その名はローザリンデ

「それではカナタ様、ちょっと買ってきます!」

「お~う」

「気を付けるのよ?」


 収穫祭限定メニューらしいフルーツの盛り合わせ……言ってしまうとカナタの分かる言葉でパフェのようなものが売られていた。

 カナタは今回の収穫祭をミラとカンナを連れて回っていたのだが、そのデザートを見たミラが目の色を変えて人の波を駆け抜けていく。


「……子供かよ」

「うふふ。確かにそう見えるけれど、でもミラちゃんはとても立派な女の子よ」


 カンナの言葉にカナタは確かにと頷いた。

 ミラは美味しいモノに目がないという可愛らしい欠点は持っているものの、その身に秘める力は凄まじくミラのことを裏まで知っていれば誰も彼女を侮ることは出来ない。

 既に暗殺稼業を辞めたからこそ、彼女はただのミラとしてこの王都で過ごしているわけだが本当に楽しそうにしている。


「ミラちゃんのことは私も聞いているけれど、カナタ君たちの言葉がなかったら絶対に信じられないもの。本当に人って見かけによらないわ」

「まああれで姿はちゃんと隠していたみたいですけど、確かにあれで近づいてこられたら誰でも油断しそうです」


 ミラのような可愛らしい女の子がのこのこと近づいてきたと思ったら、次の瞬間には首を落とされているなど目も当てられない。

 実を言うとミラの標的にカナタも一度なっているのだが、それに関して知っているのはカナタとミラだけなので二人だけの秘密だ。


(ま、ミラがハイシンのファンじゃなかったら殺されてたんだろうなぁ……俺もハイシンに関しては感謝をすることが多いってもんよ)


「それにしても毎年凄い賑わいね」

「まあ年に一度のお祭りみたいなもんですし」


 今カナタはカンナと共に比較的静かな場所を選んで座っている。

 静かな場所に集まる人たちというのは騒ぎに疲れたか、或いはそんな場所を好む人たちなので人の数は多いものの静かである。


「そう言えばカナタ君」

「はい?」

「何か悩みがあるみたいね?」

「……えっと、なんでそう思ったんですか?」


 カナタがそう聞くとカンナは分かるわと言って笑みを浮かべた。


「前にも言ったと思うけど、男性が何を考えているのかある程度は分かるのよ。心を読めるわけではないにしても、今のカナタ君はかなり分かりやすいから」

「……あ~」


 そう、カナタには確かに悩みが一つあった。

 それは今回の収穫祭に関することでもなく、先ほどユリウスに出会ったことに関してでもなく、ましてや気にしているもののイスラのことに関してでもない。


「……その、実は」


 彼が今気にしていること、それはASMRに関することだった。

 イスラを昇天させてしまった破壊力についてはカナタもシドーがとても良い物を作ってくれたと大きな感謝をしている。

 前世で人気だったASMRというものをハイシンシャとして届けたいという気持ちの元色々と計画してきたわけだが……やはり、あのイスラを見てしまうとまだ人類には早いのではないかと考えてしまったわけだ。


「その……人類には早すぎたとかまるで最強の兵器を生み出したみたいな言い方になりましたけど、でも……」

「……それは……そうね」


 実はカンナも一度だけASMRについては聴いたことがあるので色々と想像をしているようだが、少しだけ頬が紅潮しているのをカナタは見逃さなかった。


「……以前にアルファナ様を通じて聴いたことがあるわ。その時も結構な破壊力だったけど、それ以上ともなると是非経験してみたいわね。怖いもの見たさではあるけれどね」


 ただの録音だとしてもアルファナを悶えさせるほどであり、それはどうもカンナにすら有効のようだ。

 娼婦として数多の男を相手にし、自分の快楽のコントロールすら容易なカンナでさえも数分でダメにしてしまうASMRの完成形……それには彼女すらもおそらくは耐えられないだろう。


