声の魔力

(……カナタ様に何も言わず来てしまいましたが、これもまた忠誠心の表れだと思っていただければいいですかね)


 ミラは同業と思われる女を前にしながら、そう考えていた。

 元同業になるのが正確ではあるが、ミラは明確に帝国製と思われるライフルを構える女を分析していた。

 何やら特殊な力を持っていそうな目をしており、それに対してミラは警戒している。


「はてさて、君のような女の子に手は出したくない。悪いことは言わないからここから去りな」


 ニコッと微笑んで女はそう言う。

 一応ミラはハイシンの名と併せて彼のファンであると伝えているので、女にとっての敵であり生かしておくべきではない相手だと認識されているのは間違いないはずだ。

 微笑みの裏には間違いなく、背を向けた瞬間に銃弾を撃ち込む悪意が見え隠れしている。


(……ま、制圧は余裕そうですがどうしますかね)


 確かにライフルを手にした女の実力はある方だ。

 だがしかし、元伝説の暗殺者でもあるミラからすれば女を処理することはさして難しくはない。

 殺さずとも生け捕りにして裏を全て吐かせるために、ローザリンデの元へ献上することも余裕ではある……まあ、相手の女はミラがある程度の力を持っていることは分かっていても、まさかカラスであるとは気付いてないようだが。


「あ、決めました――あなたには生け捕りになってもらいますけど、後ろに居る存在のことも詳しく気持ちよく吐いてもらいますね」

「……私に言ったことが分からなかったのかい? 私は去れと言ったんだが……やれやれ、正面から殺してやった方が良いかい?」

「う~ん、あなた程度の人が私を殺せますか?」


 それはミラの純粋な問いかけだ。

 よく達人同士の戦いをする際に、相手の力量が分かれば分かるほど強いという解釈の仕方がある。

 女はミラの強さをある程度は理解している……だが決して負けると思ってない時点で、ミラからすればその程度という認識になるわけだ。


「試してみる?」


 女はぴくっと眉を動かしてライフルを構えた。

 まあ女がイラつくのも無理はない……ある意味でプライドの高さが分析を邪魔しているのもそうなのだが、それ以上にカラスではないミラの見た目があまりにも少女すぎるのが大きい。

 自分よりも小さな女の子が明らかに舐めた様子で見つめてくる……脅しに似たことをしても一切気にしない能天気さを見せられたら、プライドがバチバチに傷付けられたと感じてもおかしくはない。


(ふっふっふ、カナタ様は無用な殺生を好まないですからね。なのでこの最終兵器を使わせてもらいますよ)


 ミラは懐に手を入れ何かを取り出す。

 女はそれを見た瞬間、一歩退いてライフルから弾を発射した――女の魔力を吸い上げた弾丸は真っ直ぐにミラへと向かうが、ミラは目にも留まらぬスピードで移動し……女の目の前に立った。


「っ!?」

「はい、終わりです」


 やられる!?

 女は目を閉じたが体に走る痛みは一切なく……あったとすれば、痛みとは裏腹に何かが耳に嵌められた感覚だ。

 もちろんこれが女からすればミラによるものだと分かるので、すぐにそれを取ろうとしたが……目を開けた女が見たのは、ニヤリとそれはもう悪い笑みを浮かべたミラである。


「なんだっ!?」

「チェックメイト! さあ聴いてみてくださいね~♪」


 何をするんだ、女がそう思った瞬間……彼女の意識は飛んだ。

 そして次に意識を取り戻した時、ミラに運ばれながら大地を駆けている時だった。


「はふんっ!?」

「あ、変に体に力を入れない方が良いですよ? ハイシン様のASMRを聴いて体が敏感になってると思いますので」

「にゃ、にゃにを……っ♪」


 ビクビクっと体が震えてどうしようもなかった。

 だが決して不快なものではなく、もっともっとと体が求めるくらいには心地が良いものだった。

 まだ脳内に木霊し続けているのはハイシンの声……この声であれば、全てを差し出しても構わない……むしろ声に体を滅茶苦茶にされたいとも女は思ったほどだ。


(カナタ様に作ってもらった特別製のASMR……リミッターを掛けていない私たち専用の物がこうも役に立つなんて……分かっていましたがやっぱり凄いですカナタ様!)


 え、それは特急危険物では……いや黙っておこう。

 そもそもの話、カナタが作ったこのASMRは確かに女性に対して効果を発揮するのだが、この声に対して嫌いだと思っている相手には効果が薄い。

 女はハイシンを殺そうとしていたのに何故となるが簡単な話だ。

 彼女はハイシンそのものに恨みを抱いていないし、配信をあまり聴いたことがなく、この声がハイシンであると分からなかった。

 そしてこうなったということはつまり、カナタの声がこの女性にとってとてつもないほどにドストライクであるということ、ASMRのようなワンシーンに憧れを抱いていたということだ。


「ねえこの声……この声は誰なんだい!?」

「それはハイシン様のお声ですよ。取り敢えず全部吐いてくださいね?」

「任せて。依頼主との契約とかどうでも良いから全部喋る!」


 ちょろい、あまりにもちょろすぎるとミラはほくそ笑んだ。

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