下町を活気付けるために
「……恩返しってやつだな」
焼き鳥屋を営むおっちゃんだけでなく、他にもカナタに良くしてくれている城下町の人たちに対する恩返しだ。
ハイシンという有名人にもなった今、自分の影響力がどれだけあるかもカナタは理解しているし、配信者が食べ歩きをすることでその店に話題性を呼べることも前世でよく見ていたからだ。
「……でも、色々と考えちまうな」
果たしてこの恩返しは一方通行になるのではないか……それが少し心配だった。
おっちゃんが自身の店が栄えてほしいという願いを持っていることは知っており、売れるなら売れた方が良いと言っていたのも聞いている。
どういう形になるかは分からないが魔界との繋がりも出来そうだけど、それが原因で逆に忙しくなって体を壊してしまうのもカナタは嫌だった。
「一旦シュロウザたちには動かないように後で伝えたけど、変に贔屓せずに紹介して盛り上げたいところではあるな」
ということで、そうと決まれば相談は迅速にである。
放課後になった段階でマリアとアルファナに声を掛け、教会にあるアルファナの部屋に向かう形で時間を作ってもらった。
「それでどうしたの?」
「何かお困りですか?」
カナタは考えていることを二人に話した。
ハイシンという名前と生配信という作業を除けば、あくまでカナタがやろうとしていることは城下町のお店を盛り上げたいというものだ。
同じ王都の中でも店の存在を知らなかったり、或いは行こうとは思っていても優先するほどではないとか……そんな中でも、カナタの一言で人気に火を付けることが出来るならと思ってのことだ。
「なるほど……良い考えだと思いますよ」
「そうね。それに貴族に対しても良い刺激になるんじゃない?」
「貴族に?」
そこでマリアが話してくれた。
昔から貴族と平民の間に壁はあるものの、最近では貴族から平民に対して良い意味でアクションを起こそうとする動きがあるらしい。
そこには間違いなくハイシンの影響があるとのことで、改めて自分のしていることが素晴らしいのだと言われ、カナタは分かりやすく顔を赤くした。
「……ははっ、嬉しいもんだなやっぱり」
「自信を持ちなさいカナタ君。あなたの声を世界を変えるのよ?」
「そうですよカナタ様。あなただからこそ、こんなにも人々はあなたの言葉に耳を傾けるのですから」
あまりに褒めすぎな二人に止めてくれとカナタは苦笑した。
それからカナタの計画を成功に導くため、マリアとアルファナはかなり遅い時間まで話し合いに付き合ってくれた。
帝国に向かう準備が始まったりすると集中できないため、早いうちにやってしまおうということで計画は練られていく。
「……本当に素晴らしい人たちに恵まれたな俺は」
ある程度の予定を詰め終え、寮に戻ったカナタはそう呟いた。
ハイシンとして活動を始めたわけだが、今となってはこんなにも彼の味方は増えて支えられている。
まさか神や魔王がリスナーになるとは思っていなかったが、それすらも配信というコンテンツを広めたからこそカナタ自身に訪れた奇跡なのだから。
「一応、一方通行になるわけでもなく……迷惑になることもないように明日から数日はリサーチをしないとな」
明日、ここで取材するからお願いしますなんていう文化はないため、どこまで行ってもぶっつけ本番になってしまう。
今からだとどうなるかはまだ分からないが、これもまたハイシンとしての新たな挑戦だということでカナタは気合を入れるのだった。
▽▼
それから三日ほどが流れ休日がやってきた。
カナタは自分に出来る範囲で城下町の出店並びに、そのほかの平民が運営する店にリサーチを行い、ほとんどの店が何か新しい刺激と風……すなわち、国内だけでなく国外にも美味しい物を作ってるんだと知ってほしい様子だった。
「その日に関しては騎士を配置してもらうことになったわ。国賓を招くのと同じ感覚なのだけど、誰と言う前にお兄様ったら察しちゃったのよ」
「驚きましたよね。私とマリアが既にハイシン様と知り合っていることを知っているからこそのフットワークの軽さでもあったのですが」
かつてオーロラを発生させた時のこともあってか、マリアとアルファナがハイシンと繋がっていることは多くの人が知っている……というより、収穫祭の時の出来事もあるので今更だ。
「……よし、後は打ち合わせ通りに……ちょうどシドーに頼んでいたものもまた完成したからな」
さて、後はもう動き出すだけだ。
マリアとアルファナだけでなく、他のハイシン事情を知っている人たちも協力してくれることになっているので、本当にカナタにとって心強かった。
元はおっちゃんを助けたいという願いからだったが、今は自分の住んでいる王国と良くしてくれたおっちゃんおばちゃんたちに対する感謝を込めて――カナタは動き出すのだった。
そして、その時は訪れた。
多くの騎士が配備された城下町だが、決して凶悪犯罪が起きたりだとかそういうマイナスな印象を与えるものではないことは既に周知されている。
「なにが……始まるんだ?」
「……分からないな」
「……王族の方々が言うには安心して良いらしいが」
口々に色々な憶測が囁かれる中、ついに彼が……仮面の彼が姿を見せた。
スタッとどこから現れたのかは分からない……だが、彼は――ハイシンは堂々と城下町を歩いている。
最初は誰もがそれを偽物だと、コスプレだと疑っただろう。
しかし、彼は腕を広げてこう宣言した。
「よおみんな! ハイシンの生配信が始まるぜぇ!!」
その声は正しくハイシンの物……その瞬間、怒号のような歓声が響き渡る。
地面が揺れるほどだと錯覚してしまうような、それほどに大きな声がここを中心に響き渡り、誰もがハイシンをもっと近くで見ようかと駆け寄ろうとする。
しかし……そこで誰かが立ち止まったのだ。
そしてその誰かだけでなく、他の人たちも静かに足を止めていく……そして誰かがこう言ったのだ。
「ファンならハイシン様を困らせちゃダメだ……ここにどうして現れたのかは分からないけど、俺たちはリスナーとして迷惑を掛けちゃいけねえ!」
「そうよ……私たちはリスナーなのよ。民度の良いリスナーだって自信を持って言えるような人間で居なくちゃ!」
そう……収穫祭の時にハイシンに言われたことを彼らは覚えていた。
本当なら飛びつきたい、もっと近くで見たい……それでもハイシンに迷惑を掛けたくないからこそ、民たちはそれをグッと堪えている。
「ハイシン様ぁ!!」
ただ、小さな子供となると話は別だろう。
親の制止を振り払って一人の男の子がハイシンに駆け寄ってしまう……多くの人が固唾を飲んで見守る中、ハイシンはその男の子の頭に手を置き、よしよしと撫でて離れるようにお願いした。
「ありがとうハイシン様!」
それもまた、男の子にとっては最高の思い出となるだろう。
今回どうして現れたのか、これから何をするのか、その趣旨はまだ話されていないが彼は……ハイシンはとある男子に目を付ける。
「そこの君」
「え? 俺?」
男子は指名されたことに驚きを露にした。
今回のイベントを企画した側でもある王女のマリア、聖女のアルファナも見守る中ハイシンは男子――学院生のカナタの元へ歩いた。
「今から生配信をするんだが、この城下町で美味しい出店を紹介してくれないか?」
どこか台本染みた棒読み感はあるものの、ハイシンの言葉はすぐに広がっていく。
カナタはその言葉に頷き、困惑した様子を見せながらも頷くのだった。
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