これからのハイシン様

:ハイシン様、イベントお疲れ様でした!

:ハイシン最高だったぜ!

:現地で握手出来て最高だった!

:イベントは、こうやるんだああああああって思い知った感じ!

:またいつか必ず、イベントを開いてくれよ!

:今度は是非とも我が国で!

:こっちの方へ来てくれ!


 帝国から戻った後も、ハイシンは……カナタはいつも通りに配信活動を行っている。

 あのイベントは実際にハイシンとしてステージに降り立っただけでなく全世界へ生配信されたのもあって、王国内でもその熱は高まりをまだ残し続けていた。


「いやぁ、あれから何日も経ったけど俺自身の興奮が冷めねえよ。こうして配信をする度に色んな国の人と思われる声があるし、まあイベントをしたいって気持ちはあるんだがそう何度もやっちまうと味がしないスルメになっちまうし、何より疲れたわ」


:スルメ?

:なんだそれ

:可愛い名前ね!

:きっと崇高な何かなんだわ!


「可愛い……確かに可愛いか?」


 そう言えばこの世界にスルメはなかったなとカナタは反省する。

 椅子の背もたれに体重を預けながら、コメント欄を流し見し……ボソッとカナタは呟く。


「オフラインイベントもやって……基本的にやりたいことはほぼほぼやったようなものだけど、それでも飽きが来ない配信生活……良いねぇ」


 おそらく、カナタはこの生活を通して年季の入った学校の先生よりも喋っているはずだ。

 それでも全く飽きが来ないし、それどころかもっともっとやりたいことが出てくる……ほぼほぼやったと口にしたばかりなのに、それでも溢れてくる数多くのやりたいこと為したいことがカナタのやる気を煽る。


「公国での突発遅延ゲリラ配信、魔界での配信、王国での下町活気付けたい配信、帝国での感謝イベント……思えば色んな場所を回ったよな……他にも国は色々あるけど、それも結構難しいことに気付いてるし」


:え?

:あ……もしかして

:ハイシン様の……反対勢力が


 反対勢力……その言葉だけならまだ安いものだ。

 だがマリアやアルファナだけでなく、そもそも王国で発刊されている雑誌なんかからもカナタはハイシンに対するマイナス感情の言葉を数多く見ている。

 だからか、帝国以外でイベント……まあ王国や公国は可能だろうが、それ以外となると途端に難しくなるはずだ。


「……何なら、一番安全なのが魔界まであるぜ?」


:ならば来るが良い我が魔界へ!

:魔王来ちゃああああああっ!

:魔王が普通に現れる配信ってなに?

:そりゃお前、ハイシンの配信だろ

:魔界……気になってんだよなぁ


 誰なのか分かりやすい登場にコメント欄は大盛り上がりだ。

 もはやここだけでも人間と魔族の間に壁はないが、それでも実際に実現出来ているかと言われたら難しいところだ。

 シュロウザ仕事は……?

 そうカナタは思いながらも配信を続け、程なくして終わった。


「……ふぅ」


 少しばかり涼みたくなって外に出たカナタは空を見上げる。

 相変わらずのキラキラとした星々が見下ろすこの世界……カナタはその美しさにほうっと吐息を零す。


「って、俺には景色を見て感動するようなことは……まあ以前のオーロラ現象は魂消たが」


 あんな現象はあれから起こっていない……それはそれで寂しくもあったが、あれは奇跡だからこそあの一度きりで良かったのだとカナタは頷く。


「ミラ、居るか?」

「居ますよ~!」


 ひょっこりとミラが姿を見せた。

 しゅぱっと綺麗に降り立ったミラと共に、カナタは暗くなった外を歩いていく。


「カナタ様? お疲れが溜まっているのですか?」

「なんでだ?」

「さっき配信で言ってたじゃないですか疲れたって」

「あぁ……まあ確かに疲れたけどあくまで方便みたいなもんだ」

「なるほど」


 カナタもまだまだ若いのだから寝れば疲れも取れるというものだ。

 それにこれは若いからこその考えだが、楽しいことをしていれば疲れも吹き飛ぶ……まあどっちにしろまた疲れはするのだが。


「また長期休暇がやってくるし、一旦配信をお休みして色んな所を旅するのも悪くないな」

「な、なんと! であれば私もお共に!」

「……いやぁ、一人で色々回ってみたい気もするな」

「……むぅ!」


 実は少しばかり考えていたことだ。

 次にやってくる長期休暇を利用し、ハイシンという自分を完全に忘れてただのカナタとして旅をしたい……むしろ、配信という作業をすることがなかったもう一つの形。

 冒険者か、或いはまた別の何かか……そんな旅路を少しばかり歩いてみたいと。


「カナタ様? 何やら全てをやり切って隠居してしまいそうな顔をされていますが……まさか配信業を辞めるのでは!?」

「辞めないよ」


 それは流石にないとカナタは苦笑する。

 好きなことをして生きていく――それはあまりにも甘い言葉だが、その土台が整った時点で、そしてその楽しいことをこれからも続けたいと考えているからこそ辞めるつもりは一切ない。


「でもまあ、せっかくの異世界……コホン。俺にとってまだまだ知らない世界が広がってるんだし、旅はしてみたいだろ?」

「なるほど……そういうものなんですね」

「おうよ。配信業をお休みするとは言ったが、何だかんだ全国津々浦々からどんなものがあるのか、俺が体験したことを映像として届けたりするのも面白いって思ってな」

「津々浦々……カナタ様は中々難しい言葉を使いますよね。その意味が分からない所ではありますが」

「あ~……まあ色んな場所ってことだ」


 とにもかくにも、これから新しい何かをやってみたい……そう思いながらカナタは夜空の下をミラと共に歩くのだった。







「へぇ、こっちの世界にも配信ってのがあるのかよ」

「そうですとも、次はこのアーカイブを……」

「……って、どうして泣いているのです?」

「うるせえよ……こんな形で味わえないと思っていた前世に似た娯楽があると思っていなかっただけだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る