5.帰還の儀式

 ムナ・ダンプリー教会を訪れるのは三度目だった。

 一度目は王都に着いた翌日。二度目はさらにその翌日。いずれも儀式の立会権についての問い合わせと、献上品の提出が目的だったので、見どころの一つである大講堂の中までは入らなかった。

 一度目の時は、企画展示の列に並び寄贈された絵画だの宝石だのを眺めたけれど、展示を見るのに疲れてしまって結局教会の方までは回らなかったのだ。王都一の観光名所と言っても過言ではないのに、結局一度も“観光”はしなかったな、とサトウは思った。

 “帰還の儀式”当日ということもあって、教会の前は人で溢れかえっていた。

 最後の顔見せとして、王城からの道のりを勇者はのんびり馬車に揺られてくるため、僅かでもその顔を見たいという人が多いのだろう。

 サトウは目立たないようにしながら、指定された職員用の入り口に向かった。

 献上品を提出した時に聞いた話によれば、一般立会人はやはりサトウ一人だけだった。他にも希望者は数名いたようなのだが、いずれも献上された魔力の等級が足らず、返却されたらしい。サトウが馬鹿みたいに質の良い魔力を、馬鹿みたいに大量に持って行ったので、それ以上の受付を停止したというのも理由の一つかもしれない。あまり広く見せたい儀式でもないのだろう。

 献上品と入れ替えで受け取っていた立会券を手渡せば、教会の職員が「儀式の間」へと案内してくれた。

 「儀式の間」は、大講堂の地下にあった。

 案内されながら大講堂の中を通り過ぎる。今日は儀式があるため観光客の立ち入りを禁止しており、信者の参拝も朝の時間で締め切っている。椅子が整然と並んだ大講堂の中は誰もおらず、天井にびっしりと描かれた宗教画や、正面にはめられたステンドグラスがよく見えた。普段は人で埋まっているだろうから、誰もいない状態は貴重なのだろう。サトウには、美しいステンドグラスも、綿密に描かれた天井画も、少し恐ろしく感じられた。

 大講堂の最奥に小さな扉があって、そこが地下の「儀式の間」への階段となっていた。狭い通路はところどころ壁にくぼみがあって、そこに魔力ランプが嵌め込まれていた。

 明かりがあるとはいえ、地下へ続く階段は狭く、天井も低く、圧迫感があるし薄暗い。不気味さを感じるのは、ぼんやりとライトで照らし出された壁面が宗教画になっているためだ。左右の壁に、それぞれ違う絵が描かれている。よく見ると、何かの物語のようだ。

 白い衣をまとった人は背が高く、頭上に黄金の輪と背中に虹色の翼を持っている。白い人の足元に、派手な衣装を着た聖者と思われる男が跪いて祈りを捧げていた。二人を囲む景色は暗く荒廃した世界で、少し離れた位置に、真っ白な髪に長い角を持ち、闇色の翼を持つ男が浮かんでいた。

(ははあ、魔王の支配から勇者召喚までのなんかかな)

 思わず足を止めて壁画を見つめていると、気が付いた案内人が「ああ、驚きましたか」と声をかけてきた。

「すごいでしょう。こちらの絵は、大講堂の天井画と同じ、かの有名なシュピーゲル・モンドナーの作になります。こちらは非公開エリアとなりますので、美術書の写し絵くらいでしか本来見れないものなんですよ」

 特に質問をしたわけではなかったが、案内人は少し自慢げに教えてくれた。

 サトウは適当に「そうなんですか、素晴らしいですね」と相槌を打って、壁画の物語を読み取っていく。

(なんだかんだ、キャラバンにいた頃に宗教関連の書物ってあんま読まなかったもんな……)

 サトウの歩調が遅くなったことに気が付いて、案内人が横からあれこれ説明してくれた。有難かったが、あまり深く興味のないサトウは、話される「はじまりの勇者召喚伝説」を聞いても軽い相槌程度しか返せなかった。

