1章 魔法少女とは出逢わない

1章01 『introduction』

 俺の名前は弥堂 優輝びとう ゆうき、ごく普通の高校二年生だ。



 そのように名乗ったのは昨日の部活の朝練の時で、なんならその日の夜には『だから自分には普通でない出来事など起きない』と、そう結論を出して目を閉じたばかりだ。


 だというのに、その普通の高校生のはずの俺は現在普通でない出来事に遭遇をし、無様にも馬鹿のように狭い路地で立ち尽くしてしまっている。



 4月17日金曜日の放課後。


 歓楽街である新美景駅周辺の雑居ビルの隙間を奥に入った路地裏。


 この空間は幻想的とも謂えるような不思議に彩られていた。



 白色とピンク色の輝きが混ざった桜の花びらのような光の粒子。


 500円硬貨程度の大きさの無数のその光の粒子に辺りは満たされていた。



 その粒子は上空より降り注がれているようで、目線をそこに誘われる。



 ビルとビルとに切り取られた四角い空。


 その空よりは低く、地に立つ俺よりは高い。周囲の建物のおよそ3階ほどの高さの宙に『それ』は居た。



 俺が所属する部活の上司である廻夜めぐりや部長に視聴するよう命じられたアニメやゲームの登場人物のような出で立ち。



 生まれ持った髪色にはとても見えないピンク色のツインテール。



 主に戦闘時に着用するはずなのに、およそ戦闘に耐えられるとは思えない花だのリボンだのでやたらと装飾された白とピンクの服。



 手には女児向けに販売をしていそうな短い玩具のようなステッキ。



 フリフリヒラヒラと戦場をナメているとしか思えない短いスカート。



 戦場で敗北し敵に囚われた場合、自分にどんな不幸が起こり得るかを想像すらしていないだろうと思わせるほど無防備に、その短いスカートの中から覗く白とピンクの横縞のおぱんつ。



 立ち位置的に見上げる形となるため、異質な存在に釘付けとなる俺の視線の先端は必然的にそのしましまおぱんつに刺さることになった。



 ワイヤーか何かで吊るしているようには視えない。まるで不可視のガラスの板でも足元にあるかのように、空中に直立している。



 人が空に立つというありえない現象を茫然と視ていると、傍らに向けて何やら口を動かしたそれの横顔が見えた。



 目を細める。



(こいつは……)



『彼女』が声をかけた相手は同じく宙に浮く猫。


 黒猫。



 ただし、その猫の背には学芸会に出る幼児が好んで着けるような玩具染みた小さな白い翼が生えている。


 しかしその翼は飛ぶ鳥がそうするようには動かしてはおらず、パタパタと申し訳程度に小刻みに動くだけで、どう見ても浮力を生み出しているようには視えない。



 やがてそれらは降下を開始する。



 着地点は俺のすぐ目の前になるだろう。



 一人と一匹が背中を向けながらゆっくりとこちらへ降りてくるのを悠長に見守る。



 この『世界』で重量を得た代償に必ず負わされる重力という義務。


『世界』が定めたその法則を無視して、まるで下へ向けて飛んできているように俺には視える。



 ある程度の予想はつくものの、あれらが一体なんなのか現段階ではわからない。


 とりあえず先制攻撃をしかけておくべきかと制服の上着のポケットの位置を叩いて武器になるものを探る。



 敵か味方かはわからない。


 あれがもしも敵であった場合は先制攻撃をしかければ優位に立てるし、逆に敵でなかった場合は先制攻撃を仕掛けたことにより味方ではなくなるだろう。


 しかし、俺には味方などというものはいないし、特に必要としてもいないので、例え敵対することになったとしても別に構わないということになる。


 すなわち、相手が敵かどうかわからなくても先制攻撃をしておいた方が得になる可能性が高いし、敵か味方かわからないのならばさっさと敵にしてしまった方が迅速に立ち位置や関係性が確定され、判断に迷う時間の無駄を省けるということだ。



