アニスは戦闘狂である

「取り敢えず怪我だけはするなよ~!」

「分かったぁ!」

「分かりました!」


 カナタがそう声を掛けると二人は頷き向かい合った。

 正直こんなところであの二人がやり合って良いモノかとカナタは不安になったが、それが結構大丈夫だったりするのが今居る王都の外になる。

 基本的に外壁に囲まれた王都から外に出る者は限られており、各地を渡っている商人やダンジョンに向かう冒険者程度だ。


「見事に誰も居ねえんだよな。まあ結構離れてるのもあるけど」


 カナタが辺りをチラチラと見回しても通行人は一人として存在しない。

 一応ミラやアニスも周りのことをは考えているはずなので、そこまで目立つような騒ぎにはしないはずだとカナタは心のどこかで安心していた。


「……っ」


 ごくっと緊張感を和らげるように唾を飲んだ。

 剣を構えるミラと手の平に魔力を生み出しているアニス……そうして硬直した時間が続いた時、ついに二人は動き出した。

 分かりやすく大規模な魔法を発動したのはアニスで、彼女を中心とした無数の氷柱が出現した。


「相変わらずすげえなぁ」


 カナタの場所にまで届く冷気はもちろん、模擬戦の時に実際に経験したからこそこの魔法の強大さは良く分かる。

 一瞬にして生まれ変わった氷の世界、その中でミラは一気に駆け出した。

 目の前で繰り広げられる戦いをカナタは何だかんだワクワクする気持ちで見届けるのだった。







 カナタが固唾を飲んで見守る戦いの場、そこは正に常人の立ち入ることを許されない戦場だった。

 魔法を使わず己の身一つで戦うミラと魔法を主体とするアニスの戦い方は全くの別物であり、どちらが優位でどちらが不利なのかは今のところ分からない。


「……っ」


 しかし、表情を変えないミラとは対照的にアニスの表情は険しかった。

 大規模な氷の魔法を発動し辺り一帯は白銀の世界へと変化したわけだが、そんな自分の魔法が最大限に発揮できる中でもアニスは決して油断しなかった。


(相手は伝説の暗殺者……恐るべき速さと正確な一撃で相手を仕留める。だからこそ一瞬の隙が命取りになる!)


 いつもの様子は鳴りを潜め、ただただ目の前の強敵を迎え撃つ氷の魔女としての顔を見せていた。

 そして同時に辺りに吹雪く冷たさとは別に、強敵を目の前にしたアニスの内心は熱く燃え滾っていた。


「さあさあ、あたしを楽しませてよねぇ!!!」


 帝国人の気質とも言える戦闘狂の一面、それがこれでもかと表に現れた。

 アニスが腕を振るえばそれに反応するように氷がミラへと向かうのだが、ミラはそれを全て剣で両断していく。

 特に大きな音を響かせたりするわけでもなく、ハムがナイフにスライスされるが如く静かに斬られていく。


「えっと、流石に人が変わり過ぎじゃないですか?」

「そうかなぁ? まあでも分かってほしいかな! だってあのカラスと戦えてるんだよぉ!? 強敵との戦いは楽しんでなんぼだよねぇええええええ!!」

「……私も帝国人ですけど、こんな風にならなくて良かったですね」


 このやり取りを聞いた時、カナタなら確かにと頷くだろう。

 アニスだけでなくフェスも戦闘狂気質であり、二度目になるがこの気質は帝国人には数多く見られるものだ。

 その中でも基本的にミラが落ち着いており一切のそういった気質を見せないのはカラスとして暗殺の極意が叩きこまれているからだ――暗殺者がこのように騒いだら仕事にならない、そんな至極単純なものである。