「……いや待てよ」


 そこでカナタは初歩的なことに気付いた。

 イスラに試した時はあまりの興奮に魔力の調節、所謂今までやっていた魔力の波長を自分なりにコントロールするというものを疎かにしていたのだ。

 つまりもう少し与える魔力を弱めれば良い感じの聴き心地になるのでは、そうカナタは考えたのだ。


「なんで最初からそうしなかったんだ。でもこれならいけそうだな」


 人間、時には冷静になり原点に振り返ることも大切である。

 もしも今度試す機会があったならば、しっかりとシドーやアテナの協力に報いるためにも一つのコンテンツとして確立させたいとカナタは強く思った。


「その様子だと考えは纏まったみたいね?」

「はい。つってもどう試すかの調整にはなりそうですが」

「そうなのね。ねえカナタ君、もし良かったら私も何か力になれない?」

「……カンナさんが?」


 カナタはう~んと腕を組んで考えた。

 このことに関して手伝ってもらえることは少なく、やれることといえばどんな力の調節が一番良いのかを調べることしか出来ない。

 ということはつまり、長い時間ASMRの音声を聴いてもらうことになる。


「……ってことくらいなんですが」

「やるわ」


 それを説明するとカンナは胸を張るように手伝うと断言した。

 その勢いにカナタは少し身を引いてしまったが、誰かに聴いてもらわないとダメな以上その提案は大変ありがたかった。


「私もやりますよ!」

「うおっ!?」


 いつの間にか戻ってきていたミラが大きな声を上げた。

 口いっぱいに食べ物を詰め込んでいる彼女はリスみたいな間抜けな表情だが、それでも周りをしっかりと警戒している風に感じさせるのは流石とも言える。


「ありがとうなミラ……でもそれなら早速今日にでもやるか」

「本当!?」

「やりますか!?」


 妙に乗り気な二人に苦笑しつつ、カナタは後で端末を持ってどこか広い場所に向かおうかと考えた。


「それなら是非私の部屋に来てちょうだい。ミラちゃんもそれでどうかしら」

「良いんです? それならお邪魔させてもらおうかな」

「お邪魔します!!」


 確かにカンナの私室ならカナタの部屋よりも圧倒的に広いので、ある程度は何かあったとしても安心出来る……何かってなんだとは疑問だが。

 マリアとアルファナについては収穫祭のある今日と明日は忙しいだろうし、二人を誘うのは難しそうなので協力者はミラとカンナの二人に落ち着きそうだ。


「本当に助かる。なんつうか、やっぱり色々と初めてだから一人だと限界があるんだよな。改めてそれを感じるよ」


 基本的に配信というものについてカナタしか原理を理解しておらず、それがどういうものであるかもカナタだけしか知らなかった。

 カナタだけしか知らないということは自分しか頼れないということ、しかしこうして協力者が数多く出来たことで手伝ってもらえる幅も広がり、出来ることも当然増えてくるのでやはり協力者というのは大切なのだ。


「これからも頼ってくださいカナタ様!」

「そうよ。そしていつでも甘えてきなさい。また気持ち良くしてあげるから」

「気持ち良く?」

「カンナさん……っ!」


 何のことか分かっていないミラと、クスクスと肩を震わせて笑うカンナの様子にカナタは疲れたようにため息を吐いた。

 取り敢えずは収穫祭を楽しんだこの後の予定も決まったようなものだ。

 その後、ミラがカナタとカンナの分の食べ物も買ってきてくれたのでそれを美味しくいただいていたところにとある二人組が近づいてきた。


「……?」

「あら、誰かしら」


 近づいてきた二人を今日カナタは見ていたが、そのどちらとも面識のないカンナは首を傾げている。


「どうしたんだアニス」


 そう、近づいてきたのはアニスだった。

 ずっと前に見かけたフードを被った女性を連れているが、やはり今日のアニスの様子はいつもと違ってどこか緊張している。


「こ、こんにちはカナタぁ……」

「おい、本当にどうしたんだ?」


 いつものギャルっぽい様子のアニスではなく、縮こまった様子の彼女は何か恐れている……わけではないが、やはり何かを強く気にしている様子だ。

 そうなってくるとカナタとしては当然視線を向けるのはもう一人のフードを被った女性になるわけだ。


「……あれ、この気配ってもしかして――」


 ミラが何かに気付いたようだが、彼女が何も警戒していないということは危ない何かではない。

 しかしそれでもカナタも感じていた――この女性から漂う圧倒的なオーラ、それはまるでマリアの両親と相対した時に感じたソレに似ていた。


「ごめんねカナタ。一応紹介しても良い?」

「え? あぁ……」


 近くにちょうど外からの目を遮断できる宿があったので、泊まる目的ではないが少し部屋を借りることにした。

 ミラもカンナも居て良いとのことで、二人ともカナタの傍に控えていた。

 やはりやんごとなき立場の人なのかとカナタは勘ぐったが、その考えはあまりにも冴えていたらしい。


「……フフフ、なるほどな。ようやく余はそなたに会えたということだ」

「余?」


 女性はフードを取った。

 中から現れたのは長い紅蓮の髪と、シュロウザを彷彿とさせる鋭い視線だ。


「やっぱり……」

「カラス、やはりそなたは私のことを知っていたか」

「当然です。とはいえ、私の正体を知られていたことは予想外ですが」

「当然であろう。帝国における全てのことを把握するのは余の務め。そなたは暗殺者という立場ではあるが、必要のない愚図を減らしてくれる掃除人という認識だ」

「……はぁ」


 女性はミラから視線を外しカンナへと目を向けた。


「そなたは美しいな。同じ女として憧れてしまうほどに、あまりにもそなたは美しすぎる。良ければ肌の手入れなど教授してもらいたいものだ」

「……それはまあ良いのだけれど」

「礼を言う。美しき娼婦よ」


 そして最後にカナタに目を向けた。

 その鋭い視線は少し怖い、とはいえ敵意は一切ない。


「……余は……余は」

「……………」


 一度目を閉じ、そしてパッと目を見開いてカナタの肩に両手を彼女は置いた。


「余は帝国の現皇帝であるローザリンデ・ザンダードという者だ率直に言うとそなたの大ファンになるわけだがずっとそなたに会いたいと思っていたので今日そなたに会えて本当に嬉しいぞなあハイシンよ何かしてほしいことはないか余がなんでもしてやるそれこそ夜伽でもなんでもそなたが望むことをしてやるぞとにかく余はそなたの望むことがしたいそなたに必要とされたいそなたに求められたいなあハイシンどうか余に何かお願いを――」

「……取り敢えず落ち着いてくださいローザ様。カナタが引いていますわぁ」

「なに!?」


 どうやらかなり厄介なファンが駆け込んできたようだと、カナタは色んな意味で疲れた顔になった。

 

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