 案内人の説明によれば、この壁画に描かれた白い衣の「白い人」は、月世界に住む「神の一族」を模しているのだそう。主な登場人物は、「白い人」と「聖者」、それから白髪赤目の「魔王」の三人で、物語は現在の状況と大体合致する。聖者が白い人を召喚し、白い人は小人大の妖精と共に魔王を討伐するというものだ。ありきたりな話だが、実際勇者ヒイロが召喚されているのだから、「はじまりの勇者召喚」も現実で起こったことなのかもしれない。

(まあ、少なくとも月世界に住んでいるのは“神の一族”なんかじゃないわけだけども)

 のんびりとだが狭い階段を下りきって、地下室は随分深いところにあった。

 案内人が重厚な扉を開け、「儀式の間」に入る。「儀式の間」は大講堂と同じくらい広く、天井の高い作りになっていた。階段と同じ要領で魔力ランプが設置されているが、空間が大きいので真ん中あたりは殆ど真っ暗だ。辛うじて視界が確保されているのは、中央に大きめの円を描くように、数本の燭台が並んでいるからだった。蝋燭に灯された火が揺らめいている。

 よくよく見れば、蝋燭で囲まれたあたりの床に、白いチョークで魔法陣が記されていた。もっと強い明かりで確認できれば詳細が見えただろうが、余程近づかなければどんな魔法陣なのか読み取ることは出来ない。あるいはこの暗さは、必要以上に魔法陣を読み取らせないためのものかも知れなかった。

「サトウ様はこちらへ。勇者様がおいでになりましたら、儀式を始めます」

 案内人はそう言って隅によけてあった椅子を持ってきた。ざっと部屋を見渡すと、「儀式の間」の壁面にも宗教画が描かれていたので、サトウは案内人の許可を経て、壁画を見て勇者を待つことにした。

 今回の儀式の立会人について、一般公募以外は、勇者ヒイロに所縁のある面々と決められている。所縁のある面々、つまり、勇者パーティのメンバーと、王族である。王族が来るが、この儀式の主役は勇者なので、「儀式の間」から出るまで身分はないものとして扱われると聞いていた。そのため最初に最も身分の低い一般枠が案内されて、終了後も最後に部屋から出される。

(まあ、最後も何もないけど)

 中央の燭台エリアには近寄らないようにして、ぐるりと「儀式の間」を見学する。描かれている物語は、階段の壁に描かれていた「はじまりの勇者召喚伝説」の補足のようだった。あちらがあらすじだとすれば、こちらは細部の逸話である。召喚された白い人が魔王討伐の旅の最中で起こった出来事を描いているらしい。部屋は暗いが、壁に嵌まった魔力ランプのおかげで絵は難なく見ることが出来た。

(それにしても)

 大講堂の天井画から始まり、「儀式の間」の絵に至るまですべての絵に共通するが、「魔」の属性のものの配色がどうにも気になった。真っ白い髪、あるいは体毛に、真っ赤な瞳。

(まるでアルビノだな)

 果たしてこの世界に同じ体質が存在するのかどうか知らないが、髪の毛を染めていてよかった、と何とはなしに思った。サトウには角もないし翼もないが、サトウを知らない勇者パーティの面々に警戒されたくはない。

 キャラバンで過ごしていた時も、王都に着いたばかりの時も髪は地毛のままだったが、そこまで視線を感じることはなかった。ちらちらと見られることはあったが、それは魔術師の珍しさからだろうと思っていた。

(もしかしたら色も見てたのかも)

 ただ、危険な色合いならリーダーあたりが対策を講じただろうし、髪色について何か聞かれることもなかった。

(そういえば、髪色は得意属性に引っ張られることが多いって言ってたな)

 得意属性とは、すなわち所有する魔力との相性を示す。キャラバンの魔術師は真っ赤な髪を持っていたので、炎に関する魔法が得意だった。対してサトウに得手不得手はない。一年間ですべての属性の魔法を使ってみて、出しにくいとも使いやすいとも思わなかったのだ。結局、魔力量と同じく、いわゆるチート性能なのだろう、と気にしていなかった。

