりもずっと低い声がかえってきて、さらに彼女の眼光が強烈だったために、ウンコ座りをしたままジリジリと僅かに後退った。
「待ち合わせしてるって言ったでしょ。あんたらなんかと絡んでるとこ見られたくないのよ。何回も言わせんな」
「あぁ、オトコ待ってんだろ? オレが見極めてやんよ。オメーに似合わねえ、しょーもねーダサ坊だったら別れさせてやんよ」
「はぁ? キショ。余計なお世話っつーか、あんたなんかに首つっこまれる筋合いないんだけど? 言ったでしょ? あんたごとき名前も覚えてないって」
言い捨てて、しかし言葉とは裏腹に内心で面倒なことになったと舌を打つ。
目の前の連中に遊びに誘われて、待ち合わせをしているからと言って断った。人を待っているのは嘘ではない。
そうしたら、待ち人は女友達だと思われ、その人たちも一緒に遊びに行こうと誘われた。
万が一ここに居る自分に、下校してきた知り合いや友達の女の子たちが通りがかりに声をかけてきて、その彼女らが待ち人だと誤解をされこの状況に巻き込んでしまうことを避けるために、待っているのは男子生徒だと伝えた。そして、それも嘘ではない。
「覚えてねえことはねーだろうが! 合コンの時にオレのケーバンとID書いたメモ渡しただろうがよ!」
こういった手合いに現在のように下心満載で絡まれるのは、希咲にとっては割とよくあることではある。
しかし、その中でもこの連中は何をそんなに自分に執着してくるのか、見かける度にしつこくしてくる。
本音を言えば、いい加減に目障りだ。
だが、それよりも今の問題は、この後この場に来るであろう待ち人とこの連中を絶対に関わらせたくないことである。
ある意味で、女友達たちよりも『あいつ』とこいつらを鉢合わせることの方がよっぽど憚られる。
そしてさらにしくじったのが、待ち人が『彼氏』であると言ってしまったことだ。
手っ取り早く諦めさせて追い払うために、待っているのは『彼氏』だと嘘を吐いたのだが、まさかここまで強硬手段にでる程に自分に執着をしているとまでは思っていなかった。
『あいつ』とこいつらが遭遇するだけでも面倒そうなのに、さらにアレと付き合っていると思われるのは非常によろしくない。自分にとっては致命的だ。
自分が吐いた嘘のせいではあるが、どうも悪手というか裏目というか、昨日から調子がよくない。
「こ、ここでシカトかよ……っ! このアマどこまでもナメくさりやがって……!」
本当に面倒なことになったと頭を抱えたくもなるが、あまり悠長なこともしていられない。
待ち人が来るまで、恐らくもうそこまでの時間の猶予はないだろう。
彼が現れるまでにはこの連中を退場させねばならない。
そうしなければ、きっと今よりももっと面倒なことになる。
「オイ、テメェっ! 聞いてんのかよ!」
(あまり形振り構ってもいられないわね……)
そう切り替える。
「うっさいわね。聴こえてるわよ。汚い声で怒鳴るな」
「ナ、ナメやがって。テメェ、昨日もシカトしやがったよなぁ?」
「昨日? なんのこと?」
「バックレてんじゃねえぞ! 昨日カラオケ屋の前で声かけただろうが!」
「はぁ? 知らねーってば。あと、なんだっけ? メモ……? あんたの番号とか登録するわけないし、IDもソッコーでブロックしたっつーの」
目論みどおり、ちょっと煽ってみたらわかりやすく彼らの表情に苛立ちや怒りが表れ始める。
先程は随分と厭らしい嫌がらせを仕掛けてきたが、昨日絡んできた
決して感謝はしないが。
「……オマエ…………女だからって何でも許されると思うなよ?」
「あんたこそ。不良ぶってればビビってみんな言うこと聞くとでも思ってんの? それで許されてると勘違いしてるとか、バッカじゃないの?」
「あぁっ⁉ んだコラ、このクソアマぁっ!」
「うるさい。声のデカさだけはいっちょまえね。つか、マジでどっかいけ。優しく言ってあげるのはこれで最後よ。痛い目見てから泣いて後悔したいわけ?」
「ふざけんなボケがぁっ! 随分強気にでるじゃねえか、ええおい? テメェ、男4人相手に上等こくたぁいくらなんでもチョーシのりすぎじゃあねえのか? あぁ?」
希咲の物言いにいよいよ男たちも激昂し始める。
「あんたこそ。そんなイキがってもいいの? 弱っちいくせに」
「あぁ⁉ 誰が弱いってぇっ⁉」
ついには立ち上がった彼らから暴力の雰囲気が伝わってくる。
