イベントは順調
「はっは~! 次のお便り行ってみっか~!」
そんなカナタの声に、民衆は歓声を上げる。
既にオープニングトークは終わり、公開生配信へと進んだ――これはオープニングトークの時から思っていたことだが、僅かに怖さはあった。
カナタはあまりにも目立つ存在だからこそ、こうしてステージの上に一人で居ると狙う側からすれば恰好の存在であるはず……だが、そんなカナタを心配させまいと万全の準備をしてくれていたのがミラやアニス、そして帝国の面々である。
(いやぁこれ以上ないくらいに安心出来るぜ)
魔力を視えない壁にして防御したりと手段は豊富にあるが、やはり誰かに守られているというのは大きな安心感を抱かせてくれる。
それもあってカナタは伸び伸びと、そしていつも以上にテンション高くやれていたのだ。
「流石に今日は大事なイベントっつうことで、明るいお便りばかりをピックアップしたが……あ、別に暗いお便りがあったってわけじゃないぜ。紹介したいお便りの中でも群を抜いて熱意があるというか、そういうのを選ばせてもらったからな」
もちろん、そうは言いつつも中には色んなお便りがあった。
相変わらずカナタの活躍に対する嫉妬や妬みを書き殴った物、帝国から出たら覚えていろなどと言った犯罪予告など……とにもかくにも、そんな物をこのイベント披露するわけにもいかないので、選んだのが明るい物ばかりというのは必然だった。
・なんかいつもと違う感覚だよなぁ
・ハイシン様素敵ですぅ!!
・あぁ……いつになく楽しそうにしている姿も良い!
・こうして姿が見える配信もちょくちょくやってくれい!
・現地に居る人羨ましいなぁ!
・俺も仕事放って行けば良かったぜ
現地には来れていないであろうリスナーも、コメント欄で大いに盛り上がっている。
「ふぅ……それじゃあ一旦ここで休憩をさせてもらって良いか? ずっと喋ってたから喉がカラカラだぜ」
「いいよ~!」
「お疲れハイシン様!」
「ハイシン様も喉が渇くんだね!」
「当たり前だろ俺は普通の人間だぞ!? 喉も渇くしうんこもする!」
あまりにも当然なカナタの一言に、会場は笑いで包まれた。
とはいえどこかに引っ込むようなこともせず、カナタはサッと運ばれてきたジュースを喉に通す。
持ってきてくれたのはローザリンデだ。
「わざわざローザが持ってきてくれるのか」
「ふっ、楽しませてくれた礼だ。しかし、本当に良く口が回るな?」
「もう慣れたもんさ。ハイシンシャたるもの喋れなかったら致命的だ」
「確かに」
その時、会場がシーンと静かになった。
何だろうと思い集まった群衆に目を向けると……あぁなるほどとカナタは納得した。
その理由は軍神ローザリンデの登場によるものであり、最初に軽く挨拶した時も静かになっていたが……どうやらかなり恐れられているようで、これが帝国外の認識なんだと思わせられる。
「……うん?」
ローザリンデには悪いが苦笑していた時、カナタは男性に肩車をされながらこちらを見ている少年と目が合った。
歳はおそらく八歳くらいではないだろうか。
親に連れられてきたのかもしれないが、カナタと視線が合ったのを感じたのかヒラヒラと手を振ってくる。
(……ははっ、可愛いね)
俺にもあんな頃があったのかなと考えながら、カナタはそちらへと歩いていく。
今はまだ一応休憩中ではあるものの、カナタが近付いてきたら驚くし騒ぎにもなる……のだが、その場に居る全ての人がカナタの迷惑にならないようにと静かに観察する方向へとシフトした。
「偶然、その子と目が合ってな。どこから来たんだい?」
周りの人々に感謝をしつつ、カナタはそう問いかけた。
慌てたのは少年を肩車している男性のようで、突然のことにボーッとする少年に代わり男性が教えてくれた。
「私たちはセンシーからやってきました!」
「センシー……へぇ」
センシー……それは以前、カナタに大量虐殺者の汚名を着せようとした貴族が居た国だ。
カナタにとって気持ちの良い記憶ではないが、あれは既に済んだことだし他の人に何か罪があるわけでもない……ましてやそんな遠くから来てくれたことがカナタは素直に嬉しかった。
「は、ハイシン様……」
「おう」
ようやく口を開いた少年に近付く。
近付くということはつまり客席が傍にあるということで、多くの人がカナタに触れようと手を伸ばす……が、それを抑えたのがローザリンデの覇気である。
まあ考えなしと言えなくもないのだが、好きにすれば良いとローザリンデがボソッと言ったのを聞いていたので手を貸してくれることは分かっていたからこそだろう。
「俺の配信、もしかして聞いてくれてるのか?」
「う、うん! 僕、いつもハイシン様の声を聴いてるんだ!」
「へぇ、そいつは嬉しいねぇ。こんな小さな子もファンなんて、嬉しい限りだぜ」
「……つい先日、配信時間になったら起こしてって言って寝てたんですけど、あまりに気持ち良さそうだったのでそのままにしたら拗ねてしまうくらいなんです」
「そんなにか!」
この幼さで生粋のファンというのも大丈夫かって気持ちになるが、カナタはこんな提案をしてみた。
「せっかくだ。俺が肩車してやろうか?」
「……えっ!?」
少年にとって、それは唐突でありながらも嬉しい提案だったらしく唖然としながらも頷いた。
男性から少年を受け取り、そのままカナタは肩車をする。
「仮面の尖った部分に気を付けろよ?」
「うん!」
それはカナタの少年に対するファンサービスだ。
カナタも少年も、そして周りの人すら強制的に笑顔にさせてしまう温かな光景……あのローザリンデでさえも聖母のような微笑みを見せている。
さあ、そんな素晴らしい休憩時間を過ごした後――ついにやってきた。
「さ~て! ここで今日のために用意した商品を紹介するぜ。シチュエーションボイスとASMRというものだ。今回、ここに入る前に一枚の紙を渡されたと思うんだが……その当たりを引いた人に、いち早くこれらを体験してもらおうと思う!」
それは果たして、どんな惨状を齎すのか……。
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