誰だ、誰だ、誰だ~!?

 翌日のことだ。

 いつものように学院にやってきたカナタだったが少しばかり……否、かなり居心地の悪さを感じていた。


「なあなあ! ハイシンって王都に居るのか!?」

「やっぱりそうなんじゃん!」

「誰なんだろう!?」

「そもそも知ってる人なわけないでしょうが……でも近くに居るのかなぁ!?」


 同じクラスに在籍するほとんどの生徒がハイシンについて騒いでいたのだ。

 昨夜の地震の影響でカナタは配信を取りやめたが、どうもそれがある種の決定打になったらしい。


(……思いっきり緊急時のブザーが鳴ったもんなぁ」


 この世界にも地震が起きたことで緊急を知らせるブザーのようなものが王都内で響くようになっているので、その音さえも拾っていたのがマズかった。

 流石にカナタだけの声を拾うような高級マイクではないので仕方ないと言えば仕方ないのだが、ある意味カナタの不用心さがこれでもかと出てしまった。


「……はぁ」


 周りの喧騒を聞きながらカナタはため息を吐いた。

 そもそもカナタは最初から目立つつもりは一切なく、ハイシンであることも絶対にバレないようにしてきただった。

 だがイスラの魔法が解けたことと合わせ、今までのことを振り返れば如何に自分の考えが足りなかったかが思い知った。


(……俺ってマジで馬鹿っつうか、異世界だからって舐めてたのかもな)


 前の世界に比べてこの世界では機械に関する技術は遅れている部分があり、それもあって配信という活動が如何に目立つからといっても決して特定に行き着くとは思わなかった。

 まあマリアやアルファナたちにバレている時点でカナタももう少し身を引き締める思いで気を付けるべきだったのだ。


「悩んでるねぇカナタ」

「……アニスか」


 隣に座って頬をツンツンと突いてきたのはアニスだ。

 カナタの表情から色々と察しているであろうアニスは揶揄ったりせず、逆にカナタを安心させるように優しく言葉を掛けた。


「ハイシンが王都に居る、仮にこう断定されたとしても誰がハイシンかなんて誰も分かってないんだからあまり心配する必要はないんじゃないかなぁ?」

「……そんなもんか?」

「あたしはカナタの立場じゃないから分からないけど、変に考え過ぎると分かりやすい形でボロが出ると思うよぉ?」


 考え過ぎなかったからこそボロが出たわけだが、それでもカナタはアニスの言葉にいくらか気持ちが軽くなった。

 確かに今まで考えが足りなかったことは認めるし、気を付けているつもりになっていただけなのも間違いではないだろう。


(……そうだな。それこそ今更か)


 アニスが言ったように気にし過ぎても仕方ないとしてカナタは開き直った。

 まあ開き直ったとはいっても考えることを止めたわけではなく、イスラが目を覚ますまで気合を入れることにしただけだ。

 変に気を張り過ぎても疲れてしまうし、そんな状態を彼女たちに見られたらそれはそれで心配させてしまうからだ。


「ふふ、表情が明るくなりましたね」

「おう。まああまり考え過ぎないようにするさ。イスラが目を覚ませば色々と手を回してくれるだろうしな」

「……改めて思ったのですが、人々の認識に干渉できるって凄いですよね」


 カナタは頷いた。

 そういったことが出来るからこそ世界の創造主ともされる女神なんだろうが、もしもカナタがこの世界の純粋に生まれる側の人間だとしたら、カナタも記憶を操作されたりするのだろうかと少しばかり怖くなる。


「ハイシン様については学園では持ち切り、城下町や貴族街でもそれなりに話題になっています。ただ貴族の方々からすれば少々キナ臭い様子もありますが」


 相変わらず一部の貴族から嫌われているからこそ、王都にハイシンが居るのだとして探る動きがあることもアルファナに教えてもらった。

 一応そのことについてはミラが先に掴んでおりカナタの周りを守ってくれているので非常に安心出来る。


「アルファナ、あまり俺のことを心配しなくて良いからな? 収穫祭のことに集中してくれ」

「はい。私が心配しなくていいように気を付けてくださいね?」

「分かってるよ」


 カナタとアルファナはお互いに苦笑するのだった。

 仮に何かが起きたとしてもカナタの周りには実力者や権力者が集まっているというのも大きく、更にはあまりにも高度な不意打ちでなければカナタには無限の魔力による障壁もあるので防御は完璧である。