しかし、希咲はそれに全く臆することなく、少し表情を和らげて自身の顎を指でちょんちょんと指しながらコテンと首を傾げてみせる。
「あんた。D組の猿渡、だっけ? アゴ、だいじょぶ? 昨日“いいの”もらって道でひっくり返ってたわよね?」
「テ、テメェ……! 見てやがって…………つーか、やっぱ気付いてたんじゃねーか!」
「あんだけみっともなく騒いでりゃ嫌でも目に入るっつの。恥かきたくないんなら大人しくしてなさいよ。ザコいんだから」
「……おい、テメェら…………」
仲間に目で合図を送り、彼らは希咲を包囲するように位置取りをする。
今回はさっきのように遠回しな嫌がらせなどしてこないだろう。
彼らの目は誰が見てもわかるほどに“キレて”いる。
希咲としても退くつもりは更々ない。
この後のことを考えてもそうだし、目に余る程にしつこい彼らをいい加減露払いもしてしまうつもりだ。
それは酷く効率がいい。
そう思うことにしてトドメを刺しにいく。
顎を指差していた手を、今度その細長い指を揃えて口元に添えてクスクスと露骨にバカにするように嘲笑いながら言ってやる。
「いいのぉ~? そんな強気に出ちゃってぇ? 昨日みたいにぶっとばされちゃうよぉ~? ちっちゃい子に投げられたヌイグルミみたいにポイってされてたよねぇ~? ぷぷっ、だっさぁ~い」
「テメー、オワッタぞ? クスリ漬けにしてマワしてやるよ! 泣きながらツッコんでくださいってオレにコンガンするようにしてやる……っ!」
「ハッ……! 上等よ。泣きながら『おクスリくださーい』って病院に駆けこむのはあんたらだっつーの」
威勢よく啖呵を切りながら思考の裏側で遠い目になる。
自分からこう仕向けたものの、そもそも自分は不良でもないし、おまけに普通の女の子だ。
それなのに何故このような連中とバトルのようなものを往来でしなければならないのか。それも二日連続で。
思い悩みそうになる正気の自分を押し込めるために、思考に必要なリソースを戦闘用のそれに明け渡す。
とりあえず、ぶちのめしてから後で悩めばいい。
まるで“誰かさん”のような考え方だと心中で苦笑いをした。
さて、どう始末をつけるか――
周囲に展開する敵を視界に捉えて、希咲はごく小さく唇を舐める。
とはいえ、ガラの悪い男4人を向こうにまわして、希咲はまったく危機感を抱いていなかった。
どうとでもなる。
そのように考えているため、怒りに目を血走らせた複数名の男たちがジリジリと間合いを詰めてきていても、未だにガードレールに尻をのせたままだ。
その余裕を感じさせるような態度がさらに男たちの怒りを加速させるが、それは同時に冷静さも削っていく。
そう仕向ける為に過剰にバカにして煽ってやったのだ。
幼馴染である
正気を失った暴徒となる寸前といった具合の憤怒を浮かべた表情。
仮に彼らに負けた場合には自分はただでは済まないだろう。
だが、決して自分にとって彼らは脅威にはなり得ない。
多少は喧嘩をした経験くらいはあるのだろうが、例えば昨日対峙した『
4人同時に相手をしても十分に捌けるだろう。
とはいえ、油断はしない。
昨日の『
寝る前に思い出して半ベソかきながら反省をしたのだ。
同じ轍は踏まない。
気を引き締めると同時に浮かび上がりそうになった昨日の『嫌なこと』を振り払うように、トレードマークであるサイドテールを片手で後ろへ振り払う。
しかし、そうしようとして耳の上に持って行った手に想定していた感触がなく空振りしかけたので動作を途中でやめる。
そういえば弥堂のせいで現在はいつもの髪型ではなく、水無瀬のようにゆるくおさげにしていたのだったと思い出した。
中途半端に上げた手で誤魔化すようにおさげをイジイジする。
「な、なんだ……⁉ テメェなんのつもりだ……?」
すると、いきなり手を上げて何をするでもなく下ろした希咲の仕草を警戒したのか、彼らは足を止めて睨みつけてくる。
「……ハッ――なぁに? ビビってんの? カッコわる~い」
自分の仕出かしたちょっとした『うっかり』を悟られぬよう、ブラフ半分、照れ隠し半分でこれみよがしに鼻を鳴らして嘲ってやる。
ガードレールに腰掛けながら盛大に見下してくる希咲の態度に、不良たちは怒り狂う――ことはなかった。
「ゔっ――⁉」
呻いたのは希咲だ。
今しがた誤魔化すような真似をしたせいか、無意識の仕草で足を組み替えた希咲の下半身に彼らの目玉がギンっと一斉に集中したからだ。
(お……男ってホント……バカ…………っ!)
