兄ってそんなもんだ

「やあ、初めましてだね?」


 そう言ってカナタに声を掛けてきたのは一人の男性だった。

 カナタは誰かと思ってそちらに目を向けた瞬間、今すぐにここから逃げ出したい気分になった。


「……どうも」


 突然のことに返した言葉はそんな素っ気ないモノだ。

 それでも現れた男性は全く不快そうな表情を見せることはなく、そのまま笑顔を崩さずにカナタに近づいてきた。


(……なんでこの人がこんなところに!? しかもなんで俺に近づくんだ!?)


 カナタがそう思うのも無理はなく、目の前の男性はマリアの兄であると同時にこの国の王子でもユリウスその人だったのだ。

 今日はアルファナを筆頭に教会の人たちが準備を進めてきた収穫祭ということで、カナタも朝から一般の客として参加していたわけだが……こうして悪魔が今目の前に現れたということだ。


「私のことは知っている……という認識で良いかな?」

「それはまあ……その、この国に居てあなたのことを知らない人は居ないのでは」


 それもそうかとユリウスは爽やかに笑った。

 カナタですら見惚れてしまう……とは言い過ぎかもしれないが、やはりユリウスは驚くほどの美形だ。

 流石はマリアの兄だけあるなと思いつつ、やっぱりカナタとしては早くここから去りたかった。


「カナタ君で合ってるよね?」

「……そう……っすね」


 基本的にこうやって名前を呼んで近づいてくるということは分かっているということ、だからこそカナタは誤魔化すようなことはしなかった。


『みなさん、今日は年に一度の収穫祭となります。私たちも準備を進めてまいりましたが、ここに集まった皆さんの協力も多くありました。そのおかげで今日という日を無事に迎えることが出来ました』


 拡声器の役割を果たす魔法によってアルファナの声が聴こえてきた。


「始まったね。またこの季節が」

「……アルファナ、頑張ってましたから」


 アルファナの頑張りはマリアを通じて知っているので、だからこそ今日という日が無事に迎えられて良かったなと心からカナタは思っている。


『聖女様~!』

『ありがとうございます!!』

『うおおおおおおおっ!!』


 朝から騒がしいなとカナタは苦笑し、改めてユリウスに視線を向けた。

 彼もまたカナタのことを見ており何を考えているのか分からないが、少なくともハイシン関連でないことだけは確かのようだ。

 おそらく、マリアが言っていた仲良くしている男子について気になったという話のことだろうと思われる。


「改めて名乗ろうか。マリアの兄のユリウスだ」

「カナタです」


 差し出された手をカナタは握った。

 あまりビビっても仕方ないし悪い人でないことはマリアを通じて知っているため、カナタもそこまで警戒をしているわけではない……まあとっととここから離れてしまいたい気持ちは多分にあるが。


「こうしてお忍びで収穫祭の日に城から出るのは珍しいことじゃなくてね。今日も例年通りに歩いていたら君を見たというわけさ。どうして君の顔を知っていたかというと当然マリアの身辺調査はしているからだね」

「なるほど……」


 おそらくカナタのことについて調べたのも最近だろうが、それでも友好的な表情なのはカナタに関して悪い部分はなかったからだろう。


「……しかしなるほどね。君がマリアと仲の良い男の子か」

「えっと……王族の方に平民が話しかけるのってやっぱりマズいですかね?」

「うん? あぁそんな心配は要らないよ。マリアは第三王女だし、基本的によっぽど信用できない相手でない限りは人付き合いの制限をさせるつもりはないから」

「そうですか」


 制限をさせたところで話を聞くような子ではないとユリウスは続けた。

 確かにマリアに関してそれなりに長い日数を一緒に過ごし、彼女と濃密な時間も過ごしているので、マリアはきっとこういうことに関しては言うことを聞かないだろうなと想像出来た。


