1章08 『Let's study』


 教室でクラスメイトの女子たちが輪になって親交を深めていた一方その頃――



「――つまりだ。学園の不良ワルどもに街をうろついてるとビトー君にボコられるって言って回ればいいってことか?」


「そうだ」



 弥堂は人気のない体育館裏でヤンキーたちとしゃがんで輪になりながら業を深めていた。


 この場にはただ、物騒な雰囲気だけが漂っていた。



「一応確認だが。何の為にそうするかはお前らのような低能にも理解が出来ているか?」



 自然体で自分たちを見下し罵倒してくる男に不良たちはカチンとくるが、喧嘩しても絶対に勝てないので表情に出さぬよう耐えた。



「も、もちろんだ。あれだろ? HRで言ってた道草すんなってヤツだろ?」


「そうだ」



 意外と彼らはきちんとHRに出席し、先生の話を聞いているようだった。



「だけどよ――」


「あ?」



 弥堂にジロリと眼を向けられるとモっちゃんはわかりやすく肩を跳ねさせる。



「ま、まってくれ。口答えをするわけじゃねえんだ……っ!」


「言いたいことがあるならさっさと言え」


「あ、ああ…………こう言っちゃなんだが、それで従うヤツばっかじゃあねえぜ? もちろんオレらは言われたとおりにするが……」


「そんなことはわかっている。だが、間引きは出来るだろう?」


「間引き?」


「そうだ。言えば従うレベルのヤツは減らせる。いくらなんでも放課後に街で全校生徒を殴り倒すのは効率が悪い。必要があればそれもやるがな」


「そういうことか」


「あぁ。それにこれには反乱分子を炙り出す目的もある」


「うん?」



 弥堂の口から告げられる、普通に生活をしていたらちょっと聞くことのない物騒な単語に彼らは困惑した。



「いいか? 全校生徒への連絡として『放課後の寄り道はやめよう』と伝達された。そこに重ねてお前ら不良品どもを対象に風紀委員である俺から警告もした。その上で街に出たのならば、それは現政権への反乱行為とみなす」


「は、ん、ら……ん……?」



 真顔で告げる弥堂を、彼らは馬鹿のように口を開けてぽかーんと見る。



「俺は一切手抜きをしない。街で当学園の制服を見かけ次第問答無用で武力制圧する。二度と歯向かう気が起きないよう念入りに痛めつけてやる。それでも反抗意思のある不穏分子は地下牢に監禁をして、生徒会長閣下への忠誠と信仰を誓うまでしっかりと教育をしてやる」



 絶句する彼らへ告げる。



「俺はお前らの脳みそを一切信用していない。口頭で伝えてやって従わないのであれば俺もやり過ぎるだけだ。徹底的にな。街に出るなという指示で足りないのであれば、街全体をお前らが出歩きたいと思えなくなるような地獄に変えてやる。そうすれば、『放課後の寄り道はやめよう』という目的は達成される」



 きっぱりと言い切った弥堂に不良たちはしばし茫然とし、そしてヒソヒソと相談を始める。



「お、おい、サトル。何言ってっかわかるか……?」

「わりぃ、モっちゃん。オレ馬鹿だからよー、あいつが何言ってんのか全然わかんねーんだわ……」

「な、なんだよ……地下牢って……このガッコそんなもんあんのか……?」

「ハハッ……バカだなタケシ…………いくらなんでもそんなもんあるわけないだろ……? ハハハ…………」

「で、でもよぉ、モっちゃん! このガッコちょっとおかしいし……てか、こいつ頭おかしいよ……っ!」



 すぐ目の前なので彼らの囁きは丸聞こえなのだが、そんなことにも気付かずに相談を続ける彼らを弥堂は冷ややかな眼で視る。



 どうせ鶏以下の知能しか持たないこいつらも、土日の休みを挟んで来週になればこの場での出来事を忘れて、元気いっぱいに放課後の非行活動に勤しむであろうと予測をする。



(虫を殺し尽くすことはできない)



 弥堂は考える。



 学園や風紀委員がどれだけ努力をしたところで、取り締まる対象が完全にいなくなることはないのだ。決してゼロにはならない。


 弥堂はそのことをよく知っていた。



(だが、絶対にその方法がないわけではない)



 弥堂程度でも思いつく方法は二つもある。



 一つは生徒を皆殺しにすること。


 生徒数をゼロにすれば必然的に寄り道もゼロになる。


 だが、これは生徒会長にとってあまり好ましくはないだろう。


 生徒が居なくなれば収益も減る。



 もう一つの方法の方が現実的かと弥堂は思考する。



 その方法とは、街を焼き尽くし地図上から消すことだ。


 生徒の方をゼロに出来ないのであれば、奴らの行先を失くしてしまえばいい。


 それにこうすれば、当学園の生徒が迷惑だとクレームを入れてくる目障りな市民どもも同時に消すことが出来る。


 非常に効率がいい。



 あくまでも最終手段ではあるが、いざという時にこれらの手段を選択肢として持っているだけで自身が持ち得るアドバンテージに大きな差が出る。



 今回の自分の目的は、『放課後に寄り道をする生徒を無くす』ことであり、『生徒の安全』でも『街の平和』でもない。


 究極的には寄り道をする者かクレームを入れる者のどちらかがこの世からいなくなれば目的は果たされることになり、それ以外の殆どのことはどうでもいいということになる。


 目的を達する過程と結果で何が起ころうとも、それは自分の知ったことではないし、自分が考えるべきことでもない。



 弥堂 優輝という男はそのように出来ている。



(その為の手段は問わない)