「なにものにも染まる白」

 不意に声が聞こえて、はっと顔を上げた。扉からぞろぞろと人が入って来ていた。慌てて周囲を見れば、いつの間にか立会人の数が増えている。見慣れた顔がないので、勇者はもう少し後らしい。

「えっと……?」

 サトウをじっと見つめていたのは、いかにも「魔女」と言わんばかりのトンガリ帽子をかぶった、背の低い女性だった。青色の長髪を大きな三つ編みにして後ろに垂らしているので、考えずとも魔術師なのだろう。この場の“魔術師”は勇者パーティのメンバーだけだ。

「あたしはリリー。あなたがドーラ王国出身っていう、一般立会人?」

 突然の言葉には触れずに、魔術師はリリーと名乗りまじまじとサトウを見つめた。ドーラ王国、と一瞬耳慣れない単語に首を傾げかけたが、そういえば献上品を提出した際、ドーラ王国の魔術師と言ったのを思い出した。キャラバンに拾われた時に便宜上作成してもらった身分証が、ドーラ王国のものだったのだ。どのみち、身分証明できなければ十中八九認定魔術師になるよう勧められただろうから、他国の身分証があるのは気が楽だった。

 それで、もしや案内人が先ほどあれこれ説明してくれたのは、他国出身だと思っていたからなのでは、と思い至る。気を使わせてしまったらしい。

「髪……は、わざと短くしてるのね。どうして“帰還の儀式”への立会を?」

 サトウが返事をしないでいると、リリーは近づいてサトウの隣に立ち、注意深く髪を見つめてそう聞いた。髪に流している魔力を見て、伸びないようにしていることに気が付いたらしい。思わず襟足のあたりを触る。きちんと制御しているので、短いままだ。

「勇者様に興味があったので。帰られる前に、お会いしたいなと」

 どう答えたものか考えながら、慎重に、口調に気を付けて返答する。

 別段答える必要のない問いではあったが、サトウは彼女と敵対したくはなかったし――敵対したとして、魔法で負けるとも思えなかったが、如何せんサトウには実戦経験が殆どない――答えられない問いでもなかった。嘘は言っていない。

 リリーは疑うような眼差しをこちらに向けたが、サトウが再び壁画に視線を移したので、理由をさらに追及することはなかった。

「……白は、なにものにも染まるから何にでもなれる色。変色の魔法も使ってるわね。わざわざ変色するなんて、あなたの髪色は何色?」

 代わりに最初の言葉の続きをくれる。急な発言だと思ったが、ふと目の前の壁画を見ると魔王の姿が描かれていたので、これを見て言ったのだろうと思い至った。どうも、間の悪い場所にいたようだ。

「……飽き性なので、すぐ色に飽きるだけですよ」

 黙っているわけにもいかず、適当に誤魔化す。リリーは顔を顰めただけで、それ以上何も言わなかった。サトウとの魔力差に気が付いたのかも知れない。常に髪に魔法をかけ続けているサトウは、それだけで相当の実力者だと判断される。

「勇者様がお越しになられました」

 いつまでも魔王の絵の前に居たくはなかったので、それとなく足を進めて部屋の中を一周し、最初に案内された椅子の前にたどり着く。ちょうどその時、教会の魔術師と思われる男が宣言をして、入り口の扉が開いた。入った時も思ったが、重そうな扉だ。「儀式の間」への出入り口はこの扉しかないので、何かの拍子に扉が歪んでしまったら、もう一生脱出できなさそうだな、とサトウは思った。扉から、ゆっくりとした足取りで勇者ヒイロがやってくる。

「皆、今日は俺のために、集まってくれてありがとう」

 教会の職員以外で、立会として集まったのは、サトウを含めて七人だ。勇者パーティのメンバーである三名。王族が二名。王宮の大臣が一名。うち、ヒイロと“顔見知り”なのはサトウ以外の全員。なので最初にヒイロは、見知った六人の方に視線を向けた。

