ここが帝国らしい

 その日、帝国の首都グロリアスは揺れていた。

 未曾有の揺れ……正に天災の代名詞と言われる地震によるものだ。


「これは……一体何なのだ!?」

「揺れております!」

「ええい、慌てるな! まずは状況を確認しろ!」


 明日、全世界の人間たちが楽しみにしているハイシンのイベントがあるというのにこれは大事だ。

 皇帝の住まう居城にていち早く原因の解明に動こうとする兵士たちだが、そこに待ったをかけたのが大臣だった。


「慌てるな。これは何も心配する必要のないものだ」

「な、どういうことですか!」

「それはだな……」


 兵士たちの声に大臣は何故か頭を抱えた。

 その様子にその場の皆が困惑する中、大臣はまあ良いかと口にした後こっちに来いと手招きする。

 兵士たちが近付き、大臣はそっと玉座の間の扉を開く。


「原因はあれだ」


 チラッと中を覗き込むと、そこには一人の女性――皇帝ローザリンデだ。

 ブツブツと何かを呟きながら下を向き、ガタガタと音を立てるように貧乏揺すりをしている……そう、原因はあれだった。


「あ、なるほど……」

「自分たち仕事に戻りますね」

「何も心配は要らなかったな」

「民たちにも心配がないように言っておきます!」


 いや……一人の人間による貧乏揺すりで大地が揺れることに対する驚きは?

 おそらく誰もがそう思うだろうし、そんなことで良いのかと文句を言う人も居るはず……けれどこの場には誰もそんなことを口にする人間は居なかった。


「だってあの人だし」

「だって陛下だし」

「うんうん


 そんなこんなで、今日もまた帝国は平和だ。


▽▼


「カナタ様」

「カナタぁ」

「うぅん?」


 ゴシゴシと目を擦るように、カナタは呼び声に応えて目を開けた。

 目の前にはミラとアニスが顔を覗き込んでおり、それなりの近さもあってかカナタは少しばかり驚く。

 どうしてここに二人が……なんて寝惚けていたものの、すぐに状況を把握した。


「あ、もしかして……」


 飛行船の窓から外を見ると、見たことのない建物たちが目に入った。

 そう、ここは帝国の首都グロリアス――カナタが今回、イベントのために訪れた目的地になる。

 二人に手を引かれるように飛行船から外へ。

 その瞬間、軍需産業に突出した国の特徴とも言うべき騒がしい駆動音などがカナタの鼓膜を震わせる。


「ここが帝国の心臓部か……」


 以前訪れたフォルトゥナとは比べるまでもなく、更には王都や公都すらも凌駕する都市の大きさにカナタは呆気に取られていた。


(すげぇ……ここが帝国なのか)


 帝国の心臓部とはいえ、あくまで帝国の領土の一つに過ぎない。

 ローザリンデの手だけでなく、先祖の力によって広がった領土は更に広く……これは誰もが知っていることだが、現状において帝国は他の国々に比べて一歩も二歩もパワーバランスでは先を行っている国だ。


「さ~てと、それじゃあまずは城に向かいましょうかぁ」

「城……ローザの居る場所か」

「……私も一緒で大丈夫なんでしょうか」


 ここまで来て三人揃って向かわないのも違うだろうということで、カナタはミラとアニスを連れたまま城へ向かうことに。

 ただ城までの道は長いため、途中で馬車を停めるとのことだ。


「まさかここにハイシンが居るとは思わないでしょうねぇ」

「そうですね。そういう意味ではこのような形でカナタ様を連れてきたのは良い案だったみたいです!」

「飛行船が到着したことでローザ様もカナタが来たことは察しているはず。きっとこの場に飛んできたいのを我慢しているはずよぉ」

「……………」


 カナタにとってローザリンデとの交流はそこまでだが、なんとなくその姿が想像出来るのも面白かった。

 カナタとミラの立場としてはアニスの付添い人であるため、予定通り城の部屋で寝泊まりしたところで怪しまれることもない。そもそも公国からの使者としてやってくるアテナの付き添いに平民のシドーも居るからだ。


「ハイシンの仮面を付けていない場合、ローザ様はあなたのことを平民のカナタとして扱うと思うわ。それに関しては色々と我慢はしてほしいところね」

「大丈夫だよ。俺としても敬われたりするより軽く接してもらった方が助かる」


 さて、では早速城へ向かおうと歩き出したその時だ。

 飛行船場にとある一団が現れた――貴族を筆頭に何人かの騎士が居るが、彼らは飛行船から降りてきた利用客たちを一人ずつ調査している。

 後方に居るカナタにはやり取りの声は聞こえないものの、ミラが話を聞き取った。


「どうやらハイシン様を探しているようですね。あのような方法で見つかると思えるのは愉快な頭をしています」

「へぇ……まあ素直に白状するわけないけど、この場においては良い嗅覚だな」


 行き当たりばったりのやり方だが現にカナタはこの場に居るのもあってか、あの貴族は良い嗅覚を持っているようだ。

 とはいえ、このようなやり方を果たしてローザリンデは許すだろうか……? おそらくこれはローザリンデの意志ではないだろうし、そもそもこのような形で彼女はカナタに迷惑をかけようだなんて思っていないはず……おそらく貴族の独断だ。


「表ではローザ様に従うふりをしつつ、どんな思惑か知らないけどこうしてハイシンを抑えようとするなんて……もう少し頭を使えないのかしら」

「結構言うんだな?」

「……理解出来ないでもないのが痛いよぉ。だって帝国は良くも悪くも戦闘狂の集まりだから少々頭がねぇ」


 取り敢えずそれ以上は聞かないことにした。

 結局、その後カナタも話を聞かれることになったがあまりにも平民然としていたらしく、すぐに行っていいぞと言われたのは少し釈然としなかった。

 しかしながらこのことはローザリンデの耳に入るだろうし、もしかしたらもうあの貴族をカナタが見ることはないかもしれない。

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