やっぱり女神様だった。

「ほんっとうにごめんなさい!!」

「いや……その、頭を上げてくれって!」


 カナタの目の前でイスラが綺麗な土下座を披露していた。

 収穫祭から数日が経ちカナタはいつも通りの日常を過ごしていたわけだが、こうして突然にイスラが目の前に現れたのである。

 どうして彼女が謝りながら頭を下げているのか、その理由に気付いているからこそカナタは頭を上げてくれと言ったのだ。


「女神さまがそう安々頭を下げるんじゃねえよ! つうか色々と考えたら礼を言わないといけないのは俺の方だろ?」

「……どうして?」


 顔を上げたイスラにカナタは説明した。

 そもそもカナタの方もマリアやアルファナとの接し方に関して考えが及んでいなかった部分はあり、そこでバレなかったのはイスラの魔法のおかげなのである。

 自分が気を付けなければいけなかった部分のフォローをしてくれたのがイスラだったのでそのことにお礼はすれど、魔法が解けてしまったことに対する文句は何一つあるはずもない。


「その……ありがとうイスラ。ある意味で今回のことは逆に良かったと思ってる。じゃないと俺はずっとイスラの気遣いに気付けないままだったから」

「……カナタぁ!!」

「むがっ!?」


 感動した様子のイスラの胸に抱かれ、カナタは一瞬息が出来なくなりそうになったがイスラはハッとするように体を離した。

 コホンと咳払いをしたイスラは気持ちを切り替えたように言葉を続けた。


「今回のことは私のミス……というよりもカナタの力を見誤っていたの。まあでもそんな風に言ってくれたのならば女神なのに昇天したのも悪くはないわね」

「それはどうなんだ?」


 クスクスと口元に手を当てて笑ったイスラは再びカナタの傍に近づく。

 背中に生える大きな羽がカナタを包み込み、更にイスラ自身の体も包み込むようにしてカナタの背中に腕が回った。


「ますますあなたの魂が欲しくなったわ。この世界に居る間は彼女たちにあなたのことは託しましょう。しかし、あなたが天寿を全うした後は永劫に渡って私の傍に居てもらうわよ」


 イスラはそう耳元で囁いた。

 その時の彼女の顔をカナタは見ていないものの、彼女の瞳にあったのはとてつもないほどの慈愛と独占欲だった。

 その後、今まで通りに魔法が再び発動したことで並大抵のことでカナタの秘密が暴かれることはなくなった。


「収穫祭の出来事に関しては……記憶に残しておきましょうか。良い意味であなたの登場は人々にインパクトを与えたようだし」


 あの収穫祭でのことは良い意味で民衆の間で語られていた。

 少しばかりオーバーな言われ方もしているが、困った王女と聖女を助けるために現れただの同じ家族のように思っているからこそ大切にしたいが故に叱りに来ただの色々なことを言われている。

 カナタとしては別にそのどれもがある意味該当するとはいえ、単純にハイシンの名前を出して催しを台無しにしようとしたことが許せなかっただけだ。


「それじゃあカナタ、これで私は失礼するわ」

「あぁ。本当にありがとな」

「っ……じゃあね」


 喜びを隠せないほどにバタバタと翼をはためかせてイスラの姿は消えた。

 相変わらずのハイシン様シャツに身を包んでいた彼女であるものの、やはり纏う雰囲気は神聖なもので改めて彼女は女神であるとカナタは実感した。


「ふぃ~」


 イスラが居なくなったことでカナタは大きく息を吐いてベッドに横になった。

 収穫祭も終わり王都での大きなイベントも当分行われることはなく、カナタの情報を守るための魔法も再び発動したので今まで通りに気楽に過ごすことが出来る。


「……っと、このマインドがダメなんだよな」


 これではダメだとカナタは首を振った。

 いかにイスラの魔法があるとはいえ、あまり気を抜きすぎるのもダメだというのは教訓として学んだことだ。


『今まで通りで大丈夫よ。確かに私の力ありきというのはあるけれど、あなたをこの世界に導いた身としてはどこまで自由に緩く生きてほしいの。だから今回のことであまり自分に制限を掛けようとしないでね?』


