やはり堂々としているのが一番らしい

「さあて、今日もやっていくぜぇ!」


 色々と憶測が広がっている中ではあるものの、カナタはいつも通りに配信をすることを決めた。

 こうしてカナタが配信を始めればすぐに多くの視聴者たちが現れるわけだが、やはり言うべきかコメント欄の流れは予想できるものだった。


:ハイシン様は王都にお住みなの!?

:王都に行けば会えるのか!?

:ハイシン様答えてください!!

:あなたたち、あまりハイシン様を困らせるのはやめなさい

:大人しく配信を見よ

:アンタたちは気にならないのかよ

:でも……確かに困らせちまうよな


 一切を考えずに気になったことを聞いてくる人たちは大勢居るが、決して少なくはないカナタのことを案じてくれているコメントもあった。

 前世でも何か不祥事……まあカナタは別に不祥事を起こしたわけではないが、こんな風に追及されている瞬間というのは一視聴者の目線として見たことは何度もある。


(……あまり聞いてほしくないことっていうか、それを聞かれる人の大変さが今身に沁みて理解出来る気がするぜ)


 そんなことをカナタは思いながら、いつもの在り方を崩さずに口を開いた。


「ったく、今まで神秘のベールに包まれていた俺のことについて色々と憶測が流れてるようだけど、俺は今まで通りに配信を続けるだけだ。気になる人もそれは居るとは思うけど……まあだからといってどうこうなる話でもないからな」


 悩んでいることは見せず、小さくなった姿を見せない。

 堂々としていれば周りも自然と流されて気にならなくなる、基本的にそういうものだとカナタは思っている。


「それじゃあいつも通りやってくど~!!」


 それからカナタはいつも通りにお便りコーナーへと移行した。

 コメント欄では相変わらずカナタのことを探る言葉は多かったが、時間が過ぎて行けばいつもの配信と何も変わらなくなっていく。

 結局のところ、カナタの考えは間違っていなかったわけだ。


(まあでも気持ちは分かるよな。俺も配信者の人とリアルで会ってみたいとか何度も考えたことあるし)


 自分がそのような存在になったと傲慢になるつもりはないが、それでもやはり人気者になったというのは悪い気分ではない。

 しかし、だからこそ気を引き締めなければならない。

 今のカナタにとってハイシンとして過ごす日々は多くの人々に支えられていると言っても良い。


「……………」


 決してカナタ一人だけでは到達しなかった場所に、マリアやアルファナたちを筆頭にして多くの協力者の手を借りて辿り着いた。

 ハイシングッズなどがその最たる例だが、カナタだけでは絶対に発想は出来ても実現は不可能だったはずだ。


「……そうだな。なあみんな」


 だからこそこれは今カナタが思い付いたものだった。


:なんだ?

:どうしました?

:ハイシン様、何でも言ってくれ!!

:俺たちが付いてるぞ!

:お前たちは何者だよ


 加速するコメント欄に苦笑し、カナタはこんなことを呟いた。

 それはさっきも言ったが咄嗟に思い付いたものであり、実現できるかどうかはまだ不透明だ。


「俺はこうしてハイシンとして活動しているけど、やっぱりただ一人でベラベラ喋るだけじゃ詰まらない。こうやって俺がずっと続けてこられたのはひとえにリスナーのみんなのおかげだ。だからこそ、いつか恩返しのような大規模イベントを考えてみたいって今思ったんだ」


 突拍子もないカナタの言葉にコメント欄は一瞬の静寂の後、目で追えないほどにコメントの流れが更に加速した。


「まあでも実現できるかは分かんねえ。だから話半分っていうか、あまり本気にせずに居てくれな~?」


 とはいえ、この言葉が少なからずリスナーに対して期待を持たせただろう。

 カナタが口にした大規模な恩返しイベント、それが何になるかはまだ分からないがそれでも絶対に実現はしたいとカナタは思っている。

 後にも先にもハイシンとして大勢の人の前に出るのはそれが最初で最後だ。


「それじゃあ続きのお便りいくど~!」


 一旦イベントのことに関してはまたの機会にと言うことで、カナタは別のお便りを読み始めた。


“ハイシン様、失礼します!

