特にそこまで気にする必要はないらしい
「それではカナタ様、また明日お会いしましょう」
「おう。アルファナも収穫祭の打ち合わせ頑張れよ」
「はい♪」
放課後になり、目前に迫った収穫祭の打ち合わせにアルファナは向かった。
また明日会おう、そうカナタが伝えて嬉しそうに笑った彼女の笑顔は本当に温かさを感じさせるものだ。
「いよいよ来週に差し迫ってるし、アルファナも良いモノにしようと必死だわ。きっと今のカナタ君の言葉は凄く力になるはずよ」
「そうだと良いんだが……こればかりは手伝えないからな」
マリアの言葉にカナタはそう返した。
最初の内はまだ良かったが、収穫祭というのは一つのお祭りである。
教会独自に発案するイベントなどもあってあまり外部に情報は漏らせないとのことで、残念なことだが後は本番を楽しみに待つしかない。
それにしてもと、カナタはマリアに視線を向けた。
「こうして一緒に居るわけだけど、特に変わりはなかったな?」
「そうね。でも油断は大敵ってやつかしら」
イスラの魔法が失われたとは言っても、やはり学園に居るうちはそこまでの変化はなかった。
そもそも生徒や教師陣にとっては今までと何も変わらない光景だからなのか、本当にそこまで気を付けるほどのことはなかったのだ。
「アルファナから話を聞いた時は驚いたし、今も感じていることだけど私たちからしたら本当に何も変化はないから気が抜けてしまいそうだわ」
「ま、あまり気にしても仕方ねえよ。アルファナにも言ったけど、マリアもあまり気を遣いすぎないでくれな?」
「分かってる。ふふ、もしかして寂しいのかしら?」
悪戯っぽく微笑んだマリアからカナタは視線を逸らした。
マリアはツンツンと人差し指をカナタの頬に当てながら、クスクスと肩を震わせている。
とはいえ、だ。
マリアとアルファナが傍に居ても、話題性なんかもあって彼女たちよりも目立つ存在がカナタの傍に居た――そう、アニスである。
「ねぇ? これからどうするのぉ?」
カナタにベッタリと張り付いている彼女の存在が本当に大きかった。
マリアとアルファナとのことが気にならないほどに、それだけアニスが話題を搔っ攫ってしまうのだ。
これからどうするか、その問いかけにマリアは残念そうにため息を吐く。
「実はこれから私は城に向かわないといけないの。お父様とお母様に呼ばれているからね」
「そうなのか?」
「何の用かは知らないけど、取り敢えずもう行くわ」
「分かった」
また明日ね、そう言ってマリアは背を向けて歩いて行った。
それを眺めていたカナタとアニスだが、カナタとしても特に用はないので寮に帰るだけなのだが……まあアニスは絶対にそれを許さないだろう。
「帰っても良いか?」
「良いよ?」
「……あ、そう?」
いや、どうやら全然大丈夫のようだ。
少しばかり肩透かしを食らったカナタはそれじゃあなと声を掛け、その場を離れようとしたがピッタリとアニスは引っ付いている。
カナタが立ち止まればアニスは立ち止り、歩き出せば同じように歩き出す。
「えっと……アニス?」
「どうしたのぉ?」
「いや、帰るんだけどさ」
「えぇ。付いて行こうと思って♪」
カナタはポカンと口を開けて間抜けな表情を浮かべた。
どうやら帰っても良いかという問いかけは彼女の中では別の意味として変換されたらしく、どうやらもう帰るから寮まで付いてこいと曲解したらしい。
「いや、ここでお別れだぞ?」
「えぇ?」
見るからに不満そうな表情をアニスは浮かべた。
別に部屋に連れて行くこと自体は嫌ではないのだが、以前にアルファナが来た時と比べて人の目は多いし何より今は事情が事情である。
不満顔は相変わらずだが、やはりカナタを心底困らせようという魂胆はないらしく分かったと頷いた。
「あまり迷惑は掛けられないし、もっともっとカナタと一緒に居たいけどお部屋に行くのは諦めるよぉ」
口ではそう言っているが、もしも動物の耳にようなものが生えていたら間違いなくシュンと畳まれているはずだ。
彼女はまだ明確に友人と言える間柄の存在は出来ておらず、この王都で気兼ねなく会話が出来るのはカナタたちだけだ。
「……そうだな。もう少し一緒に居るか。街でも案内するよ」
「本当にぃ!?」
「あぁ」
「やった!」
ぴょんぴょんとジャンプをしてアニスは喜んだ。
その大きな胸が揺れる光景は非常に目の保養だが、落ち着けとカナタはアニスの肩に手を置いた。
「それじゃあ適当に歩くぞ」
