打ち上げ
(……そろそろ、終わりそうだな)
もうそろそろ夕方ということで、今回企画されたハイシンイベントも大詰め……まあこれ以上の何かがあるわけではないのだが、大分前から予告して大規模な準備を行い、そして今日のイベントが終わる……それは少しばかりカナタにとって寂しさを齎すものだった。
騒がしい祭りが終われば静かになる……前世でも友人と一緒に祭りを楽しんだり、或いは学校の行事を終えた後なんかはこの傾向が強く、楽しかったからこそ終わらないでほしいと願ってしまうのだ。
(俺が主役のイベントってのもあったけど……まるで俺も一人の観客のように楽しんだからな)
そう、カナタは本当に楽しませてもらった。
自分で喋ったりする以外の暇な時間は、ここに居る人々がどのようにして楽しんでいるかを観察し……その中では自身が手掛けたASMRなんかに悶える女性たちを見て恥ずかしくなったり、シチュエーションボイスに雄叫びを上げたりする男性たちを見てクスクスと笑ったり……何を思い返しても本当に楽しい思い出をカナタは作った。
(帝国に来て……良かったな)
今回、誘ってくれたローザリンデはもちろん……やると決意した己自身と、そんな自分の背中を押してくれた多くの人々……協力してくれた人たちに感謝の念が尽きない。
「ハイシン殿、そろそろ閉会の言葉を頼む」
「分かった」
ローザリンデの言葉にカナタは頷き、今一度ステージ上に立つ。
今回のイベントは終始生配信ということで、全世界からのコメントは今もなお止まっていない。
コメントと一緒に出てくる名前が同じなのもいくつかあり、その人たちは朝からずっと張り付いて見ているようだ。
「……終わっちゃうのか」
そんな残念そうな声をカナタは敏感に聞き取った。
もうイベントは終わる……カナタは寂しさを感じながらもやり切った気持ちでいっぱいなのだが、やはり集まる人々からしても寂しい残念な気持ちは同じらしい。
カナタはハイシンとして人前に出ることは滅多にないので、今日が終われば次に会えるのはいつなのか……こういうイベントをまた開催してくれるのかと、そう考えているのだろう。
「みんな、今日はありがとう」
残念……本当に残念だ。
だがしかし、始まりがあれば終わりもある……カナタは仮面の下で満足した笑みを浮かべながら、言葉を紡いでいく。
「今日は本当に楽しかった……数日前からやる気はあったけど、成功するかどうか分からなくてな……不安も沢山だった」
カナタの声にこの場に居る全ての人が黙って注目している。
彼らには知らされていないが、他所の国がカナタを暗殺するために人を雇った事件もあったものの、何故だかその犯人が簡単に真実を吐いたのもあって大事にはしていない。
ローザリンデはもちろんキレていたが、彼女が報復に動くのは全てが終わってから……故に、カナタにはこのイベントを最後まで素晴らしかったという事実だけで終わらせる役目がある。
「そう……不安ばかりだった――けど、蓋を開けてみたらこれだ。お前らはしゃぎすぎだろ」
そんなカナタの一言に、人々は笑った。
一人一人の顔を見ていくことは出来ないが、カナタは出来るだけこの場所から多くの笑顔を胸に刻み付ける。
「そして、俺もはしゃぎまくった……休憩時間につい横になっていびき掻くくらいには疲れたぜぇ。けどそれくらい楽しかった……ま~じで、何度でもこんな機会を設けたいくらい楽しかった!」
カナタがそう言って手を上げると、会場は再び盛り上がる。
その盛り上がりを一身に浴びながら、カナタはついにこのイベントに幕を下ろす言葉を言い放つのだった。
「みんな、今日は本当にありがとな! また、会おうぜぇ!!」
こうして、帝国で開かれたハイシンイベントは幕を下ろすのだった。
ただ……イベントが終わっただけで、まだまだカナタには残されているイベントがある。
一般的に公開される部分はこれで終わりだが、ここからは映像に残らない部分――それはイベントのお疲れ様会、つまり打ち上げだ。
▼▽
(……食いたい……飯が食いたい)
カナタはもう、腹を空かせて仕方なかった。
帝国に訪れた夜にも晩餐会は開かれたが、今日の晩餐会兼打ち上げは昨日以上に豪華だ。
料理の数は凄まじく、視線の端っこでミラが五人に分身して飯を食いまくっているくらいだから……え? 普通の人は分身しないって? 彼女はミラだよ?
(……ほぼほぼ挨拶もし終わったし、飯と行きてえんだが)
ハイシンとしてこの場に居る以上、仮面を脱ぐことは出来ない。
なら少し浮かせて隙間から食べようか……とも考えたけれどこういうことが大きな事故を呼ぶこともあるので、とにかくカナタはハイシンとして頑張るしかない。
「お疲れ様だ、ハイシン」
「ローザ……」
ローザだけではなく、アニスも傍に居た。
思えばアニスは帝国においてフェスと並び有名な兄妹だが、だからといってハイシンに親しいと思われていたわけではない。
それなのにもはやローザリンデと並んでハイシンの傍に居ること、それがもう当たり前になっている。
「……二人とも、悩みを相談したい」
「なに……?」
「何でも言って!」
「……飯、食いたい」
素直にそう言うと、二人は今になってハッとするように気付いた。
その瞬間、ぐぐぅっとお腹の音も鳴り……逆にすまないとローザリンデが慌てだした。
「そうだったな……以前、王国で焼き鳥を食べている配信の時も食べていなかったか……あぁいや、正確にはお前ではなかったが」
「……ねえローザ様ぁ? 疲れたから一休みするって言って、カナタと入れ替わらせましょう?」
「もちろんだ」
ということで、カナタの願いは聞き届けられた。
会場からは……特にハイシンともっとお近付くになりたいと願う他国を含めた貴族からは残念な声が上がったが、カナタはすぐに控室に引っ込んだ後、着替えを終えて厳重に隠されながら会場へと戻った。
「……ふぅ! それじゃあ食うぜぇ!」
もうね、我慢ならんのよと言わんばかりにカナタは飯を食い始めた。
流石にローザリンデは傍に居ないのだが、アニスは片時も離れることなくカナタの傍に居る。
幼い子供のようにパクパクと帝国料理を食べていくカナタを見たアニスの笑顔は、どんな男さえも虜にするほどに綺麗だった。
「これ……故郷にも送ってみたいな。母さんとか、他のみんなにも食べてもらいたいくらいだぜ」
「あら、それ出来るわよぉ?」
「マジか!」
一体、どれだけのことをしてくれるんだとカナタは感謝しかない。
だがしかし、カナタの感謝以上に彼は多くの存在から感謝されているので、これくらいのことは全然頼んでも問題はないことだ。
ちなみに、会場にはフェスも居るので彼も傍にやってきた。
「ふっ、随分と勢いよく食べるじゃないか」
「おうフェス!」
モグモグと食べながらなのでカナタの顔はパンパンだ。
アニスもフェスもカナタと仲が良いからこそ、そんな彼を見てもやっぱり笑顔になってしまう。
「……見るからに平民ね。この場にそぐわないでしょ」
「言ってやるな。だが確かに同意だ――あんな薄汚い人間がこのような場に来るなど罰当たりも良いところだ」
気品たっぷりでありながら、宝石をたくさん身に着けた男女のペアがカナタに対してそう言う。
その瞬間、アニスとフェスが顔色を変えたのをカナタは見逃さなかった。
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