実は最近不思議なことがあったので聞いてみたいと思い、こうしてお手紙を送らせていただきました。

実は自分、結構名の通った冒険者なのですが……最近、不思議な経験をしました。

ダンジョンの奥に仲間と共に進んだところ、仕掛けられていたトラップに発動させてしまったのですが、幸いにも自分だけがトラップの影響を受けました。

眩い光が走ってこれは死んだか……そう思ったのですけれど不思議な世界に自分は一瞬ですが飛んだのです”


「ほう……不思議な世界とな」


 カナタは大いに興味をそそられた。

 もちろんカナタだけでなく、リスナーにとっても自分たちとは違う誰かのことを聞けるということで興味津々のようだ。


“その世界でとても綺麗なエルフの方に出会ったのですが、そのエルフの方はどうも自分のことを不細工だと感じている方でした。

不細工なんてとんでもない、あなたはとても綺麗な方ですと伝えると何故か驚かれて泣かれてしまい……その、妙に熱い視線と恐ろしい視線が混ぜ合ったようなものを向けられてしまって怖くなって逃げたのです”


「……へぇ」


 その後も読み進めて行ったが、綺麗だと伝えたエルフが豹変したのがあまりに怖くて数日飯が喉を通らなかったらしい。

 ダンジョンの奥で何が起きたのかは分からないが、それでも何となくカナタにはこのリスナーの身に何が起きたのか理解出来た。


「もしかしたらそのトラップの影響で別の世界に一瞬とはいえ飛んだのかもな。しかも美醜の概念が反転した世界だったり……とか?」


:美醜の反転?

;つまりどういうことだ?

:良く分からん

:初めて聞いたぞ


「つまりだな。この世界で言う美人が不細工と呼ばれていて、不細工が美人だって呼ばれている世界のことだ」


 カナタの前世でも所謂一つのジャンルとして確立されていた美醜反転、更に少しエッチな部類だとそこに貞操観念の逆転も混ざった世界のことだ。

 まあ今のお便りに関してカナタも本気に相手をしているわけではないが、一応そういう世界もあるのだと伝えてみた。


:それってつまり……俺たちの視点からすると綺麗な人が不細工で?

:不細工な人が綺麗って呼ばれてる……おや?

:俺たち視点の綺麗な人たちは男に相手されてなくて?

:そんな相手に綺麗だなんて本気で言ったら……

:あ

:あ


 どうやらリスナーは真理に辿り着いたようだ。

 何だかんだカナタも美醜反転系の創作物は好きだったので、もしもそんな世界に行けたらそれはもう毎日がパラダイスだろうきっと。

 ただその世界の価値基準のまま生まれたとしたら地獄でしかないが、それでもカナタとしては少しだけそそられる話だ。


:つまり自分、最高の瞬間を逃したってことですか!?

:本人居るぞ!

:この馬鹿がよ! お前はチャンスを不意にしたんだ!

:大人しく喰われとけば良かったんだよ!!

:嫌だよ! 僕は女性より屈強な男性の方が良いんだ!

:……あ、女性の方?

:男だけど?

:……………

:ハイシン様、続けてくれ


 カナタとしてもこの話題はもう引っ張るのは止めることにした。

 興味のそそられる話題からどうでも良い真実が語られたところで、オチとしてもちょうどいいなと思いカナタはこれで配信は終わることに。


「今日も楽しかったぜ! あぁそれと、途中からはいつも通りの空気になってくれて助かったぜ。みんな、ありがとな!」


 そう伝えてカナタは完全に配信を終えた。

 始めるまでは少し不安だったものの、こうして実際に終わった後だと堂々としていれば良いことが正解なのだと分かった。

 確かにハイシンの所在に関しては気になる情報だろうが、それでも彼らが楽しみにしているのはどこまで行っても配信という時間なのだ。


「いやぁやっぱり楽しいねぇ配信は」


 そう言って笑ったカナタは満足そうにしながら眠りに就いた。

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