「君たちの間にどんな気持ちの繋がりがあるのかは聞かないけど、やっぱり可愛い妹のことは気にするものさ」


 そう言ってユリウスは遠くを見た。

 教会を前にして大きな壇上が設置されており、民たちと交流をしているアルファナを含めた教会の面々が居た。

 アルファナの友人としてマリアも傍に控えており、小さな子供たちと手を繋いで楽しそうにしている。


「今日は君に会えて良かったよ。最近になって気になりだしたのが自分でも不思議ではあるんだが、マリアが仲良くしている男の子がカナタ君のような子で良かった」

「それは……ありがとうございます?」


 ハイシンのことも聞かれず、かといってマリアとの仲をしつこく詮索するでもないユリウスの姿は好ましかった。

 ハイシンとしての仮面を付けて彼と会った時には満足に話をすることはなかったものの、やはりマリアにも受け継がれている優しさのようなものは兄であるユリウスにも同じらしい。


「ユリウス様」

「っ!?」


 そんな風にユリウスと和やかに話をしていた時だった。

 騎士の服に身を包んだ男が顔を見せたことで、カナタは思いっきりビックリして肩を震わせた。


「こらエーギル、音もなく現れるのは止めるんだ」

「……申し訳ありません。しかしこうして見つけた以上、お忍びは程々に」

「やれやれ、見つかったなら仕方ないな」


 このエーギルという男は話から察するにユリウスの側近か何かみたいだ。

 女性に見間違うほどの美貌だが間違いなく男性らしく、それはユリウスにもカナタは説明された。

 王子が美形なら側近も美形だなと、カナタはちょっと悔しかった。


「もう少ししたら帰るとしよう。でもその前に――」


 まるで友人同士のやり取りをするかのようにユリウスはカナタと肩を組んだ。

 突然のことにカナタは驚いたが、ユリウスは言葉を続けた。


「カナタ君、マリアは良い子だろう?」

「そうですね」

「可愛い子だろう?」

「はい」

「美人で素敵な子だろう?」

「はい!」

「胸も大きく尻も大きく、体も極上だとは思わないかい?」

「はい! ……うん!?」


 流されるようにとんでもない問いかけにカナタは頷いてしまった。

 ユリウスは悪戯が成功した風に笑ったものの、背後で揺らめく輝きをカナタは見逃さなかった。


「マリア様に対するその発言はどうかと思いますが?」

「がっ!?」


 それは剣の束だった。

 エーギルが剣の柄の部分をユリウスの後頭部にそこそこの勢いで当てたことで、ユリウスは頭を抑えて蹲った。


「だ、大丈夫っすか!?」

「大丈夫です。マリア様からこれくらいは好きにしろと言われていますので」

「……………」


 何となく、隠されたユリウスの兄としての姿が見えた気がした。

 それにさっきの発言は明らかなセクハラではあったのだが、やはりユリウスのような美形が口にすると許されるような気がしないでもない。


「いたたっ……いきなり酷いじゃないかエーギル。まあでも、カナタ君も妹のことはそれなりに意識しているようだ。それにアルファナ嬢のことも」

「それは……」

「マリア様のご友人なのですよね? あまり困らせるようなことは――」

「分かった。分かったら剣を下ろせ、それ以上されると馬鹿になってしまう」

「馬鹿が大馬鹿者になるだけです」

「酷いぞエーギル!!」


 まるでコントのようなやり取りにあぁこれはマリアの兄だわとカナタはこれ以上ない確信を持つのだった。

 その後、ユリウスはエーギルと共に去って行ったがカナタとしてはある意味で彼との出会いが良いモノであったことは確かである。

 悪い印象を持たれるよりもある程度は良い印象の方が良いからだ。


「さてと、俺も適当に……うん?」


 適当に祭りを眺めながら屋台巡りでもしようと考えたところ、何やら神妙な顔つきのアニスをカナタは見つけた。

 どこか動きが固い気もするのだが、そのアニスにピッタリ付いて歩くフードを被った女性の姿もあった。


「……なんだあれ」


 深くフードを被っているので顔は見えない、せいぜい垂れ下がった赤い髪が見えたくらいだ。

 顔が見えないのに女性だと分かったのは体のラインがくっきりと見えたことと、その胸を押し上げる豊満な膨らみがバッチリ見えたからだ。

 アニスとその女性は歩いて行ってしまったが、カナタとしてはやっぱりアニスのあの緊張した表情が気になった。


「アニスってあんな顔するんだな……マジで誰だアレ」


 っと、そんなことがあったがカナタも収穫祭を楽しむことにした。

 呼べば来る女のミラと、そして偶然出会ったカンナとカナタは一緒に歩くことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る