記憶すらも消し飛ばすASMR

「入ってくれマリア」

「し、失礼するわね……!」


 カナタの部屋に着いた瞬間、マリアは緊張した様子を見せていたが……少しすればその緊張も和らぎ、二人でのんびりとした時間を過ごしている。


「……やっぱり良いわねこういう時間」

「そうだな……」

「あまり気にしないでね? アルファナに聞いたけど、今は自分のしたいことに集中してほしいのよ。私たちだってそんなカナタ君を見ていたいから」

「……ありがとうマリア」

「えぇ♪」


 時間はたっぷりあるからと、そう言ったマリアの笑顔はカナタの心を軽くしてくれた。

 ふぅっと息を吐いたカナタの手を握りしめ、マリアはこう言葉を続けた。


「そもそもカナタ君のことはかなり知っているし、それ以上にこっちがのめり込んでいるようなものなのよ? 一緒に居れば居るほど気持ちは強くなるし、どんどん魅力を知っていくんだからもう逃げられないもの♪」


 果たしてそこまで言われるほどの魅力があるのかとカナタは目を丸くしたが、そう思ってくれることを嬉しく感じると共に、その言葉に恥じないビッグな男になろうとカナタ自身も思えるのだ。


「さてと、今日来てもらったのは他でもないぜマリア隊員」

「は、はい隊長!!」


 空気を切り換えるように声を上げたカナタにマリアは背筋を正す。

 別にそこまで真剣な空気になる必要はないが、それでも形から入るというのは大事なのだ。

 カナタが向かう先にあるのは机、そこにはカナタがハイシンだからこそ使っていると分かる端末があり、それはいつ見てもマリアからすればハイシンの聖地巡礼をしているような感覚で頬が緩々だ。


「……大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!」


 頬を引き締めようと両手でムニムニと触って固定させようとするが、それでもうへへと表情が崩れたまま……おっと涎が垂れてしまっているがカナタはバッチリ見ているが決して引くことはなかった……こういう時に容姿の良さはズルい。


「……マリア、はいハンカチ」

「あら、ごめんなさい……」


 とはいえ涎は拭こうねとカナタはハンカチを渡す。

 少しばかり出だしに躓いたが、カナタは布で被せていたそれを見せる――マリアもこれを見るのは初めてではないが、彼女はひっと悲鳴を上げたではないか。


「そ、それは……っ!」


 マリアが体を震わせて見つめるのはASMR用に作られたマイク――通称バイノーラルマイクだ。


「大丈夫……?」


 あまりの豹変ぶりにカナタは心配になったが、それも仕方ないというものだ。

 カナタがASMRというものを説明し、それが実際にどんなものであるかをマリアは体験している……その時の感覚は彼女にとって忘れられないものだ。

 見えない何かが脳内に入り込み、脳から体にかけて何とも言えない快楽を浴びせてくるのだから。


「……マリア?」

「っ……ぅん……やば……体が熱くて……」


 恐れていたはずのマリアは自身の体を掻き抱くようにしながら身を震わせる。

 顔全体が熱を持つように赤くなり、息も荒くなったその姿は当然のようにカナタを心配させた。


「お、おい大丈夫か?」

「あんっ……」


 肩に触れた瞬間、マリアはひと際強く体を震わせた。

 舌を付き出したような表情はあまりにもエロく、その一瞬の表情にカナタがすぐ視線を逸らしてしまうほどだ。

 それから数十秒を用いてマリアは落ち着いたように深呼吸をし、顔が赤い状態ではあったが大丈夫らしい。


「ちょっと前を思い出しちゃったわ……ふぅ。大丈夫よもう」

「……そうか」


 何かをやり切ったような、スッキリした様子なので本当に大丈夫そうだ。

 流石のカナタも今のマリアに起きたことについて察するまではいかない――それもそのはずで、自分の声で女性が気持ち良くなれるなんて思わないからだ。


「それで……それを使うのね!?」


 そして今度は乗り気且つ食いつき具合が半端ないマリア様だ。

 さあ早く使って、私にそれを使いなさいって視線で訴えかけてくるマリアを見て説明は要らないなとカナタは頷く。


「こいつを帝国のイベントで使おうと思ってな。それで協力を頼んだ――それじゃあ早速やってくけど良いか?」

「えぇ! えっと……」

「あ、こいつを使ってくれ」

「……なにこれは」


 そして!

 ここで出てきたのは更なる新アイテム――ヘッドホンだ。

 シドーの協力の元作成した耳に嵌めるイヤホンとはまた別に、耳全体を覆うことで決して外に音を漏らさないこのヘッドホンも実は届いていたお披露目アイテムの一つなのだ。


「普通に耳を覆う感じで付ければ大丈夫だ」


 マリアの頭にヘッドホンを優しく装着し、これにて準備は整った。

 やっぱり歯の浮く台詞を口にするのは恥ずかしいなと思いつつも、更なるステージへと進むためにカナタは口を開く。


 結果として、その日の実験というかマイクの調子は万全だった。

 マリアも時折体を震わせて何度かヤバそうな表情を見せはしたものの、終わった後の彼女はそれはもうスッキリした顔つきで艶もあった。

 ただ……翌日の彼女はカナタの部屋での出来事を全て忘れていた。


「私……何をしたんだっけ?」


 あははと……カナタが乾いた笑みを浮かべたのも当然だった。

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