投げ銭も限度を考えようねって話

「……あなた」

「……そうだな。これはもう取り上げるしかないかもしれない」


 とある夫婦が困ったように自分の子供を見ている。

 その子供……おそらく十五歳程度の少女だろうか――その少女は小型の端末に頬を擦り付けるようにしてその声を聴いていた。


『こうして色んな人がお便りをくれるのは凄く嬉しいことだぜ。俺だけが喋るだけの配信は……みんなは良いように思ってくれるかもだけど、個人的には早々にネタは尽きそうだし面白くなさそうだからなぁ!』

「そんなことない……そんなことないよハイシン様! ハイシン様はいつだって正しくて面白いもん! はい! お金あげます!」


 少女がポチッとボタンを押すと投げ銭という形でハイシンにお金が送金される。


『お、投げ銭ありがとな! 大切な活動資金と生活費にさせてもらうぜ!』

「……いやんっ♪♪」


 自分がハイシンの生活を支えている……そんな思い込みと妄想が少女を興奮させるかのように、まだ幼い女の子は頬を染めてハイシンに夢中だ。

 彼女の両親は深いため息を吐き、本当にどうしようかと悩んでいる。


「夢中になってくれるのは嬉しいんだけど……家のお金を使われるとね」

「そうだな……本当に端末を取り上げる他ないかもしれんが、一旦ハイシン様に相談の一つくらいはダメ元でしてみるか」


 推しに貢ぐ姿はカナタの前世でも良く見られている光景だ。

 そして家の金……つまり親の金を使って貢ぐのもまた珍しいケースではあるが、ないわけではなかった。

 送られてくる金がどんなものなのか、それは送られる側のカナタは当然出所をわかってはいないし知る由もない……だがこれはある意味で一つの社会問題でもあった。


「ハイシン様素敵! 結婚したい……はふぅ♪」


 帝国で予定されているハイシンによるイベントを前にして、いつかは必ず起こるであろう問題がカナタの身に降りかかることとなるのだった。


▽▼


「……うん?」


 それはふと、カナタが聞いた声だった。


「ねえねえ、アンタ最近結構ハイシン様に投げ銭してない?」

「してるけど? 好きなんだから仕方ないでしょうに……何よその顔」

「そのお金ってちゃんと自分のよね?」

「もちろんよ。ちゃんと自分のお小遣いの範囲で出してるわ」


 クラスメイトの女子の会話、それをカナタは寝たフリをしながら聞いている。


(投げ銭なぁ……正直言うとそれのおかげで将来の心配は何一つねえや)


 投げ銭……前世でも存在していたシステムだ。

 今までにカナタは何度も配信を通じて投げ銭を受け取っており、一人一人が送ってくれる額の大きさに関わらず、合計した場合の金額は凄まじいものだ。

 将来に心配はなく、よっぽど普通からかけ離れた贅沢をしない限りは何も心配はない……だがそれは同時にリスナーが支えてくれているからこそでもあるので、カナタとしてはあまり無駄遣いをするつもりは全くない。


(しっかし……自分の金かそうでないかは大事だよな)


 一応、名無しの王女だったりが大金を送ってきていた過去もあったが、実はそれが全てマリアたちであることもカナタは知っている。

 直接彼女たちのことを知り、協力関係となり……そして親しい仲になったからこそ表立って協力出来る形に落ち着いたので彼女たちからの投げ銭も今はないが、それでも世界各国のリスナーから投げ銭は止むことはないので、カナタの貯金は膨れ上げる一方だ。


「ハイシン様も心配していたけれど、流石に家のお金を使うのは無理ね」

「それはそうよ。私たちは貴族だからある程度のお金があるとはいえ……流石に自分の趣味に関係のない場所からお金を使うのは違うもんね」

「うんうん」


 この子たち、とてもしっかりしているなとカナタは感心していた。

 不思議と覚えている前世の記憶の中でも、配信者に届ける投げ銭に関して一部で問題定義がされていたのをカナタは知っている。

 高額の投げ銭を社会人でもない子供がしていた問題で、そのお金の出所は親のクレジットカードだったりと悲惨な出来事は時々見ていた。


(……配信者側からすれば気にするようなことじゃない……だってそれはこっちに金を送った側の問題だからだ。でも……俺のファンで居てくれるからこそ、限度は守ってほしいもんだよな)


 十金貨――前世で十万円分の価値があるお金を一度に投げ銭していたマリアに以前引いたことはあったが、あれはあれでマリア自身が公務などで稼いだお金なので、それは別に問題ではないだろう……ハマり具合は問題かもしれんが。


(今もちょくちょく投げ銭はもらってるし、それこそ莫大な金額も時々届いているからなぁ……まあ莫大レベルは確実に貴族かその辺りだろうけど、改めて俺の方から注意喚起はするべきだな)


 それか年齢制限……或いは何かフィルターのようなものがあれば良いなとカナタは考えたが、流石にそこまでの機能は有していない。

 無限の魔力の可能性も考えれば出来ないことはなさそうだが……もし作るならまた試行錯誤が必要かもしれないなとカナタはため息を吐く。

 そうして今夜の配信に関して予定を立て、放課後になった段階でカナタはアニスと共に城下町を巡っていた。


「それでぇ、どうしたのぉ?」

「いやな……色々考えたんだわ」


 マリアとアルファナはそれぞれ仕事があるためこの場には居ないため、その隙を突くようにアニスがカナタを捕まえた。

 一応遠くからミラの視線もバチバチに感じているが、取り敢えず隣のアニスとの話に集中する。


「なるほどねぇ……投げ銭かぁ……あたしも結構投げてたわねぇ」

「……ちなみにどれくらい?」


 耳元で囁かれた金額は……まあ凄まじかったとだけ言っておこう。


「投げ銭って分かりやすい形でハイシン様に貢献出来るわけじゃん? その都度名前を読み上げてもらって感謝の言葉をもらえる……熱狂的なリスナーからすればそれはもう金額以上のご褒美みたいなものだしぃ?」

「……ふむ」


 確かにアイドル系Vtuberだったりの投げ銭は凄まじかったなと思い出すが、カナタは別にアイドルというわけでもない……いや、むしろ一人しか居ない配信者なのでアイドル以上ではあるだろうか。


「とにかく色々と言ってみるよ」

「そうね。応援してるわぁ」

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