25 花を咲かせる花瓶
いち早く動いたのはシャーンだった。グリンとアランの間に立ちはだかる。
「おや?」
アランが
「僕が女の子に守られようとしてる ――」
グリンを
「だって……
「おや、シャーン、誰から聞いた? 黄金寮生しか知らないはずなのに ―― エンディーか」
図星だったらしくシャーンが赤面して黙った。
「
グリンが低い声で言う。
「うん、退いた方がいい。でないとシャーンの前にデリスが立つことになる」
涼しい声でアランが言う。それがグリンをさらに
シャーンがアランの前を退き、アランとグリンが
「なぜ、僕を
再度、グリンがアランに問う。アランが、やれやれと首を振る。
「さっきから、グリンが怒っているのは判るけど、なぜ怒っているのかがさっぱりだ。僕がグリンを騙した? そんなことしていない」
「
「おいおい、魔導士が嘘を吐けないってよく知っているだろう? 僕ははっきり『してない』と言っているぞ」
「ふん、だったら、最初に戻ろう。なぜ黙っていた?」
「そりゃあ、グリン」
とアランが笑う。
「おまえに説明するのが面倒だったからだよ」
「はあ?」
「グリンは真面目で、真っ直ぐだ。それがグリンのいいところだ。でも、だからこそ、策略を嫌う」
「おまえは他人の心を読むのが巧い。上手に立ち回って他人を傷つけるのを避ける。でも、今回は策略しか感じない」
「へぇ、誰が傷ついた? グリン、おまえか? なぜ傷つく?」
「いや、それは、なんだ、その……」
「随分しどろもどろだな。グリン、おまえは傷ついちゃいない。面白くなかっただけだ」
言葉に詰まるグリンにアランが微笑む。
「さっきも言ったけど、真面目で真っ直ぐなグリンに、
「判った、話さなかった理由は判った!」
グリンが悲鳴を上げる。
「それで、アラン。何を
「え?」
アラン、デリス、シャーンが顔を見合わせる。
アランが肩を
「グリン、あなた、いったい何を考えているの?」
「なんだ、その態度」
シャーンの言葉に、グリンは相当ムカついたようだ。声音が、おまえ、妹だろう、と言っている。
「ビルセゼルトを巻き込んで、デリスと婚約した。そこまでして、おしゃべりオウムの主宰になる必要があるのか?」
この言葉で、アランも吹き出し、デリスと一緒になって笑い始める。
「な、なんなんだよっ!?」
自分の考えはそんなにおかしなことなのか? グリンが動揺し始める。そこへシャーンが、
「考え過ぎよ、グリン ―― そんな事で、わたしが婚約するわけないじゃない」
「だって……」
「だいたい、わたしを主宰にって話は、婚約してからダグが考えついた事だし」
「はい、ダグにシャーンを主宰にしろなんて、僕は一切言っていないからね」
アランが、横から身の潔白を訴える。もちろん笑いはまだ収まらない。
「僕だって、最初は驚いた。年齢性別、一切無関係のサロンだけど、さすがに一年次生を主宰になんて、反発があると思ったさ」
そう言う合間に、笑い過ぎだぞ、とアランがデリスの肩を叩く。アランだって笑っている。
「うん、まぁ、そうだよな」
笑いを抑えながらも笑い、デリスも口をそろえる。
「僕もダグの提案に驚いた。ダグの無茶ぶりが始まったって思った。でもさ、話を聞いてみると、名案だって思えてきた」
と、デリスが言えば、アランが
「うん、シャーンほどの適役はないって、確かだなって僕も思えた。それにダグは、その……シャーンの安全が確保できるって言うから」
と、後半は少し遠慮がちに言った。
シャーンの婚約者デリスに遠慮したのだろう。婚約者を差し置いて言っていいのか迷ったのだ。が、デリスに気が付いた様子も気にする様子もない。
アランが続ける。
「シャーンが主宰となれば、他のメンバーはシャーンを守る。僕が厳選したメンバーだ。間違いないと思った」
シャーンを守る、の一言にグリンが考え込む。
ここでデリスが肝心なことをグリンに聞いた。
「シャーンが主宰って、グリン、反対しているわけじゃないんだろう? 反対するなら会合の時に言っているはずだ」
グリンがデリスの顔を見、少し考えてから答えずに質問を返した。
「それよりデリス、なんでシャーンと婚約した?」
「え?」
戸惑うデリスに、
「グリン、馬鹿なの?」
横から口を挟んだのはシャーンだ。
「デリスとわたしは、お互いに結婚相手に相応しいって思ったから婚約したの。それのどこがいけないの?」
グリンに食って掛かる。アランがそっとソッポを向く。
「だっておまえは……」
「グリン、あなたもさっさと前を向くことね」
痛い言葉を妹に言われ、グリンが黙る。失われた思いは捨てろ、暗にそう言われた気がした。でも、それならばシャーンはアランへの思いを忘れたのか?
ここでアランが立ち上がった。
「いい加減、お開きにしよう ―― グリン、僕たちにおまえを騙すつもりなんかなかったってことは判ったよね? 一言付け加えておくけど、困らせたくない、って言うのもあるんだ。意味が判らないなら、あとで寮で話そう」
鳴き真似インコちゃんたちを寝かせてあげなきゃ、とアランが言う。アランの肩に留まっていたインコは、自分の背中に
「三人は先に喫茶室を出て。僕はインコちゃんの世話をしてから寮に帰る ――
アランに催促されて、三人が喫茶室を出る。グリンとデリスはアランを心配して、なかなか喫茶室の前を動こうとしない。呆れたシャーンが、先に行くわ、と姿を消した。
アランなら、喫茶室から寮まで移動術を使うだろう。グリンとデリスも頷き交わし、移動術で姿を消した。
喫茶室では一人残されたアランが、肩に留まっていたインコを、いつもの寝床に移していた。そのあといつもの高椅子の窓とは違う、出窓の前に立った。
その出窓には、お茶のセットと、同じデザインの花瓶が一つ置いてある。美しい装飾のそれらはそこに飾ってあるのだろう。エメラルドグリーンの色合いは、アランの髪と同じ匂いの色だった。
アランがそっと花瓶に触れる。すると花瓶からスルスルと茎が伸び、葉が広がり蕾がついて花を咲かせた。
「今日は ――
アランに優しい笑みが浮かぶ。触れると花を咲かせるその花瓶は、ティーセットと一緒にアランがある人から貰ったものだ。アランが触れれば、花瓶は花に満たされ、ティーセットにはお茶が
花瓶から、美しく咲く花にアランの手が移る。そっと
そして、手を放すと振り向いた。喫茶室のドアベルが鳴る。
「すぐに
入ってきた人物にアランが困り顔で問いかける。
戻ってきたのはシャーンだった。
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