ついに来てしまったこれが

「納得できないわ!」

「まあまあ……」


 カナタの目の前でマリアがそう呟いた。

 既に放課後になりカナタたちは自由の身となったが、アルファナは収穫祭の最終打ち合わせがあるとのことで早退し、今話題沸騰中のアニスもカナタたちに付いてこようとしたがクラスメイトに囲まれてしまった。


『待ってよカナタぁ!』


 呼び止める声にカナタは心の鬼にした。

 そうやって多くのクラスメイトに囲まれ、質問攻めに遭うのもまた留学生の務めなのだと。

 そうして一人外に出た時にマリアと出くわし、こうして一緒に歩いているというわけだ。


「アルファナは……まあ良いとして、アニスに関してはSSSクラスでしょ! どうしてSクラスに入れてるのよ!!」


 先ほどからマリアが納得のいかない様子を見せている理由はこれだ。

 本来この学院におけるクラス分けの制度なのだが、その身に秘める魔力を測定した結果でクラスに振り分けられるのは何度も説明した。

 その制度に従うならアニスの魔力は完全にSSSクラスに分類されるはず、だというのに彼女はカナタやアルファナと何故か同じクラスだった。


(きっと色々とゴリ押したんだろうなぁ……その原因はたぶん俺? だからアニスを連れてきた時に教師は頭を抱えていたのか)


 カナタは少し教師に対して申し訳なく思うのだった。


「こうなったら私もSクラスに……っていうのは我儘だし、王女として許されないことだし……うぅカナタ君!!」

「俺にどうしろと……」


 軽めに胸を叩いてくるマリアをよしよしとあやしつつ、二人で少しのんびりしようと近くのベンチに腰を下ろした。

 何だかんだこうしてマリアと二人っきりというのは結構珍しく、少しばかり緊張するカナタとは対照的にマリアはとても嬉しそうだ。


「カナタ君♪」


 隣に座ったカナタの肩にコテンと頭を乗せ、マリアは先ほどまでの様子を一切感じさせないほどに眩しい笑みを浮かべていた。

 マリアもカナタに好きと伝えてからこういったボディタッチは更に増え、どんな部分でもカナタの心をドキドキとさせてくる。

 アルファナに比べてお淑やかさというか、落ち着きの無さはあるものの彼女もまた多くの魅力を兼ね備えた女性であることは疑いようもない。


「……落ち着くな」


 ボソッとカナタは呟いた。

 おそらく……否、確実にカナタにとって大切な存在となりかけている女性とこのようにのんびりした時間を過ごすことは何よりも得難いものである。

 前世で過ごしていた日本に比べて血生臭く、考えによっては死と危険が隣り合わせと言えなくもないのだが、だからこそこのような平穏な時間というのは本当に大切なモノなのだ。


「……よし」


 勇気を持て、そう考えてカナタは腕を伸ばした。

 マリアの肩を抱くようにした体勢で傍から見れば彼女を抱き寄せているようにも見えるだろうか、まだまだ答えが出せない中でのこの行動は果たして正しいのかどうかカナタには分からない。


「……ふふ♪」


 だがそれでもマリアは嬉しそうだった。

 その後しばらくそのままの姿勢が続いた時、ふとマリアがこんなことを口にするのだった。


「ねえカナタ君、このまま行くと凄いことになりそうね?」

「凄いこと?」


 凄いこととはなんぞや、首を傾げるカナタにマリアは言葉を続けた。


「私やアルファナ、今回のアニスも含めて色んな女の子が集まりそう。英雄色を好むとも言うし、今から多くの女性に囲まれることを意識した方が良いかも?」

「いやいやそれは……」


 男なら一度は夢見るハーレムと呼ばれるもの、それは当然カナタだって憧れはするが実際はかなり大変そうだなという印象しかない。

 マリアの言葉に複雑になりながらも、どこかワクワクした期待を隠せないのも彼が男である証だった。


「あ、こんなところにいたぁ!」


 そんな風にのんびりマリアと過ごしていたら別の声が響いた。

 その声が誰の物かは明白で、突然に現れた彼女は音もなくマリアと共にカナタを挟むようにして座った。


「カナタぁ♪」


 もちろんアニスである。

 もしかしたら今までカナタが出会ったどの女性よりも愛情表現が真っ直ぐな子、カナタに対して大好きという気持ちを全身で示してくるのだ。


「ちょっとアニス、どうしてあなたがSクラスなの?」

「教師の人に言ったのぉ。是非ともSクラスにしてほしいってぇ」

「……それだけでいけるの? 決まりはどうしたのよ決まりは!」


 ある意味機転が利くというか柔軟というか……まあマリアからすればどうなんだってことだが、そこまで文句を言うつもりはないらしい。


(……なんか、凄い悪いことをしてるような感覚だ)