「それから、今日のために魔力を提供してくれたあなたも――……」

 ゆっくりと視線を動かして、端の壁沿いに立っていたサトウに目を向けた。かっちりと、視線が合う。

「……サトウ?」

 ヒイロの瞳が丸くなって、動揺に肩が震える。「え?」と誰かが声を上げて、六人分の視線がサトウに集まった。

「久しぶりだな、ヒイロ。元気そうで安心した」

 サトウは意識して笑顔を浮かべた。ヒイロが慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。制止するものは誰もいなかった。

「本当にサトウなのか!? お前……俺は、てっきり、お前は召喚されずに済んだものだと、」

 がしりと両肩を掴まれて、サトウは一瞬視線をそちらに向けた。一年前、召喚される前よりも力が強くなっている。少しだけ痛かったが、気にしないことにして「“そういうこと”にされてしまうらしいな」と笑みを絶やさない。

「そういうこと?」

「俺、ドーラ王国の荒野に放り出されててさ。目の前にドラゴンがいて、あやうく死ぬかと思ったけど。この国では、召喚の魔法陣以外に落とされたやつは“召喚されてない”ことになるって聞いたぞ」

「どういう……」

 困惑した様子のヒイロが、思わず、と言った調子でパーティメンバーの方を向いた。先ほどのリリーと、屈強な体躯の男、黒いローブを羽織った男の三人である。ちなみに、彼らと少し距離を置いて、豪奢なドレスに身を纏ったアルカナ王国王女と、冠を乗せた壮年の国王がこちらの様子を窺っていた。どちらかというと、二人とも見ているのはサトウのようだ。国王のすぐ傍に控えている大臣と思しき男が、国王に何事かを耳打ちした。

 代表して、黒いローブの男が戸惑った様子で「ヒイロ」と声を上げた。

「その人と知り合いなのか?」

 聞いていただろうに、白々しい質問にサトウは思わず顔を顰めた。ヒイロが「知り合いも何も、」と口ごもる。

「……親友だよ。月世界の」

 それから、疑うように国王の方に目を向けた。

「召喚されたばかりの頃……お伝えしたように。召喚された時、俺は親友と一緒にいたんです。彼も巻き込まれているはずだと言ったのに、魔法陣の上に来なかったのなら巻き込まれていない、と言ったのはあなた方だ」

 ヒイロの強い視線を受けて、前に出たのは国王ではなく大臣だった。愛想笑いを浮かべて「そちらの……ええと、お名前は?」とサトウに聞いてくる。サトウが答えずに見つめていると、大臣は諦めたのか、ヒイロに視線を固定した。

「ヒイロ様のご友人が立会人として来られるとは、私どもも思いもしませんでした。本来召喚術は魔法陣上でしか発動しませんもので……私どもも、巻き込まれた方がいるとは存じ上げなかったのです」

 まあ、そう言うしかないだろうな、というのがサトウの感想だ。一年も前の話じゃ、今更過ぎる。ヒイロは納得しかねた様子で、「当時俺は主張をしたが、まともな捜索すらしてくれなかった」と怒りを吐く。

(そんで、こいつはそうだろうな)

 サトウはヒイロが自分に抱く、何か執着じみたものを知っている。それがどこか歪んでいることも。

 一年前、下校の途中で召喚されたヒイロは、直前まで隣にいたサトウの事を当然認識していて、もしかしたら自分と同じように地面に飲み込まれるサトウを見たかもしれない。巻き込まれただろう、と確信していたなら、召喚したアルカナ王国側に捜索を依頼するくらいしただろう。実際に捜索したのか、しなかったのか。少なくともヒイロは「しなかった」と認識しているようだった。

 ただ、と。

 サトウは思う。大臣が言葉に詰まって言い返せずにいるのを見て、サトウは「まあまあ」とヒイロの肩を叩いた。

「もう過ぎたことだし、俺は五体満足でここにいるわけだし、水に流そうぜ。

 そういうわけだから、俺も一緒に帰らせてもらいたいんですけど、いいですよね?」

 視線はローブの男に固定した。

 最初に前に出てきたから、なんとなくこの男が儀式を取りまとめているのでは、と思ったのだ。勘は外れなかったようで、男は苦々しい顔をすると、「それはできない」ときっぱり拒絶した。

