新世界

「くくっ、ここが異世界かぁ……っ!」


 ある時、乱暴な風貌の男がアタラシアの世界に降り立った。

 この男こそカーマが寄越した男であり、ただイスラへの嫌がらせのために用意された人間だ。


「しっかし転生なんてもんがあるんだなぁ」


 男が知らされている情報は三つ。

 一つ、この世界が異世界であること。

 二つ、自分が転生したこと。

 三つ、前世とは比べ物にならないほどの美女揃いだということ。


「……くくっ、そそるねぇ」


 女好きの性格が災いし、たとえ異世界転生というものを経験してもそんなことはどうでも良かった。

 女を抱き、手に入れる……それが男のしたいことだからだ。

 しかし、男にはまだ力がない……まだ彼は覚醒していないのだ。


『他の女神が管理する世界に送り込むこと、それはとても難しくてね。最初からチート級の力を持たせては無理なのよ。だから段階を踏むことで強くなる力をあなたには与えましょう――所謂、ざまあのようなものを経験することで目覚めるわ。そこから好きに生きれば良い……精々私を楽しませてちょうだい、そしてイスラを困らせてくれると助かるわ』


 正直、話の半分以上を理解はしていない。

 つまり何かしらの条件を達成することで唯一無二の力を手に入れることが出来る……そうして好きなことをすれば良い、それだけ分かっていれば男には十分だった。


「しっかしここは……どこだ?」


 何事を為すにも準備は必要だし、居座る地というのは大事だ。

 それを探そうと一歩踏み出そうとしたところで、男にとっての幸運が舞い降りた。


「おや?」

「こんなところに人が居ますね」

「うん? ……くはっ♪」


 聞こえた二つの声に男は振り向き、うほっと声が出そうな表情をする。

 何故ならこの場に現れたのは二人の女性であり、そのどちらもがあまりにも凄まじいほどの美貌を持っていたからだ。

 清廉なイメージを与える白い法衣に身を包む女性二人……これほどの美人を男は知らない。


(なるほど……これが異世界の美女ってわけか。最高じゃねえか!)


 これほどの美女、若しくはこれ以上の女が沢山居る世界……男はもう興奮してたまらなかった。

 ただ、今すぐに言葉巧みに惑わし手を出すようなことはしない。

 この女性二人がこの世界特有の力を持っていた場合、如何に強靭な男と言えど制圧される恐れがある……下半身に忠実だが、それくらいを考える頭は持っていた。


「あなたはどこの者ですか?」


 男はこれ幸いにとあることないこと喋ることに。

 とはいえ突然ここに居たことや、何も持っていないことなど本当のことは織り交ぜているが、彼女たちに対する薄汚い欲望はとにかく隠す。

 見た目から敬虔なシスターであると判断し、この美しい女性たちを汚したいと考える獣の牙も隠し続けている――しかし、男にとって予想外の方向へと話は転がる。


「私に提案があるのですが、我らの教会へ参りませんか?」

「え?」

「私たちの居住区のようなものです。王都の聖女様がおわす教会には見劣りしますが、困った人を泊めてあげられる場所は用意出来ます」


 ここまでは良い……ここまでは良かったのだ。

 男はニヤリと笑い、その提案に頷いたが……笑ったのは男だけではなく女性二人も同様だった……否、嗤った。


「であればようこそ、我が教会へ」

「世の英雄であり、信仰すべき神に等しき存在である彼を祭る教会へ」

「……うん?」


 男は首を傾げたが、そのままホイホイと付いて行った。

 帝国でのイベントを経てハイシンの影響力は更に強まり、同時にファンもそうだが敵も多く増やしたわけだが、ここでは味方……それも狂信的な連中を生み出した者たちが集まっている。

 そう……男はここで逃げれば良かったのだ。

 男は今のところ力を持っていない……だがしかし、この女性たちは魔力を持ち力を持っているのだから。


「うふふっ、良い体をしていますね」

「随分と鍛えられているようで」


 女性たちは男の体に触れる……男はそれはもう気分が良かった。

 案外チョロイなと思いながら教会に招かれ……そして男は三日三晩、代わる代わるに女性たちからハイシンという存在について魂に刻み付けられるのだった。


▼▽


「ということなのだ、マリア」

「……分かったわお父さま」


 父と言葉を交わし、マリアは頭を下げて王広間を出た。

 先程まで公務をやっていた彼女だが、今しがた父の国王から聞いたのは最近何かと話を聞く行き過ぎたハイシンファンについてである。

 ハイシンのファンが増えるというのはマリアにとっても、そして他の信者にとっても嬉しい物ではある……が、それが行き過ぎたとあってはハイシンとして活動するカナタにとっても心苦しくなる事態に発展するかもしれない……それは避けたい現状だった。


「けれど……動くとしたら何か危害を加えられたり、或いは名誉棄損とかそういうタイミングかしらね」


 それ以外であれば基本的に捨て置くつもりだが、その時が来たら対処すれば良いし、一応はアルファナに伝えるべくマリアは城を出た。


「あれから……不思議なほどに世界は動いたけど、私たちの周りは変わらないわねぇ」


 世界は更にハイシンに対する熱を上げ始めた。

 そして帝国を動かしたハイシンという存在を妬み、僻み、そして危険視する組織や国が前に比べて増えたことも把握出来ている。


『いよいよもって、ハイシン殿の正体について本腰を入れて調べようとする者たちが出てくるだろう。そうなった時、かつてないほどの血が流れるかもしれんな』


 王はそう言ったが、その言葉もあり得ないと否定は出来ない。

 ハイシンは……カナタはそれだけ多くの関心を集める存在であり、彼を慕い協力する者たちはマリアやアルファナを含めて凄まじい権力者なんかも多いからだ。


「カナタ君には悪いけれど……これからもっと大変になるかもね。これは良い意味ではなく悪い意味でだけど」


 けれどもしも……もしも彼がそういった負担に疲れて休みたいと言ったらそれをマリアは肯定するつもりだ。

 そして願わくば、疲れた彼を傍で癒すことが出来ればなとも思う。


「……ふひっ」


 ……その笑いは何だろうか?

 マリア?

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