またもや大変なハイシン様
オフラインイベントとかどう?
「……なあアルファナ」
「何ですか?」
カナタは疲れた表情で隣に居たアルファナに声を掛けた。
今は授業の一つである魔法実習の途中なのだが、カナタが目を向ける先に居るのは今まさに魔法を放とうとする女子の姿があった。
「フリーズ」
その女子――アニスが手を向けて小さく口ずさむと、彼女から冷たい波動のようなものが放たれた。
それは空気すらも凍らせるかのように広がっていき、目標である的だけでなく周囲の全てを凍てつかせた。
アニスの魔法を見て多くの生徒がおぉっと声を漏らす中、カナタも凄いなとは思いつつ言葉を続けた。
「アニスが留学してくること知ってたのか?」
「いえ? 私もマリアも知らなかったことです。とても驚きましたよ」
「……だよなぁ」
やはりアルファナもマリアもアニスの留学は知らなかったらしい。
彼女がどういった意図で留学して来たかは不明……いや、ほぼこれだろうという答えがカナタの中にはあった。
「アニスさんもまた、私たちと同じですからね」
「……アルファナぁ」
「あぁよしよし、大丈夫ですよ~」
アルファナが口にした私たちと同じ、その言葉が示す意味は一つだけだ。
もちろん彼女の言動からカナタも分かっていたことではあるのだが、帝国住まいの彼女とそこまで会うことがないと思っていたからこそあまり深くは考えていなかったのである。
ただでさえ今も悩みの最中、そんな中で少しずつ二人へ心の歩み寄りを見せていたカナタにとってアニスの留学はそれだけ大きかった。
「あ、こっちを見てますよ彼女。見せつけちゃいましょ」
「なんかちょっと寒くなってない? 大丈夫?」
カナタとアルファナは既に実技を終えているのと、周りの生徒がまだ実技の最中ということで全然視線は集まっていない。
しかし抱きしめて慰めてくれるアルファナの温もりとは別に、刺すほどとは言わないがチクチクと肌に触れてくるこの冷たい空気のことをカナタは考えたくない。
「ちょっとぉ、何いちゃついてるのぉ?」
その声にカナタはほら来たとため息を吐く。
アルファナから離れてそちらに目を向けると、こちらの学院指定制服を着たアニスが腕を組んで見つめてきていた。
「これはアニスさん。実技の方はよろしいのですか?」
「これ以上やると室内の温度が下がり過ぎるからやめてって言われたのぉ。分かってたことだけど教師の方々も私の扱いに四苦八苦してそうかなぁ?」
「そりゃそうだろ」
ただでさえ帝国の貴族であり、グラバルトの双子として有名なのだから教師たちもどう扱おうか迷っているはずだ。
カナタの言葉にアニスは笑い、アルファナと共にカナタを挟むようにして彼女は腰を下ろした。
「ま、長く時間が掛かっても良いわぁ。ゆっくりと受け入れてほしいの。あたしはただカナタの傍に居たいだけだからぁ」
「……それはつまり、そういうことだもんな?」
「そういうことよぉ」
そう、彼女もまたハイシンを通してカナタに恋をした女の子だ。
出会いはあまりにも偶然であり突然だったものの、カナタと交わした僅かなやり取りとその身に秘める膨大な魔力の力強さ、そして土壇場で見せた機転から大逆転に完全に魅せられてしまったようだ。
「……とはいえ、カナタ様の気苦労も分かってしまいますねこれは。最初はカナタ様に一切の迷惑を掛けるつもりはないと言ったのに、こうして悩ませているのだけは本当ですから」
「あぁそういう感じなの? 配信っていう大それたことをやっているのにそんな小さなことで悩むんだぁ?」
「小さなこと……なのか?」
どうやらアニスにとってはとても小さいことらしい。
とはいえカナタにも最近になって色々と考えてきたことがあり、それは前世の記憶というか価値観に引っ張られ過ぎなのではないかというものだ。
(この世界と前の世界は違う。ならあまり深く考え過ぎな方が良いんだろうな)
前の世界と今の世界、そこには明確な違いがいくつもある。
そもそも魔法なんていう非科学的なものは存在するし、場所によっては勇者と呼ばれる者も居るし魔王だって居る。
かつて憧れていたファンタジーの世界……まあ配信という異文化を溶け込ませてしまったのはカナタだが、それでもここは間違いなく前世とは別世界なのだから。
「……ふぅ」
「あ……」
「お? ちょっと気持ちの整理が出来たかな?」
あぁとカナタは頷いた。
面白そうにケラケラと笑うアニスはともかく、顔を赤くしてジッと見つめてくるアルファナはどうしたのだろうか。
「その……どこか腑に落ちた表情と言いますか、その表情が大変凛々しく見えたと言いますかキュンと来たと言いますか……」