お前ら怒ってたんじゃねーのか。
今すぐ殴りかかりたいほどに怒り狂ってたんじゃねーのか。
これからケンカしようって相手のスカートがそんなに気になるのか。
てゆーか危なかった。さっきあいつらがしゃがんでる時にやってたら下着見られてた。
と、希咲は頭を抱えそうになる。
男というものは、時に性欲が怒りを凌駕する。
わかってはいたが、彼らへの呆れと軽蔑の気持ちを強めると同時に、こんな連中と揉めている自分も酷く低俗なのではないかと情けなくなってくる。
思わず漏れ出そうになる溜め息を意識して留めた。
ここで脱力してはいけない。
スカートといえば――と思い出すまでもなく、昨日とんでもなくヒドイ目に合わされたばかりだ。
(弥堂めえぇぇっ……! 許さないんだから……っ!)
気が抜けてしまいそうだったところを弥堂への怒りを燃やすことで、それを目の前の彼らへぶつけようと無理やり戦闘用のテンションを保とうとする。
弥堂に対しても彼らに対しても八つ当たりな気がしたが、気がしただけならきっと気のせいだ。
そこで、『そうだ。弥堂といえば……』と思い当たり、少し試してみることにする。
「んんっ」と喉と気持ちを整えてから唇を動かす。
「――見たい?」
「……あ?」
言っている意味がわからないと怪訝そうな顔をする彼らの前に、ここでようやくガードレールから尻を離して立つ。
「見たいの? って聞いてるんだけど?」
「見たいって……なんのことだ……?」
「だからぁ…………こぉ・こっ」
「へっ……? はぁ…………っ⁉」
自身のスカートに真っ直ぐ伸ばした綺麗な人差し指を当てて指し示しながらコテンを首を傾げてみせる希咲の、その蠱惑的で妖艶な仕草に男たちは動揺した。
「今見てたでしょ? あたしの、ここ。見たいのかなって」
「はぁっ⁉ みっみみみみみ見てねえしっ!」
「そ?」
あれだけ下心丸出しに振舞うくせにそこは否定するのは、何かしらのプライドのようなものが彼らにもあるのだろうか。
(てゆーか、あんだけロコツに見てきて気付かないわけないでしょ)
心中で胡乱な瞳になりながら、表の顏には出さぬようにして演技を続ける。
「じゃあ、見たくないんだ?」
「あっ……あ?」
「だからぁ…………」
勿体ぶるように声を伸ばしながら、スカートの表面を指で下方向になぞっていくと、男たちの視線がその指の動きに釘付けになる。
その指はやがて衣服と素肌との境界となる裾にまで辿り着くと、第一関節分だけその境界を越えた。
希咲はその指先を曲げて校則による規定よりも少し短いスカートの中に挿し入れると、クイとほんの僅かに裾を持ち上げてみせる。
「こ・こ。見たくないの?」
「……は? え…………っ?」
「見たいの? 見たくないの? あたしは別に見せたいわけじゃないからどっちでもいいんだけどぉ……」
「ま、待て……っ!」
スカートの裾を持ち上げていた指を戻そうとすると、呆けていた“サータリ”が慌てたように制止してくる。
「そっ、そりゃオメェ……そんなの、見たいに決まって…………なぁ?」
自分だけ欲望を吐露するのは気恥ずかしいのか、周囲の仲間に水を向けると彼らも卑しい笑みを浮かべ口々に同意した。
その最中も彼らの中の誰一人として希咲の股間から目を離してはいない。
(うぅ……やっぱキモイ……っ!)
自分から仕向けたことではあるが、目の前で複数の男たちが自身の下半身に血走った目を向けてくるのに嫌悪感を抱き、その視線が集まる箇所に鳥肌が立つ。
普段は露わになっていないスカートで隠された僅か1㎜ほどの内腿の肌に夢中になっている男たちの視線の熱に怯み、思わずキュッと腿を締めてしまいそうになるのを我慢する。
演技とはいえ、なんつーことをしてるんだと、自分にも嫌悪しそうになるが、思い通りにコントロール出来てはいるのでこのままやりきる。
「ふぅ~ん……やっぱ見たいんだぁ……? でもザンネンだね? ずっとしゃがんだままでいたら今、たぶん見えてるのにね?」
「え? ――あっ……⁉」
「すーぐ怒っちゃってあたしのこと殴ろうとかするからぁ……パンツ。見れなかったね? 女の子に暴力奮おうとしたバツかも。損しちゃったね?」
「へっ……へへっ……まぁ、そう言うなよ。本気で女殴ろうなんて……なぁ?」
先程の怒りはどこへやら。
男たちは揃って媚びた笑みを浮かべ「そんなつもりじゃなかった」と口を揃える。
そんな姿を見て裏側では心底見下し、表側ではニッコリ笑って首を傾げながらこちらも媚びたような声を出してやる。
「えー? ホントにぃー?」
「マ、マジだって! だから…………なっ?」
「んー? なぁにぃー?」
「わ、わかってんだろ? もうちょいスカートめくってくれよ?」
「えーーー?」
面子を凌駕した性欲に忠実な男どもを焦らすように勿体つけてから答える。
「やーよ」
「はぁっ⁉ ふざけんなよオマエ!」
「えー? だってこれ以上あげたら他の関係ない人たちにまでパンツ見られちゃうじゃん。あたしそこまでしたくなーい」
「騙したのかよ⁉ 見せてくれるって言ったじゃねーか!」
(ゆってねーよ)
希咲は心の中でジト目になったが、表では「えー? どーしよっかなー?」などとクスクス笑う。
「じゃあさ。あんたたちがしゃがめばよくない?」
「あ⁉」
「だからぁ。あたしのパンツ。どうしても見たいんなら、そこに膝を着いて覗けばいいじゃん? 土下座でもするみたいに」
「テッ、テメェっ!」
怒りの声をあげるものの、その怒声はプライドとのせめぎ合いにより生じたものだ。
希咲はそれを面白がるように、スカートを持つ手とは逆の手を口元に当て、さらにクスクスと笑みを漏らす演技をする。
本音では大分しんどくなってきた。
「うそうそ。ふふっ、ほらっ? こーやって、あたしがスカート上げてるからさ? ちょっと屈めば見えるわよ?」
「うっ……うぅ……っ⁉」
「ほら、はやく。あんま目立ってきたらやめちゃうわよ? どーするの?」
「見るっ! 見るからっ! そのままっ!」
随分と必死な様子に希咲は一瞬真顔になった。
すぐに猫を被り直して、上体を折ろうとする彼らを止める。
「ほら? もっとこっちきて……? 他の人に気付かれないように、あたしを隠して……?」
「えっ? あっ、あぁ……」
目ん玉をギンギンにかっ開き息を荒げながら彼らは言われるがままに、フラフラと吸い込まれるように不自然に前屈みの姿勢でヒョコヒョコと近づいてくる。
当然その間も視線はずっと希咲の股間に釘付けだ。
「……うん。そのへんでいいかな。そこで止まって」
「おっ、おぉ……!」
「ガバって動いたら注目されちゃうから、ゆっくり、かがんでね……?」
「あ、あぁ……っ!」
まるで夢うつつな様子で上体を折り頭を下げていく男たちの様子に、思っていたよりもずっと気持ち悪かったなぁと貌を本来の自分のものに戻し辟易とする。
この路線はもう二度とやらないと心に決めつつ、気持ちも表情も切り替えた。
身長差の影響で希咲よりも高い位置にある男の頭部がわざわざ向こうから下りてきてくれる。
(ホンット。バッカじゃないの)
サービスはもう終わりだ。
そして自分の目線の高さを通り過ぎていく彼の頭に最後の言葉をかける。
「よぉく、『見ててね』?」
「へっ――?」
何か声をかけられ反射で疑問の声を返すが、希咲 七海のスカートの中への期待に心を奪われていた“サータリ”が明確に感じ取れたのは、自身の顏の下を何かが物凄いスピードで通り過ぎていったヒュッという風切り音のようなものだった。
「――へ? なに……?」
次に認識したのは、視界に映していた希咲の膝から下の足がトッと軽やかに地に下ろされた映像だった。
瞬きもせずに注視していたはずの彼女の姿は、直立不動で右手の指でスカートの裾を僅かに持ち上げていた姿だった。
それなのに、彼女に何か声をかけられたと気付いた次の瞬間には、僅かに右足の膝を上げて、右手はふわっと微かに浮かぶスカート抑えている姿勢に変わっており、そしてその足は地に下りた。
一瞬で目の前の女子の映像が別のものに切り替わったような違和感に眩暈のようなものを感じる。
「な、なんだ……? 一体なに…………あ、あれ……っ⁉」
眩暈のようなものではない。
急速に視界が揺れ身体の制御が効かなくなり、それに焦る間もなく遅れてやってきた脳震盪で“サータリ”は意識を失い地に沈んだ。
「“サータリ”くん⁉」
「おいっ!」
「どうした⁉」
突然白目を剥いて倒れた自分たちのリーダーの姿に不良たちは狼狽する。
「あーーー。マジでキモかった。二度とやんないんだからっ」
何が起こったのかわからない。
だが、まるで何事もなかったかのように振舞う目の前の女子に彼らは底知れぬものを感じて慄いた。
「テ、テメェ、希咲……! お前がなんかやったのか……⁉」
「見えた?」
「は……?」
茫然と聞き返してくる男たちに、希咲はあっけらかんとした態度で話す。
「だから、見えたかって訊いてんの」
「な、なにを……何をしたんだよっ⁉」
「なにって。蹴ったんだけど?」
「あぁ⁉」
「メンドクサ。いちいち聞き返さないでよ。一回で聴き取れ」
「うるせぇ! わけわかんねえこと――」
「だーかーらー。蹴ったんだってば。そいつの顎のさきっぽ。完璧に入ったから気絶してんのよ」
「蹴った……? 蹴ったって、おまえ…………」
理解が追い付かない。
いくらハニートラップにかかって完全に油断していたとはいえ、不意打ちとかそういうレベルの話ではない。
今しがた地に沈んだ“サータリ”は何をされたのかすらわからないまま意識を失い、それを目の前で見ていた自分たちも見ていたはずなのにそれが見えていなかった。
全く知覚できないほどの速度で蹴りを放ち人が気絶する。
そんなことが現実にあるのかと、彼らは今更ながら、もしかして自分たちは絶対にケンカを売ってはいけない人物に絡んでしまったのではと恐れを抱き始めた。
「で?」
「ヒッ――」
「あによ、その悲鳴。で? って、訊いてんの」
「え? あの……な、なにが……? ですか?」
「だから。あたし蹴ったわけじゃん? ハイキック。思いっきり足上げてあげたんだからさ、見えたでしょ? パンツ」
「パ、パンツって…………それどころか、なにも……」
「そ。それは残念ね。でも、やっぱそうよねー」
何を言っているんだと半ば自失したように答える彼らに希咲はそれきり興味を失う。
(まぁ、フツーはそうよね。やっぱアイツがヘンなのよ。なんで全部避けれたのかしら、アイツ)
希咲が考えを巡らせるのを他所に、不良たちの怯えは拡がっていく。
「そ、そういえば前に聞いたことあんぜ……!」
「な、なにを聞いたんだ、ヒデ⁉」
「あぁ、コーイチ。前にヤジマ先輩が言ってたことあったろ? 希咲攫ってマワしちまおうって待ち伏せしてたら、気付いたら道端で全員寝てたって……! 希咲に絡んだ覚えはあるのに夢でも見てたんかって……!」
「あ、あぁ……そういや言ってたな……でも、それが何だって……」
「何だってじゃねーよ! 今起こったことと同じだったんだ! ヤジマ先輩も“サータリ”くんみてーに、見えない速さで蹴られて伸されちまったんだよ!」
「あっ……⁉ そ、そういうことだったのか……!」
「あの人けっこうハッタリかますとこあるだろ? だから、女攫うとか途中でビビってイモひいたんがバレるとダセェからってフカしコいてんのかと思ってたけどよ、こいつ先輩たちのグループまとめてボコしてやがったんだよ!」
「ヤ、ヤベー……この女ヤベーよ……!」
阿鼻叫喚のようにビビリだした不良たちを希咲はジト目で見遣りながら、『そっか。ぶっとばされたのが分からないくらいの速さで蹴ったら、やられたことを覚えてないからまた絡んでくるのか。ひとつ勉強になったわ』と何故何度撃退してもヤツらはまた来るのかという疑問が腑に落ちた。
「あんたらにヤベーとか言われたくねーっつの」
「ヒッ――ゴ、ゴメンなさい……っ! 蹴らないでっ……!」
「……なによ、その態度っ。あんたたちがケンカ売ってきたんでしょ! まるであたしがあんたたちに絡んでる不良みたいじゃない!」
「す、すいません! そんなつもりじゃ……っ!」
人間の動体視力を超える速度で人間を昏倒させる戦闘力を持った女子高生にイチャモンをつけられ、か弱い男子生徒たちは心底恐怖した。
彼らに出来ることは謝罪のみだ。
「これに懲りたら女の子に下品なこと言って絡むのやめなさいよね」
「わ、わかったよ……で、でもよぉ――いや、なんでもない」
なにか釈然としない様子のヒデの口ぶりが希咲は癪に障った。
「あによ? 言いかけたら最後まで言いなさいよね。あたし、そういうの気になんの」
「い、いや、でも怒るだろ……?」
「いいから言いなさいよ」
「じゃ、じゃあ……だ、だってよ、見せてくれるって言ったのはオマエじゃねえかっ」
「はぁ?」
怯えながらも口答えをしてくるヒデの言葉に眉根を寄せる。
「ゆってないけど?」
「は、はぁっ⁉ 言っただろ!」
「言ってないし。『見たい?』って聞いただけだし」
「ズ、ズリーぞっ!」
当たり前でしょと冷たく突き放すも彼らからは非難の声が次々とあがる。
「なによ。つかさ、あんたたちなんかに見せるわけないでしょ? そもそもあたしがそういうことするような女に見えるわけ?」
『見える』
そう反射的に言いそうになって彼らは口を噤んだ。
彼女に対する非難と憤りで胸がいっぱいだったが、それを言ったらとても危険な目にあうと生存本能が危険信号を訴えてきたのだ。
小物には小物なりの生き永らえる手段の持ち合わせがあるのだ。
そして、その言葉を呑み込む為に別のことを口に出す。
「大体ズリーぞ! 色々ズリーんだよ!」
「小学生か。何がズルいってのよ」
「見えない速さで蹴るとかズリーだろ! 反則じゃねーか!」
口々に『反則だ』と叫ぶ彼らを希咲は見下げ果てる。
「なにが反則か。あんたらは犯罪だろうが」
「オレら何もしてねーだろ⁉」
「はぁ? ウザいこと言って絡んできて、断ったらその……マ、マワ……とかすぐそういうこと言うじゃん!」
「そんなのしょうがねえだろ! 女に生意気なこと言われたらとりあえず犯して言うこと聞かせるかってなるだろうが!」
「なるな! 今のご時世わかってんのか、バカ! 大昔の山賊かあんたらは!」
「ち、ちくしょう……!」
「ぶっとばされたくなかったらナマイキな口くきんじゃないわよ。男も女もあるか」
「うぅ……くそっ。なんて女なんだ……」
「ほら、さっさとそいつ連れてどっかいってよ。もう絡んでこないでよね」
本気で反抗するほどの気概は持ち合わせていないので、不良たちは希咲の指示に従う。
昨日に引き続き道端で倒れた自分たちのリーダーを回収しながら、その憐れな姿を見て彼らは涙した。
