序-18 『偽計に散る義侠の火花』

――ぷち――ぷち――ぷち――ぷち――


「仇討ちか?」


「む?」


――ぷち――ぷち――


「俺への用件は空手部を解散させた仇討ちでいいのかと聞いている」


「あぁ、そのことか――いや、そうではない」


――ぷち――ぷち――ぷち――ぷち――


「だったら俺に何の用だ? お前の身の上話など俺は興味な――……ちょっと待ってろ――おい」


――ぷち――ぷち――



 高杉が空手部を辞めることとなった衝撃の真相を聞かされ、すっかり意気消沈してしゃがみこんでしまった希咲が黙ったので、高杉が元々言っていた弥堂に用があるというその真意について尋ねたのだが、弥堂はその問いかけを中断し自身の足元へと声をかけた。


「おい、希咲」

「ん? あ、おかまいなくー」


――ぷち――ぷち――


「お前……何をしている?」

「え?――ねぇ、あんたズボン脱いだあとちゃんとハンガーにかけてる? 毛玉になってるんだけど。ちゃんと制服大事に使わないとダメよー」


 弥堂が『はぁ』と溜め息をつき先程から自分のズボンにぷちぷちと何かをしている希咲を咎めたら、どうやら毛玉をとってくれているようだった。


「余計なお世話だ。鬱陶しいから今すぐやめろ」

「いいじゃん、気にせず続き聞いてなさいよ。あたしこういうの見つけたらすっごい気になるの」


 そう言ってまた親指と人差し指のキレイに伸ばされた爪を器用に使い弥堂の制服のスラックスについた毛玉を取り始める。もうすっかり目の前の連中の相手をするのに飽きているようだった。

 毛玉を殲滅しないと気が済まない様子の彼女に、弥堂はうんざりとした顔をすると高杉へと向き直る。どうやら作業をやめさせるのは諦めて、彼女の好きにさせておくことにしたようだ。



「拳を交える――とか言っていたな。何のために俺を狙う」


「ふむ。それは実はついでだ。それにどうあっても最終的にはやりあうことになるだろう?」


「それは貴様の態度次第だな」


「そうか。まぁ、こちらとしても仇討ちになるかどうかはお前の態度次第だな。空手部の襲撃と解散には思うことがないわけではないが、武を極めるための部活動だ。より強い者に敗北したことを恨むのは筋が違う。だが、腑に落ちない点もある」


――ぷち――ぷち――ぷち――ぷち――


「空手部の事実上の解散を俺が知ったのは校内新聞の記事を見たからだ。その記事は『空手部に喫煙の不祥事⁉ 他にも不正の疑いが――』といった見出しで、本文には確証のとれている事実なのかどうかわからない曖昧な憶測ばかりが書かれていた。俺はすぐに疑ったよ。先輩たちは生粋の武道家でありアスリートでもあった。喫煙などは皆が嫌っておりそんなことを許すほど顧問の箕輪先生も甘い管理をしていない。居ても立ってもいられなくなった俺は新聞部に押し掛けた。本当は空手部員本人たちに直接確認したかったが、俺は先輩たちに会わせる顔がないし、また彼らに接触してはならないという念書も書かされていた。歯がゆいことであったが記事を書いた者に確認することにしたのだ」


「…………」


――ぷち――ぷち――ぷち――ぷち――


 高杉の雰囲気は重く、何かを堪えるようにしながら努めて冷静に先を話す。


「結局新聞部の記者は核心に迫るようなことは何も知らなかった。奴が知っていたのは二つだけだった。一つはそういうタレコミが匿名でされたこと。そしてもう一つは、空手部の不祥事の現場に踏み込んだ者が風紀委員の弥堂 優輝という男であること――」


「そうか。こちらの捜査の守秘義務が一部守られていないようだな。その情報には感謝する」


「なぁ、弥堂――弥堂 優輝びとう ゆうき


「なんだ」


「何故、空手部に踏み込んだ。一体何の咎で空手部は風紀委員会の指導の対象となったのだ?」


「先程自分で言っていただろう。喫煙だ。現場には吸い殻が多数確認された」


「嘘を吐くな。道場で堂々と喫煙をする馬鹿がどこにいる。箕輪先生にも確認した。喫煙の事実は認められていない。もしもそうであるのならば部として受ける処分だけでなく、生徒個人ごとにも停学の処分が与えられているはずだ。部員たちは誰もそんな処分を受けてはいない。真実を話せ。何故空手部を襲った?」


「お前には知る資格がない」


「…………」


 その言葉を聞いて高杉は法廷院を乗せた車椅子を自身の後方少し離れた壁際にまで押して行くと法廷院に頭を下げ、自分一人で元の場所まで戻ってきた。法廷院は小声で「武運を」と呟きその背中を見送った。