 眼を細め、一週間後にはもう生きていないかもしれない者たちを視る。


 それから弥堂は目的達成の為の手を打つことにする。



 パァンっと――



 手と手を打ち合わせて音を鳴らすと、不良たちは大きく身体を揺らして驚き、慌てて体裁を繕う。



「すっ、すまねえ、ビトー君。それで? オレらがするのはそれだけでいいのか?」


「あぁ」



 弥堂の即答に彼らは顔を見合わせて表情を輝かせた。



 が――



「――もちろん、そんなわけがないだろう?」



 見事に上げてから落される。



「お前らあれだけ俺にナメた真似をしてこれだけで済むと思ってるのか?」


「ま、まってくれよ! アンタに逆らう気はねえって…………でもよ、おかしいだろ?」


「何がおかしい? 言ってみろ」


「だってよ…………そもそも俺らまだ何もしてねえだろ⁉ てかよ、オレらなんで殴られたんだ……⁉」



 モっちゃんが悲痛な叫びをあげるとその仲間たちもハッとする。



「そ、そういやそうだぜ!」

「オレらただここに居ただけじゃねーか!」

「上等か⁉ 上等コイたんがいけねーのか⁉」



 今初めて気付いたとばかりに己の不遇を訴える。


 弥堂はそんな惨めな存在を見下した。



「まさか自分たちの罪を自覚していないとはな。低能め」


「お、オレらがなにしたってんだよ!」


「いいか? お前らの罪は『喫煙』と『放課後の寄り道』だ」


「はぁっ――⁉」



 不良たちは身に覚えのない自分たちの罪状に驚愕した。



「ま、まってくれよ……! オレらヤニなんか吸ってねーぜ⁉」

「周り見てくれよ! スイガラ落ちてねーだろ⁉」



 無罪を訴える被疑者たちを弥堂はつまらなそうに見ると、右手の指を二本立てて手の甲を彼らの目の前にスッと差し出す。



 すると、懐から素早くタバコのパックを取り出したタケシ君が中央のラベル部分をトントンと叩き、取りやすいように2本ほど突出させた状態でスッと弥堂の前に差し出す。

 ほぼ同時に、懐から100円ライターを取り出したサトル君がライターを握る右手に左手を添えてスッと脇に控えた。



「…………」



 弥堂は無言で見下ろしてから、彼らの顔面をガッと掴んだ。



「持ってんじゃねーか、クズが」


「ギャアアアアア! イデエエエェェェェっ⁉」

「ヤベデっ! ハナヂデっ! ハナヂデっ!」



 彼らは訓練された下っ端なので、目上の方がヤニを求めたら自然と差し出すように出来ているのだ。



「おい、持ってるタバコを全部よこせ。ライターもだ」



 風紀委員の権限により弥堂は自身の仕事道具にも使えるタバコとライターを無料で手に入れることに成功した。



「ヒデエよビトー君……確かにヤニ持ってっけどまだ吸ってなかったのに……」

「そうだよ……寄り道どうのってのも来週からだろ……?」



 ヤニを奪われた彼らは悲しげなお顔で不満を述べた。



「ふん、バカめ。順番などどうでもいい。いいか? お前らは今タバコを吸っていなくてもどうせ後で吸うだろう? さらに、もしも今日この場で俺と出会っていなければどうせ来週寄り道をしただろう? 今殴るか後で殴るかだけの差だ。同じことだろうが」


「そ、そんなのムチャクチャだろ⁉」

「全然同じじゃねーよ!」


「何故俺に余計な手間をかけさせる? 無限に湧いてくるゴミ虫相手にいちいち現場を抑えてなどいられるか。俺はお前らのような者を見かけたら、何もしていなくてもとりあえず前倒しで殴るようにしてるんだ。その方が効率がいいからな」


