魔界からお届け生配信

 その日、カナタの配信はいつもと毛色が違っていた。


「さあみんな、ついにやってきたぜこの時がよぉ!!」


:ついに来たのか!

:待ってたぜぇ!!

:ハイシン様あああああ!!

:一体どういうことなんだ!

:その禍々しい場所は一体!?


 不安と期待で大盛り上がりしているコメント欄にカナタは満足しつつ、しっかりと目の前の景色を映すために端末を構えていた。

 今カナタが立っている場所は魔界……そう、今日は魔界からの現地生配信を彼は行っていたわけだ。


「人間界と魔界の間で停戦協定が結ばれてから数ヶ月、やっぱりみんなの中でもいつどこで魔族が侵攻をしてくるか分からないってことで、そんな恐怖を抱いている人も少なくないはずだ。だから今日は俺がこの魔界の姿をみんなに届けるぜ」


 本当に大丈夫なのか、これが魔界の姿なのかと、色々なコメントが行き交っておりそれだけ関心を集めているのは確かだった。

 そもそも今日は普通にカナタは配信を行う予定だったのだが、外でボーっと過ごしていたら暇を持て余したガルラが襲来し、そのまま久しぶりに魔界にどうかということになったのだ。


(……まあ俺も今日ここに来ることになったのは予想外だけどな)


 ちなみにガルラの独断でありシュロウザの意志は働いていなかったのだが、カナタが魔界に来た段階でシュロウザは察知し飛んでやってきた。

 とはいえ仕事の途中ということもあって渋々帰って行ったのだが、以前に渡した音声データが最高だったとの感想ももらえてカナタはご満悦だ。


(シュロウザも夜まで仕事が忙しいみたいだし……それに必要以上に騒ぐなってお触れも出してくれたからな)


 魔族は人間と違って魔力の質が視覚することが出来るので、カナタがハイシンであるということはすぐに分かってしまう。

 なのでこと魔界において自衛は何の意味も為さないが、それでも絶対に迷惑は掛けるなと魔界全土にシュロウザが伝えてくれたのはありがたかった。


「……あれがハイシン様?」

「す、素敵じゃない……ぐふふ」

「ちょっとアンタ、凄い顔になってるわよ……」

「ハイシン様は世界一ぃぃぃぃぃぃ!!」


 ……とまあこのようにカナタの生配信には多くの雑音が入っているわけだが、逆にそれもまたリアルな声なので魔族がこのように熱狂するハイシンとは何者なんだということと同時に、魔族も自分たちと変わらないんだなと若干だが恐怖が薄れていくことが期待できそうだった。


「……お前たち、あまり騒ぐんじゃない」


 ちなみに、いくらシュロウザがそのようなお触れを出したからといって傍に誰も居ないわけではない。

 カナタの傍にはガルラとルシアが控えており、どんなことがあっても対処できるほどの守りは整っているわけだ。


「……二人は別に顔とか出ても大丈夫なのか?」

「俺たちがそんなことを気にすると思うのか?」

「うむ。気にすることはないから大丈夫だよ」


 とのことらしいので、今回の同行者ということでカナタは二人に端末を向けた。


「今回俺に同行してくれている二人だぜ。バードマンのガルラとサキュバスのルシアだぜよろしくぅ!」


 ガルラとルシアを画面に映した瞬間にコメントが加速した。

 二人とも類い稀なるイケメンと美女というのもあるし、基本的に彼らの人との違いは翼や角といったものがあるかどうかという違いしかないため、武器を持って襲い掛かってくるような姿でない限りは怖くはないはずだ。


・おぉ魔族だ!

・……良い男じゃねえか

・サキュバスえっろ!!

・おっぱいデカい!!

・うほっ!!

・なんか、こう見るとそこまで人と変わらないんだな

・大丈夫かって思ったけど……そこまで怖くないな


 コメント欄の反応を見る限り反応は良くてカナタは安心した。

 ガルラもルシアも特に出しゃばるつもりはないらしく、よろしくと一言口にして一歩下がった。

 今回こうして魔界の姿を見せると共に、魔族にどのような者たちが居るのかを見せることも今後の動き方に大きな影響を与えるだろう。


「ちなみになんだけどさ。これから先、本当の意味で人間と魔族で友好関係が結ばれた時にこっち側に観光とかって出来るのか?」


 カナタの言葉にルシアが頷いた。


「もちろんだよ。確かに今まで私たちは互いに敵対する立場だったけど、君を通じて争うことの愚かさを知った今となっては犠牲しか生まない戦いに意味などないことは理解出来ている。だからこそ、人間たちと仲良くできるようになればそのようなこともきっと実現出来るはずさ」


 人と魔族は元来争う者として語り継がれ、近年までそれは続いていた。

 だがこうして言葉を交わすことが出来る以上、話し合えないわけがないのである。


「まあ俺たちの中にも、そして人間たちの中にもいまだにうるせえ連中は多いだろうけどよ。でもきっといつかはそれも実現できるんじゃねえか? 少なくとも魔王様はそれを望んでいるぜ」


・魔界に観光かぁ

・考えたことなかったな

・でも……争うよりは全然良いよ。

・あ、でもこの前ボク魔族の人とお話したよ? 凄く気持ち良いことしてくれた!