 そして高杉は詰問を再開する。



「それで納得をすると思うのか?」


「お前の納得が必要と思うのか?」


 そこで口を閉ざし両者睨み合う。床にへたり込んでいた他の同志たちも二人の間で張り詰めていく空気を感じ取り、法廷院の元へと集まって状況を緊張の面持ちで見守る。


「ねぇねぇ見てよこれっ。こんなに毛玉ついてたわよ。全部取ってあげたんだから感謝しなさいよね」


「…………」


「ちょっと聞いてんのあんた? 今日からはちゃんと脱いだ制服はハンガーにかけときなさいよ。いつもクリーニング出してんの? ちゃんと定期的に出せてないでしょこれ。うちの制服は家用の洗濯機でも洗えるの知ってた? 大きめのネットに畳んで入れるんだけど、ファスナー締めて形は綺麗に伸ばしてから畳むのよ? なるべく小さく畳まないように2・3回折りくらいにして入れて、出来るだけ他の洗濯物とは一緒にしないように洗いなさい。ドライコースでおしゃれ着用の洗剤使うといいってお母さんに言ってみなさいね。制服って大事に使えばちゃんと3年間使えるように作られてるんだからもっと丁寧に――あ、こらなにすんのよ! 顏触んなっ!」


 まるで捕った獲物を見せびらかしにくる飼い猫のように掌に載せた毛玉をこちらの顏に近づけてきて、高杉との間に入って余計なお世話をくどくどと喋る希咲の顏を邪魔そうに手でどける。ギャルギャルした見かけによらず、近所の世話焼きおばさんみたいなことを言い出した彼女の発言内容自体は意外と役に立ちそうではあったが、今はやめて欲しかった。


「……弥堂、貴様は風紀委員会だけではなく『サバイバル部』とかいう部活に所属しているそうだな?」


「…………」

「あ、取り込み中だった? ごめん。てかなに? 『サバイバル部』って。あんた部活してたんだ、変な部活ー」

「…………」


「…………」



「ボクはね、こんな噂を聞いたことがあるんだぁ。乱立していた格闘技系の部活や他の運動部がさぁ、去年くらいから次々と廃部になっていってる。みぃんな何かしらの不祥事だって話だけど、空手部と同じようにその詳細は明らかにはぁならない。んでまぁ、部が減る。そうするとその潰れた部活に充てられていた予算が浮くよね? だけどね、今期各部活動に充てられた予算は去年と変わらず、むしろ減っている部活もあったそうだよ……たった一つの部活を除いてね。そのたった一つの部が『サバイバル部』だってそんな噂さ。これっておかしいよねぇ。だってそうだろぉ? 浮いた分の予算は全部活に均等に配られるべきだとボクなんかは思うんだけど。そうじゃないと『不公平』だろぉ? ねぇ狂犬クン?」


 もうすっかりオフモードの希咲さんを弥堂も高杉も無視をしたので、その後は法廷院が引き継いだ。


「みぃんな疑っているぜぇ? これはどんな仕組みでどんな手口なんだい? 説明責任あるんじゃないかなぁ? 」

「なぁ、弥堂。もしも本当に空手部に不正や不祥事があったのならばその処分はあって然るべきだ。そしてこれは俺個人の意見だが、例えそんなものがなかったとしても、単純にお前が闘争を求めて彼らと勝負をし、その結果彼らが心折れて武の道を閉ざしたのならば、それもまた勝負の世界の摂理だとも納得が出来る。しかし――」


 高杉は一度言葉を切るとその目に戦意を漲らせ、空手の型であろう――腰を落として構える。


「――しかし、もしも! お前が自らの部のため! 私利私欲のために空手部を! 他の部を襲って回っていると言うのならば――‼」


 弥堂は応えず黙って隣に居る希咲の襟首を左手で掴んだ。


「ん? あにすんのよっ。それやだって言ったでしょっ」


「答えろ! 弥堂 優輝っ‼」


 裂帛の気合を乗せた高杉の声が響く。

 それにも弥堂は表情を変えず答えた。


「同じことを何度も言わせるな。お前には知る資格がない」


「その意気やよしっ‼‼」


 その答えを予測していたのだろう。叫ぶと同時、高杉はダンっと大きな音を立てて床を蹴りこちらへ迫る。


「へ?」


 弥堂もそれを予測していたのだろう、特に焦ることもなく左手で掴んだ希咲を高杉との射線から引っ張って外し、右手で突き飛ばす。


 べちゃっ――「ふぎゃっ」という音と声が聞こえた時にはもう高杉は間合いに入っておりその長いリーチを使った右の正拳を突きこんでくるのが視えた。

 希咲を突き飛ばした右手を戻す動作から繋げて、高杉の右肘に外側から手を当てて内に流し、その動作のまま左肩を前に半身になる。


 右足を引き左肩を前に出す動作のままカウンターの左拳で高杉の空いた肝臓を狙う。高杉もそれを察知しており左手を伸ばして上から弥堂の左手首を抑えることでこちらの拳を止めた。


