ハイシンが動けば多くが動く

「……おっちゃん?」

「うん? おうカナタの坊主か」


 学院が終わって久しぶりに買い食いをしていたカナタ。

 彼が訪れたのはいつも街に繰り出せば立ち寄る出店なのだが、そこでいつも見ているおじさんの様子がおかしかった。

 どこか覇気がないというか元気がなさそうというか……とにかくそんな感じだ。


「どうしたの? なんか元気なくね?」

「あぁ……実は近いうちに店を辞めようかと思ってな」

「……え?」


 そいつは穏やかじゃないなとカナタは気になった。

 詳しく話を聞いてみると良くある話で……単純に売り上げが悪く、このまま続けても売れ残りが結構出てしまうだけでなく、大して儲かりもしないことを続けてもメンタルが保てないとのことだ。


「……そうか……めっちゃ好きなんだけどな」

「ははっ、坊主はいつも来て買ってくれるからなぁ。笑顔で美味いって言われちまったら定価より安くしてでも売りたくなる」

「……おいまさか」

「そんなにまけちゃいねえぞ? あくまで偶にだが」

「……………」


 何も考えずに買ってたなとカナタは思い出す。

 ここの店は魔獣から取れる肉を焼き、串に刺して簡単に食べることが出来る……分かりやすいものならカナタの前世で言う焼き鳥みたいなものだ。

 味付けも素晴らしく品質も良い……だからこそ美味しいものだが、確かにあまり人の入りは良くなさそうだ。


「こんなに美味いのにな」

「そう言ってくれるだけでありがてえよ。そもそも、俺はかつて貴族様と喧嘩したことがあってな」

「え? そうなのか?」

「あぁ……まあなんつうか、戯れにここにやってきた貴族様にこの肉たちを馬鹿にされたんだよ。それでふざけんなって言い返して……事なきを得たが、もしかしたらその時のことが原因で目を付けられたくないってのもありそうだ」

「……へぇ」


 それこそ気にする必要なんて全くないと思うのだが……カナタがそう思うも、確かに店舗イメージというのはこういう場合において大事なのだろう。

 こうしてカナタが肉を買っている時にも客は訪れるが、この美味しさに比例するような客の多さではなく、既に焼いていた肉はどんどん冷めて行き……そして捨てられるというのが簡単に予想出来る。