「ヒドすぎるぜ!」

「そうだ! オレらだって生きてるんだ!」


「うるさい黙れ」



 口々に文句を言うものの、結局彼らは強い者に従うのですぐに大人しくなる。



「それで、結局どうすれば勘弁してもらえんだ?」



 尋ねるモっちゃんに弥堂は世の中の道理を教えてやる。



「うむ。お前らは先程俺に仕事をさせたな?」


「え? いや、そう……なのか……?」


「そうなんだ。つまり俺は労働をした。労働には報酬が支払われるのが常識だ。故に俺に仕事をさせたお前らには俺に金を支払う義務がある。そうだな?」


「な、なんだそりゃ!」

「おかしいだろ!」


「なにもおかしくなどない。世は資本主義の世界だ。資本主義こそがこの世界を支配している。お前らはそれに逆らうのか?」


「な、なに言って――」

「――で、でもよ、モっちゃん! 資本主義はハンパねーって社会のセンコーが言ってたぜ?」

「た、たしかに……資本主義はスゲーって俺も聞いた!」

「きっと資本主義は全國制覇してんだよ!」

「マ、マジかよ……資本主義ヤベーな……」



 何故か勝手に納得しだした頭の悪い者たちを弥堂は満足気に見下す。



「ということで、資本主義のルールに則った上でお前らにはこれを見て欲しい」



 そう言って弥堂は懐から二つの封筒を取り出し彼らに渡す。



 戸惑いながらも左右それぞれの手に持った封筒を見比べこちらの顔色を窺ってくるモっちゃんに頷いてやり、開けて中を見るように促す。



 封筒からは三つ折りになった白いコピー用紙のような物が出てきた。


 それぞれの紙を開いて中を読んでみる。



「『せい求書 200万円』、『借よう書 200万円』――ってこれなんだーーーーっ⁉」



 ヤンキーたちはびっくり仰天した。



「うむ。まずこちらから説明しよう」



 そう言って弥堂はお客様に説明をするために『せい求書』と手書きされた紙を指差した。



「先程言ったとおり、お前らが俺に課した労働に対する対価がこれだ。200万円払ってもらう」


「ムチャクチャ言うんじゃねーよ!」

「そんな金ねーよ!」

「オレ200円しか持ってねー!」


「そんなことはわかっている。そこでこちらの書類だ」



 続いて『借よう書』と手書きされた紙を指差す。



「どうせ金がないだろうお前らのために俺が200万円を貸してやる。これで支払えるだろう?」


「貸すってアンタ……」

「そんな金がどこに……」



 彼らは弥堂に目を遣るが彼は手ぶらだ。そんな大金を持っているようには見えない。



「頭の悪いお前らに授業だ。例えば仮に。これはあくまで仮にの話だが、今俺のこの手の中に200万円があったとする」



 そう言って弥堂は掌を上に向けた左手を彼らに見せてやる。


 意外と素直な彼らは弥堂の掌にジッと注目をした。



「そしてこの200万円を…………おい、ちょっと手ぇ出せ」


「えっ? あ、あぁ……」



 戸惑いながらモっちゃんが右手を広げて差し出すと、弥堂は彼の空の掌の上に自身の左手をポンと乗せた。



「今俺の200万円をお前に渡した。これでお前は200万円を俺に借りたことになる。そうだな?」


「え? いや、だって――」


「――あくまで借りの話だ」


「えっ? あぁ、そっか。仮なら仕方ねえな」



 納得した様子を見せる彼に弥堂も一定の満足感を得た。



「では、次にお前に貸していた金を返してもらおう。金を借りたら返す。それは常識だ。そうだな?」


「あぁ。そんなのオレでもわかるぜ!」



 モっちゃんはいそいそと弥堂の左手に自分の手をポンと重ねる。



「これでお前は俺に200万円を返した。借金完済だ。よかったな」


「え⁉ そうなのか⁉」


「あぁ。これが資本主義だ」


「マジかよ! スゲー! 資本主義スゲー‼‼」



 歓喜に包まれる彼らを見る眼を弥堂は細める。



「ところでお前ら、俺の手を見ろ。ここには何がある?」



 彼らはニコやかに顔を見合わせてから元気いっぱいに答える。



「「「「200万えーーーんっ‼‼」」」」



 だが――



「あ? 何もねーだろ? ふざけてんのか?」


「「「「えっ⁉」」」」



 モっちゃんたちは裏切られたとばかりにショックを受けた。


 そんな中でサトル君が気付く。



「あっ! そうか…………モっちゃん、仮だ! さっきのは仮だったから……っ!」


「え? あ、そうか…………仮だもんなぁー……しょうがねえか……」


「その通り。借りだったんだ」



 ヤンキーたちは200万円が実在していなかったことに気が付きションボリとする。


 弥堂はそんな彼らに法律の話をしてやる。



「ところでお前ら。偽札を使うのは犯罪だということは知っているか?」


「あ? そんくれーオレらだって知ってるに決まってるだろ?」

「ナメんなよ? ジョーシキだぜ」


「そうか。立派だな。しかしだ。お前らは今偽金を使ったな?」


「はぁっ⁉」



 驚愕の連続で彼らは息切れをしてきた。



「何を驚く。お前らは今、架空の200万円を俺に渡して借金を帳消しにしようとしただろ? つまり偽金で俺を騙そうとしたわけだ。これは明確な犯罪だ」


「え? いやだって、仮だって…………」

「そもそもその金出したのお前だろ⁉」


「そうだな。確かに最初に仮の金を出したのは俺だ。だが、よく思い出せ。俺は仮の200万円を生み出したが、その仮の200万円はお前の手を経由して最終的に俺のところに戻ってきた。つまりプラマイゼロだ」


「は……? あ……? え…………っ⁉」

「おい、サトル。あいつ何言ってっかわかるか……?」

「わりぃ……モっちゃん。オレ馬鹿だから全然わかんねーんだわ」


「200引く200は?」


「あん? えっと…………ゼロ……ゼロだ。あっ⁉ ゼロだ!」


「そうだ。プラマイゼロだ」


「たしかに……! そっか。プラマイゼロならしゃあねえな……」



 ヤンキーたちは高度な計算式によって解を導き出した。



「それに対してお前らは現在400万円の負債がある」


「えっ⁉」

「なんでだよ⁉ 200万じゃねーのか!?」



 いつの間にか負債が倍増していたことに驚く彼らに弥堂は冷静に頷いてやる。



「いいか? まずこちらの『せい求書』だ。俺に対する労働報酬の200万円。これはわかるな?」


「あぁ」

「いまいちナットクできねえけど、わかるぜ!」


「うむ。で、こちらの『借よう書』だ。これも200万円だ。合わせて400万円ということになる。わかるな?」


「えっ⁉」

「いや、だってこれはお前に200万払うための200万をお前に借りるってヤツだろ?」


「あぁ。その200万円はさっき貸しただろ?」


「何言ってんだ? あれは仮だろ?」


「そうだな。だが仮とはいえ、借りは借りだ。お前は手を出して受け取った。それは事実だろう? 仮ではあっても借りた金は返さねばならん。それはさっきお前も常識だと認めただろ」


「は……? あ……? え…………っ⁉」

「おい、サトル。あいつ何言ってっかわかるか……?」

「わりぃ……モっちゃん。オレ馬鹿だから全然わかんねーんだわ」


「200足す200は?」


「あん? えっと…………400……400だ。あっ⁉ 400万円だ!」


「そうだ。400万円だ」


「くっそ……っ! マジかよ…………!」



 ヤンキーたちは高度かつ複雑な計算式により解に辿り着いた。



「納得頂けたところでお客様、そちらの書類にサインを――」



 弥堂はお客様に契約を促しつつ制服のポケットをポンポンと叩いてボールペンを探すが持ち合わせがない。



「あ、オレがペン持ってるッス」

「お客様……?」


「そうか。では名前を書いたらこれを使って横に拇印を押せ」


「ッス!」

「アンタこんな書類と朱肉持ち歩いてるのになんでペンくれー持ってねーんだ……?」

「つか、ヤベーよ。こんな借金こさえちまって……」

「母ちゃんに怒られる……」



 愚痴を溢しながらも彼らは契約書にサインをする。


 彼らがサインと拇印を終えると弥堂はすぐにガッと書類を奪い取った。当然控えなどない。



「では、これでお前らには俺に400万円支払う義務が発生した」


「で、でもよー。こんなの変だぜ」

「そ、そうだ! オレら200万円借りたけど手離したじゃねーか! それってプラマイゼロだろ⁉」


「それはダメだ」


「えっ⁉ なんでだよ⁉」


「ダメだからだ」


「ダメ……なのか……?」


「あぁ。ダメだ」


「そっか……ダメかー……」


「資本主義だからな」


「また資本主義かよ」


「あぁ。資本主義ではサインをしたらアウトということになっている」


「マジかよ。資本主義っておっかねえんだな……」



 学園の先生方が聞いたら頭を抱えて嘆きそうな頭の悪い会話が体育館裏で繰り広げられる。



「ところでお前ら。返すアテはあるのか?」


「そんなのあるわけねーだろ……」

「オレらこないだバイトクビになったばっかだよ……」

「客と喧嘩してよー。学園に内緒で勝手にバイトしてんのバレちまったんだよ」

「こんな金返せねーよ」


「そうか。だが、安心をしろ」


「えっ?」



 突然安心を促されたが、その眼つきがとても人に安心を齎せる類のものではなかったため、彼らは無意識に後退りした。



「俺がきちんと面倒をみてやる」


「ま、まてよ!」



 そう言って懐に手を伸ばした弥堂を慌てて止める。



「なんだ?」


「なにって、また『借よう書』だろ⁉」

「これ以上借りたら死んじまうよ!」

「どうせまた仮なんだろ⁉」

「もう資本主義はイヤだぜ!」



 口々に不満を述べるお客様たちに弥堂は説明をする。



「心配するな。金を貸すだけでは芸がないからな。今度は別の方法だ」


「別の……?」


「あぁ。ビジネスの話をしよう。お前らに金を稼ぐ方法を教えてやる」


「び、びじねす…………難しいこと言われてもオレらわかんねーぜ?」


「そんなことはわかっている。心配をするな。バカでも稼げる素晴らしいアイデアをお前らにくれてやろう」


「マ、マジかよ……そんな儲け話があるのか」



 望外に降って湧いたビジネスチャンスに沸き上がる彼らを見る弥堂の瞳の奥が怪しく光る。



「本当はお前らに現金400万円を渡してやってもいいんだが、それでは借金が倍になるだけだからな。お前らのような負債者が完済後もしっかり生きていけるよう取り計らってやる」


