ハイシン様、収穫祭に参上す
収穫祭二日目になった。
カナタにとって帝国の皇帝であるローザとの邂逅という、ある意味でビッグなイベントも無事に終了した。
ASMRに関しての実験を終えた後、妙に肌を艶々させた状態でローザは帝国へ帰って行った。
『王たちへの挨拶など不要であろう。そもそも余はお忍びでやってきたのだから誰も知らぬことだ。バレなければ犯罪ではないという言葉があるであろ? ならばこのまま黙っていても問題はあるまいよ』
どこまでもローザは自由な性格だった。
彼女が居なくなった後、カナタはまるで嵐が過ぎ去ったことを安心するかのようにホッと息を吐き、アニスに至っては心の底からとっとと帰ってほしかったらしい。
『悪い人じゃないけど流石にどうかと思うってぇ。普通ならあり得ないしぃ』
そうだな、全く持ってあり得ない王の在り方だとカナタも笑った。
このことはカナタを含めてローザと知り合った者たちの間だけで共有する情報となったわけだが、ハイシンを支える会に席を置くことをローザは望んだのでマリアとアルファナにはちゃんと説明をすることになった。
『あの方は……』
『相変わらずのお方ですね本当に』
どうやら外交の場で数回ほど会ったことがあるらしく、どうもローザのぶっ飛び具合については二人とも予め知っていたようだ。
まあそれでもやはり彼女たちに認識でもこの世界でもっとも敵に回してはいけないのが帝国らしく、それだけローザという存在は凄まじいらしい。
「よし、二日目の今日が最終日だしまた思いっきり楽しむか」
例によって例の如くマリアとアルファナは収穫祭の仕事があるので傍には居ない。
たった数日ではあるのだが、やはり基本的に学院でも一緒に居たあの二人がこうも長い期間傍に居ないというのは妙な感覚だった。
「寂しいってことなんだろうなぁ……ったく、困ったもんだ」
イスラの魔法が解かれたことで以前のように接することはない、それは仕方のないことではあるのだがやはり若干とはいえ寂しさは募っていく。
女々しいなとカナタは自身に苦笑しつつ、収穫祭最終日を楽しむために城下町に向かうのだった。
「やっぱり今日も人が多いな」
昨日もそうだったが今日も本当に人の数が多かった。
見るからに外国人と思われる人たちの姿が数多く見られ、やはりこの収穫祭は王都を上げてのイベントということもあり観光に訪れる人はかなり多いということだ。
「アテナさんとシドーも来たかったらしいけど」
公国からあの二人も来たかったらしいのだが、直前でリサが風邪を引いて寝込んでしまい自分たちだけで楽しむのはどうかということで見送ったそうだ。
カナタからすれば公国以来の再会になるので楽しみにしていた部分はあったが、まあこればかりは誰も責めることは出来ないし誰のせいでもない。
「おいおい、俺は客だぞ? わざわざ遠くから来たってのにふざけんじゃねえ!」
「言っちまえ親分! ぶっ飛ばしちまえ!」
さて、そんなお祭り気分を台無しにする怒声とそれを囃し立てる声が聞こえた。
カナタが視線を向けた先は数多くある一つの出店の前、服装から外国人だと思われる二人組が騒いでいた。
「アホだなぁあいつら、収穫祭ってことで兵士も多いのに」
カナタがそう思った直後、調子に乗った彼らの背後から兵士が近寄った。
しかもかなりの強面と大きなガタイということもあって彼らは盛大にビビり散らしてしまったが、騒ぎを起こしたので何もお咎めなしとはならない。
猫が首根っこを掴まれるかのように彼らはどこかへと連れて行かれた。
「あんな人たちが居るのは分かってたけど、仕事をしているマリアやアルファナたちの元に集まらないのはありがたいな」
流石に王女と聖女が居るとなれば警備も厳重になるのは当然だった。
近くで見守りたい気持ちはあるものの、二人からもせっかくの収穫祭なのだから楽しんでほしいと言われているため、カナタは辺りを見回しながら呟いた。
「色々と食べ歩きとかするかぁ! この祭り、堪能させてもらうぜ!!」
そう言ってカナタは意気揚々と店巡りを始めるのだった。
「お、なんだあれ」
そんな中、昨日とてもお世話になった娼館ヴェネティの前で不思議な催しが開催されていた。
娼館とは基本的に男が癒しを求めて訪れる場所なのだが、今日に関しては男女問わず多くの人たちが娼館の前で行われているモノに目を向けている。
「ダンス?」
娼館で働いている女性たちが楽器の演奏と共に踊っていた。
いつも着ている際どいドレスではなく、踊り子が着ているような衣装に身を包んでいるのだが……まあ言ってしまうとそれも露出は多かった。
披露されているのは幻想的な舞、しかし高級娼婦である彼女たちは意図的でなくとも男を誘う色香を放つため、踊っている彼女たちを見て興奮している男たちがかなり見られた。
「それでもちゃんと一線は引いてるんだもんな。やるじゃん」
歓声だけに止めているこの客たちをさっき騒いでいた人たちには是非とも見習ってほしいモノである。
娼婦の女性たちが舞っているということはカンナも当然そこに居り、そこそこ遠くで見ていたカナタに気付いたのか踊りながらウィンクをしてきた。
「……あはは」
ヒラヒラと手を振ると心なしかカンナも嬉しそうに口元を緩めた。
その後、少しばかりカナタは彼女たちの舞を眺めた後再び店巡りを再開させるのだった。
そこそこの店を回り腹が膨れたカナタの傍にはミラとアニスが居た。
「次はどこに行きますか?」
「そうねぇ。どうするぅ?」
偶然一緒に出歩いていた二人と出会い、せっかくだから今日も一緒に過ごそうかとなった。
三人で騒がしい城下町をブラブラと歩いていると、突然ある場所から大きな騒ぎの声が聞こえてきた。
「なんだ?」
「何かしらぁ?」
騒ぎの場所は教会前広場……つまり、マリアとアルファナが居る場所だった。
まさか何か起きたのかと思ったカナタはすぐに駆けだし、その後ろをミラとアニスも走って付いていく。
近づけば近づくほど騒ぎは大きくなり、一体何が原因でこの騒ぎになったのかをカナタは耳にした。
「なあ王女様に聖女様! 俺たちもハイシン様に会いたいんだよ!」
「そうよそうよ! お二人だけズルいわ!!」
「王都にお住まいなんでしょう!? ねえ会わせてください!!」
それはある意味考えられたことであり、そして同時に起きてほしくなかった出来事でもあった。
ハイシンに会わせてほしい、話をさせてほしいと次から次にマリアとアルファナに声が届けられており、まるで広場に集まっている人々全てが同調するかのようにそんな声を上げていた。
「……おいおい、マジかよ」
「これはないでしょ流石にぃ」
カナタの隣でアニスも思いっきり引いていた。
そんな中、いつの間にか姿を消していたミラがカナタのすぐ傍に降り立って簡単に分かったことを説明してくれた。
「最初に騒ぎ出したのは他国の観光客らしいのですが、王都の間でもハイシン様に対する噂は広がっておりそれがこのような形で爆発したようです」
「……なるほどな」
それだけ秘匿されていたハイシンのことが分かりやすく表に出てしまったことで齎された必然、そして何よりこれもまたイスラの魔法が解けた結果の一つなのだろう。
騒ぐ民衆を前にして兵士はもちろん、マリアやアルファナを含めた教会の面々もどうにか騒ぎを鎮めるために動いていた。
「……やめてくれよ」
「カナタ……」
「……………」
今回の収穫祭に向けてアルファナが忙しくしていたことを知っている。
マリアも友人としてアルファナに全面的に協力し、小さな子供たちと楽しそうにしながらしっかりと運営を行っていたのを知っている。
マリアやアルファナだけではなく、多くの人たちが今回の収穫祭に向けて頑張っていたことを知っている。
「……………」
イスラの魔法が解けたから、それもある意味要因の一つなのは確かだ。
だけどこうなった騒ぎの根本はカナタにあるのは明白であり、地震の時に起きた配信の事故が決定打なのも理解している。
「黙らせるぅ? ここら一帯氷世界にしようかぁ?」
「不遜な者は斬りますか?」
物騒な二人の言葉にカナタは逆に気持ちが落ち着いた。
カナタはあることを考え、ミラにこんな頼みごとをするのだった。
「なあミラ、今から俺を抱えて寮の部屋まで行ってくれ」
▼▽」
「ああもう! 面倒なことになったわね!」
「……ですが、ある意味仕方のないことかもしれません」
壇上でマリアとアルファナは必死だった。
思いのほか騒ぎが大きくなってしまい、怒声にも近い声も響いており近くの子供たちがみんな怯えてしまっていた。
兵士たちも穏便にどうにか鎮めようと動いているが効果は薄く、アルファナは何か強大な魔法でも使って黙らせようかとも考えていた。
(なんだかアニスさんが考えそうですねこれは)
いや、それアニスは考えていたよアルファナ。
まあアルファナがやらずともマリアが限界に達してやってしまいそうだったが、その前にある程度は自制の利く自分がそうしようかと考えていたその時だ。
『そこまでにするが良い』
「……え?」
「この声……!?」
教会前広場に大きな声が響き渡った。
それは騒ぎを一瞬の内に静かにしてしまうほどの力を備えており、誰もが口を閉じてその声の出所に目を向けた。
「あ、あれは……」
「……カナタ様?」
そこは教会の屋根の上、そこに三人の人物が立っていた。
あまりにも見覚えのある女性二人が黒を基調とした服を着ており、目の部分を隠すような何かを着けていた。
そしてそんな二人の間に立つのは黒衣に身を包み仮面を被った男――そう、ハイシンの姿をしたカナタだったのだ。
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