ハマるってこういうことよ
「……ここか、この範囲だ!」
「う、うむ……♪」
約束していたASMRの実験、それはカナタに確かな手応えを感じさせた。
元々ASMRというのは癒しを与えるためのものであって、決して聴いた者をおかしくさせるものではないはずなのだ。
だがカナタが行うASMRはただのASMRではなく、聴いた者の脳が一番気持ち良く感じる声に容赦なく調節されてしまう故におかしくさせていたわけだ。
「もう少し色々と試したい、良いか?」
「もちろんだ。余は常にそなたのことに従うぞ」
「……あ~、サンキューな」
一国の主がそんなことを言ってしまうのはマズいのでは、そうカナタは考えてしまっているがそれもある意味当然の反応だ。
まあローザからすればハイシンであるカナタに全てを捧げたい気持ちはあるので嘘は言っていない、ただいつもより脳が蕩けているのも原因だ。
(……このASMR、実験をして確かめたいと言った理由が分かったな)
ローザは心の中でそう呟く。
さっきも言ったが聴いた者が一番気持ち良くなるであろう声に変換されるため、それはハイシンを慕っていた者たちにとって麻薬に等しい声質へと変換される。
まるで脳を直接弄られるような感覚、それは不快感ではなくむしろ喜びの方が大きいという何とも言えない不思議な感覚だ。
(余は何度達した? どれだけ耐えた?)
今回ローザと一緒にカナタの実験に付き合ったミラ、カンナ、アニスは既にイヤホンを外して眠っていた。
時折体を震わせているのはおそらく、断続して続いている快感が全身を駆け抜けているからだろうか……そんな中、ローザだけは本当にギリギリの場所で耐え続けているので流石軍神と言ったところだ。
(……だが認めよう。余は既にカナタの声に全てを曝け出してしまった。これはもう意地でももらってもらわなねばなるまい)
体もそうだが心もその声に屈服した。
帝国のことなどどうでも良い……とまでは行かないが、目の前の男に全てを差し出して一人の女になってしまってもいいと思わせるほどにカナタしか見えていない。
そもそもただでさえ彼に対しての熱い想いを抱き続けていた折、ようやく会えた感動と共にこのASMRである――そりゃ落ちますって話だ。
「余の初めての敗北……か。悪くない、悪くないぞ」
「どうした?」
「何でもない。さあ続けるが良い」
「おう」
最初は耐えるだけだったが、カナタも大勢に問題なく伝わる範囲を見つけたらしく我慢の必要はもうなかった。
カナタの声が更に心地良く聞こえ、これを眠る寸前に聴いてしまったらそのまま眠ってしまいそうになるほどの安心感を与える気持ち良さだ。
「このまま眠りたい気分だな」
「元々そういうものでもあるからな。まあ男の声というより、女性の声の方が癒す力はありそうだが」
「ふむ?」
その辺りも考えてみるかとカナタは笑った。
さて、このローザの反応からも分かるようにカナタの力の調節はかなり上手く行っていた。
これならば普通に一般のリスナーたちに聴かせられるレベルと思われる。
ただ……こうしてこの心地良さの中に浸っていると考えることなのだが、色々なシチュエーションの声が聴ける可能性を考えると当然ローザも女なので色々と想像してしまうわけだ。
(なるほど、つまり昂る気持ちを発散する時にこれを聴くと……それはもう盛大に気持ち良くなれそうだ)
実際、カナタの前世でもそういった用途もあるのでローザのこの発想も言ってしまえば異常ではない。
しかしこの世界でまだASMRと呼ばれるものが認知されていない状況でそこに考えが及ぶ辺り、やはりこのローザという女は欲望に忠実なようだ。
「なあカナタ、一つだけお願いをしても良いか?」
「お願い?」
「うむ。あぁ安心してほしい。少し口にしてほしいシチュエーションがあるだけだ」
流石にこの実験に付き合った礼に婿になれとは言わない。
あくまでこの実験に関係のあることでもあるので、カナタが断らないであろうことを考えたのと欲望を合わせた結果だ。
「余は幼馴染というものに憧れている。なので……もし良かったらそのような関係性を思わせる台詞を囁いてほしいのだ」