「うぅ……“サータリ”くん。なんでこんなことに……」
「自分たちが悪いんでしょ」
「ちょっと口説いただけなのに……ちくしょう。弥堂といい、お前といい、どうしてすぐ暴力ふるうんだよ……!」
「はぁっ⁉ アイツと一緒にすんじゃないわよ! ぶっとばされたいわけっ⁉」
「な、なんでキレんだよ⁉」
「あんたたちがシツレーなこと言うからでしょ! 今度あのバカと同列にしたらひっぱたくかんね」
「な、なんて理不尽なんだこのズべ公……おっかねえな……」
「はぁ? ズべ公? なんであんたら不良っていみわかんない言葉使いたがるわけ? てか、もういいわ。あっちいけ! かえれっ!」
「ヒッ、ヒィっ――⁉」
もう相手をするのが面倒になってガーッと怒鳴り付けたら、彼らはワッと一目散に走って逃げて行った。
その背中を睨みながら、しかし追いかけるほどには怒ってはいないので、彼らの姿が遠のいたところで疲れたように溜息を吐いた。
最低で乱暴で面倒な連中だったが、やっぱり昨日の出来事よりははるかにマシだと、シミジミと感じた。
なんだかんだと言っても、ぶっとばせばどうにかなるのは楽だとそう思ってしまった。
それはひどく弥堂的な考え方だということには気が付かないフリをして、ガードレールの元の座っていた場所に戻り何事もなかったかのように再びスマホの画面に目を落とす。
タイミングがいいのか悪いのか、どうも待ち人はようやく校舎を出た頃合いのようだ。
「――ったく。おっそいのよ……!」
今しがたの騒動を受けて、周囲の野次馬たちが視線を向けながらざわついていることに気が付かないフリをして、それを誤魔化すようにここにはまだ到着をしてない待ち人に向けて八つ当たりじみた恨み言を呟いた。
「あ、そういえば」
ふと思いついて、今しがた聞いた意味のわからなかった言葉を手慰みに検索して調べる。
すると、スマホの画面に表示された検索結果を目にして希咲はワナワナと小刻みに震え出すと――
「――あ・い・つ・らあぁーーーーーーーーっ‼‼」
激昂する彼女の叫び声に周囲で遠巻きにしていた野次馬たちは驚いてワッと蜘蛛の子を散らしていった。
しかし、少し距離を離しただけで、まだこの場で面白いことが起きそうだぞと、暇を持て余した悪趣味な者たちは様子を見ている。
この私立美景台学園においては、学園周辺で毎日の様に誰かが怒鳴り合っていたり、誰かの悲鳴があがっていたりする。
か弱い一般生徒たちといえどもいい加減にそんな環境には慣れてきた者も多くおり、さらにその中の悪趣味な嗜好を持つ者たちは興味本位に面白半分に、そういった騒動を鑑賞して楽しんでいたりする。
逞しいと言えばいいのか、単に図太いのか。
いずれにせよ、ある程度『いい性格』をしていなければこの治安の悪い学園では生活を送っていけないということなのだろう。
なんでこんな学園に入っちゃったんだろうと、遠巻きに自分を監視するいくつかの視線に気づかないフリをしながら、希咲はトホホと溜め息と涙を溢す。
彼らに文句を言ったところで、すぐに逃げ出してしばらくしたら何もなかったかのように戻ってくるだけなので、無駄だ。
それに。
多少見世物として受け入れられているからこそ、多少目立ったことをしても許されている。
自分にも悪いところはあるから、少しは我慢しなければならないと反省する。
「あいつが遅いからいけないのよ……!」
待ち人が現れたら絶対に文句をつけてやろうと、八つ当たりをすることを決めた。
そして、さっきの連中は次見かけたら絶対にひっぱたくと密かに心中でメモしながら、あと幾許かの時間が過ぎるのを待つ。
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