「そういえば今朝マリアの様子がちょっとおかしかったですけど……」

「そうなのか?」


 アルファナは頷いた。

 今日はまだカナタはマリアと顔を合わせていないので分からないが、どうもアルファナから見たマリアの様子は少し変だったらしい。

 カナタとアルファナだけでなくアニスも気になるのは当然のようで、そのマリアの様子の原因については昼休みの段階で明らかになるのだった。


「……そうか。まあそうなるわな」

「本当にごめんなさい。でも安心して? カナタ君には迷惑は掛けないから」


 昼休みにマリアから話を聞いたところ、昨日城に戻った時に両親から最近男子の中で仲良くしている俺についての質問がされたらしい。

 両親や兄弟たちの反応からするにカナタがハイシンであると確信をもっているわけではない、ただ王女のマリアが親しくしている男子ということで気になっているようだった。


「カナタったらモテモテぇ!」

「面白がってんじゃないよ」

「きゃん♪」


 パシッと優しくアニスの背中をカナタは叩くのだった。

 やはりこうしてイスラの魔法が解けたことで今までカナタに向かなかった周りからの関心が寄せられている。

 それでもカナタがハイシンである、とまでは結びついていないようだ。


「まあでも、この王都にハイシンが居るという可能性がほぼ明確になったことでお父様たちはかなりソワソワしてたわ。それでも一国の主である以上、みっともない姿を見せるなって叱っておいたけれど」

「ふふ、マリアらしいですね」


 カナタも少しばかり想像出来たので苦笑してしまった。

 以前に会った時は仮面を付けた状態であったものの、一国の主かと言われたら首を傾げてしまいそうになるほどのファンだったからだ。


「……まあでも、一応王国で活動させてもらっているしグッズに関しても力を借りているからな。いずれはしっかりとお礼はしたいと思ってるよ」

「本当に?」

「あぁ。もちろん顔は隠すことになるけど」

「分かったわ。もしその時が来たら準備は任せて」


 頼んだとカナタは頷いた。

 その後、少しばかり会話をしてからカナタたちはマリアと別れた。


「……むぅ」


 相変わらず一人だけクラスが違うことに不満そうな表情を見せるマリアの様子は可愛らしい、だがこればかりはどうしたって変えることの出来ない決まりだ。

 アルファナとアニスを連れて歩く中、カナタはふと呟いた。


「しばらく配信は休むべきか……いや、普通に続けた方が意外と良いのかな」


 こういう場合どうすれば良いのかカナタには分からなかった。

 万が一を考えてしばらく配信を休むならある意味認めてしまうことになり、逆にいつもと変わらない様子で続ければ意外と大丈夫なのではとさえ思える。


「カナタ様のお好きなようにすればよろしいかと」

「うんうん♪ あたしたちとしては続けてほしいけどねぇ」


 二人の言葉にカナタは前向きに考えるよと口にするのだった。






 王国の地にハイシンが居るのではないか、その噂は瞬く間に国内外を駆け抜けた。

 そうはいってもやはりどこの情報筋もカナタ=ハイシンだと気付いている者は存在しないため、やはりまだまだ狂信的にハイシンのことを崇拝している者以外で気付くという奇跡は起きなかったようだ。


「……どうしたのです?」


 しかし、狂信的に崇拝している者なら話は別だ当然のことながら。

 場所は帝国の中心地と言える帝都、その皇城で一人の女性にチョビ髭を生やした男が声を掛けた。


「……………」


 男に声を掛けられてもその女性は全く意に介さなかった。

 女性が目を向ける先には帝都の街並みが広がっているだけだが、どうも女性は更に空の向こうを凝視しているようだ。

 男もどうすれば良いのか分からなかったが、長く静寂が続いたところで女性がようやく口を開いた。


「近々、王都の方で収穫祭が行われるのだったな?」

「はい? あぁそうですね。聖女アルファナ様率いる教会が主催となるそうです」

「ふむ……」

「……あの、まさかとは思いますが変なことを考えていませんか?」


 ギクッと女性は肩を震わせた。

 線の細い体ではあるが、しっかりと成熟した女性としての凹凸が見える体は魅力的な一言に尽きる。

 真っ赤な紅蓮を想像させる髪を揺らして振り返った女性は下手くそな口笛を吹いてからこう言葉を続けた。


「余が変なことを考えるわけがなかろう。何を言っているのだ貴様は」

「ほう? 城門にハイシン殿の絵を飾ったりしたのは変なことではないと?」

「変と言うのか!? アレは結構喜ばれているぞ!?」

「それは理解しています! しかし他国に示しが付きますまい!!」

「気にするな戯けがあああああ!! 貴様処すぞ!?」

「……もうヤダこの人」


 果たしてこの女性は一体誰なのか、それは意外と早く判明するのだった。

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