開幕

 その日、世界は大熱狂に包まれることとなる。

 まあ少しばかり大袈裟な表現かもしれないが、本日より帝国に集まった人の数を見ればそれが分かることだろう。


「まだかな……?」

「今日のために仕事を休んできたんだ!」

「俺だって暇をもらってきたんだ! うおおおおおおっ!」

「ハイシン様ああああ! 早く姿を見せてちょうだい!」

「夫に黙って来たんだからね~!」

「妻に黙って来たんだからよ~!」

「うん?」

「おっ?」


 多くの声が飛び交い、凄まじいほどの興奮がそこにはあった。

 まだ本日の主役が登場していないにも関わらずこの熱狂は、それだけハイシンという存在が人々にとって大きなモノであることを示している。


「凄まじいな……」

「まさか我が国でこのような光景を見れるとはな」

「皇帝を始め我らは基本的に恐れられている……だというのに」

「他所から訪れた人々がこうも熱狂的でありながら笑顔……あぁ、やはり笑顔というのは悪くない」

「戦いばかりも良いが、これこそ我らの守るべきモノなのだろう」


 かつて、戦いに明け暮れていた帝国の戦士たちも感慨深い様子だ。

 戦いとは即ち守ることでもあり奪うことでもある……帝国人という気質は戦いを好む。

 そんな気質を良しとしているのもまた帝国の人間だが、彼らは戦いよりも尊く、守るべきものはこれなんだと改めて実感している。


「くくっ、悪くない景色だ。そして何より、これもまた帝国の発展に繋がるだろう――ハイシン様様という奴か」


 そして、そんな群衆を高みから眺めるローザリンデもウキウキだ。

 彼女も帝国の長として挨拶などの役目があるのだが、基本的にはカナタを中心に回すようにしている。

 というのもローザリンデも純粋に楽しみたいという気持ちがある。

 彼女もまた生粋のハイシンファンであるが故に……まあ、部下の何人かは普段見れない彼女を笑いぶっ飛ばされていたが。


「さあ見せてくれハイシン。この場所から余は今日という日を心に刻もうではないか……っ! おい」

「はっ!」

「いつ始まるのだ。まだ始まらないのか?」

「もう少しお待ちください。陛下、落ち着いてください」

「落ち着けるか馬鹿者が」


 やはり一番ソワソワしているのは皇帝ことローザリンデのようだ。

 さて、そうこうしている内に準備が終わったようだ――先ほども言ったがこの場には多くの者たちが居る。

 各国の重鎮も少なからず訪れているので、本当にこのイベントの注目度は高い。


「あれもバッチリなようだし手を振っておくか?」

「おや、良いのではないですかな」

「くくくっ、お前もどうだ?」

「わ、私は良いですよ……恥ずかしいですし」


 ローザリンデが目を向けているのは特注のカメラだ。

 あれは今回のイベントを全世界へ発信するため、カナタが改良に改良を重ねた大型の物だ。

 まあカナタというよりは機転を利かせた女神の力が大きいものの、あれのおかげでこの場に居ない人も生の映像を楽しむことが出来る。


「お、いよいよですよ陛下」

「来たか!」


 大騒ぎだった群衆たちが静かになった。

 今回のために設営されたステージから火花が飛び散り、銀色に輝く紙吹雪が舞う……そして彼が、ハイシンの姿となったカナタが現れた。


「よっ! みんな待たせたなぁ! 俺が来たぜ~!!」


 そのカナタの声に、群衆は再び盛り上がった。

 ハイシン、ハイシンとコールがされる中、黄色い声援なんかも飛び交うと同時に、中には額に手を抑えてクラッとする女性の姿もある。


(……何だこれ、流石にオーバーすぎね?)


 ギンギンに緊張していたカナタも、そんな一部の姿が目に入れば逆に落ち着くもので、改めて仮面の内側から集まった人々を眺める。

 多い……あまりにも多い。

 今までずっと人前に出ることはなかったからこそ、この光景に圧倒されていると同時に、前世で活躍していた配信者がイベントに出たりした時もこうだったのかと考える。


(緊張してて上手くトーク出来なかった配信者も居たりしたっけ……なるほど確かに、これは圧倒されちまうな)


 熱意と感動、そして興奮の嵐をカナタは一身に受ける。

 ステージ上に立っているのはカナタだけであり、護衛を務めるミラやアニス、急遽加わったフェスや他の兵士たちは脇に控えている。


「やっぱり素敵だわぁ♪」

「……俺、死んでも良い」

「ハイシン様あああああああっ! わあああああああっ!!」


 順にアニス、フェス、ミラなのだが……君たち仕事はちゃんとしよう。


(なんだか聞こえちゃいけない場所から声が聞こえるけど……俺は目の前のことに集中だ)


 カナタは今一度群衆へと一通り眺めた後、スッと手を上げた。

 すると人々は一斉に静まり返り、次に続くカナタの言葉を待っているかのようで……本来であれば、もっと場を盛り上げるために大袈裟な身振り手振りと言葉が良いだろうか。

 だがしかし、カナタはこのようなイベントを企画してくれた全ての人や集まってくれた人たちへの感謝が先に言葉として出てきた。


「まずはこうして集まってくれたこと、このような日を迎えられたことを嬉しく思うぜ。皇帝ローザリンデを始めとする帝国のみんな、そしてこの場に居る人や配信を通じて見ている人――全ての人に感謝したい」


 カナタは小さく頭を下げた。

 その行動に多くの者が動揺と困惑の声を漏らすが、感謝に頭を下げるのはカナタとしては当然のことである。


「ありがとう」


 その声は、カナタが抱える多くの感情が乗ったものだ。

 いつも配信で聞く自信満々な声とは違い、どこまでも穏やかな気持ちから放たれた感謝の言葉。

 しばらくジッと頭を下げ続けたカナタは、ここからが始まりだとして頭を上げ、そして宣言した。


「今より、イベントの開始を宣言させてもらうぜ! みんな、今日は是非楽しんでいってくれよなぁ!」


 そして再び、大歓声が沸き起こった。


「俺もこんなイベントは初めてだから拙い部分はあるだろうけど、今日くらいは是非とも大目に見てくれ! それじゃあ早速、今日のお品書き行ってみるか!」


 パチンとカナタが指を鳴らすと、今日のプログラムが記された垂れ幕が落ちてきた。


「まずはイベントに関するガッツリトークから始め、普段俺がどんな風に配信するかをお届けする生配信コーナー! そして、今日のために用意された数多くのファングッズの一挙公開! 握手会なんかも色々と用意してるからみんな、最後まで盛り上がって行こうぜ!」


 更なる大歓声が響き渡った。

 さて……新商品やファングッズなど、本来であればどんなものか発表したいが後に引っ張るのもイベントの進行としては大切だ。

 果たしてASMRやボイス集などが発表された時はどうなるのか……はてさて、とにもかくにもイベントがついに幕を開けた。

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