 つまり、効率がいい。



 胸元から感じ取った感触を頼りに内ポケットに手を入れ棒状の物を取り出す。



 ここに来る前に学園の正門前で会ったクラスメイトの希咲 七海きさき ななみに何故か「あげる」と言われ、半ば無理矢理に押し付けられた安物のボールペンだ。


 不用意にもナイフの一本も持ち合わせていなく、武器になりそうな物はこれしかない。



 こういった存在に直接的な攻撃がどこまで通じるのかはわからないが、無防備に俺の方へ向けているケツの穴にこれをぶっ刺してやれば多少の痛手を負わせることはできるだろうか。



 出来れば一撃で致命傷を負わせることが望ましい。


 仮に相手の方が圧倒的に強かった場合、中途半端に攻撃を加え何のダメージも与えられなかったなら、その後即座に返り討ちにされるだろう。



 俺の視立てではスペック上は奴の方が圧倒的に上だ。それを戦闘経験や技術で覆せるものなのかどうかはわからない。



 彼我の戦力差を正確に測れないのは、俺自身にこういった手合いとの戦闘や出会った経験がないからだ。



 事前の準備や想定が甘かったという他ない。



 何のための『サバイバル部』か。



『災害対策方法並びにあまねく状況下での生存方法の研究模索及び実践する部活動』、通称サバイバル部。


 俺が所属する部活動であり、要はどんな状況からでも生き延びる方法を研究する集団だ。



 偶然にも本日の放課後の活動で、現在ここで起こっているような状況に遭遇した場合にサバイバル部員としてとるべき適切な行動は何か、というテーマについて話し合われる予定であった。


 しかし、俺の上司ということになる部長であり最高権力者でもある廻夜部長に急用が出来てしまったため、予定は見送られることとなった。


 その急用とやらがなんなのかは俺の知るところではないが、なにやら決着をつけなければならないといった風なことを言っていた。


 彼ほどの男がそうまで言うのであれば俺には止める言葉も理由もなかった。



 もしも、予定通りに活動が行われていたのならば、今から俺がとるべき最適な行動とやらの準備が出来ていたのかもしれない。



 たら、れば、と並べ立てて、急遽予定を変更した部長への恨み言を連ねることも出来るのだろうが、戦場においてそれは総て詮無きことだ。



 なにも難しい話ではなく、ただ単に運がなかっただけのことに過ぎない。



 どんなに入念に準備をしていようが、実力で上回っていようが、運がなければ死ぬ。



 それだけのことだ。



 だからここで俺が死ぬことになったとしても、運がなかったのならばそれは仕方のないことであると、そう諦めもつくし納得も出来る。



 今頃は俺の所属する組織の長であるところの廻夜部長も何処かで決戦に臨んでいるのだろう。


 ならば、組織の構成員であり部下であるところの俺も俺でこの場で出来ることをするだけだ。



 手に持ったボールペンのペン尻のボタンを押し込み咎った先端を持つ芯を露出させる。


 ボールペンの鳴らすカチリという音とともに俺の思考のスイッチも戦闘用に切り替わる。



 差し当たっての俺の出来ることとは、頭上から降りてくる白とピンクのしましまのおぱんつに包まれた丸い尻の割れ目の奥にあるはずの穴に、クラスメイトの女子から貰った文具を突き立てて内臓を損傷させることだろう。


 条件が揃うかはそれこそ運次第だが、もしも奴の大腸に糞便が詰まっていれば腸壁を破壊することで体内へ流入させ死に至らしめることが出来るかもしれない。



 するべきことが明確になり心は定まる。



 その分空いた思考のリソースで、どうしてこんな状況に至ったかという思考が始まる。



 戦場で敵を前にしてまるで素人のようだなと自分を嘲笑う一方で、俺は普通の高校生なのでそれも悪くはないと記憶を遡らせる。



 手の中でボールペンをクルっと回し先端を上に向け、僅かに力を込めて衝撃でズレないよう固定する。


 程よい緊張と集中を保ったまま、まずは今朝の出来事から脳裡に浮かべる。



 今この時にしてみれば「馬鹿め」と自分を罵ってやりたくなるが、今朝の自分ならば間違いなくこう考えていたことだろう――




第一章 『俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない』


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