カナタの立ち位置とは?
王国と帝国間の学生たちによる模擬戦はあの後無事に決着は付いた。
本陣に奇襲を掛けたフェスの暴れっぷりは凄まじかったものの、マリアとアルファナの連携の前には彼も押し切ることは叶わず、拠点Cを単独で落としたカナタが戻ってきたことが何よりも大きかった。
『まさかアニスが敗れるとは思わなかったぞ。カナタ、君は強かったのだな?』
模擬戦が終了し、お互いの学校間で労いの言葉を掛け合っている中カナタはフェスにそう言葉を掛けられた。
カナタとしてはアニスと戦ったのは確かだが致命傷を与えたという部分に関しては少々説明しずらい問題があったのだが、そこはアニスがしっかりと説明してくれた。
『徹底的に分からされちゃったぁ♪ もう体だけじゃない、心までも鷲掴みにされちゃってもうダメなの。ずっとずっと脳内でカナタの声が木霊してるぅ♪』
まあ他者からすればアニスは一体何を言っているんだって話である。
ただマリアとアルファナだけはアニスの様子からある程度察したようで、逆にカナタに大変だったんだなと声を掛けるほどだった。
しかし、今回の模擬戦はある意味でカナタの立ち位置の変化を齎した。
帝国側からしてもまさかアニスが単独で敗れるとは思っておらず、更にはマリアとアルファナを除く王国側からも信じられないと思われる戦果だったからだ。
「……ふぅ」
そんな風に模擬戦を終え、二日目の晩餐をカナタは迎えていた。
今日も彼は広間の隅に移動しており、信じられない気持ちと嫉妬の気持ちを織り交ぜたような視線を貴族生徒から向けられていた。
「俺の方が驚いてるくらいだっての。あそこまで上手く行くとは思わなかったし」
おそらく無限の魔力をあのように使う賭けに出なければきっとアニスが言ったように体は動かなくなり敗北していただろう。
それでも待ってくれているマリアとアルファナの為に、そう強く思ったからこそあの突破口が生まれたのだ。
「素晴らしい! 流石は未来を担う若者たちだ!!」
今回フォルトゥナでの開催を認めてくれた市長が興奮した様子で喋っている。
実際に勝負をしたカナタたちだけでなく、教師やあの市長並びに関係者たちもある程度は戦況は見ていたものの、カナタの方に関してはアニスが生み出した無数の巨大な氷柱のおかげでそこまで見られるものはなかったのだ。
「か~な~た?」
「……あぁ疲れた」
そう、本当に疲れたなとカナタは息を吐いた。
手に持っていたジュースの注がれたコップを唇に当て、ゆっくりと気持ちを落ち着けるように飲み干していく。
「カナタ~? カナタ♪」
「……え?」
そんな中、あまりに集中しすぎて傍の気配に鈍感だったようだ。
コップを唇に付けたまま声の出所に目を向けると、いつの間にそこに居たのかアニスがニコニコと笑みを浮かべて立っていた。
昨日の学生服とは違い、髪の色が良く映える黒いドレスを着ていた。
長く青い髪を彼女は無造作に揺らしていたが、今はその髪を縫い上げて一つに纏めている。
「アニス……?」
「うん♪」
名前を呼ぶと彼女は嬉しそうに頷いた。
その拍子に見せることに特化したと言っても過言ではないその胸元がたゆんと揺れてしまい、カナタはついついジッと見た後にスッと視線を逸らした。
今の目線はアニスにとって丸分かりだったはずなのに、彼女は決して嫌そうな顔はせずに更に距離を縮めてきた。
「えっと……近くね?」
「近いねぇ。でも言ったでしょ? あたし、もうカナタから離れられないよぉ♪」
「っ……」
ミントとはまた違った間延びする喋り方なのだが、のんびりしていたミントと違って割とハキハキとアニスは喋っている。
その様子はどこかカナタの前世で言うギャルのような雰囲気に似たものがあり、この世界ではちょっと新鮮な感覚だった。
(ギャルっぽいし……なんつうかエロい。とにかくエロい)
服装もそうなのだがアニスが向けてくる熱い眼差しには完全に発情の色が見えており、もしも二人でどこかの部屋に向かったなら速攻で食われそうな雰囲気だ。
それでもカナタがたじたじとまでならないのは普段から美しい少女たちと接しているおかげか、更にはカンナとの経験の賜物だろうか。
「あたしさぁ、今でも結構夢心地なんだけど……本当にそうなんだよね?」
「あぁ。アニスの思った通りだよ」
「そっかぁ……そうなんだぁ。良いねぇ、あたし今一番幸せかもぉ」
おそらく彼女の言動や行動にカナタを揶揄う意図は一切ない。
彼女が得意とする氷属性は正反対の情熱的なアプローチを正直にカナタに対して行っているのだ。
