ここをキャンプ地とするって言いたい

「……………」

「あ~らら、随分と面白くなさそうな顔をしているじゃないの」


 場所は天界!

 地上を見つめる二人の女神がその場に居るのだが、片方はイスラでもう片方はカーマだ。


(とはいえ……カーマが選んだ男は確かに性格は最低だけれど、どうやら異世界に転移した影響が良い方向へ動いたみたいね)


 それはイスラにとっても予想外ではあった。

 カーマがイスラの箱庭を壊したいがために送り込んだ嫌がらせの男は、確かに彼女が言うように性格はクソだった。

 だがしかし、まだ力に覚醒していないのもあってか心の中には未知の世界に対する恐怖と不安があったようで……それがどうやら、献身的に教会の女性たちがお世話(※洗脳のようなもの)をしてくれたこと、そして前世を思い起こす配信が男に安心感を齎したのだ。


「……ぐぬぬっ」


 見下ろす下界では、男が教会の窓を拭いている。

 女性たちでは届かない場所にも手が届くし、重たいものも積極的に運んでくれるので元々教会に居た者からすれば大助かりだ。


『……助かるわね』

『えぇ……見た目は恐ろしいけれど、とても助かるわ』

『最近はハイシン様グッズにも興味を示しているので、中々良い感触ですわね』


 女性たちの評判もそこそこ良く、男にとって良い環境なのは確かだ。


『……へへっ、今までの俺はただ女を抱いて自分を満たすだけだった。でもこうして頼られるのも悪くない……それに――』


 男が呟いてすぐ、近所に住む少年少女たちが駆け寄ってきた。


『おっちゃ~ん! また遊んでよ~!』

『おっさん! 今日は何を教えてくれるんだ?』

『俺はまだ二十代だおっちゃんでもおっさんでもねえ!』

『お、おじさん……忙しい?』

『いんや忙しくないぜ? おじさんに何かあったかい?』

『おっさんやん』

『自分で認めてんじゃんか!』


 完全に馴染んでいた。

 しかも男が着ている服はハイシン様シャツということで、着やすい質感なのもあってお気に入りのようだ。


「な、なんであの男は欲望のまま動かないの……? 何のために私があいつを殺して転生させたと!」


 ついイライラしていたのだろう――カーマは言ってはならないこと、気付かれてはいけないことを口にした。

 女神は確かにその魂の適性を見て転生を促す。

 カナタの場合はイスラが担当したが、それは決してカナタを都合によって殺したとかそういうわけではない……そもそも、それは決してやってはならないのである。


「カーマ、あなた今言ってしまったわね?」

「っ!?」


 ハッとしたように口を抑えたが遅い。

 禁忌に手を出した女神は……別に殺したりはしないが、権能をいくつか取り除くというのが決まっている。

 そもそも女神である以上力はいくつも持っているので、一つ二つ失ったところで問題はないが、それでも己の力に傷が付くというのは恥以外の何者でもない。


「っ……だから何よ。今のこの場には私とあなたしか居ないわ」

「ふ~ん? その言い方だと私とやり合うつもりかしら? 久々に女神同士の戦いをする? 最近、体を動かしてなくて体重が増えちゃったから運動に付き合ってくれるの?」

「……………」


 イスラの言葉にカーマは唇を噛みながら睨み付ける。

 同じ女神とはいえその力は様々であり、ないに等しいが女神の中にも一応格は存在する。

 その中でもイスラの力は飛びぬけており、カーマと比べればどちらが勝つか比べるまでもない。


「ま、今のは聞かないことにしてあげる。ほら、行った行った」


 しっしと虫でも払うようにイスラは手を振る。

 心底面白くなさそうにカーマは去っていくが、その背中が見えなくなったところでイスラはクスッと笑った。


「私は聞かないことにしてあげる。でも他の人に聞かれていたらそれは私の知ったこっちゃないわね」


 この女神黒い! そんなだから一部で腹黒女神と言われるんだ!

 ……そんな声がどこからか聞こえてきそうなほどに、イスラの表情は愉悦に歪んでいる。


「しかし……有名になればなるほど身動きが取れなくなるというか、運命は雁字搦めになっていくのね。私の魔法のおかげでカナタの秘密は守られているけれど、それもまた有名人ならではの悩みというやつかしら」


 イスラの視線の先……下界の景色が切り替わる。

 王都に住むカナタが写り込み、自室で大きな世界地図を広げながらミラと色々話し合っていた。


「あら……旅行の話でもしているのかしら」


 そろそろ女神休暇なので参加してみようか、なんてことをイスラは考えながら覗き見を続行するのだった。




「クソッ! 離しなさい! アレは良いの? 慈愛に満ちた顔をしながら男の生活を覗き見ているあいつはいいの!? 私知ってるのよ!? あいつが風呂に入っている下界の男を見て涎を垂らしていることとか!」

「だってイスラだし」

「だってイスラだもん」

「だってあの変態だし」

「……お前らおかしい!」

「お前が言うな定期」

「定期って何よ!?」

「ハイシンが良く口にしていることだ。こういう時に使うらしい」

「アンタらもおかしいんじゃないの!?」


▼▽


「さてミラ、明後日から二日ほど休みになる」

「はい! 聞き及んでおります!」

「色々と考えたんだが、俺はキャンプをしようと思う」

「キャンプ……?」


 それはちょっとやってみたかったことだ。

 カナタの前世の記憶の中に、キャンプををしながら動画を撮るというものがあった……何もないところから火を付けたり、料理を作る動画だけなのにそれがどうしてかジッと見てしまう魅力を秘めていたのである。

 何でもない料理なのに、カメラを近付くことで聞こえてくる音なんかがASMRとは違った気持ち良さがあり、カナタはそれを是非とも試してみたいと思ったのだ。


「ま、好きなことをして生きてみるって信条だからなぁ。今から楽しみだけど、準備をしなくちゃなんねえ」

「なるほど! お手伝いします!」


 ということで、天界では色々とあったがカナタの周囲は至って平和だ。

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