投げ銭についての注意喚起は大切

「よおみんな! 今日も元気に配信やってくぜぇ!」


 さて、本日も毎度おなじみカナタの配信タイムだ。

 元々長く活動をしていたのもそうだが、王都での収穫祭に仮面の姿で登場したことや魔界からの予想外の配信も合わせて、最近の配信の盛り上がりは凄まじい。


・よっ! 待ってました!

・ハイシン様あああああああっ!!

・お前を待ってたんだよ!

・お便り読まれるかなぁ?

・うおおおおおハイシン!!


 次々と書き込まれるコメントは当然ながら目で追うことが出来ず、改めて人気者になったなと満更でもないカナタは笑みを浮かべた。

 ただ……今日の配信はいつもと違い、まずは注意喚起から入る。


「みんな、今日もいつものように楽しく配信……と行きたいところだが、実は紹介したいお便りがあるんだよ」


 お便りの紹介はいつもやっていることだが、こんな風にカナタが神妙そうな雰囲気で冒頭から始まるのも中々レアではある。

 配信はカナタ自身だけでなく、リスナーのみんなにも楽しんでほしいからこそ雰囲気は常にテンション高く、けれども決して嫌にはならない絶妙な位置をキープするのだから。


(……ある意味タイムリーな話題だったぜこいつはよ)


 そもそも今日の配信では投げ銭について考えを表明するつもりだった。

 だが……そんなカナタの元に届いた一通のお便り、それは確かに事態がカナタの知らない所で悪化していることを教えてくれたのである。


「それじゃあ読んでいくぜぇ」


“ハイシン様、突然のお便りをお許しください。

私たちは一家揃ってハイシン様のリスナーであり、毎日あなた様の配信を楽しみにしています。

これからも健康に気を付けていただければ、いつもあなたの元気な声を聴かせていただければ私たちはそれだけで幸せでございます”


「へへっ、嬉しいことを書いてくれるよなぁ。ここまで有名になることがなけりゃ体調なんて度外視だったかもしれんけど、俺に何かあったら悲しんだりしてくれる人たちが多く居るからな。それを考えたら常に自分の体のケアは欠かせねえぜ」


 シンプルにカナタのことを労わり、ファンだと伝えてくれたこの文章にカナタはご満悦だ。

 コメント欄からもリスナーの鏡だと言う声がいくつもあり、もしもこの配信をお便りを届けてくれた人が聴いていたらきっと照れてしまうのではないか……それくらいにコメント欄は温かった。

 が、しかし……問題はこの後に続く言葉――それが本題になる。


“……ですが、最近娘があまりにも熱狂的すぎて投げ銭が止まらないのです。

何かに夢中になることを否定したくありませんし、大好きなハイシン様のことを想う気持ちは分かるので強く言えません……ただ、それでも娘は自分のお金だけでなく家のお金にも手を付けるようになってしまいました。

私の家は幸いにも生まれに恵まれ貴族という立場ではあるのですが、流石にこれはどうかなと思ってしまったのです。

ハイシン様、どうにか出来ないでしょうか? このようなことを相談してしまい申し訳ありません”


 っと、そこでこのお便りは終わっている。

 日中にちょろっと耳に入った投げ銭に関わる問題であり、カナタがそれを一切気にすることはないのだが……それでも自身の抱えるリスナーであり、少しでも困っている旨を伝えられるとカナタとしても無視は出来ない。


・うわぁ……

・投げ銭なぁ……でも気持ちは分かる

・名前とコメントを優先して読んでくれるもんな

・流石に限度はあるだろうけど

・そんなに高額のお金を送ってるの?

・そういえば同じ名前で送ってるのが居たような……

・昔は名無しの王女とか凄まじかったよな!

・あれはマジで大貴族らしいぞ


 コメントとしても色々な考えがあるようだった。

 ただあり得ないだろうとか、馬鹿な娘を持ったなとか、そのようにお便りの主を馬鹿にするようなコメントは見受けられず、この配信を見届けているほとんどの人が真剣このことについて意見を交わしている。


(……改めて思ったけど、俺のリスナー民度たけえなぁ)


 時に化け物のようなコメントやお便りが届くものの、比率的には圧倒的にカナタにとって嬉しい言葉をくれるリスナーの方が多い。

 さて、そんなお便りが来たことでカナタは腕を組む。


「投げ銭問題に関しては俺も注意喚起をするつもりだった。ぶっちゃけ今更だろって気がしないでもないが、それでも言っておくぜ――みんながくれる投げ銭は凄く嬉しいし、活動の励みになるのは当然だ。でも投げ銭をもらう度に言ってるようなもんだけど、無理だけはしないでくれ」


 少額ならまだしも、高額の投げ銭をもらえばカナタとしても驚く。

 今となっては驚きも少なくなったが、かつてマリアやシュロウザが高額投げ銭を送ってきたはそれはもう逆に怖くなったくらいなのだから。

 注意喚起は一旦この辺で……とは行かず、カナタは更に言葉を続けた。


「何度だって言うぜ。――俺のためにしてくれることは嬉しくても、それで何かがダメになっちまうなら本末転倒だ。自分のことだけでなく、家族のことや周りを考えられないようじゃダメだ」


 カナタにとって……いや、カナタだけでなく親というのは大切な存在だ。

 自分を産んで慈しみ、愛を注いでくれる存在なのだから――カナタはそう強く想っているからこそ、他人事ではあっても親の立場に居る存在からの言葉は響くのだ。


「お金をもらっている側ではあるんだが……無理をしたりするくらいなら、誰かを困らせるものなら俺はもらいたくない――だからリスナーのみんな、しっかりと無理とそうでない線引きはしてくれ」


 あとは効くかどうか分からないが、その限度を守れず家族に迷惑を掛けるのだとしたら嫌いだぞとも伝えておいた。


・分かった!

・気を付ける!

・限度は大事だよな……!

・ごめんなさい気を付けます!

・ありがとうございますハイシン様!


 これからどんな風に変わるかは分からないが、少なくとも注意喚起としては十分だろう。

 一応、また何かあったらお便りで送ってくれっと伝えたのでたぶん……大丈夫だよなとカナタは頷くのだった。


▽▼


「流石カナタ君ね! でも……一歩間違えたら私もこうなってたのかしら」


 カナタの配信を聴きながらマリアはそう口にした。

 おそらくカナタに対する投げ銭トップワンに君臨するであろうマリアだが、彼女はちゃんと自分の使える金を出している。

 その辺りのことはちゃんと線引きが出来ていたが……このカナタに対するハマり具合が更に酷かった場合、どこまで行っただろうか……もしかしたら国庫にまで手を出した可能性も無きにしも非ず。


「……想像するだけでも怖いわね。まあでも、怖いと思えるだけ良かったわ」


 一瞬……本当に一瞬、投げ銭投げ銭と連呼しながらボタンを連打する自分の姿を想像したが、それがかつての自分の狂気的な姿だったことを彼女は覚えていないのだろうか?

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