これからのハイシン

「あまりにも下品すぎるだろう?」

「どうしてあなたのような者が呼ばれたのかしら。そもそも、あなたも含めてあの公国の技術者も品がない」


 え、バクバク食べまくってるミラは……?

 そんな問いかけをしたくなったカナタだが、それよりもアニスとフェスの変化にヒヤヒヤが止まらない様子。


(二人とも……分かりやすく怒ってくれてるな。それはそれで嬉しくもあるんだけど、ぶっちゃけ何を言われても響かないっつうか……でもそう言うと怒ってくれる二人に失礼か)


 とはいえ、カナタとしても変に騒ぎ立てるつもりはない。

 確かにこの二人以外にカナタだけでなく、シドーのことも見下すような目があるのだが、それは本当に極一部である。

 カナタはともかくシドーに関しては傍にアテナが居るため、何かちょっかいを掛けられてはいない。

 そもそもカナタが飯に目が眩んで一人になったからと言われてしまえばそれまでだが、それにしてはアニスとフェスが傍に居るのにこの二人組はあまりにも度胸がある。


「グラバルト家のお二人もそう思うでしょう?」

「当然じゃないの。フェス様とアニス様は帝国における若手最強。時代を担うお二人なのだからこんな平民に――」

「そこまでにしておけ」


 そう言ったのはフェスだった。

 フェスの低い声にビックリしている様子の二人だが、フェスの言葉が向けられたのはアニスである。


「……あ」


 その時、カナタが気付いたのはアニスを含め……侮辱してきた二人組の周りが水浸しになっていた。

 まるで見えない氷が溶けてしまったかのようにびちゃびちゃで、アニスの様子から視認出来ない氷を展開していたことが窺えた……この時、カナタは冷静になって考える。


(そういや、帝国の人間は戦いを好む傾向が強いんだったな……)


 故にアニスは分かりやすく力を見せようとしたんだろうが、それをフェスが止めた……おそらく傍にカナタが居るのと、ハイシンイベントの打ち上げに騒ぎを起こしたくないからだろうか。


「やめておけアニス。仮に俺たちが何かをしなくても陛下の怒りに触れるだろうが、今はハイシン様の功労を労う打ち上げだ――自らの身分に溺れている者を相手にする暇などない」

「……そうねぇ。ごめん、ちょっと熱くなっちゃったわぁ」


 雰囲気が怖かった二人も、すぐに元に戻っていた。

 カナタを侮辱した二人組はフェスの言い分が癪に触ったのか、思いっきり顔を怒りで染め上げたものの、実力差が分かっているからか大人しく引いて行った。


「全く……あんな風に逃げ帰るくらいなら最初から黙っておけばいいものを」

「仕方ないわよぉ。あたしも彼らのことを言えないけれど、言葉より先に手が出そうになるもの」


 それでも我慢出来たのが大きいだろう。

 そもそもフェスが止めなくてもアニスのことなので、精々が脅す程度ではあったかと思われる……特に何事もなく終わったとはいえ、カナタからすれば二人に感謝せずには居られない。


「二人とも、ありがとうな。確かにマナーというか、落ち着きがなかったのは認める。それだけ飯が美味くてよ」


 もうね、美味しすぎて我慢出来ねえわとカナタは笑う。


「……なあカナタ、もっと食べると良いぞ?」

「え? いやまだ止まらねえよ」

「ふふっ、あたしが持ってきてあげる♪」


 そうして持ってくる多くの料理を、カナタはいつの間にか傍に居たミラと共に平らげていくのだった。

 色々とアクシデントは起きそうになったが、その後は概ね何もなく平和な時間が過ぎて行く。


▼▽


「……ふむ、本当に悪くないな。戦い以外でここまで満足するとは……そして何より皆が笑顔ではないか」


 そう言ったのは大臣だった。

 この帝国において皇帝のローザリンデに次ぎ、国の未来を考え続けている立場なのだが、ハイシンという新しい風が吹いたことによる変化と、それから齎される民たちの笑顔が心に焼き付いていく。

 最初は何故こうもローザリンデが熱を上げているのか分からなかったのは確かだが、こうして実際にオフラインによるイベントを経験してしまったら分からないだなんて口には出来ない。


「どうしたのですか?」

「いや……イベントは終わったが、この宴が終われば本当の意味で閉幕なのだなと」

「あ~……その、寂しくなりますね」

「寂しい……そうだな。まさかこのような形で寂しいと思う日が来ようとは思わなかったよ」


 部下と共に、まだ騒がしい会場を眺める大臣。

 ハイシンの姿がないのは寂しいが、それでも多くの者たちが笑顔を浮かべている。

 本当に……本当に良いものだと大臣は思う。

 戦に明け暮れ、血の気の多い人間が集まるこの国が一つの娯楽を経てこの笑顔に包まれている……それは本当に感慨深いものだ。


「ですが……これで各国はより目を光らせるのでは? この帝国がハイシンという存在によってこうも変化したのですから」

「……そうだな。もっと各国は欲しがるだろう――なにせ、ハイシン殿が居るだけで多くの国や人が動くのだから」


 そう、これは一つの心配事でもある。

 ハイシンという存在がもしもどこかの国に肩入れすれば、その国に更に人は集まるだろう。

 そして良からぬことを考える者がトップに居れば、ハイシンの力を使うことで民を扇動し、今までにない混乱を起こす可能性さえ考えられる。


「これでももしも、ハイシン殿が仄暗い野望を抱えていたらと思うとゾッとするよ。私は彼があのような存在で良かったと思う」

「そうですね。あ、でもハイシンも野望はあるみたいですよ?」

「なに?」


 それはなんだ? そう聞くと、部下はこう言った。


「偶然見たんですけど、俺はもっとビッグになってやるぜ! って言ってました。これも一つの野望ですよね?」

「……ぷふっ、確かにな」


 その可愛い野望に、大臣は吹き出すのだった。

 こうして本当の意味でハイシンイベントは終了したが、大臣が言ったように世界はハイシンに対して目を光らせるであろう。

 彼が動くということは、人だけでなく金や物も凄まじく動く。

 ハイシンを手中に収められればおそらく、出来ないことはほぼないとさえ思われていてもおかしくはない――果たしてこれから先、ハイシンはどのように世界を動かすのか、それを全世界が注目している。

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