 一応カナタはイスラにこんなことも言われていた。

 やはりいつも下界を見守るイスラからしても、のびのびと自分のしたいことをするカナタを見守るのが好きということだろうか。


「……ま、気楽にやってくのが一番なんかねぇ」


 あまり考え過ぎても仕方ないとして、カナタは頭を振った。

 今日は配信はお休みなのでゆっくりと考える時間が出来たわけだが、やはりイスラの要望通りに今までの在り方で居ることも大事なのではないかとカナタは考えた。

 適度に気を付けながら適度に楽しむ、それが一番良いのかもしれないとカナタは頷いた。


「よし、取り敢えず今日はもう寝ることにしよっと。明日からまたいつも通りにやってくぞ!!」


 イスラのおかげもあってカナタも気持ちの余裕がこれでもかと出てきた。

 とはいえ大きなイベントを計画していると言ってしまったこともあって、近々そのことについても多くの人と意見を交わすことになりそうだが……それもまた楽しみになっているカナタだった。





 それからしばらく日が経ち、カナタたちの日常に大きな変化が起きた。

 公国が主導となって秘密裏に開発していた通信網の開拓が進み、まだ国の上層部程度しか扱うことは出来ないが遠く離れた国とのリアルタイム通信が確立された。

 言ってしまうと現代の電話会議のようなものだが、これのおかげでわざわざ文をしたためる必要もなくなり膨大な魔力を消費して言葉だけを一方的に届けるという荒業に頼る必要もなくなった。

 いずれは民たちの間にもこの技術が普及し、小型の端末同士の通信も出来るようにしたいと開発が進められているとのことだ。


「つまりスマホみたいな感じになるってことだよな」

「スマホ?」

「いやなんでもない」


 スマートフォンのことをこの世界の人間が知っているわけもなく、傍に居たアルファナに聞かれてしまったがカナタは何でもないと首を振った。

 イスラの魔法が再び世界を覆ってからというのものの、カナタの日常はすぐに戻ってきた……まあ色々と気を付けているのは変わらないがマリアやアルファナにとっては待ち望んだ瞬間でもあったようだ。


「マリアはお城でのお勤め……ふふ、今日は私がカナタ様を独占です♪」

「……………」


 いつかのようにアルファナに膝枕をしてもらっているカナタだが、今いる場所はカナタも良く訪れている教会の一室である。

 学院での時間が終わってすぐにアルファナに手を取られて向かった先はここで、部屋に入ってからというもののこうして彼女に甘えてさせてもらっていた。

 ただ甘えさせてもらっているだけではなく、しっかりと今後の展開についてもアルファナと言葉を交わしていた。


「帝国でのイベント……色々と考えましたが確かにありかもしれません。普通ならば考え直してほしいところですけど、かの皇帝がカナタ様のファンであるなら大丈夫でしょう」


 確かになとカナタも笑った。

 あの強烈な印象そのものがある意味信用に値するというのも確かであり、言っていることに嘘は感じられなかったので帝国に赴く際には本当に大きな力になってくれるだろう。


「その場合は色々と連絡を取り合って連携しないとだな」

「そうですね。……ふふ」

「どうしたんだ?」

「あぁいえ、やっぱり良いなって思ったんです」


 アルファナはカナタの頭を撫でながらこう言葉を続けた。


「こうしてカナタ様と過ごす日々が本当に私にとって宝物です」

「っ……」


 ニコッと微笑まれてお見舞いされたその一言にカナタは頬を赤くした。

 別に隠すことでもないのだが、少しばかり距離を取ることで生じた寂しさを感じ彼女たちの存在に焦がれたのも確かだ。

 今アルファナが言ったことはカナタにとっても共通し、彼もまた目の前の存在がいつも以上に傍に感じられた。


「あ……カナタ様?」

「……えっと」


 反射的に手を伸ばしてアルファナの頬に手を当てていた。

 無意識のことにカナタは呆然としてしまったが、それはアルファナも同じ……しかし先に動いたのはアルファナだった。

 彼女はそのまま顔の位置を下げるようにしてカナタへと近づいていく。


「……ちゅ」


 ある意味、本当に少しとはいえ離れていた時間はその先へ踏み出すための時間でもあったようだ。

 ここに来てようやく、カナタも自分の中にあった気持ちと向き合う瞬間が今ここに訪れようとしていた。

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