 それにより高杉の左のガードの空いた顔面に弥堂は右を突き込もうと腰と肩を回すが、先程流した高杉の右が裏拳で側頭部を狙っていることを肌で感じる。右のストレートはキャンセルし、膝を抜いて頭を下げ、振り回された裏拳を潜りながら高杉の懐へと踏み込む。


 タックルを嫌った高杉は入ってくる弥堂の顔面にカウンターの膝を当てにいく。しかしそれを読んでいた弥堂はその膝の出を抑え両手でガードする動作とともに、相手の膝を流して肩を高杉の胸に押し当てて、足先から腰までを捻る回転の力のみで吹き飛ばす。


 鳩尾を狙ったのだが、打点は外されたようで高杉にもダメージはない。鳩尾に入って相手の息がつまっていればそのまま仕留めにいくつもりだったのだが、距離が空いたことにより両者ダメージのないまま仕切り直しとなった。



 弥堂によって突き飛ばされた希咲が壁に貼り付き顔面を打ち付け、「あいたー」と鼻を抑えて振り返るまでの間の出来事である。



「あんた女の子の顏に何してくれてんのよ!」


「やるではないか弥堂。ただの喧嘩自慢ではなさそうだな」


 弥堂はどちらの言葉にも答えずに半身のまま腕を下げ高杉を見据える。



「クククク――いいぞ。滾ってきた。風紀の狂犬。お前は素敵だ」


 ニタァと凄惨な笑みを浮かべ高杉は目を爛々とギラつかせる。


「俺に怒りをぶつけるのではなかったのか?」


「野暮なことを言うな。闘争の口火を切ったのならばもはや怨恨は不要。弥堂、勝負だ。俺が勝ったら俺の知りたいことを話せ。お前が勝ったのならばお前の知りたい情報を全てくれてやる」


「口約束など必要ない。先に言った通りだ、お前らがどうしようと必ず全て吐き出させる」


「上等っ! ならば俺が勝った暁には――」


 言葉の途中で高杉は再度踏み込んでくる。


「――お前を抱くっ‼」


 先程同様右の正拳を放ってきた。しかし、先の交戦でも巨体の割には速いと感じた高杉のその踏み込みと突き入れの速度は、先程を大きく上回った。



「ぬんっ」


 ベタ足で床を踏みしめ腰を回し、脇の下で引き絞った右の拳を、前に突き出していた左手を引き寄せる動作と連動し射出する。よく修練された型から放たれるその空手の基本となる攻撃技は、暴風を伴ったような錯覚を起こす速度と威力で弥堂の顔面に迫る。


 弥堂は迫るその拳をよく視て、首を右に少し傾けるだけで空かし相手のリーチの内へと潜ろうとする。


 その弥堂に対して高杉は、今度は左の正拳で迎え撃とうとする。弥堂はその第二撃が放たれる直前に、右の掌で高杉の左手を下からカチ上げた。


「なに⁉」


 力により強引に打ち上げるのはなく、相手の攻撃の始点をずらし相手自身の攻撃に使った力を利用して崩し身体を開かせる。左腕を跳ね上げられたことによりガードの空いた顔面を右の掌でそのまま狙う。高杉は右腕を顔面のガードに戻すが弥堂はそのガードを打つのではなく、右手で触れ高杉の視界を塞ぐように彼の腕を押し込んだ。


(フェイントかっ、無様っ!)


 一瞬とはいえ立ち合いの中で視界を塞がれればそれは充分な隙となる。高杉は次に来るであろう大技に備えて覚悟を決める。たとえガードが間に合わなかったとしてもくるのがわかっていれば一撃くらいは余裕で耐えてみせる。彼は自分のタフネスに自信を持っていた。


 弥堂は高杉の腕を押した右腕を戻しながら右足を振り上げた。


 最小限の動きで跳ね上がった弥堂の右足が高杉の側頭部を狙う。高杉が視界の端にそれをどうにか捉えた時にはもう目前まで迫っていた。


(右ハイ――速いっ!)


 首を固め歯を食いしばり、もらう覚悟は決めながらもどうにか戻した左腕を相手の蹴り足との間に割り込ませるのに成功した。


(速いが軽い)


 急所となる顎とコメカミを守るように入れたガードから伝わる衝撃は思ったよりも軽かった。しかし。


 パァンと、平手で頬を張ったような音が耳を撃った。


「ぐっ」


 弥堂はガードの上から強引に蹴るのではなく、ガードポイントを支点にしならせた爪先で高杉の耳を叩いた。揺れる三半規管。高杉はまた一瞬敵を見失う。牽制のために当てずっぽうで右を打つがそれも弥堂に躱される。しかしその時にはもう高杉は正常を取り戻しており自身の左側へとズレて右拳を躱した弥堂の、右肩を狙い左の打ち下ろしを放つ。


 弥堂はその打ち下ろしも難なく外に流して捌く。


(かかった!)


