帝国での日常

『やあみんな! 今日も配信の時間がやってきたぜええええ!!』

「おっほおおおおおおっ!! ハイシン!! ハイシン!!」


 場所はザンダード帝国にて、皇帝であるローザリンデの大きな声が響き渡る。

 今の彼女を支える大臣を含め、彼女を知る者たちはまた始まったと大きなため息を吐きながらも、楽しそうな主君の様子を見守る。


『魔界から帰ってきて一発目の配信だけど……いやぁ魔界は楽しかったぜ。魔王も他の魔族たちももてなしてくれてさ。マジで最高だった!』

「うむうむ。魔界からの配信は余も楽しませてもらったぞ! こちらでは見れないような景色もそうだが、魔族たちの笑顔もしっかりと記憶に刻まれている……どうして争っていたのか分からなくなるほどだ」


 そのローザリンデの呟きには多くの者たちが頷いている。

 人間と魔族が争う……それは古来より続くものであり、マイルドな言い方をすれば伝統行事みたいなものだった。

 争ってばかりでは失われる存在の方が多く、得られるものは皆無と言ってもいい。

 だからこそ、そんな人間と魔族の争いにメスを入れたのが他でもないハイシンであるカナタ……彼の存在はあまりにも尊く、守らねばならないものだとローザリンデは考えている。


『それじゃあお便りやってくど~! 何々……結婚してくれハイシン様! お、プロポーズかよ困っちまうぜぇ! って男!? 舐めてんのかてめえ!!』


 時折あるリスナーとのプロレスも配信の醍醐味だ。

 ただ、ローザからすれば一瞬だけ相手をどうしてやろうかと思ったものの、相手が男でプロレスであることが分かったのだから特に何もしない。


「ローザ様」

「なんだ。今余は忙しい」

「っ……ローザ様。配信などに時間を割かず、しっかりとこちらのことを――」


 ギロリと、ローザは声を掛けてきた貴族に目を向けた。

 貴族の男は彼女に睨まれただけで体を震わせ、何も言えなくなったかのように顔を背けてしまう。

 男の言葉は配信にうつつを抜かすのではなくしっかりと仕事をしてくれという意味にも捉えられるが、既にローザは本日やるべきことは全て終えており、それもあっていつものルーティンでもあるカナタの配信を楽しんでいる。


「良かろう。見せてみるが良い」


 ちなみにこの貴族の男について、部下より不正を行っている旨の件をローザリンデは聞いている。

 優秀な部下に全てを任せているのもあるが、この貴族から何を進言されたところで聞く耳を持つことはないのだが果たしてその内容は何だろうか。


「……ふむ」


 内容はハイシンに関するイベントについてだった。

 既にローザリンデは帝国でハイシンが記念イベントを行うこと、その準備をしていることは通達している。

 帝国にはローザリンデを始めとしてハイシンのファンは多く、今回のイベントは帝国を更に盛り上げることになるのは確実だ――だが同時に、やはりと言うべきかハイシンのことを煩わしく思う存在の炙り出しの意味もある。


(ハイシンのイベントに関しての提案……これは全て、ハイシンだけでなく彼のファンに対しても気遣ったものだ)


 この提案書だけならすぐにでも頷いて構わないものだ。

 だが……ローザリンデは帝国の皇帝であり、彼女の部下もまた全ての分野において優秀である――この男がかつて、ハイシンを亡き者にしようとした一族の一員であることも分かっている。


『まああれですよ。ハイシン様を殺せだなんて言われたら……その場でそいつを殺しちゃいますよ♪』


 王都に向かった際、綺麗な微笑みでカラス――ミラはそう言っていた。

 かつてミラがハイシンの殺害依頼を受けた際、断る形で殺した一族の一人……それがこの男であり、彼もいわゆるハイシンアンチというやつだ。


「何を考えている? そなたのこの提案書は全てハイシンのことを考えてのものだ。本当にそれだけか?」

「……何を言いたいのでしょうか?」


 みなまで言わねば分からないかとローザリンデは立ち上がった。

 玉座に立てかけるように置いていた剣を手にし、その刃を抜きながら男へと突き立てる。


「余はハイシンに対し、悪の感情を持つ者を見分けることが出来る――これも彼への愛故な」

「……また病気が出てしまわれたか」

「絶対愛じゃない」

「黙れ貴様ら」


 優秀でありながらもローザリンデのことをよく分かっている部下たちだからこその言葉であり、この戯れも帝国の間では日常茶飯事だ。

 さて、ローザリンデは今不思議なことを口にした。

 それはハイシンに対する悪感情を見抜くことが出来るというもの……これは別に出鱈目でもなく本当にその通りなのだ。


「見えるぞ。そなたから感じる悪の感情が……あまりにも分かりやすく余に教えてくれるわ」


 軍神として戦乱の世を戦い抜いたローザリンデの目は曇りのない真実を映す。

 自身が気に入っている者、少しでも懐に入れた者に極端に甘くなってしまうのはある意味で彼女が不器用だからだが、ハイシンに対する狂信的なまでの崇拝は彼に向く悪意に悉く敏感になってしまった。


「ゆっくりとその体に聞いてやろう――余はハイシンたちに約束した。一切の危険も心配もない帝国の旅を用意するとな」

「っ……狂信者共が――」


 男の首に刃が当てられた。

 肉の皮に触れた刃を血が伝っており、後少しでも力を込めれば男の首は体からさよならしてしまうことだろう。

 男が連れて行かれた後、ローザリンデはため息を吐く。


「はぁ……何故、彼を信じられぬ者が居るのか分からんな」

「ハイシン様も言っておられたでしょう。万人に好かれる者など居ないと、仮に居たとすればそっちの方が怖い存在だと」


 それもそうだなとローザリンデは笑った。

 このようにして着実に帝国での浄化作業は進んでいき、カナタが訪れる頃には一切の心配はなくなるものと思われるが……果たして。

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