帝国へ出発!

 ついに、ついにこの時がやってきた。

 カナタが居る場所は技術の発展と共に整備された飛行船の船着き場であり、それなりの大荷物を手にしているカナタの両隣にはミラとアニス――帝国出身であり、今回の同行人が控えていた。

 そしてそんな三人を見送るのはマリアとアルファナだ。

 

「寂しくなるわね」

「はい……カナタ様。どうかご無事にお戻りくださいね」

「分かった。俺なりに爪痕を残して気分よく帰ってくるぜ!」


 そう豪語するカナタだが緊張しまくりなのは言うに及ばず。

 ちなみにマリアとアルファナの王女聖女コンビが訪れていることでかなり騒がしいことになっているが、やはりイスラの魔法が大きいのだが……悲しいことにカナタよりも見目整っているミラとアニスの見送りにしか思われていないようだ。


「お二人とも、ご安心ください! カナタ様は必ずお守りしますので!!」

「そうよぉ。あたしたちに任せなさいな」


 ミラとアニスの言葉にマリアとアルファナは頷く。

 さて、そうしてようやく出発の時が訪れた――二人に手を振ってカナタは飛行船に乗り込み、ここからは乗り継ぎなしでそのまま帝国の飛行船着き場に向かえる。


「おぉ……」


 以前、アニスと出会うきっかけになった魔法団体戦でフォルトゥナの街に向かう際にも飛行船には乗ったが、やはり快適な空の旅を約束する乗り物ということで中はあまりにも豪華である。

 この飛行船は表向き旅客飛行船ではあるが、その実はローザリンデが所有する飛行船の一つであり、あくまで皇帝家にある程度の縁を持つアニスを迎えに行くという名目だけでこの飛行船は動かされた。


「アニス様、お世話になります」

「は~い。帝国までよろしくねぇ~」

「畏まりました。ご友人のお二人も快適な空の旅をお約束しますゆえ」

「よろしくお願いします」

「お願いします!」


 飛行船のクルーもよもや平凡面のカナタがハイシンだと気付くこともなく、逆に何故このような男がアニスと知り合いなのかと驚いているような素振りさえ逆に垣間見えている。

 それはそれで仕方のない反応ではあるのだが、アニスの前で出すべき姿ではなかった。


「そういう目を向けるのは失礼じゃない? 彼はあたしにとって大切な友人なの。二度とそのような目を向けないで」

「っ!? 申し訳ありませんでした!」


 氷の魔力を携えそう言ったアニスにクルーはビビり散らして奥に引っ込んだ。


「ほんと失礼するわねぇ」

「あはは……ありがとアニス……?」


 アニスに礼を言ったカナタだが、反対側から刀を抜いた音が聞こえた。

 おやっと思って振り向くと当然そこに居るのはミラ……ただ彼女は男が去って行った方向を見つめながら刀を握っており、絶対に止めてくれという意味も込めてミラのおでこを軽くつつく。


「あ、すみませんつい!」


 つい、で人を殺されたらたまらんとカナタはため息を吐くのだった。

 そんな特に取るに足らない出来事はあったものの、飛行船はカナタたちを乗せて空に飛び立つ。

 前はワイバーンの力を借りていたが、こうしてそれを必要とすることなくなったのも技術の進歩と言えるだろう。


「……ふわぁ」

「アニスさん眠たいんですか?」

「えぇ……実は昨日、あまり寝れてないのよ」

「大丈夫なのか?」


 不安になったカナタがそう聞く。

 とはいえその寝不足は別に心配を必要とするものではなく、今回のイベントと久しぶりの帰省が楽しみで眠れなかっただけらしい。


「ということであたしは仮眠するわぁ」


 アイマスクを付けてアニスは横になり、そのまま眠りに入ったようだ。


「眠っちゃいましたね」

「だな……ふぅ」


 今日、そして明日からのイベントが楽しみで仕方ないアニスだったが、それはカナタも同じだ。

 まあカナタからすれば緊張の方が大きいものの、大体のイベント進行はローザリンデが取り仕切ることになっているためそれに従うだけ……もちろんカナタがやりたいこともいくつかあるのだが、おそらくローザリンデはカナタの要望に可能な限り頷いてくれるはず……そんな安心出来る下地があるとはいえ、やはり緊張してしまうわけだ。


「大丈夫ですよカナタ様! 私たちが出来ることは限られていますけど、それでも応援は沢山いたします!」

「……あはは、ありがとうミラ」


 応援してくれる人がいる……それだけでカナタには十分だった。

 現地で見守ってくれる人もまた限られているとはいえ、傍に居ないマリアやアルファナたちも配信で見るだろうし、それなら無様な姿は見せられないなとカナタの身に気合が入る。


(もうここまで来たら頑張るしかねえ。ある程度のプレッシャーは仕方ない……でもそれ以上に俺も楽しまないと)


 前世でもこういった生配信ライブのようなものはいくつも見てきた。

 演者だけでなく視聴者たち、そのみんなが楽しめてこそ最高のイベントになるのだから。


「……よし!」

「その意気ですカナタ様!」


 配信に関してミラたちは確かに明確な力にはなれないかもしれない……それでも見守ってくれるだけでカナタには満足だ。

 さあ、今回のイベントを心から楽しむぞ!

 そうカナタは強く意気込んだわけだが……忘れることなかれ。

 王国の外にはハイシンを狙う勢力はいくらでも存在しており、配信という風習を消し去るために命すら狙う者だってそこかしこに隠れている。

 気を付けろカナタ。

 決してないとは思うが君に何かあった時……天を筆頭にこの世界は割れるぞ?

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