 これまで攻撃を捌いて内に入るポジションを維持し続けていた弥堂への罠であった。右肩を狙った攻撃を外に捌いてまた内へと移動する弥堂を右のローキックで迎え撃つ。これまでパンチしか見せていなかった高杉の戦闘プランであった。


「おぉぉおおぉぉぉぉっ‼‼」


 裂帛の意気とともに、細かいステップを踏んで内に潜った弥堂をめがけて、繰り返した修練通りの体捌きでローキックを繰り出す。着地をして重心の乗っている弥堂の左ひざを圧し折るつもりで、打ち下ろすような軌道の蹴りを放った。


 だが、初見のはずのその蹴りの射程を知っていたかのように、弥堂は軽いバックステップでローを空かした。


「――⁉」


 驚愕に目を見開くが、高杉は空かされたローキックの勢いは止めずにそのまま身体を回す。回転の勢いを乗せたバックハンドブローでこの後飛び込んでくるはずの弥堂を迎撃しようとするが、それも読み切っていたかのように弥堂は動かなかった。


 裏拳が過ぎたタイミングで弥堂は飛び込んでいく。


「うおおぉぉぉっ‼」


 高杉は流れる体を強引に止めて保ち、自分を仕留めにくる相手に前蹴りを放った。

 胸を狙ってその巨体から放たれる前蹴りは、正中線を捉えられ弥堂も躱すことはできずに蹴り足との間に両腕を挟み込みガードする。高杉の攻撃が初めて弥堂を捉えた。


 前蹴りにより吹き飛ばし強引に距離を作り出し、再度仕切り直しとなる。




(派手に飛んだように見えたが手応えが軽い。自分で飛んだか)


 荒く息を吐き出しながら高杉は相手へのダメージを考察する。弥堂は半身になるだけで構えのようなものは相変わらず見せない。そしてその呼吸には一切の乱れはないように見える。


 劣勢なのは高杉だ。しかしその戦況の中で高杉は哂った。



「いいぞ、弥堂。ここまでの業、どうやって身に付けた」


「さぁな」


「色々混ざっているな。立ち姿はアウトボクサーのようだが外には回らず内に立ち続ける、蹴り方はムエイタイかブラジリアンか? タックルのような動きも見せたな? 総合か? ……いや、違うな。中国拳法も混ざっているように思える。我流で色々齧ったのか? それともそういう流派があるのか? 師がいるのか? ケチケチするな。教えろ」


「流派など知らん。何かしらの源流はあるようなことを、俺にこれを仕込んだ女は言っていたがな」


「やはり師がいるのか。女性だと? なるほど。確かに力で押すのではなく力をうまく流していたな。そうか女性か。納得だ」


「お前は『業』と言ったが、あの女に言わせれば俺程度の『デキ』では稚拙すぎてとても『業』などとは言えんそうだぞ」


「おほっ。それは凄いな。お前のそれよりも遥かな頂があるのか。燃えるではないか。どんな方なのだ、その師は」


「さっき言っただろう。メイドかシスターの格好をした地雷女だ」


 興奮したように問い詰めてくる高杉に、弥堂は先程前蹴りをガードした時に制服に付いた汚れを払いながら彼にしては珍しく素直に会話に応じる。



 そんな様子を離れた場所で希咲は訝し気に探っていた。



(思った通り高杉の奴もけっこう『やる』けど、弥堂――あいつただの乱暴者ってわけじゃないのね)


 両腕の袖口と胸元をポンポンと払う弥堂を見ながら、離れた場所で希咲 七海きさき ななみは目を細めた。


(高杉の空手は多分あと1・2回見れば真似できそう。だけど弥堂のはなんか変。よくわかんなくて多分真似できない)


 手慰みに指先で唇を撫でながら思考する。


(でも、あのハイキックは覚えた。あんな蹴り方もあるんだ。ちょっといいもの見たわ)


 クスリと笑みを漏らす。


(このままやったら弥堂が勝つ。格闘技のことはわかんないけど、弥堂の方が戦うのが上手い。多分人を攻撃したり、人に攻撃されたりするのにすごい慣れてる。普通じゃないくらいに……あいつ、どういう奴なんだろう)


 おそらくこの時が、希咲 七海が自信の親友である水無瀬 愛苗みなせ まなとの関連性以外で、初めて弥堂 優輝びとう ゆうきという個人に対して関心を持った時であった。


(興奮してるように見えるけど、高杉は息を整える時間稼ぎで喋ってる。弥堂も多分それがわかってて付き合ってる。なんで? 正々堂々とか本気の勝負をとかそういうタイプじゃないわよね。そういえば師匠さん? メイドさん? メンヘラの――その人が彼女ってことなのかな? てことは年上? さっきの話と合わせるとそういうこと、でいいのかしら……)


