リスナーはハイシンシャの鏡

(……勢いに任せて出てきちまったけど、めっちゃシーンとしてるわ)


 割と派手な登場だったせいか、先ほどまでハイシンのことについて騒いでいた教会前広場は異様なほどの静けさだった。

 カナタは早速場違いな雰囲気をこれでもかと感じて仮面の下の顔は汗ダラッダラではあるものの、傍に控えるミラとアニスのおかげで何とか平常心を保つことは出来そうだった。


(あはは、マリアとアルファナも凄く驚いているな)


 カナタのことを知っている彼女たちすらも目を丸くして驚いていた。

 正直なことを言えばただ困っていた彼女たちのことを思って出てきただけであり何をするかなどといった考えは何もない。


「ミラ」

「はい」


 カナタがミラの名を口にすると、彼女は小さく返事をして空気に溶けるように消えた。

 彼女が移動した場所はマリアたちの場所で、何か起きても大丈夫なようにただでさえ護衛が多い場所にミラの守りも入ることになった。


「嬉しいなぁ。あたしに傍付きを任せてくれるのぉ?」

「実力は信頼してるからな。頼むぞ」

「うん!」


 目元を隠しているのでアニスの表情は分かりにくいものの、頬が緩んでいることだけはカナタにも分かった。

 カナタはもう一度マリアとアルファナに視線を向け、グッと親指を立てた。


「は、ハイシン様だ!!」

「うおおおおおおおおっ!!」

「きゃああああああああ!!」


 ようやく民衆も事態を受け止めることが出来たのか、カナタに向かって大きな声を上げ始めた。

 その多くはカナタに対する好意的なものであることは言うに及ばず、しかしアニスがいつでも魔法を発動できるようにしている時点で小さくはない悪意が向いていることも確かのようだ。


(一部の貴族にとっちゃ鬱陶しい存在ってのは分かってる。今でも時々物騒なお便りも届くことはあるし……でも俺はジッとして居られなかった)


 カナタの目的はただ一つ、彼女たちが整えたこの収穫祭という舞台をくだらないことで台無しにしたくなかった。

 まあこうしてカナタがハイシンとして現れた時点で諸々の予定が崩れてしまうことは確定だが、それでも自分の声が届くと信じてカナタは口を開いた。


「静かにしてほしいみんな」


 カナタはそう言葉を届けた。

 その声は大きく張り上げたわけでもなく、ましてや叫んだものでないにも関わらず一気に教会前広場は静かになった。

 もちろん完全な静寂というわけではないが、それでもカナタの声が届くには十分だった。


「みんな、いつも俺の配信を聴いてくれてありがとう。俺はただ自分の思ったことを喋っているだけだが、それでも最初から今までずっと続けてくることが出来たのは間違いなくいつもの配信を楽しみにしてくれているリスナーのおかげだ」


 視聴者の居ない配信など、実際に配信をする側からすれば全く面白くない。

 リスナーの存在がカナタにとって配信を続けるための原動力であり、同時に彼らに楽しんでほしいと思うからこそ続けることが出来てきたわけだ。


「……本当に毎日が楽しいぜ。マジで冗談抜きに」


 それはカナタの心からの言葉だった。

 毎日を楽しんでいたからこそのカナタの言葉、ここにも居るであろう多くのリスナーに向けての言葉。


「……だけど」


 しかしそれでもキッチリしないといけない部分はあるとして、カナタは仮面の下で表情を険しくした。

 この表情の変化は他の人に伝わることはないまでも、雰囲気が変わったことを民衆は感じ取ったようだった。


「そんな風に俺の配信を楽しみにしてくれるみんな、今俺が出てきて喜んでくれるファンのみんなだからこそ……今みたいに他人を困らせてほしくはなかった」


 その言葉は波紋のように広がっただろう。

 とはいえ、自分という存在が一番迷惑を掛けていることもカナタは理解しているのであまり強くも言えない。

 だが抱えるリスナーを制御するのもハイシンシャとしての務めだ。


「俺にとってみんなはただのファンではなく、配信の時間を共に楽しむというだけでも同じ時間を過ごしているいわば家族……というほどでもないかもしれないが、それだけ近い存在とも言えるわけだ」


 カナタの前の世界でも配信者に対し大きな感情を持つ理由の一つが距離が近いというものがあるだろう。

 テレビのような主に録画されたものとは違い、しっかりとコメント欄を読むことで一体感もある程度は生まれていた。


(……それは今の俺も同じことだよな)


 先ほどマリアやアルファナに掛けられていた言葉を分析するに、大なり小なり神秘のベールに包まれていたハイシンと出会ったという事実に嫉妬していたのも間違いない無さそうだ。