「おぉ! それはありがてえ」

「さすが風紀委員だぜ! ハンパねーな!」


「うむ。具体的にどうするかと言うとだな、お前らには現金ではなく、それと同じ価値のある物を渡してやる」


「同じ価値?」


「あぁ。これだ」



 弥堂はお客様にお渡しするためのある商品を取り出そうとするが、手を完全にポケットから引き抜く前に一度止める。



「ところで、お前らは山南派か?」


「あん? あぁ……いや、ちげえぜ。確かに佐城派とは仲が悪いが、だからって山南さんとことツルんでるってわけでもねえ」

「オレらはモっちゃん派だぜ!」


「そうか、無所属ということか」



 それだけ確認をすると、懐の中で掴み直し、今度こそ商品を取り出して野良ヤンキーたちに渡してやる。

 

 

 野良ヤンキーたちは渡された物を見る。



「なんだこれ?」

「単語帳と……安全ピン?」


「紙を捲ってよく見てみろ」


「うん……?『きょう力者』……?」



 その単語帳には一枚一枚に手書きでそう書かれていた。



「それを一枚一万円で売れ」


「はぁっ⁉」

「こんなもん売れるわけねーよ!」



 驚きの商品価格にお客様はびっくり仰天した。



「お前らが驚くのも無理はない。だが安易にそう考えるのは素人だ」


「ど、どういうことだ……?」


「今から俺がそれの使い方を教えてやろう」



 そう言って弥堂はサトル君が持つ単語帳の輪っかを開き一枚外す。次にその一枚の輪っかを通すための穴に安全ピンを通す。そしてその安全ピンをサトル君の制服の胸ポケットに刺して、彼に『きょう力者』の札を着けてやった。



「これでよし」


「へへっ。ありがとよ、ビトー君っ!」


「気にするな」



 札を着けてもらったサトル君は鼻の下を擦ってどこか誇らしげだ。



「結局これがなんだってんだ?」



 しかし他の者は要点が掴めず懐疑的な目を向ける。



「あぁ。これを着けると何が起きるかというとだな……こうなる――」



 言い切るが早いか、弥堂はパァンッ! パァンッ! パァンッ! と強烈なビンタを3人にお見舞いする。



 輪になってウンコ座りしていた仲間たちが、突然の暴力によって崩れ落ちるのを見て、一人殴られなかったサトル君が怯える。



「えっ……⁉ えっ……⁉」

「い、イデェよぉ……」

「なんで殴るんだよぉ……」

「オレらなんにもしてねえのに……」



 頬を抑えて震えるお客様たちに弥堂は商品説明を続ける。



「何故殴られたかわかるか?」


「そ、そんなのわかんねーよお……」


「では、何故サトル君だけが殴られなかったかはわかるか? お前らと彼との違いを考えてみろ」


「えっ……⁉ ちがい…………って、あっ――⁉」



 サトル君の胸元に注目が集まる。



「そうだ。その札のおかげだ。彼は協力者だから殴られなかったのだ」


「『きょう力者』って協力者か!」

「そうか! そうだったのか!」


「そろそろお前らにもわかってきたんじゃないか? この商品の価値が」



 彼らはゴクリと喉を鳴らす。



「いいか? こいつを着けているとな、街に居てもなんと俺に殴られないんだ」


「嘘だろ⁉」

「マジかよ!」


「マジだ。何故なら協力者だからな」


「そっかー!」

「協力者てスゲーんだな!」


「そうだ。協力者はスゲーんだ」



 弥堂は彼らと対話するために著しくインテリジェンスを低下させたことにより白目を剥きそうになるが、ギリギリのところで自制する。



「で、でもよ……いいのか? 寄り道なくさなきゃいけねーんだろ……?」


「その意見はもっともだ。だが現実的に人手が足りないのも事実である。そこでこの『会員システム』だ」


「会員……?」



 弥堂は彼らにこの画期的な新しい会員サービスの説明を開始する。



「そもそも考えてみろ? お前らその札を一枚一万円で売ったとして、400万円を返すまでに何枚売る必要がある?」


「えっ? ちょっとまってくれ。難しいな……」

「モっちゃん! 400人だ!」

「おぉ。サトル、オメー賢いじゃねーか」

「へへっ……オレ小3までは算数トクイだったんだ!」


「……400人も売る相手がいると思うか?」


「え? まぁ、そこは気合で……」

「モっちゃん! キチーよ! このガッコ千人も生徒いねーんだぜ?」

「あ、そっか。そりゃキチーな」


「そうだ。キチーんだ」



 弥堂は辛抱強くお客様にご理解を促す。



「そこでこの札を使った密告サービスを展開する」


「密告?」


「あぁ。お前らにはその札を売るだけではなく、放課後に出歩く不届き者を密告してもらう」


「ちょっと待ってくれよ。それって同じ不良生徒を売れってことか? それはできねえよ。オレらにだって仁義は――」


「なんと今なら会員様限定キャンペーンで、一人密告するごとに10万円分の借金が減額される」


「10万!?」

「マジかよ⁉」

「ハンパねーな!」


「そうだ。ハンパねーんだ。それに、だ。なにも仲間を売る必要はない。いるだろ? 敵対している不良グループが……」


「敵……?」


「あぁ。これは例えばの話だが……D組の猿渡……だったか? そいつが寄り道をしているところをお前らが密告する。するとどうだ? 奴は俺に殴られる。お前らは借金が減る。いいことづくめだろう?」


「おぉっ! そいつはいいな!」


「そうだろう? これを『win-win』と言う」


「スゲー! ウィンウィンスゲー!」

「ウィンウィンハンパねー!」



 不良たちは今まで触れたことのない新たな概念に触れ喜びに溢れた。



「この密告制度を利用すれば、40人だ。たった40人の気に入らない奴を報告するだけでお前らの借金は帳消しになる。どうだ? やれそうな気がしてこないか?」


「あぁ! アンタの言うとおりだ!」

「これならオレらでもやれるぜ!」

「で、でもよ……」

「ん? どうしたタケシ?」



 タケシ君に何やら心配事があるようだ。



「40人チクれば借金なくなるならよ……この札売るのは意味ねえんじゃ……」

「あっ!」

「そうか!」



 タケシ君の鋭い指摘により気付きを得た彼らは一斉に弥堂を見る。


 弥堂はお客様のごもっともな疑問に答えるべく口を開く。



「確かに借金を返すだけならお前の言うとおりだな。だがよく思い出せ? 密告をしても借金が減るだけだ。実際にお前らの金が増えるわけではない」


「あっ――そうか!」


「そうだ。一生懸命頑張っても借金が無くなるだけで手元には何も残らない。それでは辛くないか?」


「あぁ……ツレー! そいつはツレーぜ!」


「そうだろう。そこでこの札だ。密告で借金を返済出来ればあとはこいつを売れば売った分だけお前らの収入になる」


「そうか……そういうことだったのか……」


「これは借金を返すための事業ではない。お前らの生活を豊かにし、幸せになるための事業だ」


「スゲーぜ! ビトー君、アンタ頭いいな」


(お前よりはな)