「……あたし思ってたんだけど、大分ベタ惚れだよね?」
アニスの問いかけにアルファナは頷いた。
それから三人で授業が終わるまでのんびり会話をしながら過ごしていたが、終わり際にアニスがこんなことを口にした。
「ま、色々言ったけどあたしもカナタの日常に加えてほしいんだぁ。もちろん女として色々とアピールはするつもりだけどねぇ?」
「……おう」
「くふふっ♪」
こうして、カナタの日常にアニスという少女が加わることになるのだった。
昼にはマリアも交えて色々な話がされ、ハイシン様を支える会に何の疑いもなくアニスは加わった。
アニスは自由奔放で欲望に忠実な部分はあるものの、しっかりと約束事は守る律儀な性格でもあった。
『ねえねえ、これ帝国の方でも展開していかない? 家の協力も取り付けられるし出来ることは多いと思うんだけどぉ』
『良いわね。なら帝国での展開も考えて……』
『でしたらこれもどうでしょうか? このルートを活用すると……』
そして当然のことだが、アニスが加わると帝国で叶わなかったグッズ販売の目途も立つことになった。
アニスの話ではまだまだ年寄りの中でハイシンに対する反感はあるものの、そのうち皇帝が黙らせるとのことで気にしなくて良いとのことだ。
「あぁ楽しかったぁ♪」
そんな一日の終わり、アニスが綺麗な笑顔を浮かべてそう言った。
彼女にとって環境の変化もそうだし全く違う学友に囲まれ大変だったはず、しかしそれを感じさせないほどにアニスは充実していたと言わんばかりの笑みだ。
「本当に終始ウキウキだったわねあなた」
「ふふ、でも見てるこちらも楽しかったですよ」
それはカナタも思っていた。
言動と仕草が前世でいうギャルっぽさをカナタは感じたが、それが間違ってないと言えるほどの陽キャぶりは見ていて清々しかった。
傍に居たカナタたちが彼女に釣られて笑うようなことも多く、まだ留学して初日だというのにすっかりとアニスは馴染んでいる。
「楽しいに決まってるよぉ。カナタも居るし、マリアもアルファナもやっぱり凄く良い人だからねぇ。帝国だとみんなあたしの家柄に遠慮して遠巻きだからさぁ」
どうやらアニスにも色々な事情があったようだ。
しかし、そんなアニスを含め自分の力になってくれるマリアやアルファナを見ているとカナタとしてもやはり多くのリスナーたちに支えられているんだなと思うのだ。
「なんかこう……ハイシンとしてちゃんとリスナーの人にお礼を伝えられるイベントをやりたいもんだな」
いつも配信で口にするお礼ではなく、ちゃんと目の前で言葉を伝えられるようなイベントがあればいいなとカナタは考えた。
「イベント? う~ん」
マリアが考え込む中、ふとカナタはこんな呟きをした。
「握手会とか、一人何秒か話が出来たり……とかかな」
それは前世で有名な配信者たちが行っていたリアルイベントのことだった。
まあカナタとしては特に実現しなくても良いかなと考えての軽い発言だったが彼女たちはその呟きに敏感に反応した。
「良いんじゃないですか? もちろんカナタ様が良ければ、になりますけど」
「良い案だと思うわ。握手会……実際にハイシン様に出会う機会が得られるだけでもリスナーの人は嬉しいんじゃない?」
「……………」
「あ、あまり本気にしなくても良いんだぞ?」
かなり真面目なトーンで考え始めた彼女たちにカナタは慌てた。
中でもアニスは何かを考えるように黙り込んでしまったほどだ。
「……それなら……う~ん、いや行けるかな? 行けるか! よし!」
「アニス?」
ポンとアニスが手を叩いて話し始めた。
「もちろんこれはカナタがやりたいかどうかなんだけどぉ、もしその握手会みたいな実際に会えるイベントをするのならかなり警備とか万が一に備えての準備は必要でしょう?」
カナタたちは頷く。
「なら帝国でやるのはどうかなぁ? 皇帝に話を通せばすぐに頷くと思うし、あの人の側近も染まっちゃってるから問題なし!」
「帝国で?」
「……ふむ」
帝国でやってはどうか、その提案にカナタたちは考えた。
何やら不穏な言葉も聞こえたものの、カナタの呟きが意外な形で実現されそうになることは明白だ。
とはいえどれだけ彼女がこう言ったとしても相手は皇帝なので、そんなポンポンと簡単に許可が出るとも考えづらかった。
「絶対大丈夫だよぉ。むしろ許可が降りなかったら偽物だよ」
「そこまで!?」
はてさてどうなるのか、少しだけカナタは胃が痛かった。
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