 思考が少しずつズレていく。


(てか、制服の汚れとか気にするんだ。ズボンの毛玉は無視したくせにっ。でも喧嘩中にそんなのに気を取られるようなデリカシーなさそうだけど、変なの。あっ、てかてか、普段から聞いたことまともに答えないくせに、そのメイド彼女さんのことだけは答えてる気がする。気のせい? ないと思うけど、もしも彼女さん大好きでつい余計にその話題だけ喋っちゃうとかだったら――) 


 揃えて伸ばした手の指先で口元を隠す。


(――ちょっとかわいいかも――なぁんて)


 もはや戦況の考察でもなんでもなく、弥堂が聞いたら怒りそうな想像に発展し、手で隠した唇で緩やかな弧を描きニンマリとした笑みを浮かべ、弥堂の後頭部に生温い視線を向ける。



 高杉もまた息を整えながら弥堂 優輝について考察していた。


(先輩たちを倒したというのが事実ならば俺よりも強い可能性は想定していたが……まさかここまで技術に差があるとはな。これは参った)


 頬に垂れてきた汗を腕で拭う。


(稚拙、などと言っていたが素晴らしい技術と立ち回りの完成度だ。道場などで習う種類のものではない、おそらく膨大な実戦経験を積んでいる。あの年齢で、どうやって?)


 視線の先の弥堂は息も乱さず表情も乱さず、ここに現れてからずっと変わらず同じ調子だ。


(このまま同じように挑んでは技術で圧倒されるだけであろう、だが――)


 コオォォォォと下腹から息を吐き出し、呼吸を整える。


(――だが、パワーとタフネスならば俺に分があると見た。先程のハイキック。速度と精度は見事だが、しかしあれならば耐えられる。相打ちに持ち込んで強引に叩き込む……先手の一撃はくれてやる。だが、その一撃で俺を仕留められなければ俺の勝ちだ、弥堂っ)



 拳を握りしめる高杉の背後で彼の守るべき『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』の仲間たちが不安そうに戦況を見守る。


「だ、代表。なんか思ってたよりずっと本格的なバトルが始まって困惑してるんですけど、これ大丈夫なんですか?」


「どっちが勝っても酷いことになりませんかこれ? 傷害事件の臭いしかしないんですけど! やばいですよ!」


「くっ……暴力を止めることの出来ない弱いボクを許してくれ、同志たちよ。こうなったら仲間を……高杉君を信じようじゃあないか。ねぇ、白井さん」


「えっ? あの、なんで私の名前知ってるんですか? 初対面ですよね? 気持ち悪いです…… 」


「キミのクズっぷりは清々しいねぇ……それもまた弱さかぁ……はぁ……」



 仲間たちの熱い応援の気持ちを背中に受け高杉は覚悟を決めた。


高杉 源正たかすぎ もとまさだ。この名を憶えておくがいい、弥堂 優輝っ!」


「いいだろう。レポートに書いておいてやる。取るに足らないクズだったとな」


「連れないではないか。嫌いではないぞ。その胸に俺の名をしっかりと刻ませてやる。次で決着をつけるぞ!」


 気炎を上げる高杉に弥堂はもう答えず、しかしここで初めて構えを見せた。



 先程同様に左肩を前に出す半身のまま右足に重心を置き腰を落とす。先程までは腕を垂らしガードは下げっぱなしであった左腕を上げて、拳は握らず指は緩く開けたまま手の甲を高杉へと向ける。そして右手は腰の裏に回し相手からは見えないように隠した。

 先程までのアウトボクサーの様に後ろ足に重心を置いて、素早く回避をすることを重視した立ち方ではなく、その場にずっしりと根を下ろすような構えだ。


 その姿に高杉は相手にも必殺の意志を見た。


(形意拳……? 中国拳法は詳しくはないがそのあたりと似ている気はする、が、後ろに隠した右手はなんだ? 暗器でも使う気か? ……ふん、ナイフでもなんでも好きに使うがいい。こちらのやることは変わらんっ)


 脇の下で手の甲を下に向けて引き絞るように構えた右の拳を堅く握る。左手は大きく前に突き出し開いた掌を弥堂へと向ける。開いた両足でしっかりと大地を踏みしめ、コオオォォォと息吹を行う。


(こちらから仕掛けて右のハイキックを誘う。その蹴りかもしくは隠し武器の攻撃をもらいながら強引に捕まえて手刀をくれてやる。20枚の瓦を叩き割る俺の手刀に耐えられるはずがない。一撃耐えれば俺の勝ち――仕留め切れればお前の勝ちだ弥堂っ)

 

 息を吐ききり、意を決め、筋肉はリラックスし集中は高まった。後は実行するのみ。



『征くぞっ‼』



 そう宣言しようとしてしかし、それは叶わなかった。



 まるで高杉の意志が決まる瞬間を知っていたかのように、高杉が攻勢に出ようとする瞬間を読み切っていたかのように。

 高杉が声を発しようとして口を開きかけたその時にはもう弥堂は懐に入っていた。



(――縮地だとでもいうのか‼⁉)