 弥堂は心中で馬鹿なお客様を見下した。



「へへっ……そういうことなら張り切って――あっ!」



 ニヤけながら弥堂の手の中の単語帳を受け取ろうとしたモっちゃんだったが、寸前で弥堂がスッと腕を上げたことで金の生る木が遠ざかる。



「言い忘れていたが……この札を売ることが出来る権利は『会員様限定』なんだ」


「かっ、会員……っ⁉」



 ここでまた出てきた『会員』という言葉に彼らは混乱する。



「そうだ。これをこのまま売ってもすぐに真似をする奴が出るとは思わんか? なにせ素晴らしいビジネスだからな」


「た、たしかに……っ!」

「ビジネスだもんな!」

「おお。オレなら偽造するぜ!」


「そうだろう。そこで、だ。おい、ちょっとそいつの胸の札を手で覆って暗くして覗いてみろ」


「あん……? 一体なんだって……あっ! これは――⁉」


「何が見える?」


「『会』って!『会』って字が白く光ってる!」

「えっ⁉」

「マジかよ、モっちゃん、オレにも見せてくれ!」



 彼らはスゲースゲー言いながらサトル君に胸に顔を近づける。



「そうだ。すごいだろう。これが『当社独自製法』だ」


「どく、じ……」



 なにか凄そうな技術の結晶に触れ、不良たちはゴクリと喉を鳴らした。



「この札は特殊な製法により作られている。こうやって真贋を見極めるのだ」


「おお。スゲーな。ハンパねーよ」


「そうだ。だが、ハンパないが故にその分生産量には限界がある。それはわかるな?」


「あぁ! ハンパねーからな! それはしょうがねーよ!」


「だからこれを卸してやれるのは会員様にだけ、ということになる」


「そ、そっか……で? 会員になるにはどうすればいいんだ⁉」



 前のめりに詰め寄る彼らに弥堂は満足気に頷き、懐から新たな書類を出す。



「会員になるにはこちらの『登録書』にサインをすればいい」


「え? サイン?」

「待ってくれよ。また何か契約するのか?」


「契約ではない。これはあくまでただの登録だ。登録だから大丈夫だ」


「ん? そう、なのか……?」

「契約じゃないって言ってるし、大丈夫じゃねーか?」

「そうだよな。登録だもんな」

「DVD借りるのだって会員登録するもんな!」



 お客様方は利用規約に同意をし気持ちよくサインをする。


 彼らがサインを終えたら即座に書類を奪い取るため、弥堂はその様子を目を細めて監視する。



「では登録をしたな。これでお前らは会員様だ。それにより初回登録料と月額会費が発生する」


「え⁉」

「そんなの聞いてねーぞ⁉」



 弥堂は声を荒げる会員様を手で制する。



「まぁ、落ち着け。お前らはただの会員ではない。当サービス最初の会員様だからな。つまりVIP会員ということになる」


「VIP⁉」

「な、なんだかすごそうだぜ……」


「あぁ。VIP会員はすごいぞ。なにせ登録料が無料になる上に月額会費も初月分の千円だけ払えばあとは無料になる」


「マジかよ⁉」

「スゲー! VIPスゲー!」


「どうだ? とってもお得だろ? これなら払えるだろ?」


「あぁ!」


「ということで一人千円だ。とっとと出せオラっ」


「あいてっ!」

「だ、だすから……っ、蹴らねえでくれよ……」

「オ、オレ200円しかねえよ……」

「しょうがねーな。オレが貸しといてやるよサトル!」



 弥堂は4000円を手に入れた。



「そして晴れてVIP会員様になったお前らにはこの商品をやろう」



 弥堂は百均で購入した単語帳と安全ピンを彼らに渡してやった。



「受け取ったな。では、この商品の卸値が200万円だ。これでお前らの負債は合計600万円になった」


「なんだってーーーーっ⁉」



 恐るべきコストパフォーマンスにVIP会員様方は驚きを禁じえない。



「なんでだよ!」

「どんどん増えるじゃねーか!」



 口々にレビューコメントを述べる彼らに弥堂は当たり前のことを教えてやる。



「何を驚く。商品を用意するのにはコストがかかる。その費用が200万円だ。難しい話ではないだろう?」


「そ、そうかもしんねーけどよぉ……」

「でも高すぎるだろ!」

「これモールの百均で売ってるやつじゃねーのか……?」

「おぉ。オレ見たことあんぜ」


「お前ら大事なことを忘れてないか? これがどうやって作られているかを」


「あぁ……?」

「あっ! そうだ! モっちゃん! ドクジセーホーだ!」

「そういえばそうだった……」

「くそ、ドクジセーホーならしょうがねえか……」



 カスタマーサポートの明瞭な説明によりVIP会員様たちはご納得した。



「でもよぉ、これ以上の借金はキチーよ……」


「なにか勘違いをしているな」


「えっ?」


「俺はこれをお前らに貸し付けたのではない。これは『投資』だ」


「とーし⁉」



 不安そうにするVIP会員様に、弥堂は聞き覚えのある単語をお聞かせしてご安心頂けるよう試みる。



「あぁ。お前らは商売がしたい。だが、商品もなければ資金もアイデアもない。先立つ物が何一つないわけだ。そうだな?」


「あ、ああ。お前の言うとおりだぜ」


「うむ。そこでだな。お前らが開業するのを俺が『お手伝い』してやろうと、そういう話だ」


「お手伝い?」



 馬鹿のように言われたことにオウム返しするVIP会員様に弥堂は頷いてやる。


 

「そうだ。『お手伝い』だ。俺が開業に必要な物を代わりに用意してやることによって、お前らは事業を始め、そして成功することができる。それは素晴らしいことだとは思わんか?」


「おぉ……た、たしかに……!」

「ビトー君やさしいぜ!」

「あぁ! シビィな!」

「で、でもよ……」

「どうしたんだ? タケシ」


 粗方共感を示した不良たちだが、タケシ君にはなにやら懸念点があるようだ。



「わざわざオレらにそんなことしなくてもよぉ、なんでビトー君が最初から自分でやんねーんだ……?」


「あ……っ!」

「そういえば……っ!」



 他人の言うことでいちいち右へ左へと顏の向きを振り回す愚か者どもに弥堂はわざわざ説明してやる。



「その疑問はもっともだ。だが、なにも複雑な理由があるわけではない。俺は風紀委員だからな。開業をすることは認められていない。だが、確実に儲かるとわかっているアイデアを腐らせておくのは勿体ない。だからそれを実現可能な者へと提供する。そういうことだ」


