更なる力を

 シチュエーションボイスとASMR、その言葉に大衆たちは首を傾げてざわつく。

 それが何であるか分かるからざわついているのではなく、全く聞き覚えの無い言葉かつ、それが今回の目玉の一つなのかと期待を募らせているからだ。


「ハイシン様、当選した内の二人を一旦お連れしました」

「ありがとう」


 イベントスタッフが連れてきたのは二人の男女だ。

 この二人が成人しているであろうことが分かった瞬間、まずカナタは色んな意味で安心した。

 もしもこれが子供とかだったら……まあその時はカナタも提供する物を変えるつもりではいたが、とにもかくにもこのまま続けることに。


「よ、よろしくお願いします!」

「あぁ……生のハイシン様だわぁ♪」

「あぁ、よろしく二人とも」


 あくまで優雅に、どこまでも余裕を持った態度をカナタは心掛ける。

 多くの人々が二人のことを羨むような視線を向け、同時に何をするのかとどんどん期待が大きくなっているのをカナタも感じる。

 二人の男女を椅子に座らせ、懐より取り出したのはイヤホンだ。


「こいつは公国の優秀な技術師が作ってくれたアイテムで、名前はイヤホンと言う」


 イヤホン……一応前世におけるありふれた道具の一つだが、この世界に存在しない以上はこうして大々的に説明する必要がある。

 前世の知識を元にシドーに作ってもらった物ではあるが、こうして自分が生みの親のように説明するというのも中々不思議な感覚だ。


「これも今回イベントに際して発表しようとしたアイテムの一つだが、こいつのおかげでASMRなんかが更に深みのある物へと変化するんだ。簡単に言えば、端末に保存した音声を外に漏らすことなく耳に嵌めたこいつから聴くことが出来る」


 カナタは試しに自分の耳へイヤホンを挿し、そして抜いた。


「用途は色々あるし、これから先増えていけばとも思うが……たとえば俺の配信を静かな場所で一人聴きたいとか、そういう時にこいつは役に立つし、何よりこれから更に発表するボイスとASMRに関してはこいつで聴いてもらった方が俺の声を身近に感じられる恩恵もある」

「ハイシン様の声を……」

「へぇ……よく分からないけどドキドキするかも!」


 今の説明を聞き、男性と女性はワクワクした様子を隠せていない。

 見るからに好青年の男性と派手なことが好きそうな女性……予めチョイスしておいたボイスたちは二人にピッタリではないかとカナタは笑みを浮かべる。

 そして、ついにボイスとASMRについての説明に入った。


「シチュエーションボイスは場面とキャラクターを限定し、それを俺が演じるように喋っている。そしてASMRは……どっちかと言えば女性向けなんだが、聴けば分かるけどマジで耳元で喋っているようなくすぐったさを味わえる」


 そう言った瞬間、分かりやすく黄色い悲鳴が上がった。

 カナタとしては実際に台詞なんかは自分が作ったし、前世で活躍していた配信者たちに比べればクオリティが同じとは言えない……だが、それでも頑張って作ったので聴いてほしい気持ちはあるがやはり羞恥心が勝る。


「……まああれだ。こういうボイスとか、ASMRに関しても監修はしたけど初めての経験で……分かるだろ? 俺だって恥ずかしいんだ……だから出来たら、誰も居ない所で一人で聴くとか、イヤホンを手に入れてもらって聴いてくれ」


 ちなみに、この若干恥ずかしそうにしているカナタの姿に、どこぞの王女や聖女、魔王や娼婦が悶えに悶えたとか……まあどうでもいいことだ。

 さて、ある程度の説明が終わったところでついにボイスとASMRの実演がされる。


「大きな音でどんな物かサンプルを流すのも良いんだが、やっぱりこれはお楽しみってことでまずは二人の反応を見てくれ。それで金を出すに値するかどうかを判断してほしい」


 いや、あのハイシンのボイスなのだから誰もが買うだろう……なんてことを口にする者は居なかった。

 そうしてついに、カナタのボイスとASMRが二人の男女に披露されることになったのだが、カナタは予期していなかった……まさかここに来てイスラの介入があることを。


 ▼▽


 ハイシンのイベントは、何も人間や魔族だけが眺めているわけではなく天界に座を持つ女神も同様だった。

 カナタに魔力を与え、この世界に導いた美しき女神――イスラはうふふと意味深に笑う。


「イスラ、また何かを企んでいるのか?」

「あらリーンったら失礼ね。私はいつだってカナタの味方のつもりだわ」


 下界にてボイスとASMRの実演がされようかといったところで、イスラは女神の魔法を発動する――これはカナタの魔力に作用するものであり彼女だからこそ出来ることだ。


「それはなんだ?」

「カナタが作り上げた音声には彼の魔力が練られている。聴いた者が自分にとってもっとも心地良い声色へと変化するのは元々の性質だけれど、ここに少し更なる力を与えようと思って」

「ほう? ズバリそれは?」

「耳から脳内へ入り込み、あたかも本当にそのシチュエーションを全身で経験したかのような満足感を得られるように――もちろんセーブはするしカナタの活動に支障が出ないようにはしているから大丈夫よ」

「それは大丈夫……なのか?」

「中毒にならない効果も付けておくわ。全然大丈夫だってば!」


 どうやらカナタの知らない所で、凄まじい能力が付与されたらしい。

 さあ、もう実演は止まらない――二人に与えられた音声によっては凄まじいことになりそうだが果たして……?

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