最小出力のASMRをお披露目

「……………」


 カナタはチラッと視線をベッドに投げかけた。

 そこにはぐったりとした様子のアニスが横になっており、彼女はだらしなく舌を出したままうへへと物凄い表情を浮かべている。

 時折体をビクンビクンと震わせる姿も異様で、カナタはスッとアニスから視線を逸らしてアルファナへ。


「カナタ様。次のシチュエーションを提案してもよろしいでしょうか?」

「お、おう!」


 何故こんな惨状になっているのか、それは間違いなくASMRの検証だ。

 とはいえアニスが倒れてもなおアルファナは表情すら変えず、時折カナタを安心させるかのように微笑むのだから凄い。


「次のシチュエーションは少し意地悪な感じでお願いします。私は聖女なのですが我儘ばかりで言うことを聞かない……そんな困った女の子にこれまた意地悪に諭す従者のような感じでお願いしたいのです」

「分かった」


 やけに具体的だなと思いつつ、こういう提案の時は基本的にこうだった。

 アルファナはまるでASMRの需要というか、聴き手側のニーズを分かっているかのよう……まあそれだけカナタとしてもやりやすくはあった。

 そんなこんなでアルファナとアニスを見ながら調整は終了し、早速今日の配信で最小出力で試してみることが決定した。


「お疲れ様でしたカナタ様」

「お、お疲れぇカナタ」


 アニスの様子だけ見てせめて肩を貸そうかと思ったくらいだが、アルファナが代わりに肩を貸して帰って行った。

 しかし……こうして調整するにもやはり持つべきものは友人兼協力者だ。

 また別の日に今回協力してくれた彼女たちに何かお礼をしようと思い、カナタは再び部屋に戻るのだった。


「今日はお便りは無しにして……雑談の後だなこれは」


 そうと決まれば早速配信のために英気を養おうということで、カナタは早めに風呂に入ることにするのだった。

 それから夕飯までボーッとして過ごし、相変わらず誰とも会話をすることなく寂しい食事になり……配信の時間が来たことで彼は一気にギアを入れるようにテンションを全開にした。


「みんな待たせたなぁ! ハイシンだ!!」


 そうして本日も始まった配信のお時間だ。

 今日はお便りを読むことはせず、適当に雑談をするぜと言えばリスナーのみんなは分かったと次々にコメントを打っていく。

 まあ雑談配信とは言ってもリスナーとのお話みたいなものだ。


「そういえばさ~。この世界っていくつ国があるんだろうなぁ……王国に帝国、公国とか他にも大国に小国はあるんだろうけどさ」


・考えたことなかったよなぁ

・魔界とか合わせるとめっちゃあるくね?

・世界ってどこまで続いてるんだ?


「どこまで行っても最終的には同じ場所に戻ってくるだろ? ほら……世界って球体みたいな感じだし」


・球体?

・地平線の先はずっと地平線じゃね?

・海の先に大陸なんてあるのか?

・ハイシン君何を言ってるの?

・学の無さ出てない? 大丈夫?


 コメントにこそカナタは何を言ってるんだと首を傾げたが、もしかしたらこの世界では地球という概念がないのではないかと今更ながら気付いた。


(……そういえば考えたこともなかったな。この世界は……アタラシアって地球みたいな場所なのか? ずっと端の方へ行っていたら……戻ることなく、全く知らない場所に辿り着いたりするのかな?)


 それからコメントと話をしたが、世界の隅っこまで行った存在は居ないらしい。

 文献にも残っておらず……というか、そういうことを気にした人は今まで全くではないが現れなかったらしい。

 カナタたちが生きている大陸の先には必ず海があるため、船などを使っても流石に分からない場所まで向かうという気にはならないらしい。


(前世でも世界地図とかは結局一枚の図に纏まってはいたけど……その端っこと端っこが繋がっているって認識までは行ってないのか? まあ異世界だし、気にしても仕方なさそうだな)


 さて、こうなってくると何故カナタは世界が球体状だとあたかも断言出来たのかという疑問が残る。

 りすなーの何人か……おそらく地理学者のような人が居るのか、専門的な言葉が並んだりしてカナタはヒヤヒヤしながら誤魔化すことに成功した。


「コホン! さて、今日はもう一つだけやりたいことがあるんだよ」


 さあ……ついにやってきたぞその時間が。

 疑問をコメントに乗せるリスナーを置き去りに、カナタは帝国でお披露目しようと考えているアイテムの一つだとしてASMRを話題に出した。


「百聞は一見に如かずとも言うからな! 色々と検証はしたから大丈夫……リスナーのみんな、ちょっと付き合ってもらって良いか?」


・よく分からんけど分かった!

・何をするのです!?

・凄く楽しみ!

・ドキドキするんだけど!


「よしよし、掴みは良さそうだな」


 女性陣の協力もあってASMRの力は実証済みだ。

 ただいきなり不特定多数の相手に対してこっぱずかしい台詞を口にはしたくなかったため、カナタは取り敢えず朗読劇でもすることにした。

 これから特殊な環境下で記憶にある物語を話すから、それをどんな風に受け取りながら聞こえるかと後で教えてくれ……そう伝えてカナタは始めた。


(こいつをこうして……よし、行くぞ)


 バイノーラルマイクのスイッチを入れ、魔力やその他諸々の設定を最小にしてからカナタは話し出した。


「昔々、あるところに――」


 それはカナタが良く知っている昔話だった。

 カナタとしては特に話し方を変えているわけでもなく、単に見えない向こうでリスナーがどんな風になっているかだけが気になっていた。

 結論を言えば、この試みは大成功を収める。

 極端に魔力の注ぎと機械の出力を抑えたことで、どこまで耐性がなかったとしても心地の良い声へと変換され、程よく強弱も持ちながらリスナーの脳を揺らしたみたいだった。


・ヤバい……眠くなったわ

・だよな? 欠伸が止まらねえよ

・最近不眠で悩んでたんだけど、これ……ねれそ

・あ、寝たの?

・これ良いな……安眠できるかも


 とまあこのようにコメントでも絶賛だった。

 ここから出力を調整することで色々な楽しみ方を模索すれば良いなと思いつつ、全力でお願いしますと言って耐えたアルファナの言葉を鵜呑みにしなかったのが正解だったかなとも苦笑した。


「女性向けでもう少し出力を強くすれば脳をもっと強く揺らすような快感も得られるらしいんだわ。台詞っていうか、意地悪ボイスとか優しめボイスとか……恥ずかしいけど保存可能なボイスとして出せれば良いかなと思ってる。リスナーの人で欲しい人は買ってくれな!」


 ちなみに、最小出力のASMRには本当に安眠効果が含まれているらしい。

 不安などで精神的に参り、不眠症に陥った人に対してもっとも効果のある治療法として確立するのも割と近い未来の話だったりする。

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