「一応ね? フェスにも伝えるつもりはないし、現皇帝にも教えるつもりは全くないよ? カナタはそれを望んでないと思うし、何より名前とか顔を出さない理由ってそういうことだもんね?」
「まあな。ありがとうアニス」
「ううん、だからこそ優越感なんだよぉ♪」
帝国の誰に知られるよりもアニスに知られた時点で色々危ないのでは、なんてことを思ったが言葉にはしなかった。
フェスもそれとなく言っていたことで、アニスは決してハイシンという存在に対して迷惑を掛けることはしないと言っていた――だからその言葉と、今のアニスの言葉をカナタは信じることにしたのだ。
「ここに居たかアニス」
「フェス? どうしたの?」
「よお」
アニスのようにビシッと服を着込んだフェスがやってきた。
彼はカナタからアニスに視線を向け、どこか疲れたようにため息を吐きながら言葉を続けた。
「すまないなカナタ。どうもアニスは君のことを気に入ったようだ」
「あはは……みたいだな」
「気に入ってるどころじゃないんだけどぉ? あたしぃ、カナタと結婚したい」
「カナタが良いと言えば良いんじゃないか? 家督を継ぐのは俺だから家のことは任せてくれても良い。両親も相手が平民だからと文句は言わないからな」
「ちょっと待て。何勝手に話を進めてんだよ……」
どこまで本気なのか分からないほどの流れるような会話だった。
アニスはともかくとして、フェスもどこか天然の気があるようでちょっと面倒な部分があるのは双子共通かもしれない。
「まあその話は良いとしてだ。本当に何があったんだ? アニスを受け入れた教師はかなり驚いていたぞ? お前が鼻血を出しながら笑顔を浮かべ、更には体が痙攣していたが特に異常はないと……気になって仕方ないぞ俺は」
「ま、それだけ濃密な時間があったのぉ。フェスには内緒♪」
「むむっ……」
頼むから誤解を生むようなことを言わないでくれとカナタはため息を吐いた。
その後カナタの元にマリアとアルファナも合流し、昨日は実現しなかった面子でのやり取りが行われることになった。
「お二人とも、今日は良き時間でした」
「こちらこそよ。流石は炎の申し子、いい経験になったわ」
「私もです。マリアが傍に居たからこそこのような結果でしたが、やはり侮れない実力でした」
笑顔で言葉を交わし合うマリアとアルファナ、そしてフェスだったがアニスがそこに加わることで少しばかり雰囲気が変わった。
「どうもぉ♪ 今日は二人とやり合う前にカナタにヤラれちゃったけど、今度は是非とも正面からぶつかりたいものですねぇ♪」
「そうね……ふぅ、でもあなたとは仲良く出来そうだわ」
「ふふ、そうですね。会員が増えそうです♪」
その後、意気投合した三人をカナタはフェスと共に眺めていた。
女子も三人寄れば姦しい、それは如何に高貴な存在であっても同じことである意味微笑ましい光景でもある。
どんなに立場に居たとしても共通の話題で盛り上がる姿は年相応だからだ。
「俺の方も今度はカナタとサシで戦ってみたいものだな」
「やめてくれ。俺は戦いはそこまで好きじゃない」
「そうなのか? それなのにアニスを下すとはやはり侮れんな」
変に評価が上がっている件について、カナタはもう一度ため息を吐いた。
「なんにせよ、暇が出来たら是非帝国に遊びに来てくれ。グラバルト家総出で出迎えさせてもらおう」
「……本気かよ。昨日知り合ったばかりだろ?」
そうカナタが口にするとフェスは確かになと笑った。
「アニスはアレで人見知り……というわけではないが、グラバルト家の威光と彼女が持つ力の都合上色んな人間を見てきたのだ。だからこそ人を見る目が変に養いすぎてしまっていてな。だからあんな風に誰かを気に入るということもなかった……だからこそアニスが気に入った人間を俺も気に入っているというわけだ」
「そんなもんか」
「そんなものだ」
そのまま互いに笑い合い、カナタとフェスは握手をした。
カナタからすればフェスも話しやすい相手に違いはなく、公国で知り合ったシドーと似たような感覚を抱いた。
こうして今回の出来事を通し、カナタは帝国の面々でも頼れる知り合いを作ることが出来たのだった。
後日、カナタたちは王国に帰ることになるが……アニスが意味深な言葉をカナタに伝えてきた。
「じゃあねぇ♪ また近いうちに会おうね♪」
「……うん?」
今の言葉の意味は果たして……。
かくして、色々な出会いがあったものの魔法団体模擬戦は幕を下ろした。
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