「分かった。ふふ、カナタとデート♪ カナタとデート♪」
「……ったく」
まあそれでも、嬉しそうにしてくれるのであればカナタとしても笑みが零れる。
その後、カナタはアニスを連れて城下町に足を向けた。
「帝国に比べて何と言うか……平和ね」
「いやいや、街中はこんなだろ?」
「今はそうね。でもかつての帝国の街並みはかなり酷かった。それこそ貴族による平民への差別なんて日常茶飯事だったからぁ」
「……そうなのか」
実際にその光景をカナタは見たわけではない、だがもしかしたら前世の漫画やアニメで見たことがあるような差別があったのかもしれない。
「でもね? そんな帝国を変えたのはカナタの言葉だったのぉ」
ハイシンとしてのカナタの言葉がそんな帝国を変えてくれたのだとアニスは教えてくれた。
こうして実際の変化を現地人から聞くというのは中々に新鮮で、カナタとしてもやはり自分の言葉には大きな影響力があるのだなと思い知らされる。
「まあでも、俺はそんな大きな存在じゃないさ。ただ配信っていう楽しくやれることを見つけただけのガキに過ぎねえよ」
カナタには世界を変えよう、なんて意志は一切なくただただ楽しく配信を出来れば良いという考えは今も変わっていない。
そのことはアニスも良く理解してくれているらしく、続けてカナタの偉業を語り出すようなことはしなかった。
その後、カナタはアニスと共に街巡りを始めた。
カナタが良く行く店で買い食いをしたり、お世辞にも女性をエスコートするには相応しくなかったが、アニスはそれでも終始楽しそうだった。
「そういえば」
「なあに?」
ベンチに座って休憩をしていた時、ふとカナタは聞いてみたいことがあった。
「アニスはそんな最初の頃からハイシンを好きになってくれたのか?」
「もちろんだよぉ!!」
よくぞ聞いてくれました、そんな勢いでアニスは語り出した。
「初めて配信を聴いた時、あたしの中で何かが変わった気がしたのぉ。まるで時代の転換期っていうかぁ、見逃したら後悔するぞって直感したんだよ」
「そんなにかよ」
「うん。でも間違えてなかった。あたしはすぐに配信にのめり込んで、それでどんどん声の主に会いたくなってぇ……ふふ、夢が叶ったんだよぉ♪」
本当に嬉しそうにしてくれるのでカナタはどこか微笑ましかった。
思えば前世でも有名な配信者に会いたい、出来ることなら深い仲になりたいなどと妄想を垂れ流す人は多く存在していた。
流石に会いたい程度の気持ちしかカナタにはなかったものの、だからこそカナタにはアニスの気持ちが理解できた。
「ま、そう言ってくれて嬉しいよ」
「うん♪」
これからも配信活動を止めることはない、アニスのように配信を楽しみにしてくれている人たちの為にも続けていきたいとそうカナタは願うのだった。
さて、そんな風にアニスと話をしていた時だった。
「カナタ様」
「うん? あぁミラか」
いつの間にそこに居たのか、背後にミラが立っていた。
もはやカナタには驚くことは全くないが、流石にアニスに関しては別らしくすぐに距離を取って警戒を露にした。
「カナタぁ? その子は……」
「大丈夫だ。ミラ、自己紹介を」
「はい!」
元気な返事をしてミラはアニスと向かい合った。
「初めましてアニス様、私はミラというものです。えっと……私も一応帝国出身なのですが、こうして今はカナタ様の傍に居たいと思って王都に住んでいます!」
「え? 帝国出身なのぉ?」
同じ帝国出身ということでアニスの警戒は一気に解かれた。
やはり同じ故郷という繋がりは共通の話題を呼ぶらしく、その後はミラもアニスも意気投合して一気に仲良くなった。
そして何故か三人で王都の外まで出向き、何故かミラとアニスは向かい合っていた。
「……なんでこうなったんだ?」
「決まってるでしょぉ? 伝説の暗殺者カラス、是非ともお手合わせ願いたいじゃないのぉ!」
実はミラは自分からカラスであることも明かしたのだ。
そうなると当然帝国で伝説と言われていたカラスのことはアニスも知っていたので大層驚いたが、どうも戦闘狂の気がある彼女はミラとの戦いを望んだのである。
「取り敢えず……怪我だけはしないようにな?」
「分かったぁ♪」
「分かりました!」
しかし、成り行きとはいえこの戦いは見物だろう。
片や伝説の暗殺者、片や帝国の未来を担う氷の魔女……果たしてその戦いの行方は如何に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます