24  シャーンの役目

 サロンメンバーの反応にアランがたじろぐ。が、グリンは、アランの芝居だと見抜いている。そしてデリスもきっと気が付いた、と思った。


「ごめん、僕の言い方が悪かった」

慌ててアランが言い訳をする。


「決して神秘王とビルセゼルトが対立することはない。ただ、意見が食い違う事は誰だってあるだろう? そういう意味なんだ。あの二人は父親と娘、どちらかがどちらかを裏切る事はない ―― 僕たちの行動は、ビルセゼルトにも時が来るまで明らかにしないことが前提だ。僕の思念を読んだ神秘王がビルセゼルトに注進する、それを僕は心配している」


 うーーーん、とうなる声がいくつか聞こえる。アランの勝ちだ、とグリンは思った。


 わざと誤解を招きそうな言い方をし、神秘王への不信感を持たせる。そこへ神秘王が敵であるはずはないともっともな理由を説明し、さらにビルセゼルトを心配する神秘王の行動を警戒すると告げることで、神秘王への不信感を払拭する。それで安心させたところで、そこにできた隙をついて自分の意見を納得させた。


 魔導士はうそけない。つこうとしても言葉が止まる。それを踏まえたうえ、真実だけを話し、周囲を自分の都合のいい方向に誘導する。もともとアランは言葉 づかいがたくみだった。でもまた腕をあげた、とグリンは思った。


 ほかに何か言いたい? とアランが問う。誰も声を発しない。アランが着席した。


 立ちあがったサウズが再び採決を取る。

「アランが主宰を辞任することに不服がある者は挙手を」

今度は誰も手をあげなかった。


「では、アランの辞任は決定。アラン、四年間、ご苦労様でした。辞任の挨拶を」


 サウズの言葉に拍手がわき、アランが、そんなの聞いてない、と不平を漏らしたが、それでも立って一礼する。


「四年間、頼りにならない僕を頼ってくれてありがとう。いろいろ至らなかったことが多いと思う。曲がりなりにも当会を今まで存続してこられたのはみんなのお陰だ ―― 僕は新年度以降も校内にいる。もちろん、メンバーの一人として尽力する。入会時の決意を胸に、これからも手を取り合って行こう」


 アランが着席すると、再度、拍手が起こり、照れたアランが真っ赤になった。


 そしてサウズが立ち上がる。

「さて、本日の最重要項目、いよいよ次の主宰を決めていこう ―― まずは立候補、もしくは推薦したいものはいるかな?」


サウズの言葉に

「まずは主宰の仕事を説明しろよ」

と、デリスが言った。

「あぁ、そうなると、アラン?」


 やっと落ち着いたのに、また僕? と、渋々アランが立ち上がる。

「主宰の仕事は大きく分けて三つ。一つはサロンの開催 ―― 本年度は僕の体調不良で、開催数が極端に減った。申し訳ないと思っている ―― そして二つ目はメンバーの状態の掌握。体調、心理状態、そう言った事を大まかにつかんでいること。そして必要ならばサポートする。三つ目はサロンの主導者ダガンネジブ様と連絡を取り、その意思、指示をメンバーに伝えること。具体的には、主宰に決まった人に伝える」

質問も疑問も受け付けないと言ったていでアランは着席した。


「えーー、これ以上の説明はないようなので……」

 困り顔のサウズが続ける。


「自薦他薦、どちらでもいい、候補者は? あっと在校生限る、だからね」

「白金寮のシャーン」

とデリスが立ち上がった。


 ギョッとした顔でグリンがデリスを見る。驚いてデリスを見たのはグリンだけではない。メンバーのほぼ全員がデリスを見た。


「理由は、ダガンネジブ様と密な連絡が取れるのが、在校生のなかにはシャーンしかいないからだ」


 デリスに注目しなかったのはシャーン本人と、アランだけだ。アランは口元を隠してこっそり笑んでいる。


 まさか、とグリンが思う。デリスとシャーンの婚約は、シャーンを主宰とするための伏線か?


