また今日も旋律は奏でるのか
「ねえカナタ……?」
「……何も言うな」
「それは無理じゃないのぉ……?」
カナタとアニスは見てしまった。
廊下でボソボソと呟き続けるマリアを……この王国において第三王女という立場にある美しき少女の異様な姿を。
「はぁ……耳元で囁かれる幸せ……きゃっ♪」
そう、マリアがずっと耳を擦りながらはしゃいでいるのである。
マリア様がご乱心! マリア様が悪魔に憑かれた! 学生の中でそんな風に囁かれてしまうほど、今のマリアは本当におかしい。
「ま、マリア様……? 何かあったのですか?」
「あら、先生にはそう見えましたか?」
「……見え……見えましたぞ」
「そうなのですか? 変ですね……私は別に……きゃっ♪」
また誰かが叫んだ――マリア様がご乱心と。
普段のクールな彼女がキャッキャなんてはしゃいでみろ……そりゃこうなるよという典型的な例にカナタは口が開きっぱなしでアニスは若干引いている……引きながら怖がっている。
「……あ♪」
「っ!?」
「ひぃ!?」
そこでマリアがカナタとアニスを捉えた。
彼女はスキップをしながら二人の元にやってくるが、アニスは完全にビビってしまいカナタの背後に隠れる。
「おはようカナタ君! アニスはどうして隠れてるの?♪」
何故疑問を口にしてるのに恐ろしいほどに笑顔なのだろうか……。
とはいえこんな状況になっているわけだがカナタにはこれじゃないかという原因が予想出来ていた――それは一昨日のASMRだ。
(あの翌日は忘れてる風だったけどそれくらいだった……いやいや! それも全然ヤバい気がしないでもないけど、でもこんな人が変わったような……えぇ?)
いや、まだASMRが原因とは確定していない。
別にマリアの言動と雰囲気がいつもと違うだけで彼女は確かにマリアである――だがこれはどうにかしないといけない雰囲気ではあったので、カナタは何か手はないかと考える。
「……あら?」
っと、そこでマリアが動きを止めて辺りをチラチラと眺め始めた。
それから不思議そうにカナタとアニスを見つめたかと思えば、彼女から放たれた言葉はこうだった。
「私……何か変なこと言ってた? えっと……あれ?」
「マリア……?」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫……? 私は別に調子が悪くはないけど……え? どうしたの?」
完全にマリアは元に戻っていた。
突然の変化に驚くのはカナタとアニスだけではなく、今の今までそれを眺めていた他の学生たちも同様だ。
だが彼女が元に戻ったことは素晴らしいこととして、みんながみんなホッと息を吐いたのは言うまでもない。
「それじゃあね二人とも。私は教室に戻るわ」
「うん……」
「ばいば~い……」
嵐は去った……。
お互いにふぅっと息を吐いたが、やはりこうなってくるとカナタとしては原因の究明はしなければならない。
(本当にASMRが原因か……? 仮に原因だとしたら俺の声……何かヤバいものでも発してる?)
もちろんそんなことはないし、あれは言ってしまえばマリアのテンションがバグレベルで上昇した結果に過ぎない。
なのでカナタは何も悪くはない……悪いのはASMRの快感に耐えられない脆弱なこの世界の人間+その他たちなのだ……彼らの脳が弱いのだ!
「カナタ様」
「は、はい!?」
「アルファナ!?」
今まで傍に居なかったはずのアルファナが戻ってきていた。
小柄な彼女だがその存在感は凄まじく、聖女の威光は多くの学生たちにとっての憧れであり畏怖でもある……は少し言い過ぎかもしれないが、アルファナが生徒になって数ヶ月経った今でも彼女は相変わらず人気者だ。
「マリアに何があったのか教えてもらってもよろしいですか?」
「それはまあ……全然良いんだけど」
カナタは帝国でのイベントに向けた調整として、ASMRの調整で協力を仰いだことを伝えた。
様子が若干おかしかったのも隠さず伝えたがそれだけで、終わる頃には彼女はとても満足した様子だったことも教えた。
「それは是非確かめねばですね」
「アルファナ……?」
「アニスさんは要らないです私だけで良いです」
それはつまり……どういうことだとカナタは首を傾げる。
アルファナは口元に指を当てながら、カナタの予想した提案を口にした。
「今日、カナタ様のお部屋にお邪魔してもよろしいですか? 私もマリアも帝国についていくことが出来ないので、これくらいは力になりたいのです」
「それは良いんだけど……アルファナは大丈夫だよね?」
「女神様のご加護がありますもの!」
あ、それなら安心だとカナタは全然安心しなかった。
しかしアルファナはもう本日カナタの部屋に訪れる決意を見せており、要らないと言われたアニスもそれならあたしもと心意気を見せてくれている。
(アルファナの様子がマリアと同じなんだが……)
部屋に来た際に見せた興奮した様子のマリア……その姿の彼女に今のアルファナは酷似している。
とはいえもう彼女を止めることは出来ない……絶対に止まることはない。
この日、新たな破壊の旋律が奏でられることは既に確定した――カナタとしても確かめたいことではあるので、アルファナの提案は渡りに船だった。
「……ちょっと出力を下げれば大丈夫か」
「全力でお願いします」
「!?」
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