新たな哀れな転生者
「ふふ……ふはははははっ!」
「おい、どうした?」
その日、イスラは高笑いを上げていた。
地上よりも遥か上空に位置する天の座、そこは女神たちの住まう神聖なる場所……だというのに高笑いをするイスラと、そんなイスラに呆れるリーンが二人ともハイシン様Tシャツなのだから女神の威厳も丸潰れだ。
「帝国でのイベントは無事に終了! これでハイシンの名は更に世界へ轟くことになるわ。カナタが言ったように、彼はもっとビッグになっていくのよ!」
「……それはそれで楽しみだな」
かつて、リーンはイスラのストッパー役だったはず……だというのにこの褐色女神も既にハイシンのファンである。
この女神たち終わってるよと声が聞こえてきそうだが……まあ彼女たちはどこまでも至高の存在なので、そのような声が聞こえてきたとしても気にはしないだろう。
「正にこれよりは、新章開幕と言ったところかしらね! カナタとしてはもっと新しいことに挑戦するだろうし、もっと忙しくなるでしょう。けれど周りにはたくさんの協力者が居るから大丈夫よねぇ!」
「いつになくテンション上がりすぎだろ……」
どこからかペンライトを取り出し、カナタの記憶にある伝統的な踊りをイスラは披露する。
それは正にオタ芸と呼ばれるもので、キレのある動きだからこそ見応えがあるのはもちろんだが、これを踊っているのが女神イスラという絶世の美女なのだから凄まじい。
「イスラ」
「っ!?」
「……貴様」
しかし、そんな光景もたった一人の訪問で台無しとなる。
現れたのはイスラやリーンと同等レベルの美女だが、気になるのはその禍々しい雰囲気だ。
イスラとリーン……まあイスラの言動やカナタへの行動を考えたら十分に異質ではあるものの、イスラは間違いなく光の存在だ。
だが新たに現れた女性は正に闇のような……そんな仄暗い印象を他者に与える見た目をしている。
「ふふっ、お久しぶりね」
「……カーマ」
「……何の用だ?」
真っ黒な髪と真っ黒な瞳、露出の激しい服だからこそ分かるその肌には紋様が蠢いている。
何かの呪いにでも掛かったかのような……そんな見た目だ。
現れた女性――カーマに対し、リーンはそうでもないがイスラがカーマを見つめる視線はかなり鋭い。
「何の用かしら?」
「あらあら、随分と嫌われたものね。私たちの仲でしょうに」
「はぁ? 一々下らない嫌がらせをしてくる女だもの、嫌って当然でしょうが」
「下らないだなんて……私からの愛みたいなものでしょう?」
「……別にイスラに肩入れするわけじゃないがなカーマ、お前の悪戯は度が過ぎている」
「あら、下界に必要以上に干渉するイスラを棚に上げて? もしもこれであなたの目に掛ける人間が薄汚い野心で世界を壊そうとしたなら、イスラはタダで済まないほどよ?」
……どうやら、女神にしか知り得ないルールのようなものがあるようだが、それをカーマはニヤリと笑いながら問いかける。
しかしイスラの方は一切気にした様子もなく、あくまでルールの管轄だと余裕を崩さない。
「カナタはそのようなことをしないわ。ある意味世界は滅茶苦茶になりそうだし壊しそうだけど、それは暴力や痛みを伴う野蛮なものではない……世界の大多数を不幸にするものでさえないわ」
「……おかしいわね。あなたが言っていること、矛盾してない?」
「確かにそうだな……だがしかし、イスラが転生させたあの人間は決して悪ではない。それは私も女神の名に懸けて誓おうファンガ舐めんな」
「ファンガ……?」
さて、このやり取りから分かるようにカーマは大分嫌われている。
女神の中にある程度の序列があるように、仲の良い者や心底毛嫌いしている関係性など様々だ。
そこに関しては人間社会と何一つ変わらない……女神だからと、神だからと仲良しこよしではないのである。
「コホン、良く分からない言語を習得しているみたいだけど……単刀直入に言わせてもらうわ。ねえイスラ、あなたの世界に一人送り込んだから」
「……はっ?」
その言葉に、イスラだけでなくリーンも目を丸くした。
「やはり転生とはこうあるべき、という人間よ。特別な力も持たせているし、面白いくらいに場を引っ掻き回してくれるんじゃないかしら」
「……ちょっと待ちなさい! 一体どういうこと!?」
「ふふふっ♪ 愉快なことを期待しているわ――ねえイスラ、あなたの目に掛けた人間が壊れちゃったらごめんなさいねぇ~」
そうしてカーマの姿は消えた。
イスラはすぐに何が起きたのかを確かめ……あまりにも分かりにくく、一人の人間が転生したという事実に気付いた。
「これは……」
「……随分とハーレム思考というか、今までに何度か見てきてハチャメチャにしていった男と似通ってるな」
どうやらカーマが転生させた人間は中々に面倒そうな男だ。
ただ……どうしてかイスラもリーンも、よくよく考えたらと冷静になって顔を見合わせる。
「ねえリーン……仮にこいつがカナタにちょっかいを掛けたらどうなると思う?」
「殺されるんじゃないか?」
「……カナタに想いを寄せる女の子たちが惚れると思う?」
「思わん。というか私がこの男の立場なら、本性を知ってすぐに逃げる」
「そうよね……あれ、もしかして全く心配ない?」
「カーマの奴、リサーチ不足にも程があるぞ。もしや、ヤンデレに関して知識の単位が足りてないんじゃないか?」
いや、その理論はおかしい――。
「なんだ、心配なさそうね」
「そうだな……だが仮に何かあったらお前が消すんじゃ?」
「もちろんよ。ただあれでも女神の加護を受けているし、そこはカナタに任せるしかなさそうね」
「……全然不安にならないな」
「えぇ……本当に」
イスラとカーマの中には、女性陣の本性を知って逆にこの男が恐怖症になるんじゃないかと……若干の哀れみがあった。
かくして、カナタの知らない場所で舞台は動いた。
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