神様事情

「こんばんはカナタ」

「イスラ?」


 それは真夜中のこと――既に日は変わって今日となっており、帝国に発つ日だがその再会はあまりにも唐突だった。

 しばらく会うことはないと思っていた女神……カナタをこの世界に転生させた張本人の彼女は宙にぷかぷかと浮きながら口を開く。


「いよいよ明日……いえ、もう今日になるのね。帝国でのハイシンによる感謝イベントは私も楽しみにしているわ」

「見に来たりするの?」

「いいえ、天から覗かせてもらうわ。まだ少しだけ、そう頻繁にこっちに来れるほど暇ではないから」

「ふ~ん」


 ぷかぷか浮き続けていたイスラは姿勢を正し、そのままスッと床に着地する。

 見た目は正に女神の名に相応しい美しさなのに、相変わらずのハイシン様シャツがその魅力を損なっているが……カナタはもう慣れたものだと苦笑し、この場に来た理由を聞いてみる。


「それで、まさかその激励のためだけにわざわざ来たんじゃないだろ?」

「その通りよ。ねえカナタ、異なる未来のあなたを見てみない?」

「異なる未来?」

「そう――もしもハイシンシャにならなかったらどうなっていたか、その世界線を見てみない?」

「そんなことが出来るのか?」


 イスラは頷く。

 どうやらカナタが配信の時に感じていたこと……異世界転生をするにあたって勇者になるでも冒険者になるでもなく、よくもまあ配信という生業を選んだなと考えたこと……それをイスラは読み取ったようだ。


「まあそこまで万能な魔法ではないけれど、ある程度ならばその仮定の未来を見ることは出来るの。だって私女神だから」

「おぉ……凄いじゃん女神」

「女神様だから」

「凄いじゃん女神様」

「凄いでしょ~?」


 えっへんと大きな胸を揺らし、腰に手を当てたイスラ。

 もはや乳揺れ程度には二秒ほどジッと見るくらいで済むようになったカナタは、そんな世界線が見れるのも面白いなと考える。

 ただ睡眠時間は重要ということで、そこだけは気掛かりだったがイスラはそれを見越したようにこう言った。


「睡眠に関してはノープロブレムってやつよ! あくまで夢を見るような感覚で意識のみを飛ばすから」

「凄いな流石女神の魔法」

「女神様だもの当然だわ!」


 そりゃ凄いとカナタはパチパチと手を叩く。

 イスラは早速やりましょうと言って魔法を発動し、ベッドで横になったままのカナタはまるで何かに引っ張られるようにイスラの元へ。


「……え?」


 体が浮かび上がったかと思えば、浮かぶ自分とは別に目を閉じて眠り続ける自分の姿……まるで幽体離脱のような現象にカナタはおぉっと声を漏らした。


「それじゃあ行くわよ」

「おう!」


 取り敢えず今はイスラの言葉を信じるとして、カナタは女神が使う超常的な力によってあったかもしれないもう一つの未来を見に行くのだった。


▽▼


「……ここは」


 飛んだ先はカナタにとって何も目新しいものではない。

 異世界アタラシアの王都……つまり、カナタがいつも住んでいる場所と何も変わらない光景が広がっているだけなのだから。


「建物に関しては何も変化はないわ。あくまで配信という文化がなく、カナタがハイシンシャになっていない世界だもの」

「……へぇ」


 ならハイシンシャではない自分は何をしているのか……それはすぐに分かった。

 太陽の光が強く照り付ける中、冒険者ギルドの入口に人だかりが出来ている――そこに姿を見せたのはカナタだった。


「あ、カナタさんだ!」

「最強冒険者の!?」

「いつも依頼で外に出てるからこうして会えるのは珍しいな!」


 背中に剣を携えたカナタは数多くの声に声を振っている。

 イスラから詳しく更に聞いてみると、カナタは冒険者として数多くの偉業を成し遂げており、王族や貴族からも名前を覚えられているらしい。


「ソロなのかな?」

「みたいね。とはいえそれなりに他の冒険者と協力はしているみたいだわ。他所の街にも知り合いは多く居るみたいよ」

「へぇ」


 なんというか、自分だがそうではない感覚だった。


「悪い! 今急いでるんだ! 道を開けてくれると助かる!!」


 その声もまたカナタのモノ……冒険者カナタはそのまま走り去り、ギルド前を包んでいた騒がしさは徐々に静かになっていく。

 主にソロを営む最強冒険者……と思われたが、カナタは今から教会に向かうらしく付いていく。


「カナタ様!」

「アルファナ!」


 教会で待っていたのはアルファナだった。

 カナタはアルファナの元に駆け寄り、楽しそうな雑談タイムが幕を開け……というよりも、どうやらハイシンシャでなかったとしてもカナタはアルファナと会う世界線らしい。


「出会ったのはアルファナだけのようだわ。マリアとも顔を合わせたことがあるけれどその程度で、他の出会いは一切なし」

「……そうか」


 確かに冒険者で目立つとはいえその程度……であるならば、あまり特殊な出会いも早々期待は出来ないだろうか。

 たとえ世界が違ってもアルファナとは出会っているという事実にどこか嬉しさをカナタは抱いたが、僅かに物足りなさを感じたのもハイシンとして過ごした名残がこの世界にはないからだ。


「……なあイスラ」

「なに?」

「やっぱり俺は……ハイシンシャで居たいかな。この世界は俺にとって別の世界だろうけど、やっぱり俺にはあの騒がしさとドキドキが忘れられねえから」

「……ふふっ、そうよね。そう言うと思ったわ」


 それからしばらく冒険者カナタとして花開いた世界を見て周った後、そろそろ帰ろうかということで元の世界へと帰還した。


「ふぅ」


 今回のことは貴重な体験になったが、改めてハイシンシャとして成功した自分を誇りに思うし、そうしようと思った自分を褒めたい気分だ。

 さて、そんな風に考えていたカナタだったが去り際にイスラはこんな言葉を残していった。


「あぁそうそう。あなたのASMRなんだけど……出力を抑えて正解だったわね。あなたの全力ASMRはコピーして私の手元に残っているのだけど、改めて少しクセのある私の友人らに聴かせたの」

「何してる?」

「まあ最後まで聞きなさいな。その子たち……ヘラとイザナミって言うんだけどドハマりしちゃってねぇ」

「……聞き覚えある名前だな?」

「ちゃんと夫も居るし、何より愛情も物凄く深い……けれど、あなたの声のせいで毎日枕を色んな意味で濡らしているみたい」

「……………」


 取り敢えず、神様界隈で何があったかは深く聞かないことにした。

 そんなこんなで、ようやく帝国に出発の瞬間だ!

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