 驚愕に目を見開き反射で対応をしようとする。しかし、己の身体に攻撃命令を出して身体が動き出すまでのその間隙を突かれたかのように先手をとられたことで、それに対する最適な行動を選択し、意志決定をする処理に齟齬が起きた。僅かな僅かな硬直。


「ぐうううっ」


 それでもどうにか相手の姿だけはしっかりと目に映す。急激な緊張状態に固まってしまった筋繊維に強制命令を出す。姿勢を下げて沈み込むように入り込んできた弥堂は、伸び上がるように左の肘を突き入れてくる。狙いはボディだ。無理やりに腕を動かす。


 攻撃をする動きはキャンセルされてしまった。先に決めたプラン通りに先手をとり間合いの内の弥堂を迎撃するのはもう間に合わない。

 では、この攻撃をもらって摑まえるか?――それも無理だ。もらう覚悟を決めて準備をしていなければさすがに耐えられないだろう。それに、この男は先程100㎏近い体重の本田を片腕で持ち上げていた。決して非力などではない。今の硬直した身体の状態で急所に直撃をもらえば確実にこちらが沈む。


 横隔膜を貫こうと迫る弥堂の肘を無理矢理動かした右腕でガードした。


(その技は知っているぞ! 裏拳だろう!)


 推測通り、ガードされた反動で跳ね上がった左の裏拳が顔面に迫る。高杉は戻した左腕で顎を守った。


「ぐぬっぅっ」


 しかし、先の交戦時のハイキック同様に弥堂は高杉のガードに拳ではなく手首を当て、そこを支点に手首を返して伸ばした指で高杉の目を打った。左の眼球を打たれ視界が滲む。


 どうにか右目は守れたものの戦いの最中で突如として半分塞がれた視界にパニックを起こしそうになる。反射的に閉じそうになる無事だった右目を、高杉は意志の力で無理矢理見開き続けた。

 状況としては先程と同じだ。視界を塞いだのなら次は死角からフィニッシュを叩き込んでくる。図らずとも高杉が想定していた通りの展開となった。


(来いっっ! 右ハイを撃ってこい! 必ず耐える‼ 武器を使うなら使え。意地でも道連れにしてやるっっ‼‼)


 意志を固め、首の筋肉も固める。しかし――




――来ない。


 先程の弥堂の蹴り足の速度に合わせて備えていたが、あの速度でなら2・3発叩き込んでもお釣りが出るほどの時が経っても攻撃が来ない。


――カチッ、シュボ…………パチパチパチ……


 来るはずの攻撃が来なく視界の外から異音が鳴る。何かが弾けるような音が。



(なんだ? 一体なにをして――)

「――おい、目を離していてもいいのか?」


 右目で捉え続けている視界の中、弥堂はそう口を動かした。


(目を離す……? なにを――まさか⁉)



 勘に任せて大きく振り返る。敵を目の前にして、その敵に背を向けるようにして背後を見る。


 己の守るべき仲間と主の居る方向を。



 車椅子に座る法廷院とその周りに集まった『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』の仲間たち。特に変わった様子はない、しかし、その彼らの方へ向かって空中を、『何か』が放物線を描くように落ちていく。


 その『何か』は、車椅子に座った、高杉が主と仰ぐ法廷院の、深く座り踏ん反り返るようにして開いたその右と左の足の付け根の間に、落ちた。

 不思議そうにゆっくりと視線を下ろす法廷院と、焦燥し大きく見開いた高杉の右目に、その『何か』の正体が映る。それは――



「――へ? 爆竹っ?」

「代表おおぉぉぉぉっ‼‼」


 呆けたような声を出す法廷院の元へ、高杉は足の筋肉の全てを爆発させるような勢いで床を蹴り突っ込んだ。先程まで見せていた以上の踏み込みの速さで車椅子へ腕を伸ばし飛び込む。



「ぐっぐうぅぅぅぅっ」


 座席部分に落ちた導火線に火花を散らす爆竹を無理矢理握り潰す。間一髪火薬に引火する前に消し留めることが出来た。



「代表!――ご無事ですか⁉」


 高杉は己の主の安否を確認しようと見上げるが、その座席上に法廷院の姿はなく、首を振ってその姿を探すと、彼は車椅子の脇、高杉から見て右手側に立っていた。


「よかった、お怪我は――」

「――目を離していいのか、と言ったぞ」


 安堵しそうになったその瞬間に聞こえた弥堂の声で気付く。自身の前に立つ法廷院のその向こう側で、蹴りを放とうとしている弥堂 優輝の姿に。その蹴りの軌道上にいるのは法廷院だ。