 まだまだ明るい時間帯に女の子二人とイチャイチャするこの瞬間に、カナタはどこか罪深いものを感じていた。

 かつての価値観がカナタを邪魔していることも事実ではあるが、やはりカナタにとってもう生きているのは今の世界なのだと脳にも体にも叩きこむことが良いのかもしれない。


「ところでさぁ、なんか……帝国に比べて王国は暇だねぇ」

「どういうことだ?」

「なんか血生臭くないっていうか、生徒同士のいざこざも少ない感じでちょっと退屈なんだよね」

「話には聞いたことあるけど、やっぱり帝国ってそうなの?」


 アニスが一体何を話しているのかカナタには分からなかった。

 それからアニスは語ってくれたのだが、どうも帝国では生徒同士のいざこざは日常茶飯事らしい。

 それは単に戦いを求める血が騒ぐとのことで起こる出来事らしいが、カナタは王国では決して見られないような惨状を思い浮かべてこんな一言を口にした。


「……戦闘狂の集まりかよ」

「あはは、言うねぇ。でも間違いないかなぁ」


 戦いの中で己を理解し、戦いの中で生を実感し、戦いの中で果てることを望む。

 基本的にそんな考えが根底にある帝国人たち、まさにカナタが口にした戦闘狂という言葉が似合うだろう。

 この世界において一番とされる軍需国家であり力を持った帝国は一番敵に回したくないと言われているほどなので、その国と同盟を結んでいる王国や公国からすればこれほど安心出来る存在はないはずだ。


「思えば単身突っ込んできたフェスも楽しそうだったし……あんなのが戦場に現れたら敵からしたら嫌でしょうね」

「だねぇ。ま、そんなフェスと同じ血が流れるあたしも同じだけどさ」


 つまりアニスもフェスも戦闘狂だと言っているようなものだ。

 カナタがアニスとタイマンした時はそんな様子はあまり見られなかったが、確かにマリアやアルファナと共にフェスと対峙した時は楽しそうにしていたなと思い出す。


「頼むからこっちでは弁えてよね?」

「分かってるわよぉ。あたし、これでも好きな人の前だと奥ゆかしくて大人しい女の子だもん♪」

「え?」

「は?」

「……なによぉ」


 カナタとマリアのポカン顔にアニスは不満そうだった。

 愛情表現が正直ということはつまり、彼女が不満を抱いた時もそれは分かりやすく態度に出てくる。

 しかしながらアニスの場合はそれすらもカナタに対する愛情に変わるらしい。


「むぅ!」

「むぐっ!?」


 気を抜いていたカナタの頭を自身の胸にアニスは抱いた。

 突然のことに驚くも離れようとするカナタを逃がそうとはせず、アニスはその豊満な胸の感触でカナタを包み込む。


「さっきみたいな反応をしたカナタはこうしてやるぅ……どう苦しいでしょ? 悔い改めなさいよぉ!」


 あくまで罰のつもりみたいだが全然罰にはなっていなかった。

 そのようにして騒がしい放課後を過ごし、ようやくといった具合にカナタは寮へと戻ってきた。


「あ、カナタ君。ちょうど良かった」

「何ですか?」


 寮長に呼び止められカナタは足を止めた。


「カナタ君にお届け物が届いていますよ?」

「……あ、分かりました」


 それはかなり大きな箱だった。

 カナタはまさかと思って差出人を確認すると、公国からシドーとアテナの名前が書かれていた。


「やっと出来たのか!」


 すぐにカナタは荷物を部屋に運び、ワクワクする気持ちを抑えるようにして箱を開封した。


「……おぉ、ここまでしてくれって頼んだわけじゃないけど……それっぽいなぁ!」


 頼んでいたASMR用のマイク、それがついにカナタの元に届いた。




 今、禁忌の扉が開かれた。

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