余は何を言っているのだと顔を赤くしたが、これもまた一つのギャップだ。
カナタは一瞬ポカンとしたものの分かったと笑顔で頷き、ローザの要望に応えるべく幼馴染シチュエーションの囁きを口にするのだった。
▼▽
「余は生まれた時から未来が約束されていた。しかし、共に対等の立場で言い合いをすることができる者が欲しかった」
「何言ってんですかぁ? 幼い頃からローザ様はぶっ飛んでたって聞いてますし誰もついていけませんってぇ」
「……うぅ」
「え? なんで泣いてるんですかローザ様ぁ!?」
カナタの実験は良い形に纏まることができた。
最初の内に手加減の効かない状態でカナタの声を聴いてしまいダウンした者たちも復活を果たし、ここに来た時の賑やかさが戻ってきた。
「何をしたんですか?」
「……あ~」
どうしてローザがアニスの何気ない一言に涙を流したのか、それを理解しているのは今ミラに質問をされたカナタだけだ。
実験に付き合ったお礼というわけではないのだが、ローザが口にした幼馴染シチュエーションでの囁きを披露したのである。
そのボイスにローザが心底感動した結果がアレだった。
「ミラとカンナさんももう大丈夫そうだな?」
「はい!」
「えぇ」
早々にダウンした二人を見た時はカナタも驚いたが、その姿があまりにもエッチだったため視線を寄こさないようにするのが大変だった。
いやいやそこまではないだろと思いはしたが、カナタとしても魔力の調節によって脳を揺らすほどの気持ち良さを与えられることは理解出来ていたわけだ。
(……なんつうか、そういう楽しみ方での究極系みたいな感じだよな)
ASMRの本来の役割は癒し、だが当然のようにカナタの前世ではエッチな題材を主としてそういう役割のモノも存在はしていた。
前世には魔力なんてものは存在しなかったので流石に声だけで人間を快楽の先に導くことまでは不可能だったが……まあカナタが魔力を無制限に注いだ場合、或いは意図的に強く注ぐと軽くそういう状況に陥らせることが可能なためそういう楽しみ方の究極系だとカナタは言ったのだ。
「取り敢えず色々と目途は立った。後はシドーと協力して音声を保存させる媒体を別に作って商品化すれば完璧かな」
「なるほど」
「買いね」
普段の生配信で披露するのもありといえばありなのだが、流石にそれはカナタが恥ずかしさで死にそうになるということで聴きたい人だけ買ってほしいというある意味前世でのやり方を踏襲した流れだ。
「力になれて良かったぞカナタ」
「こちらこそだ。いやぁ本当に助かった」
この協力をしてくれたのが皇帝というのもおかしな話だが、これも全てカナタが手繰り寄せた縁とも言えるだろう。
今回はこれにてローザとの時間は終わりを告げるものの、この出会いが更なる大変な何かを呼び寄せることはまず間違いない。
「……ちなみになんだが」
「なんだ?」
モジモジとした様子でローザはこんなことを口にした。
「また機会がある時に……その、カナタが全く遠慮をしない全力のASMRを聴かせてくれるとありがたい」
遠慮をしない全力、それが何を意味するのかカナタはすぐに察した。
あの状況を見てしまった以上どうなのかなと考えたが、それを個人的に聴いてその人が楽しむくらいなら構わないかとカナタは思った。
「そう……だな。そっちのタイプもいつか作ってみるか」
「本当か!?」
「本当なのぉ!?」
「本当ですか!?」
「本当なのね!?」
「お、おう……」
女性陣全員の食いつきにカナタは思いっきり引いた。
まあこればかりは経験した女性陣にしか分からないことだが、別に全力のASMRは気絶もするし記憶も飛ぶし寝たきりにもなるが大したことではない。
麻薬でもなければ疫病でもなく、単純に脳を始め体全体が言葉に言い表せないほどに気持ち良くて幸福になれるのだからハマらないわけがない。
覚えておくがよい人類よ。
これが推しに狂うということだ。
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