「キサマアアァァァァっっ‼‼」


 怒りの声と同時に限界以上の力で以て足で床を蹴る。法廷院を庇うために。

 

 弥堂の蹴りは先程よりも遅く見えた。わざと遅くしているのだろう、高杉が法廷院を必ず庇いにくることを知って、わざと受けさせるために。高杉はギリギリ間に合った。下から伸びてくる弥堂の蹴りを両腕でガードしようとする。


(ここでは相打ちには持ちこめんっ。代表を巻き添えにしてしまう )


 しかし、先程は余裕をもって受け止められた弥堂の蹴りは、先よりも速度がないにも関わらず、先とは比べ物にならない威力で以て高杉の両腕のガードを弾き飛ばし開かせた。


「――なんだとっ⁉」


 弥堂はすぐさま踏み込み左手で高杉の肩を押し壁に叩きつける。


「がっ!」


 背中から叩きつけられ息が詰まるが、高杉は状況を脱しようと、反射的に掴まれている肩で弥堂を押し返そうとした。


 しかし、その瞬間には弥堂の手は外されており、高杉は体勢を完全に崩し前につんのめる。


(すべて、計算ずくだとでもいうのかっ)


 高杉はせめて敵の姿を捉えようと目線を向けるが、その無事なままの右目の視界に映ったのは己を見下ろす冷酷な瞳のみ。先程の目潰しで塞がれた左側の死角から迫る、己を沈めるその拳を見ることは叶わなかった。


「――見事っ」


 せめてもと挙げた己を倒す男へのその称賛の言葉の直後、鈍い音をたてて弥堂の打ち下ろしの右が前のめりに体勢を崩した高杉の顎をカウンターで捉えた。

 バチンと大きな火花が散ったように視界は白く弾け、その一撃で高杉はぐりんと目玉を裏返し、巨体は横倒しに床へと沈んだ。




 高杉 源正たかすぎ もとまさの身体が床に沈んでいくのが、希咲 七海きさき ななみの目にはやたらとゆっくりと映ったような気がした。クリーンヒットという見方ならば、たった一撃で斬って落としてみせ、特に何を成したという風もなく立つ弥堂 優輝びとう ゆうきの姿を呆けたように見つめていた。


 今その心の内を占める想いは――




(――卑怯すぎるっ‼)


 決着をと対峙してから実際に決着が着くまでのほんの少しの時間の間に弥堂が見せた、様々な動き、手段、手練手管。そのあまりの悪辣さと手際のよさに茫然としてしまっていた。


(一対一で勝負してたかと思ったら突然戦えないような人たちを人質にするみたいに……最初からこれ狙ってたっていうの? 人数多い方が不利になるって……あいつらもあいつらで卑怯な連中だけど、でも、だからっていくらなんでも車椅子の人に――って!)



「ちょっと弥堂っ‼」


 そこで我を取り戻したように弥堂に詰め寄る。

 弥堂は高杉のKOシーンを目撃して自失したように立ち尽くす『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』のメンバー達の様子にチャンスと見たか、手近にいた西野に向ってパンチを叩き込むため肩を回そうとしたタイミングで大声をかけられ、チッと舌打ちをして希咲に目を向けた。


「あんた、いくらなんでもひどいわよっ! 車椅子の人に爆竹投げるとか何考え……て……ん……んん?」


 弥堂を糾弾しながら法廷院の安否を確認しようと彼に目を向けた希咲は、上げていた眦が段々下がっていき胡乱な眼つきになる。


 その懐疑的な視線の先には、別段負傷はないように思える法廷院が居た。先程まで座っていた車椅子のその脇に『立って』居た。


「なんてこった。あぁ、高杉君。なんて『ひどい』んだ。友人が目の前で失神KOされるとか初めて見たよ。衝撃映像すぎてボクの心は痛く傷ついた。怒りに震えて涙が止まらないよぉ」


「ちょっと」


「だってそうだろぉ? この平和な日本でこんな凄惨なシーンに出会うことなんて普通ないからね。この学園だと一日一回くらいはそのへんに倒れてる人見るけれども」


「ちょっと法廷院」


「だからってこんな暴挙が許されていいはずがない! ボクは断固として――ん? なんだい希咲さん。ボクのことは苗字で呼ばないでくれよ」


 倒れた高杉へと悲痛そうな面持ちを向け、大仰に嘆いていた法廷院はようやく希咲の呼びかけに気が付く。



「なんだい、じゃねぇわよ。ねぇ――あんたさ。足大丈夫なわけ?」


「足? 足がなんだって? 御覧の通り何ともないよ? 真ん中にある第三の足はさっき危機一髪だったけどね」


「しねっ――じゃなくて、えっと……あんたって普通に歩けるの?」


「おいおい、これはバカにされたもんだねぇ。ナメないでくれよ? いくらボクが『弱い』からって歩くことくらいはできるさっ! だってそうだろぉ? ボクの足は健康健常そのものだからね」