「なるほど……?」

「よくわかんねーけど、そうなのか……?」


「それに、だ。貴様。モっちゃんといったか? 以前から貴様には見込みがあると俺は評価していた。いずれこの学園をシメる男になるであろうとな」


「お……おぉ……⁉」

「スゲーよ、モっちゃん! あの風紀の狂犬に認められたぜ!」

「そうなんだよビトー君! モっちゃんはスゲーんだ!」

「ビト―君、やっぱアンタわかってるな!」



 わかりやすく褒められた彼らはわかりやすく気をよくした。



「つまり、見込みのある者に見込みのある事業をさせる為の援助をする。これが『投資』だ」


「そ、そうだったのか……」

「モっちゃん! そういや社会のセンコーが言ってたぜ!『とーし』はやべーって! ガチだってよ!」

「マジかよ……ガチなのか……そりゃヤベーな……」



 理解を見せた多重債務者たちの様子に弥堂も満足をする。



「どうだ? やれそうな気がしたきただろう?」


「おぉっ! で、でもオレらでも大丈夫かな……?」


「大丈夫だ。なにせ確実に儲かる仕事だからな」


「確実……? 確実なら大丈夫か!」


「あぁ。大丈夫だ。確実だからな」



 他人様に迷惑をかけることでしか社会と関われないクズどもが働く意欲をみせ始め、弥堂は風紀委員としての自身の更生スキルに一定の自信を得た。



「なに、この投資分の200万円に関しては気長に返してくれればいい。『ロイヤリティ』という形でな」


「ろいやりてぃ……?」

「ま、また難しい言葉がでてきたぜ……!」

「どういうことなんだ、ビトー君!」

「あぁ。教えてくれよ……っ!」



 どうしようもない不良だった彼らが学びの楽しさを知ったのか、前のめりになって話を聞こうとする。



「いいだろう。だが『ロイヤリティ』の説明をする前に、お前らに教えておくことがある。このサービスの真の力だ。これを知ってしまうとあなたの年収は数倍にアップし必ず幸せとなりきっと今までの生活には戻れないでしょう」



 弥堂が白目で情報系動画のサムネイルのような文言を読み上げると、ヤンキーたちはゴクリと喉を鳴らし色んな意味で恐れ入る。



「まず、本サービスにおけるメインとなる商材はこの『きょう力者』札だ。そしてお前らのメインとなる業務はこれを売り捌くことになる。それはわかっているな?」


「あぁ。もちろんだ!」


「うむ。だがここで思い出せ。どうしてお前らはこれを売ることが出来るようになった?」


「えっ……? どうしてって……」

「モっちゃん! 会員だ! 会員登録!」

「あっ……⁉ そうか……!」


「その通りだ。会員になることにより販売の権利が与えられる。そして会員の持つ権利は実はもう一つあるんだ。ここまで言えばもうわからないか?」


「もう……一つ…………?」

「あっ! まさか……⁉」


「そうだ。会員は会員を増やすことが出来る。さっき俺はお前を会員にしてそしてこの札をまとめて売ったな?」


「……それってまさか…………」


「そのまさかだ。なにもちまちまと一枚ずつ札を売る必要はない。お前らの下に会員を増やし、そいつらに売らせるんだ」


「そ、そんな方法が……」



 ヤンキーたちは斬新な事業内容を知り、そのあまりに画期的なシステムに驚きを隠せない。



「そしてここからがこのサービスの肝だ」


「ま、まだあるのか?」


「あぁ。先程、俺はこいつを一枚一万円という良心的で大変お求めやすい価格でお前らに提供したな?」


「りょうしん……てき……?」


「なにか文句があるのか?」


「い、いえ……っ! そんな…………」


「まぁいい。何が言いたいかというと、お前らがこいつを子会員に卸す時にはなにもバカ正直に一万円で売る必要はないということだ」


「えっ?」


「例えば。これはあくまで例えばの話だが。お前らが一枚一万円で200枚仕入れたものを単価二万円で販売したらどうなる?」


「ど、どうなるって……」

「ボロ儲けだ! モっちゃんボロ儲けだぜ!」


「そうだ。ボロ儲けだ。つまり単価二万円でこれを捌ききれば、元となった借金の200万円を返済した上にお前らにも200万円の儲けが出るわけだ」


「そ、そんな……そんな方法が……」


「アイデア一つで利益を数倍に出来るわけだ。これを『イノベーション』という」


「イノベーション……⁉」

「モっちゃん! オレTVで見たことあるぜ! 押入れが増えて部屋が広くなるんだ!」

「おしいれ……? なんで押入れが増えるんだ?」


「あ? それはあれだ。押入れがいっぱいあれば、いっぱい金を隠して置けるだろ?」



 弥堂は何かと勘違いしているらしい彼らに適当な説明をする。



「そ、そうか……だからみんな押入れ増やすのか……知らなかったぜ」

「モっちゃん。TVでやってるくらいだし、きっとそういうもんなんだよ!」

「そうだよな! TVでやってたんだもんな!」

「あぁ! TVなら安心だ! イケるぜ!」



 TVでも紹介されている素晴らしい方法により、人生を左右するほどの大きなビジネスチャンスが訪れ彼らは震える。



「そしてお前らがそれを売りつけた子会員にも同じことをやらせろ。そして上がった売上げの何%かを納めさせるんだ。そして子会員にも子会員を作らせて会員様の輪を広げていけば、お前らは最終的に一切働かなくとも毎月勝手に莫大な富が手元に転がってくることになる」


「働かなくても⁉」

「そんなことってあるのか⁉」


「あぁ。これを『不労所得』という」


「ふりょうしょとく……⁉」

「モっちゃん、不労だ! オレん家の兄貴が言ってたぜ、『不労所得』は最強だって!」

「最強……最強か…………確かにこれは最強だな……!」



 最強という言葉に酔いしれる無法者どもを弥堂は冷めた眼で見た。



「そしてここで『ロイヤリティ』の話に戻るが、なに簡単な話だ。お前らが下の会員どもから金を巻き上げるように、俺に総売り上げの10%程度を納めてくれればいい」


「10%? そんなもんでいいのか?」


「あぁ。これはあくまでお前らの事業だ。だが、これを考えたのは俺だ。そのアイデアの使用料として僅かばかりの報酬をもらう。これは知的財産の使用料であり、お前らが安心安全にビジネスを行うための必要経費だ」