「おっちゃん、この肉さぁ……もらっても良いか?」

「え? もう冷めちまってるぞ?」

「温めて食うからさ――どうよ」

「……まあ坊主が良いなら構わんが」

「サンクス」


 ということで、カナタは既に冷めてしまっている肉を買った。

 別に冷めていてもタレは効いていて味がないわけじゃない……それでも焼きたてが一番美味しいことには変わらなかったが。

 袋に大量に入れられた肉を手にカナタは寮に戻り、風呂と夕飯は少量で済ませて部屋に戻る。


「よし――ミラ?」

「はいここに!!」


 窓を開けて呼べばすぐにミラは訪れた。

 そして更にカナタは以前魔界に行った際にもらったペンダントを手に、魔力を注ぎながら語り掛ける。


「シュロウザ……今から俺の部屋に跳べるか?」

『むっ!? この声はカナタか? うむ、いつでも行けるぞ!』

「じゃあ来てくれ。傍にガルラとか居る?」

『ガルラもルシアも居るが、呼んだ方が良いか?』

「う~ん、どっちでも良いんだけど来るなら来て大丈夫だ」

『了解した。しばし待っておれ』


 それから少ししてカナタの部屋に魔法陣が現れ、魔界で良くしてくれた三人が現れた。


「来たぞカナタ!」

「数日振りだねカナタ」

「おっすカナタ! 元気してたかぁ?」


 シュロウザ、ルシア、ガルラがやってきたことで一気に賑やかになった。

 本来ならば事情がない限り寮の部屋に大人数が集まることは許されないのだが、流石に暗殺者と魔族を呼びますなんて言えるわけもない。

 カナタはカーテンを閉め切り、外に音が漏れない方が良いという気持ちを汲み取ってくれたのかシュロウザが魔法を発動し、外に一切音が漏れないようにした。


「サンキュー。というかいきなりだったのによく来てくれたな?」

「仕事は残っていたが構わん」

「……必要な書類をバラバラにしてましたよねシュロウザ様?」

「……仕方なかったんだ」

「はっはっは! 書類を破られて半べそ搔いてたけどな!」


 どうやらタイミング的には最悪だったらしい。

 カナタは名も知らぬ誰かにごめんなさいと内心で謝りつつ、部屋の真ん中に大量に置かれた肉を全員に見せた。


「買いすぎちまってな。それで簡単に肉パーティでもどうかと思ったんだ」

「……美味しそうですぅ♪」

「美味そうじゃねえか!」


 見るからに食いしん坊のミラとガルラの食いつきが凄まじく、スッと音もなく消えたかと思えば既に正座してその時を待っている。

 ガルラのような筋肉質の男が真面目に待つ姿には苦笑するが、趣旨を理解したシュロウザとルシアもすぐに座った。


「肉はただの魔獣の肉……だが加工の腕は良さそうだ」

「そうですね。香りも悪くない……これをカナタが全部買ったのかい?」

「まあな。ちと色々あってさ」


 ということで、集まったみんなで肉を食うことに。

 串にもタレがそれなりに付いてはいるものの、指が汚れることを気にする様子もなくパクパクと食べていく。

 カナタが最高に美味しいと普段から思っているように、ミラを含めシュロウザたちにも好評だった。


「これ、最高に美味しいですカナタ様!!」

「……さっきも言ったがただの肉だ。しかし作り手の気持ちが伝わってくるかのような味付けだ」


 ミラも手の止まらない勢いだが、それ以上にシュロウザとガルラが凄い。

 下品に食べ進めているわけではないのだが、スピードがとにかく速く喉を詰まらせないか不安になるほどなのだが、そっと隣に座っていたルシアがカナタにこう言う。


「この味付けは魔界だと好む者が多そうだね。シュロウザ様と筋肉馬鹿はもちろん、私もこの味付けはとても気に入った」

「そうなのか?」

「本当に美味しいよ。これで値段はいくらくらいなんだい?」


 聞かれたので答えると、この場に居るみんなが目を丸くした。


「そ、そんなに安いのか!?」

「おいおい……やっていけんのかよ」

「まさか私が知らない出店があったなんて盲点です……!!」


 驚いたが故に、その店にみんなが興味を持ってくれた。

 カナタとしてはこんな風に自分が美味しいと感じた店に対して興味を持ってくれたことは嬉しく、更に美味しいと言ってたくさん食べてくれるのも自分のことのように嬉しかった。


(世話になった店はあのおっちゃんの店だけじゃない……他にも俺が美味しいと思った店は沢山あるんだ……あ、そうか。これこそ俺がやれることじゃないのか?)


 食べ歩きリポート……公国でもゲリラで行ったっきりだが、ハイシンシャだからこそやれることじゃないかとカナタは握り拳を作る。

 もちろんいきなりやったところでパニックになるのは分かり切っているので、しっかりと準備をする必要がある――今一度、活気を取り戻してほしいと願うカナタは世話になったおっちゃんたちのために動き出す。


「ふむ……是非とも魔界に流してほしいものだな」

「人間界と魔界を繋ぐ一つ目のイベントとして、食事ってのはありかもしんないですぜ魔王様」

「そうと決まればカナタ君。いくつかそのまま保存しても良いかい? それとシュロウザ様。共にハイシンのリスナーでもある私たちということで、王女や聖女と話を付けても良いのでは? 他にも出店巡りをして直接店主と契約を結ぶというのも」

「アリだな!」


 ……とはいえ、カナタが動かずとも大きく動きそうではあった。

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