・……どういうことだ?

・えっとね。角と翼があって……凄く綺麗なお姉さんだった! それで頭を撫でられたら眠くなって……それでとにかく気持ち良かった!


 何やらコメント欄から香ばしい話題が漂ってきた。

 それ完全にショタ喰いのサキュバスじゃないかとカナタは思ったが、ルシアがため息を吐いて肯定した。


「サキュバスの中には幼い子供が好きな者も居るからね。もしかしたら精気を吸われたのかもしれないな」


・はっ? 羨ましすぎるだろ!

・サキュバスのお姉ちゃん俺のところに来てくれ!!

・普段の仕事で疲れてんだ癒しをくれえええええ!!

・実はさ……サキュバスのことずっと良いなって思ってたんだ

・男たち最低……

・俺はそっちのバードマンの方が好みだぜ

・……うん?

・およ?

・ハイシン様、お返ししま~す


 またまた更に香ばしいネタにコメント欄は大盛り上がりだ。

 カナタだけでなくガルラとルシアもこうやってコメント欄と会話をするのは初めてということで、二人もそこそこ楽しそうだ。

 盛り上がる男たちのコメント欄に更に燃料を注ぐかのように、ニヤリと笑ったガルラが口を開いた。


「俺は利用することはねえけど、サキュバスが運営する娼館もあるぜ。人間相手ってのも良いだろうが、偶には死にそうになるほどの快楽を求めてこっちで世話になるってのも良いんじゃねえか?」


・……ほう?

・詳しく

・いくらなんだい?

・魔界に行きたい

・やっぱりサキュバスはみんな美人なのか?


「ルシアみたいなのも多いし、なんなら成人済みだがガキと変わらない体系の奴も居る。しかも色んなプレイが出来るってことで魔族の中でも評判だぜ?」


 そんなガルラの言葉にコメント欄は更に盛り上がった。

 みんな欲望に忠実だなとカナタは苦笑しつつ、魔族の案内生放送と題してようやく歩き出した。

 こうして魔界の街中を歩くというのはあの時以来でもあり、カナタとしても色んな発見があってリアクションは新鮮だった。


「これ美味いな」

「だろ?」

「私もそれは好きかな。ただ食べ過ぎると体重がね」


 人間界には存在しない食材で作られた食べ物も大いにリスナーの興味を刺激し、本当に良い意味でこの生配信は突然のことではあったが成功を納めたと言っても良い。

 人間の中でもいまだに変わる変化を受け入れられず五月蠅い連中は多いのだが、それもすぐに押し退けてしまいそうな魔界ブームがやってきそうだ。

 食べ歩きをしながら歓楽街のような場所を回っていると、ついにリスナーが一番気になっているであろう建物がカナタの目の前に現れた。


「……おぉこれが」


 そこはサキュバスが運営する娼館だった。

 人間の娼婦とやはり見た目の違いはそこまではないのだが、サキュバスが持つ絶対的なエロスが漂いカナタの男を刺激してくる。

 娼館の受付に座っている女性はカナタのことを見つけると即座に頬を赤く染め、決してサキュバスが見せることのないほどの照れた姿を披露した。


「基本的に魔界の女性はみんなハイシン様のファンだからね。君に会えたことが嬉しいのもあるし、あんな風に肌を見せている姿が恥ずかしいのかもしれない」

「……へぇ」


 言葉が止まったカナタ、同時にコメント欄も僅かに止まった。

 その後、すぐに再起動したカナタだったがコメント欄の盛り上がりは本当に凄かった。

 流石に男性が喜びそうなものばかりを見てしまったなと思い、次に女性にウケそうなインキュバスが経営している店……いわゆるホストクラブのような場所も紹介し、そこでも更にコメント欄が盛り上がった。


「……疲れたなぁ」

「お疲れ様だカナタ」

「私の胸で休むかい?」


 ルシアからの魅力的な提案には頷かず、配信を終えたカナタは椅子に深く腰を沈ませて休憩をすることにした。

 初めて魔界の魅力を伝えるために生配信をしたのだが、かなりの手応えと感触をカナタに与えたのは言うまでもない。

 もしかしたら近いうちに人間界と魔界の間で何かアクションがありそうな、そんな期待感も多くの人に抱かせる配信となった。

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