「は? じゃあ、あんたなんだって車椅子なんか使ってるわけ?」


 己の健脚を見せつけるように法廷院は軽快にタップを踏んで見せる。ただし、踵の硬い革靴ではなくゴム底の室内シューズなので、キュキュキュキュッと床を擦る不快な音が鳴った。

 その元気な様子に、半眼になっていた希咲の目はさらに険しくなっていく。


「いいところに着目したね。ボクはあることに気が付いたんだよ。車椅子に座ってるとね、特になんともないのに勝手にみんな足が悪いって勘違いして少しだけ優しくしてくれるんだぁ。割と無茶言っても通りやすくなるし。あと高杉君が押して運んでくれるから疲れない」


「サイッテー……」


 希咲は心の底から目の前の上級生を軽蔑した。



「ん。てことは、あんたはこいつの車椅子が嘘だってわかってたの?」


 もうこれ以上は法廷院を追及する気も起きず、足の不具を偽装していたのを見抜いていたのかと弥堂へと尋ねる。


「知らん」


「は?」


 しかし、弥堂からの返答は期待したようなものではなかった。


「そいつの足の具合など知ったことか。実際にどうであれ戦場でそんなものに乗っていれば狙ってくれと言っているようなものだ。敵の弱点をつくことなど当たり前のことだろう」


「……んじゃ、あんたは本当に足が悪いかもしれないってのに爆竹なんか投げつけたわけ?」


「それがどうした?」


「サイッテー……」


 希咲は心の底から目の前のクラスメイトを軽蔑した。



「あんた何考えてんのよ。一歩間違えたら大怪我よ。さすがにそれはやっちゃダメよ」


「怪我をしたくないのならばノコノコと出てこなければいい。自ら争いを起こしておいて怪我をしたくないだと? 戯言は死んでから云え。ここはもう――戦場だ」


「何が戦場よ! ここは学校よ! バッカじゃないのっ!」


「さっきからいちいち煩いぞ。勘違いをしているようだが、お前の批評や理解など必要ない。黙ってろ」


「真面目に言ってんのよ! あんたそんなんじゃそのうち事件起こしちゃうわよっ」


 真剣に訴えかける希咲に対して、弥堂は変わらずにべもない。希咲はヒートアップしていき段々と二人の間の空気も剣呑なものとなっていく。



「それこそ余計なお世話だ――世話をするなら一番大事なものだけにしておけ。とりこぼしてから後悔しても知らんぞ」


「……なにそれ……どういうイミ……?」


「知るか。少しは自分で考えろ。お前が――お前らがどうなろうと俺の知ったことではない」


「あんたなんで……なんで、そんなんなの⁉」


「お前には関係ない」


 熱くなっていくのは希咲ばかりで弥堂はまともに取り合わず口調にも表情にも一切変化がない。言葉や態度どおりに、本当に関係なく、本当に興味がないようで。希咲は何故かそれが無性に癇に障った。



「弥堂っ‼」


 何か言い返したい、何かを伝えたい。だが、目の前のこの男に何を言っていいかわからない。それは、この男の――弥堂 優輝のことを何も知らないから。


 だから希咲は彼の、その名前だけを大きな声で叫んだ。


「もういい黙れ。言いたいことがあれば後で聞いてやるからこれ以上邪魔をするな。こいつらを終わらせるのが先だ」


 しかし、希咲本人にすらあやふやなその想いなのか、気持ちなのか、その何だかわからないものは彼には伝わらなかった。



 それも当然だ。


 弥堂には彼女がどういうつもりなのか全くわかっていなかった。邪魔だ、としか思っていなかった。

 何が言いたいのかわからない、何を伝えたいのか――どころか、何かを伝えようとしていることすらわかっていなかった。弥堂もまた、彼女の――希咲 七海という少女のことを何も知らず、知ろうという気すら持ち合わせていないから。



 弥堂は希咲から目線を切り、その無機質な瞳を敵へと――『弱者の剣ナイーヴ・ナーシング』達へと向けた。



「さて、もう抵抗出来る戦力はあるまい。大人しく情報を吐き出すか、それとも――その男のように無様に床にキスをするか」


 高杉を介抱しようと傍らに座り込んでいた本田と西野の怯えが強くなったのが見えた。白井も顔を青褪めさせ震えている。


「さっきも言ったが俺はどっちでもいいぞ。お前らがどうしようが結果は変わらんからな」


 仲間たちが動けない中で、冷酷な眼で見下ろす弥堂の前に彼らの王が立ち塞がる。守るように。


 しかし、玉座から降り立った彼らのやせ細った王はその狂犬の前ではあまりに頼りなかった。それでも粘着いた視線を弥堂へと絡みつけ、そのギラギラした目は不敵なままだ。



 両者の間で高まる緊張に希咲ももう弥堂への追及は出来ずに息を飲んだ。



 決着の時は近い。

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