「ロージー! どうしてだ!? 彼も月世界の住人なのに!」

 すぐさまヒイロが叫ぶように問い詰める。ロージー、と呼ばれた男は胸元あたりでローブをぎゅっと握りしめると、「足りないんだ」と苦し気に言葉を吐いた。

「“帰還の儀式”は通常の転移魔法とはわけが違う。世界と世界の間の移動だ。無理やり門を開くのに、どれだけの魔力が必要だと思ってる」

 つまるところ、儀式に使用するために用意された魔力量では一人を帰すのが精一杯なので、サトウは帰せない、ということらしい。

「そんな……だが勇者召喚の時は、こうして二人通ったじゃないか」

「それは、勇者召喚は、有事に備えて代々の王族が溜め続けた魔力の一部を使ったからだ」

 ロージーは続けて、「それでも万が一を考えて五名の王宮魔術師と、二名の王宮召喚師が待機して行ったんだぞ」と主張した。

 様子から、ロージー、という男が召喚師なのだろう、とサトウは理解した。勇者パーティは魔術師と、召喚師と、騎士がメンバーだったはずなので、残る屈強な男は騎士と思われた。騎士もリリーも黙ってヒイロとロージーのやり取りを眺めるだけだ。リリーに至ってはサトウを睨んですらいた。

(なんでこいつはこんなに敵意むきだしなんだ?)

 先ほども、なんとなく探られているような、警戒されている様子を感じたが、理由が分からなかった。

「何故、今回はその魔力を使えないんだ」

「使えたとしても“帰還の儀式”には足りないよ。今回、俺一人で済んだのは、献上された魔力で十分足りるって判断されたからなのに!」

 ヒイロが何とか食い下がろうと言葉を続けると、ロージーは泣きそうな顔で叫んだ。

 瞬間、リリーがはっとした様子でヒイロを見、もう一度サトウを見た。

「ヒイロ……あの、聞いてもいい?」

 恐る恐る、リリーが声を上げる。ヒイロが黙って続きを促すと、リリーはまっすぐサトウを指さした。

「それ……本当に、ヒイロの親友なの?」

 リリーの顔は真っ青で、声は震えていた。隣の騎士が、はっとした様子で腰に差した剣に手をかける。ロージーが「どういうこと?」とリリーを訝しんだ。

「だって……そいつの髪、変色の魔法を使っているわ。ヒイロの親友が、その、献上された魔力の持ち主なんでしょう? いくら月世界の住人と言ったって、ヒイロはあまり魔力適性が高くなかったのに……こんな……これじゃまるで……」

 まるで、と、言葉は中途半端に閉じられた。ロージーが今気が付いたと言わんばかりに目を丸くする。ヒイロが小さな声で「変色の魔法?」と繰り返した。

「ああ。……いつものだろ?」

「そうだな、いつものだ」

 それが何を意味するのか、ヒイロは思い出したらしい。長らくヒイロの前では髪を染めたままだったが、サトウの地毛を忘れたわけではないようだった。忘れていても良かったのに、と、サトウは内心毒づく。

「俺が帰れない理由が魔力不足なら、俺が足すので問題ないですよ。魔法陣も、まあ、見てないですけど、適当に“上書き”するんで問題ないです」

 サトウは淡々と“解決策”を提示した。ロージーが疑わし気にサトウを見つめる。

「髪色は、月世界にいた頃から染めてましてね。こちらでも染めてるんです」

 サトウは笑みを浮かべてリリーを見据えた。青白かったリリーの顔が、カッと赤くなる。怒りだ、と、気が付いたのは騎士がリリーの前に飛び出したからだった。サトウの目では追いきれない速さで、剣が突きつけられる。

「……貴様、魔王だな!? どうしてここにいる!!」

 魔王、と、サトウは口の中で繰り返した。ヒイロがこちらを見た。しっかりと視線が絡む。

(ああ――)

 それで、リリーの警戒も、ヒイロの“驚愕”も、理解した。

 どうやらサトウは、討伐された魔王と似ているらしい。

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