「リスナーとはハイシンシャの鏡、故にここまでの騒ぎにしてしまったことは俺の責任でもある。今回の収穫祭の為に尽力した人たちには申し訳ないことをした」


 そう言ってカナタは頭を下げた。

 さっきも言ったがこの騒ぎを起こした原因にカナタが関わっているということは自分で理解していることだが、だからといって勝手に騒いだのは民たちでありカナタではない。

 だからこそ、頭を下げたカナタを見て都合の悪い顔をしたのがマリアたちに対して騒いだ者たちだった。


「今回この場に出てきたのはあくまでこの騒ぎを収束させたかったからだ。最初は事態の収拾も含めみんなを楽しませるために何かハイシンとしてやろうとしたが、先ほど言ったようにこの収穫祭は多くの人々の努力で成り立っている。だからこそ今はこの収穫祭を心から楽しもうじゃないか」


 カナタも立派に経験を積んだ大人ではないので、どんな言葉を伝えれば良いのか分かっているわけでもない。

 それでもカナタの言葉は大きく民衆たちに響いていた。

 まあ普段から好んで配信を聴いているからこそ、カナタの声がスッと頭の中に入ってくるのだろう。


「今はまだ大々的に言えることではないが、そのうちみんなに対する恩返しとして大きなイベントを計画するつもりだ。だからこそ、その時にまたみんなと会うことを約束しよう」


 演技染みてるなぁとカナタは内心で苦笑していた。

 身振り手振りをして演説するかのような自分の姿に、前世で見たアニメのキャラクターを連想するが生憎とそのキャラのように饒舌ではないのが悔しいところだ。


「俺はリスナーのみんなが大好きだ。だからこそ、他者に迷惑を掛けることだけはやめてほしい。俺に対し脅迫状のようなものはいくらでも送ってくれ、そんなものは笑い飛ばしてやる。これからも俺がみんなに楽しい時間を届けられるように、みんなもどうかそのようにしてほしい」


 そしてまたカナタは頭を下げた。

 チラッとカナタがアニスに視線を向けると、アニスはこくんと頷いて指をパチンと鳴らした。

 するとカナタの体を包むようにして粉雪が舞った。

 それは今までアニスが見せていた分かりやすい氷ではなく、初めて見せた幻想的な瞬間だった。


「それではみんな、また今日の夜に配信するから聴いてくれよなぁ!!」


 そんな声が響き渡り、カナタの視界は一気に変わった。

 カナタとアニスが飛んだ場所は少しばかり離れたところで、しばらくして大きな歓声がカナタの元にも届いた。


「お疲れさまカナタ」

「あぁ……まあ浅知恵に過ぎないけどな。ほぼほぼノリでやったようなもんだし」

「それでもカナタの声は届いていたと思うよぉ?」

「……なら良いんだが」


 一応の確認のため、広場に戻ると先ほどよりも兵の数は多かった。

 しかし民衆の騒ぎは収まっており、それどころかちょっとだけ静かになりすぎていたのは苦笑いしてしまう。


「まるで先生に叱られた生徒じゃねえか」

「ある意味間違ってないんじゃない? 言い聞かせられたって点では」


 それもそうかとカナタも頷いた。

 収穫祭の休憩時を見極めてカナタがマリアとアルファナの元に向かうと、二人はカナタを見るや否やサッと近づいてきた。


「ありがとうカナタ君」

「ありがとうございますカナタ様」

「いや、元はと言えば俺が原因だからな。でも大人しくなって良かったよ」


 とはいえ、思いの外素直に事態は進んだなとカナタは少し首を傾げた。

 そしてどうしてそうしようと思ったのかは分からないが、カナタは目の前の二人に近づいてその体を両手で抱きしめた。


「収穫祭は今日で終わりだ。だから後少し、二人とも頑張ってくれ」

「あ……」

「み、耳がぁ……」

「??」


 耳元で囁かれた声にマリアとアルファナは僅かに体を震わせた。

 別にそのつもりはなかったのだが、頑張ってくれと口にしたカナタの声は僅かに魔力が乗ってしまっていた……つまりカナタも必死だったということだ。


「頑張るわ!!」

「頑張ります!!」


 しかしそこはマリアとアルファナである。

 二人には既にある程度カナタの声に対する耐性が付いていたのもあって、頬が赤くなるだけで済んだようだ。

 その後、収穫祭は無事に終わりまで続くのだった。


「……しっかし、ちょっと後戻りできんかもしれん」


 大きなイベントをやる、そう言ってしまったことを少しカナタは後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る