「いや、しかし、シャーンは最下級生ってことになる。それを主宰?」

カーラのは発言は反対意見ではなく疑問だった。


「当会は性別、年齢、寮、そんなものにとらわれないんじゃなかったか?」

 デリスが澄まして言う。さっき確認したばかりの事柄だ。これで下級生だからという理由で反対はできなくなった。


「でも、シャーンがダガンネジブ様と懇意こんいにしているとは聞いていないけれど?」

 この疑問はエンディーだった。これにデリスがまた答える。


「シャーンと僕は婚約した。ダガンネジブは僕の伯父で後見人でもある。両親を亡くしている僕は卒業して寮を出たら、ダガンネジブの屋敷に移る ―― 僕がダガンネジブとシャーンを仲介するのは容易たやすい」


 ここで、やはりそうか、とグリンは思う。でも、もしそうならば、ビルセゼルトはこの事を知らない? いや、あのビルセゼルトが気が付かないだろうか? あぁ、ダガンネジブが巧く隠した。サロンの目的の真実は、時が来るまでビルセゼルトには知らせない方針なのだから、そう考えれば納得も行く。


「えっと……」

 サウズがこの事態に困惑している。そこにアランが

「シャーンだと不都合だと考える人がいるか聞いてみたら?」

と親切ごかしに助言する。


「あぁ、あ、そうだね ―― シャーンには任が重いと思う人、いる?」


 サウズの言葉に、小さくアランが舌打ちする。その聞きかたじゃ、そうだと言い出すヤツがいるかもしれない。


「うん、アランが辞任するほどのなんだよ。シャーン、大丈夫なの?」

と、訊いたのはサウズだ。自分で疑問を投げておきながら、自分で発言している。


 白金寮の寮長サウズは寮生のシャーンを心配したようだ。アランとデリスがひっそり目を見交わした。アランに注目していたグリンはそれに気が付いたが何も言わずにいた。


 指名されたシャーンがゆっくりと立ち上がる。

「いえ ―― 急なことで驚くばかり。わたしに務まるでしょうか?」


この時もアランがうっすら笑みを浮かべているのをグリンは見ている。そしてアランが目を閉じたのは、魔導術を使うときに瞳が光るのを見られないためだと思った。アランは送言術を使ってシャーンが言葉にきゅうすれば指示を出す気だ。


「シャーン、キミならしっかり務まると思うよ」

とデリスが微笑みながらシャーンに言う。それにシャーンが頬を染める。アツいねぇ、と誰かが冷やかした。


 サウズが咳払いして

「で、どうするの? シャーンに主宰を任せる? それとも他の人?」

と、結論をせっつき始めた。


「シャーンのサポートは僕がいくらでもするよ」

と、再度デリスがシャーンを押し、

「アランだって手伝ってくれるよね?」

と、アランに話を振る。


 急に名を呼ばれたアランが、僕に振るか、と立ち上がり

「誰が次の主宰でも、僕はもちろん力添えする ―― ただシャーンなら、デリスはもちろん、グリンとも近い。いざとなればビルセゼルトともすぐつながれる。そこの点を考えると、新年度はもとより、先々の主宰シャーンの役割は大きいと思う」


 アランのこの発言で、アランの言う通りかもしれない、という私語が増えた。


 なるほど、アランは同じ論旨ろんしゅでダガンネジブをせ、デリスとシャーンを婚約させたんだ、とグリンが確信する。最初はただ単にデリスとシャーンを、と言ったがシャーンに断られ話しは立ち消えた。そこでアランは本音をダガンネジブに話し、それと同時にシャーンとデリスにも納得させた。


 ダガンネジブからビルセゼルトに話を持って行かせたのは、いったん断ったシャーンが承諾する不自然さを隠すためだ。


「確かに主宰にシャーンは打って付けかもね」

 そう言ったのはエンディーだ。


「主宰シャーンに反対する人がいないなら、決めていいと思うよ。もちろん、みんな、シャーンに協力する義務がある事を忘れないでね」


 再度、サウズが確認する。

「主宰をシャーンに任せる事に反対する者はいるか? ―― いないようだね、ではシャーンで決定」

やれやれとサウズが着席する。


「では、おしゃべりオウムの会、総会を終了する。解散」

カーラが席を立った。


 三々五々、喫茶室からメンバーが去り、最後に残ったのは、アラン、デリス、シャーン、グリンの四人だった。


「お茶でも飲もうか」

とアランが提案し、それぞれ喫茶室に注文する。やがてそれぞれが頼んだ飲み物が奥から現れ、宙を横切り注文主に届けられた。


「見事な猿芝居だったな ―― 」


 グリンがアランをにらみ付けた。アランの瞳が光り、いったん解除されていた結界が喫茶室に掛けられた。惑聴術を掛けたのはデリスだ。これで喫茶室内の会話が外に漏れる事はない。外部を誰か通っても、喫茶室の中では和気藹々わきあいあいと話していると思われるだけだ。


 グリンの厭味いやみに、

「バレちゃった?」

とアランが笑う。


「アラン、なんで僕に隠した? 僕をだますつもりだったのか?」


 グリンがアランに詰め寄った。

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