俺はハイシンシャだ!

「それでローザ殿、カナタ君の安全は本当に大丈夫なのね?」

『もちろんだ。そもそもハイシンを迎えるという大々的なものではなく、あくまで部下にすら悟られることなくカナタの迎えに行くのだからな。むしろ安全まであるぞ』


 明日からカナタの通う王立学院は休暇が始まるため、最後の確認としてマリアが端末を通じてローザリンデと言葉を交わしている。

 カナタはそれを端で聞いているだけだが、自分のことだというのに国の来賓扱いみたいなことにあまり慣れていない様子だ。


「ま~じで慣れねえな。俺、ハイシンだもんな」

「そうよ。今やこの世界にとってもっとも尊い存在と言ってもいい。そんなあなたのためだから色々と決めるのは大事なことだもの」

『うむ。もしもカナタの身に何かあったとなれば、余も自らの腹を切るつもりだからな』


 物騒なことは止めてくれとカナタはため息を吐くが、ローザリンデの様子からほぼ確実にやるという覚悟が伝わってくる。


『他国からの干渉はある程度考えているが、それに関しても問題はない。手を出してくるのであればその悉くを抹消してやるからな』

「頼りになるわね。流石武神の名は伊達ではないわ」

(……物騒なことからは逃れられないかもな)


 そこに関してはカナタも既に諦めており、明日はよろしく頼むと最後に話して通信は終わった。


「ふぅ」

「疲れたか?」

「えぇ……端末越しだけれど、武神のオーラのようなものが伝わってきたわ」


 マリアは本当に疲れている様子だった。

 カナタはそんな彼女に何が出来ないかと考え、簡単なことではあったが肩でも揉もうかと提案する。

 最初は迷っていたマリアではあったものの、それならお願いするわと言って椅子に座った。


「それでは失礼するぜ」


 まずは軽くカナタはマリアの肩に触れ、そのままゆっくりと揉み解していく。

 軽く力を込めたり、或いは少し強くしてみたりと……強弱を付けながら、マリアの反応を見つつモミモミする。


「あぁ……とっても気持ちがいいわね。疲れが溜まっているのもあるけれど、色々あって肩が凝ってるのかもしれないわ」

「色々?」

「ほら、私って胸が大きいでしょ?」

「……っ!?」

「ふふっ、照れちゃってカナタ君は可愛いんだから♪」


 いきなりそういうことを言うんじゃない、まして王女様だろうがとカナタは文句を言いたくなったものの、逆にそれすらもマリアに揶揄われるネタにされそうだったのでここは黙り込むことを選択した。


「直接胸を触って揉み解す?」

「止めなさい」


 実を言うと少しだけ、マジでかと聞き返しそうになったカナタ君だった。

 マリアのこのような発言は明らかに王女然としたものではないのだが、それも全てカナタのことを想っているからこその言葉である。

 ただカナタはマリアの表情をこの位置から見ることが出来ないからこそ気付けないことがある……マリアも普通に顔が赤くなっており照れていることを。


▽▼


「つうわけで、帝国でのイベントは予定通り行われるからよろしく頼むぜ!」


:うおおおおおおおおおお!!

:きたこれ!!

:楽しみにしています!

:ハイシン様万歳!

:直接お会いできるんですね!

:マジで気を付けてくださいよハイシン様!!


 いよいよ目前に差し迫ったハイシンのイベントに関して、改めてカナタは自分の口でそれをリスナーへと伝えていた。

 当日は直接会場に来るであろう帝国民はもちろんのこと、他の国からも続々と見に来るファンが大勢居るようだ。


(ローザの話だと他所の国の重鎮も居るんだったか……こえぇ)


 まあハイシンとしては特に絡む必要はない……むしろそんなものに気を割かず、のんびり伸び伸びと活動してほしいと言われているのでカナタは気にしないことに。


「まさか……国を挙げてイベントをしてもらう日が来るとはなぁ」


 それはしみじみとした言葉だった。

 カナタが配信を始めようとしたきっかけは楽しそうだったから……それが実を結ぶかのように、このような大事にまで発展したもののこれは全てカナタが配信を続けたからに他ならない。


「……感慨深いねぇ」


:めっちゃしみじみしてる!

:でも……なんだかいいねこういうの

:いつもの雑談みたいなもんだけど……凄くいい!

:こんなハイシン様も素敵♪


 何をしても自分を肯定してくれるというのは時に毒にもなるが、そこに悪意がなければカナタとしては満足である。


(配信活動……異世界で配信活動ねぇ)


 改めて考えてみると、これは正に快挙のようなもの……否、完全に快挙だろう。

 当時、それこそカナタが前世で見ていた異世界モノの物語と言えば大半が転生チートによる成り上がり――男の夢を体現するかのように圧倒的な強さを兼ね備え、美少女たちを助けたりしながらハーレムを形成していく……そんな物語がカナタも大好きでそれを夢見たこともあった。


(そんな俺が……まあチートは使ってるんだけど、高名な冒険者になるでもなければ魔王を討伐する勇者でもなくて配信者だぜ? マジで人生何が起こるか分かったもんじゃねえよ)


 とはいえ結果として数多くの美少女と知り合ったことは共通しているが、カナタはこれからも配信を生業にしていくことは変わらない。

 この異世界に配信活動という文化を根付かせたパイオニアとして、彼はこれからもハイシンシャとして生きていく……それがカナタという転生者なのだ。

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