「手を抜かないでよぉ? 勝てるとは思ってないけど、帝国の人間として一番嫌なのは手を抜かれることだからさぁ!」

「その点については安心してください。私も負けるのは嫌ですから手を抜くつもりは一切ないですよ」


 ミラがそう言った瞬間、アニスの視界からミラの姿が消えた。

 アニスは一体どこに行ったんだと視界を動かそうとしたが、ほぼ反射的に背後に氷の壁を生み出した。

 スッと何かが氷に刺さるような音がしたと思えば、背後には氷の向こう側から一本の剣の切っ先が姿を見せていた。


「……早すぎるんじゃないかなぁ?」

「私の誇れる一番は速さですからね。しかしよく背後を守りましたね? アニスさんの様子から見るに全く気付かれていなかったはずですけど」

「ただの勘だよ。でも良く助けられてるんだよね」


 アニスが背後に壁を本当に勘のようなものだった。

 なるほどと感心した様子のミラは相変わらずの余裕を崩さないが、アニスは自分の手が傷つくのも厭わずにミラの剣を握りしめた。


「これで逃がさない!」

「っ!?」


 思いっきり剣を握ったことでアニスの手は当然切れてしまう。

 しかしそこから流れる真っ赤な血はアニスの魔力を受けて凍り付き、そのまま真っ赤な氷となってミラに襲い掛かった。

 ミラはたまらず剣から手を離して距離を取ったが、千載一遇のチャンスをアニスは逃さない。


「これでぇ!!」


 赤い氷と透明な氷、二つの色が混ざり合ってミラを包み込む。

 それはミラを逃がさないように形を成す氷の牢獄、ミラは完全に閉じ込められる瞬間ニコッと微笑みを浮かべた。


「?」


 当たり前だがアニスは首を傾げた。

 今の微笑みはなんだ、そう考えた瞬間にアニスの首に剣が突き付けられた。


「っ……え?」

「はい。これでチェックメイトですね?」


 傍に居ないはずのミラの声が響き渡った。

 既に氷に包まれようとしていた場所にミラの姿はなく、一切の気配すら感じさせる間もなくミラは急接近したのだろう。

 想像も出来ないような速さと絶対の一撃を持って相手を仕留める……もしもアニスが暗殺の対象なら今ので確実に殺されていた。


「……はぁ。あたしの負けかぁ」


 つまり、死が確定したのであればこの模擬戦はアニスの敗北となる。

 相手が伝説の暗殺者だからこそ勝てるとは思っていなかったが、それでも負けるとやはり悔しさというものは溢れ出そうになる。

 カナタにも負けはしたが溢れたものは股の大洪水なのでノーカンだ。


「確かに今の一撃で私が勝てましたけど、もっと氷を壁のように使われたらもう少し時間は掛かったかもしれないですね。それでも全ての氷を砕き、あなたの喉元を真っ赤に染め上げるとは思いますが」


 どんなに強固な防御でも貫く、そうミラは宣言した。


「カナタ様を守るため、どんな敵さえも倒してみせる。その気持ちさえあれば私は誰にも負けませんから♪」

「……良いね。そういうのあたし凄く好きだよ」


 その後、決着は付いたので氷の世界は解除された。

 カナタも後に合流し感想を述べるのだが、やはり途中からは何が起きていたのか全く分からなかったらしい。

 ちなみにカラスは既に死んだものとされていたはずだが、アニスはこの程度でカラスが死ぬはずがないとずっと思っていたらしい。


「王女に聖女、それに暗殺者もカナタの傍に居るとか……守り完璧じゃない?」

「それは……確かにそう思うな」

「はい! 何人たりとも敵は近づけさせません!」


 小さな体で大きな胸を張るようにミラはえっへんと腰に手を当てた。

 その様子にカナタだけでなく、アニスも釣られるように笑みを浮かべるのだった。


「それにしても流石伝説の暗殺者だよねぇ。本当に強いよミラぁ!


 それはアニスにとって心からの賞賛と感想だった。

 帝国の生きる伝説とされるカラスとの戦い、負けはしたが今回の出来事はアニスにとって得難い経験になったのは言うまでもない。


「里帰りすることがあったらフェスに自慢してやろっとぉ♪」


 きっと悔しがるだろうなとアニスはワクワクした様子だ。

 アニスにとって強い人間と戦えるというのは喜びが大きい、だが今はカナタという存在が更に大きかった。

 その日の夜、アニスは戦いの昂りがずっと続いていた。

 夕飯を済ませて風呂に入った後、下着姿の状態でベッドの上に横になった。


「今日は配信があるって言ってたよね? ふふっ、この昂りを鎮めながらカナタの声を聞こうかなぁ♪」


 ベッドの上に座りながら背中を壁に預け、その時が来るのをアニスは待つ。


『よぉみんな! 今日もこの時間がやってきたぜぇ!!』

「きちゃああああああああっ!!」


 歓喜の雄叫びをアニスは上げた。

 端末から聴こえるカナタの声をおかずにするように、アニスは下着の上から大事な部分に指を当てる。

 しかし、そこで予想外のことが起きた。


「……何? 地震?」


 アニスのお楽しみタイムを邪魔するように寮全体が揺れ始めた。

 それは間違いなく地震の類だったが、思った以上に大きいことにアニスはちょっと焦りを見せた。

 それは自身が危険な状態だから、というのではなくカナタの配信にあった。


『っ……やけに揺れるな』


 その声は確かに拾われていた。

 そして何かが食器のようなものが落ちたような音が聴こえ、アニスは大丈夫かなと思わず男子寮の方へと目を向けた。

 更に揺れは強くなりとてもではないが配信が出来る環境ではないと判断したのかカナタの声は聴こえなくなった。


「終わっちゃった……まあ仕方ないよねぇ」


 配信が終わったのはとても残念だが、彼のことを心配するあまり体を慰める気分ではなくなったようだ。

 寝巻を着てボタンを一つずつ止めようとした時、あっとアニスは気付いた。


「これ、今の地震のせいでカナタが王都に居るのがバレるんじゃ……」


 アニスのその予想、それは翌日に思いっきり当たるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る