「つまりミカジメ料ってことか?」



 パァンっと弥堂は勢いよくモっちゃんの頬を張った。



「イ、イデェっ⁉ なんで殴るんだよぉ⁉」


「言葉に気を付けろ。これはあくまで『ロイヤリティ』だ。決してミカジメ料などという如何わしいものではない」


「わ、わかったよぅ……」



 モっちゃんは頬を抑えながらしゃがみ直す。



「この『ロイヤリティ』を投資した俺へのバックとして受け取ることにする。勝手に金は増えていくからな、お前らの借金は実質ゼロだ」


「ゼ、ゼロ……?」


「そうだ。なにせ100%儲かるんだ」


「100%なのか⁉」


「あぁ、100%だ」


「そうか。それなら実質ゼロだな!」



 労働意欲にあふれた彼らを弥堂は満足気に見回し、そして懐から新たな封筒を取り出す。



「それではこちらの書類にサインを」


「へ……?」

「今度はなんだよ」



 彼らは封筒を開き中の紙を開く。抵抗感はかなり薄れていた。



「『コンサルタント料 200万円』⁉」

「またかよ……」



 もはや慣れてきたのか驚きは少ない。



「うむ。俺はお前らに経営アドバイスをしただろ? つまりコンサルタントしたということだ。これは当然無料ではない」


「ま、まぁ、そうだけどよ……」

「で、でもよ、モっちゃん。うちのオヤジが言ってたんだ。コンサルはえぐいって……」

「マジかよ⁉ えぐいのか⁉」

「えぐいらしい!」

「それって、いいってことか? 悪いってことなのか?」

「えっ⁉ いや、わかんねえ。とにかくよ、えぐいらしいんだわ……」

「マジかよ、えぐいな……」



 弥堂は迷うお客様にクロージングを仕掛ける。



「なに、今更もう200万円くらい変わらんだろう」


「なんか額がえぐくてオレもうわかんねーよ……」


「お前はこれから億単位で稼ぐ人材だぞ。200万円程度のはした金、なにを恐れることがある」


「億っ⁉」


「そうだ。億だ」


「マ、マジかよ…………」

「モっちゃん! ヤベーよ。単車買えるよ……っ!」

「おぉ…………億っていったら全員分買っても釣りが出るぜ」

「で、でも、ちょっとまてよ……」


「なんだ?」


「さ、さっきはよ、この学園の生徒数的に400人に売るのは無理だって言ってたじゃねえか……会員もすぐに増やせなくなるんじゃねえのか……?」



 弥堂は都合の悪いことに気付いたタケシ君へ冷酷な眼を向けた。



「ヒッ――お、怒んねえでくれよ……」


「……まぁいい。仕方ないからお前らだけに機密情報を教えてやる」


「きみつ……?」


「そうだ。確かにそいつの言うとおり、学園の生徒だけを相手に商売をしたらすぐに頭打ちになるだろう」


「や、やっぱり……」


「だからいずれは外へ進出する」


「え?」



 弥堂は周囲を確認し、不良たちに近くへ寄るよう指示を出す。



「これは誰にも言うなよ? 来週当学園の生徒へ放課後大規模な粛清を行うのはお前らも知ってのとおりだ。しかし粛清対象はうちの生徒だけじゃない」


「ど、どういうことだ」


「俺が街へ出た際に他校の不良や路地裏の半グレ、そして外人街の連中、こいつらも無差別に攻撃する」


「な、なんだってーーー⁉」


「おい、うるさいぞ。つまりどういうことかわかるか? 来週その札が売れるのはうちの生徒だけだが、俺が街中のクズどもに地獄を見せてやることによって、お客様は無限に増えていくということだ」


「そ、そういうことか……っ!」

「ビトー君ハンパねーぜ!」


「そうだ。俺は半端は嫌いだ。徹底的にやる。ちなみにこれを『グローバル展開』という」


「ぐ、ぐろーばる……?」

「モっちゃん! 全國制覇だ! これ全國制覇だよ!」

「そうか……! ビトー君、あんた上等なんだな……?」


「あん? あぁ。まぁ、大体そうだ。しかし勘違いをするな。これは俺の事業ではなく、あくまでお前らの事業だ。つまり全国を制覇するのはお前らということになる。それにこれが俺のアイデアだということを言う必要はない。お前らが考えてお前らが始めたと言え」


「え? で、でもよ……そんなのビトー君に悪くないか?」


「俺としては何の役にも立たない名声などどうでもいい。それよりもお前らの会社が大きくなって実入りが増える方が遥かに喜ばしい。それにその方がお前のカリスマ性が上がる」


「会社……? カリスマ……?」


「いいか、モっちゃん。貴様は今日から『ベンチャー社長』だ」


「しゃ、社長…………俺が…………?」



 弥堂にビシッと指さされたモっちゃんは、『お前は実は勇者の末裔だったのだ!』とある日突然村長に言われた少年のように、自身の震える手を見下ろしてワナワナする。



「ス、スゲエーーーー! モっちゃんスゲエーーーー!」

「俺らの仲間からまさか社長が出るなんてよ……」

「しかもただの社長じゃねえぜ!『ベンチャー社長』だ! オレよネットで見たんだ!『ベンチャー社長』は芸能人とヤれるって!」

「え⁉ マジかよ、ビトー君⁉ オレ芸能人とヤれるのか⁉」


「ん? あぁ、やれる」


「うおおおおぉぉぉっ! マジかよ! やったぜ!」

「スゲエーーーっ!」

「いいなー! モっちゃんいいなーーっ!」

「ヤりてーよ! オレも芸能人とヤりてーよ!」


「おい、騒いでいないでさっさとサインをしろ」


「ん? あぁ、するする」



 発情したサルのようにキーキー騒ぐ性犯罪者どもを弥堂は心中で強く軽蔑しつつ契約を促す。



「名前の横に住所と連絡先も忘れるな」


「え? あぁ、わかったぜ」



 警戒心ゼロで言われるがままに個人情報を無防備に書きこむ彼らを油断なく見守り、全員が記入を終えるとバっと素早く書類を奪い取った。もちろん控えなどない。



「おいクズども。いいか、まとめるぞ。お前らのやることは大きく3つだ。まず、札を売りつつ会員を増やすこと。これはお前らと親交のある比較的関係性の良好な者を選ぶといいだろう」


「あぁ、そうか。そうだな……!」

「わかったぜ! ビトー君!」


「次に二つ目。密告だ。当会員でもないのに学園の指示に従わずに表をデカいツラして出歩いている間抜けを見つけ出して報告をしろ。これは主にお前らと敵対関係にある者たちを選ぶのが後腐れがなくていいだろう」


「おぉ! 任してくれ!」


「そして3つ目。俺への上納金だ。忘れるなよ」


「ん……? 上納金……?」


「すまない、噛んだ。『ロイヤリティ』だ」


「あぁ!『ロイヤリティ』か! 大丈夫だ」

「アンタの顏に泥は塗らねえよ」

「ぶっちゃけおっかねーしな!」

「あぁ。もう殴られたくねえよ!」


「お前らのやることは以上だ。やれと言われたことをやり、やるなと言われたことはやらない。どうだ? 簡単だろう?」


「おおよ! オレらに任してくれ!」

「上等だぜ!」



 自身の存在価値が整理され彼らは快諾した。



「では、最後に連絡方法だ。ID交換をしよう。お前らみたいな者でもedgeくらいはやっているだろう?」


「あぁ。ちょっと待ってくれな」

「スマホだすぜ」



 いそいそとスマホを取り出す彼らを見ながら、弥堂もズボンの尻ポケットから自身のスマホを取り出す。



「――よし、これでいいな。このIDに連絡をするのは緊急性のある密告だけにしろ。俺は忙しい。下らんメッセージなど送ってきたら1件につき1本指を圧し折るぞ」


「わ、わかったよ……」

「メッセくれえでそんなキレんのかよ……おっかねえな……」


「通常の密告はこのメールアドレスに送れ。会員ナンバー、報告者名、対象の名前、場所、時間を簡潔に書け」


「会員ナンバー?」


「よく見ろ。札に一枚一枚番号が書いてあるだろ? この登録書を渡しておく。コピーして使え。コンビニなどでコピーしたら必ずデータ消去をしろ。会員を増やしたら、必ず番号と名前を紐づけて記録して報告しろよ」


「おう。わかったぜ」

「な、なんか本格的だな……」

「あぁ。オレちょっとワクワクしてきたぜ!」

「これビトー君のアドレスなのか?」


「いや、情報を統括する専門のオペレーターの連絡先だ。だからといってナメたマネをするなよ?」



 弥堂はそう言ってメモ紙に書いたY’sのメールアドレスを勝手に拡散した。



「あぁ。気を付けるぜ!」

「お、オペレーターだってよ……カッケーな!」


「これが『Mikkoku Network Service』略して『MNS』だ」


「え……MSN……?」



 聞き違いをした者の胸倉を弥堂はガッと乱暴に掴みあげた。



「MNSだ。貴様……侮辱しているのか? いいか? 二度と間違うな。殺すぞ」


「ゴ、ゴメ……ゴメンなさい……」

「悪気はなかったんだ」

「……てゆうか、なんでオレらキレられたんだ……?」

「ば、ばか! いいから謝っとけって……」



 弥堂は神に唾を吐くに等しい無礼を働いた者へ厳重注意を与え解放してやった。



「では、以上を以て勉強の時間は終わりだ。各人所属クラスへ戻れ。一人一人バラけて別々のルートで帰るんだぞ? 万が一囚われても情報は絶対に漏らすな。裏切者には死んだ方がマシという地獄を見せてやる」


「わ、わかってる」

「オレらぁ絶対にアンタを裏切らねえぜ!」


「よし。精々励んで稼ぐといい。貴様らの働きに期待する。では、いけ」


「あぁ! じゃーなビトー君!」

「待っててくれな!」

「いつかナイトプールで一緒にランコーしような!」

「ビトー君にもグラドル紹介してやっからよ!」



 彼らはニコやかに手を振り希望を抱いた未来へとそれぞれの道を走り出した。


 どの道もその先には必ず鑑別所という名の奈落があるとも知らずに。



 そんな存在する力の脆弱な頭の悪い者どもの背中を弥堂は無感情に見つめ、手に持ったスマホを尻ポケットに仕舞い、続いて上着の胸ポケットへ手を伸ばす。


 今しがた入手した個人情報をY’sへと送るためにスマホを取り出した。



 ディスプレイを覗くと画面には『通話中』と表示されていた。


 端末を耳元へ持っていく。



「なんだ。切っていなかったのか? かけ直すつもりだったんだが」


『ククク……まぁな。下手な動画見てメシ食ってるよりよっぽど面白かったぜ。兄弟。やっぱオメーはサイコーだ』


「そうか」



 放置していた通話相手は電話を切らずに、受話口ごしにこちらのやりとりを聞いていたようだ。



「聞いていたのなら話が早い。そういうことだ。お前らの都合など知らん。俺は俺で勝手にやる」


『カーーーーっ! オメーも素直じゃねえ男だな。結局は同じことじゃねえか』


「それは違う。勘違いをするな。いいか? 俺はお前らの『依頼』を受けて仕事をするのではない。あくまで風紀委員として必要な業務を行うだけだ」


『そうかい』


「半グレや外人街に手を出すなだと? ふざけるな。俺は俺の邪魔をする者を五体満足にしてはおかない。そしてそのための手段は問わない」


『…………ククッ。さっきのガキどもじゃあねえが、兄弟。やっぱオメーはおっかねえぜ……イカレてやがる……』


「それは侮辱か?」


『いいや。サイコーだって言ってんのさ!』


「……まぁいい。そういうことだ。俺は俺で好きにやる。お前らの一員としては動かないが、積極的にお前らの邪魔をすることもしない。お前らはお前らで好きにやれ」


『ありがたくそうさせてもらうぜ』


「本音を言え。奴らの牛耳るシマやシノギを根こそぎ奪い取りたいんだろう?」


『ハッ――そいつはいいねえ…………だが、まぁ現実的じゃあねえな』


「そうだな」


『とりあえずやれそうなとこってことで、どうにか拮抗状態を作り出してえ』


「…………」


『オレら。路地裏の半グレども。そして外人街。できればもう1勢力育てておきてえ……』


「そうか」


『悪ぃな、兄弟。気ぃ遣わせたかよ……?』


「なんのことだ」


「……ククク、まぁいいぜ。そういうことにしといてやる」


「そうか」


『経過はまた報告しよう。何か必要な物があったらこちらで用意する。シャブでもチャカでも身代わりでも何でも言ってくれ』


「必要があればな」


『おう。んじゃな兄弟。死ぬなよ?』


「それは運次第だな。俺の知ったことではない」


『ハッ――ちげえねえ』


「それよりも一ついいか?」


『なんだ?』


「俺はお前の兄弟になった覚えはない」



 そう言って通話を終了させると、すぐにメールアプリを立ち上げ、先程入手した不良たちの個人情報をテキストに変換する。名前の横にはそれぞれ『白』と入力する。


 そして『M(ikkoku)N(etwork)S(ervice)』の運営を命じる文面を作成し、Y’sへと送信した。



 短く息を吐く。



 教室でクラスの女子たちと親交を深めるよりも、こうして校舎裏で非合法な者どもとやりとりをしていた方が居心地の悪さが少ないのは自分でもちょっとどうかとは思うが、そういう性分なのだから仕方がない。


 

 そういう風に出来ているのだからもう取り返しがつかない。



 スマホを仕舞い、それを持っていた自分の手を視る。



 自身を定義づけ構成する『魂の設計図アニマグラム』は何一つ変わってはいない。



 そのことにも、そう考えてしまったことにも、今更もう失望もない。

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